大隊指揮官殿が鎮守府に着任しました   作:秋乃落葉

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速さは、自由か孤独か。2

 駆逐艦達の宿舎の前の広場では、たくさんの駆逐艦がたむろしている。その中に混じって、駆逐艦のような背丈の空母が一人、あたりをきょろきょろと見回していた。

「む?龍驤ではないか。こんなところで何をしているのじゃ?」

 彼女に声をかけたのは、何やら紙の束を抱えた利根だ。

「とうとうお主も駆逐艦寮に移されたのか?いかんのう、いくら駆逐艦並みとはいえそれはあんまりじゃ!吾輩が後で大淀に文句を言っておいてやるが故、安心するがよいぞ!」

「どこが駆逐艦並みや、怒らへんから言うてみい。ああ?」

 そりゃ身長と胸じゃろ、と利根が言ったところで、利根の脛に強烈な蹴りがお見舞された。声にならない悲鳴をあげた利根は、痛みのあまり、あたりを跳ね回っている。

「大体あんたもなんでここにおるんや?」

「吾輩は駆逐艦達に授業で配り忘れた資料を渡しに来たんじゃ!痛っつつ・・・何も本気で蹴ることはないじゃろ!」

 そういえば、利根も教官の一人であったと、龍驤は思い出した。この一連のやり取りを見ていると、こいつが教官で大丈夫か、と思ってしまうが。

「自業自得や!そもそもうちはあんたら教官が頼りないからここに来てんねんで!」

 脛をさすりつつも不思議そうな顔をしている利根に、龍驤は事のあらましを説明する。

「おお!するとお主が島風を教育してくれるということじゃな!いやー困っておったんじゃ!彼奴め、いっつも吾輩の言うことを聞かぬし、注意すれば何かと煙に巻いて逃げてしまうからのう、お主なら安心じゃ!」

 利根は龍驤が島風の態度改善に当たると聞いて、無邪気に喜んでいる。ある意味それほど島風の自由奔放さに苦しめられていたということでもあるのだが、その無責任さに腹が立つのもまた事実。

「で、もうその用事は終わったんか?」

「うむ、終わったぞ。この後筑摩と間宮で落ち合う予定になっておるのじゃ。吾輩はこのへんで・・・」

 立ち去ろうとする利根の肩を、龍驤はガッチリと掴んだ。その顔には悪い笑みが浮かんでいる。

「ちょうどええなぁ。ほんならあんたにも手伝って貰おうやないの。ティータイムは延期や」

「えっと、じゃから吾輩は筑摩を待たせておるんじゃが・・・。おい!無理やり引っ張るでない!嫌じゃ!吾輩は筑摩と甘味を食べに行くんじゃ!筑摩ぁ!助けてくれ!筑摩ああぁぁ!!」

 助けを求める利根の叫びは、鎮守府の喧騒の中に溶けて消え、ついに筑摩の元へ届くことはなかった。

 

 

 

 龍驤と、引きずられる利根が島風を探し始めて数十分、ようやくその居場所をつかむことができた。艦娘は姉妹艦と行動をともにしていることが多いが、島風は姉妹艦が存在しない艦である。本人も奔放な性格であるが故に、一人で気の向くままに行動していることが多いようだ。実際道行く艦娘達の目撃情報を元に探した結果、これほど時間がかかってしまった。

「のう龍驤、やっぱり吾輩じゃ無理じゃ。全く役に立たんぞ?だから解放してみたらどうじゃ?」

「安心せえ、あんたでも役に立てることはあるで。うちの道連れや」

 さすがの利根もこれで観念したか、首根っこを掴まれたまま、とぼとぼと歩いていく。

 最後に島風が目撃された工廠区画付近にやってくると、遠目に艦娘が歩いてくるのが見える。

「Здравствуйте、龍驤さん、利根さん。二人が一緒にいるのは珍しいね」

 彼女は響。雷、電と同じ特三型駆逐艦の二番艦である。

「おう響。今島風を探してるんやけど、見てへんかな?」

「島風ちゃん?島風ちゃんならこの先で司令官と一緒にいるのを見かけたけど」

「提督と?なんや珍しいな」

 島風と提督が共にいる様子を想像しようとするが、いまいち思い浮かばない。何を考えて動いているのかよくわからない島風と、変わり者の提督。控えめに言って、異色のコンビだ。

「ありがとうな、響。自分、演習で壊れたスクリュー修理に持ってった帰りやろ?艤装は命懸けるもんやからね、次出撃する前に最後の調整はしっかりやっとくんやで」

「うん。ありがとう、龍驤さん。じゃ、利根さんも、до свидания」

 響は二人に敬礼して、宿舎の方へ戻っていった。龍驤がふと隣に目を向けると、利根が感心するような顔でこちらを見ている。

「お主、本当に面倒見がいいんじゃのう。よう気がつくもんじゃ」

「なんや、またなんか難癖でも付ける気か?そんなんはええから、はよ島風捕まえるで!」

「吾輩は褒めとるんじゃぞ!・・・しかし提督もそこにおるのか。尚更吾輩は行きたくなくなったのう・・・」

 何やらまたごね始めた利根に、龍驤は一つため息をついてから聞いた。

「なんや、何があったか言うてみい。今度はなんなんや?」

「うむ・・・実は演習時に飛ばす予定だった偵察機がカタパルトの不調で飛ばせなくてのう・・・。提督に怒られるんじゃないかと・・・」

「はあ?そんなことかいな。心配して損したわ」

 龍驤は再び利根を引きずって歩き出した。心なしか先程よりも利根が重くなっているような錯覚を感じる。しばらくそのまま歩いていたが、やはり気になるので口を開いた。

「まだ怒られてないんやろ?ならもう怒ってへんってことや。あの提督が変わりもんなんはあんたもわかってるやろ?」

「それはそうじゃが・・・しかしのう・・・」

「しっかりせえ!あんた教官やろ!そんなんじゃ駆逐艦達に笑われるで!」

 ほら、と言って利根を掴んでいた手を離し、代わりに背中を押した。バランスを崩した利根はつんのめって二三歩前に踏み出した。

「もう自分で歩けるやろ!さっさといくで!」

 利根はまだ何か言いたげであったが、渋々と言った様子で歩き出した。なかなかに難儀な奴やな、と思うが、これ以上言っても気持ちの整理がつかないだろうからひとまず放っておいた。

 

 

 

 それから少しいくと、響の言葉通り島風と少佐がいるのを見つけた。実際にその様子を見てもミスマッチであると思う。共通点といえば互いに金髪であるということか、何を考えているやらよくわからぬということくらいだろう。

「何度見ても不思議なものだなぁこの連装砲ちゃんというやつは!自我があり、自ら動く砲台とは、思い至りもしなかったぞ!」

 今日も提督は艦娘の装備を見て興奮しているようだ。妖精さんがいる以上連装砲ちゃんも特に物珍しいものではないと思うのだが、提督からすればまた話が別であるらしい。

「提督、ちょっち失礼するで!」

「龍驤に利根か。この連装砲ちゃんが自律行動するメカニズムはどうなっているのだね?自我を持ちながら使用者の言うことを聞く、的確に攻撃をする、何より敵味方の区別がつけられるとはなんとも頼もしい!赤軍の対戦車犬などとは大違いじゃあないか!」

 またよくわからん言葉を持ち出してきよった、と思いつつも、軽く受け流して横目で島風を見る。逃げ出すような素振りは見せていないので、まず一安心だ。そのまま利根に視線を移すと、すでに逃げ腰になっている。

「提督、利根がなんか話あるらしいで」

「なっ!?お主一体何を・・・」

 まずはこれでよし。子供ではないのだからこの程度は自分で解決してもらわなくては困る。

「さて、うちが用があんのはあんたや、島風」

「おぅ!?島風に何の用ですか?」

 島風は顔に疑問の表情を浮かべ、小首をかしげた。

「教官連中の言うことを聞かんらしいな。なんでや?」

 龍驤の言葉に、島風はなんだそんなことか、と言わんばかりに、不満げな顔で答えた。

「だって皆島風についてこれないんだもん。演習でもちゃんと結果出してるし、別に教わることなんてないもん」

「結果出してるからええってもんやないで。一対一ではあんたの戦い方でええかも知れんけど、いざ実戦でその戦い方じゃ他のメンバーが困るんよ」

「皆島風についてくればいいじゃないですか!それに島風は速いから敵の砲弾になんか当たりません!」

「艦隊での行動は遅いもんに合わせるもんやろ?一人で突っ走るのが戦いやないで。個人の特色は集団全体に利益を生むための一手段に過ぎん」

「じゃあ島風は実戦で速度を活かすことはできないってことですか?」

 島風は急に真面目な表情になり、まっすぐに龍驤を見据えた。足元では二人の会話を、心配そうに連装砲ちゃんが見守っている。

「そんなのは島風じゃありません!島風は最速です!速きこと、島風の如しなんです!」

 島風は先程から打って変わり、噛み付くような剣幕で捲し立てた。さすがの龍驤もこの事態は予想外で、不意打ちを食らったように怯んでいる。

「わ、わかった!わかったから一旦落ち着きぃ!」

「最速だから誰にも縛られない、それが島風です・・・!」

 龍驤になだめられた島風は、肩を上下させて息を整えている。取り乱した島風は、いつもの自由奔放、傍若無人な様子とは正反対に、ひどく臆病で神経質な印象すら感じさせる。

「うちの言い方が悪かったな、謝るわ。じゃあ、どうしたら皆に合わせてくれるか。そっちを聞かせてくれんかな?」

 島風は少しの間視線を地面に落とし、何かを考えている。しばらくして息が整い、視線を上げてもう一度龍驤を見据えた。いつも通りの大胆不敵な笑顔をたたえて。

「島風を超えてみてください、速さで!駆けっこしましょう!」




なんだか龍驤✕島風というより龍驤✕利根の話になってしまいました・・・。

気がつけばお気に入りが500件を超えておりました。このような拙作に目を通していただき、ありがとうございます!

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