「それで、島風に軽くあしらわれて逃げ帰ってきたわけ?」
彼女は手元で装備を修理しながら、そう言い放った。彼女は軽巡、夕張。普段の出撃任務の傍ら、工廠で装備の開発や修理に従事する技術派の艦娘である。今その手元には、偵察機発艦用のカタパルトが置かれていた。
「そうなのじゃ!じゃから吾輩はやめようと言うたのに、龍驤が言うことを聞かんでのう!」
利根がため息混じりに言ってみせた。かくいう彼女も、島風に負けた口なのだが。
遡ること数十分、島風に駆けっこ勝負を挑まれた龍驤と利根は、鎮守府内のグラウンドにて勝負を行っていた。龍驤、利根と、なぜか意気揚々とやってきた少佐を加えた三人は、いざ島風に挑んだのだが、結果は惨憺たるものであった。伊達に最速を自負するだけのことはあって、艤装がなくとも島風はいとも簡単に三人を千切って見せた。
「あんたなあ、恥っちゅうもんがないんか!?これじゃあ島風を余計に増長させただけやないか!なんとしてもあいつを負かしたらなあかんで!」
「といっても圧倒的大差で負けてるんだから話は簡単じゃないわね。提督のほうはどうだったの?・・・聞くまでもないか」
夕張が想像する通り、少佐は島風に置いて行かれた二人にもさらに置いて行かれ、ぶっちぎりのビリであった。なぜ軍に入れたのか、甚だ疑問である。
「途中で倒れとったから水だけ置いてきた。ここの場所は伝えてきたからそのうち来るんちゃうかな」
「お主は世話焼きなのかどうかよくわからぬやつじゃのう。夕張よ、吾輩のカタパルトは直りそうか?」
夕張はカタパルトを一通り眺め、最後に何箇所か手を加えると、カタパルトを利根に差し出した。
「これで大丈夫だと思うわ。後は何度か発艦させてみて、不具合が出るようならもう一度持ってきてちょうだい」
夕張からカタパルトを受け取った利根は、愛おしいものを見るような目でしげしげと眺め、にっこりと笑った。
「礼を言うぞ夕張!やはり吾輩にはこれがなくてはのう!」
「なんだ、カタパルトの修理は終わってしまったのか?是非見学させていただきたいものだったのだが」
ちょうどそのタイミングで少佐はやってきた。彼からすれば悪いタイミングだったようではあるが、その顔にはいつも通りのなんとも憎たらしげな笑みが浮かんでいるので、体力は回復したようである。
「あら提督。他にも修理するものはたくさんありますから、いつでも来ていただいていいですよ。ご所望でしたら試し撃ちもしていってください。最も、艤装無しでの砲撃は無理かもしれませんけどね!」
「何?そうか、できることならばぜひ撃ちたかったのだが」
少佐はいかにもがっかりしたというように肩を落として見せた。
「・・・?提督、何か機械仕掛けのものを持っていますか?」
「ふむ?持っているものといえば時計くらいなものだ」
夕張は一瞬聞きなれない駆動音を聞いたような気がして、小首をかしげた。確かに時計などとは違った音だったようだが、次に耳を澄ましたときにはいつもの鎮守府の喧騒が聞こえるばかりだった。
「そうですか・・・。ごめんなさい、島風の話をされに来たんですよね?」
「おお、そうだな!噂に違わぬ快速だなぁあいつは!どう倒したものか、全く困ったものだ!」
「本当じゃのう、正攻法で戦って勝てる気がせぬ!龍驤は何か算段があって受けたのじゃろう?どうやって勝つつもりじゃ?」
問いかけられた龍驤は、何やら文字に起こしづらい唸り声をあげながら天を仰いでいる。視線の先にあるのは薄汚れた天井のみである。
「・・・まさかなんの案もなく受けたってわけじゃないんじゃろ?」
「う、うるさいなあ!うちらで勝てんのやったら勝てるやつを見つければええんやろ!?せや、夕張、あんたはどうやねん?」
「わ、私?私は無理!そんなに足速くないから!」
「ぐぬぬ・・・。じゃあ金剛達ならどうや!高速戦艦のあいつらなら勝てるんと違うか!?」
「艤装をつけた状態のことを言ってるなら、スペック的には到底敵わないわね。普段の状態でも、高速戦艦だからって足が早いとは限らないし」
それからまた何人か足の早そうな艦娘の名前をあげていく龍驤だが、最終的にどの艦娘も勝てそうにないというところに落ち着いた。こうしてみると、改めて島風の素早さが実感できる。
「艤装をつけての勝負ならば、速度に特化した艤装に改装してはどうかね?」
「君ぃ、そんな改装が簡単にできたら苦労せんがな!しかも改装したとしても、島風の速さは頭一つ抜けてるんやで?」
少佐の提案に、龍驤は呆れたように返した。しかし、少佐の言葉を聞いた夕張は、何かひらめいたような表情をして、考え込んでいる。
「提督、速度特化の改装、ありかもしれません。島風に勝てるかも」
「本当かのう?これがハッタリだったら吾輩はもう帰るぞ?ただでさえ筑摩との約束をすっぽかしておるのに!」
疑わしげな利根を尻目に、夕張は工廠内の何処かへと消えていき、戻ってきたときには何かをその手に抱えていた。
「じゃーん、これ、なんだか分かる?」
「あんまり吾輩を馬鹿にするでないぞ!高温高圧缶じゃろ?」
「正解。遠征に出てた子たちが拾ってきた壊れた艦本式缶を改造してみたの。さしずめ新型高温高圧缶ってとこね」
工廠には、出撃任務や遠征任務の際に発見された兵器が持ち込まれることがある。これもまたそのうちの一つである。
「これとタービンをあわせて増設すれば、島風以上の速度を出すのも難しくはないわ。ただ問題は、これは今度新しく着任する子の装備になるってことね」
「ならばその艦娘に島風と戦ってもらうしかなかろう。あの島風に勝るかもしれぬ艦娘、楽しみではないか!」
「・・・方針が決まったなら、吾輩はもう帰っていいかのう?いい加減筑摩のところに行きたいのじゃが・・・」
これで次の作戦はまとまったと見たようで、龍驤が許可を出すと利根はあっという間に間宮へ向かっていった。少佐もしばらく工廠を見回っていたが、運動して腹をすかせたか、同じく間宮へ向かっていったようだ。
「・・・で、なんでわざわざ新しく着任してくるやつに責任転嫁させるような言い方をしたんや?装備やったら使いまわしできるやろ?そしたら利根にまかせてもええし、うちだって艦載機を積んでなきゃ勝負に出れたはずや」
二人きりになった工廠で、龍驤が疑問を投げかけた。夕張の先程の言い方は、明らかにミスリードを誘うものだった。なぜそんな言い方をしたのか、問うために龍驤は最後まで残っていたのだった。
「新しく着任してくる子が早く馴染めるようにって理由じゃだめかしら?」
「それじゃあ釈然とせんなあ」
夕張は新しくタービンを製作するために忙しく動きながら返答している。龍驤が大方察しているからか、その言葉にはほとんどはぐらかそうという様子もない。
「まあ、どちらかと言えば島風のためね。あの子が新しい子と友達になったらいいかなって」
「別に今ここに居るやつとでもええんとちゃうんか?なんなら問題児つながりで時雨とつなげてやってもええかと思ってたんやけど」
抱えている、一際重そうなダンボールをドスンと置いた夕張は、一息ついてその上に座り、龍驤に向き直った。
「時雨はなんだかんだいって夕立がいるじゃない。でも島風は姉妹艦がいない子だから、いっそフラットな状態から始めたほうが早そうだと思ったの」
そういって夕張は一瞬だけ、視線をそらした。
「同型艦がいない寂しさっていうのも、分からないわけじゃないから」
「あ・・・ごめんな。配慮が足らんかった」
兵装実験軽巡、夕張。彼女もまた同型艦のいない艦である。島風が速さに固執するように、夕張の兵器開発もまた孤独であるが故の特技であるのかもしれない。
「いいのよ。あの子は最速であることを誇りにしてるけど、もしかしたら追いついてきた子に何か感じるものがあるかもしれないし、私もあの子を超えるための装備作りに興味があるから!」
「せやな!なんとしても島風に勝たなあかんから、期待してるで!」
かくして打倒島風の計画は形をなしてきたようだ。そして決戦は、一人の艦娘の着任と共に火蓋が着られた。
本当はこれで「速さは、自由か孤独か。」を終わらせるつもりだったのですが、微妙にリアルが忙しくていつも通りの量しか用意できなかったので次回に持越しにいたしました。
次回、島風の王道カップリングの一人のあの艦娘が着任です。ご期待下さい!(百合好並感