「いい風来てる?陽炎型駆逐艦九番艦の天津風よ!これからよろしく頼むわね!」
執務室に天津風の元気な挨拶が響いた。彼女を迎えるのは少佐と秘書艦の長門、そして龍驤の三人である。
「うむ、よく来てくれたな。秘書艦の長門だ。本土からの長旅で疲れているとは思うが、もう少しだけ付き合ってくれ」
長門は隣に立つ龍驤に視線を送った。龍驤は頷き、言葉を繋いだ。
「軽空母の龍驤や。ええな、軽空母の龍驤や。よろしゅうな。一応確認しておくけど、基本的な戦闘訓練は向こうで済ませとるか?」
「勿論よ。いつでも実戦に参加できるよう訓練を積んできたわ。・・・なんで二度も名前を言ったの?」
「まあ気にせんでええよ。空母やからな。で、高速で移動しながらの戦闘に自信は?」
その言葉とは裏腹に、異常に強調を加えた台詞回しをする龍驤に天津風は困惑するが、とりあえず、自信はあると答えた。
天津風は新艤装の建造に伴い、大本営より派遣された艦娘だ。余談ではあるが、艦娘の選出基準や出自など、その一切は非公開とされており、提督ですらその内容を知らされることはない。謎の敵たる深海棲艦の跋扈するこの世界ではあるが、それと同様にまた艦娘という存在も謎であるということも否定しがたい事実。最も、少佐に取ってはそんなことは些事な事ではあるが。
天津風の言葉を聞いた龍驤は、少し安心したような表情をした。そしてその後龍驤が言った言葉にまた天津風は困惑する。
「競争をして欲しい?しかも艤装をつけて?」
「そうや。どうしてもあんたに勝ってもらわなあかん相手がおる」
鎮守府に着任して初めての任務が競争?戦闘でも、速力試験でもなく、競争?そんな話は聞いたことが無い。しかし龍驤は大真面目な表情で説明を続けている。
「実はうちの鎮守府に艦隊行動に従わんやつがおってな。そいつが言うことを聞く条件として言ってきたのが駆けっこに勝つことなんや」
「はあ・・・でも艤装をつけての競争は駆けっことは言わないんじゃない?」
「大丈夫や。そのへんは話をつけてある」
龍驤は島風と勝負について色々と交渉したようで、最終的に艤装を装備しての海上での競争という条件を島風に飲ませることに成功した。これが龍驤達の、打倒島風戦略の第一歩であった。無論、島風は艤装装備時であってもトップクラスの速力を誇り、決して手放しで喜べることではない。しかし龍驤達には秘策がある。それこそが、天津風の新型高温高圧缶とタービンを用いての機関部強化である。
「着任していきなりこのような事を頼まれて戸惑っているところはあると思うが、受けてもらえないだろうか?」
長門が申し訳なさそうに言った。本来は長門が処理しなくてはならない案件でもあるので、彼女なりに責任は感じているようだ。
「・・・わかったわ。私にしかできないことなんでしょ?」
「すまない、恩に着るぞ」
「天津風。天を吹く風か。良い名だ。なんとも美しい」
突然、少佐が口を開いた。
「天上に吹く風はきっと気高いのだろう。それはきっと神々に愛された清風なのだろう。だがそれでは足りないね。全く足りない。我々が必要としているのは鉄風雷火の戦場に吹きすさぶ暴風だ。疾風怒濤の一陣の風だ」
少佐の語りに、天津風はぽかんと口を開けている。反応に困っていると言うより、この小太りの提督が何を言っているのかわからないと言った様子である。それに構わず少佐の語りは続く。いつも通り、狂気に駆られたように。
「良いかね天津風。あの艦娘に生半可な覚悟で挑んではならない。大洋を吹き抜けた風は天を穿つ。奴は狂風だ。一切合財を振り払って、傲岸に、不遜に、孤独に吹きすさぶ狂風なのだ。私達はそんな狂風の前に打倒されたのだ。ならば私達は最早ひれ伏すしかないのか?全てを薙ぎ倒さんとする狂飆が頭上を駆け抜ける中で、身を震わせてただ恐怖するしかないのか?否!断じて否!!最速を自負する彼女への
駆逐艦寮のとある一角で、彼女達は出会った。
「貴女が島風ね?私は今日からこの鎮守府に着任した天津風よ」
島風は天津風をまじまじと見つめてから、見下したように鼻を鳴らした。
「ふーん。貴女が新しく着任してくるって言う話だった駆逐艦だったんだ。また私より遅い船が来たみたいね」
天津風はその反応に少し頬を引きつらせている。生意気な艦娘だとは聞いていたが・・・・。
「貴女も連装砲ちゃんを連れてるのね。まあ島風の連装砲ちゃんのほうが可愛いけど」
「なっ・・・!私の連装砲くんのほうが可愛いに決まってるでしょ!?勝手に優劣を決めないでよ!」
「そう言ってる天津風のほうも優劣を決めてるじゃない。どの道島風には敵わないんだから。島風のほうが優れてるに決まってるじゃない!」
島風はあくまでその態度を崩そうとはしない。煽られているのか、そもそも島風の性格がこうなのかはわからないが、どちらにせよ頭に来る。
「あら、自信満々ね。噂には聞いているけどよっぽど足が速いみたいで羨ましいわ」
若干皮肉を込めて言った台詞を、島風はあえて言葉通りの意味で受け取った。
「そうよ。島風は速いの!島風は最速で、誰にも負けないの!」
「随分と自分に自信があるみたいだけど、速いからって周りを置き去りにするのは艦娘として失格よ!そんなの優れているうちに入らないじゃない!」
島風はその言葉を聞いた途端に、あからさまに不機嫌になった。二人の足元では、主人達のやり取りを知ってか知らずか、お互いの連装砲が無邪気に触れ合っている。
「貴女も島風の最速を否定するのね」
つぶやくように発せられた声には、先程の見下すような口ぶりとは違って、敵に向けるような威圧的な雰囲気があった。一瞬怯みそうになったが、すぐさま言葉を返してみせる。
「ならその最速、証明してみなさいな!私も速さには少し自信があるの。貴女との勝負に乗ってあげる!」
「・・・なるほどね、そういうことだったの。天津風が次の駆けっこの相手だったのね。あははッ!残念だけど島風は水上でも最速よ!条件を変えたって結果は島風の勝ちになるんだから!」
島風は一転して再び嘲るような口調に戻り、天津風を笑った。自分が負けるという状況は、全く考えていないようだ。天津風は右手の白手袋を外し、島風の足元へ投げつけた。
「なんのつもり?」
「決闘よ!私と貴女でどっちが速いか!それだけ豪語するからには、当然受けて立つでしょうね!?」
投げられた白手袋はしばしの間を置いて拾われ、島風はこの申込を受けるという意志を示した。その顔には彼女らしい大胆不敵な笑みが浮かんでいる。
「面白いじゃない!そこまでして見せるからには、島風についてくるくらいのことはできるんでしょう?じゃあ島風を超えて見せてよ!どうせ私には誰も追いつけないけどね!」
「見てなさい!絶対に貴女に勝ってみせるんだから!」
かくして二人の対決は、天津風の宣戦布告によって始まりを迎えることとなった。二人の最速をかけた対決は、艦娘達の間でも話題を呼び、結果多くの観衆の見守る中で執り行われることになる。準備期間を置いた数日後、二人の決戦の火蓋が切られた。
前回この回で終わらせるというようなことを書いておりましたが、スマンありゃウソだった(陳謝
2月中旬まで少々忙しい予定になっておりまして、その間に次回が投稿できるかわかりませんので、次回は期間を開けてしまうことになるかもしれません。なるべく早く投稿できるように善処いたしますので、次回も何卒宜しくお願い致します。