大隊指揮官殿が鎮守府に着任しました   作:秋乃落葉

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速さは、自由か孤独か。5

その日の鎮守府は、異様な熱気に包まれていた。普段殺風景な鎮守府内のグラウンドには、間宮や鳳翔、その他艦娘から有志を募って開かれた露店が並び、中央には多くの艦娘達が同時に島風と天津風の競争を見届けることができるよう、超大型のモニターが設置されていた。このモニターは少佐の希望によって工作艦である明石と夕張に急ピッチで作られたものだ。実は二人の対決が決まった後、準備期間が必要であったのはこのモニターの準備に時間がかかっていたという事情もあるのだった。

「提督、天津風の艤装の最終点検、異常なしです。何分急な処置だったので突貫工事ではありますが、規定のコースを全速力で駆け抜けるくらいは可能であるとの明石からのお墨付きですよ」

 早速艦娘達に混じって露店の食べ物を食い漁る少佐を捕まえた夕張が報告する。当然処置とは機関部強化の事である。これまで本式缶とタービンの追加装備によって速力を上げる試みと言うのは研究されていたが、他の装備の枠を奪う形になり相対的に火力が下がるため、実用化には至っていなかった。いや、むしろ実戦での必要性が低かったというべきか。

「うむ、ご苦労。君も食べ給えよ、絶品だぞこの焼きそばと言うのは!」

「頂きます。あちらで龍驤がたこ焼きを焼いてますから、そちらも食べに行ってあげてください」

「たこ焼きだと?そいつはいいな、食欲を唆る!」

 提督はまるで本来の目的を忘れたからのように露店巡りに精を出している。本当に変わり者な提督だと、夕張は思う。狂気的な一面を見せたかと思えば気の良い人でもある。それに、どこか違和感があるような。

「・・・さあ皆様!会場中央のモニターにご注目ください!間もなく時刻は○九五○!この後一○○○を持ちまして、当鎮守府最速を賭けた決戦が幕を開けます!」

 会場にけたたましい口上が響いた。マイクを握るのは霧島である。

「提督、もうすぐ始まりますので移動をお願い致します。席をご用意してますから」

「ん、わかった。ああそうだ夕張、手の空いているものにフランクフルトにチョコバナナ、りんご飴に綿菓子と・・・あと焼きそばをもう一皿持ってこさせてくれるかね?」

「わかりました、持って行かせますから急いで下さい!」

 

 

「さて、スタートまでもうすぐだけど?一体どんな仕掛けを用意して来たのか教えてくれてもいいんじゃない?」

 スタート地点で待機する決闘者の片方が、もう片方に投げかけた。無論彼女はどのような策を講じられようがどうこうするような性格ではない。自らの優位性、絶対的な速さを信条としている彼女には、対抗策など不要、ただ置き去るのみ。それを聞いたのは単純に相手がどのような悪あがきを見せるのかという興味からだっただろう。

「お生憎様。手札は勝負のその時まで晒さない主義なの」

 天津風はそっけなく答えた。勝負のスタートに向けて意識を高めていく。いくら機関部が強化されているとは言え、敵はあの島風。高速での艤装の運用に置いては圧倒的に島風のほうが器用なのだから、油断はできない。ちょっとしたカーブでも小回りをきかせて抜き去ってくるだろうから。

「あら、慎重なのね。それとも臆病なだけ?」

 島風は嘲るように笑う。

「そんな安い挑発は受けないわよ。そっちももう少し集中したらどう?」

 しばしそのような言葉の応酬が続いた頃、決戦の始まりの時間が目前となる。両者ともに口少なくなり、静かにその時を待っている。

 

 

「提督、後数分でスタートです」

 少佐のそばに侍る大淀が彼に声をかけた。

「ああ、楽しみじゃあないか!いよいよ真の最速の艦娘が決まるというわけだ!」

 露店で買い集めた食べ物を貪りながら、少佐は笑う。その笑みが何に裏打ちされたものであるのか知らぬ大淀にとって、その不安をひとかけらも孕まぬ笑みはひどく危うげに見える。いや、それを知ったとて変わらないのかもしれない。彼の全てを裏付けているのは、純然たる狂気そのものであるのだから。

「その・・・始まる前にこんなことを言うものではないとは思うのですが、もし天津風が島風に勝てなかった時は、どのような処置を取られるのですか?島風のあの態度が治らなかった時は・・・」

「決まっているだろう。艦娘としての任を解く」

「ッ!提督、それは厳しすぎるのではないでしょうか?確かに彼女の奔放さは時に問題となっていますが、駆逐艦の子たちの中でもトップクラスの成績を修めているのも事実です!もっと長い目で見てあげても良いのでは・・・」

 少佐は食べる手を止めることもなく答える。

「何か勘違いをしているんじゃあないかね?私は罰として任を解くと言っているのではない。上官の命令に従わず強攻。いいじゃないか。自らの力に酔い、その速さで単身敵陣に切り込み、傲りが故に果てる。きっと幾多数多の戦士がそうして死んでいったのだろう。彼らにとって戦乱とはそうであったはずだ。闘争とはそうであったはずだ。だが私には、そんな闘争は御免だね。ただ死ぬのは真っ平御免だ。かつて私達はただ一つの戦場を得るために半世紀をかけて築き上げ、ただ一瞬の死を得るために何もかもを投げ打った。その先にあったのは甘美なる勝利だ。私達が死ぬに足る勝利だ。そうして世界すらも越えて、今ここに立っている。次なる勝利のためにここに立っている!」

 また始まってしまった、と大淀は思う。この提督の異質な価値観が、度し難い狂気が溢れ出てくる。任務娘として提督の下で働くことに慣れてきたとは思っていたが、この狂気にだけは未だに慣れることがない。

「傲慢が故に倒れるなんて、まるで化物じゃあないか。そんな死に方をさせてたまるものか。かつて私に付き従った最後の大隊は最早存在しないが、今の私には君たちがいる。私を提督と仰ぐ艦娘諸君がいる!ならば君たちを連れて行こう。真に君たちが生きるに足る戦場へと!ならばこそ死んでもらっては困るのだ。私が私であるために。私が私である故に!」

 少佐の狂気に呼応したかのように、歓声が沸き起こる。気が付かぬうちに競争が始まったようだ。

「肩の力を抜いて勝負を鑑賞し給えよ、大淀。君が泣こうが喚こうが、彼女はもう駆け出しているぞ!」

 

 

 スタートコールとともに飛び出して数十秒。天津風は快調に速度をあげていく。艤装の調子は好調だ。島風の位置は、わずかに後方。ちらと振り返ると、島風がその顔に少しの驚嘆の表情を浮かべているのが見える。

「ちょっと貴女を侮りすぎてたみたいね!なかなか速いじゃない!・・・でもそれじゃ最速じゃないよ!」

 安心したのも束の間、流石は最速を自負する彼女というべきか。更に加速をつけた島風は先行する天津風に追いついて見せ、お返しと言わんばかりに天津風を追い抜いた。練度の差か、島風の方がトップスピードに至るまでの時間が早い。艤装の改装を施してくれた明石と夕張によれば、スペック的にトップスピードは天津風のほうが高くなっているはずだと言っていた。こちらも加速したいところだが、正直に行ってその加速に耐えうる技術を持ち合わせていないのだ。無理に加速すれば最悪転倒の危険性がある。転倒すれば間違いなく致命的な遅れを生むだろう。

 ふと視線を空へ移す。二人の進路の先には低空で飛行する偵察機、『彩雲』がいる。彩雲は前方の島の外周をなぞるように旋回しながらスモークを吐き出した。あの彩雲はこの競争における水先案内人だ。当然ながらこの広い海にコースを示す浮標を全て敷設しようと思うとそれ相応の時間がかかる。その代わりに、あの彩雲が規定のコースを飛行し、二人にコースを伝える役割を担っている。

「旋回速度は島風の方が速い・・・!直線が続くうちに加速すべきかしら・・・!?」

「ほらほら、迷ってる暇はないわよ!」

 采配に迷う天津風を尻目に島風は更に加速をかけて差を広げようとする。

「くっ・・・!確かに迷ってたら勝ち目はないわね!」

 島風を追って天津風も加速を開始した。ほんの少し離されかけていた差はなくなり、再び二人は横並びで進んでいく。競争の最初の曲道へ、両者はほぼ同時に突入していった。




前回からかなりお時間が空いてしまいまして申し訳ありません。リアルのほうの忙しさが落ち着きましたので、再び投稿間隔を戻して投稿していこうと思います。

今回は少々中途半端なところで切れておりますが、今日までに書き溜めたところまでを区切りとして投稿しましたのでこうなっています。私の至らなさをお許し下さい。

さて、冬イベが始まりましたね。皆様のご進捗はいかがでしょうか。私は今のところE2まで突破しました。E2は丙ですが・・・。

二週間ほどお時間を頂いてしまいましたので、今度はこちらの更新に力を入れていく予定ですので、今後共よろしくお願いいたします。

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