島の周りを一周しようとする二人はほぼ同時に曲がり始める。が、やはり高速航行の経験がない天津風は大回りにならざるを得ない。それに対して島風は器用に加速と減速を使い分け、ある程度の速度を保ったまま最低限のロスで回っていく。ちらりと振り返ってこちらに見せる余裕綽々の笑みが憎たらしい。
「私に勝とうと速度を上げてきたみたいだけど、ただの頭でっかちなんじゃない?島風が速いのは最高速度の上限だけの話じゃないの!その速さを活かしきれる力があるからこその島風なの!」
「ぐっ・・・!言ってなさい!すぐに追いついて見せるわ!」
差を開けられながらも、なんとか食らいついていく。島風に有利な状況での勝負であるとはいえ、天津風も本土での訓練では優秀な成績を修めてこの鎮守府にやってきたのだ。島風までとは行かずとも、彼女もまたプライドの高い艦娘である。簡単に負けるのは自尊心が許さない。
やがて島を回りきり、再び直線路に戻る頃にはそこそこの差が二人に生まれていた。しかし慌てることはない。ここからしばらくは直線のルートが続く。十分に巻き返すことが可能だ。問題は中盤にカーブを多用する環礁群があること。曲線での競争で島風に勝つことは、とてもではないが叶いそうにない。直線が続くうちにこの差を巻き返し、出来る限りのリードを作っておきたいところである。
「やはり速いですね、彼女は。わかっていたとは言え実際にこのような勝負を見てみると改めて思い知らされます」
大淀がモニターの中で駆ける島風を見て言った。島風の速さは勿論わかっていたことだが、これまでその速さを越えようとしたことなどなかったため、こうして見せられると、彼女は実に速い。
「しかし彼女の機動性を活かした戦い方というのも割りかしなしではないのかもしれません。現状では彼女の速力についていける艦がいないことが問題と思っていましたが、機関部強化と旋回等の機動の訓練を組み合わせればものになるかも。教官達と話し合って見ましょうか」
「ようやく落ち着いたかね?先程から顔を赤くしたり青くしたりしていたようだが」
一体誰のせいだ、と言いたげな大淀だが、流石に口には出さず飲み込んだ。今に始まったことではない。
「君もここについていなくていいから、明石でも連れて屋台を回ってきたまえよ。今回のセッティングのために働き通しだろう?」
「よろしいのですか?別に屋台なら今日一日置いてありますからこの勝負が終わってからでもいいですけど」
「構わん、そのかわり龍驤のたこ焼きを買ってきてくれ。三人前だ」
ブレない提督の頼みを承諾し、屋台を回ることにする。まずは言われた通りに明石を探して歩く。彼女もここしばらく休日返上で働き詰めのはずだ。最も彼女や夕張は機械や艤装をいじっている分には仕事を趣味のように思っている節があるので、特に気にしていないのかもしれないが。だからといって休みを与えないのは所謂『ブラック鎮守府』になってしまうので、半強制的に休暇を取ってもらうことにはしている。それが本人たちには逆に不評なのが困りどころだが。
人をかき分けながら数分歩くと、案の定レンチを握りしめてモニターを凝視する明石を見つけた。大方更に二人の艤装を高速化するための改修でも考えているのだろう。隣に立ってもまだ気が付かないようなので肩を揺すった。
「ちょっと・・・にやけながらレンチなんて持ってたら控えめに言って変態みたいだからやめなさい。さっきから駆逐艦の子たちが気味悪がってるわよ」
「へ?ああ、大淀じゃないの。提督についてなくていいの?・・・てか変態はひどいわ。せめて変人にしてほしいんだけど」
対して変わらないと思うのだが・・・。彼女なりの基準があるのだろう。人には他人に理解できない領分があるというものだ。
「その提督からのはからいでね。ここのところ働き詰めだから明石と屋台でも回ってこいって言われたの。どうせずっとここで妄想してたんでしょ?」
「だから妄想じゃないっての。大体そうやって艤装とか装備の改修を考えるのも私の仕事なんだからね!・・・ま、いいわ。せっかくだしまわなきゃ損よね」
「そうそう。実は間宮さんの屋台で出してる限定のパフェ、食べたかったのよね。お仕事終わってからじゃ絶対なくなってると思ってたから良かった!行きましょう!」
流石に間宮の店は他に頭一つ抜けて繁盛しており、少し並ぶことになったが、無事にパフェを手に入れることが出来た。本来食べることが叶わなかったものと思うと期待は格別だ。屋台の近くに配置されたテーブルに空きを探していると、少し意外な人物を見つけた。
「あら?龍驤さん、屋台を出しているんじゃなかったんですか?」
「ん?大淀と明石か。ちょっと休憩中やねん」
龍驤が大きなパフェをつっついていた。ちょうど龍驤の対面の二席が空いているので一言許可を取って座る。
「本当は黒潮と二人で一日屋台に付きっ切りの予定やったんやけどね。なんや時雨が僕も手伝いたいって言うて来てくれてな。今は二人に店を任せてるとこ。時雨のお陰で交代で休憩取れるようになったからこうして間宮の限定メニューを試しに来たって訳や。本日限定なんて言われたら、食べん訳にはいかんやろ!」
龍驤は満面の笑みで言った。実際その通りなので二人は深く頷く。腰を落ち着けたところで二人は待ちかねたパフェに手を伸ばした。贅沢に、少し多めに掬って口に運ぶ。
「っ!美味しーい!さすが間宮さんの限定メニューね!」
口の中に甘みが広がる。とても上品な甘さで、これなら飽きることなくいつまででも食べ続けられそうだ。これ一つで連日の仕事疲れも何処かへ飛んでいってしまう。たまらず二口、三口と口にするが、どんどん食べるペースが上がってしまいそうだ。
「で、どうなん?二人の競争は?うちあんまり見れてないんよ」
「あ、確かに朝から準備で忙しそうでしたしね。今のところは島風がほんの少しリードしているって感じです。と言ってもこっちに来る前に見た限りですけど」
実はこのようにモニターを見ていられない艦娘のために実況を置くという案もあったのだが、実況を強く希望していた霧島が姉妹艦達によって自粛を嘆願をされたため、競争中の実況はされていない。自粛を求められた理由は・・・察して知るべし、である。
「安心してください。天津風の艤装は島風にも負けないレベルまで仕上げた自身があります。と言っても島風の艤装の調整も手は抜いていませんから、後は本人たち次第ではありますが」
「そうか。それならどっちに転んでもそう悪いことにはならんやろ。天津風が勝ってくれるならそれで良し。島風が勝ったとしても、初めてのほぼ対等な相手との勝負で何か感じてくれるやろうと信じたい」
龍驤はそう言って大分減ってきたパフェを掻き込んだ。
「勝てると、いいですね」
大淀が呟くように言った。提督の前では落ち着いた様子を見せたが、内心まだ心配だ。提督の言い分は、おかしな思想が混じっていることを除けば最もなものだ。慢心して、命を落とせば終わり。でも、だからといって彼女から、島風から艤装を取り上げればどうなるだろう。それは彼女の誇りであったはずだし、何より心の拠り所であったはずだ。もし島風を艦娘の任から解くとなれば大本営とのやり取りが必須になる。そしてそれを執り行うのは、任務艦である自分だ。それを行わなくてはならなくなった時、私はできるだろうか・・・?
「まあ、何にせよ」
空になったパフェのグラスに落ちたスプーンが、カランと音を立てる。
「無事に帰ってきてくれるのが一番やね」
「大丈夫ですよ。この明石の調整した艤装を信じてください!」
「・・・そうやね!うちももうちょっと休憩時間あるし、二人の競争を見に行ってみるかな!」
本編の間隔を開けてしまいまして申し訳ありません。「速さは、自由か孤独か。」part6でございます。
早く勝負の続きを提供したいのになぜ日常風景を描いているんだ私は・・・?