大隊指揮官殿が鎮守府に着任しました   作:秋乃落葉

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速さは、自由か孤独か。7

 大淀が明石と露店を回っている裏で、少佐のもとには長門が訪れていた。大淀と交代で提督の補佐に入った形だ。実質的なパシられ役とも言えるが。

「どの料理も量が充実していていいな!しかしこれだけの量を露店で提供するのは大変ではないかね?」

「元々私達戦艦や空母は戦闘での体力消耗が激しい分食事量も多いからな。これぐらいは普通だ。料理は妖精さんがいるから回っているようなものだがな」

 イカ焼きを齧る少佐の横で、大盛りの焼きそばを食べる長門が答える。

「食事を楽しむのは結構だが、勝負もしっかり観戦してもらわないと困るからな?ここまで大事になってしまったんだから・・・と言うのは私が言えたことではないな、済まない」

 勝負を見守る長門の心境もまた複雑だ。本来秘書艦である自分が内々に処理できていればことはもっとスムーズに進んでいたかもしれないし、この鎮守府に来たばかりの天津風に負担をかけることはなかっただろう。自分の力足らずを長門は恥じていた。

「いいや、ここまで来てしまったからこそそんなことは関係ないね。今彼女達を突き動かしているものは意地だ。負けず嫌いで意地っ張りなお嬢さん方は意地がために駆けている。外野が勝手に目的を付け加えるなど無粋なものだ。負けたくない。勝ちたい。目の前の宿敵を打ち倒したい。闘争に必要なのはそうしたシンプルな目的だけで十分だよ」

 

 

 そういう少佐の言葉もあながち間違いではなく、天津風は島風を最速より引きずり降ろさんと必死で駆ける。ただの艦だった頃、島風に新型高温高圧缶のデータを渡したのは天津風だ。つまり、私こそが先輩なのだ、という思いが天津風の中にはあった。故に意地っ張りな彼女は、同じく意地っ張りな最速への敗北は認めない。

 既に勝負は折り返しをすぎる頃だ。カーブを多用する環礁群を抜け、直線で天津風が稼いだリードは最早ない。此処から先再び優勢に立てるかと言われれば、怪しい。

「だんだん集中力が続かなくなってきたんじゃない?諦めたらどう?」

 わずか後ろを追う島風が言う。

「うっさい!まだ私のほうがちょっと勝ってるでしょ!?大口叩くのは速いんじゃないの!?」

 すかさず言い返したものの、島風の言葉は図星をついていた。なれない速度での長時間航行はいつも以上に消耗が大きい。息が上がるとまでは行かずとも、気を抜けばミスを生みそうになる。この局面でのミスは命取りに近いのだ。もう一度、集中力を高めよと自分に言い聞かせる。

「残念だけど、次のカーブで追い抜いてあげる。それで勝負は決まりね。集中力を欠いた貴女なんて相手にならないわ」

 二人を誘導する彩雲が曲線を描き始める。悔しいが、島風の言うとおりあのカーブで抜き去られれば、勝負は大きく島風に傾くだろう。それだけは避けなければならない。

「それなら抜かせないまでよ!負けてたまるもんか!」

 二人は一心不乱に疾走る。その異変に気が付かず。

 

 

 その異変に最初に気がついたのは、先導機の彩雲に登場する妖精さんだった。何かに気がついた妖精さんは旋回を取りやめ、鎮守府への最短ルートを取って飛行を始めた。眼下で困惑しているであろう二人に詫びて、鎮守府へ電文を打った。

 

 

 先導機の彩雲が規定のコースと違うコースを飛行し始めたことに気がついた者は、モニターの前で首を傾げていたが、その中を駆け抜けて大淀が少佐の元へ転がり込むように戻ってきた。その鬼気迫る表情に、長門は麺を咥えたまま何事かと固まっている。

「提督ッ・・・!敵機襲来です!敵航空機編隊が島風、天津風に接近中!」

「何!?馬鹿な!鎮守府正面海域だぞ!?なぜ敵機がここまで来ている!?」

 敵機来襲。その方に会場にどよめきが走る。この勝負にあたってコースは鎮守府正面海域で制海権が確保されたエリアで行われていたはずだった。普段であれば駆逐艦一隻でも対応できるほどの敵戦力が時たま現れる程度の。

「既に先導機の妖精さんの判断でこちらへ引き返し始めています!このまま引き返すように二人に伝えて構いませんね?」

「無論だ。彼女達の撤退を支援する艦隊を編成し、出撃させる。直ちに出撃できるものを選出し給え。私への確認は不要。但し高速艦を優先して編成だ。長門秘書艦、存在が予想される敵戦力への威力偵察が可能な艦隊を編成する。君が指揮を取り、可及的速やかに敵を捕捉せよ。以上だ」

「了解しました!」

「了解!」

 二人は命令に頷くと、すぐに行動を開始する。動揺が走る鎮守府の中で、少佐は静かに笑みを湛えてモニターを見る。

「ああ、楽しくなってきた。実に素敵だ。さあ、私と戦争を始めよう、島風」

 

 

 

「敵機って、ここは制空権が確保されてる海域じゃないの!?なんでこんなとこまで来てるのよ!」

 鎮守府への撤退を目指して舵を取った二人だが、天津風は困惑を隠せない様子だ。

「そんなこと言ってても仕方ないでしょ!さっさと逃げるよ!」

「意外ね。貴女なら自分だけで敵を倒してやるってくらいいいそうなものだと思ったけど?」

 半ば皮肉のような言葉だが、実際素直に撤退命令を聞き入れた島風を意外に思って出た言葉だった。一瞬むっとした顔で後に続く天津風を見た島風だったが、その意を汲み取ったのか少しため息をついて言った。

「万全の状態ならそうも言えるけど、今は最低限の武装しか持ってないから。流石に反撃は出来ないし、悔しいけど逃げるしかないでしょ」

「ううん・・・その通りなんだけど貴女に言われるとなんだかね・・・」

 とは言ったものの、確かに現状最低限の装備しかないことは事実である。それは追加兵装のキャパシティを全て機関部強化に割いている天津風も同様で、更に言えば、慣れない速度での戦闘や疲労を鑑みれば最低限以下のコンディションであると言わざるを得ないのだ。

「問題はお迎えの艦隊と合流するまでにどうしても多少の時間がかかる事ね。既に戦闘機隊が上がってるとしても十数分はこのまま攻撃を躱さないといけない。もう敵機も追いついてくる。とにかく行けるとこまでいくよ!」

 こうしている間にも敵航空機隊は迫ってきているのだ。いつ攻撃が始まってもおかしくない。そう思うと手に汗が滲んでくるのがわかる。図らずも天津風の実戦はこれが初めてだ。

「あーもう、最悪の初陣になっちゃったわね・・・」

「後悔するなら帰ってからにして!敵機の攻撃がくる!」

 敵の攻撃機が低空でこちらへと飛来してくる。対空砲で対応するが、うまく砲火をすり抜けた機が魚雷を放った。回避行動を取ったところに、見計らったようにして艦爆が飛び込んでくる。

「攻撃が激しい・・・!

 襲い掛かってくる艦爆を撃ち落とすが、最後のあがきとばかりに爆弾を投下してきた。回避すべく更に舵を取ろうとするが。

「まずッ・・・!バランスが・・・!」

 慣れない機動のつけが回ってきたか、加速する足元に体が追いつかず、後ろに倒れ込むような形でバランスを崩してしまう。炎上し、落ちてくる敵の艦爆が、にやりと笑みを浮かべたような気がした。

「だから無理して私についてくる事なかったのに。こんなとこで死んでもらったら目覚めが悪いじゃない」

 間一髪、高速で接近してきた島風が天津風の腕をつかみ、その勢いのまま前方方向へ投げ飛ばした。今度は逆に前につんのめるな姿勢で倒れそうになるが、なんとかバランスを取り戻した。爆音とともに巻き上げられた海水が降り注ぐ。

「ちょっと強引だったけど、助かったわ・・・!?」

 降りしきる雨の中で、背中から黒煙を吐く島風が彼女には似つかわしくない速度でこちらへやってくる。

「こんな時に集中力を切らさないで。迷惑だから」

「ちょっと、被弾したの!?損傷は!?」

「墜落してくる敵機が直撃しただけ。機関部がやられた。速力が上がらないわ」

 周辺から敵機が離れたのを確認し、島風の様子を見る。傷事態は大したものではないが、当たりどころが悪く速力が上がらないようだ。

「ごめんなさい・・・!私を庇ったからよね・・・」

「本当、その通りなんだけど・・・。これじゃ離脱は厳しいみたいね」

 ほぼ兵装もなく、島風の速力も出ないこの状況では、絶望的と言っても過言ではない。最早万事休すか。

 少し考えた後、天津風は島風に手を差し出した。

「・・・何?」

「貴女が他人と協力するのが苦手なのは知ってる。でも、お願い。私にその最速の力を貸して欲しい」

 島風は差し伸べられた手を見、天津風の顔を見た。真っ直ぐな視線が向けられている。

「・・・貸すだけよ。最速は島風なんだから」

 二人の小さな手が、繋がれた。




すっごい遅くなってすみません、「速さは、自由か孤独か。」Part7です。

やっぱり戦闘シーンは描写が難しいですね・・・。

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