大隊指揮官殿が鎮守府に着任しました   作:秋乃落葉

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速さは、自由か孤独か。9

「んんー!疲れたのう!いやあ、ほんと色々あったもんじゃ!」

 夜の居酒屋『鳳翔』は、いつもに増して盛況を見せている。騒動巻き起こった今日の一日も、終わってみればまさに祭りの後のようで、あちらこちらでほろ酔いの艦娘達の歓談の声が聞こえてくる。対面に座る利根も上機嫌で杯を傾けていた。

「色々あったもんじゃー、やないで。あんたなあ、結局何もしとらんやないか!」

 龍驤もまた、ほんのりと顔を赤らめて利根に絡む。結局島風と天津風はその艤装に大きな損傷を受けたものの、命に関わるような怪我はなく、無事に帰還することが出来た。今頃は医務室で眠っているだろう。利根が不満を叫びながら持ち帰った二人の艤装は、陸に上るとすぐに明石と夕張の手によって工廠へ持ち去られた。あの二人が艤装に何をしているかはよくわからないが、きっとより高性能な艤装となって島風と天津風の元に戻るのだろう。

「本当に天津風には苦労をかけたのう。無事で帰ってくれてよかったのじゃ」

「ほんまやな。後は、上手いこと島風と付き合ってってくれると助かるんやけど、まあ今言うことでもないか」

 実際、龍驤はあまりそのあたりの心配はしていなかった。島風だけの世界であった『最速』に足を踏み入れた天津風は、きっと良き理解者として、良き友としてあり続けるだろう。

「・・・実際うちらだけじゃどうにもならんかった訳やし、天津風には礼を返さんとあかんなぁ。何がええんやろ」

「そうじゃのう・・・。では間宮の食事券はどうじゃ?なんだかんだこれが一番嬉しいじゃろ」

「やっぱそれが一番なんかなぁ。ちょっと上と掛け合ってみるわ」

 皿に山と積まれた枝豆を一つ取って口に放り込む。ちらと壁掛け時計に目をやると、時刻は既に八時を回りつつある。

「すまん、ちょっと席外すで」

「んあ、わかった」

 よっこいしょ、と腰を上げ、出入り口の方へ向かう。

「・・・待つのじゃ、龍驤」

「・・・なんや?」

 利根が神妙な面持ちで龍驤を呼び止めた。二人の間に沈黙が横たわる。数秒の無言の後に、利根が口を開いた。

「・・・この唐揚げの最後の一個、吾輩が食べてもよいか?」

「なんやねん!んなもん勝手に食えや!」

 本当に勝手に食べたら怒るじゃろうに、と言いつつご満悦な様子で唐揚げを頬張った利根に呆れつつ、今度こそ店を出た。

 外は満天に輝く星空と、ただ真っ暗な海がいつものように広がっていた。店の前に置かれたベンチに腰を下ろし、ポケットを弄って、煙草を取り出した。ライターを探しているうちに、居酒屋の扉がガラガラと開く音が聞こえた。

「龍驤さん、お待たせしました」

「別に待ってへんよ。繁盛しとるとこ呼び出してすまんな、鳳翔」

 龍驤はそのまま煙草をポケットに戻し、鳳翔に隣を進めた。

「で、今回の一件やけど、鳳翔的にはどう思う?」

「あらあら、私は既に戦闘行動から落伍した身ですよ。龍驤さんのほうがずっと詳しいのではないですか?」

「ようゆうなあ。確かに艤装の性能的に一線で活躍するのは難しいかも知れんけど、練度は今でも赤城や加賀以上のもんやろ」

 謙遜する鳳翔だが、龍驤の言うとおり彼女の練度はこの鎮守府内でも有数のものだ。その練度は、この鎮守府にいる艦娘の中でも最古参に当たる経歴の証であり、現在は出撃することは少ないものの、多くの艦娘の相談を受けたり、身の回りの世話をしたりと、母のように慕われている。その人望は、この鎮守府の艦娘一と言っても過言ではない。

「そうですね・・・。状況からして、近海に敵拠点の設営が行われている可能性も高いでしょうね。情報が少ないので細かくは偵察に向かわれた艦隊の帰還を待つほかないですけど」

「・・・なあ鳳翔、せめて教官としてやってく気はないんか?島風だって、鳳翔ならもっと簡単に説得出来てたやろうし。うちが動くよりあんたが動いたほうがずっと効率がいいはずやで」

「それは違いますよ、龍驤さん」

 鳳翔が言葉を遮った。その声はあくまで優しいが、何故かとても力強く感じる。

「少なくとも私には、貴女が時雨さんを変えたようなやり方は出来ません。私の力を必要としてくださるのは嬉しいですが、貴女にしか出来ないことだってあるんですよ」

 優しく微笑む鳳翔に、龍驤は頭を掻いてみせた。

「はぁ、やっぱおかんには敵わんなあ」

「ふふ、それほどでも。でも、悩んだ時はいつだって頼ってもらっていいですからね?」

「あいよ。近々敵泊地攻略の作戦が展開されるかも知れんからね。皆に美味しい料理を振る舞ったってや!」

 ベンチを立ち、二人は店内に戻っていく。ここ最近厄介事が続いたためか、少し弱気になっていたかもしれないと、龍驤は思った。じきに偵察に出た艦隊も戻り、近く敵戦力に対する作戦が展開されることだろう。いざその時に遅れを取らぬよう、頑張らねば、決心を新たに、利根の元へ戻った。

 

 

 だが龍驤はまだ、新たな厄介事が近づいていることを、知る由もなかったのである。それは、海軍省から送られた一つの電文であった。その内容はこうだ。

 

『発:海軍省 宛:ビスマルク諸島泊地司令官 本日貴官ノ着任スル泊地ニ向ケ、監察官ヲ派遣シタ旨ヲ通達ス』




島風編はこれで終りとなります。

次回は少佐メインのお話になる予定です。

なにげに今回初めて泊地の名前を出しました。ビスマルク諸島のどこだよ、という話ですが正直ほぼフレーバーです。

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