余裕綽々に言葉を返す少佐に、香取は少なからず苛立ちを覚えていた。いや、彼の勢いに圧倒されつつある自分自身に苛立っていると言ったほうが最適か。私たちにはこの男の説得に時間をかける余裕などないのだ。
「貴方が本当に狂人なのか、ただの虚勢なのかは知りませんが。私達にとってはそんなことはどうでも良いことです。問題は貴方が我々海軍に協力する意思があるのかどうかということですから。何れにせよ、その意思がないのならば提督の任から外れていただくのみです」
「おやおやお嬢さん、肝心な点にお答えいただいておりませんなぁ。私をここから追い出すというのならば結構。そうすればよかろう。だがこの泊地の艦隊指揮は誰が行うのかね?代わりを寄越せない理由は知らないが、大方制海権の問題か士官の不足か、大方そんなところだろう」
二人の交渉は睨み合ったまま遅々として進まない。少佐の両脇に立つ長門と大淀の二人も、息を呑んだままその行く末を見守るしかなかった。ただ一人鹿島のみが、静かに微笑んでいるのみである。
「そんなことよりも君たちの方こそ教えてくれないかね?君たち艦娘は一体何物なのか!ああ、興味深いね!人間でありながら、不可思議な艤装を持ってして大洋を航行する能力を持ち、その身に余る凄まじい火力で砲撃できる!実に素晴らしい!実に恐るべき!実に、実に頼もしい!!出来ることならば君たちと共に英国を征討したかった!!」
「艦娘に関する情報は、機密事項に当たります。少なくとも今の貴方にお話は出来ません」
「先程からないないづくしですなあ。少しは譲歩するということを知ったほうがいい」
「貴方だけには言われたくないですね」
「・・・お二人さん、そろそろ妥協点を図ってはどうでしょう?」
二人の問答を見かねたか、鹿島が口を開いた。香取、少佐共に何か言い返しかけたが、鹿島はそれを咎めるように咳払いをして、言葉を続けた。
「提督さん、私達は貴方を操り人形にしたいわけでも、ここから追い出したいわけでもないんです。まずはその点をわかっていただけますでしょうか?」
少佐はどうだか、とでも言いたげに肩をすくめて見せた。
「私達は・・・海軍は貴方に協力していただきたいと考えています。いえ、協力せざるを得ないのです。でなければ、この泊地はそう遠くないうちに陥落することになるでしょう」
思いがけぬ言葉に、長門と大淀はぎょっとした表情でのけぞった。たまらず大淀が、
「それは、何故に・・・」
と言葉をこぼす。
「その理由をお話します。ですがその前に、まず提督さん・・・。貴方についてのお話をしなくてはなりません。貴方方、“漂流者”について」
「漂流者・・・」
「そう、漂流者です。私達海軍省では、貴方方のことを漂流者と呼んでいます。漂流者達はいつもどこからか流れ着いてくるのです。何故か、海軍省の書類を携えて」
少佐はこの世界に流れ着いた時のことを思い返す。確かに、奇妙な部屋で眼鏡の男に出会った後、気がつけばこの島の浜辺に倒れていたのだった。それからあれよあれよといううちにこの泊地で艦隊指揮を取ることになったのだ。
「これまで私達は何人かの漂流者と交流してきました。その全てが、元のいた時代・・・または世界はバラバラでしたが、とある人物と接触し、ここに現れたと証言しています」
「ふむ。確かにその心当たりはある。しかし、それとこの泊地の危機になんの関係があると言うのだね?」
「このような漂流者の出現は、ある程度の規則性を持って発生しているのです。その多くが、設営されて日の立たない泊地に本来の司令官の代わりに現れる事案でした。また、あまり戦況の思わしくない方面に出現しやすいという傾向も」
あっ、と長門が声を上げた。先日の島風と天津風の一件における敵航空機の襲撃が思い当たったのだ。あの後、同海域に向かった威力偵察艦隊は空母を有する敵艦隊と交戦、これを撃破したが、存在が予想された敵前線拠点については確認することが出来なかった。
「南方の戦線は、それほどまでに困難な状況なのか・・・?」
鹿島は初めて少々気まずそうな表情をして、深く頷いた。
「先日未明、ショートランド島の泊地との連絡が途絶しました。以前からショートランド泊地は深海棲艦の苛烈な攻撃にさらされていたため、おそらく陥落したものと思われます」
ショートランド陥落。長門も、大淀も驚きを隠せずにいた。
「ショートランドって・・・南方でも精鋭揃いの泊地のはずでは?確かフィジー・サモア方面への進出を図っていたとか・・・」
「ええ、確かにそうでした。あの海域、アイアンボトム・サウンドに向かうまでは」
鹿島が言うには、ソロモン諸島の制圧を目指し、鉄底海峡、アイアンボトム・サウンドと呼ばれる海域に進出したところ、深海棲艦からの大規模反攻を受け、複数回の交戦の後、劣勢に陥ったという。
「このままであれば、確実にこの泊地は深海棲艦の攻勢にさらされるでしょう。こちらとしても、それは大きな痛手です。協力を約束していただければ、当然ながらこの泊地への支援は惜しみません」
「良かろう。君たちを相手に戦うよりも深海棲艦との戦争のほうがずっと面白そうだ」
「よかった、ご理解感謝致します」
少佐の快諾に、鹿島は安堵して息をついた。
「今後の作戦展開等については、追って大本営からの要綱が届くはずです。しばらくは私達もここに滞在させていただきますね、提督さん」
南太平洋の島、ショートランド島。透き通るように碧い海を映した鏡のように、空もまた青く澄み渡っている。なんと恨めしいことだろう。これほど素晴らしい日であるのに、一歩たりとも海へ出ることは敵わないのだから。彼女は望遠鏡で水平線を見渡した。ただ大海が横たわるのみだ。
「ビスマルク姉様、何か見えますか?」
「何も見えないわね。深海棲艦も、友軍も」
ビスマルクは双眼鏡をおろしてため息を付いた。彼女に声をかけたプリンツ・オイゲンもまたがっかりした様子だ。
「せっかく南の島での任務だと思ったのにー・・・」
プリンツが嘆くように言った。正直ビスマルクも同じ気持ちだった。彼女達は当然ながら日本の艦艇ではなく、ドイツ軍の艦艇である。そのドイツ艦娘がなぜこのアジアの果ての島にいるのかといえば、どこぞの狂人のように漂流したというわけではなく、ドイツによる日本への戦力提供のためである。
「戦況が思わしくない泊地への援軍とはわかってたけど、まさか到着してすぐに泊地が陥落するとは思ってもなかったわね」
彼女達ドイツ艦隊がショートランドに到着した時、既に泊地は空襲を受けていた。防衛に加勢しようと突入したが時既に遅く、残っていたのはほぼ破壊された泊地と、悠々と飛び去る敵機のみであった。
「姉様、資源は残っているんでしょうか?私、こんなところに置き去りは嫌ですぅ・・・」
「私だって嫌よ。残っていてくれればいいけど・・・。どちらにせよ、グラーフ達を待つしかないわ」
「おや、退屈させてしまっていたか?」
二人が振り向くと、噂をすればと言わんばかりにグラーフ・ツェッペリンが立っていた。何やら色々と抱えている。
「あら、早かったのね。・・・で、状況は?」
ビスマルクが問う。グラーフは先程まで泊地内の探索を行っていたのだ。
「まず残念な知らせだ。ここのadmiralは戦死している。艦娘も駄目だな。少なくともここには生き残りはいなかった」
「Scheisee!半分わかってはいたけど、やっぱりだめだったようね・・・」
「ああ。あと軽く調べた程度だが燃料や弾薬もわずかにしか見つからなかった。代わりと言ってはなんだがこれを拾ってきたぞ」
グラーフは方に担いでいた小銃をビスマルクに投げてよこした。よく見れば、彼女が抱えているものの幾つかは兵器の類のようだ。
「Gewehr?こんな小銃じゃ深海棲艦は倒せないわよ」
「そんなことはわかっているぞ。何、野生動物がいるかも知れないだろう。その護身用にと思ってな」
「ふーん・・・他には何か?」
「ああ、次は喜んでくれていい。なんとか使えそうな通信機が残っていた。奇跡的だな。救援を要請することが出来ると思う」
おお、これは思わぬ朗報だ。孤立無援の状況から脱することの出来る手段が見つかったのはとてもありがたい。
「救援を要請したとして、何日ここで耐えればいいか・・・。最悪の開幕だわ・・・」
また日にちを開けてしまった・・・。申し訳ございません。
余談ですが今回のイベントでようやく私の鎮守府にグラーフが来てくれました。