「艦娘がこれほど同時出撃すると壮観ですね、お姉様!」
「そうですネー!何と言っても本隊、支援艦隊合わせて十八人の大艦隊デース!流石にこの規模の作戦はそうそうないですからネー!」
そんな雑談を交わしながら、東に向かうのは金剛と比叡を含む主力機動部隊と二個支援艦隊の一団だ。それぞれの艦隊は程々に距離を空けて航行しているが、流石にこの人数になるとその多さが際立って見える。
この機動部隊は金剛型四姉妹と、二航戦である蒼龍、飛龍の六名で編成された重編成の艦隊である。哨戒部隊や水雷戦隊を相手にするにはかなりの火力過剰になるが、その際には道中護衛の支援艦隊による露払いを行い、残った敵を主力が叩く、という形で弾薬消費を抑える進み方になる。逆に潜水艦隊と接敵した際も同様に、支援艦隊の駆逐艦による牽制で押し通ることになるだろう。主力艦隊には対潜戦闘の手段がないため、可能ならば早期発見からの回避が望ましいが。
一方の決戦支援艦隊については、道中では極力交戦せず、敵主力を捕捉した後に支援砲撃を行うことになる。こちらも任務は敵主力部隊への先攻攻撃であるが、重要性は異なる。今回の作戦はショートランド泊地へ向かう救援部隊を支援する為の安全確保という面があり、そのためには軽武装の水雷戦隊である救出部隊では対処不可能な敵主力を可能な限り撃破することが望ましい。仮に被害軽微のままショートランド島へ突破されれば、救出作戦の遂行が難しくなることは必死であるため、一度の交戦を取り出して見た場合の戦果の重要性が高くなるのである。
「先行した彩雲から敵艦隊発見の報ありです。金剛さん、決戦支援艦隊に距離を取らせたほうが良いかと」
蒼龍が敵発見の報を伝えた。
「Roger!編成と距離はわかりますカー?」
「軽巡洋艦ニ、駆逐艦四の水雷戦隊です。このまま進んだ場合十数分で接敵すると思われます!」
蒼龍からの情報を聞き、金剛が各艦隊に指示を出していく。幸い敵の編成は軽いもので、航空機での雷撃と支援艦隊の砲撃で無力化出来る可能性もある。後発の救出部隊のためにも叩いておくのが打倒だろう。
「敵哨戒部隊を叩きマース!蒼龍、飛龍、艦載機の発艦をお願いしマース!」
「了解しました、友永隊、発艦はじめ!」
「二航戦攻撃隊、発艦します!」
「やっぱり先行して三艦隊も通った後だと海が静かだクマー。ちびっ子共、ちゃんとついてきてるかクマ?」
「誰がちびっ子よ!二番艦暁、ちゃんとついてきてるわ!馬鹿にしないでよ!」
球磨が振り返って確認すると、暁が食いつくように返した。彼女は子供扱いされるのが嫌いだ。当然それをわかって行っている球磨は、それを見て呵々と笑っている。
「そう怒るなクマー。他のもちゃんといるようだクマ」
「大丈夫だ、三番艦響、ついてきているぞ」
「四番艦雷、ちゃーんといるわよ!」
「五番艦電、大丈夫なのです!」
続いて三人の駆逐艦達が元気よく答えた。暁も含め、四人は第六駆逐隊の面々だ。姉妹艦であるが故、いつも息の合った掛け合いを見せてくれる。戦闘でもそれは健在だ。
「・・・んー?最後の一人の声が聞こえんクマー」
「んむー・・・六番艦、島風・・・」
「はい、よろしいクマ。じゃ、引き続き逸れずについてこいクマ?」
先に出撃した機動部隊を主軸とする三艦隊に数十分ほど間を空けて出撃した救出艦隊は、以上の六人の艦娘で構成されている。彼女達の任務は陥落したショートランド泊地に取り残されたドイツ艦と合流、ドイツ艦に補給を行い、これの脱出の支援を行う事である。
「よろしいクマーじゃなーい!なんで島風が最後尾でドラム缶なんて引っ張らされてるんですか!」
その最後尾から島風が怒声を上げた。確かに彼女が叫んでいるように、島風はドラム缶を引っ張りながら航行している。無論、それは孤立するドイツ艦隊への補給を行う燃料物資だ。
「なんでって、そりゃ重りつけとかないとお前が勝手に先行して行っちまうからに決まってるクマ?天津風からも目を離さないようお願いされてるクマ」
「もう自分勝手に動いたりしないってば!」
「そういう信頼は行動で勝ち取るものだクマ。今回の作戦でしっかりできたら見直してやるクマー」
島風は頬を膨らませて怒っているようだが、かつての傲慢さは鳴りを潜めている。天津風との交流は、彼女にとって意味のあるものになったようだ。
球磨はあえて島風に釘を刺すような言葉を選んだが、彼女に燃料の輸送役を当てたのは、その高い能力を見込んでのことであるのはいうまでもない。先行して進む金剛たちが露払いをしてくれたとはいえ、敵艦隊との接敵がないというわけではない。万が一にも交戦の影響で輸送物資を失うことになれば、作戦に大きな遅れが出ることは必至であるため、これは非常に重要な役回りなのである。
「じゃ、無駄口叩くのもそろそろ辞めるクマ。討ち漏らされたやつがいないとも限らないから、各員気を引き締めていくクマ」
大艦隊がドイツ艦隊救出へ向け航行している時、当のショートランドでは、ドイツ艦娘たちが四苦八苦しながら現状を生き延びるのに尽くしていた。しかしほどなく、グラーフは希望の一つが摘み取られた事に落胆せざるを得なかったのだった。見取り図で見つけた地下施設へ至る通路は空襲での崩落でふさがれており、どうやら到達することができないだろうと知ったからだ。
「なんで地下壕に行くまでの道が塞がってるんだ。使えない地下壕など無意味にもほどがあるだろう!」
ビスマルク達と合流する予定の浜辺への帰路でも、つい愚痴がこぼれる。一応、その手にはわずかばかり見つかった缶詰などの備蓄食糧が抱えられていた。
「グラーフ、まだあそこの鍵だって決まったわけじゃ、ないから、ね?そんなに、怒らないで・・・?」
後ろをひょこひょことついてくるユーがおずおずと言った。気を使わせてしまったか、とグラーフは表情を和らげ、ユーに微笑んで見せた。
「そうだな、すまないユー。今は嘆いている場合じゃなかったな」
悲観に囚われかけた頭をリセットし、気を引き締めなおす。確かにこちらの収穫こそ少なかったが、ビスマルクとプリンツが救援を呼ぶことさえできていればまだ望みはあるのだ。
しばらく歩き、合流を約束した地点が見えてくると、何やらプリンツがしゃがみこんで地面を見つめているようだ。最初彼女が何を見ているやらさっぱりわからなかったが、近づいてみるとそこには穴が開いているのがわかった。穴といっても小さなものではなく、人数人が中に入ることができるような大きなものだった。
「これまた・・・何を始めたんだ?」
「ビルマルク姉様が、タッコ・ツヴォ?を掘るといって・・・」
「タッコ・ツヴォ・・・?」
プリンツが説明するが、そもそも単語が意味不明であった。ビスマルクが掘っているのは見ればわかるが。
「蛸壺よ、た・こ・つ・ぼ」
「蛸壺?Krakenfangtopf・・・か?」
ビスマルクが穴を掘る手を止め、汗をぬぐいながら言った。
「日本軍は南方で米兵と交戦するときに、蛸壺という個人用の塹壕を掘って迎え撃ったと聞いているわ。それを参考にして掘ってみたのよ。いざ深海棲艦が来ても粘ることができるようにね」
話を聞くに、ビスマルク達は日本の海軍司令部と連絡を取ることができ、救援を要請することができたらしい。その救援が到着するまで防御を固めるため、この塹壕を掘っているということだった。
「なるほどな。だが人生とはわからんものだ。いや、艦生というべきか?まさかこんなところで陸軍の真似事をする日が来るとは露も思わなかったぞ」
「私もよ。まあそもそも艦娘なんてものになること自体が想像もできなかったけど」
「全くだ。どれ、私も手伝おう」
蛸壺は既に二人ならある程度余裕を持って入ることが出来るような大きさになっていたため、おそらくビスマルクが探索の際に拾ってきたのであろうスコップを手に中へ下りた。後数十分もあれば十分な広さの塹壕が出来上がるだろう。念のためプリンツとユーには辺りの哨戒を頼み、二人で穴を掘り広げていく。
しばらく背中合わせで黙々と作業を続けていると、ビスマルクが遠慮がちに声をかけてきた。
「ねえ、グラーフ?」
「何だ?」
グラーフは手を動かしたまま応答する。
「あの基地、艦娘の死体がそこらじゅうに転がってたわね。出撃する間もなくやられたみたいだった」
「深海棲艦の奇襲がよほどうまく行われたか、あるいはこの様子だと備蓄資源が枯渇していたのかもしれん。いずれにせよ艦娘が海の上で死ねないのは無念だったろうさ」
「そうね。そうなんだけど・・・」
ビスマルクの言葉が途切れ、次の言葉を探している様子で小声で唸っている。グラーフはしばらく彼女の言葉を待ったが、やがて耐えかねて単刀直入に聞いた。
「何が言いたい?」
「・・・ちょっと全体的に不可解過ぎないかしら。ここはアイアンボトムサウンドを攻略するための要衝だけど、貴重な艦娘を使い潰してまでここにとどまり続けるっていうのは考えづらいと思う。私達が増援に送られたのも、ここまで戦況が悪ければ後方に拠点を設営してそこまで前線を下げたほうが良かったはずだから、見当ハズレな処置。日本の司令部もここが陥落していることをつかめてなかったみたいだし、となると・・・」
「この状況が人為的に起こされた惨事だとでも?」
「そこまでは言わないけど、対応を遅らせるだけの何かがあったんじゃないかしら。たった一度の攻勢で基地を壊滅させるほどの攻撃だったのか、或いは戦況が悪化しても報告できない理由があったのか」
半ば荒唐無稽な話であると思わないではないが、そう断じて無視できる問題でもないとグラーフも思う。艦娘は決して安価な兵士ではない。何処ぞの赤い国のように人員を次々と投入して解決というわけには行かないのだ。それを踏まえて考えると、やはり何かしらの要因はあっただろう。
「まあ、何はともあれ救援を待つしかないさ。それが叶わなければ、私達もここに骨を埋めなければならんからな」