大隊指揮官殿が鎮守府に着任しました   作:秋乃落葉

26 / 34
Gleich und gleich gesellt sich gern.7

「か、鹿島監察官・・・、どうしてここに?」

 大淀が喉から絞り出したような声で、恐る恐る言った。

「失礼ながら、この部屋に盗聴器を仕掛けさせていただきました。何やら興味深い物を見つけられたようでしたので、是非私にもお教え頂きたいと思いまして参りましたのです」

「なるほど。どうやら我々には防諜意識が足りていなかったようだ。まあ今はそのことはいい。私の質問にお答えいただこうか、監察官殿?」

 少佐の言葉に、鹿島はしばし口をつぐんだ。二人に挟まれた大淀が、おろおろと二人に視線を向ける。二つの無機質な笑みの対峙は、大淀にとってひどく長いものに思えたが、やがて鹿島が切り出す。

「質問に質問で返す無礼で申し訳ありませんが、なぜそのような仮説に到ったのか、お聞かせ願えますか?」

「なぜ、ねぇ。この期に及んでなぜも何もないと思うが、まあいいだろう。なあ大淀」

「え・・・、あ、はい!」

 重苦しい空気に呑まれていた大淀も、少佐の言葉でようやく抜け出したようで、あわてて少佐に向き直った。

「球磨の言うように、あの指輪は特別な艦娘の証ということでいいのかね?」

「はい、あれはケッコン艦・・・泊地でも最精鋭の部類に値しますし、提督とも非常に親しい間柄であったことは間違いないかと」

 大淀によるケッコンカッコカリの説明を聞いた少佐は、間違いはあるかと問いかけるように鹿島に目をやった。鹿島は何も答えない。無言の肯定といったところか。

「じゃあ推理といこうじゃあないか。そもそも艦娘とは何だ?深海棲艦とは何だ?なぜ対になるようにして両者は存在している?深海棲艦という脅威に対応するために人類が開発したというのならば、艦娘の詳細はなぜ軍部の中でも機密として伏せられているのだ?深海棲艦が先に現れたのか、艦娘が先にあったのか、私にはわかりはしないが、この二つが同一の存在であるとしたら、この状況にも説明がつく」

 誰も相槌は打たない。少佐も構わず言葉を続けた。

「仮に、艦娘が何らかの要因で、吸血鬼に血を吸われた処女童貞のように深海棲艦へと姿を変えるとしたら?ああ、きっとこんな話だろう。度重なる激戦の中で深海棲艦化したケッコン艦を艦娘に戻すため、密かに泊地の地下で研究を進めていた。その執念はどれだけ敵が侵攻してこようと曲げることはできなかった、と。なんとも涙ぐましいことじゃあないか?」

「面白いお話ですね。ですがそれで両者を同一のものとするのは些か早計ではありませんか?艦娘とも、深海棲艦とも関係のない、一般の人間だって深海棲艦化するのかもしれないじゃないですか」

「確かにそうだ。だから情報を頂きたいのだがねぇ。君たちは一体私の何が不満なのだね?」

 その相手を無駄に煽っていく態度ではないでしょうか、と大淀は思ったが、流石にこの状況で口に出すことはできなかった。当の鹿島は煽りに乗せられることもなく、相対している。まるで二人の剣士がお互いに距離を図り合っているかのようだ。

 

 

 

「もう一つだけ、お聞きしたいことがあります。貴方が深海棲艦と戦う理由、これを確認しておきたいのです」

 先に均衡を破ったのは鹿島だった。鹿島は更に質問を挙げ、間髪をいれずその意図を説明した。

 艦娘の指揮官たる存在として現れる、漂流者。その存在そのものの意味を彼女、海軍は調査しているという。

「考えても見てください。正体不明の人類の敵、深海棲艦。深海棲艦に対して人類の有する唯一の戦力、艦娘。両者の存在としてはこれである意味で完結していると思いませんか?対になるようにして存在している私達と深海棲艦とは別に、どこからか現れた貴方達、漂流者は一体何の指名を帯びて我々を率いるのでしょうか。そして我々に漂流者がいるように、深海棲艦にも指揮官がいるのか、貴方達漂流者がその答えを知っているのなら情報を提供していただきたいのですよ」

「既に伝えた情報で全てだよ。重症を負い、私の戦争も終わりかと思っていたが、得体の知れない男に出会い、気がついたらここにいた。それだけだ」

 まるで現実味のない話であるが、事実である。少佐としてもそれ以上のことは知ったことではない。それを聞いた鹿島は、案外薄い反応を見せた。どうやら他の漂流者からの情報と大差ないものであったようだ。

「そうですか・・・。では貴方個人の戦う理由を教えていただけませんか?私達に協力していただける理由と言い換えても構いません」

「戦う理由?ふむ、戦う理由ねえ」

「・・・やはり、相手が化物だからですか?」

「何?」

 鹿島が挟んだ言葉に、珍しく少佐が驚いたようだった。わずかばかりではあるが。

「秘書艦の長門さんにお聞きしました。なにやら化物という存在に対して並々ならぬこだわりがあるようで。そうした類の方が漂流者の方にもおられましたから、貴方もそうした理由をお持ちなのかと」

 そういえば提督が着任した直後、長門からそのような話を聞いたな、と大淀は思い返す。あの時は雑談として軽く流してしまったが、提督にとって重要な信条であったのだろうか。

「深海棲艦が化物だから、私は君たちに味方し、奴らと戦うと?」

「私はそのように受け取りましたが、間違っていますか?

「間違ってはいないさ。そのほうが私の好みだ。だが大元を突き詰めればそれは正確ではない」

 少佐は椅子から立ち上がり、大仰な身振りをつけて語る。

「敵だから戦い、殺すのだ。人種も種族も国も組織も思想も宗教も、有象無象森羅万象全てそこに至る原因に過ぎない。敵がいるからこそ、そこに闘争が生まれ、闘争は戦争を育む。深海棲艦という敵が生み出す巨大で未知の戦争が私を待っているのだ。ならばこそ私はそれがほしい!そう、とどのつまり私は戦争が好きなんだよ。ご理解いただけるかな?」

 また提督の発作が始まったか。ついそう思う大淀に対して、鹿島はあくまで真面目にその言葉を聞き届けた。

「なるほど、戦争の相手は関係なく、戦争行為そのものを行うことが目的であると、そういうことですか」

「如何にもその通りだ」

「個人的には度し難い思想であるとは思います。・・・ですがその相手が深海棲艦である限りは、ある程度は許容しましょう」

 鹿島の言う許容とは、彼女達がこの鎮守府に訪れてすぐの頃言っていた「海軍省が正式に派遣した司令官ではない」という点を取り下げ、正式に司令官として任命するということだろう。この明確な答えが得られたということは良かったと言うべきか。・・・いや、よく考えれば今この状況の問題は何一つ解決していない。

「で?君たち海軍省に認められたということは、私の質問についても回答が得られるということでいいのかね?まずあれの説明をして欲しいのだがね」

「勿論情報は公開させていただきますわ。・・・と言いたいところですが、おそらく今説明しているだけの時間はないかと」

 その意味を問いただすまでもなく、部屋の外からはバタバタと誰かが走ってくるような音が聞こえる。すぐにその足音の主が勢い良く扉を開け放ち、部屋に飛び込んできた。鹿島はすっと横にずれ、先程まで鹿島が立っていた場所に駆け込んだ彼女を迎えた。

「な、長門秘書艦?どうしたので・・・」

「緊急事態だ!機動艦隊が敵主力との戦闘において艦隊半壊規模の損害を追って撤退中!それに、撤退中に比叡が・・・!」

 

 

 

 

 

 『第一次ショートランド沖海戦、帝国海軍敗北!』・・・男の読む新聞にはそのような見出しが大きく書かれていた。その記事の内容はこうだ。

 ――本日未明、帝国海軍ビスマルク諸島泊地に所属する機動艦隊が、先日陥落したショートランド泊地沖に展開する深海棲艦の主力艦隊と交戦、これに敗北せり。また、戦域より撤退する際に敵の追撃、悪天候海域への突入等の混乱が発生。これにより先の戦闘で大破した戦艦比叡が行方不明となった。

 悲惨な内容の記事だが、それを読む眼鏡の男に悲観の色はない。他の記事と同じように読み終えると腕時計を一瞥し、そのデスクにかけられていた「昼休み中です」と書かれた札を外し、乱雑に置かれた書類の中から一つを掴み取る。

「次」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。