金剛率いる機動部隊が半壊し撤退中との報は、すぐに球磨へ伝達された。ショートランド沖にて敵主力を抑えていた機動部隊の敗北は、即ちドイツ艦救出艦隊の復路の安全が保証されないことを意味している。
「緊急事態だクマ。急いで離脱を開始するクマ」
「おい待て!こいつはどうする!?このまま放置していくのか!?」
グラーフが言うのは、当然ながら艦娘とも深海棲艦ともわからぬ、眠れる彼女のことである。正直どうしていいのかは分からないが、このまま見なかったことにして良いものではないことは明白だ。
「ショートランド沖で敵を抑えていたうちの機動艦隊がやられたクマ。何時我々が攻撃を受けてもおかしくないクマ」
機動艦隊が撤退を始めた正確な時間は分からないが、この混乱で伝達が遅れた可能性等を勘案するとそこそこの時間があったはずだ。既に足の早い艦や艦載機隊が展開しているとしてもおかしくはない。それに加えて、救出艦隊の装備は決して交戦に最適化されたものではないため、敵戦力によっては離脱すら困難になる場合も考えられるだろう。
「しかし・・・」
「しかしも何もないクマ?球磨達が受けた命令はあんたらドイツ艦の救出にほかならんクマ。そもそもこれをどうやって運び出すんだクマー?」
「・・・そうだな、いや、すまない」
流石のグラーフもこれには素直に引き下がり、球磨と共に部屋を後にする。少し未練がましいような表情をしてはいたが。
「・・・なんだか落ち着いているじゃないか?さっきまで取り乱していたのに」
「別に落ち着いたわけじゃないクマ。ただ今のクマはあんたら四人に麾下部隊の五人、合わせて九人もの人命を預かる身だから、何よりこの島からの離脱を優先しているだけだクマ」
機動艦隊撤退を受け、球磨達救出艦隊がショートランドからの離脱を開始した頃、金剛達は泊地を目指しソロモン海を北西へ航行していた。撤退開始から数十分、しつこく追撃をかけてきていた敵攻撃機の追跡を振り切り、戦闘海域からの離脱を果たした頃合いであった。
「金剛お姉様、泊地より入電です。我々機動艦隊、ドイツ艦救出艦隊の両艦隊の撤退を支援する部隊が既にこちらへ向かっているとのことです」
半壊という状況報告の通り、彼女達の被害は大きい。旗艦である金剛こそ小破で済んでいるものの、敵機の猛攻を受けた蒼龍、飛龍の両艦は中破により戦力的に無力化され、他艦の盾としてカバーに回っていた霧島、榛名に至っては大破寸前の有様だった。
「Roger!このまま出来る限りの速度を保って航行を続けマース!霧島、比叡については・・・?」
「・・・駄目です。比叡お姉様と逸れた海域は敵主力の展開も予想されるため、現状で作戦行動に投入できる戦力では捜索は困難であるとのことです。早くとも現在の作戦が終了し、再編成を経てからでなくてはならないかと・・・」
何よりも大きな損失は、比叡の行方不明であった。ショートランド沖での海戦で大破していた比叡の艤装は、撤退戦での駆動に耐えられず、突入したスコールの強烈な風と波に攫われてしまったのだ。予断を許さぬ深海棲艦の追撃と、吹き荒れる暴風雨から生まれる混乱のため、助ける間もなく波間に飲まれ、作戦行動中行方不明となってしまったのである。
「金剛お姉様、申し訳ありません。私が比叡お姉様を守りきれませんでした・・・!」
榛名の言葉からは、強い悔しみの色が見て取れる。護るべき対象、しかも姉妹艦を失ったとあれば当然とも言うべきか。
「それは私も同じデース。それにKIAが確認された訳じゃないデスから、希望はありマース!そう簡単に死ぬような姉不孝な妹じゃないことは私が一番知ってマスからネー!」
「お姉様・・・」
気丈に振る舞う金剛であるが、今一番辛いのは金剛であろうことを榛名はわかっている。妹たちが皆金剛を敬愛しているように、金剛もまた妹たちを何よりも大切に思っていることを知っているのだ。
「私達の飛行甲板が生きていれば索敵機を出すことも出来たのですが・・・」
「蒼龍達の落ち度じゃないデスヨー。明らかに敵の航空戦力はこちらを凌駕していましたからネー」
実際敵主力との交戦では、こちらが正規空母二隻を有する艦隊であるにも関わらず、制空権は敵側にあった。これは当然敵艦隊が正規空母二隻以上に匹敵する航空戦力を持っているということであるが、げに恐ろしきは砲戦火力においてもこちらに劣らぬものだったことだ。
「通常艦隊六隻編成でこれほどの戦力となるとやはり・・・」
「空母棲鬼級、でしょうか。そうであれば私と蒼龍の艦載機をあわせても太刀打ちできなかったことにも合点がいきます」
「・・・どちらにせよ、救出艦隊とドイツ艦隊が心配デース。無事に抜けられるといいんデスが・・・」
本来ならば救出艦隊の撤収まで時間を稼ぐ筈だった。それが今、こうして先に撤退することを余儀なくされていることに自らの力不足を覚え、金剛は下唇を噛んだ。
「楽観視はできませんが、我々の攻撃で随伴艦にはかなりのダメージを与えているはずです。球磨さんを信じましょう!」
「榛名の言うとおりですわ、お姉様!今はいち早く泊地へ戻り、再出撃の準備を進めましょう!」
妹たちの言葉に励まされ、気を取り直す。今は後悔の前に立ち止まっている場合ではない。とにかく早く泊地へ戻り、皆を助けなくては。
「工廠艦明石、出頭致しました」
「うむ。では鹿島監察官殿、ご説明をお願いしても?」
明石が少佐からの出頭命令を受け取ってすぐ執務室へ向かうと、少佐と大淀の他に、鹿島が待っていた。内心何事かと身構える。
「はい。明石さんに来ていただくようお願いしたのは私です。明石さんには工廠艦としてご意見をいただきたいことがありまして。お願い出来ますでしょうか?」
「ええ、私にわかることであればお答えしますが・・・。何についての意見でしょうか?」
「それなのですが、まず見ていただいたほうが早いかと思います。大淀さん、お願いします」
鹿島に促され、大淀が部屋の片隅に置かれたホワイトボードを引っ張ってきた。そこには、大きく刷られた写真が多数貼り付けられている。
「これは・・・」
そう、ショートランドで発見された艦娘ないしは深海棲艦の写真である。中継映像の録画からプリントアウトされたものだ。全景が収められたもの、細部を拡大したものなどが雑多に貼られている。明石はそれらにすばやく目を通し、鹿島に向き直る。
「これは、なんです?艦政本部の記録でもこんなものは見たことがありませんが」
「それもそのはずです。この・・・そうですね、仮称キマイラは先程ショートランド泊地跡の地下で見つかったばかりなのですよ」
「そのネーミングはどうかと思いますが・・・。とにかく発見されてすぐということなんですね」
明石は鹿島がその質問に頷いたのを確認すると、再び写真に目を戻した。工廠艦明石には、その任務を遂行するための知識や情報があり、また同時に艦娘、深海棲艦両者の研究者としての知識も持ち合わせている。しかしいずれの知識にもそれは含まれなかった。
「なるほど。これが本物だとしたら非常に興味深いですね。深海棲艦と艦娘の相互関係を紐解くことができれば研究も大いに進むことでしょうし、艦娘用兵装についても開発が進むことでしょう。できれば現地に行って調査したいところですが、ショートランドは陥落しているんですよね・・・。周辺環境から察するに鎮静剤を投与し続けてなんとかなっているようですから運び出すのは難しい。ああ!でも管理者がいないと後どれだけ鎮静剤が持つのかわからない!やはり多少の危険を負ってでも私が現地に突入して」
その捲し立てるような語りは、大淀の咳払いに阻まれた。ハッとして大淀を見ると、ジト目で明石を咎めていた。
「明石博士、君の高説を聞きたいのは山々なんだが、生憎と私は基礎知識に乏しくてね。済まないが基礎から解説してくれないかね?」
「た、大変失礼しました。艦娘と深海棲艦の関係性について、と言ってもかなり私見によるところが多いですが、説明させていただきます。・・・その、すみません」
少々中途半端ですが失踪防止(自戒)も兼ねての投稿です。