大隊指揮官殿が鎮守府に着任しました   作:秋乃落葉

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Gleich und gleich gesellt sich gern.11

 夜更け、漂着した比叡ら三人は焚火を囲み、時間を過ごしていた。ガングートはすでに横になり、寝息を立てている。新城が火を絶やさぬよう、薪をくべる横で、比叡はどうも目が冴えているようで、静かに星空を見上げていた。

「眠らないのかい?疲れているだろう。それとも、僕たちが信用できないかな?」

「いえ、そんなことはありません。ただちょっと、眠れなくて」

 そうか、と返す新城に比叡が視線を向けると、彼はどこか興味深げに比叡を見返していた。

「君も、艦娘とかいう兵科の兵士ということだが。その艦娘について、僕に教えてくれないか?ある程度はガングートに説明を聞いたのだが、改めて聞いておきたい」

「はい、私がわかる範囲でよければですけど・・・」

 比叡は艦娘の概要について新城に説明する。それは少佐が鎮守府に着任してすぐに長門から説明された内容とおおよそ同じ内容である。

「なるほど。およそガングートと聞いた話と同じだな。深海棲艦とかいう化物と戦うことのできる唯一の存在。艦娘はこの世界にかつて存在した艦艇が人に化けたようなもので、その記憶を引き継ぐが、これもまた正体不明・・・。全く、意味が分からないな」

 新城は頭を掻きながら、空を仰いだ。

「深海棲艦が何なのかわからんのは、まあいい。だが艦娘がどこから来たのかわからんのは一体どういうことだ?話を聞いた感じでは、どこかの軍が開発したというわけでもなさそうだ」

 しばらくぶつぶつと独り言のように話し続けていた新城だが、考えが煮詰まってきたようで、ごろんと寝転がった。

「そろそろ僕も眠ることにする。君も睡眠をとっておくんだぞ」

「あ、はい。わかりました」

 それだけ言い残すと、新城はあっという間に寝てしまった。たくましいなあ、と比叡は思う。また一つため息をついて、また空を見上げてみる。お姉さまと妹たちは無事だったろうか。今日はまだ、眠れそうにない。

 

 

 

 

 

夜更けの鎮守府。未だ賑やかな食堂では、少佐とドイツ艦達の食事が続いていた。厨房からは料理とビールがひっきりなしにやって来る。応援に来た鳳翔が振る舞う料理のお陰で、余計におかわりのスピードが上がっているのである。

「本当にこの鎮守府の料理は絶品ね。これだけでもはるばる日本までやって来た価値があるというものだわ」

軽々と料理を平らげ、空のジョッキを侍らせるのはビスマルク。国が変われど、戦艦が大食漢であることに代わりはないようだ。ビスマルクほどではないが、他の三人も十二分に料理を堪能している。無論、少佐もである。

「提督、ご歓談中失礼します」

 料理の合間を縫ってやってきた大淀が少佐に声をかけた。その顔にはわずかに疲労の色が見える。救出艦隊の旗艦、比叡の作戦中行方不明の発覚から、捜索活動及び回収作戦の立案のため働きづめなのだ。

「ご苦労。何か進展があったかね?」

「はい。比叡さんが漂流していると予想される海域に多数の彩雲を夜間偵察に出しました。結果としてその大半を喪失することとなりましたが、大分状況が見えてきました。おそらく、空母棲鬼を中核とする艦隊が展開しているものと思われます」

「空母棲鬼?」

 初めて耳にする言葉に、少佐が聞き返した。

「はい。深海棲艦の中でも、特に強大な力を持つ個体は棲鬼、または棲姫と呼ばれています。空母棲鬼は非常に高い制空能力を持つ空母型の深海棲艦で、我々日本海軍も過去に幾度もの被害を受けています。厄介な相手ですよ」

「なるほど。一筋縄ではいかなそうだ。二航戦の二人はどうだね?艤装がひどくやられたと聞いたが、どれほどで復帰できそうかね?」

「工廠を挙げて修復に取り掛かっていますが・・・当初の予想より時間がかかりそうだと明石から聞いています。完全に修復が完了するまでには少なくとも四十八時間は要するとのことです」

 四十八時間。この状況ではあまりに長い時間である。比叡の安否を考えれば、一時間どころか一分一秒でも早い救出作戦の開始をすべきであるが、この泊地の誇る正規空母の二枚看板たる蒼龍・飛龍の二人がいなければ、航空戦の天秤は大きく空母棲鬼に傾くだろう。

「現状すぐに出撃できる空母の方となると、龍驤さんだけです。こればかりはどうしようも・・・」

「ん、待て待てオーヨドとやら。空母ならここに一隻いるだろう?」

 グラーフが自分を指さしながら言う。

「しかし・・・いいんですか?到着されたばかりで・・・」

「構わんだろう。我々はもうこの鎮守府の指揮下にある。助けてもらった礼もしたいところだしな。どうだ、ビスマルク?」

「勿論。我らが提督にドイツ艦の力をお見せしますわ。ただ、これでも空母は二隻。基地航空隊を飛ばすとしても後一隻くらいはいないと話にならない」

 ビスマルクの見立ては、大淀も同意するところだ。二航戦の戦力で押し負けたことを考えれば、もう一隻でも少ないくらいだろう。

「前と同じ条件では、同じ轍を踏むだけだろうな。装甲空母か、とびきりの練度の空母か。どちらかでももう一隻いれば、やってやれないことはないのだが」

 そんなものがぽんとだせれば、苦労はしない。グラーフが参戦してくれるだけでもうれしい誤算なのだ。無理を承知で救出作戦を早期決行するか、二航戦の復帰を待つか。

「・・・救出を急ぐあまり、二次被害を出してしまっては本末転倒です。やはり、今は待つしか・・・」

「いや、大淀。いるではないか。空母はただもう一隻。とびきりの彼女が」

 とびきりの?と大淀が疑問符を浮かべると同時に、厨房から彼女がやってきた。はっとして視線を向けた大淀に続き、皆彼女を見つめた。

「皆様、デザートをお持ちしました・・・、あの、なんでしょう?」

 

 

 

 

 

「軽空母鳳翔。他の艦娘達から噂を聞いたよ。今は泊地で居酒屋を営みながら、艦娘達の良き相談役として銃後の護りに尽力しているが、実のところ、この鎮守府の一番の実力者は君であると。君が加われば、対抗できるのではないかね?」

 鳳翔が運んできたアイスクリームを受け取り、口に運びながら、少佐は言った。大淀も、なぜ気が付かなかったのか、と思った。大淀や明石、間宮のように、出撃任務を主とせず、泊地での後方支援を主とする鳳翔であったが、彼女も空母である。そして、詳しい経歴こそ不明であるものの、この泊地に着任する以前は、数々の激戦地を転々としていたと噂されるほどの戦闘能力を持つ。

「能力を評価していただけるのは嬉しいですが、既にほぼ一線を退いた身です。それに、私の艤装も旧式ですし、皆様の足を引っ張ってしまいますよ?」

「謙遜するのは辞めたまえ。今は君の力が必要なのだ。そして、その力を私に見せておくれ!」

 鳳翔は少し戸惑った様子で、大淀を、そしてドイツ艦のほうをちらりと見た。と、そこで初めて、黙々と食事をしていたユーがとてとてと鳳翔のほうに歩きよっているのに気が付く。オイゲンがユーちゃん、と呼び止めたが、やがて鳳翔の足元までやってきて。

「あなたは、U-511、ええっと、ユーちゃんって呼ばれてるのかしら?」

 ユーの目線に合わせて中腰になった鳳翔の顔をじっと見て、ユーは静かに微笑んだ。

「いろいろありますよね。いろいろ」

 その言葉に、ほんの少しだけあっけにとられたような顔をした鳳翔に、続けてユーが言う。

「お願い、します。グラーフを、助けてあげて」

「・・・助けに行くのはむしろこっちなんだがな。いや、ホーショー、だったか。私からも頼む。力を貸してくれ。我々のために沈んだ艦がいるとなっては、なんとも寝覚めが悪いのだ」

 グラーフも椅子から立ち上がり、恭しく頭を下げた。オイゲンとビスマルクも続いて、頭を下げる。

「そんな、頭を上げてください。皆様が頭を下げることなんてないのですから、ああ、困ります」

「鳳翔。夜明けまでに回答を決めたまえ。時は一刻を争うぞ?」

 デザートを平らげた少佐はナプキンで口元を拭き、立ち上がって食堂を退室しようとする。ああ、お待ちください、と呼び止める鳳翔に、ああそうだ、と振り向いて、何かを思い出したかのように、手をたたいて見せた。

「君を私に推薦してくれた者がいるのだよ。ぜひ彼女とも話して決めるといい。君の店で待っていると言っていたよ」

 

 

 

 

 

 居酒屋『鳳翔』の前。いつもは夜遅くまでにぎやかなこの場所も、臨時閉店となった今日は静寂の中にある。店の前に置かれたベンチに一人、煙草を吸いながら暗い海を見つめる艦娘がいた。

「・・・やはり、龍驤さんでしたか」

 そこに走り寄ってきたのは鳳翔。食堂からここまで急いでやってきた彼女には、どこかで待っているのが龍驤であるという確信があった。

「おう、悪いなあ、こんな遅くに呼び出してもうて」

「一体どういうことですか?私を推薦だなんて」

「理由か?そうやなあ、一つは単純にあんたしか適任がおらんということ。もう一つは・・・あんたが出るべき話やと思ったから、かな」

 龍驤は煙をくゆらせながら、どこか遠くを見つめている。

「何がおっしゃりたいのか、わかりかねます。どういう意味ですか」

 らしくなく取り乱した鳳翔に、向き直った龍驤がその目を見据えた。

「あんた、この泊地に来る前はショートランドにおったんやって?」

 なぜそれを、と言葉が出かかった。それはここに着任してからは誰にも話したことがないはずのことだった。

「・・・なるほど。鹿島さんですか。外からの情報は防げませんものね。そうでしょう?」

 そういって振り返った鳳翔の目の前には、その鹿島が驚いた様子で立っていた。

「気が付かれていたんですか。気配を消すのは自信があるのですけれど」

「悪趣味やな。まあ、ええわ。なあ、鳳翔。あんたが何で出撃したがらんのか、詳しい事情は分からんけど、何らかの要因がショートランドであったんやないかとうちは思っとる。もしかしたら辛いことなんかもしれん。けど、これだけは聞かせてくれ」

 そういって龍驤が鹿島に合図をすると、鹿島は鳳翔に一枚の写真を手渡した。訝しげに受け取った写真を見た鳳翔の様子が一変したのを、龍驤は確かに見た。

「その艦娘を知っとるか?ケッコン艦や。同じ泊地にいたなら知っとるはずや」

 龍驤の言葉が耳に入っていないような様子の鳳翔は、しばらく写真に見入っていたが、急にめまいに襲われたように、ふらりと地面に倒れこみかけた。慌てて二人が支えようとするが、すんでのところで持ち直し、大丈夫です、とだけ言って、龍驤の隣に座りこんだ。そのまま少しだけ、心ここにあらず、といったような状態だったが、すぐに己を取り戻したようだ。

「すみません、龍驤さん。お煙草を一本、頂けますか」

「ええけど・・・。吸うんか?意外やなぁ」

 龍驤が差し出した煙草を銜え、懐から取り出したマッチで手早く火をつけると、ゆっくりと、深く吸い、やがて語りだす。

「・・・その子を知っています。いや、知らないのかもしれませんね」

 どこか曖昧な言葉に、龍驤と鹿島が顔を見合わせる。鹿島も、意図をつかみかねているようだった。

「私が知っているのは、提督と仲睦まじくて、とてもかわいらしい、栄えある一航戦の、赤城さんですよ」

 鳳翔は紫煙をぼんやりと見ながら、過去を思い返す。それは、まだ自分が最前線に立ち続けていた頃のことである。




一年八カ月ぶりの更新なので初投稿です。

久しぶりすぎて設定などの記憶が飛んでいますが、頑張って書きます。

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