当時のショートランド泊地は設営されたばかりの新しい鎮守府で、太平洋全域に広がった戦線の中から精鋭の艦娘たちが抽出されて構成されていた。というのも、南方戦線での大規模攻勢作戦としてフィジー・サモアまで前線を押し上げるFS作戦が計画されており、激戦の続く南方戦線を練度の高い艦娘を集中運用して突破するために人員が集められたのである。
その鎮守府で出会ったのが、空母赤城だった。
「すみません、お伺いしたいのですが・・・提督の執務室はどちらでしょう?」
出会いは、泊地に着いてすぐのことだった。続々と各地から艦娘が集結し、着任している中で、彼女は私のすぐ後に到着したようだった。
「ええと、ちょっと待ってくださいね。私も着任したばかりで・・・。・・・ありました。この地図の、この建物です」
持ち合わせていた地図を取り出し、庁舎の場所を探して示して見せる。赤城は場所を把握すると、不安げだった表情をぱっと明るくさせて、ありがとうございます、と言った。
「提督にご挨拶に伺うところだったのですが、連れ合いとはぐれてしまって・・・」
「そうだったのですね。私もこれから伺おうと思っていたところです。私は軽空母の鳳翔です。あなたは・・・」
赤城さん、と声をかける艦娘がいた。他の艦娘や行きかう妖精さんたちの合間を縫ってやってきたのは、赤城とは変わって凛とした雰囲気の艦娘。
「赤城さん、こんなところにいたんですか。離れずついてきてくださいといったのに」
「加賀さん!ちょうど今こちらの鳳翔さんに場所を伺ってたんです」
加賀と呼ばれた艦娘は、こちらを向いて会釈した。
「ふふ、赤城さんと加賀さんですね。栄えある一航戦のお二人。よろしくお願いいたします」
この会話が、二人との出会いだった。一航戦の、赤城と加賀。どちらも艦娘として着任してからまだ日は浅いが、抜群のセンスと正規空母としての戦闘力で目覚ましい戦果を挙げていた。
「では鳳翔さん、私たちは提督にご挨拶に伺ってきます。また後ほどお話ししましょう!」
赤城はひらひらと手を振りながら歩いていき、加賀はまたはぐれますよ、と急いでそれについていく。私も手を振り返しながら、微笑ましい二人に頬をほころばせた。
「本日付けでショートランド泊地に着任しました、航空母艦、鳳翔です。不束者ですが、よろしくお願い致します」
しばらくして、私も提督の執務室に着任の報告に訪れていた。重要拠点として設営されたショートランドの提督は、予想に反してまだ三十路もいかない、若い男だった。
「鳳翔さんですね。お待ちしてました。こちらこそ若輩者ですが、よろしくお願いします」
物腰は柔らかいが、瞳には意志の強さも感じさせる、期待の若手といったところか。
「鳳翔さんは歴戦の艦娘だと伺っています。是非お力を貸してください」
「勿論です。必ずFS作戦を成功させましょう」
それから軽くいくつかの確認を行い、執務室を出た。私が退室するとすぐ、次の艦娘が執務室に入っていった。外はまだまだ慌ただしく、資材を運ぶ妖精さん達が右に左に動いている。身辺整理と他の艦娘との交流のため、この後はしばらく自由時間だ。とりあえず、他の艦娘の顔を覚えがてら、鎮守府内を散策するとする。
鎮守府を散策していると、食堂の辺りが何やらざわざわと騒がしくなっている。何事かと寄ってみると、一航戦の二人もそこにいた。
「赤城さん、加賀さん。これは一体何の騒ぎですか?」
「ううう~・・・あんまりですぅ~・・・あんまりですよお~・・・」
赤城は泣きながら腹の虫をぐう、と鳴かせるという器用なことをしている。そばにいた加賀が、赤城の頭をなでてあやしながら、答えた。
「何か手違いがあったようで、食堂に妖精さんが来ていないのです。それで昼食が取れない状況で・・・」
「あら、それは大変ですね・・・」
周りを見回してみると、確かに皆食事がとれないことに嘆いているようだ。中にはかなりの長旅をしてきている艦娘もいるため、昼食がお預けというのは少々厳しい。
「食材自体は食堂にあるんですよね?」
「それは、おそらく」
加賀の返答を聞き、艦娘たちをかき分けて厨房の中まで入っていく。調理器具や冷蔵庫の中身など、ささっと確認していき、よし、とうなずく。なんだなんだと見ている艦娘たちに、声をかけた。
「皆さん!申し訳ありませんが、配膳はご自身でお願いします!私が調理をいたしますので、暫しお待ちください!」
そこからはめまぐるしく料理を作り続けた。当初は集まっている艦娘の数もそこまで大人数というわけではなかったのだが、赤城がとにかくたくさん食べるのだ。やっと赤城が満足したころには、私の料理の話を聞いたという艦娘たちが次々とやってきて、みるみるうちに食堂は大盛況となってしまった。途中から料理が得意な艦娘たちが手伝いに来てくれたからよかったものの、ラッシュが終わるころには、久々にくたくに疲れてしまった。
料理が渡っていない子達がいないことを確認し、後を任せて厨房を離れる。そのまましばらく歩き、少し迷いながらも目的地を見つけた。喫煙所だ。
「ふぅ・・・」
懐から煙草とマッチを取り出し、手早くくわえて火をつける。一息つき、ようやく落ち着いてきた。すると、喫煙所の扉が開き、誰かが入ってきた。
「あれ、鳳翔さんですか」
入ってきたのは提督だった。あれからずっと着任した艦娘の対応をしていたそうで、提督にも少しの疲労が見える。
「少し意外でした。鳳翔さんも吸うんですね」
提督もまた、ポケットから取り出した煙草をくわえ、ジッポライターで火をつけた。
「よく言われます。匂いが嫌いな子もいるので、やめなくてはと思うのですけどね」
「やはり嫌いな子もいますか。僕もやめないといけないかな?」
とりとめのないことを話しながら、煙草を吸っていると、そうだ、と提督が何かを思い出したように言った。
「食堂で料理を振舞ってくれていたとか。すみません、妖精さんが配置されていなかったとは気が付かず、御迷惑をおかけしました」
提督は丁寧に頭を下げた。いえいえ、と言って返す。確かに妖精さんがいなくて艦娘たちが困っていたが、代わりに料理を作ったのは自分の趣味のようなものだ。
「皆さん、とても美味しいと言っていましたよ。僕も食べたかったな。今日は食事する暇もなくてもうお腹がペコペコですよ」
「あらあら、それでしたらこの後お食事をご用意いたしますよ」
「本当ですか!それは楽しみです!」
そう言って笑う提督に、私も笑い返した。思えば、料理を他人に振舞ったのは久しぶりだ。
「料理はご趣味で?」
「そうです。最近の配属が激戦区続きだったので、久方ぶりの料理だったんですが、皆さんに喜んでもらえたみたいで」
「皆さん絶賛でしたから。ここが落ち着いたら、お店を開いてみてはどうです?きっと繁盛しますよ」
お店か、と想像してみる。提督や艦娘達が訪れ、賑やかなひとときを過ごしていく。大きくはないが、皆の憩いの場になるような、そんなお店。
「・・・いいですね。やってみたいです。でも、そんなことができるのは私が退役した後でしょうね」
私は最精鋭の艦娘として、各地を転戦してきた。当然これからも、そうなるだろう。店を構えるなど、今の生活では到底不可能だ。
「いいじゃないですか。ずっと先でも。深海棲艦との戦いがいずれ落ち着いたら、鳳翔さんが退役しても問題ない日が来ます。その時のお楽しみということで」
「ふふ、そうですね。どんなお店がいいかしら」
「僕は居酒屋がいいですね。仕事の帰りに一杯、美人な女将がいる居酒屋で飲んで帰るなんて、最高じゃないですか?」
それはほんの雑談だったが、何故かよく覚えている。自分が艦娘としての役目を終える時のことなど初めて考えたからだろうか。いつか、そんな戦後が来ればいいと、思ったからだろうか。
最近メイドインアビスのボンドルドが主人公の艦これ転生?ものも書き始めました。
ボンドルド卿は少佐とはタイプの違った狂人なのですが、非常に味わい深いキャラです。こちらに漂流者として出したいくらいですね。