大隊指揮官殿が鎮守府に着任しました   作:秋乃落葉

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母3

 撤退する私たちに、敵の大編隊が襲い掛かった。すぐに戦闘機隊を全機発艦させ、交戦に入る。次々と発艦した戦闘機たちは、上空で集結し、敵機の群れへと立ち向かっていく。そのまま正面から切り結ぶように砲火を交わす。何機もの敵機をこの一撃で葬るが、数が多すぎる。こちらの戦闘機一機に、深海棲艦の戦闘機が複数機で追い回してくる。何とか敵を振り切り、一機ずつ確実に敵を落とすが、あまりの多さに、すぐに次の敵機に取りつかれる。状況はあまりにも劣勢だ。

「ッ!敵機直上!」

 加賀の叫びに、反射的に上を見上げる。既に敵編隊の一部が私たちの直上に到達しており、急降下爆撃を行わんとしていた。艦隊直掩機は敵戦闘機の執拗な追跡を受けており、ドッグファイトを抜け出せないでいる。

「各艦は対空射撃を行いつつ、回避行動を取って!」

 赤城の命令に従い、敵艦爆の攻撃を回避しつつ、対空砲火で敵機を散らしていく。砲火を避けつつ爆弾をバラバラと落としていく敵機だが、狙いは逸れて、海原に水柱を立てている。急降下からの反転で勢いが落ちた敵機を再び対空砲火で追立て、撃墜する。が、如何せんすぐに敵の波状攻撃が次々に仕掛けられ、対応が間に合わない。

「不味い、ですね・・・!戦力が圧倒的すぎる・・・!」

 既に制空権はほとんど喪失しており、少しばかり残存した戦闘機がまばらに抵抗しているだけだ。機銃での応戦も限度があり、徐々に敵機からの至近弾が増えてくる。さらに側方からは、艦攻の編隊が魚雷を投下し、私たちめがけて魚雷が突き進んでくる。額に冷や汗が滲み、焦燥感が見上げる。しかし、これは回避できない――!

 ズドンッ!と大きな爆発音と衝撃波が起こり、巻き上げられた水しぶきが降り注ぐ。魚雷が炸裂したのだ。

「くっ!各艦、被害報告を!」

「鳳翔、中破です・・・!飛行甲板が損傷!それに、後続の子達が・・・」

 振り向いた時には、同行していたはずの味方艦は姿を消し、六隻編成だったはずの艦隊は、赤城、加賀、そして私のたった三隻になっていた。轟沈したに違いない。

「っ・・・!加賀さんは!?加賀さんは無事なの!?返事をして!!」

 加賀は、被弾の衝撃からか、少し離れたところにいた。艤装は大きく損傷し、黒煙を噴き上げている。その機能は今にも停止しそうに見えた。

「赤城さん・・・どうやら私はここまでのようです」

 最早艦娘を保護する力すら消えかけているのか、加賀は血涙を流し、口の周りには吐血の後なのか、血がべっとりとついている。その有様に、私は言葉が出なかった。

「加賀さん!!そんなことを言わないで!駄目よ、諦めてはいけないわ!」

「いいえ、自分のことは自分が一番分かります。もう、体に力が入らないのです」

 がくり、と膝から崩れ落ちようとする加賀を、正面から赤城が抱き留める。

「赤城さん、貴女は生きて帰ってください。提督が悲しむわ」

「加賀さんも連れて帰ります!必ず助けますから、強く気を保って!」

「いけません。私はもう足手まとい。赤城さんなら、撤退できるはずよ。私を置いていってください。ここは、譲れません」

 加賀は赤城に抱擁されたまま喀血する。もう先が長くないことは、私にも、赤城にも見て取れた。

「貴女を残して・・・沈むわけにはいかないと、思っていたのだけれど。赤城さんには、待っている・・・人が、いるわ」

 加賀の艤装が限界を迎え、爆発する。それと共に、少し緩んだ赤城の手の中からするりと抜け落ちるように、加賀が倒れる。そして、水面に体を横たえた彼女は、静かに、水の中へ、海の底へ沈んでいく。

「待って!いかないで!!加賀さん!!加賀さんっ!!」

 慟哭する赤城に、これ以上は待てぬとばかりに敵艦爆が襲い掛かる。

咄嗟に矢筒から矢を取りだし、赤城に迫る艦爆に向けて一矢。矢は正確に敵機の中心を穿ち、爆弾に誘爆したか、爆散した。すかさず赤城に近寄り、その背を強く押す。赤城は滑り出すように進みだした。

「鳳翔さんっ・・・!何をっ・・・!」

「いきなさい!」

戻ってこぬよう、強く言った。

「ここは私が押し止めます。わずかな時間かもしれませんが、貴女にはそれで十分ですね?」

赤城は答えない。だが、元々聞くまでもないことだ。彼女なら、大丈夫。

赤城は大粒の涙を流しながら、全速力で撤退していく。

「さて・・・ある程度数を減らしたとは言え、未だ大群。対して此方に残ったのは、僅かばかりの戦闘機。状況は最悪ですが――」

素早く矢をつがえ、赤城を追撃しようとするような動きを見せた敵機達に、立て続けに射ち放つ。一機に二の矢三の矢は必要ない。一矢で確実に仕留める。心なしか、動揺を見せたような敵機の隙をつき、追いたてられていた戦闘機隊の生き残りを攻撃に転じさせる。

「――やるときは、やるのです!ここは通しません!」

 

 

 

 

 

「――ん、あら・・・?ここは・・・?」

「あ、意識が戻られましたか」

 気が付けば私は、病室のような場所で寝かされていた。頭がぼんやりとしており、記憶があいまいだ。起きようとするが、力が入らず、思うように体が動かない。

「そのまま寝ていてください。貴女、ボロボロだったんですよ?偶然海域調査をしていたうちの艦隊が貴女を見つけて運び込んできてくれたからよかったものの、かなり危ない状態だったんですから」

 白衣を羽織ったピンク色の髪の少女は、手元の書類に何やら書き込みながら、様々な質問をしてきた。

「私は工廠艦の明石です。お名前と所属はわかりますか?」

「はい、ショートランド泊地所属の鳳翔と申します。あの・・・ここはショートランドではないのですか?」

 ショートランド、とつぶやいて、明石はほんの少し複雑な表情をしたように見えた。それもすぐになくなって、明石はこちらの質問に答える。

「こちらは、ビスマルク諸島に新設された泊地です。まだ設営途中ですけど。しかし・・・ショートランド。うーん・・・」

 明石はまた何かぶつぶつと独り言を言いながら、考え事をしているようだ。

「鳳翔さん、どうして負傷されたんですか?貴女の艤装、全損寸前の大破だったんです。貴女自身の体にもダメージが届いている有様です。尋常じゃない有様でしたよ」

「う・・・ううん、どうにも、記憶があいまいなようで、ショートランドからアイアンボトムサウンドへ出撃したことは覚えているんですが・・・」

「意識を取り戻したばかりで、記憶が混濁しているのかもしれませんね。すみません、もう少し落ち着いてからにしましょう。今はお休みください」

「すみません・・・。そうさせていただきます」

 明石はいくつかの注意事項などについて説明すると、後で食事をお持ちしますね、と言い残して部屋から出て行った。まだぼんやりとした頭は、強烈に睡眠を欲している。欲求にあらがうこともできず、再び意識は落ちていった。

 

 

 

 

 

 部屋から出た明石は、鳳翔の言葉を反芻していた。

「ショートランド、か。つい先日から連絡が途絶したって噂を聞いたけど・・・。一体、何が起こっているというの・・・?」


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