大隊指揮官殿が鎮守府に着任しました   作:秋乃落葉

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うしろすがたの。 1

 少佐の着任から数日、少佐と艦娘達は主に食堂を中心として交流の輪を広げていた。最初は危惧していた艦娘と提督の関わりも案外問題の起こらないものだった。長門の主観から見て、あの提督は基本的に各艦娘に好かれやすい。偶に狂気が見え隠れすることはあるが、普段は比較的物腰が柔らかい態度を取っている。

「意外とあの提督、艦娘達とうまくやっているな。これならば近いうちに作戦指揮に移っていただくこともできるだろう」

 鎮守府庁舎の廊下を、長門と大淀が提督の執務室へ向かって歩いている。

「提督には人を引きつける才があるのですね。・・・以前の所属にも関係があることなのでしょうか」

 提督の前歴については、鎮守府の頭脳とも言える大淀も把握していない。以前の所属組織での階級は少佐であるということ、それが日本の組織ではなく、おそらく欧州の国家の所属であったということ、そして化物を従えていた、化物と戦っていたというような言動をしていること。

「提督が口にした化物と言うのは、何かの隠語だろうか?例えば深海棲艦のような正体不明の敵がいたとして、それに対して同じく化物のような何かを従えて戦っていたというような」

 長門も詮索しないとはいったものの、やはり気になるのが本当のところだ。そもそもその生い立ちから経歴に至るまで一切不明ということであるから、気にせずにもいられないのだが。

「何らかの特務機関のような組織に所属していたということでしょうか。しかしそれにしては艦娘の存在を知らないのはおかしな話ですね。軍部に一切関わりのない一般人でもなければ艦娘を見たことはなくても存在くらいは知っていないとおかしいですし」

 国や軍という組織が絡めばいくらでもきな臭い話は存在する。そこから真実のみを抽出することはほぼ不可能に等しい。

「意外と言葉の通りの答えだったりして。幽霊とか、妖怪とか、そういうのと戦っていたのかもしれませんよ?欧州だったら、悪魔とかドラゴン、吸血鬼あたりでしょうか」

「はは、そうかもしれないな。深海棲艦なんて存在がいるくらいだ。妖かしの類も実在するかもしれない」

 しばらくはそんな話で盛り上がっていたが、提督の執務室に近づいてくると流石にどちらからともなく話をそらし始めた。あの提督が気にするとは思わないが、なんとなくバツが悪いような気がして、自然とそうなってしまった。

 執務室のドアの前で大淀と目配せし、長門がノックする。

「提督、長門、大淀両名。入室するぞ」

 入ってくれ、という声が聞こえ、入室する。

「提督、今後のことについて大淀から説明がある」

「うむ、説明してくれ」

 大淀は手元に持っていた書類を広げ、説明を始めた。

「提督も艦娘との交流は順調のようですので、そろそろ出撃任務の準備に移りたいと思います。といっても艦隊の直接指揮は各艦隊の旗艦が取りますから、提督にしていただくことといえば、艦隊編成や出撃、進撃、撤退の決定といった事になります。あとは陣形などの戦術行動に対しても命令していただくことができますが、この辺は旗艦の艦娘が状況を判断して指示できますからよっぽど重要な決断以外ならおまかせにしても大丈夫だと思います」

「要するに提督の最たる仕事は責任を取ることだろう?」

「まあ、そうですね。それらのマニュアルは後ほどお持ち致します。わからないことは私か、長門秘書官に聞いていただければ、その都度お答えいたしますね。・・・それで、実は提督に一つお願いというか、お頼みしたいことがあるんですが」

 大淀が少し言い淀んでいるのを見て、長門が代わりに言葉を継いだ。

「実は、他の艦娘と関係があまりうまく行ってない駆逐艦が居てな。喧嘩するとか、そういうことじゃないんだが・・・」

「なんというか、達観しちゃってる子なんです。人と過度に触れ合うのを避けてるというか」

「良かろう、私が直接話してみようじゃないか。その駆逐艦を呼んでくれたまえ」

 少佐の言葉に大淀はホッとした様子だ。

「すまない、本来なら秘書官たる私が解決しなくてはならないことなのだが・・・」

「なぁに、部下のことを把握し、手助けするのは上官の勤めだ。構わんさ」

 

 

 

 執務室に、軽いノックの音が響く。

「失礼します」

 程なく小柄な艦娘が執務室に入ってくる。セミロングの髪を三つ編みにして束ね、透き通る青い目を持った彼女は、跳ねた髪がなんとなく犬をイメージさせる。彼女は執務机の前まで来て、姿勢を正し、敬礼した。

「白露型駆逐艦、時雨です。お呼びでしょうか」

「ああ時雨、待っていたぞ」

 少佐は食べていたサンドイッチを皿に置き、時雨を出迎えた。なるほど、確かにどこか悟ったような、憂いを感じさせる艦娘だ。

「単刀直入に聞こう。周りの艦娘とうまくやれてないそうじゃないか。良ければ理由を教えてくれないかね?」

「・・・理由なんてそんな、大した話じゃないさ。ただ僕は人と群れるのが苦手みたいでね」

時雨は少し目を伏せて、言った。

「できれば部屋も個室に変えてもらえないかな?」

 少佐は執務机に置いてある資料に目を落とした。

「えーと確か・・・ああそうだ、夕立と一緒の部屋だったな。姉妹艦と聞いているが、何か不満かね?」

 彼女は静かに首を振る。

「夕立に落ち度はないよ。悪いのは僕さ。姉妹だとしても、うまく付き合えないんだ」

 少佐はしばらく考えてから口を開いた。

「結論から言って、部屋を変えることは却下する。君たち艦娘は深海棲艦との戦争をしているのだ。他人との協調を拒めば死ぬ」

 そう伝えた時の時雨は、その澄んだ青い瞳が僅かに曇っているようだった。

「そう、だよね。ごめん、無茶なこと言って」

 そう言って時雨は再び少佐を見据えて、

「戦闘に支障がないようにはするよ。・・・でも、ごめん。僕は提督達のこと、好きになれそうにないよ」

 言い終えた時雨は、逃げるように執務室から退室していく。扉が力なく閉じられ、執務室には少佐だけが残った。しかし少佐の顔には、いつも通りの憎たらしい笑みが未だ張り付いている。

「・・・やはり彼女たちは人間のようだな。やれやれ、お嬢さん(フロイライン)方はなかなか繊細のようだ」

 少佐はのそのそと立ち上がり、何処ぞへ向かおうとする。と、その前に食べかけのサンドイッチを一瞥し、口に放り込んでから、執務室を後にした。




時雨の同人誌を呼んでいてすごく設定が好きだったので、その設定をお借りして書いてます。ちなみに筆者は時雨Love提督です。
本当はもっとまとめて投稿する予定でしたが、年末年始はあまり進められそうにないので小刻みの投下になっております。申し訳ありません。

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