龍驤と時雨が爆炎に包まれ、他の艦娘のもとにも爆風が届いてくる。強烈な熱波は離れていてもジリジリと突き刺さるような痛みを感じさせる。
「龍驤さんっ!時雨ちゃんっ!」
吹雪の絶叫にも等しい声が響く。爆炎が薄れ、二人の姿が現れた。
「痛っつつ・・・なんとか生きてはいるようやな・・・」
龍驤が時雨を庇うように被さり、更に飛行甲板を爆発からの盾とすることで二人とも致命的な一撃は避けたようである。
「龍驤っ・・・僕を庇って・・・飛行甲板が・・・!」
「ああ・・・?ああ、あかんねえ、これは発艦は無理そうやなぁ・・・」
至近距離で爆発を受け止めた飛行甲板はかなり融解しており、修理を受けるまではろくに機能しそうもない。むしろこれだけの損傷で致命打を避けることができたのは幸運とも言えるが、どちらにせよ龍驤の戦闘能力はほぼゼロに等しい。
「龍驤を中心に輪形陣を組みマース!敵艦隊の捕捉、急いでくだサーイ!」
対空砲の斉射が敵の艦爆を捉え、撃墜してゆく。しかし制空権の喪失から圧倒的な不利は覆らない。やがて敵の第二攻撃隊が飛来するだろう。
「お姉さま!敵艦隊捕捉!空母ヲ級一隻、戦艦ル級二隻、重巡リ級三隻!」
「Shit!まずいですネー・・・!」
想定外の重編成である。特に龍驤の艦載機が使用不可能な現状、まともにぶつかりあうのはかなりまずい。
「敵艦隊を牽制しつつ海域からの離脱を図りマース!」
金剛と霧島の砲撃で敵艦隊を牽制し、海域離脱を目指して進路を変える。敵の砲撃を交わしつつ射程外へ。
「ッ!お姉さま、進行方向に更に敵艦隊!このままでは挟撃を受ける可能性があります!」
金剛は龍驤を見る。やはりダメージは大きい。意識も少し朦朧としている様子で、とても正面突破に耐えうる状態ではない。
「一旦近くの島に上陸して態勢を立て直しましょう!」
「そうしまショウ!大淀、敵を振り切れて尚且つ身を隠せるちょうどいい距離の島はありますカー?」
『えっと・・・ありました!皆さんからみて二時の方向!』
「敵を振り切りマース!皆さん、ついてきてくださいネー!」
金剛の号令を合図に艦隊は海域内の島を目指して突き進む。ようやく運も味方したか、曇天だった空もいよいよ泣き出し始めた。
雨天による航空機の発艦不能もあり、これ以上の被害なく島へ到達した艦隊は、島内に潜伏し、海域離脱のため態勢の立て直しを画策する。
「龍驤さん、負傷は大丈夫っぽい?」
「ごめん、龍驤・・・!僕が勝手な行動取ったから・・・!」
「あほなことゆうな、これはうちの不覚や。人に説教しておいてやられてるんやから世話ないなあ・・・」
「長時間の戦闘を行う余裕はありませんね・・・。お姉さま、やはりここは夜戦で敵艦隊を突破、一気に海域を離脱するしか・・・」
すでに日は大分と傾いている。もう一時間もすれば完全に水平線へ沈むだろう。
「どうやらそのようですネー。霧島、探照灯は装備していますネー?」
「はい、動作に不備はなし、です!」
「日没と同時に夜戦突入、この海域からescapeデース!皆さん、準備をオネガイシマース!」
各々が夜戦に向け、装備の損傷の確認や簡易整備を行い、また気持ちを整えていく。その中で、やはり時雨は沈み込んでいる。
「・・・ねえ、時雨?」
「・・・夕立?どうしたんだい・・・?」
地面に座り込み、膝を抱えている時雨に、夕立が話しかける。
「龍驤さんには怒られたけど・・・時雨が夕立の事心配してくれたのは嬉しいっぽい!だから落ち込まないで!」
「夕立・・・ごめん、ありがとう」
「大丈夫っぽい!夕立は夜戦得意っぽい!深海棲艦にソロモンの悪夢、見せてあげる!」
その明るさは、ほんの少しだが、時雨の心に光を指した。
「いつまでも落ち込んではいられないね。僕も、準備しなきゃ」
夕立は優しく笑い、また自分の準備へと戻っていった。もう日没まで時間はない。迷っている時間はないのだ。
「どうやら覚悟を決めたようだな」
執務室にて、霧島からの映像と音声を頼りに状況を見守っていた少佐がつぶやく。
「そうですね、後は突破作戦がうまくいってくれればいいのですが・・・」
「ああそうだな。彼女たちならば大丈夫だろう」
「・・・落ち着いていらっしゃるんですね、普通慌てたりとかするものだと思うのですが」
大淀の疑問に少佐は何の事はないというように答えた。
「かつて我々は世界を相手取って戦ったのだ。この程度のことは危機にも値しない」
そしてついに、黄昏を越えて夜が訪れる。夜闇の中に、六人の艦娘が集った。
「ではこれより、私たちは夜戦に突入しマース!」
「霧島、探照灯照射、いつでもいけます!敵の砲撃は私が引き受けますから、敵を攻撃しつつ、負傷の大きい龍驤さんを優先的に、皆さん離脱してください!」
戦闘の方針を確認し、再び艦隊が海へと漕ぎ出してゆく。依然雨は降り続いているが、さすがの深海棲艦もいずれこちらを捕捉するだろう。そこからが本番である。
「前方に敵艦隊を発見デース!先制攻撃を仕掛けますヨー!」
金剛の号令に霧島が探照灯を照射し、暗闇の中に敵の姿が映し出された。艦隊の一斉射撃は、敵の重巡リ級二隻を捉え、そのまま海中へと叩き込む。しかし煌煌と輝く探照灯を頼りに、敵の砲火が轟いた。その砲弾が霧島を掠め、付けていたマイクを破壊してしまう。
「おい、音が聞こえなくなってしまったぞ!?どういうことだね!?」
「なぜこういう時には取り乱すんですか!?おそらく今の砲撃でマイクが破壊されたものと思われます!」
「マイクチェック…ダメです、マイクが破壊されてしまいました!」
「しょうが無いネー!このまま接近戦に突入するヨー!」
深海棲艦との距離が迫り、駆逐艦も敵を射程に捉える。両艦隊が近づくにしたがって、より砲火は激しくなっていく。
「さあ、素敵なパーティーしましょ!」
夕立が主砲を放ち、敵艦隊へ切り込んでゆく。主砲の一斉射と酸素魚雷が重巡リ級を襲い、海中へ没せしめた。さらに吹雪と時雨の砲撃が戦艦ル級に一撃を与え、ル級を中破へ持ち込んだ。怯むル級に金剛が追い打ちをかける。
「これでfinish?な訳ないでショー!」
金剛の41cm連装砲が至近距離で放たれた。
「金剛!次や!増援が来てるで!」
龍驤が声を上げる。その通りに闇夜に乗じて重巡リ級が二隻、駆逐イ級が二隻の計四隻が接近していた。すぐに吹雪達駆逐艦が応戦するが、先んじて砲撃された敵の砲弾がこちらに届く。
「きゃあっ!吹雪、小破ですぅ!」
「っ!」
吹雪が被弾するも、時雨は集中を切らさない。龍驤の思いは確実に伝わったようだ。
「皆さん、頑張ってください!ここが踏ん張りどころで・・・ッ!?」
「ぬおお!?次は映像すら消えてしまったではないか!これでは戦況がわからないぞ!なんてことだ!」
「落ち着いてください!提督!まだ電文での通信はできますから!」
戦艦ル級の副砲が霧島に着弾し、メガネを破壊した。炸裂した砲弾の破片が額を掠めたようで、顔の左側に血が流れる。
「マイクだけにとどまらず、メガネまでッ!・・・もう容赦しませんからねッ!?」
その時霧島の中で何かが切れた。至近距離ながら一定の距離を保っていたル級に一気に接近し、飛びかかる。そのままマウントポジションのような姿勢に持ち込み、水上を滑りながらゼロ距離で、お互いに拳で殴り合いにかかる。
「さあッ!衝角戦の始まりですッ!」
霧島とル級の殴り合いは、互いに避けることも程々に、まさに一心不乱に続いている。
「こ、金剛さん、あれ大丈夫なんですか!?」
吹雪が金剛に半ば叫ぶように問いかける。金剛は砲撃を続けながら「No problem!」と答えた。
「霧島は姉妹の中でも一番の武闘派ですからネー・・・スイッチが入ったら私も止められないデース・・・」
しばらく殴り合っていた霧島は、ル級をノックアウトさせたようで、顔に痣を作りながらも、軽傷で戻ってきた。
「申し訳ありません、お姉さま。メガネがないので砲撃が当たりそうもありません・・・。なので衝角戦に移行しますね!」
「りょ、了解デース!敵をこのまま掃討しますヨー!」
嬉々として次の敵に向かっていった霧島を見送って、金剛は「このmodeの霧島は少し苦手デース・・・」と吹雪にこぼした。
増援に現れた四隻の深海棲艦のうち、駆逐イ級は最初の砲撃と、その後の夕立の切込みによってすでに葬られた後であった。残った重巡リ級が捨て身とばかりに接近してくる。
「ここで止めるっぽい!・・・っ!」
夕立が仕留めにかかるが、一隻が夕立に接近戦を仕掛け、もう一隻は大回りで龍驤の方へと向かってゆく。龍驤の一番近くにいたのは、時雨だった。
「くっ・・・!ここで僕が仕留めなきゃ・・・!」
強烈なプレッシャーがかかる。自分に仕留められるのか?龍驤を大破させた本人の自分に?思考が鈍り、押しつぶされそうになる。その刹那。
「時雨ぇ!しゃきっとせえ!誰かを守るんやろ!?まずうちを守ってみせえ!」
龍驤の激励が、時雨の意識を透き通らせた。思考が加速し、時間が泥のようにゆっくりと流れて見える。リ級の砲門が二人に向けて、放たれようとしている。それに返すように、時雨も主砲を構え、重巡リ級に向け、渾身の一撃を放った。
「時雨!龍驤さん!大丈夫っぽい!?」
リ級を片付けた夕立が二人の元へ駆けつける。二人へ向かったリ級は崩れ落ち、そして・・・時雨もまた力なく倒れかけ、龍驤が受け止めた。
「時雨っ!」
「心配せんでええよ。緊張の糸が切れただけや」
龍驤の言葉どおり、時雨は被弾していない。どうやらリ級の砲撃は逸れたようだ。
「龍驤・・・ごめん、力が抜けちゃって・・・皆に迷惑かけてるかな・・・っ!?」
時雨は申し訳なさそうに自分を支える龍驤を見る。そんな時雨の頭を龍驤はわしゃわしゃと撫でて言った。
「ええんやで。よう頑張ったなあ、えらいで!」
それを聞いて時雨は、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「・・・たーだーし、鎮守府に帰るまでが出撃やで!さ、立った立った!」
そう言って龍驤は時雨を自分で立たせ、金剛たちと合流する。霧島はもう敵がいなかったので、少し不満げだった。
「全員、無事ですネー、よかったデース!」
金剛が全員の顔を見回して言った。いつの間にか雨はやみ、雲間からは月が覗いていた。これから雲が晴れれば、帰還する道中で綺麗な月が見えるだろう。真っ暗だった水面に、月明かりがきらめいた。
「さあ、私達の鎮守府へ、Go homeネー!」
ここで「しぐれてゆくか。」は終わらせるつもりが終わりませんでした・・・。
次回は「しぐれてゆくか。」の終章でお送りします。