ISの座学と訓練から一時的に解放される昼休み、中庭でパンや弁当を広げる者、教室で仲の良いものたちで固まって食事をする者、そして、食堂には注目を集める一角があった。
「本当に記憶喪失……なんですの?」
「うん。自分の名前は覚えてるし、ISのこととかは大体思い出せるけど、昔の事とかはさっぱり」
箸も慣れた様に扱うサイネは、ソースかつ丼を頬張る。
「それで、私達の名前にも聞き覚えがあるんだな?」
篠ノ乃箒が自分の頼んだ日替わりB定食に半分残っている状態で箸を置く。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ、織斑一夏、篠ノ乃箒、セシリア・オルコット、シャルル・デュノアは確かに聞き覚えがあるよ。特に……」
隣に座っていたラウラに抱きつく。
「こ、こらっ、離せ!」
「ラウラさんの匂いは、懐かしい匂いがするよ!」
右手には箸を持ったまま、顔を胸に当てている。過度なスキンシップは苦手なラウラはどう対応したものかと迷っている。
「サイネさん、ラウラが困ってるよ?」
シャルルがサイネをなだめる。彼女もラウラの困っている顔を見るとぺこりと謝って食事を再開する。
「……一夏、私はどうしたらいい?」
「俺に聞くなよ」
一夏はB定食のアジの開きを堪能しつつ、女難の相が今回はラウラに向いていることに安心している。
「その専用のISについて、何か覚えてる事はないの?」
左太腿の白いレッグバンドに視線を落とす。所属はおろか、機体名すら判別しないその特異な機体のことだ。
「動かし方と闘い方は一通り。でも、名前も単一固有能力も思い出せないんだ……やっぱり駄目かなぁ?」
白いご飯を口に運びながら、何処か他人事のように話すサイネ。
「駄目とかそういう問題じゃないでしょ……」
天津飯をたいらげた鈴音ががっくりと肩を落とす。そもそも、そんな問題を抱えている人間などいなかったのだから、解決方法など見つかる訳がない。自分たちよりもよっぽど対応出来る大人達がそろって、「とりあえず保留」という決定を下したのだから。
「でも、私はこのままでも楽しいよ?」
頬にご飯粒を付けて、首をかしげる。見た目よりももっと幼く見えるその仕草が可愛らしい。
「記憶喪失なら仕方ないし、今すぐどうにかしないとってわけじゃないだろうから、いいんじゃないか?」
「……そうだろうか、一夏」
少しやつれたように見えるラウラが、疲労した声を出していた。
ISの訓練の授業、専用機持ちと訓練機のグループに別れての戦闘訓練だ。赤土で整地されたグラウンド目一杯使って空中戦を行っているISは、それだけで一見の価値がある。
「なぜっ、当たらない!?」
AICを駆使したラウラの攻撃、流れる様な連携攻撃のシャルル、近接特化の一夏の白式までもが手玉に取られている。
「一夏っ、お願い!」
ガトリングによる面のサポート射撃の後に突撃する白式、足を止められたサイネは近接用ナイフで対応する。
「そんなもので!」
「ふふっ……」
やはり武器性能の差があるのか、徐々に白式がおしているに見えた。それでも、サイネの余裕の表情は消えていない。
「箒っ、お願い♪」
振り抜いた雪片弐型を避ける様に後ろに飛びのいたそこから飛び込んできたのは、二刀を構えた紅椿だった。
「隙だらけだぞ、一夏!」
受けられたのは一太刀目だけ、続く二刀目の突きに呆気なくやられてしまう。
「エネルギー残量ゼロ、白式、撃墜です」
オペレーター担当の山田先生の声が響く。三対二なった空中戦は程なく終わりをむかえた。
「しかし、圧倒的ですね。技術だけで言えばトップを誇ったラウラも見劣りしますよ」
戦術面だけでなく、座学においても飛び抜けている。なにより驚かされるのは機体の完成度だ。現行の技術の全てが垣間見える様な設計でありながら、無理なく無駄なくその形に収まっている。単一仕様能力を使えていないことを加味しなくとも、群を抜いているどころか、遥か彼方の性能だ。
「これで所属不明機というのが頭痛の種だな」
「束博士の虎の子だって言われても納得できるレベルですからね」
一戦ごとに少しのメンテナンスを挟みながら組み合わせを変えて模擬訓練を行う。回転率を上げるために、エネルギー想定量を少なめにしているが、それにもきっちり対応して戦果をあげている。
「……時間だ、ケージにISを収容して休憩していいぞ」
女子しかいない更衣室、清潔さを感じる青い壁にロッカーが並び、ベンチが配置されている。簡素なつくりではあるものの、換気性の高い室内は運動後のシャワー浴びて一息つく分には好評だ。
「17戦全勝ですか……ここまで来るといっそ清々しいですわ」
タオルで髪を巻いて乾くのを待ちながら、ドリンクをストローですすっているのはセシリア。
「まるで教官を相手しているような気分だったな」
「なんだか全部お見通しって感じだったね、敵わないよ」
まるで親子のようにシャルルがラウラの髪をドライヤーで乾かしている。心地よくマッサージされている犬のようにリラックスしながら座っているラウラ。
「えへへ、楽しかったよ♪ シャルルの髪を乾かしてあげる!」
「いいの? ありがと」
ドライヤーを伸ばして丁寧に髪に当てる。三人並んでいるのは横から見ると少し滑稽で、仲の良い家族の様な光景だ。
「昔もこうしてたような気がするんだ」
サイネが呟くと、頭が痛む。IS学園に来てから何度も起こる頭痛は一瞬のもので、気付くと収まっている軽いものだ。
「頭痛持ちなのね、大丈夫?」
少しずぼらな鈴音は、生乾きの髪をツインテールにまとめる。まるで本人の気分そのものように、ツインテールにした時から、いつもの活発な雰囲気の彼女になる。
「うん、大した事無いから」
「そ、ならいいけど。もしかしたら、飲んでた薬とかあったのかもね」
三人の邪魔にならないようにベンチに腰掛ける。そこで一番遅かった箒がシャワー室から出てくる。
「む、皆とっくにあがっていたんだな」
モデルの様なスタイルで歩く姿は、それだけでも様になっている。バスタオルで濡れた髪を拭きながら自分のロッカーから着替えを取り出す。
「うむ、もう髪も渇く頃合いだ」
弛緩しきった表情で答えたのはラウラ。
「ふっ、それは長風呂だったみたいだな」
くすりと笑いを漏らしながらゆっくりと着衣を続ける。実戦訓練が終わった後とは思えない、試合が終わればノーサイド、というのはこういう状況のことを言うのだろう。
「……おーい、まだかー?」
ドアに背を付けて気だるげに尋ねるのはIS学園唯一の男だ。
「まーだだよー」
楽しそうにサイネが答える。まるでかくれんぼをしている子供のように。
「だそうだ、一夏」
一番遅いのは箒なのに一向にせかされている雰囲気を見せないのは、彼に対する嫌がらせか、それとも彼女の性格か。
「鈴音さん、襟が立ってますわ」
「嘘っ!?」
「……セシリアはタオル巻いたまま出ていく気なの?」
「はわわっ、勿論ジョークですわ!」
「セシリアの髪も乾かす~」
「えっ、私は、遠慮させ……きゃー!」
「楽しそうだなサイネ、どれ、私も参加しようか」
「いじわるは適度にね、ラウラ」
「シャルルさんは止めて下さいな!?」
どうやら当分更衣室は女子の世界らしい。
「天国と地獄って、壁一枚の差なんだなぁ」
ISのスーツのまま、床にへたり込む姿はどこか寂しげだった。
モニターの光以外の光源がなく薄暗いその部屋に、織斑千冬が座っている。幾つかの画面を流すと、様々なデータが表示され、消えていく。その内容は、サイネのデータだ。
「IS適正はAマイナス、十分優秀ではあるが他を圧倒するには少し役者不足な気がするな。経歴が不明な上にこうも手掛かりがないとなると、どうしたものか」
ISの機体から探りを入れてみたものの、どこにもそれらしい情報は見当たらなかった。仮に事故で来たのならどこかしらからアプローチがあるものだと思ったが、2週間たっても何もない事から潜入捜査ではないか、と疑ってしまう。
「それなら、一夏が目的となるかもしれんが、不審な点は多いが本人に悪意が全く見られんのがな。こちらからアプローチをかけるべきか……ん?」
ふと眼を引いたのは健康チェックの部分だ。目覚ましい成果から改めて確認する必要はないと考えていたが。
「記憶喪失はショック性のものか、頭痛だけかと思っていたが……」
そこでまた一つ溜め息が増えた。