とにかく早く投稿したかった_( _´ω`)_
私にとって神奈子様と諏訪子様は本当の家族のような存在だった。生まれながらにして天候操作を行うことのできた私の能力目当てであった両親や親戚とは違い、神奈子様と諏訪子様は『私』そのものを可愛がってくれた貴重な存在だったのだ。
年齢を重ねるにつれて、両親は『私』を見ることはなくなり、二柱の神様だけが心の拠り所だった。周囲に集まる人々は私の『奇跡の力』を求めるだけ。その頃には人間というものを信じられなくなっていた。
『かなこさまー、すわこさまー』
『ああああ! 早苗ぇぇぇええええ!!』
『ちょ、神奈子! ずるいよ!』
あぁ、あの頃の何と楽しかったことか。
誉めてくれたことも、泣いてくれたことも、怒ってくれたことも、何もかも人生に必要なことは全て、神奈子様と諏訪子様が教えてくれた。
私の楽しかった思い出の全てに、二柱の神様が一緒にいたのは確かだ。
神様がいたから今まで頑張れた。
面倒な学校での人間関係を乗り越えてこれたし、媚びを売ってくる連中にも作り笑いで誤魔化してきた。
両親の仮面のような笑いにも耐えることができた。
神奈子様と諏訪子様は自分の全てだった。
二柱が姿を消すまでは。
本当に突然だった。
何の前触れもなく、忽然と私の前からいなくなってしまったのだ。最初は直ぐに帰ってくるだろうと思ったけれど、一、二週間経っても戻ってくる様子はなかった。自分に否があったのかと何度も考えたが、思い当たる節はなかった。
私は神奈子様と諏訪子様を必死に探した。
この町で思い当たるところは全て赴き、同じ県の他の神社まで足を運び、少ない自分の小遣いで出雲大社にも遠征した。他の人に二柱の姿は見えないため、自分の足が棒になるまで歩いて探し続けた。
泣き叫びながら探した。
必死に謝りながら探した。
他の目など気にすることなく探した。
……それでも見つかることはなかった。
手懸かりすら掴めず、二柱の神様がいなくなった事実だけが私を打ちのめした。
春休みを使っても結果は実ることなく、とうとう高校一年生になってしまった。神奈子様と諏訪子様がいないのだから高校に行く理由なんてないのだが、両親の言葉もあって嫌々ながら通学することになった。
媚びへつらう周囲の同級生は私の変化を悟ってか、神奈子様と諏訪子様が姿を消した日から近づかなくなった。それだけが救いだったけれど、そんなの私にとってはどうでもよかった。
担任やクラスメイトも私を腫れ物のように扱ったが、あまり興味がなかった。クラスの役員も適当に決められて、仕方なしに私は図書委員になった。
本を読むのは嫌いではないから別によかった。今は読む気にもなれないが。
昼休みや放課後に貸し出しと本の整理をする仕事。委員会議に出席してなかったために、私は同級生の男子と組まされることになった。
名前は『夜刀神紫苑』という子らしい。珍しい名字と名前だ。さして興味もなかったけれど。
ただカウンターでは本を借りに来る生徒はその男子に貸出しを求めたり、本の整理にはついていくだけで彼が本をしまってくれたので、その辺りは素直によかったと思える。
「あ、広辞苑ちょうだい」
「………」
「サンキュー」
私は無言で渡す。失礼かもしれなかったが、今の私には他人の評価など気にする心の余裕がなかった。
それでも彼は微笑みながら受け取ってくれる。
後から思うと、私は彼の好意に甘えていたのかもしれない。
しかし、次の週から彼の私への対応が変わった。
「やぁ、東風谷さん。今日もよろしく!」
「………」
「………」
明らかに作り笑いで私に挨拶をする彼。
行動だけならば両親や周囲の人間と大差ない。普通なら不快感を覚える――はずだが、不思議とそのような感情を抱くことはなかった。
内心首をかしげてしまう。
「……えーと……その……今日はいい天気だな!」
「………」
「………」
明らかにコミュニケーションに困った人間の切り出し文句。彼も若干の冷や汗をかいているが、他の人間と圧倒的に何かが違うのだ。
生まれたときから苛む私の能力目当ての不信感ではなく、中学以降の異性から向けられる身体全体を舐め回すように見られる不快感もなく。今まで感じたことのない新しい感覚を得るのだった。
カウンターでも私に積極的に仕事を渡す。
あの感覚の正体に戸惑いながらも、私は彼に言われたこと忠実にこなしていく。
「あ、本の貸し出しですか? 東風谷さん、この二つの本のバーコードを読み取ってくれない?」
「………」
「ありがと。来週の金曜日までに返却お願いしまーす」
媚びへつらうわけでもなく、私の身体を性的に見ることもなく、私に積極的な交流を求めてくる同級生。まるで……そう、神奈子様と諏訪子様のときに似ていた。
このときになって初めて、私は彼――夜刀神紫苑という人物が何者なのかを知りたくなった。
とは言っても高校入学から私に親しい友人がいるわけがなく、彼の情報が中々集まらない。隣のクラスに在籍しており、美術部に所属している。
そのような簡単なことしか分からず、途方に暮れていた。煩く面倒だった人間関係の大切さを、そのときになって初めて実感したのだった。後の祭りだが。
「……でさ……なんだよー」
「マジ……か? ……で……」
廊下側の席で次の授業の準備をしながら、どう彼のことを理解しようか考えている。
何やら廊下で話している男子がいるけれど、そのようなことに気をとられている暇はない。どうやって――
「けど夜刀神も大変だよね」
廊下で話している他愛のない会話。
しかし、私の耳には珍しい名字を含むその言葉だけは聞こえた。思わず手を止める。
「大変っつーと、東風谷のことか? 確かにクソ暗いオーラの面倒そうな女と一緒なンざ俺様なら死んでもゴメンだ」
「だよねぇ。夜刀神も東風谷さんの情報を集めてるって言うし、何とかしたいって思ってるんじゃないの?」
彼も私のことを?
「なンだ? 惚れてンのか?」
「いやいや、どうやら委員活動しながら読書するのに邪魔だから、彼女の鬱モードを何とかしたいとかなんとか。夜刀神って色恋沙汰とは無縁の奴だし、強ち本当のことなんじゃない?」
清々しいまでの利己的理由。
逆に好意を持てるくらいだ。
「けどなァ。俺様は逆に東風谷の方が可哀想だと思うがな。だって組まされてる相手は『死神紫苑』なんだぜ?」
死神……?
あの穏和な彼からは想像もつかないような渾名だ。
なぜか自分の事ではないのにイラッとする。
「『死神紫苑』? 何それ」
「知らねェのか? 夜刀神の両親って死んでンじゃんか。あれバスの衝突事故が原因らしいが、乗客運転手含めて生き残ったのはアイツだけらしい」
「マジで?」
呼吸が止まったかと思った。
「だから死神みてェな奴だって噂されて、今の名字に準えて『死神紫苑』って影では嫌われてンだよ。あれに近づくと殺されるってな。所詮は噂……なんだろうが、長いものには巻かれろってこった。近づこうとする奴はすくねェ」
「へぇ、怖いなぁ。近寄らんとこ」
「それが賢い選択だァ」
私とは正反対だ。
どうして彼は大切なものを失っても、あんな風に笑っていられるの? 両親を失い、周囲からは疎まれて、それでも彼は何で私と交流を計ろうとするの? 決して同情で近づいてきたわけではないのは、長年の経験から理解できる。
知りたい。
彼の目的を理解し、もう知る必要はないはずなのに、その気持ちだけが強くなる。授業開始のチャイムが鳴っているにも関わらず、私の頭は彼のことで一杯だった。
『いやー、これで面白くなるかなぁ?』
『何やってンだアホ。次は英語だ』
『しまった! ヴラド先生にシバかれる!』
♦♦♦
さて、俺は持参していた本を取り出して読み始める。俺の反応を待ってる彼女が俺を見つめる中、ボソッと頭の中に思い浮かんだ言葉を発する。
「新手の宗教勧誘?」
「ち、違います!」
いや、だって『私、神様が見えるんです』なんて言葉、まず日常生活で聞くことはないでしょ? 精神系の病を疑わないだけオブラートだと思う。
龍慧は天然で活発的と表現していたが、どう見ても電波系少女じゃねーか。
俺の言葉に東風谷はあたふたと戸惑う。そこに悲壮感は微塵も感じられず、これが彼女の本来の姿なんだろうなぁと冷静に分析した。
「えっと! 私が神社の風祝をしているのは知っています……で……しょう……か……?」
「……まぁ、耳にしたことはあるよ」
自分のことをまるで知っているのが当たり前だと捉えかねない言い方だったと自覚してか、後半部分が不思議な日本語の疑問系になっていた。
無意識に上目遣いをしている辺り、マジで天然だったのかと考える俺。美少女の上目遣いとか破壊力が凄まじい。
「風祝は昔から自分の神社に祀られている神様が見えるんです。胡散臭いかもしれませんし、親族以外に口外するのは初めてなので信じてもらえないかもしれませんが……」
「……えーと、うん。君が見える前提で話を進めようか」
正直、彼女じゃなければ物凄く胡散臭いと勘ぐる。龍慧が言葉にしたのなら十中八九信じない。恐らく機密事項のはずの守矢神社の情報を、そこまで親しくない俺に言う理由が見当たらないし。
というか風祝にそんなオプション機能ついてるの? 詳しく知らないから何とも言えんけど。
彼女が両親と仲が悪いと、胡散臭い先輩から教えてもらっているから一応考慮に値するのだが。機密なんざクソ食らえって心情なのかもしれない。
それに――と脳裏に浮かぶ居候の数々。
神様、いるもんなぁ。
そして、俺が彼女の話を信じるという前提で始まる、俺の知り得なかった彼女の情報。
ざっくり説明するなら家族みたいに慕っていた二柱の神様が突然消えてしまった……ってことだろう。その二柱の神様の名前を聞かせてもらったが、何か聞いたことあるな、その神々。
思い出せないから置いといていると、話している途中からか。東風谷はボロボロと涙を流し始めた。図書館に今のところ人がいないのが幸いしたわ。司書の先生も職員会議で席を外している。
「……それ……っで! ……私……ずっと……!」
「もういい、もういい。大体の事情は理解したから、もう泣くなって。ほれ」
話すことすら辛かったのだろう。
言葉が支離滅裂になってきたので、会話を中断させて、持っていたハンカチを東風谷に渡した。関係ないけど、ハンカチ携帯している男子って珍しいの? 未来や兼定はハンドタオル派なんだけど。
どうか今だけ図書館に人が入ってきませんように……!と祈りつつ彼女が回復するのを待ち、落ち着いたところで俺が疑問を投げ掛ける。
「どうして、その話を俺に?」
「……夜刀神君の両親は既に他界していると聞きました。自分だって今のままでは他人に迷惑をかけているって自覚してます。貴方は大切な人達を失ったとき、どうやってそれを乗り越えたんですか?」
「……うーん」
差し支えなければ教えてほしい、と東風谷が言い、俺は何て答えようか迷う。
そんな質問されたの初めてだからなぁ。そもそも聞く時点で、彼女はどこかズレているのだと実感する。
「俺の両親が死んだのは小さいときだったから、詳しくは覚えてないんだ。なんか物心つく頃には居なかったわけだし、東風谷さんと二人の神様の関係ほど親しくはなかったかもしれない」
「そう、ですか……」
「東風谷さんも知ってるだろうけど、小さい頃から俺って嫌われてるわけよ? 俺自身そこまで気にしてはないけどさ」
学校での『二人組作って~』は俺の天敵だったが。
「確かに両親が死んだときは悲しかった。でも……今の友人――腐れ縁のアホ共がいたから今の自分がいるのかもしれない。ダチいなきゃ今の東風谷みたいになってた可能性も否定できないから」
「友達……私に友達はいません。私に寄って来る人たちは、私の風祝の力が目当てですから」
「そういう目的で寄って来る連中がいんのか。そりゃ友達作りの難易度が上がるわけだわ。大人の汚い部分を子供の頃から見てたらねぇ……」
やっぱ現実ってクソだわ(極論)。
龍慧が『東風谷さんと親しい人間は多いです。……彼女がそう思っているかは別として』って曖昧に説明してたが、確かに人を信じられなくなる環境だ。
彼女に見えるらしい神様が心の支えだったってのも頷ける。
「神様が何を思って君の前から姿を消したのかは知らない。何も残してないのだから、部外者の俺が知る手段がないからね。そうなると時間でしか解決できないんじゃないかな?」
「時間が経てば忘れると?」
「忘れるってのは少し違うけど、心の傷を癒す的な? 俺もそうだったわけだし、悲しいのなら悲しむのが一番なんだよ。けど、いつかは立ち直らなきゃいけない。俺は知らんけど、俺が神様ならいつまでも悲しんでいて欲しくはないな」
どーして俺が説教紛いのアドバイスをしているのか。俺の仕事じゃないのにと内心やさぐれながら、せめて真摯に伝わるように言葉を紡ぐ。
「こういうのは人と接することで癒すのが最適なのかもしれないけど――」
「それは……」
「……ならさ、俺と友達にならないか?」
「え?」
心底不思議そうに俺を見つめる東風谷。
実は俺も不思議と口から出てきたので、表情には出さないが驚いてはいる。どうしてだろう?
でも、『能力目当て』という点なら俺は当てはまらないと思う。つか天候操作とか何に使うん? 物理の授業ある日に大雨洪水雷注意報を発令させるのにしか利用価値ないだろ?
一方の東風谷は恐る恐るといった表情で、控えめに尋ねてくる。
「いいん、ですか?」
「むしろ俺が聞きたいわ。こんな変なのと友達になってもいいのかって」
「い、いえ! よろしくお願いします!」
彼女の悲しそうな心境が完全に癒えた訳ではない。
そう簡単に癒えるもんじゃないのは、俺にだって理解できる。何年かかるだろうか? 何十年かかるだろうか?
それでも――今の彼女は笑っていた。悲痛に俯くだけの前とは違い、一歩前に進もうと努力している、直視するには眩しすぎる笑顔だった。
俺の言葉が彼女に影響を与えたのなら。
それはそれで悪くない。
♦♦♦
「ってなわけよ」
「つまんねー」
「臆病者が」
「死んで出直しなさい」
「何で一人慰めて辛口評価言われなきゃいけねーんだよ!」
放課後の部活で委員に関しての結果報告をしたところ、物凄くつまらなそうな表情で嗤われた。オーバーリアクションの外人みたいな反応だった。
協力してくれたから話してやったのに。
今回のゲストたる無意識少女も机でジャブをしている。アタックしろってか? 何に? 何を?
「心を閉ざした美少女! そこはラブコメに持っていくのが主人公ってもんでしょう!?」
「お前ラノベの読み過ぎ」
そういや龍慧ってラブコメ好きだったな。
特にベタな設定とか、純愛ものとか。自室の本棚にラノベが積み重なっている様は言葉にできない。
「まったく……僕と兼定がお膳立てしてやったってのにさ。ホント紫苑ってチキンですわー」
「……その話詳しく」
「「あ」」
余計なことをボソッと言った未来の発言は聞き逃さなかった。このアホ共何しやがった?
未来の胸ぐら掴んでボコボコにしてやろうと拳を振り上げようとした瞬間――美術室のドアが開く。ちなみにこいしは「喧嘩だー!」と喜んでいた。
「ここが……美術部ですか?」
緑色の髪を揺らしながら顔を覗かせる少女。
……これから楽しくなりそうだ。
紫苑「ちょっと急展開感が否めない」
龍慧「時間をかけてもよかったのでは?」
紫苑「暗いままって嫌じゃん?」
龍慧「まぁ、削りに削ってコレですからねぇ」
紫苑「メッセージで感想来たぐらいだしな」