俺の家が幻想郷   作:十六夜やと

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ほのぼのって何だろう(哲学)


1話 幻想郷in俺ん家

 携帯のアラームで起きた。

 スマホの画面をスライドして鳴り響く騒音を解除する。おはよう。

 

「……んぁ……こんな時間か……」

 

 時刻7時過ぎ。

 学校の授業には余裕で間に合う時間だ。

 なんか大切なこと(=物理の課題が終わってない)を忘れている気がするが、それ以上に大変なことが起きていた気がするのは俺だけだろうか?

 

 

 

 物理はなかった。いいね?

 

 

 

 俺はベッドから体を起こして地面に降り立ちながら、昨日起こったことを頭をフル回転させて思い出す。確か友人達とゲーセン行って、帰ってきて、飯食って、風呂入って、勉強をして――

 

「……あ」

 

 なんか小さい金髪美女に『幻想郷を作らせて』って頼まれた気がする。今思うとアレは夢だったのだろうかと、不思議と笑い声が出た。

 そんな幻想を見てしまうくらい眠たかったのか、物理が苦手だったのか――あるいは寂しかったのか。俺はこんなにメンタルが弱かったのかと自分の事なのに驚いた。もう慣れたと思っていただけに、俺にとっては衝撃的だった。

 

 

 

 人と妖怪が住む楽園?

 俺の家が霊脈?

 幻想郷?

 

 

 

 ないない、あるわけがない。

 頭が働いていない故に幻覚を見てしまったことと、それに安直にOKしてしまったことに我ながら馬鹿らしく感じる。

 あるいは夢だったのか。夢ならば安易に引き受けたことも理解できる。ほら、夢で起こした行動って後から考えて「それはないだろ」と思うことがあるだろ?

 夢だとしたら――まぁ、面白かった。

 

「っと、馬鹿なこと考えてる暇じゃなかった」

 

 余裕で学校に間に合うだろうけど、早めに行くに越したことはない。俺は畳んでいない洗濯物の山から制服を探し出して着る。アイロンをかけるほど身嗜みを気にしたことはないし、独り暮らしなんてこんなもんだろ。

 梅雨も過ぎて夏の初め。半袖でも長袖でも生きていけるような気温。俺の住んでいる県は夏でも冬でも少々気温が高いが。

 

 学生鞄に教科書やノート(と物理の何か)を突っ込み、それ以外のものをリュックに収納。

 とりあえず学校に行く準備はできた。

 

「飯食うか」

 

 何度も言うが俺は独り暮らし。

 朝食は自分で作って食べるのが習慣化している。というか料理作るのが趣味と断言してもいい。

 

 何を作ろうかと考えながら自分の部屋から出た。

 ――自分が昨日何をしでかしたかも知らずに。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 部屋を出て違和感を覚えた。

 二階は一階程でもないが広く、俺の部屋の横には客室やら物置などが数部屋存在する。そこは見間違いでもなく普通の部屋なのだ。

 しかし、言葉に言い表せられないような違和感を確かに感じる。どこか、何か違うような。

 首を捻りながら俺は一階に降りる。

 そしてリビングへ続く扉を開けた。

 

 

 

 

 

「パチュリー、これ借りてくぜ!」

「ちょ、魔理沙! 待ちなさい!」

「小町!? どこにいるのです!?」

「輝夜ああああああああああああ!!!!」

「妹紅おおおおおおおおおおおお!!!!」

「これ何だろ!? どんな造りなのかな!?」

「あたい最強!」

「チルノちゃん……そこ危ないよ?」

 

 

 

 

 

 俺は静かに扉を閉めた。

 ……何あれ。え、待って。え?

 

 疲れてるのかな、俺。なんか小人がリビングとキッチンで大騒ぎしてたような気がするんだけど。

 もう一度扉を開ける。

 

 

 

 

 

「へへっ! 捕まえられるもんか!」

「騒々しいわね、静かにできないのかしら」

「あ、見つかった」

「小町、仕事はどうしたのです?」

「輝夜ああああああああああああ!!!!」

「妹紅おおおおおおおおおおおお!!!!」

「そーなのかー」

「この素材……人形に使えるかな?」

「酒はないのかい?」

 

 

 

 

 

 俺は再度扉を閉めた。

 女は三人寄れば姦しいと言われるが、それが何十人いれば表現のしようがないくらい五月蝿い。

 

「嘘だろオイ……」

「あらあら、立ち眩み? 若いんだから栄養ちゃんと取らないとダメよ?」

「誰のせいで頭抱えてると思ってんだ?」

 

 扉の前で崩れ落ちる俺に、歪んだ空間から現れた昨日の金髪美女が顔を出す。夢だけど夢じゃなかった。

 人形サイズの八雲さんに詰め寄る男子高校生。

 

「つかアレ何!? リビングに紅い家建ってんだけど!? テレビ前に社あるんだけど!? キッチンに店建ってんだけど!? ちっさい女の子達が空飛んで変な喧嘩が始まってんだけど!?」

「紅い家は紅魔館、社は博麗神社、店は香霖堂。ちっさい女の子達は幻想郷の住民」

「説明ありがとうコンチクショウ!」

 

 泣いていいですか。

 いや、確かに幻想郷作ってOKなんて言っちゃったけど! けども! まさか本当に俺の家が小人の街になるなんて普通思わないだろ!?

 つかリビングとキッチン占拠されて生活できるかっ。

 

「その点は大丈夫よ? この家の主は貴方。キッチンで料理するなり、リビングでゆっくりするなり、何事においても貴方が優先されるのだから」

「既に彼女等が言うこと聞くとは思えないんだけど」

「そのために博麗の巫女がいるのよ」

 

 博麗の巫女? なんじゃそりゃ。

 新しく聞く固有名詞に首をかしげていると、前――つまり玄関側から女の子の声が聞こえた。

 

「紫、結界張り終わったわよー」

「ナイスタイミングね。霊夢、この人が家主の夜刀神紫苑さん」

「ふーん……」

 

 ふわふわ俺の目前で浮かぶ紅白の巫女服を着た美少女が値踏みするように俺を眺める。廊下に胡座をかいて気まずく頬を掻く中、興味を失ったように八雲さんと会話。

 どうやらお眼鏡にかなわなかったようだ。

 別にいいけど。

 

「小規模だけど結界は完成。あとは紫の境界を張り巡らすだけで仮の幻想郷は維持できる」

「ご苦労様。というか『ふーん……』で済まさないで、貴女も自己紹介しなさい。命の恩人よ?」

「そんなこと頼んだ覚えはないわ」

 

 気難しい年頃なのか、ドライな印象の博麗さん。会話の内容から察するに、彼女の名前は博麗霊夢なのだろう。もう幻想郷が俺の家の中に作られたのは諦めた。掃除機で全員吸い込んで追い出すわけにもいかないし。

 人間って諦めが肝心だよね。

 ぶっちゃけリビング&キッチンエリアも諦め気味だが。

 

 そんなことを考えていると八雲さんと博麗さんの口喧嘩が終わったらしく、紅白の巫女さんが自己紹介をした。

 

「私の名前は博麗霊夢」

「よ、よろしく……博麗さん」

「名前で呼んでいいわよ。というか幻想郷の住人の大半は名前で呼び合うから、全員呼び捨てでいいんじゃない?」

 

 フレンドリーなのかドライなのか、幻想郷の文化は日本とはだいぶ違うらしい。

 人種も変われば文化も違う。ましてや生物学的に違う個体の集まりなのだから、人間の文化と相違点があるのは当たり前か。

 

「紫苑さん――いえ、私も貴方のことを呼び捨てで構わない?」

「ご自由に」

「なら改めて。紫苑、博麗の巫女は幻想郷において妖怪退治の役割を果たしていたの。でも貴方の家に悪さをする妖怪や神なんていないでしょう?」

「俺ん家は人外魔境か」

 

 今は妖怪やら小人やらが住み着いてるから否定できないが、俺の知ってる友人達の家に妖怪や神様がいるのを見たことはない。

 

「だから今の幻想郷で博麗の巫女がするべき仕事は、貴方に迷惑をかける住民を退治すること。言うこと聞かない住民がいたのなら、彼女に頼むといいわ。これでも霊夢は幻想郷最強なのよ。ね、霊夢?」

 

 幻想郷における警察のような役割を担っているのが彼女ってことね。何歳かわからないけど凄いなと感心していると、霊夢は笑顔で紫の言葉を、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一蹴した。

 

「おい、話違うんだけど」

「あ、あれ?」

 

 思いっきり笑顔で否定された。

 あまりにもの清々しさに好感が持てるくらいには心地よい断りっぷりだった。

 

「博麗の巫女は妖怪退治が仕事。つまり妖怪のいないここでは仕事する必要がないってことでしょ? なんでアンタの生活を守るなんて面倒なことしなきゃいけないのよ。自分のことくらい自分でやりなさい」

 

 彼女の言葉も一理あると俺は思った。

 紫の頼みを引き受けたのは家主の俺だし、こうなることは予想できなくとも覚悟するべきだった。ましてや(物理的に)小さな女の子に自分の生活を頼るなんて都合の良い話はないだろう。

 今回のは完全に俺のミス。

 俺は激しく後悔すると同時に、良い経験になったとポジティブに考える。考えないとやってられない。

 

 肩をすくめて溜め息をついていると、幻想郷の賢者こと八雲紫が霊夢に噛みつく。

 責任者の視点から鑑みれば、この発言は場所の提供者である俺との無闇な亀裂を生むかもしれないと考えたのかもな。

 

「彼はここを提供してくれた人なのよ? 私達は居候の身なのに、自分ことは自分で守れってのは図々しいわ」

「アンタが勝手に約束したことに私を巻き込まないで」

「でも――!」

「はいはい、わかったわかった!」

 

 剣呑な空気が流れ、暴力沙汰を心配してしまうくらい二人が不機嫌になっていたので、俺が強制的に話をぶった切る。俺のせいで喧嘩が始まるのは御免だ。

 さっきリビングでも光景を目の当たりにしたけど、幻想郷の住人は血の気が多い連中の集まりなのか? 面倒な奴等を引き入れた昨日の自分にアッパーを炸裂させたい気分になった。

 今日何度目かもしれない溜め息をつきながら、俺は廊下に置いた鞄とリュックを持って外に出ようとする。

 

 それを引き留めようとしたのは紫だ。

 慌てたような声色が背後から発せられる。

 

「し、紫苑?」

「学校行ってくる。遅刻したくないし」

 

 飯は……適当にコンビニで買うか。

 自分の家なのにキッチンに行き辛くなったもんだ。

 

「あ、そうだ。リビングとキッチン以外に使ってる場所はあるか?」

「貴方の部屋と二階端の客室以外は……」

「トイレと風呂に建築物はないよな?」

「え? えぇ……」

 

 もし風呂場に建物あったら水没させるわ。

 でも家の大半を占拠された、と。元々広い家で部屋を持て余していた訳だし、自室が無事なら別にいっか。

 

「んじゃ、こうしようか。俺は幻想郷に干渉しない、アンタ等は俺に干渉しない。もう部屋は好きに使っていいから掃除くらいはしてくれ。俺の部屋と風呂場とトイレには入るな。これでいい?」

「待っ――」

「OKってことで話は終了! 行ってきます!」

 

 短期間で俺は学んだ。

 面倒事をこれ以上大きくしないためには、彼女等との交流を極力避けるべきだと。だから互いに不干渉を貫けば被害は大きくならない。

 俺の提案を無理矢理押しきって、靴穿いて外に出る。

 

 

 

 

 

 どうして俺は朝から疲れてるのか。

 分かりきった質問が頭の中をぐるぐる回っていた。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「霊夢!」

「何よ、彼だって言ってたじゃない。自分に関わるなって」

 

 紫苑が学校に行った後、私は隣にいる生意気な巫女を怒鳴り付けた。霊夢の言い分は第三者から見ても横暴が過ぎると判断したからだ。

 一方の霊夢は鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 

 ようやく見つけた安息の地。それを無償で提供してくれた少年・夜刀神紫苑。

 その恩に報えるためにも自分にできることは何でもやろうと思っていた矢先、計画は一人の少女の面倒臭さによって音もなく崩れ去った。これを怒鳴らずして何時怒鳴ればいいというのだ。

 

 

 

 場所を提供してくれ。

 でも被害は自己責任。

 加えて私達には関わるな。

 

 

 

 図々しさが霞むレベルの横暴な条件だ。

 もし私にこんな条件を押し付けられたなら、それを提案した者は確実に殺してるだろう。追い出されなかったことが奇跡だと言っても良い。

 後から来るのは罪悪感。私は呻き声を上げながら頭を抱えて踞る。

 

「どーすんのよコレ……あー、頭が痛い」

「歳?」

「五月蝿い! そもそも何で断ったの!? 本当に面倒だったとか言うんじゃないでしょうね!?」

「それもあるけど――アイツ、気持ち悪かったから」

「気持っ――」

 

 なんて言いぐさだ。

 私は再度怒鳴ろうとしたところで、霊夢から発せられた第二声に唖然とする。

 

「アイツ、アンタを見ても反応が薄かったって言ってたじゃない? それおかしいでしょ。普通なら怒るなり呆れるなり、とにかく紫を追い出すのが自然よ」

「………」

「だから二つ返事で了承したから、私達を利用しようとしてる奴なのかって疑ったけど……そんな様子はないし、しかも私に怒ろうともしなかった」

 

 霊夢の言葉を頭で少しずつ理解する。

 彼の言動は――普通じゃない。

 

「私も怒るなり怒鳴るなりされる覚悟はあったわよ。でもアイツ……自分から折れたわ。何あれ。自己犠牲? 結果的には面倒にならずに済んだけど」

「……あぁ」

 

 だから霊夢は『気持ち悪い』と称したのか。

 私は紅白巫女が不機嫌そうに語るのを眺めながら、ニヤニヤ笑みを浮かべた。

 

「というか簡単に引くのって男として――何よ、ニヤニヤして」

「……なんだかんだ言いながら、貴女って彼のことよく観察してるのね~」

「はぁ!?」

 

 焦ったように私に罵詈雑言をぶつけてくる霊夢をのらりくらりと回避しながら、私は紫苑との関係をどのように修復するかを考えていた。

 

 

 

 このまま無関係は寂しい。

 さて……どうしよう?

 

 

 

 




裏話

紫「これ破綻したら貴女の責任ね」
霊夢「私は悪くない」
紫「( ゚Д゚)ハァ?」
霊夢「( ゚Д゚)ハァ?」

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