俺の家が幻想郷   作:十六夜やと

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どうも、急性気管支炎を再発した作者です。
とりあえず早苗さんの話はストップし、次回からは幻想郷の風景でも書きたいと思います。異変の伏線も入れなきゃいけませんし。
というわけで本編どうぞっ。


19話 風祝の平日

 朝起きるといつもの日常が幕を開ける。

 鏡の前で髪を解かしているが、その鏡に映っている表情は仏頂面だった。誰も見ていないからこそ、自分の本心をありのまま出せる。

 正直、部屋から一歩も出たくないが、そういうわけにはいかない。いつものように居間へと移動する。

 

「あら、早苗。おはよう」

「……おはよう、ございます」

 

 平日の良いところは、この仮面のような笑みを浮かべている両親と、顔を会わせる時間が少ないことだ。朝食を用意してくれた母親に、私は形だけの笑顔で挨拶を返す。

 嘘偽りの蔓延る朝。

 そもそも『家族』自体が偽りのような関係だから、いつものように嘘で塗り固められた仮面を被る。

 

 何も知らない愚かな娘。

 都合の良い操り人形。

 それが私。

 

「そういえば……早苗は部活に入ったんだな。急に元気になってくれたし、それが原因かい?」

「あまり熱中し過ぎて、風祝の仕事を疎かにしちゃダメよ?」

「……はい」

 

 朝食を取っていると、両親に釘を刺される。

 調子を取り戻してくれたことは嬉しいけれど、自分達の不利益を被ることは勘弁……という意味かな。私を心配しているように見えて、結局は自分のことしか考えていないのか。

 私が急に元気になっても大した反応をしなかったし、本当は興味すらないのだろう。

 

 神奈子様や諏訪子様なら……。

 そう思うだけで胸がズキズキと痛む。

 

 あぁ、早く学校に逃げたい。

 ……どうせクラスでも楽しいことはないのだが。

 今日も今日とて、作り笑いを張り付けながら両親の言葉に頷くのだった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 『掌を返すよう』なんて言葉を最初に考えた人間を讃えたい。それほどまでに、その慣用句の表現は的を射ていると私は思う。

 表面だけでも笑顔を取り繕うようになってから、クラスメイトが中学時代のときと同様、私の周りに群がるようになった。女子は興味のない話を振ってきて、男子は妙に優しくしてくれる。そんな日常が帰ってきた。

 担任も喜んでいた。どのような意味合いで喜んでいたのかは知らないが。

 

 皆は笑っている。

 私も笑っている。

 

 白々しいにも程がある。

 

「……が……だよね!」

「……で、……じゃない?」

「そうですね、それがいいと思いますよ」

 

 他人の興味のない会話ほど面白くないものはない。しかし、面倒ではあるが他者との関係を作るのは大切だと、()()()()()から学んだので、頬の筋肉を無理矢理動かして笑みを作る。

 打算的な関係に何の意味があるのか。

 私には苦痛でしかない作業。これを同じ部活に所属する先輩は『むしろ打算的な関係を一方的に利用してやるのが面白いですね』と言い切っていたので、嫌々するか楽しむかは人それぞれなのだろう。

 

 私が悩んでいたときは側にすら近寄らなかったくせに。手を差し伸べてくれる人なんて一人しかいなかった。

 友人とは何だろう?と考えさせられる。

 

「今週末ってテニスの大会があるんだよね~。晴れてくれないかなぁ?」

 

 露骨に「晴れにしてくれ」と頼んでくる。

 私は笑顔で女子生徒の放った発言を流すが、内心は怪訝そうに睨んでいるのを、彼女は理解しているのだろうか? 知ってたらそんな発言はしないだろうけど。

 

「――そういえば、早苗ちゃんって美術部に入ったんだっけ? ()()美術部」

「……? はい」

 

 まるで含みのあるような言い方だ。

 素直に頷くと周りがどよめく。

 

「東風谷さん大丈夫? 確か美術部って男共しか入ってないって噂だけど。それに何してるか分からないって、この学校で関わっちゃいけない部活の一つなんだよ?」

「この前あの部室通るときに変な音楽流れてたし……」

 

 まさか変な音楽の正体が『椅子取りゲーム』していたからだとは思うまい。

 

「それに『死神』いるし!」

「隣のクラスの不吉な人?」

「そうそう」

「………」

 

 無理だった。

 限界だった。

 その言葉を聞いた瞬間、仮面のような笑みが能面の如く変わる。どれだけ興味のない会話を永遠と交わそうが構わないが、その人の事を悪く言うことだけは許せない。

 幸い無表情になっているのは僅な時間で、誰にも見られることはなかったけれども、クラスメイトへの不信感が積もっていくだけだった。せめて来年は彼等と同じクラスであることを祈るばかり。

 

「そんな部よりサッカー部のマネージャーしない?」

「野球部のマネージャー少ないんだ。東風谷さん、よかったらどう?」

「ぜひともセパタクロー部に!」

 

 男子生徒が自分の所属する部活への勧誘が始まり、女子生徒がそれを止める光景。

 下心が見え見えである。

 早く放課後にならないかなぁ、と一時間目の休みなのに学校が終わった後の事を考えるのだった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 美術部。

 もはや私が学校へ来る最大の理由であり、唯一の理由となった場所。

 両親との会話がどれだけ面倒だろうと、クラスメイトとの交流がどれだけ苦痛だろうとも、ここに来るためだけに今の私は生きていると断言しても過言ではない。でなければ学校に遅くまで残る意味がない。

 姿を消した神奈子様と諏訪子様に自慢できるだろう、数少ない私の変化した部分だ。

 

 クラスメイトと別れて、文化棟の誰もいない廊下をスキップしながら歩くくらいには浮かれていた。まだ入部して日が浅く、彼等の輪に慣れていないが、それでも自分を隠すことなくさらけ出せる居場所なのだ。

 心が荒んでいる私を受け入れてくれる部活。

 両親の前みたいに表情を作ることなく、クラスメイトみたいに合わせる必要のない、現時点での最高の空間だろう。

 

 私は美術部の扉を開ける。

 まだ神奈子様と諏訪子様がいなくなって、前みたいに心の底から笑えなくなったけど、彼――紫苑君はそれでも良いと言ってくれた。

 少しずつでも大丈夫だと。

 だから私は、また心から笑えるように――

 

 

 

 

 

「おー、取れた取れた」

「よく掬えるよね。どうやったの?」

「……チッ、破れやがった」

「水に接する面を減らすといいですよ」

何スーパーボール掬いしてるんですか

 

 

 

 

 

 部室では絵を描く生徒――は一人も居らず、机やら椅子やらを端に移動させて、部屋の真ん中でスーパーボール掬いをしていた。

 大きなビニールプールに大小様々なスーパーボールが浮かび、ポイを使って男達が一生懸命にボールを狙っている。今に始まったことではないにせよ、思わず彼等にツッコんでしまう。

 どうして彼等は私の想像の斜め上の行動をするのだろうか?

 

 私のツッコミに振り返る黒髪の少年。

 半分破けたポイを片手に、私の入室に気づいた紫苑君が笑顔で迎え入れてくれる。

 

「お疲れー」

「それよりも何故スーパーボールを……」

「いや、未来が持ってきたから適当に遊ぼうかなって。これ意外と面白いな」

 

 むしろ学校に持ってきて、よく教師に気づかれなかったと私は心底思う。近くの机に積まれた荷物のところに自分の鞄を置いて、ボールを取るのに夢中な彼等の元へ移動する。

 この美術部は美術部として機能しておらず、こうやって所属している四人が駄弁って時間を潰すだけの部活と説明を前に受けた。別に絵を描きたい為に入ったわけではないし、私は入部してしまったのだが。

 入部手続きをした当日に囲碁、次の日に部室へ来たとき、かるたをしていたので私は確信した。ここは遊ぶための部活なのだと。

 

 彼等と一緒にいると数日だけでも痛感する。

 この美術部に常識は通用しない。

 

 紫苑君が隣の空間を開けてくれたので、そこに座り込む。座布団まで用意してくれて、屈む形だとスカートの中が見えてしまうので、そこら辺を考慮してくれたのだろう。クラスメイトの男子とは大違いだ。

 補足だが、美術部に入ってから私は紫苑君……この部の男子を名前で呼んでいる。理由は『全員の苗字が複雑すぎて覚えにくいだろ?』とのことだ。確かに難しい。

 個人的には名前で呼び合うような友人が居らず、こうやって本当の親友みたいに名前を呼ぶのは昔から憧れていた。密かな願いが叶ったわけだ。

 

「ふふふ、早苗ちゃんは難しい顔してるね。こういうのは何も考えずにノリで楽しまなくちゃ、人生損しちゃうよ。こうやって大きいボールを――」

「それっ!」

「ぬおぉぉぉぉおおお!?」

 

 マイペースに笑う未来君がボールを掬おうとして、投げられたスーパーボールにポイを破られて、不思議な悲鳴を上げる。

 ボールはプール内に漂っている御椀から投げられたようだ。みんなが掬ったスーパーボールを入れる容器と同じもので、その中に二人の人物(・・・・・)か入っていた。

 小人サイズの少女を見ても驚かなくなった自分がいる。

 一人は緑髪の少女。よく部室で見かける『古明地こいし』ちゃんだ。ボールを投げた張本人である。もう一人は……銀髪の少女。刀を携えており、私は初めて見るタイプ。

 

 彼女等は紫苑君の家に住む小人らしく、『幻想郷』と呼ばれるところから移住してきたのだとか。

 普通なら信じられないことだが、紫苑君が私の『神様が見える』発言を信じてくれた理由の一つらしい。常識が仕事をしていないけれど、受け入れるしかないだろう。

 あと可愛い。見ていて和む。

 

「こいしさん! こいし様! 御椀を揺らさないで下さい!? 落ちます! 落ちますから!」

「このボール、キラキラしてる!」

「あぁ! 水がっ、浸水がっ!?」

 

「えっと、放っておいても大丈夫なんですか?」

「いつものことだからなー。こいしが他人を振り回すか、一緒になって悪ノリするかの二択だし」

「うるせェな……」

 

 私の疑問に黒髪の少年は肩をすくめて、外見不良の兼定君は舌打ちをしながらも御椀をもう一つ水面に浮かべる。ここに避難しろと言うことだろう。

 兼定君の浮かせた御椀に移った少女――魂魄妖夢ちゃんは不良少年に頭を下げて、彼は興味無さそうに鼻を鳴らす。未来君曰く、これはツンデレというものらしい。

 最初は怖かったイメージがあるけれど、接してみて分かる。とても優しい人だ。

 

「あ、僕んところの今日の物理の授業だったんだけどさ、抜き打ち小テストあったよ。教科書32ページの範囲」

「はぁ!? うっわ、俺のクラス明日じゃん。あのハゲチャビンは本当に余計なことしかしねーわ。完全に毛根死滅してほしい」

「あンのクソハゲ小テスト好きだもンなァ。俺様んクラスはハゲが担当じゃねェから関係ねェが」

 

 こうやって真面目に遊びながらも、学校内での情報が飛び交う美術部。その中には私にも有益な情報も含まれることが多いので、注意して聞くようにはしている。

 どうでもいい会話も含まれるけど。

 それはそれで面白い。

 

「というか僕も明日は憂鬱だよ。体育超面倒。あーあ、明日雨にならないかなぁ」

「……っ!」

 

 自分の都合のよい天気を望む。

 幾度となく聞いた言葉に思わず身構えてしまう。クラス内でうんざりするほど頼まれ、私の変化に隣の龍慧先輩が「どうしました?」と声をかけてくる。

 ここは自分のクラスじゃない。

 でも未来君から遠回しにお願いされているような気がして――

 

「だから、てるてる坊主大量生産してきた」

 

 全然そんなことはなかった

 

「あ、俺の分もヨロシク」

「それくらい自分で作りましょうよ……」

「いや、物理嫌でハゲを模したてるてる坊主をリビングに飾ってたら、幻想郷住人から苦情来てさ……。気持ち悪いから外せって」

「むしろ何で模したんですか」

 

 紫苑君の奇行に先輩が呆れているが、私はホッと胸を撫で下ろしていた。

 頼られることが必ずしも嬉しいわけではない。天候操作の件では自分もその部類で、だからこそ無神経に頼んでくる他人を信じることができなくなった。未来君の言葉に反応したのも、それが原因の一つなんだと思う。

 まだ入部して日が浅いけれど、彼等は細々な事を頼まれることはあっても、この中に私に向かって天気を変えてほしいなどと言った人はいない。

 

 

 

 

 そのような心のオアシスみたいな時間も終わりが来る。外も暗くなり、遊んでいた道具を片付けて帰路につくのだ。

 あの家に帰らないといけない。

 思わず溜め息をつきたくなるが、明日も部活はあるのだ。そう自分に言い聞かせる。全員が部室を出て五人で歩いていると、ふと前を歩いていた紫苑君が振り返る。

 

「この後、用事ある奴ー?」

「「「「………」」」」

 

 全員が首を横に振る。

 私も家に帰るだけだ。

 その様子に悪戯っぽい笑みを浮かべた紫苑君が、部室の鍵を人差し指に引っ掻けてクルクル回しながら提案する。

 

 

 

「飯食って帰ろうぜ」

「……はい!」

 

 

 

 以降も時折だが部員で晩御飯を食べに行く。

 その時間も自分の楽しみの一つになる私。

 彼の提案に、私は元気よく肯定の意思を示すのだった。

 

 

 

 




裏話

レミィ「キモッ、何あれキモッ!?」
魔理沙「落武者……? 天辺に髪のない妖怪か?」
咲夜「魔除けでしょうか?」
アリス「何というか……見ているだけで呪われそう」
フラン「あんな奴なんか! お、お兄様が退治してくれるもん!」



霊夢「……アイツ、本当に物作るセンスないわ」
紫「てるてる坊主、なのよね。アレ」



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