島風に、天津風は遥かに強大な敵艦隊相手に手玉に取り戦っているように見えるが、じっくりと双方腰を据えた長期戦になると圧倒的な地力の差が出てしまう。
これまで両艦が怠惰であった、と言うものではなく“駆逐艦”と“最低でも軽巡”というどうしようもない戦力の差であった。
むしろ彼女らは、相手がただの軽巡と空母編成の艦隊ならば、味方の航空支援があればなんとかできる実力の持ち主である。
それが戦艦であっても持ち前の機動力と、味方にもう少し数が入れば――やはりなんとか出来ただろう。
だが、相手に“姫”。
それも戦艦型であるならば、話は違ってくる。
装甲、火力、耐久に知能。
装甲と耐久をとってみても強大なそれらは現状の島風、天津風の武装で抜くことは――仮に戦艦が味方に居たとしても――厳しいのである。
装備している魚雷ならば、命中すれば可能性はあるが何時でも援護できるように上空待機をしている姫自身の直掩機がいる以上、それは現実味に乏しかった。
故に、戦艦棲姫が砲撃を開始すれば両艦の行動遅延の為に張った仮の戦線はあっさりと突破されてしまう。
《くぅ…敵機は減ったけど、姫が出てきたわ。島風!下がるわよ!》
艤装を背負う艦娘とは逆に、艤装に嵌め込まれた。
そう表現するに相応しい姫は、その巨体に相応しい火砲を装備しており当然、そこから打ち出される砲弾は強力で膨大である。
放たれる幾多の砲撃はバルカン砲で軽巡を叩いていた島風を狙ったもので、後方から見ていた天津風は即座に警告を発する。
駆逐艦に命中すればただでは済まないであろう火力に天津風の声には緊張の色が濃く出ている。
《はーいよっと!》
しかし、そこは最速に括りを持つ島風。
天津風からの警告にニッと口で弧を描き、砲撃の効力範囲外にあっさりと待避――しかし、僅か1秒前に彼女が居た地点におびただしい水柱と爆炎が上がり、それが紙一枚程度の余裕であることに示す。
体勢を低く、空気抵抗すら減らし速度を増し次弾を装填中の戦艦棲姫に隙を突き、体勢を僅かに変え、主砲にバルカン砲を敵艦隊方向に打ち出す。
《―――!》
それらが疎らに命中した途端―
島風らには凡そ意味の理解できない、怨嗟の感情が滲む声が響く。
姫の知性ならば、片言であるが言葉を発する事が出来る所へそんな声を…或いは絶叫やら悲鳴。そんな物をあげる所、かなりの苛立ちを見せているようで
《―!》
姫の苛立ちに呼応するように配下の空母すら砲撃を始める。
標的は勿論、先程から攻撃をひらりひらりと躱し続けていた島風である。
《わっ、わっ!あは、あはは!スゴいスゴい!》
軽巡は兎も角、空母からすら飛んでくる砲弾に驚きつつもそれすら回避、しかし流石に距離を取り後方に下がる。
それを逃さん、とばかりに必要に砲撃し接近てくる敵艦隊に天津風は島風を出迎えるように仰角を上げ、バルカン砲をぶっ放す。
上空に敵機は少ないがこうすることによってより遠くへ…敵艦隊の居る地点に届けていた。
《島風!なんか知らないけど、あいつら怒ってるわよ!》
《…?ほんとだ。何でだろ》
少なくとも島風、天津風は姫の艦隊へ攻撃はしたが一隻も沈めれておらず、もっとも攻撃を浴びせた軽巡ですら精々中破といった所なのだ。
味方の損害に無頓着――と言うわけではないが、荒れほどまでの憤りを現すなどはじめての事で島風は飛翔する砲弾を回避しつつ、小首を傾げるという器用なマネをしていた。
《…―!!》
勿論、当たらない攻撃に余裕綽々に見える島風の態度。
小賢しくチマチマと攻撃を当ててくる天津風。
その両者への苛立ちも、大きい。
であるが、その怒りの根元は―ルフトシュピーゲルングに根差していた。
当然、蜃気楼の存在を姫は知らない。
しかし、手持ちの精鋭部隊の艦隊の尽くをほぼ強制的に引き抜かれてしまい、本来なら多少手を焼く程度で蹴散らせる駆逐艦二隻に良いように翻弄されている。
―あの引き抜きさえなければ!
そんな憤りを覚えるのには理由がある。
蜃気楼と遭遇した深海棲艦の尽くは消し飛ばされ、情報も伝わらない。
しかし、突如として防戦に手一杯だった人類―日本帝国が大規模襲撃を掛けてきた。
太平洋での早々陥落しないであろうと思っていた防御拠点の“消滅”
一方的に蹂躙され消える艦隊。
その両方の疑問は一直線上にある代物が引き起こしているように思えてならない。
太平洋拠点の度重なる陥落と消滅は全くもって想定外の事であった。
地上の大国同士の“ホットライン”があるように、深海棲艦も独自の意思を疎通するための代物は存在していた。
そこで話されていた事は、多少の拠点の陥落は想定内。と言うことである。
この言葉の意図は、あえて艦娘達を自勢力内に引き込み彼女らの持つ装備を奪う事であった。
攻勢に出てくれば―誘い出せば沈めるチャンスなのだ。
優秀な装備をする艦を集中的に狙い沈め…それを元に生産し同胞に装備させる。
深海棲艦は自力で開発する能力は乏しい故の策である。
仮に沈める事が出来なくとも、入手する手がない訳でもないし、そもそも拠点に出来る泊地など幾らでも作れるのだ。
一つの泊地を落とされる度に、二つ泊地を作れば攻略は間に合わない。
向こうは備蓄資材が尽きれば、艦隊行動すら取れなくなるからだ。
故に安泰である、こちらは待ち受けて迎撃してあわよくばよい装備が手にはいる。
―凡そ、そのような認識であった。
だが、それは過去の話になっていた。
泊地を落とし、その足で別の泊地を叩き潰される。
これまでの艦娘達の行動パターンからは想像も出来ない、烈火の如きの攻勢に激減する泊地の数、艦隊ごと叩き潰され全滅していく事――実に半月。
君塚艦隊や近隣の鎮守府、米国らも協力し調べ、発見されていた泊地や拠点は悉く破壊されており艦隊の補充や建設が全く間に合わない状態になっていたのだった。
確かに、潰される度に新たな拠点を作れば良い。
しかし、一日で3つも4つも潰されれば話にならない。
しかもそこからは残存艦はほぼゼロなのである。
通商破壊に遠征していた部隊などは沈まずに済むが、何がどうやって破壊したのかは謎のままである。
膨大な数を擁していた、太平洋深海棲艦部隊の尽くは壊滅、精鋭艦隊も姫も巻き込まれるように消えており、結果的にまだ余力のある鉄底海峡の“巣”を筆頭に各海域から引き抜きを行っているのだった。
《――》
太平洋など何時でも取り返せる。
日米は強大な敵であるが、やはりどうにかなる。
分断作戦など放っておけばいい、どうせ足並みは崩れるだろうし、その間に他の国を追い詰めれば良い。
なのに、それに付き合わなければならない我が身の不幸――否、怒り。
不幸に嘆く等という情は無い。
怒り。憤怒。激怒。
意味は同じだ、だが度合いが違う。
―ぶつける相手はなんでも良い。
この腹底に溜まる、ヘドロのような物。
これを力として砲を唸らせ、目の前の駆逐艦共を打ち砕くのだ。
或いは八つ当たり、と称される行為であるが偶然にも“原因”と同じ艦隊の所属艦娘である事は―奇跡。
それを知る事は無いが、兎も角この鬱憤を晴らす。
後方から駆逐艦共の味方が、全力で接近してくるのを感知しつつも――どうせならこの駆逐艦共を目の前で砕き、目の前で貪ってやろうか。
そうだ、足でも腕でも肉を食らっている所を見せつけて茫然とした顔をみてやろうか。
いや、そのあと怒りに染まり―それを、打倒し。
――絶望する所をみよう、そうすれば大いに溜飲を下げる事が出来る筈。
同調した怒りがそんな薄暗い期待に変わる。
…ニタリ、と口角が上がる。
姫だけではない、空母も、重巡も、軽巡も。
砲撃すら止めて、嘲笑を浮かべる。
一様にニタニタとした、粘っこいそれを
《な、なんなの…?怒ったかと思えば笑いだした…?》
《……きっと、よからぬ事を考えてるんだよー》
豹変した様子の敵艦隊に、距離をとり何時でも回避行動に入れるように停止した両者はその変化に戸惑う。
島風ですら眉を潜め警戒の色を浮かべ天津風に至っては底冷えしそうな嫌な予感に僅かに青ざめてしまう。
まるで時間が停止したような、重苦しい雰囲気に波音だけ響く、それが永遠に続くかと思い出した所へ――
《島風、天津風、両艦とも防戦感謝する。よくぞ姫相手に耐えた!》
陰鬱な気配に染まる海域のそれを吹き飛ばすように、全速で長門と大和が突入してくる。
ニタニタ笑う深海棲艦も、島風と天津風もその声に弾かれるように前者は出迎えの砲撃を。
後者はするりと長門、大和の背後へ何時でも援護に出れる位置につく。
《全艦、斉射!この長門に続け!》
姫率いる艦隊より放たれ、着弾した巨大な水柱を生み出した砲弾に僅かな興味も引かれることなく、勢いよく右腕をピンと伸ばし敵を指し示す。
同時に砲が唸る、長門だけでなく大和も同時に主砲を放つ。
それは台湾奪還戦の最終戦であり。
A号作戦序盤の幕引きを飾る戦いの本格的な始まりの合図でもあった。