カルデアス@西暦14292年7月6日   作:乃伊

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6章終了~7章開始間での分岐IF。


観測篇(1)

 過去を観測する電脳魔ラプラスの開発。

 地球環境モデル・カルデアスの投影。

 近未来観測レンズ・シバの完成。

 そして、それらを運用する人理継続保障機関フィニス・カルデア────

 

 

 西暦2015年。人類は、ついに未来の観測を実現した。

 そして同時に知る。未来の地球が、赤く朱く焼却されていることを。

 

 

 

「でもさあ。もっと先まで回したら、なんか見えるんじゃないですか?」

 

 それは、何の気なしの発言だった。

 人類史を修復する旅路の中の、休憩時間における一コマ。カルデア最後のマスター・ぐだ子の疑問に、カルデア暫定統括を務めるドクター・ロマンは笑って答える。

 

「あはは、どうだろうね? そもそも、行き止まり(人類滅亡)の先を覗きこむことに、カルデアスとシバを動かすだけの意義があるのかどうか……あ、意義って言葉久々に使ったなあと思ったら何故か胃痛が」

 

 返事の途中で、ドクターはなぜか突然、緩んだ頬を引きつらせて謎の痙攣を起こし始めた。医学研究の徒である彼にとって、研究意義という言葉は武器であると同時に猛毒でもあるという。よくわからないので、ぐだ子は煎餅をかじった。ぐだ子は勉学が分からぬ。特に社会の成績は5段階中の2であった。しかしそんな彼女にも、煎餅の美味しさは十二分に分かるのだ。

 うん、しょっぱくておいしい。

 

「はい先輩、お茶ですよ」

 

「うむ、マシュ。くるしゅうない……あ、茶柱立ってる」

 

「デミ・サーヴァントですから。精密動作性も大幅向上中ですので」

 

「ああ、銃弾をつまんで止める的な感じ?」

 

「はい、茶柱をつまんで立てる的な感じです」

 

「なるほど……ズズズッ……マシュの指はいいダシが取れるのう」

 

「…………あの。冗談ですよ? 先輩?」

 

 何やら慌て始めた少女──マシュは今日も可愛いなあ!──を鑑賞しながら、ぐだ子はお茶をぴちゃぴちゃ舐めた。熱いのも苦いのもそれほど得意じゃないが、マシュが淹れてくれたなら話は別だ。親しみの表れめいた、渾身の(可愛らしい!)ジョークを添えてバランスもいい。

 

「ううう……やめてください所長、ボクの研究補助金(グラント)申請書とレフ教授の申請書を並べて見ながら溜息つくのをやめてください……!」

 

「ドクター、いい加減正気に戻って。……で、どうなんです? 未来見れないかな?」

 

「……はっ、ボクは一体何を…………と。質問だったね。正直言えば、『試したことはないし、技術的に可能かどうかもわからない』かな。カルデアの目的からして、そんな遠未来を見る必要はなかったんだ。人類の現在から少し先の未来まで、転ばないよう足元の道を照らせればいいんだから」

 

「ええと、自転車のライト的な?」

 

「まあ、そんなところ。所長ならもうちょっと崇高なイメージを求めるだろうけどね」

 

「自転車……運転経験はありませんが、騎乗スキルでいけるでしょうか……?」

 

「マシュは本当に可愛いなあ!! よしよし、今度私と特訓しよう! 私が後ろから押してあげる。大丈夫、絶対手を離したりしないから」

 

 首をひねるマシュに、ぐだ子が抱きつく。くすぐったそうに身をよじるマシュ。手をわきわきさせるぐだ子。ドクター・ロマンはその手の動きに、マシュの乗った自転車の荷台を後ろで握ったり離したりするぐだ子の姿を幻視した。

 

「……まあ。必要性はともかく『遠未来の観測』それ自体は、興味深いテーマではあるよね」

 

「じゃあやってみましょうよドクター! ああ~なんだか私、すごく一万二千年くらい後の地球を見てみたい気分だなあ~、きっと人類滅亡後に進化したイカ人間たちがナワバリ争いしてるんじゃないかなあ~……」

 

「やけに具体的な予想だね……」

 

「そして私は一万二千年後の人々に問いかけるんですよ……『世界を救うのは? 愛 or お金』、と……二分される人々、はじまる戦い、祭り(フェス)の時間だ……!」

 

「アルトリアさんに水鉄砲を借りなきゃですね……。ところで先輩! わたしは、それはやっぱり愛だと思います!」

 

「そう? ところでマシュ、聖晶石は大人買い(9,800円)がお買い得だよ?」

 

「ううっ……そう言われるとお金も大事なのでしょうか……」

 

 悪魔めいた囁きに屈しかけるマシュ。ロマンの目が細まった。

 このようにして、課金に魂を惹かれたガチャの民が生まれるのだ。ガチャの民とは被搾取民である。資本家を豚めいて肥え太らせる餌である。やはり焼却しかないのか。人類は、自分の手で自分を裁いて、自然に対し、地球に対して、贖罪しなければならないのか。だが、ならば過剰課金(オーバーロード)で自爆してゆくガチャの民が見せた、あの笑顔は何だ……?

 

「……まあ。お金の話はさておき、だ。カルデアの資源も多少は余裕が出てきたし、ぐだ子ちゃんが見たいって言うなら、カルデアスとシバのセッティングをしてもいいよ。ボクとしても興味があるし、ダ・ヴィンチちゃんも見たがるんじゃないかなあ」

 

「やったー!」

 

 ともあれ、そういうことになったのであった。

 

 

◆◇◆

 

 

 地球環境モデル・カルデアス。

 高度な魔術理論によって構築されたそれは、数多の生命を内包する地球そのものを「一個の魂を持つ存在」として捉え、その星の魂とでも言うべきモノを複写・投影することで創りだされている。

 そうして作られた地球モデルを、未来へ未来へと回転させ、状態の変化を専用の観測レンズ・シバによって読み取る……それが、カルデアの誇る未来観測の仕組みである。

 

「ずいぶん難しいことやってるんですね」

 

「ははは、褒めてくれていいよ。……まあ、やったのは主に所長と先代とレフ元教授だけどね」

 

 以前、ドクターとそんなやり取りを交わした記憶があった。ぐだ子としては別にカルデアスの仕組みになんて興味はなかったのだけれど、「特異点修復担当すなわち当事者である以上は、知識があるに越したことはない」と主張するドクターからあれこれ説明されたのである。

 

 普段はちゃらんぽらんな癖して「知は力」的なことを言い出すあたり、ドクター・ロマンもやはり一人のインテリなのであろう。というか医者だ。そりゃあ、インテリに決まっていた。

 

(だけど、革命はいつもインテリが始めるんだ……そして夢みたいな理想で過激なことばかりするから、人理焼却なんて限度知らずのことを始めたりするし、ドクターのようなインテリは反対してこのカルデアでレジスタンスをやる)

 

「ん、どうしたいぐだ子ちゃん。眉間にシワなんか寄せちゃって、そんなに難しかった?」

 

「ああ、いえ。もし歴史のいつかどこかで、この地球に生きる人間全てに叡智を授けることができていたなら、こんなことにはなっていないんでしょうね」

 

「……本当に大丈夫かいぐだ子ちゃん、目が正気の色じゃないよ、ぐんじょう色だよ?」

 

「むう。たまに良いこと言ってみればこの扱いですか。ふーん、いいです分かりましたー、ならば私は、私の母になってくれる鯖の元へと召されましょう!」

 

 そう言って、蜘蛛めいた3次元立体機動を披露しつつぐだ子はその場を立ち去ったのであった。

 

「きゃー!?」

 

 ……源頼光(ライトニング)かブーディカに慰めてもらおうと思ったけれど、途中でマシュを見かけたので、容赦なく回収してマイルームで撫でくり回した。君はいいサーヴァントであったが、君の上司殿がいけないのですよ。

 

 

◆◇◆

 

 

「……むむぅ」

 

 過去の記憶を掘り返して、ぐだ子は呻き声を上げる。9割9分が(自分の発した)ノイズであったが、ジャンクめいて埋もれていた必要知識の想起判定には成功した。

 

 カルデアスの仕組みがややこしいのは回想の通り。それに加えて、観測できるのは構築された地球モデルの表層のみだったはずだ。つまり、上空からの観測結果しか得られないということになる。だが、文明が存続しているかどうか確認するにはそれでも十分なのだという。

 

 なぜなら、人の歴史が続く限り、都市文明の光は夜を照らし続けるだろうからだ。

 

(だけど、あるときからその光が観測できなくなって、カルデアは調査班を原因らしき時空特異点Fに派遣した。……私たちのグランドオーダーの始まりか)

 

 ……よし、脳内情報の整理完了。あとはこの知識を使って「計画」を実行に移すだけである。ぐだ子は悪い笑みを浮かべた。なるほど、知恵こそ力! んん~、いい時代になったものだ。

 

 

◆◇◆

 

 

「さあさあ、皆さんお立ち会い。御用のない方お急ぎでない方、ゆっくり聞いてお行きなさい。急いでる方も行動ポイント(AP)には限りがあるんだから、休憩と思ってちょっくら聞いといでー」

 

 カルデアスの鎮座する作戦室、その扉の前でぐだ子は道行く職員やらサーヴァントやらに声をかけている。反応はといえば、不審者を見る目でスルーする者が1割、いつもの発作かと暖かな目で見守る者が8割、メディカルルームへ通報(ホットライン)する者が1割であった。

 

「……メディカルルームの方から来ました─。って、何してるんですか、先輩?」

 

「ん、マシュ? ……ああ、ちょっとしたレクリエーションを企画してね。『遠未来観測特別企画! 第1回・人類の後継者を当てようトトカルチョ!』っていうんだけど、マシュもどう?」

 

「とと……いや、それ賭博ですよね!?」

 

 通報者は連絡先を間違ったらしい、とマシュは思った。それが誰かは知らないが、コールすべきは119ではなく110だっただろう。……まあ、通報したところで警察などいないのだが。

 カルデアの治安担当といえば、自称・正義の味方(親子2代)、処刑人(暗殺者(アサシン))、汝は竜!(罪ありき)くらいのものである。まったく、人類の黄昏時にふさわしい末法ぶりであった。

 

「まあまあ、軽い息抜きだし硬いこと言いっこなしでさ。今のところトップが猿で次点がイカ、水着勢からはウリボウが熱烈に支持されてるね……あ、大穴には珪素生物なんてのもあるよ!」

 

 詐欺師めいて軽薄な笑みを浮かべる己の主に、ははぁ、とマシュは嘆息する。

 大事にならない範囲でやる分には構わないと思うのだが、そもそもグランドオーダー開始までカルデアの施設から出ることがあまりなかったマシュにとって、「動物」という知識のくくりで識るばかりの生き物たちが、ヒトに取って代わるような存在たりうるという実感は乏しかった。ウリボウ? 人語を話す怪生物は動物じゃなくてUMA分類なので除外。除外です。

 

「へへへ嬢ちゃん、これはチャンスなんや。チャンスを間違えたらあかんで……!」

 

「変な口調で揉み手するのをやめてください」

 

「チャンスを掴め! チェイスザチャンスや!」

 

「胸を揉むのもやめてください!」

 

「払いは聖晶石……現物1個から受け付けておりやすぜ?」

 

「本当なんなんですその口調……あと、何の気まぐれかと思えば、そういうことですか……」

 

 聖晶石とは、カルデアでの召喚駆動エネルギー源として用いられる虹色の金平糖めいた結晶物だ。マシュのマスターことぐだ子は、それら聖晶石を集めることと、集めた石を湯水の如く浪費して召喚サークルを回すことに至上の快楽を覚える人種である。ぐだ子がカルデアで日々精勤するのも、その目的の何割かは出勤手当(ログインボーナス)であろうというのが専らの見解であった。

 

「コホン。で、どうかなマシュ。思い出投資だと思って一口乗ってみない?」

 

「思い出、ですか……?」

 

「そう、たとえ外れても思い出が残るから実質プラス! 『カネより思い出』ってやつだね!」

 

「賭博の胴元が言うと、これ以上なく胡散臭いですね」

 

 他愛無いやり取りを交わしつつも、マシュはマスターの提案を検討する。人類が滅んだ後、何か他の生物が生き残り、進化して、再び文明を築く……新たなる霊長……星とヒトの抑止力……ヒトの定義とは……アラヤ……阿頼耶識……うっ頭が。

 

 マシュは額から血が吹き出すような錯覚を味わった。出血立ち絵も久しぶりに再利用された。……どうも、考えてはいけないことを考えてしまった気がする。おそらくはブラヴァツキー女史あたりに任せておくべき案件であろう。

 思考を停止し、主人への答えを見繕う。……どうせなら、ハッピーエンドが良いと思った。

 

「ええと、そうですね。『実は既に宇宙進出していた人類が帰ってくる』とかどうでしょう?」

 

「そのネタもうやったじゃん」

 

「宇宙進出をですか? よく分かりませんが、じゃあ……」

 

「いや、それでいいよ。大穴『ヒト』入りまーす……これ当たったら人理焼却(笑)だなあ」

 

「でも、どうやって確認するんですか? カルデアスでは大雑把な光の分布しか見えませんが」

 

「ま、そこは場のノリでね。ほら、イカならイカっぽい光になるんじゃなイカ?」

 

 適当である。

 

 要はカルデアという閉塞空間に暮らす皆……特にレイシフトできない職員たちへの気晴らしの材料がほしいのだろう。真偽は二の次、どんちゃん騒ぎのネタに出来ればいいということなのだ。……さすが先輩、普段はアレでも、英雄たちのマスターだけあってやっぱり人の上に立つ器量があるんだなあ!

 

 と、マシュは了解した。

 胴元(ぐだ子)の取り分がどうなっているのか、彼女が知ることはない。全員が外れた場合、胴元が掛け金を総取りするルールであることも。既に観測結果がどう転んでもぐだ子に損はない、正しく一人勝ちの舞台が人知れず完成していたのだ!

 

 まさに恐るべきは人類最後のマスターたる才女の悪知恵。勿論、こんな無法が許されるのも、その治安を構成員の良心に依るところが大きいカルデアだからこそであるが……

 

(ふふふ……憲兵どもに怯える『提督』や警察の常連と化した『プロデューサー』たちの、嫉妬と怨嗟の声が聞こえてくるようだよ! 愉悦!)

 

 

 ……さて。そうこうしている間にも、ぐだ子が持つ投票箱には次々とアフターマン候補たちを記した投票用紙が放り込まれていく。

 

「んー……こんなもんかなあ」

 

 ぐだ子は最後に『予想:ヒト マシュ』と書いた紙を放り込み、箱の蓋を閉じた。

 

「じゃ、答え合わせと行きますか!」

 

 

◆◇◆

 

 

 現代芸術オブジェめいて大小幾重にも連なる金属輪の中に、地球環境モデル・カルデアスは青い輝きを放ちながら浮かんでいる。

 

「やあ、来たね、ぐだ子ちゃん。こっちは準備できてるよ」

 

 にこやかに笑いかけるドクター・ロマンに挨拶を返したぐだ子は、マシュを連れたままカルデアスの前に進み出た。

 

 ──目を焼くほどの輝きではない。

 

 むしろ穏やかな印象さえ覚える小さな地上の星には、しかし決して触れてはならないのだという。位相の異なる存在をカルデアの機材群によって安定させてはいるものの、その本質は太陽やブラックホールにも喩えられる異次元超高密度情報体である。触れれば最後、その内なる無限獄に取り込まれ、圧縮崩壊し、チリひとつ残さず消滅するだろうとドクターから脅されていた。

 

「……南無南無」

 

 むにゃむにゃと、カルデアスに向かって手を合わせながらオルガマリー所長の冥福を祈る。

 そういえば、所長は教会の信徒だっただろうか? ……まあ、何教だったとしても弔詞なんてろくに知らないので仕方ない。ぐだ子は、一般的日本人レベルの宗教知識しか持ち合わせていないのである。

 

 ……長い冒険の中で、古代の聖女がヒール系女子プロレスラーめいてレオタードを愛用していることや、ギリシャ神話の月の女神様が相当にキてること、他にも股間が可愛らしい事で有名なダビデ王はブヒるよ、かなりブヒることなど、様々な独自宗教知識を得てきた気もするが、彼女はあくまで自分が一般人であると自負していた。

 

「……一般人って、なんでしょうね?」

 

「私だよマシュ。正直このカルデアに私以外の一般人などいないと言っても過言じゃないね」

 

「……先輩がオンリーワンであること自体には、異論ありませんが」

 

 そんな主従二人の後方には、続々と観客たちが押し寄せてきている。ぐだ子の賭けに乗った者、乗らなかった者、いずれにせよ彼女は随分手広く宣伝して回ったし、それだけの甲斐はあったらしい。改めて見れば、このカルデアに所属するほぼ全ての人員が集っていた。

 

 頃合いを見計らってぐだ子が振り返れば、その姿はカルデアスの放つ淡く青い燐光を纏っている。何らかの神秘性すら感じさせると、観衆一同に思わせる立ち姿であった。

 

「レディース・アンド・ジェントルメン……人類最後の砦、希望の時航船カルデアへようこそ……! 今宵、君たちは目撃する……人類の未来、受け継ぎし者の真実を……!」

 

 ざわ。ざわ。ざわわ……

 威迫を滲ませるマスターの姿に、サーヴァントたちは動じ……あるいは動じなかったり……「ウィーピピー!」「いいぞー! もっとやれー!」……ヤジを投げたりした。最後列では既に酒盛りが始まっている。要するに、いつもの光景であった。

 

「なるほど元気がいいらしい、大いに結構……! なぜなら、我々は勝たねばならないからだ……次なる第7の聖杯、西暦以前、魔術王ソロモンの編みし最古の特異点……すなわち魔境……深淵の叡智……!」

 

「あいつ、完全にノリだけで喋ってんな」

 

 酒盛り勢の一人、クー・フーリン(プロト)がボソリと呟く。ケルト系サーヴァントはだいたい全員その場に集まっていて、マスターを肴に酒を飲んでいる。ネタ的な意味で、あるいは性的な意味でも。もちろん、両方同時に楽しめる豪の者も多かった。

 

「口を開かなければ、わりと正統派の美少女なのだがね。それとも、ああいうのも意外にイケたりするのかい、なあディルムッド? 奇人変人系美少女が照れて真っ赤になって、文字通りガワの剥がれた赤裸々ガールに変身しちゃうのいいよね……」

 

「いぃ……いえ! 良くありません! 確かにマスターは魅力的な人物ですが、そのような!」

 

「マスター? 何のことかな? 私は一般論を述べているだけだが?」

 

「ぐ……」

 

「ははははは! イッツァジョーク! ジョークだよディルムッド! ああ、酒が進むなあ! 更にここですかさず我が親指をチュパれば、鮭の塩味と脂が程よく口の中に広がって……ウマイ!」

 

 フィン・マックール、大満足の宴であった────

 

 

 ──一方その頃。

 特に意味もなくシリアスな雰囲気で繰り広げられていた、ぐだ子のトークライブもネタ切れが近づいていた。

 

 無論、人類史の特異点を単純に6つ、特異点もどきまで含めれば両手で足りないほどの人類の未来を救ってきたカルデアのマスターの実力を持ってすれば、宴の引き伸ばしなど容易い。

 それはもう、ふと気づいたらFGO公式サイトのストーリーに記された人類滅亡の予定期限が1年伸びていたりするレベルの強大な引き伸ばし(ちから)であり、あるいは麻雀漫画で例えるならば、半荘6回で17年引き伸ばすような偉業も理論上不可能ではないのである。各章ラストのGrand Battleほどに緊迫した状況ならば、ターン開始時にカード5枚取る描写だけで数ヶ月は掛けられよう。続くスター配分シーンで更に倍。

 

「……長くなりましたが……要するに、これは例えるならば『ギャンブル』……! たとえこの世界、人類史全てに介入できる力を持った魔術王だとしても……捻じ曲げられない……! 死と……博打の目だけは……! 金枠が礼装1枚(最低保証)だけの10連……レベル最大直前での極大成功……ミスだらけの皇帝特権……天賦の叡智……マハトマ!」

 

「ええっと、先輩は、『全てが魔術王の思惑通りに運ぶわけじゃない、運否天賦がある限り、付け入る隙も必ずある』的なことを言っている……と思います」

 

「ええー本当にござるかー」

 

「死と博打の出目は誤魔化せないって、そりゃあオレもそう思うけどさあ……何だかなあ……」

 

「なるほど地上にあってファラオに不可能なく万物万象我が手中にありと言えども王ならざる者の言葉であるというならば運に頼るも必定……その言を許す!」

 

 また別の一隅には、アイス食べつつ傍観の体をとる和系サーヴァントの一団がある。

 その一人、最近では風流人枠からネタ枠に移行しつつある佐々木小次郎が、どこからともなく花札を取り出して両儀式(殺)を誘う。懐かしげに式が札を広げ、そのうちの一枚『鶴に松』を手にした瞬間、彼女の背後に無限の光輝(オジマンディアス)が出現した。絵柄に太陽があったから出番だと思ったのだろうか。……もしかしたら、ぐだ子のランダム確率の話に一口乗りたかったのかもしれない。『太陽神(ラー)の加護』的な意味で。

 

「運否天賦、何するものぞ! 最強ファラオの戦い(デュエル)は全て必然! ドローカードさえもファラオが創造する! 我が業を見よ! そして絶望せよ! ドロー! 『芒に太陽(レッドサン・オン・ザ・レッドスカイ)』!」

 

「それもう只の赤い空でござるなあ……」

 

「ていうか花札ってそういうゲームじゃないから」

 

 やれやれと呟く式の横から、同じくらい居丈高な声が飛ぶ。

 

「フハハハハハ! やるではないか太陽の! ならば(オレ)も見せよう、我が原初のTCGを……! 来たれい、玖大なる力(パワーナイン)よ!」

 

 新たに現れた男の真名は、原初の英雄王ギルガメッシュ。彼が操る(カード)とは無論、最古のトレーディングカードゲーム、すなわちMagic: The Gatheringである!

 

「アルファ版のパワー9だと!?」

 

「傷一つ無い、しかも完璧な印刷……超美品(ミント)……いや、おそらくは最美品(ジェムミント)!」

 

「なっ、パジェロより高いという、あの伝説の……!」

 

「やめろー! それをスリーブに入れずに使うんじゃねぇー! 人死にが出るぞー!」

 

 他のサーヴァント達も話に乱入し、もう滅茶苦茶であった。どこからかポケモンカードを取り出す者、なぜか運び込まれているムシキングの筐体(黒ひげが持ち出したラブandベリーは無視された)、突如現れたデュエル・マスターズ世代、シャドウバースに勤しむノッブ、トランプに原点回帰する者たち……

 

 そんな彼らの様子を、壁際から見ている者がいた。

 真名をエミヤという……アサシンの方である。

 

「あなたは混ざらないの?」

 

「……君か」

 

 掛けられた声に振り向けば、そこにはもう一人の両儀式の姿があった。日本刀を携えた、こちらは剣士(セイバー)の方だ。

 

「ああいう賑やかなのは、慣れなくてね。それに、今はあちらの方に興味がある」

 

 そう言って、促すように視線を投げた先には、カルデアスとそれを調整する機材スタッフたちの姿がある。彼の思うところを察したのか、式は微笑んだ。都合の良い想像か? だが、透き通るような笑みだった。そういう風に笑う女を、エミヤはここで初めて見たと思う。少なくとも、かつて彼が生きた島、街、そして数多の戦場……そこにあった「笑う」とは根本的に異なるものだと感覚した。しかし同時に、言葉で言い表せぬ懐かしさも。

 

「……『限定領域内の時間を無限加速させ、宇宙の終焉を観測する』ことで根源に至る。僕の父、衛宮矩賢が目指し、果たせなかったユメだ。それ自体は過ぎたことだが……もしカルデアが遠未来の観測を可能とするなら、その道の先には根源が待つことになる」

 

 一息に語り、自身の饒舌さに驚く。なぜだか、言葉が流れるように口をついて出た。それは、目の前の彼女が、その『根源』を誰より深く知る者であるゆえか。あるいは。

 

「……君は。君は、どう思う」

 

「難しいことを聞くのね?」

 

 そう言って、式はくすりと笑う。思わず、目を奪われた。エミヤは、何かを思い出しそうな気がしている。なぜだろうか、その儚く透明な笑みを、自分は知っている気がする……

 

「そうね。質問に質問を返すようだけれど……そもそも『根源』って、何かしら?」

 

「それを他ならぬ君(根源接続者)が聞くのか?」

 

「私は魔術師ではないもの。貴方達のユメ(根源)と、私の知るそれ(根源)が同じだとは断言できないわ」

 

「……万物の始まりであり、万象の終わりであるもの。ゆえに、全てがそこにあるもの。それが僕の知る『根源』だ」

 

「ふふ、『全てがそこにある』かどうかは分からないわね。少なくとも、このカルデアは私にとっての『初めて』で溢れている。知識が有ることと、それを実感することとは別の話だわ」

 

 煙に巻くようなことを言う。しかし同時にそれが偽りの言ではないことも確かであり、エミヤはただ相槌を打つ他にない。

 

「……そういうものか」

 

「ええ、そういうものよ。ところで、魔術師さん。『万物の始まりであり、万象の終わりであるもの』とは何かしら?」

 

「……?」

 

 エミヤは、質問の意図を判じかねる。彼の質問から始まったはずの会話の主導権は、しかし既に完全に相手の手中にあった。式は可笑しそうに微笑む。

 

「その答えは……それこそ、根源だろう」

 

「ええ。そうね」

 

 あっさりと認める。何を言いたいのか?

 

「では、同じ質問を魔術師でない人にしたなら、何と答えると思う?」

 

 答えを返そうとして、一瞬、エミヤは言葉に詰まった。この会話が流れていく先を察したからだ。式は微笑みを一層深くする。何がそんなに面白い。

 

「……科学の話なら、全ての始まりとはビッグバン、終わりはビッグクランチだ」

 

「ということは、根源とはビッグバンなのかしら? あるいはビッグクランチ?」

 

「それは……」

 

 それは、違う。エミヤは否定しようとする。根源とはそういうものではないはずだ。だが……その真偽を、彼女以外の誰が知る? エミヤは魔法使いではない。根源に興味など無い。むしろ、生前には仕事以外でのそういういわゆる「魔術の深淵」との関わりをあえて避けていた節すらあった。

 だが同時に、父・矩賢が根源へ往く()()として求めたはずの宇宙の終焉(ビッグクランチ)が、彼の()()……根源と同一であったなどとは断じて認められなかった。父への愛だの何だのと、そういう話ではない。()()()()。手段と目的を取り違えるなど、正に生前の己のようではないか。救うために殺す。救い(殺し)続けて、殺し(救い)続けて、いつしかその天秤に載せるべき全ての救いたかったモノが失われていた。その愚行の似姿を己が父に求めるなど。唾棄すべき逃避に他ならないと思ったのだ。

 

「……ごめんなさい、少し意地悪な質問だったわね。でも、ちょっと似ているでしょう? どちらも人はそれが在ると知っている……信じているのに、その実際を知る人は殆どいない。知って尚帰ってきた人は、殊更いないのだから」

 

「……ただそれだけで似ていると言うならば、賛同はできないな」

 

 内心の動揺を押し殺し、努めてそう冷たく返す。言い返してから、怒っても良い場面だったと気づいた。父を揶揄されたと怒らなかったのは、内心の引け目からか。渋面を作るエミヤに、式は意外そうに目を瞬かせて何やら考え出した。ややあって、言葉を継ぐ。

 

「……話を続けてもいいのかしら? では、もう少し宇宙の話をしましょう。根源は、『根源の渦』とも言うくらいだから渦を巻くものよね。ブラックホールの絵を見たことがある? あれは、一般に渦を巻くものとして描かれるわ」

 

 そう言って式は、ぐるぐる、と人差し指を回す。渦巻きを表現しようとしているのだろうが、それは先程までの彼女に比して、随分と稚気じみた振る舞いに思われた。エミヤは無表情の裏に困惑を隠さざるをえない。眼前の女にどう対応するべきか、どうにも測りかねていた。

 

「ブラックホールと同じ数だけ根源の渦があるとは知らなかったが」

 

「……無論、道も入口も一つではありませんもの。事象の地平面(シュヴァルツシルト面)ごとブラックホールを叩き割るくらいの気概があれば、第二のビッグバンを起こすことだって不可能ではないでしょうね」

 

不可能(ビッグバン)を実現する方法が明らかに不可能(事象の地平面の崩壊)では、意味が無いだろう」

 

 もう一度、冷たく返す。式はため息を付いた。

 

「……ふう。そうね。やっぱり、嘘をつくのは苦手だわ。人を騙すって、どんなものかしらと思ったのだけど」

 

 悪びれもせず、そのようなことを言う。根源とビッグバン、あるいはビッグクランチ。察するに、彼女も同一だなどとは思っていないのだ。ここまでのやり取りも、おそらく単なる言葉遊びにすぎない……無駄に会話が続いたのは、彼女自身、その話題の切りどころを捉え損ねたからか。あるいは、自分相手にただその『言葉遊び』を続けたかっただけなのか。

 

 あまりにも俯瞰的な、あるいは本質を直視しすぎるような普段の彼女と、今のように時折垣間見えるどこか幼子のようなあどけなさ。

 大人のような子供。子供のような大人。その矛盾は、エミヤ自身が生前抱え込んできたものだ。彼の絶望は彼を誰より速く大人びさせ、しかし彼の夢が彼を誰よりも子供じみた在り方に縛り付けた。そんな、生。

 

 しかし、その矛盾を拒んだ己と違い、それを矛盾したまま受け入れた在り様こそが、彼女を特別な彼女たらしめているのかもしれなかった。

 

 ──ああ、駄目だ。「両儀式」の在り方について考えるのは、そのマスターの役目だろう。少なくとも、それは自分のすべき事ではない。

 

「パーティでの話し相手が欲しいなら、他を探してくれないか。正直、僕は向きじゃない」

 

「そうなの? 私は楽しかったけれど」

 

「……」

 

 やはり、よくワカラナイ女だ。こういうときは撤退するに限る。

 エミヤはその場を辞することを決めた。

 ……しかし、なぜだろう。その時ふと、先刻からの疑問を確かめようという気になったのは。

 

「……こういうことを聞くのも何だが。ついでに、聞いておきたい。なぜだか、君のような人間と会ったことがある気がするんだ。いつどこで知り合ったのかもわからない話だが……」

 

 言葉の途中で、開きかけた口が固まった。

 エミヤを見返す両義式の目が、奇妙な輝きを帯びて見えたからだ。

 

「…………それは。私は、「 」に近いから。透明なのよ。貴方は、きっとそういう、誰の色にも染まっていない透明な誰かと出会ったことがあるのでしょうね」

 

 あるいは、出会う運命にあったのか。

 そう告げる返答の声色は、意外なほどに真摯で。エミヤは再び反応に窮する。

 知らず、泳いだ視線が別の集団で歓談する一人の女に行き着き、その女は視線に気づいたのか柔らかな笑みを返してきた。慌てて視線をそらす。その様を、両儀式の目が尚も見つめていた。

 

「彼女ではないわ」

 

「……何のことだ」

 

「雪のような白といえども、色は色。透明というのは、文字通り何もないことなのだから」

 

 雪のような、白。言われてみれば、妙にあの女を表すのにしっくりと来る表現だった。天の衣(アイリスフィール)。聖杯を体現する者。「第四次聖杯戦争」特異点での奇妙な邂逅と別れ。結局のところ、自分と彼女の運命が交わることはなかった。だというのに────

 

 ────あの時から、何かを背負い込んだ気がしている。

 

「……無論、人は誰しも無垢にて生まれるもの。舞う雪の白さに理由があるように、彼女にもその在り方の由縁たる()()がいるのでしょうね」

 

 ……白雪の如き女。そのように、女を染め上げた誰か。エミヤは強いて表情を隠す。なぜか、その存在についての思考は、彼に著しい不快感と理性の混乱をもたらすように思われた。……それが嫉妬であるとエミヤが気づくのは、これからずっと後のことだ。

 

「……あの女の話はどうでもいい。話のついでに君に既視感を覚える理由を知りたいと思っただけなのだが、考えてみれば僕というサーヴァントの性能には全く関わりのないことだな。長話をさせてすまなかった。これで失礼するよ」

 

 まくし立てるように辞去の言葉を述べて、足早にその場を離れる。歩きながら周囲を見やる。新たな話し相手が必要だった。この宴会場で一人になった己に向かって、あの女(アイリスフィール)が話しかけに来るのを躊躇うような話し相手が。

 

 

 

 

 

 

「おひょー! エミヤ氏もいかがですかな、この黒ひげへの放置(ネグレクト)プレイが新たな性癖を産んだ! 『ラブandベリー』の特別カスタマイズMODその名も『クロandイリ「良いじゃないか、ぜひ混ぜてもらおう」

 

 周囲3メートル四方に女の姿がない空間があった。

 迷わず飛び込み、空間の主の誘いに乗った。

 

 ……数秒後、その愚を悟る。

 画面に写っているのと瓜二つの少女たちが。その紅い方の少女とよく似た外套を纏った弓兵が。そして、己の後方から歩み寄り話しかけようとしていた天の衣(アイリスフィール)が、一斉にその目を背け、エミヤの半径3メートル四方から離れていった。

 

 くすり、と笑う声がする。

 振り返っても誰もいない。怪訝な表情で首を戻したエミヤを、両儀式が見つめていた。穏やかな、しかし少しだけ悲しそうな目であった。

 

 

◆◇◆

 

 

「……頑張って話したのに、私の話を真剣に聞いてるサーヴァントが全然いないじゃないか!」

 

「そう思うなら真面目にやりましょう先輩」

 

「と言われても、これからやることなんて、シバのレンズ調節して未来地球の投影して結果発表して終わりじゃん」

 

「あ、手はず自体はちゃんと整っているんですね」

 

「まあね。んー、じゃあそろそろ発表行こうか。はーい、みんな注目ー!」

 

 忘年会が良い感じに盛り上がってきたところで挿入されるビンゴゲームめいたノリで、ぐだ子は観衆の注意を集める。スタッフに合図を送り、カルデアスが見えやすいように照明を落とした。

 

「さあ、待ちに待った結果発表です! 人類が栄える前、地球を支配していたのは恐竜でした。では、もし人類が滅んだなら、その後を受け継ぎ栄えるのは一体何者なのでしょーか!?」

 

「ぐだ子ちゃん、こっちは準備オッケーだよ!」

 

 機材担当ダ・ヴィンチちゃんの言葉にうなずき返し、人類最後のマスターはその手を高く掲げた。その背には青のカルデアス。表示している時間座標は、最後に訪れた第6特異点──すなわち、西暦1273年である。

 

「それじゃあ────まずは焼却未来、2017年までかな。さあ、廻れ!」




注:この作品はEXTELLAおよび7章公開前に書き始めたものなので、最新の設定が反映されていない可能性があります……と思っていたら、早速7章とネタ被りをやらかした件。qkde!
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