カルデアス@西暦14292年7月6日   作:乃伊

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観測篇(2)

 フオン……フオン……フォン、フォン、フォン、フォン、フィフィフィフィフィ……

 

 風を切るような音が鳴り響き、カルデアスが未来に向かってその色を変えていく。

 開始時点は最後に訪れた第6特異点、すなわち西暦1273年。人理定礎が修復されたことにより、青い、慣れ親しんだ地球が映し出されている。

 

 その傍らにはニキシー管が配置され、カルデアスに連動して表示時刻を示していた。とうの昔に生産中止されたはずのレトロなそれは、ダ・ヴィンチちゃんの趣味の備品だと聞いている。

 

 (1280……1290……1300……1320……1340……)

 

 カルデアスが動き始めるとともに一瞬静まり返った室内は、再び微かなざわめきをそこかしこに蘇らせつつあった。

 加速度的に時を進めるニキシー管を、マシュは見つめる。年以下の月日時分秒の表示は、もはやサーヴァントの目にも高速すぎて読み取ることが出来ない。

 

 (1400……1450……1500……1550……1600……)

 

 己の目の前で飛ぶように過ぎゆく時間の一瞬一瞬に、人は生まれ、そして死ぬのだ。

 「人生五十年」の時代から数百年が過ぎ、人類はもう随分遠いところに来たはずだ。それでも、その生は依然として有限で、悲しくなるほどに短い。

 

 まして、この身には常人ほどの時間など残されてはいないだろう。

 それがどれほどのものかは分からないけれど……マシュはただ、その一日一日が少しでも長く、敬愛する先輩とともに歩める日々であればいいなと、それだけを願っていた。

 

 (1650……1700……1800……1900……!)

 

 そこで一転して、カルデアスはスピードを落とし始める。「その瞬間」を見るためだろう。

 部屋に集った観客達も、再び声を潜めている。人類の危機を知り、召喚に応じた英雄たちと言えども、カルデアがカルデアス上で観測した「焼却」そのものの有様を見た者は、そう多くない。

 

 (1950……1975……1990……2000……2005……2010、11、12、13、14、15……16)

 

 ゆっくりと、その時が訪れる。

 過去から疾走してきたカルデアスが「今」を追い抜き、西暦2017年に至る。

 そして。

 

 (ああ)

 

 マシュは祈るように瞑目し、そして、開く。2017。地球は赤く燃えていた。

 様々な感情を押し殺したような気配が、周囲から伝わってくる。当然だ。人が滅んだのだ。頭で知っているとは言え、召喚に応じた時点で納得していたとは言え、その滅びを前にして、動じずにいられるはずなどなかった。

 

 おそるおそる、マシュは傍らを見る。

 先輩の表情は、よくわからなかった。怒っているのか、悲しんでいるのか、あるいは……

 

「……マシュ。考えてみたら、これももう見納めだね」

 

「……え?」

 

 ……どちらでもなかった。ぐだ子は、穏やかによくワカラナイことを口にした。

 

「あ、カメラ持ってくればよかった。ミスったなーゲオル先生貸してくんないかなー」

 

「あの、先輩……?」

 

 困惑するマシュを見て、ぐだ子は愉快そうに笑う。

 

「見納めだよ、マシュ。もう7つの特異点のうち6つは修復したんだから、次で終わり。真っ赤な地球を見られるのも、次のレイシフトで大体最後ってことになるね」

 

「あ……」

 

「でしょ?」

 

「あ、は、はい! そうですよね、次で……次で、特異点修復が終わるんですよね!」

 

「そ。そしたら後は、あの褐色白髪(ソロモン)野郎にアイアンクローかますだけ。ふふふ、手間掛けさせやがってあの野郎ドウシテクレヨウカ」

 

 旅が終わったらどうなるのか。一抹の……いや、押し潰されそうなほどの不安がある。でも、それは自分の内に秘めておくべきもので。だからマシュは無言のうなずきを返事に代えた。口を開けばきっと歯止めが効かなくなって、それは先輩に心配させてしまうことだろうから。

 

(先輩に任せよう。私はただ、それを全力で助ける。それでいい。それだけで、いい)

 

「さて、現状把握が出来たところで、それじゃあ本番行ってみよう。とりあえず、ざっと1万年先くらいまで──廻れ!」

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 フォン……フォン……

 

 再び、カルデアスがその表示を変えていく。少しずつその速度を上げながら時間は進み、真っ赤だった地球は徐々に暗く、黒に染まっていく。焼き尽くせば、あとは消えるだけだ。

 

 フィ、フィ、フィフィフィフィフィ……

 

 やがて、赤く燃えていた地球から再び光が消え果てたあたりで、表示時間が徐々にまた加速し始めた。

 

 (2100……2200……2350……2500……2700……)

 

 ニキシー管の表示に目を遣りつつ、ぐだ子は傍らのマシュを抱き寄せる。気弱なところのある後輩が不安を抱えていることは知っていた。しかし、かと言って何を出来るわけでもない。この旅の先に何があるのか、ぐだ子自身にも分かりはしないのだから。

 

 (3000……3300……3600……4000……4400……)

 

 暗い球体に文明の灯が蘇る気配はない。

 こうしてみると、人類が灯りを得ていた西暦の数百年の方が異常であったようにさえ感じる。夜を照らす文明の光。自然にはない光。異常、ゆえに偉業。ぐだ子は脳裏に浮かぶ直流(エジソン)交流(テスラ)のドヤ顔を振り払った。

 

 異常。……ならば、この暗い夜こそが正常なのか? それも違うと思った。私達だって、あの地球で生きていたのだ。どちらが正しいとか、そういう問題ではないのだろう。きっと。

 

(……あれ、なんだろう? カルデアスの表面で小さな光が点いたり消えたりしている……あれは……文明? いや、違う。文明はもっと、バァーッて光るもんな……)

 

 ちらちらと瞬くように、輝いては消える光の点がある。落雷や噴火によって生じた野火だろうか。……古代、人々はその火種をそういう自然の火に求めたと聞いたのを思い出した。プロメテウスが人類に火を与える前の話だ。オリオン(アルテミス)嘘付かない。

 ならば、あの暗い未来地球は文明以前の、ある意味で神代に近い世界なのかもしれなかった。

 

 あれ。なんだっけ。

 魔術ってのは知る人が増えるほど、そして時間が経つほど神秘を薄めるとか何とか、そんな事をメディア先生が言っていた気がする。だったら人口全部リセットすれば、その辺ある程度は初期化できるんじゃないだろうか。ゲームを最初からやり直す的な話ではあるけど……

 

 (5000……5500……)

 

 例えば、人類が太刀打ち出来ないような脅威が現れて、抑止力やらグランド何ちゃらでもどうしようもなくなったとする。……ああ、そうか。それは、もしかしたら戦ってどうにかなる敵じゃあ無かったのかもしれない。

 

 ウリボウの島で過ごした、あの奇妙な夏を思い出す。魔猪を倒したとして、ウリボウの文明はどのみち袋小路だった。スカサハ師匠が全てをなかったことにしたけれど、そうでなければ行き過ぎた文明化それ自体がウリボウを滅ぼしていただろう。

 

 ……人理の焼却と、ルーンの忘却。それは、本質的に同じことではないだろうか。

 

 カルデアが保証する未来は、せいぜい百年先まで。でも、もし百年、いや何百年も前から私達が少しずつ破滅への道を歩んでいたとしたら。気づいたときには、もう手遅れで。「リセット」するしかなかったとしたら。

 

 ……妄想じみた仮定だ。破滅への道? 私達が、これから何を失うというのだろうか?

 21世紀、魔術は廃れたと言えども、科学全盛の時代だ。そりゃあバラ色の未来とまではいかなくても、医療は進歩し、人はより長く豊かに生き続けられるようになった。

 

 ……だから。そんな私達の未来が、その果てに失うものとしたら。

 

(死、かな)

 

(……情熱、かも。生きることへの……)

 

 もし人類が、生きて生きて生き過ぎて、「もう生きたくない」と思ってしまったなら。それは、きっとどうしようもない終わりの時だ。だったら、豊かに進歩し続ける現在は、カルデアすら見通せない遠い未来の破滅への一本道だったのかもしれない。

 

(空に水。水に空。月の空には……)

 

 ふと、そんなフレーズを思い出した。続きは何だったか。というか、どこで聞いたのだったか。記憶にない。ひょっとしたら前世かもしれない。いや前前世、もしかしたら前前前世かも。

 

(……時を越えてなお忘れなかった記憶。運命だとか未来だとかって言葉がどれだけ手を伸ばそうと届かない場所で、再び巡り逢う二人! いわゆるナイスな展開ってやつだよね)

 

 うん。やっぱり、難しいことよりは楽しいことを考えるほうが好きだ。この世界が、甘い空想に浸るには少しばかりややこしく出来ているとしても。

 

 

 ……運命だとか未来だとかの手が届かない場所(カルデア)で再び巡り逢った二人の実例(エミヤ&アルトリア)を、ぐだ子は半眼で見やる。その二人は、なんというか……乾いていた。

 

 酒宴用にこしらえたらしいエミヤ(弓)の料理を美味しそうに、そしてどこか懐かしげに口へ運ぶアルトリア(青)の表情には、親愛と敬愛が見て取れる。それを満足気に見るエミヤにも。良好な関係といえるだろう。ただ、どうしようもなく乾いていることを除けば。

 

 契約のラインを通じて二人の過去を知っているマスターとしては、もっとウェットに行っても良いんじゃないかと思わないでもない。いやまあ、(エミヤ)/彼女(/ アルトリア)が愛した相手は彼女(「その」アルトリア)/(/ 衛宮士郎)じゃないから仕方ないんだけど……とにかくもう、めちゃくちゃ面倒臭い関係だった。

 

 というか、アルトリア多すぎ問題である。

 例を挙げるなら、三葉のクローバーの茂みの中からただ一つしかない四葉を見出すような……いや、彼らの関係は無数の三葉の中から狙った三葉だけを選び出すようなものだ。運命(フェイト)(ちから)がいくらあっても足りないだろうと言わざるを得ない。

 あるいは、待ち合わせ場所が間違っているか。運命だとか未来だとかの手が届かない場所(カルデア)ではなく、運命だとか未来だとかの手が届かない場所(アヴァロン)に行けばきっと間違いないだろう。ぜひ頑張って欲しい。

 

「ところでマシュ……もしもマシュと私がはぐれたら、どこで待ち合わせすればいいと思う?」

 

「え、なんですか? 急に」

 

「いいから、ほら。どこに行ったらマシュと会えるかなあ」

 

「私は先輩のそばを離れませんよ。でも、もしはぐれてしまったら……そうですね……どこからでも見えるくらい、頑張って目立ちます!」

 

「おお!」

 

 この引っ込み思案系後輩がそんなことを宣言するなんて! ぐだ子は感動した。感動のあまり、手が出た。「んっ……!」息を呑むも抵抗しないマシュをいいことに熱烈な抱擁(ハグ)を思う存分プレゼントするぐだ子。……その様を、二人の足元から、地を這う清姫が見上げていた。

 

「突然のきよひーナンデ!? コワイ!」

 

 咄嗟に後ろへ飛び退ったぐだ子の足元(ロー)へ、闖入者(きよひー)は蛇めいてまとわり付く。にゅるんにゅるんと下半身から四肢を絡め取られる主人(ぐだ子)の姿を、マシュは慄きつつも見ていることしかできなかった。蛇の奇襲、すなわち足元(ロー)からの攻撃とは、盾を持つ者の弱点3点セット──足元・頭上・背後──の一つである。要は相性が悪いのである。

 

「───────ッ」

 

 戦慄するマシュの吐息は、知らず、いつしか微熱を帯びていた。

 

 そう、戦慄だ。マシュは自身の感覚をそう定義づける。

 背筋を走るこのゾクゾクは、恐るべき強敵を相手にした戦慄なのだ。戦慄と言うには何だかちょっとキモチイイようなゾクゾク感だけれど、これは決して目の前の二人の艶姿に興奮しているのではなく、そう、武者震い。武者震いなのだ。あの偉大なレオニダス王もよくやっているアレだ。日頃のブートキャンプが功を奏して、私もスパルタに近づきつつあるのかもしれない。きっと────

 

「───────♥♥♥」

 

 後日、その辺の話を聞いて「窮地にあって武者震いとは、それこそ正に守護者の真骨頂ですぞ─!」とばかりに意気揚々と乗り込んできたレオニダスが、詳しい事情を知って大変困惑したそうな。

 

 

 ……閑話休題。

 何やら悶えているマシュはしばらく役に立ちそうもないので、ぐだ子は自力で清姫を引っぺがす事にした。いくら蛇系といえども実際蛇そのものではないのだから、こう、脇の下に両手を突っ込めば女の子一人くらい容易に持ち上げ──

 

「ああん♥」

 

 ──喘がれた。大変にエロい声で喘がれた。

 繰り返しになるが、清姫は実際蛇そのものじゃないので、それはもう良い声で鳴くのである。生前の安珍様もさぞや惑わされたであろう。

 

 かくして、前方の悶えるマシュ、後方の耳元で喘ぐきよひーの構図が完成する。心なしか声質も似ている気がする。ぐだ子は何だか色々どうでもよくなって、抵抗する気も失せ果てた。

 そんな脱力した獲物(ぐだ子)へ、好機到来とばかりに蛇が甘言を囁く。ぐだ子は知る由もないが、突然現れたこの清姫、そもそも助言しに来ていたのだ。まあ、どうせなら耳元で囁やこうと絡みついたあたりで目的と手段が逆転して、色欲方向に全力で走り出したのではあるが。

 

「……ねぇマスター、先程のお話ですけれど。わたくし、燃やせばいいと思いますわ」

 

「……何の話だっけ?」

 

「恋人とはぐれたときに再会する方法を話していたのでしょう? そういうときは、とりあえず周りの物を片っ端から燃やせばいいって、八百屋のお七ちゃんがそう言ってましたわよ」

 

「放火ダメ絶対すぎる……」

 

「ああ、でも……いっそ自分の身を薪と為すのもアリかもしれませんわね……悲劇の運命、巡り逢い、そして炎へと消える二人……」

 

 言うだけ言って、うっとりとトリップし始めた清姫を尻目にニキシー管へと目をやれば、表示は既に8000を越えていた。西暦8000年。SFとしても盛り過ぎの類だろうと思わないでもない。

 

(あれ?)

 

 ふと、スタッフ席がざわついているのに気づいた。ダ・ヴィンチちゃんとドクターが何やら焦っているように見える。トラブルだろうか? 確認してみようと思った。

 

 

◆◇◆

 

 

「どうしたんですか?」

 

「ああ、ぐだ子ちゃん。ちょっとトラブル。そろそろまたカルデアスの速度を落とそうと思ったんだけど、なんでか指令を受け付けてくれないんだよね」

 

 そう言いながら、ドクターはコンソールのキーを叩く。停止コマンドが送信されたようだが、カルデアスは変わらず超高速で時間を刻み続けている。

 

「うーん、緊急停止も出来なくはないけど、あんまりやりたくないんだよなあ」

 

「ケーブルが緩んでるとか」

 

「ひと通りチェックはしたのさ。こっちに問題はないはずなんだが……ビジー状態なのかもしれないな」

 

「ビジー?」

 

「高速で演算し続けているわけだからね。そっちの処理で手一杯で他の命令を聞く余裕がない、みたいな。もうちょっとだけ様子を見て────」

 

 ブガー! ブガー! ブガー!

 

 ドクターの言葉は、急に鳴り出した非常ブザーの音でかき消された。

 

「なんだ、一体!」

 

「カルデアス、シバ、時間加速を開始! 指令を受け付けません!」

 

「加速!? 指示すらしてないのに!?」

 

「ロマニ、緊急停止だ! これ以上の続行は支持できない!」

 

「同感だよレオナルド! 緊急停止(エマージェンシー・ストップ)、プログラム実行(ドライブ)!」

 

 ……その結果を、ぐだ子はなんとなく予想できる気がしていた。旅路の中で無数のトラブルに巻き込まれ続けた結果、いつしかこの手の状況のお約束と言うか、そういうものを体得していたのである。

 とりあえず、ぐだ子はマシュを呼んで隣に控えさせることにした。少しの間があって、ビープ音が間抜けに響く。案の定、また何かエラーを起こしたらしい。

 

「馬鹿な! 緊急停止コマンドすら拒絶するなんて、ありえない事態だぞこれは!」

 

 混乱するスタッフ一同から視線を移せば、ニキシー管の表示は既に10000の大台を越えていた。そして……11000。どこまで行くのだろう。ぐだ子はとうに、行き着くところまで見届ける構えである。人事をつくして天命を待つ。成るように成るさ、どうにも成らなかったら後は勇気で補えばいい、そんな開き直りめいた図太さが人類最後のマスターには宿っている。それをぐだ子同様に勇気と呼ぶかは、見解の別れるところであるが。

 

「うんうん、勇者の冒険にはトラブルが付き物よね!」

 

「そうそう。やっぱブレイブな奴は良くわかってるよ」

 

「ブレイブじゃないアタシはちょっとガクブルしてるんですけど! これ冗談抜きでやばくない!? ヤバイ系の音してるわよ!?」

 

 ひょっこり寄ってきたブレイブ系エリちゃんとぐだ子が意気投合している横で、ノーマル系エリちゃんが怯えている。彼女を怖がらせるとは、中々に骨太なトラブルが待っているのであろう。

 

 ヒィィィィィィィィィィィィィン!!!

 

 カルデアス、そしてシバの発する音は既に飛行機のエンジン音か何かみたいになっている。表示は13000……いや、14000になったか。ぐだ子がそう認識した瞬間、

 

 ブガー! ブガー! ブガー!

 

 再び、けたたましくブザー音が鳴り響いた。

 

 爆音に思わず顔をしかめたぐだ子の横で、オペレーター嬢が負けじと声を張り上げる。

 

「カルデアス、座標情報が異常変動しています!」

 

「──座標!? 地球モデルの座標がなんでおかしくなる!?」

 

「ロマニ。この座標変動、これ、地球の公転軌道を逸れているよ。それに、座標情報の変化を信じるなら、物理的にも加速していることになる」

 

「…………レオナルド。ごめん、僕にはお手上げだ。様子を見る以外の手を思いつかない」

 

 よく分からないが、理解できた限りでは1万2千年後の地球は本来の軌道を外れてどこかへすっ飛んでいる最中らしい。未来では太陽系第3惑星使ったピンボールでも流行り始めたのだろうか?

 

 不安なのか身を固くするマシュを撫でさすりながら、ぐだ子は思考を巡らせる。完全に傍観の体だ。この手の理不尽な事態は、とりあえず流されるだけ流されてから対策するものだと彼女の本能が悟っていた。異常事態(イベント)に巻き込まれすぎたゆえの過剰適応とも言えよう。

 

 ……そういうわけで特に動じていないぐだ子であったが、視点を変えたときに、その動じなさが彼女の契約サーヴァントおよびカルデア職員らを精神的動揺から多少なり救っていることには、全く気づいていない。

 

 

 ブガー! ブガー! ブガー! 三度、非常ブザー。

 

「……はぁ。今度は何?」

 

 ドクター含め、カルデア職員も開き直り始めたらしい。

 

「全観測情報ロストです! カルデアスは未だ健在なれど、シバ、地球モデルの状態を観測できていません!」

 

カルデアス(被観測対象)じゃなくてシバ(観測レンズ)に問題発生? どんどん訳が分からなくなるな」

 

「……あれ? ちょっと待って。この状況、何か、わたしの脳裏に嫌な閃きが────」

 

 それを横で見ていたダ・ヴィンチちゃんが何事か言い掛けたとき、

 

 

 ZGGGGGGGGGGGGGGGGG!!!

 

「うわっ!?」

 

「先輩!?」

 

 地面がぐらりと揺らぎ、カルデア中の警報が狂ったように鳴り始めた。

 

 

「オペレーター! 状況報告!」

 

「は、はい! ええっと…、え!? 今度は、カ、カルデアの時空間座標が変動しています!」

 

「何だって!?」

 

 ドクターが、オペレーター嬢を突き飛ばすように観測モニタに駆け寄る。

 

「馬鹿な……」

 

 そして、震えだした。

 横で見ていたぐだ子も、徐々に己の内にシリアスモードが戻ってくるのを感じた。

 

(カルデアって、時間的に世界から切り離されているはずだよね……だからソロモンにも見つかってないわけだし。それが、動いてるってことは……干渉されてる? でも何に?)

 

「解析出ました! カルデアの時空間座標の変動、カルデアスの座標変化と強い相関を示しています!」

 

「……まさか。引きずられているのか?」

 

 呟いたのは、ダ・ヴィンチちゃんだ。ドクターが振り向く。

 

「レオナルド! 何かわかったのか!?」

 

「ああ、いや、推測に過ぎないが……未来の地球はどこかへ引き寄せられているんじゃないか? そして、それを観測する機材たるカルデアスとシバ、更に観測者たる我々もまたその『どこか』へ引きずり込まれつつある……」

 

「待て、おかしい! 未来地球はともかく、観測者たる僕らがどうして影響を受ける!?」

 

「そりゃあ、アレだ。この先に待っているのが()()()()()()()()()()()なんじゃないのかな」

 

 見たら死ぬ系。

 そう言ってダ・ヴィンチちゃんは笑った。ドクターは笑っていない。

 

「……待て。待ってくれ。もしかして、我々が観測しつつあるのは」

 

「……見たら帰ってこれなくなるモノ。シバ(観測レンズ)に光を返さない……つまり光より速く引きずり込むモノ。つまりそれは、」

 

 ()()()()()()

 

 二人の声は同時だった。

 そしてその直後、ひときわ凄まじい揺れがカルデアを襲った。

 

 振動に足元を掬われ体勢を崩したぐだ子は、咄嗟にすぐそばの機材机にしがみつき、そのままぶら下がり……今の揺れで部屋そのものがほぼ直角に傾いたことを認識する。激しい揺れが繰り返し襲ってきて、しびれ始めた手が机から離れないようにするので精一杯だった。

 

 (……先輩!)

 

 下の方から、マシュの声が聴こえる。横倒しになった部屋の底──つまり元壁面──にいるのだろう、おそらく他の皆も。大人しく落ちてしまうべきだったのか? あるいは今からでも? 逡巡。しかし決断する間もなく次の大揺れが襲い来る。思考を放棄し、机に引っ掛けた指先に意識を集中した。

 

 ……だからだろう。次の瞬間、ぐだ子の反応が遅れたのは。

 

 ガギン!

 

 何か、破滅的な音がした。ぐだ子が見上げた頭上で、カルデアスを支える金属輪の一つがゆっくりと脱落し、組み合わさった周囲の金属輪を巻き込んで落下を始めていた。

 そしてその後ろ、支えを失ったカルデアスがぐらりと揺らぎ、追いかけるように落ちてくる。

 

 その様を、ぐだ子はただ見つめていることしかできなかった。

 

 時間にすれば一瞬だっただろう。

 世界がスローモーションに見えているのは、死が近いせいか。

 

 背後から数条の矢が飛んできて、ぐだ子に直撃せんとする金属輪を撃ち落とした。それでも、その後ろにあるカルデアスを逸らすことはできない。矢が、銃弾が、光弾が吸い込まれていく。

 今すぐ手を離して自分も落ちるべきなのに、ぐだ子は魅入られたようにカルデアスから目を離すことができなかった。呆けたように、意識も身体も動こうとしない。

 

 迫りくるカルデアスは暗く、暗く、それでもこうして近づけば、その暗さが先程まで見ていたものとは少しだけ違うことに気づく。

 

(……なんだ。マシュが正解だったんじゃん)

 

 鈍化する時間の中で、ゆっくりと近づきつつある暗い球体をよくよく見れば、それは、そこかしこに微かな光を灯していた。

 ずっと昔に社会の授業で見た、夜の地球の衛星写真を思い出す。野火なんかじゃない。あれは文明の光だ。なぜかは分からないけれど、人は未来の地球で生き残っていて、そして、意図的に灯りを点けていないんだ。だから、こんなにも暗い。けれど、こんなにも慕わしい。

 

 ────ああ、よかった。

 

 四方の壁が亀裂を生む音と、みんなが自分を呼ぶ声をどこか遠くに聞きながら、ぐだ子は笑う。何がそんなに嬉しいのか、自分でも分からなかった。人類が滅んでいなかったから? きっとそうではない。もっと違う、何か個人的な理由に基づく喜びを無意識の内に見出したのだと、そう思った。

 

 その、次の瞬間。安心したからか呆気なく指先が滑り、ぐだ子の身体は重力に引かれるままに落下した。落下しながら、まだ彼女は笑っていた。落ちることへの恐怖は不思議となく、むしろ今のカルデアスをもっと間近で見たかったなという感傷が勝っていた。

 

 ……そして、その感傷は、下からすごい勢いで飛び込んできた後輩によって爆散させられた。

 

「オゴッ!?」

 

「先輩!!!」

 

「……ハヒュ(マシュ)?」

 

 自分を呼ぶ声と、自分の顔面を押し包むマシュマロの感覚から、ぐだ子は飛来物の正体を認識する。ぐだ子の顔面は柔らかくも油断ならぬ質量を有する双丘によって圧迫され、その胴と脚も真正面から自分を抱きしめる少女の四肢によってガッチリと固定されていた。背には大盾が回されている。マシュのマシュによるぐだ子のための360度完全包囲(ガード)が確立した瞬間であった。

 

ハヒュ(マシュ)ふるひぃ(くるしい)

 

「えっ? あ、失礼を」

 

 マシュマロに顔面を押し潰されて呼吸困難になっている主に気づいたマシュはよじるように身体を動かし、ぐだ子は辛うじてその顔をあげることに成功した。

 くるくると、視界が回っている。それはつまり、下から飛び上がってきたマシュが自分を掴んだ勢いのまま回転&自由落下運動に興じているということであり、さっき自分の感傷を打ち砕いた一撃の正体とは、親愛なるデミ・サーヴァントの全力ジャンプ体当たりであったらしい。

 

「良い一撃(もん)持ってんじゃんかよ……」

 

 呟くぐだ子を小脇に抱え直し、マシュは右手に持った大盾を近くの壁面に突き立てて落下の勢いを殺す。見下ろした先で、サーヴァントたちがカルデアスタッフを抱えて退避していた。

 

 壁にぶら下がる二人の横を金属輪がかすめ、そして、カルデアスが通り過ぎていく。手を伸ばしても届かない距離だ。

 ──ああ、行ってしまう。私を置いて行ってしまう。

 なぜか、無性に、締め付けられるように、ぐだ子の胸が痛んだ。

 

 

 ……その瞬間。彼女の思考に応えたかのようなタイミングで、再びカルデアスが輝いた。

 

「────え」

 

 光が急速に暗い星の表面へと広がり、奔流と成る。

 

「────ああ、」

 

 無秩序な野火じゃない。見知った都市の光でもない。光の波は、やがて、幾つかの文字をかたどった。

 

『────オ・カ・エ・リ・ナ・サ』

 

(……あれ、私、泣いて──)

 

『・ト』

 

(────ト!?!?!?)

 

 オカエリナサト。

 

 その光は、そう、読めた。

 

 …………いや。いやいやいや。何だそれ。決めるところはしっかり決めろよな。

 

 ニューロンの速度で渾身のツッコミを入れたぐだ子は、流れかけた涙が引っ込むのを感じる。

 

 ……と、誤魔化すように、『ト』の斜め横線がその灯りを消した。

 次いで、一際強い光が縦線と化した『|』の真ん中左側に生じ、一筋の光条と化して右斜上へと長く長く伸びていく。

 

 『イ』。

 

(グダグダすぎる……)

 

 思わず、笑いがこみ上げてきた。

 1万2千年後の地球人類が何者かなんて想像もできないけれど、私達の時代から相も変わらずグダグダやっているらしい。

 というか、星一つ丸ごと使ってメッセージ作るとか、どんだけ目立ちたがり屋だよという話である。少しはマシュの謙虚さを見習ってほしい。さすがメイン(シールダー)だ、格が違うのだ。

 

 

 そんな事を考えながら、くつくつと喉を鳴らして顔を上げる。見上げた頭上のニキシー管は辛うじて落下することなく……しかし、その表示はいつの間にか止まっていた。

 

 表示時刻────西暦14292年7月6日。

 

 視線を下ろせば、カルデアスは既に遥か下方にある。

 

 ────そして、星が落ちた。

 

 先に脱落した金属輪がけたたましい音を立てて部屋の底を打ち、次いで、カルデアスが音もなく貫通してその先へと突き抜けた。ドクターが何か叫んでいる。カルデアスが落ち行く先、つまり我らがカルデアの壁の外には、無限の暗黒が広がっていた。

 

「……宇宙? それともブラックホールかな?」

 

「落ち着いてる場合ですか先輩!」

 

 マシュから抱きしめられる力が増した。

 カルデアスが落ちた壁にはその何倍もの大きさの穴が空き、その大穴から暗黒の空間へと光球に戻ったカルデアスが流れていくのが見える。既にそれは、夜空の星のように小さく、儚い光だった。遠く遠く光は飛び行き、ぐだ子は己に千里眼が無いことを悔やみ、その光がやがて暗い闇に呑まれようとした────そのとき。

 

 

 光を包むように、手が伸びてきた。大きな……大きな手だった。

 

 

「え」

 

 その『手』は(カルデアス)を包み込むように左右を重ね、そして、その腕が、肩が、そしてその更に先にある『手』の主の顔が大穴を覗く。

 

 巨人が。とても綺麗な巨人がそこにいた。

 

 巨人は燃えるような火の色で、その髪もまた、一際強く燃え盛るように輝いていた。

 人ではない。けれど、とても美しい女性……いや、きっと、それは美しい女の子だった。

 

 刹那、ぐだ子と巨人は見つめ合った。

 巨人は、笑った…………と、ぐだ子は思う。

 

 巨人は無言でぐだ子に頷き、振り返り、力強く跳躍する。

 跳びゆく先で、宇宙の暗黒が割れた。暗黒の裂け目から、光が溢れた。

 

(……地球(カルデアス)を、よろしくね)

 

 心の中でそう呟いて、ぐだ子は巨人を見送った。

 

 ────有り得ない邂逅だったのだと思う。

 

 人理焼却によって時間と空間から切り離された時空特異点カルデアが、その内に秘めた異次元超高密度情報体(カルデアス)を暴走させた。イレギュラー中のイレギュラー。だから巨人は、『彼女』はやって来たのだ。言葉を交わすことはなかったけれど、きっと『彼女』は、どこか遠いところから地球を見守っていたのだろう。

 それは私達の地球じゃなかったのかもしれない。多元に広がる宇宙の、どこか想像もつかないような、別の可能性、別の特異点、そういうものが有り得るのだと、歪んだ時空を巡る旅の中で私達は知ってきたのだ。

 

 光は広がり続ける。

 それは、無限遠にも思えた遠い裂け目から、眼下に広がる暗黒を飲み込み、いずれ私達も。

 

 強く、マシュの手を握った。

 マシュの手が、私の手を同じくらい強く握り返した。

 

「最後まで一緒にいよう、マシュ」

 

「ずっと一緒ですよ、先輩」

 

 そして、世界が光で満ち溢れ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

「────オカエリナサイ、というのだったかな。貴様らの言語では」

 

 

 ……目を覚ますと、敵の黒幕(魔術王ソロモン)が目の前に立っていました。

 

「うあああああああああ!」

 

「おい待てッ……オゴッ!?」

 

 ……思わず、手が出ちゃいました。喉元に。

 

「先輩!? 一体何事ですかっ!?」

 

 隣で寝ていたマシュが飛び起きると、その惨状を見て固まった。気絶する前との落差で思考が停止したようだ。ぐだ子は片手でソロモンを掴み上げたまま、寝坊助さんに微笑みかけた。

 

「おはようマシュ。今日は燃えるゴミの日だったかな?」

 

「……おはようございます。燃えるゴミは金曜日です……今日はプラスチックですね」

 

「プラスチック製では……ないなあ」

 

 そう言って、残念そうに手を下ろす。ソロモンは舌打ちして、掴まれ乱れた髪を整え直した。

 

「えっと、何の用? 私が起きる前からそこに居たんだから、戦いに来たんじゃないんでしょ」

 

 断定調で話しかける。平成日本出身の一般人ぐだ子であるが、なんやかんやと物騒な経験値を積み上げた結果、敵意の有無くらいは分かるようになったのである。

 それに、目の前のソロモンの様子は以前ロンドンで会ったときとは異なっていた。少なくとも、会話が成立しそうな気がするくらいには。

 

「チッ、賢しらな口を……まあいい。貴様らに良い知らせと悪い知らせを持ってきたのだがな」

 

 そういうのは口頭じゃなくて【インフォメーション】に書いといてほしいんだけどなあ、とは口に出さず、努めてにこやかに次の言葉を待つぐだ子。ちなみに右手はまだソロモンの襟元にある。獲物を天高く掲げんとワキワキ蠢くぐだ子の指を不快そうにしながら、ソロモンは告げた。

 

「では、良い知らせからいこうか────おめでとう。お前たちは人理焼却を阻止したぞ」

 

「────は?」

 

 その言葉が脳細胞に届き、その意味を理解して尚、認識が追いつかなかった。

 余裕ぶった表情から一転、呆けたようになったぐだ子の指を乱暴に引き剥がすと、ソロモンは口元を吊り上げて嗤う。そうして、次の言葉を告げた。

 

「そして、悪い知らせだ────貴様らのせいで、地球と人類は滅亡する」

 

「────何、を」

 

 言葉を失うぐだ子を、愉悦と不快さの入り混じった表情でソロモンは睥睨した。

 彼自身、このような結末など望んではいなかった。カルデアのマスターが7つの特異点を越えたなら、あの紀元前の魔境を越えて尚その命を保っていたなら、そのとき改めて謁見の栄を与えるはずだったのである。

 だが、この女は、そしてカルデアは、然るべき流れ(シナリオ)を無視して愚かにも破滅を呼び込んだのだ。それも、彼の編んだ人理焼却など塵芥の如く吹き飛ばすような、どうしようもない破滅の災厄を。

 

「己の愚かさに言葉も出ないか。だが、呆けている暇はないぞ」

 

 パクパクと、何か言おうとして口を半開きにするカルデアのマスターに向かって畳み掛けるように言う。実際、時間はなかった。彼の千里眼のみが知りうる滅びが、既に遥かな彼方で目覚め始めているのだから。

 

「────ちょっと、待って。訳が……わからないんだけど」

 

 とりあえず、事情を聞こうというくらいには理性が回復したらしい。凡俗にしては悪くない適応か。否、それくらいはしてもらわねば話にならぬ。

 

「……事情が知りたいか? ならば聞くが良い。ちょうど、格好の道化(メッセンジャー)が来たからな」

 

「メッ、センジャー……?」

 

 ぐだ子がそう呟き返した瞬間、通信モニターがコール音を鳴らす。

 迷わず受信のボタンを押したぐだ子は、そのとき、自分が今いる場所がカルデアの一室であることに気づいた。……妙に人の気配のない、どうも見慣れない殺風景な部屋ではあるが。

 

 通信モニターは、ザザ、ザザ、と激しいノイズを鳴らし、数秒かけてようやく安定した。そこに写っていたのは────

 

「──私の名前はエックス、コードネーム・A-X(アルトリア・ナゾ・エックス・アサシン)! 地球は……狙われています!」




【接触編】に続く。(そのうち投稿します。現在の進捗は40%くらい?)

 ざっくり言うと、時間的空間的に不安定な状態にあったカルデアが、カルデアスで本来想定されていない運用=遠未来観測を行ったために不具合が生じ、同じく極端に時空間的に不安定な状態だった別次元の未来地球を観測データとして拾ってしまった……という話ですね。こうして、不用意な観測者は覗き込んだ先の深淵から観測されてしまったのでした。
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