「こんな大雪見た事無いよ~」
其の日、友枝町では珍しく雪が降った。勿論、莫斯科と比べれば屁みたいなものだが
其れでも、産まれてから余り実物の雪を見た事が無いさくらには十分過酷な環境だった。
「北海道や青森なら兎も角、この友枝町で大雪とは珍しいですわね」
知世の屋敷で御茶していたさくらとケロちゃん。
外の雪景色を見ただけで体全体が凍り付きそうな気がする。
「さくら、帰り遭難したらあかんで?」
「どー云う意味!?私、其処迄間抜けじゃないもん!」
何時ものやり取りを面白そうに眺める知世。
「遭難は兎も角、確かに十分な対策が必要ですわね。例えば、コートは
赤・ピンクが御勧めですわ。何故なら、白い雪とのコントラストが美しいだけでなく
遠くから見ても分り易いからです」
「流石知世。よう考えたな。さくらの冬もんの衣装作る時もそないしてんか」
「勿論ですとも。其れから、この寒さではニット帽も用を為しませんわ。
1人で同じ物を複数持っていても仕方ありませんから、好きな色の物を幾つでも
差し上げます」
知世は、段ボール箱を開けると、如何にも温かそうな毛皮の帽子を並べる。
「ほぇ?・・・こんなに沢山如何したの?」
「御母様が、ヤフオクで落札したのです。冬は脳の血管が切れ易いから
警戒しなさいと言うのですが、使い切れず、持て余しまして」
珍しく苦笑する知世。
「レプリカ・・・いや、本物やな。タグが露西亜語で書かれとる」
「ケロちゃん、露西亜語読めるの?」
「全然。けど、字の形見たら分るわ」
「何この文字。1文字も分らないよ~・・・はぅ~・・・」
困り果てるさくらを尻目に、赤い星に鎌とハンマーが描かれた帽章を付ける知世。
「一先ず、さくらちゃんの好きなピンクのウシャンカに帽章を付けましたわ。他に
何色にしましょうか?」
「え?待って!?本当に貰って良いの?」
「勿論ですわ。そうですわね・・・もう1つは此方で」
慣れた手つきで、赤のウシャンカにも帽章を付ける知世。
「この2色は雪の中でも目立ちますわ。御役に立てれば嬉しいのですが」
目が点になるさくら。知世からは今迄色々な物を貰ってきた。そんな中には、如何したものか
判断し難い物も少なからず有る。然し、今回のウシャンカは、確かに見た目こそ変っているが
自分を想っての事なので無碍に出来ない。然も、冬は脳の血管が切れ易いと分った以上、猶更だ。
「有難う。使わせて貰うね。あ、でも今日のコートは青だし・・・」
「何ならネオンカラーの・・・」
知世が分厚いカタログを開いた瞬間、慌てて止めに入るさくら。
「わーーー!! さ、流石に悪いよぅ; 私のコートはこれだけじゃないから、帰ったら全部
調べるよ。其れで、知世ちゃんの言う、目立った色のが無ければまた相談するから」
「そうですか?さくらちゃんがそう仰るなら」
「やれやれ・・・偶に浮世離れした所見せよるから怖いわ。尤も、其れが
役に立つ事も有るんやけどな」
純粋に好意からとは百も承知だが、其れでも時々見える、大富豪の令嬢ならではの発想は
さくらとケロちゃんに冷や汗をかかせた。
「こんなに寒いと困る人が沢山居るかなー・・・」
「1000人や2000人ちゃうやろな」
粉雪を浴びながら家路へ就くさくら。何度も通っている道だから然程
困りはしないと言いたいが、其れでも大雪が積もった状態だとしんどい。
「あれ?あの人・・・」
馴染の公園の傍を通りかかった時、さくらとケロちゃんの視界に見慣れた人物が入ってきた。
「雪兎さん!」
「やぁ、さくらちゃん」
公園内で一番の大木の影に居たのは、さくらが慕う人物だった。
ー月城雪兎
勉強・運動・家事をそつなくこなす桃矢の同級生だ。然も
気立てが良い上イケボと云うおまけ付なので支持率が高い。
偶に、彼が兄ならどんなに素晴しいだろうとさくらは本気で考えた事が有る。
「僕とした事が、上着を着て来るのを忘れてね。急ぎの用事だったんだ。
帰る頃に漸く気付くとはね」
珍しく自嘲気味の雪兎。憧れの人が凍えているのを放っておけないさくら。
其の時、持っていた紙袋に、貰い物のウシャンカと厚手の手袋と
虹色のマフラーが有る事を思い出した。
「雪兎さん、どうぞこれ使って下さいっ・・・!///」
1度決心すると行動が早いさくら。考える暇を一瞬たりとも与えず雪兎にウシャンカを被らせ
手袋とマフラーも半ば強引に使わせた。幸い、フリーサイズなので大きさは問題無かった。
「さくらちゃん・・・・・・?」
「わ、私、困っている人を放っておくなんて出来ません。雪兎さんなら猶更ですっ・・・///」
顔を赤らめながらも、正直に思いをぶつけるさくら。一時的に目を丸くしていたが
直ぐ何時もの優しい笑顔を見せた。
「有難う。助かったよ。これで凍えずに帰れるね」
「わ、私、雪兎さんの御役に立てるなら、この程度幾らでも出来ます・・・!」
声帯が突っ張り、尚且つ心拍が速いが、其れ以上に、慕っている人の
役に立てた事はさくらを大いに満足させた。
「そんな事が有ったのですか」
「然も、態々クリーニングに出してから返しに来たんだよ」
数日後の放課後、さくらと知世はこの日の件について話し込んでいた。
「赤い星のバッジの位置が全く変ってなかったから余計吃驚だよ」
「雪兎さん、本当に何でも出来ますからね」
「其れにしても、寒いのが苦手な人にとってこの時季は本当に大変。何か
出来る事が有れば・・・」
「其れですわ!丁度新しい衣装が出来たところなので、衣装合せも兼ねて
心身を温かくするカードを生み出しましょう」
「良いねー・・・って、今度はどんなの?;」
「其れは見ての御楽しみですわ」
「はぅぅ~~・・・・・・;」
「・・・まぁ、セクシー路線よりマシかな」
今回さくらが着せられたのは、1期OPにて着ていた、カーマインルージュの衣装の色違いである。
「雪ミクみたいで素敵ですわ。さぁ、イニシエーションを始めましょう」
「正確には雪ミク2017やな。中々えぇセンス持っとる」
呆れ乍も儀式を始めるさくら。
「闇の力よ、契約の名の下、さくらの命により新たなカードを生み出せ。“
何時も通り赤い雷が直撃し、地面の魔法円から新たなカードが生まれ、光った直後実体化する。
「早速・・・って、あれ!?何処行くの!?」
実体化したと思うと猛スピードで走っていく、長髪の女性。
「あれ?あの人、誰かに似ている様な・・・?」
明らかに見覚えの有る誰かに似ていると気付く知世。然し今は其の事を
考えている場合ではない。
「考えるのは後や!空から追うで!」
慌てて
「もっと高度を上げようか?」
「せやけど、探し難くなるし・・・って、おった!」
幸い、鮮やかなオレンジ色の衣装を着ていた為、存外容易に発見出来た。
「何しているのでしょうか?誰かと話している様ですが・・・」
見ると、とある女子中学生と何やら話しているらしい。
或る程度高度を維持したまま、何をしているか注意深く聴く2人と1匹。
程無く、問題の女性は立ち去り、女子中学生は帰路に就く。場所をよく選んで着地するさくら達。
「あの、すみません」
さくらの正体を隠す為、代りに事情を聴く知世。
「さっきの女性と何やら話していた様ですが?」
「あの人、毛布掛けて呉れた上、ボルシチを御馳走して呉れたの。其れも、鶏肉・ソーセージ・人参等
具沢山のをね。寒いの苦手だから本当に大助かりよ」
事情を聴いてみると、問題の女性は右目の下に針穴位の大きさの黒子が有る
如何にもファッションモデルらしい容貌との事。
「誰か似ている人に心当りは有りませんか?」
「そうねぇ・・・確かに見覚えは有るけど、如何にも思い出せないわ」
結局、大した手掛りも得られないままこの日は帰る事になった。
「あれから1週間、誰も何も知らんのかいな」
「あんなに行動的とは思いませんでしたわ」
「どんなカードか分らない以上、早く封印しないとな。若し悪戯好きなら、どんな
事件を起すか分らないぞ」
事情を聴いた小狼も捜索に加わるものの、依然、何の手掛りも得られなかった。
何時もの帰り道に就くさくら達。其の時だった。
「おい、あれを見ろよ」
小狼の指摘で目線を向けると、あれ程探していた張本人が目の前を歩いているではないか。
「また逃がしては困りますわ。或る程度距離を空け尾行しましょう」
知世の提案で、出来る限り気配を消す一行。やがて、空地の傍を通りかかった時
自分達と同じ位の年代の女の子と何やら話している場面に遭遇した。
「何や?あの子目が真っ赤や」
「まさか、あの子を虐めたのかな」
「其れらしい気配は有りませんが・・・」
何故か女の子は実体化したカードに抱き着いている。其れを受け容れ優しく背中を撫でる
様子は親子そのものだった。程無く、連れ立って歩き出す2人。
「誘拐・・・には見えないな」
「何をする気かな・・・?」
自宅は近くに有ったらしく、連れ立って入っていく2人。
「こうなったら行くしかあらへん」
意を決して問題の家の呼び鈴を鳴らすと、出てきたのは気立ての良さそうな老夫婦だった。
「可愛い御客さん。どうしたのかね?」
「今、此方にオレンジ色の服を着た、髪の長い女の人が入ってきましたよね?」
「私達、昨日から其の人をずっと探しているのです」
「そう云う事なら、中へどうぞ」
色々聞かれるかと思いきや、案外あっさり通される一行。尚、ケロちゃんはぬいぐるみのふりに
苦労したとかしなかったとか。
「・・・と云うのが事の顛末でねぇ」
「凄い・・・!」
「誰の言葉にも耳を塞いでいた子が、素直に泣き、本音を言えたとは」
老夫婦の話によると、2人の孫娘は最近、可愛がっていた猫を喪い明けても暮れても
絶望の沼に浸っていたらしい。両親・学友・祖父母・教員のどんな言葉も届いてなかった。
其れが、今回
「其れで肝腎の2人は今何処に?」
「2Fへ昼寝させに行ったから、もうじき戻って来るじゃろうね」
程無く現れた、問題の女性の顔を見た途端、さくらは、これは夢ではないか何度も確かめた。
「!!・・・・・・」
「どうしたね?狐に摘まれた様な顔をして」
「この人・・・・・・」
写真でしか見た事が無かったが、間違える訳無かった。
「お母さん・・・・・・」
本来会える訳無い人物が今目の前に居る。頬を抓ったが夢ではない。
「一体如何して・・・?」
頭の良い知世ですら俄かには理解出来なかった。
「何が如何なっているんだ・・・?」
小狼に至っては、1~2回しか写真で見た事無い存在なので混乱するしかなかった。
「ずっと会いたかった筈なのに、いざ目の前に居ると、何て言って良いか分らない・・・」
目の前に居たのは、既にこの世に居ない筈の存在だった。
ー木之本撫子
さくらと桃矢の母親に当る。旧姓を雨宮と云い、ファッションモデルとして知られていた。
温厚且つ天然な性格と、裁縫が不得手な点はさくらに受け継がれた。
さくらが3歳の時に病没し、其の後も霊となって見守っていたとは聞いていたが、今目の前に居るのは
如何見ても本人に相違無い。誰もがそう思い込んでいた。
「!!? 待って下さい。この方は別人ですわ」
不意に知世が口を開いた。然も、一番予想してなかった内容だった。
「知世ちゃん!? いきなり何を言い出すの!?」
「よく注意して御覧下さいな。右目の下に、針穴程の黒子が有りますわ」
慌てて確認すると、確かに小さな黒子が有る。これさえ無ければ誰もが誤認しただろう。
「思い出した。確か以前目撃した御姉さん、黒子が有ると言ってたね。
別人なのは、理屈では分ったけど、こうも一緒だと調子狂っちゃうよぅ;」
「まぁまぁ、此処は素直に甘えたら良いんじゃないか?俺達は席外すから」
気を利かせた知世と小狼はその場を離れた。尚、ケロちゃんは、カードが暴走しないか
心配だからと残ろうとしたが、知世に首根っこを掴まれ強制退場となった。
「私を探していたのでしょう?さくらちゃん」
「・・・・・・」
別人とは百も承知なのに、其れでもいざ目にすると感情の波を如何やっても誤魔化せない。
「私の見た目と声が貴女の御母さんと似ているのも何かの縁。
貴女の心に優しい温もりを贈らせてくれる?」
手を差し伸べられ、一時は戸惑ったが、何時迄も自分の心に嘘を吐き続ける事は出来なかった。
「!!!~~~・・・」
1度しがみ付いてしまえば最早何も止める物は無かった。
「私に御母さんの代役が務まるかは分らないけれど、傍に居る事で
幸せになれるなら何も惜しまないから」
実体化したカードは号泣するさくらの涙を、何も気にせず受け止めていた。
ところが、この後思わぬ事態が起る。
「・・・・・・?」
何故か異常に温かい。然も体が窮屈な感じがする。
「海苔巻一丁上がり☆」
見ると、自身の体が毛布でぐるぐる巻きにされている。
「ほぇええ!!?」
悪戯っぽい笑みを目にして、何がどうなったのか理解出来なかった。
「私はさくらちゃんが気に入ったの☆ これは本当に大好きな相手にしかしないわ」
「温かいには違いないけど、放してよぅ~;」
「そう?じゃあ放す」
懇願すると何故かあっさり放して貰えた。
「何だか調子狂った様ですわね」
「総合的に見て上手いこといったし、えぇんちゃうか?」
「まぁ・・・悪い結果とは言えないか」
矢張り無視出来ないからと隣の部屋から全てを見ていた三者。勿論さくらが
泣き付く場面は一部始終撮影されていた。其の事を知るのはもっと後の話。
後日、知世の母が実体化した
2本目の海苔巻にされたのだが、其の時の事については御想像に御任せする。
ケロちゃん:色々な意味で大変やったな。
さくら:顔だけでなく声まで御母さんにそっくりだなんてずるいよぅ;
知世:私も驚きましたわ。
小狼:写真と比べてみても吃驚したぞ。黒子さえ無ければ完全に同一人物だから。
知世:其れにしてもお母様には気の毒な事をしてしまいましたわ;
ケロちゃん:毛布でぐるぐる巻きにして海苔巻一丁上がりって、子供かいなwww
さくら:確かにお母さんは積極的だけど、そんな事したとは聞いてないよ(苦笑)
小狼:其れにしても、何でこんな姿になったんだろうな?
知世:其れは勿論、御便りを下さった、苺のショートケーキモンスターさんのアイデアですわ。
さくら:大分県別府市在住、苺のショートケーキモンスターさん、御便り有難う☆・・・って
身も蓋も無さ過ぎ(苦笑)
ケロちゃん:何時もの事じゃない
小狼:何で急に標準語なんだよ
ケロちゃん:ドラえもんの真似や。人生楽しむには遊び心が必要やで?
さくら:其れはそうだけど、何でこの場でするのかな
知世:面白いから構いませんわ。