―――まだ。やるべき事がある―――
そう言って、アイツは空に消えた。
―――――馬鹿。
----------
先ほど海中から拾い上げたストラップを握り締める。
まるで引きちぎられた紐がアイツと私の繋がりを表しているように思えた。
冷たい風が頬を撫でる。
「…お姉様」
「わかってる。…私、今、機嫌悪いんだけど、何の用?」
相手の方を見向きもせず声をかける。すると建物の影から一つの足音が少女たちに向かって近づいてくる。
足音の出てきた建物の影に複数の起動鎧が待機しているのを美琴は感じていた。
(さて、どうしようかしら)
ゆっくりと振り返りながら、近づいてくる人物を見る。その人物は黒いスウェットスーツのようなものを纏った体格のいい男だった。
「御坂美琴さんですか?」
「…ええ」
「私は警備員の――――です。そちらは一〇七七七号ですね?」
「警備員?ハンッ、ただの警備員が妹達のことを知っているはずないじゃないの」
「…では、統括理事会の伝言者と言えば警戒を解いていただけますか?」
「とりあえず聞くだけ聞いてからどうするか決めるわ」
美琴は右手で一〇七七七号を自分の後ろに来るように促しながら、そう言った。
「まず誤解しないでいただきたいのですが、私たちは貴女方に危害を加えるために来たわけではありません」
「…どういうことよ?」
「貴女は学園都市からの要請によりユーラシア大陸における敵対勢力の無力化の任務に従事。一〇七七七号は敵対戦力の索敵・観測及び貴女の補助のため、協力都市を出発し貴女と合流」
「…」
「任務終了後、指定された回収地点へ向かい現在地に至る…ということになります」
「…この何も無い寂れた場所が回収地点?」
「はい」
「この子は?」
「一緒に学園都市へ戻ります」
「見た感じ、輸送機とかないんだけど?」
「貴女が首を縦に振れば、すぐにでも学園都市に向かえますよ」
飛行機のエンジン音も自動車のエンジン音も聞こえないこの場所に、人員を運ぶための乗り物など、周囲を見回しても見つけることはできなかった。
美琴はこれ以上ここにいてもやれることはないと判断すると、男に小さく頷いた。
「いいわ。とりあえず帰りましょう」
「はい」
男は耳元から伸びているインカムに向かって何かを呟いた。すると美琴たちの後ろの凍った海が、派手な音を立てて砕け、泡立った海水の中から巨大な物体が現れる。
「…潜水艦?」
先端の丸くなった部分が上に跳ね上がり、瞬く間に中からスローブのような足場が伸びてきて、美琴たちの足元で止まった。
「乗ってください。話は中で。長時間浮上しているのは色々と問題があります」
「…行くわよ」
「はい。ミサカはお姉様についていきます」
スローブを登り、薄暗い空間を促されるままに奥へと進む。男の後ろからは駆動鎧が九体―そのうちの二体が一体の駆動鎧の両脇を持って入ってくる。おそらくは男のものだろう―乗り込んできて、全員が乗り終わるとハッチが閉じられた。
学園都市の誇る潜水艇は、学園都市の誇る超能力者を乗せ、母港への帰還の途についた。
----------
「御坂美琴及び一〇七七七号の回収、終わりました」
「―――くれぐれも丁重に扱え。御坂美琴は学園都市の表看板だからな」
「はい」
「常盤台への報告は済んだ。御坂美琴への説明は頼んだぞ」
「了解しました」
----------
(…半信半疑だったけど、どうやら本当にお咎め無しみたいね)
第二三区の地下数百メートルにある港から幾重ものセキュリティ・ゲートを抜け、国際空港ターミナルビルの非常用ゲートから学園都市に戻ってきた美琴は、一〇七七七号と共に統括理事会の用意した車で第七学区にある病院へと移動させられた。
美琴は帰国後の身体検査という名目だが、実際は一〇七七七号を預けるために病院へ来たというのが正しいだろう。
「ではお姉様。ミサカはこれで失礼いたします。お姉様と過ごせて、ミサカはとても嬉しかったです」
「あー、アンタには色々やらせちゃったわね。助かったわ」
「いえ、お姉様のお役に立てて、ミサカは胸を張って他の妹達に自慢をすることができます」
「ならよかった。また今度、…みんなで会いましょう」
「はい。お姉様」ニコ
一〇七七七号と別れて病院の外に出る。普段ならまだ授業を受けている時間にこのような場所にいるのはなんとなく変な気分だった。
(とりあえず寮に戻ろう。少しだけ眠って、それから…)
携帯電話を取り出し、切ってあった電源を入れ、フォトフォルダ内にある隠しフォルダを開いてその中にあった一枚だけの写真を見る。
ぎこちない笑顔の少年と、肩を抱かれて戸惑った表情の美琴のツーショット写真。
少しだけ口元を綻ばせ、美琴は小さく溜息をついた。
―――会いたい。
ねえ、アンタは今、どこにいるの?
----------
「お姉様ぁぁぁぁんっ!!」ダキツキ
「…ぐぇっ!?」ビクッ
「心配しておりましたの!心配しておりましたのよお姉様ぁぁん!!ああ、お姉様の香りですの、ああ…」スリスリ
「だあああああっっ!!人が寝ているところにいきなり抱きついてくるなあ!!」ビリビリ
「ああーーんっ!愛の鞭ですの!!」
「…まったく、もう」
「お姉様がご無事でなによりでしたの」
「あー、大したこと無かったわよ」
「さすがお姉様ですわ!それにひきかえあの類人猿はまた面倒を…」ブツブツ
―――類人猿?
「黒子?アンタ今なんて言った?」
「え?わたくし何か申しました?」ダラダラ
「アイツがなんだって?」ニコッ
「…第十九学区で警備員を巻き込むような大騒ぎがありまして、そこであの殿方を見ましたの。ですからあの殿方が騒ぎの元凶の可能性もあるかなと思いまして」
―――アイツを?
「…あの馬鹿っ!」
「お姉様!?」
「ちょっと行ってくる!」バタン
「お姉様ぁぁん!!」
----------
―――いた。
「…ったく。アンタはいつも厄介ごとに頭突っ込んで…」
「あれ?御坂」
「『あれ?御坂』じゃないでしょうがゴラアアアア!!」ビリビリ
「いきなり攻撃!?」パキィィン
―――うるさい。
「…やるべき事は終わったの?」
「…ああ」
「そっか」
「…」
―――生きていた。
「…」
「…って、御坂?」
「…なによ?」
「オマエ、なんで泣いてるんだ?」
―――泣いている?私が?
「ふぇ…」グスッ
―――声が出ない。でも、心は叫んでいる。
「生きてた…から…」グスッ
「へ?」
―――この鈍感男。
「アンタが生きていて嬉しかったのよ!!馬鹿っ!!」ポロポロ
「御坂」
―――ああもう!面倒だ!
「馬鹿!馬鹿馬鹿!うわあああああああんっ!!」ダキツキ
「み、み、み、み、御坂さん!?」カァァッ
―――幻じゃない。コイツは確かに、ここにいる。
「心配―――したんだから!」グスッ
「御坂…」
「…会いたかった。アンタに」ギュッ
「御坂…」
「…おかえり」ギュッ
「…ただいま」ギュッ