とある少女の禁書目録   作:神納 一哉

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過去にしたらばに投下したものを加筆・修正しました。


上条当麻の入院

診察室へ入ってきた少年の顔を見るなり、カエル顔の医者は言った。

 

「おや。怪我をしていない君が来るなんて珍しいね?どうしたんだい?」

 

「いやあ、どうやら病気もするみたいでして…」

 

「それで、どんな症状だい?」

 

「えっと、急に動悸が激しくなったり、この辺―胸骨の辺りを拳で軽く叩きながら―が締め付けられるように痛んだり」

 

「ふむ。他には?」

 

「熱っぽくなったり、叫びたくなったり、眠れなかったりします。その、先生。これって俺の記憶に関係あるんでしょうか?」

 

ツンツン頭の少年はそう言うと、真っ直ぐにカエル顔の医者の目を見た。

 

「うーん。君の記憶とは関係ないと思うけどね?脳医学的に見るとだけども」

 

「…そうですか」

 

「それで、具体的にどういったときにそういった症状が出るんだね?良く思い出してごらん」

 

真っ直ぐに見つめ返しながら、カエル顔の医者は上条に尋ねる。

 

「えーっと…、話しているときとか、考えているときとか」

 

「何を話したり、考えたりしているときかね?」

 

「別にとりとめのないことを話しているときです…けど?考えているっていうか、思い出しているときだし」

 

「そこに何か共通するものはないかね?」

 

「共通するもの…ですか?うーん…」

 

上条は目を閉じて首を捻る。

 

「………………………あ」

 

「…何かあったかね?」

 

「ええと、共通するっていうかわからないんですけど…」

 

上条は頭を掻きながら、ばつが悪そうに言った。

 

「御坂と話していると、動悸が激しくなったり、締め付けられるように痛んだりするかも…」

 

「ふむ。御坂…というと、この病院との関わりの深いあの御坂君のことかな?」

 

「はい」

 

「まあ彼女は電撃使いだから、もしかしたら君の生体電流を乱しているのかもしれないね。でも、彼女のことを思い出しているときも症状が出るんだよね?」

 

「ええ。まあ」

 

視線を彷徨わせながら呟く上条を、カエル顔の医者は若干目を細めながら観察した。

 

―――彼はまだ実質、数ヶ月程度しか社会生活をしていないんだったね。それなら、無理も無い。

 

「ふむ。もう少し詳しく聞いてもいいかな?具体的に、とりとめの無い話とはどういったことを話すんだね?」

 

「本当になんでもないことですよ?学校のこととか、どこかへ遊びに行ったこととか、友人のこととか」

 

「それは君にとって楽しいかい?つまらないかい?」

 

「まあ、楽しい…かな?」

 

「ふむ。楽しいのに、苦しくなることがあると」

 

「あ、はい。そんな感じです」

 

それを聞いて小さく微笑むと、カエル顔の医者は上条に言った。

 

「ちょっと検査が必要だね。今日は泊まってもらうことになるけど、いつもの部屋だから心配ないよね?」

 

―――――――――

 

「…さて、確かめてみるか」

 

診察室の椅子の上で、カエル顔の医者は顎を撫でた。

 

それから先ほどまでツンツン頭の少年が座っていた椅子を眺めながら、机の上の電話機の受話器を持ち上げ、内線番号を押す。

 

「ああ、僕だ。今、そちらに御坂美琴君がいるね?うん。そう。代わってもらえるかな?」

 

『はい。代わりました。御坂です』

 

「すまないね?君にひとつ聞きたいことがあるんだけども」

 

『なんでしょうか?』

 

「上条当麻君のことなんだけどね?」

 

―――――――――

 

「…不幸だ」

 

白い部屋の中で学生服を脱ぎ、ベッドの上に置かれていた病衣に着替えながら上条当麻はそう呟いた。

 

「…これって、結構やばかったりするのでしょうか?」

 

頭の上にクエスチョンマークを飛ばしながら、上条はベッドの端に座って頭を掻く。

 

「あー、忘れてた」

 

立ち上がって壁際に掛けた学生服のポケットから携帯電話を取り出し、そのまま電話をかけはじめる。

 

『もしもし。どうしましたか?上条ちゃん』

 

「小萌先生、いきなりで申し訳ないのですが、インデックスをお願いできませんでしょうか?その、今日、家に帰れないので」

 

『えっ!?帰れないってどういうことですか!?』

 

「えーっと、ちょっと具合が悪くて病院に来たら、そのまま入院することになりまして」

 

『にゅ、入院!?何をしたんですか!?上条ちゃん!!』

 

「怪我とかそういうんじゃないんですけど、ちょっと検査が必要らしくて」

 

『わかりました。じゃあシスターちゃんは預かりますけど、入院が長引くとか何かあったらすぐ連絡してくださいね』

 

「すみません。よろしくお願いします」

 

『お大事にするのですよ』

 

通話が終わると、上条は携帯電話を閉じてそこにぶら下がっているストラップに視線を落とす。

 

プラスチック製のキャラクター物のストラップ。

 

それを見る上条の口元は小さく綻んでいた。

 

―――――――――

 

『上条当麻君のことなんだけどね?』

 

妹達のところに遊びに来たら、かかってきた電話に代わるように電話に出た妹に言われ、わけのわからないまま受話器を受け取り、いきなりアイツの名前を言われて、思わず受話器を落としそうになった。

 

「…あ、あの、どうかしましたか?」

 

『うん、ちょっとね。…君は彼が大きく頭を怪我したことを知っているかい?まあそのときの担当が僕だったんだけど』

 

先生が言っている『頭の怪我』、『そのときの担当』という言葉。そこから導き出された『言葉』を、私は言うのを躊躇った。

 

「…その、ここではちょっと話せないのですが」

 

『では、僕のところまで来てもらってもいいかな?第一診察室だけど』

 

「はい。お伺いします」

 

受話器を置くと、私は妹達に手を合わせて謝る。

 

「ゴメン。ちょっと先生に呼ばれちゃった。また来るから」

 

「お姉様、どこか具合が悪いのですか?と、ミサカはどこも悪くなさそうなお姉様を心配する良い妹を演出します」

 

「もしかしてミサカ達に関してのことなのですか?と、ミサカはさりげなく探りを入れてみます」

 

「アンタ達のことでも私の具合が悪いわけでもないから安心して。…治療に関する協力依頼みたいなものだから」

 

「そうですか。ではお姉様、またお会いしましょう。と、ミサカは聞き分けの良い妹を演出します」

 

「うん。じゃあね」

 

妹達の部屋を出ると、御坂美琴はそのまま真っ直ぐに第一診察室へと向かった。

 

―――――――――

 

第一診察室の扉を軽くノックして、御坂美琴は室内へと入り扉を閉める。

 

「失礼します」

 

「すまないね。今は、誰も入らないように言ってあるから安心していいよ」

 

「ありがとうございます」

 

「それで、君は彼の頭の怪我についてどこまで知っているのかな?」

 

「…記憶喪失のことでしたら、知っています」

 

「ふむ。なら話が早いんだね。彼なんだけど、実質的には数ヶ月しか社会生活をしていない。まあ学力とか一般常識なんかは歳相応に覚えているみたいなんだけどね、人の心の機微とかには少し疎いみたいだね」

 

「心の機微…ですか」

 

そう呟く美琴の顔に影が差すのを見て、カエル顔の医者は目を細める。

 

「心の機微に疎いといっても、先ほども言ったように充分な知識は持っているんだね。だけど彼にはそれがなんなのか気付けない」

 

「…気付けない?」

 

「うん。他人に対しての好き、嫌い、寂しい、悲しい、恋しい、愛おしいなんていった感情だね」

 

その言葉に頬を染める少女を見て、カエル顔の医者は小さく微笑む。

 

「僕のモットーは患者を救うことなんだね。その患者の一人である彼の特効薬に心当たりがあるんだけども」

 

「特効薬って…、アイツ、病気なんですか!?」

 

「さっきも言った心の機微、彼は自分の気持ちに気付けないんだね」

 

「自分の気持ち?」

 

「彼は、恋をしているんだと思う」

 

「こ、い?」

 

「うん。恋だ。彼は、ある人のことを考えると動悸が激しくなったり胸が痛くなるんですけど、これって記憶に関係ありますか?なんて聞いてきたよ」

 

「…そう、ですか」

 

みるみる顔色が悪くなっていく少女を見て、カエル顔の医者は肩をすくめる。

 

「君は、僕の言ったことをよく思い出してみるといいよ」

 

「…え?」

 

「わからないかい?」

 

「…アイツが恋をしていて、先生は特効薬に心当たりがあるんですよね…」

 

「そうだね。そこまでわかっているのなら、なぜ君がここにいるのかも自ずとわかるんじゃないかな?」

 

―――そういえば何で私はここに呼ばれたのだろう?…まさか、アイツの好きな人って。

 

「…妹達?」

 

「彼女達にも個性が出てきているとは思うけどね?」

 

カエル顔の医者は大きな溜息を付いてから核心を口にした。

 

「彼の症状に名前を付けるとしたら、『御坂美琴症候群』になるんだね」

 

―――――――――

 

とある病室の引き扉の前で、御坂美琴はしばらくの間『面会謝絶』と記されたプラスチックのプレートを手にして立ち尽くしていた。

 

『…一緒に面会謝絶の札を渡しておくから、治療のときには彼の病室の扉に挿しておくんだね』

 

そうカエル顔の医者に渡されたものだ。

 

―――治療って言ってもなあ。

 

たっぷりと時間をかけて音を立てないようにプレートを挿しながら、美琴は顔が熱くなるのを感じていた。

 

―――説明するって言ってもなあ。

 

扉に左手を置いたまま、右手を頬に当てて熱が冷めるのを待つ。

 

―――つまり、アイツにこ、こ、こ、告白するようなものでしょ?

 

ブンブンと頭を振りながら、カエル顔の医者が言った言葉を思い出す。

 

『君、彼に好意を寄せているよね?でも素直になれない。そんなところかな?…だから君には、その気持ちを彼に伝えるチャンスでもあり、なおかつ彼に気付かせるチャンスでもあるんだよ』

 

―――確かにチャンスかもしれないけど…。

 

美琴はそっと左胸のポケットの上に手を置き、制服の布越しに硬い小さなものに触れる。

 

キューピッドアローのタグリング。

 

―――私は、アイツが好き。その気持ちに嘘はない。

 

引き扉に手をかける。痛いくらいに胸が高鳴っている。

 

「…っ」

 

ごくりと大きく喉を鳴らしてから、美琴は扉を開いて部屋の中に入ると、すぐに扉を閉めた。

 

「どちらさまですかー?今、着替えていたんですけど」

 

「えっ!?あっ!ごめん!」

 

「なーんて、もう着替え終わってるんだけどな。…御坂、だよな?」

 

「…うん」

 

「なんでお前が?ってか、なんでここに来たの?ま、とりあえずこっち来い」

 

上条に言わるまま部屋の奥へと進むと、ベッドに横になっている上条が片手を挙げて迎えてくれた。

 

「なんか検査が必要ってことで、とりあえず入院することになったんだけどさ、怪我としてるわけじゃないから」

 

「うん。知ってる」

 

「………へ?」

 

「私、先生に聞いてここに来たから」

 

「ってことはお見舞い?」

 

「…これ」

 

首を傾げる上条の目の前に、美琴は一枚の紙を突き出した。一番上の中央に『処方箋』と書かれている。

 

「えーっと、処方箋?なんだ御坂、先生にパシらされたのかよ?」

 

「いいから読む」

 

「へいへい。えーっと、病名『MM症候群』?でもって、処方薬『MM』?ってか、御坂、薬は?」

 

「…うん」

 

「いやいやいや御坂さん、会話になってませんけど?」

 

「私」

 

「なにが!?」

 

「…私も似たような症状なの。『TK症候群』っていう」

 

「俺とお前、似たような病気ってこと?」

 

そう言って首を傾げる上条に、美琴は呟くように言う。

 

「胸が痛くなったり、苦しくなったりするのよね?」

 

「まあ、そんな感じだな」

 

「アンタはMM症候群で、私はTK症候群なんだけど、さ」

 

いったん俯いてから、上目づかいで上条を見る。

 

「病名は違うけど、根本的なところは同じなのよ。…アンタ、今、苦しいでしょ?でも、嫌な感じではない」

 

「あ、ああ。そうだけど」

 

「私も、さっきからドキドキしてるんだけど、嫌じゃない、わよ」

 

「そ、そうか」

 

「うん」

 

美琴は小さく頷いて、それから上条のベッドサイドに腰を下ろした。

 

「御坂さん?なんでわたくしのベッドに座られるのでしょうか?」

 

美琴が座った反対側に体を移動させながら上条が尋ねてくる。返事の代わりに掛け布団を持ち上げると、美琴はすばやく靴を脱いで布団の中に潜り込んだ。

 

―――アイツの匂いがする。

 

「ばっ!?お前、なんで布団に入ってきてるの!?」

 

「動くな!馬鹿!」

 

「いやいやいやいや、無理、無理ですから!って、な、な、な、な、なんでしがみついてくるんですか!?御坂センセー!?」

 

―――捕まえた。

 

背中側から抱きつかれ、上条は逃れようと身体をくねらせるが、両脇から腕を回され、太もも付近に両足が絡めつけられているので思うように動けなかった。

 

「ってか、色々と柔らかいのがあたってやばいからとりあえず離れろ!離れて!離れなさい!!」

 

「その、く、薬だから、無理」

 

「なにわけわかんねえこと言ってるんだ御坂!!いいから離れろおおおおお!!」

 

「アンタはMM摂取中で私はTK摂取中だから無理だって言ってるのよ馬鹿!」

 

「なんだそりゃあああああああっ!!」

 

「アンタ凄いドキドキしてるわね。何で?」

 

「お前がしがみついてるからだろうが!オンナノコにしがみつかれてドキドキしないオトコノコなんていません!」

 

「私がドキドキしてるのは、アンタにしがみついているからなんだけど、ね」

 

そう言いながら、美琴は真っ赤な顔で上条の背中に自分の身体を押し付ける。

 

「ねえ?わかる?私の心臓の音」

 

「や、や、柔らかいのはわかるけど、心臓の音まではわからねえよ!」

 

「そっか」

 

「御坂、とりあえず一旦離れろ!離れましょう!離れなさい!」

 

「…頭文字」

 

ぼそっと呟いてから、美琴は大きく息を吸った。

 

「頭文字?」

 

「私とアンタの頭文字よ」

 

「なにが?」

 

「MM症候群とTK症候群」

 

「病気、だよな?」

 

「…うん」

 

ぎゅっと上条に抱きつくと、美琴は言った。

 

「御坂美琴症候群と上条当麻症候群」

 

「…………………は?」

 

「正式名称よ。アルファベットは頭文字なの」

 

「そ、そ、そうか」

 

「うん。私は、上条当麻症候群ってわけ。つまり、その、…アンタが好きなの」

 

上条の背中に額を押し付け、上条の病衣を握る。

 

「アンタは、その、先生が言うには、御坂美琴症候群で、私のことが…好きだって、こと、なんだけど、さ」

 

声が震えるのがわかる。自分の気持ちは伝えてしまったのだから、すでに後には引けないのだが、それでも、拒絶されたらと思うと体が震えていた。

 

「…御坂、一旦離れてくれ」

 

「…やだ」

 

「上条さんはお前の顔が見たいんですけど?」

 

「…わかった」

 

美琴が上条の戒めを解くと、上条はその場で身体を回転させ、美琴と向かい合う。

 

「なに泣きそうな顔してるんだよ」

 

「…病気のせいよ」

 

「そっか」

 

「うん」

 

小さく呟いてから俯いた美琴の頬を両手で挟むと、上条は自分の顔に向くように持ち上げる。

 

「俺はお前の顔が見たいって言っただろ。勝手に逸らすんじゃねえ」

 

「…痛いじゃない。もっと優しく扱いなさいよ」

 

「っと、悪い」

 

手を離し、真っ直ぐに美琴を見つめると、上条は言った。

 

「なあ御坂。お前、いつからこんな病気になったんだよ」

 

「…はっきり自覚したのは、第二十二学区で死にそうなアンタと話した後。でも、たぶんそれより前から罹ってたんだと思う」

 

「そっか」

 

「うん」

 

「悪い。気付かなくって。…気付いてやれなくて」

 

そう言うと、上条は美琴を正面から抱きしめた。

 

「ふにゃっ!?」

 

「好きだ。御坂」

 

「あ…」

 

「ってか、確かにこれ以上の薬は無いな」ギュッ

 

上条が抱きしめる腕に力を込めると、美琴は胸の前で組んでいた手を上条の胸にあてて軽く押しながら、上条の顔を見上げる。

 

「ね、特効薬、頂戴」

 

「特効薬?」

 

上条が尋ねると、美琴は返事の代わりに眼を閉じて顎を上げた。

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