学園都市の闇が、彼女を蝕んでいることも知らずに。
夢を見た。
緑色に染まる世界の夢を見た。
白衣を着た大人たちが私を見て何か言っているように見える。
何を話しているのだろうか?
私にはわからなかった。
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とある休日の昼下がり 常盤台中学学生寮二〇八号室―
「お姉様、お聞きしてもよろしいですか?」
「内容にもよるけど」
「ちょっとした好奇心ですの。お姉様が小学生の頃はどんな感じでしたの?」
「小学生の頃ねえ…。能力開発に没頭していた気がするわ」
「さすが、お姉様ですわ」
「いやいやいや、いくらなんでも低学年のときはそんなことないわよ?能力が出たのが…あれ、二年生のとき…」ガーン
「思いきり低学年ですの」
「あはは…」
ポリポリと頭を掻きながら、美琴はルームメイトを見る。
「ねえ、黒子。アンタはどうだったの?」
「わたくしですか?わたくしの能力が発現したのは五年生のときでしたから、二年生でしたらお友達とおままごととかしていたと思いますわ」
「おままごと…ねえ。それって幼稚園のときにするものじゃない?」
「幼稚園のときはおままごとよりもお遊戯の方が多かったですの」
「…まあ、そうよね」
「ところで…、なぜそんなことをお聞きになるのですの?」
ルームメイトの問いかけに、美琴は暫く何かを考えてからばつが悪そうに微笑む。
「あー…。なんかさ、私って子供の頃に遊んだ記憶ってそのくらいしかないのよねー。しかも誰と遊んだのか覚えてないし」アハハ
「お姉様…」
「つくづく、私って能力開発に力入れてたんだなあって…。まあでも、そのおかげで超能力者になれたんだけど」
「そうですの!そんな努力を惜しまなかったことで今のお姉様があるのですの!恥じることなんてないですの!」
「別に恥ずかしいなんて思ってないわよ。…でも、なんか急に、私って友達いないなあって考えちゃって…」ショボン
「わ、わたくしは、お姉様のお友達というよりもむしろ親友的なポジションにいると自負しておりますのに!」
「あー…、ありがと」
「いえ、むしろ親友というよりも相棒、相棒というよりも恋人といった立場でもぜんぜん構いませんですの!!」ハアハア
ルームメイトの眼差しに怪しい色が宿ったのを美琴は見落とさなかった。すぐさま防衛体制を整える。
「お・ね・え・さ・まあああああん~」ガバッ
「目を覚ましなさい馬鹿」ビリビリ
「あああああんっ、愛の鞭ぃぃん」バタッ
「まったく…」ハァ
どことなく幸せそうに気絶しているルームメイトを見て、美琴は小さく呟いた。
「…ありがとね、黒子」
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地面が揺れた。
金属の拉げる音、砂利が砕ける音、そして―――何かが潰される音。
『お姉様、初めまして。とミサカはまさかの遭遇に驚きを隠せないままお姉様にご挨拶をします』
街角で遭遇した自分と瓜二つの少女。
「……ぁ…ぁ」
『そのセンスはねえよ。とミサカはお姉様のセンスに思わず突っ込みを入れます』
『美味しいです。お姉様。とミサカは初めて口にしたアイスクリームの甘さを堪能しながらお姉様にご報告します』
「…ぁ…ぁ」
つい数時間前まで悪態をついたりしながら共に過ごした少女。
「…ぁ…」
『お姉様。…さようなら』
夕日の中で振り向いた少女。
彼女は、もういない。
美琴の目の前で、彼女は機関車に押し潰され、―――消えた。
機関車は地面に突き立てられている。まるで少女の墓標であるとでもいうように。
「あああああああああああああああっっっ!!!!」
美琴は雄叫びと共に駆け出し、自らの持てる最大出力の電撃を放った。
気だるそうに機関車に背を向けて歩き出した白髪の少年は、いかにも面倒くさそうに美琴に背を向けたまま、電撃を反射してから振り返る。
「…ァン?第九九八三次実験はここじゃねえだろうがァ」
「そんなこと知るかあああああああ!!!!」ビリビリ
続けざまに雷撃を少年へと放つ。だが、そのすべてを、少年はジーンズのポケットに手を入れたまま、反射した。
「オイオイ。オマエ、久しぶりの強能力者かァ?銃じゃねえなんてよォ?」ニヤァ
(なによ、コイツ…。電撃が効かない…)
「なら、これはどう!?」
地面が小さく揺れ、黒い影が渦を巻くようにして立ち上がると、その影は白髪の少年へと襲いかかる。
「へェ。砂鉄を磁力で操るたァ、面白ェことしてくれるじゃねえか。でも、反射しちまえば問題ねェけど」ハンシャ
「ああああああああっ!!!」
雄叫びと共に地面に敷かれたレールを電磁力で引き寄せ、その塊を白髪の少年めがけて飛ばす。
「無駄だァ。それにしても今までの人形とは出力が違いすぎるなァ」
ニタァと歪な笑みを浮かべながら、白髪の少年はゆっくりと美琴に近づいてくる。
「もしかしてオマエ、『オリジナル』か?」
「…」
ポケットに手を入れ、美琴はコインを掴む。相手は二〇メートルほど向こうからゆっくりと近づいてくる。
「ホント、見た目はそっくりだなァ?」
近づいてくる相手の顔めがけてコインを弾く。避けようの無い距離からの攻撃。
「っ!!」
少女の右手から放たれた超電磁砲は確かに白髪の少年に命中した。そして、それは真っ直ぐに反射され、少女の右横を青白い光の線を残して飛んでいく。
少年は何事も無かったように少女へと近づいてくる。
「…ぁ…ぅ」
「あ?ああ、そうか、今のがオマエの『とっておき』だったんだっけ?わりいわりい、あまりに普通で拍子抜けしちまったわ」クカカ
少女の傍まで来ると少年は立ち止まり、言った。
「一応、自己紹介しておくかァ。第一位の一方通行だァ」
「…」
「ヨ・ロ・シ・ク。超電磁砲」ポン
「ひっ…」ガクガク
―――怖い。
肩を叩かれた瞬間、美琴はその場に崩れ落ちるようにして座り込んだ。
(…ン?これは…)
少女の肩に手を置いたまま、一方通行は一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべ、それから小さく嗤う。
「クカカ。なるほどねェ。だから『お姉様』なのか」
「…な…に?」
「さすがは学園都市。サイコーにイカレてるぜ」クカカ
少女の肩から手を離し、両手を挙げて口元を歪めながら、一方通行は言った。
「おい、人形。説明してもらおうか?第三位とお前たちのことを包み隠さずなァ」ニヤ
「…私達は量産能力者計画に基づき、製造された御坂美琴の体細胞クローンです」
―――や…めて…
「俺が聞きたいのはそれじゃねェ。第三位のことだ」
―――やめてよ…
「お姉様のことですか?お姉様は学園都市第三位の超電磁砲で、低能力者から超能力者になられた稀有な才能の持ち主であり…」
「ちげェ。そんなわかりきってることじゃねェ」
「やめてえええええっっ!!」
両手で耳を塞ぎ、美琴は絶叫する。
―――聞きたくない。いや、聞いてはいけない。
聞いてしまうと、自分が自分でなくなってしまう。
頭が痛い。眩暈がする。
――貴女は、誰?
誰かがそう尋ねたのは、いつだっただろう。
私は、私。
そう、私は私以外の何者でもない。
――ワタシハ、ダレ?
私は…。
そこで―――御坂美琴は意識を失った。
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緑色に染まる世界。
時折、コポコポと小さな音がして、空気の泡が目の前を通り過ぎていく。
―――神経同調率―――すべて良好―――
――体幹同調率―――ほぼ完全―――さすがは体細胞―――
――修復率―――あと二〇時間――
―――着衣――同じものを――
難しい言葉が行き交っている。
いろんな機械が、チカチカ光っている。
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「あああああああああああ!!!」
電極を耳から差し込まれ、体中を様々な機械で繋がれた少女の口から絶叫が迸る。小さな身体がビクン!ビクン!と痙攣し、穴のある場所から赤黒い液体が湯気を出しながら溢れている。
「実験中止だ!!急げ!」
少女の身体に繋げられている機械のあちこちから火花が散り、機械によっては小さな爆発を引き起こす。
―――痛いよ!痛いよぅ!!
「冷却剤を!下はいい!上はなんとしても守れ!」
「―――番号――初期化準備」
―――死んじゃうの?私、死んじゃうの?
「予備計画へ移行――」
「―――二重同期計画(プロジェクト・デュアルシンクロニティ)――」
―――助けて…ママ…
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「二重同期計画か。じゃあ上位個体ってのは、お前らの上にいるンだな」
「はい。ミサカ達の計画に対する管理・運営・統括を上位個体が行っています。とミサカは説明します」
「じゃあ、ソイツは中だけ超能力者ってことか?」
頭を抱えて蹲った格好のまま動かない美琴に視線を送りながら、一方通行は頭を掻く。
「厳密に言えば違います。お姉様の素体(ベース)―つまり身体(ボディ)―は、ミサカのような急ごしらえの模造品ではなく、完全個体(フルチューニング)です。本来『二連超電磁砲計画(プロジェクト・デュアルエレクトロマスター)』のために製造された素体ですので、通常の人間と同じ寿命を有しています」
「まあ、なンにしてもお前らの仲間ってわけだァ」
「…」
「じゃあ、戦って毀してもいいかァ?その『完全個体』ってのを造って中だけ入れ替えれば、オマエらは消費されなくて済むだろォ」ニタァ
「…完全個体の製造に見合うだけの予算効果が得られませんと判断されました。特に年齢が一四歳となられた今では」
「チッ。面倒だな。まだ一万以上毀さなきゃいけないンですかァ」
「それが『樹形図の設計者』の出した『一方通行の絶対能力への進化法』です」
「そうですかァ。オマエらの『もう一人のお姉様』は冷たいですねェ。オマエらを消耗品としてしか考えてねェ」
「…『樹形図の設計者』は上位個体ですが、『お姉様』ではありませんよ」
「なンでだよ?『完全個体』の脳だろうが」
「いえ、脳細胞を基幹並列処理装置に用いた完全自立型演算装置、それが学園都市超能力者第六位『樹形図の設計者』です。人としての感情は持ち合わせていません、とミサカは説明します」
「人格がねえって言ってるのに『第六位』って変じゃねェ?」
「記録はできても記憶はできないように調整されていますので、統合演算処理装置と割り切るべきとミサカは考えます」
「へェ。で、コイツはどうするんだ?」
「先ほど睡眠剤を投与しましたので、このまま施設に運び、記憶を調整します」
「…調整だと」
記憶を調整するという言葉に、一方通行は身構えた。
「統括理事会の判断で書き換えが行われる、とミサカは判断します」
「チッ…。いいのか?俺にべらべら話しちまって」
「…おそらく、この話は無かったことになると思いますので」
「胸糞悪ィ」
「…第六位のことは最高機密ですから」
「何故、話した?」
「さあ?なんとなくでしょうか」
「…記録しかできない割には、饒舌だなァ」
「…第九九八三次計画は、八月十六日〇六時三〇分より行われますので宜しくお願いします」
「その個体が九九八三号かァ?」
「はい」
「俺がどこまで覚えてられるかわからねェけどよォ、面白かったぜ、第六位」
そう言って口元を歪め、一方通行は九九八三号に背中を向けた。
「…あばよォ。第六位」
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「…ん」
目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。体中痛く、頭が重い。
夢なら、良かったのに…
視界が歪む。
私の複製(クローン)が殺されている…なんて
―――筋ジストロフィーの治療のため、君のDNAマップを提供してくれないだろうか?
うそつき。
―――オマエのクローンには世話になってるぜェ。一方通行だ。――ヨロシク。
あの子を殺しておいて、アイツはそう言った。
―――実験動物ですから。
私の姿をしたあの子たちは、そう言った。
―――お姉様。
淋しげに微笑む九九八二号。
「…くっ…。うっ…うう…」
私には何もできなかった。
私は、あの子を救えなかった。
―――今のがオマエの『とっておき』だったんだっけ?わりいわりい、あまりに普通で拍子抜けしちまったわ。
超電磁砲が効かなかった。
私じゃ、アイツに敵わない。
でも、このままじゃ、あの子たちが…。
―――量産能力者計画 一方通行
どこかに、施設があるはず。この馬鹿げた実験を企んだ奴の…。
―――筋ジストロフィーの治療
人のDNAマップをくだらないことに使うなんて。
「許さない…」
こうしている間にも、アイツはあの子達を殺している。
「潰してやる。計画に関係する施設も、計画も…」
そうすれば、あの子たちも助かるはずだ。
「…そうと決まれば、とりあえずデータベースを見に行かないと…」
美琴は静かに立ち上がると、パジャマを脱ぎ捨て身支度を整える。その瞳には、強い光が灯っているように見えた。