オーバーボーン Overlord × Dovahkiin   作:あんころ(餅)

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(まえがき)
 分割投稿です。詳細はあとがきで。
 切り張りのしすぎで文章とっちらかってたら申し訳ないです。


002-A. 拾いあげた娘 / 前編(1日目)

   〔2〕

 

 

 早朝。日の昇りそのものはまだ顔を出さず、先触れとしての空の白みが大地から暗影を払い始めたころ。

 カルネ村の働き者たちにとって、一日の暮らしが始まる。エンリもまたその一員だった。妹のネムの年頃であればさすがにいま少しを眠って過ごすものであるが、エンリはここ数年を一番に起きだす者として働いている。それは少々の頭や身のだるさと引き換えではあるものの、胸に誇りを教えてくれる習慣だった。

 一日の仕事は水汲みから始まる。水がなければ何もできないのが人間というものだ。そして村では水汲みは女の仕事だった。

 エンリは寝台から降りるとすぐに着替え、髪を手早く結い上げ、身なりを整える。この時期は早朝といえども冷え込む空気はさほど感じない。そのことの気楽さに内心で小さな感謝を捧げながら、エンリは用具を背負うと家の土間から仕切りをくぐり外へ出た。

 そうして村にいくつかある掘り井戸の内、最も実家から近いものを目指して歩を進める中、横合いの高い位置から声がけを受けた。

 

「おはようでござるよ。エンリ殿。このような日も昇らぬ内からいつも働かれているのでござるか?」

「あら。おはようございます、森の賢王さま。はい、水汲みは誰かが先んじてやらねば、ほかのことが始められませんから。朝食の仕度の一環みたいな面もあるので、昔から村では女手の仕事の一つなんです」

 

 一旦足を止めて、エンリはちゃんとしたあいさつを交わす。それから視線と仕草で促して歩みを再開させてもらって、改めて会話を続ける。

 森の賢王も歩調を合わせてくれて、横合いの位置についてくる。「昨日の朝は、さらに前日のあのなんとも衝撃的な出会いの……疲れからか寝過ごしていたのもあって、気づかなかったでござるよ」との補足を加えながら。

 

「なるほど、でござる。しかしエンリ殿のような細腕のおなごが行うには、毎日となると大変な仕事ではござらぬか?」

「それはまあ、水がいっぱいの桶や(かめ)は重たくて疲れますけど、慣れることはできますし、自分が苦労した分だけ家族を楽にさせてあげられるのだとも思えますから。やりがいはある仕事ですよ」

「おお。なんとも殊勝な心がけのもとにあるものでござるなぁ。よし。そうとなればこの森の賢王、エンリ殿には恩義を受けた身として、一肌脱ぐもやぶさかでないでござる。その水汲みをいくらか手伝わせていただこうかと存ずるがいかがでござろう? 単純な力仕事の面であれば、それがしでも役に立つことができるものと思うのでござるよ」

「ええっ、そんな、いいんですよお気にされなくても。この手の仕事はいつものことですし……」

「いやいや、エンリ殿こそ遠慮は無用でござるぞ。それがしはこの二日で、村の暮らしの中にあって宿飯の恩義もまた受けた身。加えて森より出でて人里の暮らしなど初めて見知るこの機会、せっかくならばと学びたきことも多々あるゆえに。エンリ殿さえよろしければ試しにいろいろと手をつけさせてみてほしいのでござるよ」

 

 いかがでござる? と改めて問うように、その力強さを宿す(まなこ)を向けてくる森の賢王。こうして接し慣れてきて気づくことの一つに、意外とくりくりとしていて愛嬌もある瞳なのではないかという評価がエンリの内には湧いてきていた。失礼になってはいけないので誰に話すつもりもない内心限りのことではあったが。

 そうまで言っていただけるのであれば……と、エンリが遠慮がちの賛意を示すと、森の賢王は一つうなずき、そしてその先の歩をうきうきと嬉しそうに進めていった。

 とりあえず、井戸から汲み上げる際の綱でも引いてもらったらよさそうなのかな? などとエンリは分担できそうな作業を頭の中で描きながら、残り少しの道のりを歩むのだった。

 

 

    ◆

 

 

 あの日は本当に大変だった。

 エンリは記憶を振り返る。全体としては、一行を村まで案内した上で村長を中心に紹介し、そして村外れの空き家をあてがって(森の賢王さんには馬小屋で容赦してもらい)、押し込んで静かにさせたと、まとめてしまえなくもないが……。

 その一つ一つがいちいち大騒ぎの連続だったのだ。

 まず、ドヴァーキンと呼ばれていた戦士風の大男から無体に絡まれ、いじられ続けていた森の賢王の涙目な姿があまりに哀れだったので、さすがにかばいに入った。吐き気なりが酷いという大男にはエンリの持ち運んでいた水筒の残りを与えておき(よくある革袋のものとは違い木製の、水が生臭くならないどころか清涼な香りがかすかに染み出す材質の水筒だ。ただし耐久性と容量の難があるため日帰りで出歩ける範囲での用途にしか使われない)、毛皮や四肢に少々の汚れを被ってしまっていた森の賢王に対してはそこらから千切り取った葉っぱと手持ちの布巾を工夫して使い、汚れを大方拭ってあげた。

 それでもやはり臭気の問題など残ってしまうため、最終的には水で流してあげたいところ。村まで我慢してもらうしかないかとも思ったが念のため、大男の側にも水袋などに余らせていないか聞いてみたところ、応じて突き出されたものは総銀製らしき大ぶりな水差しだった。

 そんなかさばる荷物をどこに持っていたのかまったくもって意味不明だったが、どこからともなく取り出してみせられたのだ……。しかも、とてつもなく清らかな水が常にたっぷりと満たされていた。使っても使っても尽きるどころか目減りする様子すら見せない。そうした種の魔法の力が付与された道具(マジック・アイテム)が世のどこかにはあるのだと伝聞こそ耳に及んだことはあれど、まさか実際に目にする機会があるとは思わなかった。もしも購入しようなどと考えたなら金貨でどれほどの枚数を積み上げる話となるのか、エンリには遠い世界の物事としか思えなかった。

 ともかく、水源を確保できたことにより、森の賢王の身は清められた。はたしてエンリの水筒を与えたことに意味があったのかは自信をなくすところではあったが、とはいえそのおかげか以後にドヴァーキンなる男はわりと素直にこちらの言葉を聞き入れてくれるようになったので、まあよしとしておこう。どうやら恩義の関係を重視する考えの持ち主らしく、この程度のわずかの厚意であっても実際の行動として示したという事実が彼には有効なようだった。

 それに、結局のところ男の身は、森の賢王の背に乗せて運んでもらったのだ。もし触れる部分が汚れたままだったら嫌な思いをするのは男自身だったわけで、その面から見ても清めるための一連の行為から最大の“利”を受け取っているのもまた彼なのだと、話が集約するわけだった。

 なお、この時のやり取りがもとでエンリは森の賢王から一定の敬意を払われるようになり、名前を“殿”付きで呼ばれるようになったわけだがこういうのも怪我の功名だなどと呼べるものなのだろうか?

 ちなみに当初の目的であった薬草籠は、幸運にも騒ぎから外れた位置にあり無事だったので回収できた。後ほどエンリが背負って運んだ。

 

 次に騒がしく揉めたのが、森の中から出発する前、美しき白き少女パーサーナックスに何か着せるものがないかとなった際だった。いつまでも素っ裸ではさすがにまずい。いろいろと。

 エンリが村へ一旦取りに戻るか、それとも角付きヘルムの大男――体調が悪くとも脱ぐ気はないらしい――が羽織っている毛皮のマントでも渡してひとまず身に巻くなりしてもらうか。そういった話をエンリが提案しかけたところ、男が「服や防具なら手持ちが相当量あるはずだ」と断って、荷物をどこからともなく取り出してみせたのだ。

 はじめ、彼は白色系の柔らかな色味をしたショルダーバッグとウエストポーチを取り出した(バッグは肩掛けに限らず背負ったり手持ちにしたりできる帯や取っ手が各所に工夫されたもの)。そしてそれぞれを少女に手渡し、騎乗待ちで伏せた森の賢王に背を寄りかからせる姿勢を取りながら、このようにのたまった。「どちらも大容量の魔法の収納具(マジック・ストレージ)だ。バッグのほうには、これまでに拾う機会のあった女物をひとまとめにして放り込んである……はずだ。好きに使ってみてくれ。ポーチのほうには、もしもはぐれるなどして単独行動となったならば入り用だろう物資が一通り入っている。中身は自分で確かめてくれ」

 いまだ調子の悪そうな中でのぶっきら棒な物言いではあったものの、わざわざ説明を加えながらの手渡しであったあたり、それが気遣いに基づいていたことは間違いないのだろう。

 しかしそうしてバッグから最初に出てきた衣服や防具……らしき、物々がまた問題で……。

 

「なんじゃ、これは。腹も胸元も()()()()が丸出しではないか」

「背中も、すごいです。これって服? 鎧なの? どこのナニを守るつもりでこんな……。うわぁ、こっちのなんて()()()()()()()()()ですよぉ……」

 

 最初にまろび出てきた数着の、なんというか()()()()()()()()()に。その場の女衆――つまりは白い少女とエンリのことだが――は、思わず仰天してしまった。なにせ、エンリの知る限りでは()()姿()()()()()()()()()になる衣服など、まったく理解の及ばない世界だったのだから。

 ()()()()()を場に持ち込んだ男に対する女の視線とくれば、これは知れたものだろう。真冬に高山から吹き降ろす風よりも冷え切ったなにかが、その向けられた目には乗せられざるをえないわけで。

 

「どういうつもりなのじゃ、おぬし……」

「知らーん。そんなん、狙って手に入れたわけでもないっての」

 

 言い訳としか思えない言葉を投げやりに腕を一振りしつつ吐いてくる男に、向けられ続ける目はなおも冷たい。ひるみにも似た数拍を置いて男は、嘆息とともに説明の口を開いた。

 

「あー、なんといったらいいのか……。()()()にはな、()()()()()()()があったんだ……。かつて迷い込んだ、狭間なるオブリビオンの領域。司る存在の正体を誰も知らない、ただ“ネクサス”とだけ呼ばれるそこをさまよい歩いた際に、入手した品々の一部で……奇抜なものが多いが、宿す力はなぜか強い。それらは“デイドラ大公の秘宝(デイドリック・アーティファクト)”とも異なる、出所も由縁も定かでない、ただとてつもなく古い……いうなれば、“知られざる遺物(ミスティック・レリクス)”といったところか」

 

 そうして長く言葉を連ねたあと、もう一度嘆息を挟んでから、「もっと“奥”には、まともっぽいものもあるはずだ。とにかく大量にあるから、探してみてくれ」と付け加えた。

 

「むう。入手した経緯は理解したが……。なぜ、いままで所有していたのじゃ? こんなもの、持っているだけで犯罪じゃろ? それくらいわしにさえ分かるぞ?」

「いや、さすがに持っているだけで犯罪は……。素っ裸に比べれば踊り子の衣装のようなものだともいえるし……」

「素っ裸よりも犯罪じゃろこれ?」

「ぇー」脱力なるまま吐息をついてうなだれて、数呼吸かけてようやく立ち直った男が言葉を続ける。「ともかく、ひとまず回収だけはしておいた理由なら、さっきも言ったが宿す力は強いからだよ。放置しておくと、どこのどいつがどう利用して脅威となるかが分からなかった。特にあそこでは一切気が抜けない状況で、こっちにも余裕がなかったからな。目についた代物は片端から荷袋に詰め込んじまうのが一番安全だったんだ……。まあその後、収納容量(ストレージ)の中に放り込みっぱなしで忘れてたのは、俺も抜けてたんだろうけどよ」

 

 などとすったもんだを経たわけだが、時間にそこまで余裕があるわけでもない状況下で(既に昼下がりの森の中で、このまま日が暮れてしまうなどなれば最悪だ)、手早く候補を絞った中から()()()()()()()()だとして選ばれたものがこれ、「魔女っ子セットD型三式/スターパープルエディション」とやらだった。名称の意味などエンリに分かろうはずもない。

 まあ結果からいえば白き少女パーサーナックスが着こなした姿は、とても似合ってはいた。その見た目の上からだけでひとまずの判断を下すのであれば……。

 布地は夜空の星雲を思わせる暗紫色を基調としており、そこに星々のきらめきが散りばめられたがごとき装飾が施されている。全体的な作りは魔術師のローブと学徒用の制服と(どちらもエンリは実物を詳しく見知ったことなどないが)さらに外套としてのコートを足して割ったような意匠で、不思議であるのは腰まわりのスカート状の部位が多層構造をなしておりわざわざの入念ぶりであるのに、前面を守っていないのだ。横から後ろにかけては長いのに、前だけ極端に短い。仮にこのままであれば膝上の太ももが大きくむき出しとなるだろう。なにを考えたらこうなるというのか。

 ただし、そこを補うように、足下の側からブーツとソックスとレッグガードの複合した履き物が、膝上のけっこうな高い位置までを守っている。結果として垣間見える太ももの肌はごくわずか、隙間のような一寸限りとなっているのだが、だからこその絶妙ななにかを感じ取らせる。

 このデザインには非常に執念じみたものを疑ってしまうのだが、考えすぎなのだろうか?

 なお、頭部には帽子がワンセットとなっていて、つば部分がとても広くて大きな作りの、とんがり帽子で、そのとんがりの頭頂部は後ろ折れとなってなびいている。まだ体格の育ちきらない年齢の女の子が()()()()として被るのにいかにもの愛嬌が醸されており、ここに関しては素直に可愛らしいと称賛できるだろう。

 不思議であるのは、少女の白い角も翼も、引っかかるようなことにはなっていないという点だった。角はまあ、帽子が大きめの余裕ある作りをしているからと納得できなくもなかったが、翼は常識による理解が拒まれた。コート状の羽織りの下にはさすがに隠れているものの、着込んだ衣服の背の側からは翼が外に出ているのだ。そこにあらかじめの切れ目など用意されていなかったというのに! 服を着ることそのものに不慣れであるらしき少女の着付けをエンリが手伝った際、はじめは目にした現象をまともに認知できず流しかけてしまったのだが、おかしいとひとたび気づいてからは混乱することしきりだった。そこで件の大男、だるそうに森の賢王へ寄りかかりながら着替え終わりを待っている彼に、疑問の目を向けてみればこういわれた……。「高等な魔法の防具は装着時、着用者の体形に合わせてサイズ・形態ともに最適化される。その際、原形から逸脱しすぎない範囲であれば、着用者の身体的特徴に対しても邪魔にならない形に変化して応じる」と、あっさりと当然のような語調で。つまり、背の翼も不都合なく望むように外へと出してもらえる、らしい。なんだろう、それは……。

 ちなみに、服などが出てきた肩掛け鞄の中にはほかにも、たとえば鏡が大型の姿見から使い勝手のよさそうな手鏡まで複数種入っていたり、化粧用具が各種入っていたりした。いったいどのような用途であるのか不明な道具らしき数々も。さらに加えて大量の武器防具とくれば、まともに中身を検めきるなど丸々数日を費やしても追いつくかどうか。ともかく、鏡があったために着替える姿、自身が着こなしてみた姿というものを少女に確かめてもらうことができ、服を着るということの是非に一定の理解を示してもらえたことは幸いだった。裸のままが楽でいいなどともし断られたら困ってしまうところだった。

 なお、長い長い少女の白髪については、邪魔にならないよう簡単に結い上げた上で、ひとまずはと大きな帽子のとんがり空間の内側に、半ば押し込むような形で申し訳なかったが仕舞わせてもらった。あまりに美しい長髪であったので切り落とすかといった発想はその場ではなかった。

 

 さてさて、そうして、ようやくに……出発した後。やっぱり騒ぎとなったのが、当然のように村に帰りつかんとして近づいた際だった。

 なにせ森の賢王という大魔獣を連れた一行だ。いくら村の住人たるエンリが一緒に連れ立っているといっても、その魔獣がかの森の賢王であるということも対話が可能だということも、村人の側は知らないのだから。

 おまけにその魔獣の背には、まるで死体のように()()()()()()になっている武装した大男が雑な扱いの荷物のごとく乗せられており、さらにその上には人外の美のごとき白色の少女が上質すぎて目を惹くばかりの衣装をまとって、ちょこんと座っている、などとなれば。

 意味が分からないだろう。傍らに連れ立つエンリにだって分かっていないのだから。

 ともかく警戒している村の皆には事情を了解してもらわなくてはならない。森の騒ぎをどうやら聴きつけていたらしく、エンリが遠目に見る限りでは村の男衆が手に手に武器にも使えそうな農具……ピッチフォークや長柄の鎌やクワ、あるいはナタなどを持ち、村の北側の境、つまり森に対した側へ、集っているようだった。

 その先頭に立って皆を説得するかのように大声を張っている男性の姿には、見覚えがある。父だ。エンリの父親が……対面に立って反対するような姿勢を見せる別の男性、おそらくは狩人のラッチモンさんと、激しく口論を交わしているようだった。二人の中間かつ一歩引いた位置には村長さんの姿も見え、厳しい表情で腕組みしているようだった。何事かを見定めんとするかのごとく。

 なんとなくだが連想もつく。つまるところエンリの救助に向かうかどうかで揉めているのではないだろうか。森の中という環境は意外に音を吸収し外へ漏らさないものだが、単発限りではなく二度目が続いて音を立てれば、さすがに気づくことも難しくなくなる。野鳥が飛び立つ姿などもあるだろう。

 エンリをとにかく救助に行きたいだろう父と(それが確信できる程度には愛されている自負と、そして日頃の感謝がある)、森の厳しさを知る狩人としてうかつな手出しには賛同できないラッチモンさん、さりとて傍観していて本当に村が無事で済むかの保障もない中で責任と決断を背負わなければならない村長さん。そういった構図と見えた。

 まあ今回については、運よく(本当に、運よく)それらは杞憂で済んだわけだが……。徐々に歩みを近づけつつある一行の中から、エンリは両腕を振って大きく声を投げかける。

 

「お父さーん! 私は無事よー! 怪我もないよー!」

「――ッ!? エンリ!? エンリかっ! 大丈夫なのか!」

 

 こちらに気づいた父が慌てて駆け寄ってくる。

 駆け出して数歩すぐに、父はエンリと連れ立っている魔獣たちのことも改めて認識したのか驚愕と警戒から足が止まりかけたようだが、完全に止まりきってしまうことなくまた数歩で走りは勢いを取り戻した。

 そうしてエンリのことを見据える父の目は、覚悟を決めたらしき意志の強さを感じさせるものだった。もしもエンリが人質のごとく背後を取られた身であるならば己こそが盾となってでもと、気勢の込められた。父の、親としての愛を深く感じる……。今回それは空回りであることを哀しめばいいのか喜べばいいのか。

 

「エンリっ!」

「わっぷ! ちょっ、お父さん、強く締めす――くるし……!」

 

 エンリの下まで駆け寄った父は強く抱き締め、よしんば抱き上げて身ごと取って返そうとするかのように引っ張るが、これにはエンリがとっさに抵抗する。気持ちは分からなくもないが慌てすぎだ。

 

「なにをっ、エンリ、足を突っ張るんじゃないっ。早くこっちに――」

「ちょ、だから落ち着いて、お父さん。大丈夫だから。それに皆さんに失礼になっちゃうでしょ」

「話はあとで聞く! いまはとにかく身の安全をっ」

「――聞いてってば! あのねっ!」

 

 父の耳元へエンリは強く声を叩きつけた。

 びくりと身が一瞬すくむ父へ、間断を挟ませず大声で続ける。

 

「だいっ! じょうっ! ぶ! だから! ――この人たちはお客人だよ。村に数日ほど逗留したいって。怪我していて、それは治療できたんだけど具合が悪いままの人もいるの。あっちの魔獣さんは森の賢王さまで、言葉も交わせるし理知的な方よ」

 

 なん……だって? と信じられないという驚愕をありありと浮かべた父に対し、エンリは両手で父の顔を挟んで半ば無理やり連れ立ってきた三者のほうへと向けさせる。

 と、それを受けてか三者ともあいさつらしき仕草を返してくれる。ドヴァーキンなる大男はぐったり背負われ状態から顔と片手を無気力に持ち上げて、パーサーナックスなる少女はその上にちょこんと座ったまま鷹揚に、そして森の賢王なる魔獣は律儀さのうかがえる一礼(おそらくは頭をぺこりと一度上げ下げしたのだろうと見て取れた)によって、それぞれ。

 

「どうも。はじめまして」

こんにちは(ドレム・ヨル・ロク)。エンリ嬢の父御かえ?」

「お初にお目にかかるでござる。それがしは森の賢王。エンリ殿にはお世話になっているでござるよ」

「あ、はい。ええとエンリの父です……。どうも、その、こんにちは……?」

 

 あっさりと三者三様なあいさつを返されて、受け止めきれないというか理解が追いつかないのか、エンリの父は反射的に当惑まじりのあいさつを応じていたが。ちなみに一言を言い終えてすぐ大男はまた死んだように顔も腕も下ろして力なく伸びていた。

 ともかく、ここが好機だとエンリは畳み掛けることにした。事情を説明する、安全である、村のみんなにも聞いてもらう必要があるからもう少し近寄って合流しないとならない。と、父の腕をとって強引に引っ張りながら、他の面々も誘導してゆく。

 そして村長たちへ向けても大声で呼びかけながら、とにかく無事であり言葉で対応できるのだということを前面に主張しつつ場を取り持つ。

 そうこうして合流した村の男衆へ向けて、“お客人”を紹介しながらもエンリは言葉になる限りの説明をまくし立てた。あの者たちとは森の中で出会ったこと、遠いところから不意にこのあたりへ飛ばされてきた身であるらしく迷っているようだということ。当初は二人とも負傷しており治療は行えたものの、特に大怪我であった男のほうの調子が悪そうなままだということ。そのためもあってひとますの宿と逗留を求めているのだということと、対価は支払う用意があるということ(これは当人たる彼から前もって伝えられていた)。また、その一連の騒ぎの中でかの大魔獣「森の賢王」が縄張りの警戒に現れたが少女との理知的な対話を通じ、かつ戦士の男が腕力で上回ってみせたことにより、いまは大人しく従って同行していること。などを。なお、空から降ってきたうんぬんは人伝に聞いても理解が難しいだろうし、エンリとしてもうまく説明できる自信がなかったのでこの場では省いていた。

 エンリが長々と説明を続ける内、納得したかは分からないが村の男たちも手に手に構えていた農具などを下ろしてくれた。これは警戒を解いたというよりも下手に殺気立った刺激を与えることのほうが逆効果で危険ではないかといった怯えに近い雰囲気と困惑を感じさせたが、まあ、結果としては大魔獣ごと背負われた大男とその上に座る少女を村に招きいれられたので、よしといえよう。……村人たちから向けられた目は、体調が悪いと説明されその通りにぐったり伸びている男の上に暢気な体で座り乗っている美しき白皙の少女のことを(いぶか)っているようではあったが。実は魔獣の背に直接座るとその毛皮が見た目とは裏腹に金属めいた硬さを備えているため、ちくちくと刺さってくるからだ、などという理由からであることは推察できるものではなかっただろう。(ではそんなことの下敷きにされている男の身のほうはどうなのだろうという点はエンリも触れるに触れられなかった。あの二人はどういった関係にあるのか分かるようで分からない……)

 その後、一行が最初に案内された先は、村長宅だった。話が長引いたため、場を改めて腰を落ち着けて話そうという流れになったわけだ。村長のほか、エンリの父も心配をこじらせた体でついてきている。なお、ぐったり男に関しては早めに寝台に放り込んであげたいところではあったものの、最低限の通すべき筋合いというものがあるので仕方がない。

 村長宅に着くまでは魔獣に背負われるままぐったり荷物状態だったドヴァーキンなる大男も、いざ到着したとあればさすがに起き上がってきて、足取りなどはやっぱりぐったり力ない感じではあったが村長の案内に従って入り口すぐの居間(土間と兼ねられている)へと通される。そして居間に置かれた木製の長テーブルの手前側の席に、ぐったりと気だるそうに座っていた。相当に失礼な態度ではあるが……。

 ちなみに、村長宅の居間兼土間は、村人間の簡易な会合にも使われることがあるため(大きな会合であればそういったことのための集会小屋が別にある)、他所から見たらどうかは知らないがこの村では一番大きな造りをしている。そこに置かれた木製の長テーブルと複数の椅子、その奥側の長辺に席を取った村長とエンリの父が並んで座り、対面となる手前側の長辺には戦士の男と白き少女が並んで座って、向かい合っている形だ。なお、エンリ自身は事情を横から説明するために中間の短辺側に座っていた(父と近い側だ)。また、森の賢王は村長宅の出入り口すぐそばの外に待機している。当初は馬小屋にでも案内して休んでもらおうとしたのだが(村に常飼いの牛馬などは財政上の都合からいないが、行商人などの訪い人は馬車や荷馬を用いてくるものなので世話のための設備ならば簡単ながら設けられている)、話を聞いておきたいと同席を希望されたのだ。しかし、どう見ても体格的に村長宅の出入り口を通ることなどできそうになかったため、仕方がないと外部待機である。それでも聴力など知覚力は優れているらしく、居間が出入り口すぐの位置であることもあって話は十分聞こえるそうだ。なんとなくだが……彼女(?)は意外と寂しがりなのかもしれないと、エンリは感じるところがあった。

 居間にて席についた村長たちだが、話をすぐには切り出さない。居間に隣接して作られている炊事場にて村長婦人が何事か準備しているようだから、それを待っているのだろう。

 やがて少々待たされた間のあとで、村長婦人が盆を両手に持って居間に来てあいさつ、そして白湯の注がれた木製のカップをテーブル上の各人の前に配してくれる。

 一から沸かしたにしては早い。と、エンリからは見えた。ひょっとしたら昼食を済ませたあとの燠火(おきび)が残っていたのかもしれない。昼食とは贅沢なものではあるが、同時、農民の暮らしとは一日中の肉体労働でもある。途中で()()()()しまわないためには少量であれ欠かすことはできない。なんでも、下手な都市部の貧民層よりも農村地帯の暮らしのほうがそうしたあたりは普及がしっかりしているらしい。下世話な話になるが糞尿の始末についても同じくとか。とはいえ、いま時期は夏至に近く日が長いからしっかり昼食も取られるが(そうする分だけ労働時間が長いわけだが)、冬至の前後で日が特に短い時期であれば省略されてしまうこともある。エンリほどの年齢にもなれば理解も我慢も通じるのだが、かつて妹と変わらぬ年齢であったころにはそれを辛く感じてしまった思い出もある……。

 

「こほんっ。えー、さて。我らがカルネ村に当座の宿をお求めとのことでしたが……」

 

 飲み物が配され場が整ったことを受けてか。ようやくに村長が切り出した。対面に座す大男のぐったり具合とあけっぴろげな無礼さに、多少のおののきなりひるみなりが含まれてしまっているようではあったが。とはいえ体調が本当に悪そうだという点も理解されているのか、咎め立てる雰囲気はなかった。

 不思議なのはそのあとだった。

 ずっとぐったり死人のように伸びるばかりであったドヴァーキンなる大男が、ぐいっと身を起こして姿勢を正すと、急に礼儀正しくハキハキと、かしこまった所作で、被っていたヘルムもちゃんと脱いでテーブル上の脇なるところに置いたのだ。そしてあいさつの言を改めて述べだした。(それを横で見ていた白い少女も追従するように帽子を脱いでいた。粗く結われただけの長髪が背に垂れる)

 彼のあいさつはまず感謝の言葉と名乗りから始まり、次いでこの場を設けて受け入れてくれたことに重ねて感謝。それから事情の説明へと移っていった。その語り口は立て板に水のごとく滑らかで、急に変じたがごとき雄弁さとの落差が正直言って気味悪いくらいだった。なにか変なところの()()()()()でも入ってしまったかのような切り替わりぶりで。

 

「……という事の次第でして、こちらのエンリ殿には危ういところにお声がけいただき助けられ、またその後の世話や案内も誠実に応じていただけまして深く感謝しております。この恩義への御礼と、数日の宿泊の対価を兼ねてまずは支払わせていただこうと考えているのですが、金品のたぐいと食料品などであればどちらがこの村では扱われやすくご都合にかなうでしょうか? なお、もし逗留期間を延長させていただくようであれば追加で対価などに関して交渉させていただきますので、ひとまずの先払い分ということで。気軽にお受け取りいただければと存じます」

 

 一体どこにそれほどの流暢な言葉を仕舞っていたというのか。思わず問い詰めたくなるくらい、このドヴァーキンなる男は()()()()に喋ってみせれば聞き惚れるばかりの語り口で、しかも礼節にも見事に則ってみせていた。まるで熟練の極みに至った商人のようだ。……はじめからこうであってくれたなら、と思ってしまうことは失礼だろうか。(だが禁じえない)

 ちなみにこのとき、彼の顔をなんだかんだではじめてまともに見定められたわけだが、その第一印象はエンリにとって不思議なものだった。戦士らしく精悍、ではあるのだが、年齢のほどが一見しただけではよく分からない。色味のしっかりとした金茶の髪を後ろへ流しており、おそらくはヘルムを被るに際して邪魔にならないためと緩衝などを兼ねているのだろうが、髪は長くも短くもなく側頭部から二筋ずつが細めに編まれていてそれぞれ後頭部へかけて全体をまとめるために使われているようだった。目はいかにもの碧眼。また、髪と同色のあごひげと口ひげが短く刈り込まれている。太く鍛えられ、かつ引き締められた首から頭部にかけての面立ちと戦士として練達の域にあろう風骨が、ともすれば壮年を行き越えて老成すらも感じさせるが、しかしよく見ると肌などは若々しくシワもよっていない。差し引きしてみれば……実は意外と若者で、二十代の半ばほどなのかもしれない。

 そうこうエンリが観察している間にも、この場での話は進んでゆく。

 

「そ、そうですな。それでしたら……ひとまずは、食料品でもっていただけますと、村人間でも分け合いやすく助かりますな。なにせこのような田舎村でして、貨幣で物をやり取りするなどたまに行商人が訪れたときくらいとなります。宝飾品などを換金する先もありませんもので……。しかし、食料品をとのことですが、失礼ながら荷物をさほどお持ちでないように見受けられますが……?」

然様(さよう)に見えましょう。すべてこちら魔法の収納具(マジック・ストレージ)に収めてありますので。中身は大量にありますとも。どれ、一部並べてみましょうか」

 

 やはり村長もまた面食らうところのあったものか、多少のたじろぎとともに受け止める様子を見せ。それから疑問点をおそるおそると呈する村長に対し、大男はこれまた流暢に、あっさりと応じてみせる。

 そして続けざまに土間めいた地面に並べられてゆく、樽や甕、壷類の容器。どれも高さが人の腰上ほどにも届く、けっこうな大きさだ。テーブル上に置かない理由は重量を支えきれそうには見えないからだろう。容器の中身は、まずは様々な肉類。鹿肉、山羊肉、猪肉、豚肉、牛肉、鶏肉、馬肉などなど一通りがそろえられている。次いで塩、砂糖、胡椒や山椒など、調味料や香辛料のたぐい。さらには蜂蜜がたっぷりと詰められた甕、バターの壷にホールチーズが複数種類と納められた樽、木の実や果物が色とりどりの樽の並びに、魚介類や香草の樽まである。

 部屋を埋めそうなほどに並べられたそれらにさらに加えて、テーブルの上には小型の樽や陶器・ガラス製のボトルなどまで並べられてゆく。酒類であるらしい。蜂蜜酒(ミード)麦泡酒(エール)葡萄酒(ワイン)と……。木製のテーブルの脚が重量に負けかけてギイギイと鳴きだすまでそれは続いた。

 しかし、本当に。いったいどこから()()()()も取り出しているというのか。彼自身にいわくのところではあの一見使い古されたようにも見える魔法の背負い袋からだというが、端から見ている分にはその袋口からまともに取り出しているようには思えないのだ……。とにかく実に不可思議まみれの光景が眼前には広がっており、村長とエンリの父、それに部屋の奥側なる隅に控えていた村長婦人は、あっけに取られすぎて目から眼球がこぼれてしまいそうな形相もあらわとなって、身が固まってしまっている。

 おまけに信じられないのが、検分のためにと蓋の開けられたいくつかの樽などからは、どれも冷気がほんのりと漂ってきている点だった。気になってエンリが聞いてみれば、冷温保存の付呪とやらが施されており長期の熟成保存が可能だという。なんでも、男が元々住んでいた「スカイリム」なる地は、その大陸における北端に位置する寒冷厳しき雪国であり、下手に食材を“常温”に晒しておくと凍りつきすぎてしまい食材としてはかえってダメになってしまうらしい。そのため、“適度な冷温さ”を保つための処置を容器類に施しておくことが当たり前の常識であるらしく、長年をかけて工夫され洗練された簡易でありながらも効果的な加工法が普及している、らしい。エンリからすれば寒いほど食材が長持ちしそうに思えるが、何事も過ぎたるは及ばざるがごとし、ということのようだ。それにしても庶民が日常に用いる容器類にまで魔法的な加工が当然とは、贅沢な話に聞こえてしまう。

 結局、このあとに交わされた言葉は少なく、村長たちはあっけに取られるままにうなずくばかりの体であった。分量が受け取りすぎではないかといった点に思考をまわせる余裕もなかったらしい。その後に我に返ってからはけっこうな慌てふためきようだったそうだが。

 

 そうしてドヴァーキンたちに割り当てられた家屋は、村の北東側の外れに建てられた空き家の内の一軒だった(森の賢王はやはり体格的な都合があって、馬小屋のほうへと別途案内の次第となった)。開拓村の常として、空き家はなるべく数軒の余裕が確保されている。村人の家庭が増える場合に備えてというのみならず、行商人やその護衛などを泊められる家屋のあることが望ましいからだ。下手をすると“次”が来てもらえないかもしれず、それは辺鄙な地の小村にとって致命的な事態をもたらしかねない。彼らとてテントなど野営用具は常備しているものではあるが、だからといって村に着いてまで野営などとは心証がよくない上に実際の負担も大きい。村内の各民家に分散して泊まってもらうといった選択肢もあるが武装した護衛役なども含まれる場合に元々の顔見知りでもなければ村人側の負担とて正直なところ遠慮したいものがある。それらを突き合わせた末の落としどころが、つまりは空き家というか予備の家屋、であった。なお、村長の家には客間が用意されているもののこれは徴税役人などの面倒を引き受けるためのもので、一名限りか詰め込んでせいぜい二名かといった狭さであり、実のところ居心地がいいとまではいえない部屋でしかなかった。

 この空き家には、なんだかんだでエンリが案内を行った。村長たちは急に大量の食材が入手されたことに対する分配や保管の手配で大わらわであったからだ。エンリとてよく知っている村内のことであるし、そもそも空き家の掃除や手入れを時おり分担している女衆の一人でもあるのだから。

 とはいえ、問題もある。寝台に敷かれるべき(わら)束は痛みやすいものであり交換の頻度が高いものの一つだ。つまり、空き家には常備されていない。埃を払うなど簡単な掃除も含めて数時間ほどの準備の手間をもらえるのなら用意するところではあるのだが、交渉ごとの会話が終わった途端に再び脱力してぐったり感満載と化した大男には、それほどの余裕はなさそうだった。まあ、それ以前に村がもとから用意している寝台では彼には体格が合わないだろうという問題があって、そちらのほうが重要かもしれなかった。足が大いにはみ出すだろうし、そもそも体重が支えきれるかどうかもあやしい。

 そうしたあたりに関してエンリが簡単に指摘したところ、彼からは問題ないから一室が大きい作りの部屋を頼むと答えられ、四人部屋がある代わりに部屋数が少ない家屋(他には二人部屋が一つと、入り口すぐの多目的な土間があるだけ)を案内した。

 到着すると、男は四人部屋に備え付けられていた寝台や物入れといった家具をどこへともなく消し去り(一旦“回収”したのだというのは見ていてなぜかわかった)、それらを土間の壁際で取り出して端から並べるようにし、その後に改めて()()()()()となった四人部屋へ戻ると、どでーんと大きな寝台をまたまたどこからともなく取り出してみせた。

 エンリには見たこともない上物の、高級そうな寝台だった。またその大きさが規格外にしか思えず、エンリの体格であれば四名~五名が横に並んで寝られそうだ。縦の長さも、エンリの身長からすれば倍近くもあるのではないか? これ一つで四人部屋がほとんど埋まってしまって見えるほどだった。なるほどこれなら、彼ほどの体格であっても余裕をもって横になれるだろう。……なんでこれほどの重量物を持ち運んでいるのか、どうやってなのか、そんな疑問はもう気にしないことにした。ウン、ソレがイイ。

 最後に、あとは寝るだけといった雰囲気垂れ流しの男から、エンリは二つ頼まれた。一つは、丸一日か場合によってそれ以上、彼は起きてこないだろうということの、伝言というか周知の役。もう一つは、パーサーナックスと名乗った白き少女の、その間の世話役。特に後者に関しては、「人間としての暮らし方」をほとんど何も知らないだろう彼女に、最初の一回だけでいいから幼児に教えるように一から十まで説明と実践を示してやってほしいと。それは食事の作法といったわかりやすい点に限らず、身の清潔さの保ち方や、(かわや)の使い方までも含めて、だった。特に女性としての済ませ方が含まれる部分に関しては、ドヴァーキンなる彼には教えるのが難しいのだと頭を下げられ、重ねて頼まれた。理解力や思考力といった面に関しては常人をむしろ上回っているはずだから、一度教えればあとは手間がかからないはずだとそえられて。

 それを横で聞いている少女は、腕組みして不承不承の感が多少はあったものの、特に異論は挟まなかった。

 彼はこうしたところではふざけた面を見せず、頭を下げて実直に頼んでくる男だった。これほどにまっすぐと向けられたなら、エンリとしても断る気にはなれない。とはいえ元から、食事を用意する気力も残っていなさそうな大男の下に少女を放置するつもりもなかったし、世話を焼くのもやぶさかでなかったのだが。

 結論として、少女パーサーナックスは一日か二日か、あるいはもう少し延びて数日間か。エンリが引き取りエモット家で面倒を見ることとした。泊まる部屋については少女の体格であればエンリの寝台に共用してもらって大丈夫だろうし、妹と仲良くなってもらえたならそちらでもいいだろう。

 

 エンリが白き少女を連れ帰ったその夕暮れ、食卓は豪勢なものとなった。

 村中の家庭には豊富な食肉その他が届けられ、しかも塩などを節約する必要もないときた。

 エンリも妹も、これまでに口にしたことのない充溢の味わいと、遠慮無用の食べきれないほどの、おかわり自由なお鍋の中身。

 満腹で苦しいなんてお腹を抱えて寝台に横となる夜など、いつ以来だろうか。ひょっとしたら、はじめてだろうか。

 大人たちにはお酒も振る舞われているようだ。父は見たこともない上機嫌で、そこに寄り添う母も幸せそうで。

 エンリたちが食卓を辞したあとも、両親は楽しみの場をしばらく続けているようだった。もしかすると後日に妹か弟が増えるかもしれない。

 そうした温かみのある少々のざわめきが、エモット家のみならず村の全体を包んでいるかのよう。

 妹のネムは食卓では大はしゃぎで、満腹が過ぎたこともあってその反動が出たのか、椅子に座ったまま眠気に沈みかけていた。それをエンリが寝室へ引き上げさせようとしたのだが、何を思ったか姉と白き彼女から離れようともしなかったため、えーいと三人もろともエンリの寝台に押し込みだ。

 姉妹で“お客さま”を挟み込む構図である。

 もとよりさして大きくもない寝台で、小柄なりといえども三人詰めはさすがに狭苦しくなってしまうものがあったが、この日ばかりはそれも笑って許せてしまう。

 そんな夜が更けていった。

 

 

    ◆




(あとがき)
 というわけで半端な分割投稿です。すみません。
 本来はこの二話目投稿で三日分の描写を済ませ、導入部に一定のケリをつけたかったのですが、言及すべき事柄から生じる文章量が……あががが。
 構成能力が乏しくって申し訳ないです。

 ところでMOD(Modification)要素に関しては、この手のものを盛り込むなら本文中において最低限の言及があるべきだと考えておりまして、少々無理くりながら今回このような形を取ってみました。いかがでしたでしょうか?
 分かる人にはくすっと笑えるって感じになっていたら幸いなのでするが……。
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