side 雄二
木下、ムッツリーニに……後、島田か。大体の顔ぶれは俺の予想通りだな。黒板の前にある椅子の上でふんぞり返り返りながら、今後の予定を頭の中で構成していく。
まだ教室の中に見知ったバカの顔は見えないが、俺の予想では、十中八九明久もFクラスに来ることになるだろう。それ以外のビジョンがまるで見えない。いや、あっては困る。試召戦争を勝ち抜く上で、どうしてもアイツの存在は必要不可欠だ。攻撃力こそ無いものの、観察処分者として鍛えられた召喚獣の扱いには目を見張るものがある。はっきり言って、このクラスの主戦力になり得る力を秘めているはずだ。特に、得点の低いこのクラスでは。そんなことを考えている最中、老朽化故か黒板を引っ掻いたような音を立てながら扉が開かれた。
「遅れてすみませ~ん」
漸く来やがったか。
「お前にしては遅かったな、明久」
思わず、口元が凶悪な笑いで歪む。
「お前が居ないと始まらないんだ。『早く座れ、このウジ虫野郎』」
知らず知らずのうちに、約束の言葉が洩れる。俺が明久に、約束を交わした際にかけた最初の言葉。
「了解。相変わらずなんだね、雄二?」
察してか、明久の顔も悪戯っ子のような悪い笑みを浮かべる。
「それより、なんで其処に座っているの」
「ああ、まだ担任の先生が来てないからな。だったら今の内に顔ぶれを確認しておくのも悪くないだろ」
全体を俯瞰する、という意味ではこの上ない特等席だ。有効に活用するべきだろう。
「俺は、試召戦争でAクラスに勝つ。その為なら最善を尽くす。それだけだ」
「本当に雄二らしいね。そう言えばもう席は決まってるの」
「いや、特に決まってないみたいだぞ。適当に座っとけ」
フーンと言うと、明久は手近な席に向かっていった。
side 明久
流石Fクラスと言うか、酷い設備だった。座布団の綿が無いのはまだしも、畳は腐っているは窓に落書きがしているはの大惨事だった。ここ、本当に学校?
「おお、明久。お主もFじゃったか」
「ん?ああ、秀吉もFなんだ」
「……右に同じく」
「ムッツリーニも」
座布団に座った途端、わらわら悪友達が集まってきた。……なんだか嫌な予感がする。
「はろはろ~」
後ろから、先の予想が正しかった事が示された。
「……。……………。…………………はあ」
「待ちなさい、その長い溜めは何?そして何でいきなり距離を取るわけ?」
目の前に般若様も泣き出しそうな鬼面を浮かべたポニーテールの女の子、と言うか鬼がいた。彼女の名前は「島田三波」。正直、今までの経験上あまり関わりたくないというのが本音だ。
「あ、あの……吉井君?」
「ん?君は…」
目の前の鬼から如何に逃げるかの計画を考えていたとき、後ろから声がかかった。
「神、崎さん?」
「う、うん」
意外な人物に、まじまじと彼女の顔を見てしまった。普通、Fクラスに女子は来ない(ただし島田さんんは例外)。男子より真面目というのもあるし、今回のFクラス候補者達が候補者達なだけに。出来るなら誰だって関わりたくはない(ただし島田さんは例外。寧ろとある組織の影の実力者として力をふるっている)。しかし、そんな周囲の予想を覆すように、彼女はいた。この教室に。
引き締まった体、程ほどに白い肌に銀色の髪という、西洋人形を思わせるようなパーツに日本人形のように整った顔。神崎ゆずは、学園一の秀才、霧島さんと並ぶ絶世の美少女。学力も全国模試で名前が載るほどのレベル。去年他クラスだった僕でも知っているほどの有名人。だから、みんな当然の如くAクラスに行くものだと考えられていた人。だから、目の前にいるのが神崎さんだって直ぐには気付かなかった。
「……お主は本当に明久だな。振り分け試験の時に、保健室まで運んだ相手まで忘れるとは」
「ああ、そう言えば……」
あの時保健室に連れて行ったのが女の子だという事以外、すっかり忘れていた。あと秀吉、僕の名前を一体何の代名詞に思っているんだい。
「お主の名前か。当然――」
「ねえ、アキ。神崎さんを保健室に運んだってホント?」
秀吉の声を遮るように、感情が消えたような島田さんの声が僕に向けられた。途端に嫌な汗が噴き出る。
「う、うん。本当だよ」
「つまりそれ、神崎さんの体を――」
『これより異端審問会を行う。第一級異端者を捕えよ』
『『『はっ』』』
途端に僕の命が危険に晒される。おかしい。人として当然の行為をしただけなのに。後、神崎さん完全に泣き目になっているから。だからモテないんだよ?
『言い残す事はそれだけか?』
しかし、モテるモテない、善悪は抜きにしてもこいつらFFF団の結束力は否定できない。というかその団結力の前に完全包囲されている。他人の不幸は蜜の味と言うけれど、他人の幸福を見れば嬉々好んで蜜の味に変えようとする奴らもそうはいないんじゃないかな。
「お主ら、そのカッターナイフをどうするつもりじゃ!」
「……返答によっては」
僕を守るように秀吉とムッツリーニが前に出てくれるけど、正直数の暴力の前では為す術もないだろう。
「あ、明久君!?」
「おい、俺が目を離した一瞬の隙に何があった!?」
「邪魔しないで、坂本!これはアキとウチらFFF団の問題よ」
人垣の向こうから神崎さんと雄二の声が聞こえた。驚くのも無理ないだろう。あと、さっきの発言について、現代文が苦手な僕でも論理破綻していることは解る。百歩譲っても島田さんは関係無いだろう。
(明久、お主どうするつもりじゃ?)
秀吉がアイコンタクトを送ってきた。
(あと少しで担任の先生が来るから、それまで何とか持ち堪えるよ)
(……後、三分持ち堪えるのは困難)
しかし、戦術眼にも長けたムッツリーニによると、どう贔屓目に見てもこの状況から逃げるのは困難みたいだ。
『知っているか、吉井?』
人垣の中から須川君(FFF団団長)が進み出てきた。
『人を殺、死刑に処するのに三分もいらないのだと』
「知っているよ、バカ野郎!」
つい、絶叫してしまった。あと、裁判はどこにいった?死刑と言うからには、ちゃんと裁判を受ける権利くらいは保障されているんだろうね!?
『団員からの強い要望があったのでさっき廃止した』
『『『サー、イエッサー』』』
「ようわかった。お主らは人でなしじゃな」
「……恥を知れ」
どうせ廃止するなら死刑制度にして欲しかった。しかし、仮に廃止してもカッターを構えるFFF団を止めるにはザル法も良いところだろう。約40人の人間が一斉に襲い掛かる、雄二の身体能力でも防ぎきれない、そんな状況だった。僕が紀伊國友康の声を聴いたのは。
「五月蠅いぞ、馬鹿ども」
教室に澄んだ毒舌が聞こえた。
「紀伊國、君?」
扉の前に居たのは、島田さんやFFF団の連中は勿論、秀吉やムッツリーニ、雄二ですら知らない僕の友人――
「相変わらず面倒事に愛されているな、明久」
紀伊國友康が黒装束どもを分けるように円の中に入ってきた。
「いや、寧ろトラブルを愛しているのか。でなければこれほどの短期間に、これ程のイベントは消化しきれまい」
朗々と、周りにいる人たちに語り聞かせるように言葉を紡ぐ。
「しかし、噂に違わぬとはこの事だな。なんだ、この教室としての定義から大きく逸脱した――」
突然の事態にあっけらかんとしている人たちを尻目に、Fクラスの教室を見分する友人。しかし、そんな事はどうでもいい。問題は、
「何でここにいるの!?」
彼がFクラスにいるという事態だ。突然の大声にビクッとする秀吉たちを置き去りに、事情の説明を要求する。ある意味、神崎さんがこのクラスにいるよりも大きい衝撃を受けた。
「何でも糞もあるか。あの忌々しい記憶をサルベージさせるな」
話を途中で切られたのが感に触ったのか、多少不機嫌な声になった。といっても、敵意は含まれていない。
「いや、でも紀伊國君の成績なら――」
「……明久、この男と知り合いなのか」
いち早くショックから回復したムッツリーニが、戸惑いながらもみんなの気持ちを代弁した。
「あ、うん。後でちゃんと説明するから」
それで漸く立ち直ったのか、秀吉もいつものポーカーフェイスに戻った。無論、FFF団も……
『ゴホン……多少の予定は狂ったが、予定通り吉井明久の死刑を執行する』
もう見逃してくれていいんじゃないかな……
「待て」
しかし、それを邪魔するように紀伊國君の声がFFF団を妨げた。
『邪魔をするか、紀伊國。庇い建てをするなら貴様も同罪だ』
「はっ、これだから低能は理解が遅くて困る。俺は待てと言ったんだ。話を聞いていくのが礼儀だろうが、馬鹿め」
……うん、凄い煽ってる。島田さんは目からハイライトが消えているし、団員たちに至っては、布越しでも解るくらい顔の筋が浮き彫りになっている。ただし、彼らの攻撃目標も僕から紀伊國君に変わっていた。
「漸く聞く気になったか」
『ああ、言い残す事があれば聞いてやろう』
あれ、なんか事態が悪化してない?そう言えば、こいつら煽り耐性が低かった!
「紀伊國君、逃げて!」
「そうじゃ!ここはわし等が何とかするから……」
「……道は拓く!」
本末転倒だが仕方ない。友人の窮地は見過ごせない。
「いや、そんなもんはいらん」
けど、紀伊國君はその場を一歩も動こうとはせず、代わりに、須川君の方を見やった。
「良いだろう。最後に一つ、良いことを聞かせてやろう。……そこのお前。先程『人を死刑に処するのに三分もいらない』と言ったな」
『それがどうした?』
「その言葉、そっくり返してやろう。『三分あれば、西村教諭を呼ぶ』ことくらい造作もない」
『『『あ』』』
こいつら、僕よりもバカなんじゃないだろうか?「西、鉄人こっちだ!」「西村先生と呼べ!」あ、本当に鉄人の声が聞こえてきた。
『全員散会!』
慌てた須川君の指示を合図に、黒装束のせいも相まって、まるでゴキブリが逃げる様にワラワラと散っていった。
後に残ったのは脱ぎ捨てられた黒装束と、
「口先だけの俺を逃がすとはな……」
出来過ぎた展開に茫然としている紀伊國君だけだった。
「おい、お前、ら……?」
そりゃ、身構えて入った鉄人も肩透かしを食らうっていうものだ。
「すみません。西村教諭。事情は追って話しますので……」
「紀伊國か……いや、いい。このクラスの事だ。いちいち真に受けていたら身が持たん」
そう言うと、鉄人は立てつけの悪い扉を無理やり閉めて、その場を去って行った。
「口先だけか……、よくもそんな事が言えたものだ」
そんな一言を添えて。
あの後、時間に多少遅れて担任の福原先生が教室に入ってきた。タイミングを見計らってか、須川君達FFF団も教室に帰ってきた。自己紹介の「ダーリン」の件は身も気もよだつような出来事なので詳細は省く。そして今、FFF団の追撃を躱して僕、雄二、秀吉、ムッツリーニ、神崎さん、そして紀伊國君は屋上の上にいた。
「改めて、俺の名前は坂本雄二だ。頭を使う作業と喧嘩なら自信ががる」
「僕は吉井明久、気軽にダーリンと」
『呼んでほしいのか?』
「――やっぱり勘弁して下さい……」
「……土屋康太。趣味は盗さ…写真撮影」
「木下秀吉じゃ。趣味は演劇じゃ」
「え、えと。神崎ゆずはです。趣味はアニメ……うう、やっぱり何でもないです」
「紀伊國友康だ。特徴は見ての通りの毒舌だ……と言っても、牙の見せ所くらい心得ている。むやみには噛みつかんさ」
うん、改めて自己紹介してみたけど、全員個性がありすぎる。発言だけ見れば雄二がまともに見えるから不思議だ。
「おい待て!俺はいたって普通だ!人聞きの悪いことを言うんじゃねぇ!」
『黙れ(るのじゃ)神童』
綺麗にはもる僕と秀吉とムッツリーニ。
「お前ら……」
「いや、そうでも無いさ。坂本雄二、お前は十分没個的だ。俺が保障してやるから安心しろ」
「それはそれで嫌な言い方だな!?」
あれ、紀伊國君、スイッチ入っちゃった?
「どうしたのじゃ、明久?『しまった』という顔をしておるが」
「ああ、うん。紀伊國は少しあれな方向に熱意が入っていて……」
「あの、紀伊國君。坂本君が没個的ってどうい言うこと」
「これだけの個性に囲まれていたら、どんな個を持っていても埋没せざるを得無いさ。少し、ハイデガーの「ダス・マン」について語ってやろう。知っておくだけでも為になる。そもそも時代背景としては第二次世界大戦、英語で言えば「World War Ⅱ」と言うのだが……」
ああして質問されると結構長時間話し込んでしまうんだよね…
十分後
「いや、すまんな。長話は俺の悪い癖だ、ジュースを奢ってやるから許せ」
紀伊國君の奢りで、オランジーナを開けながら本題に焦点を当てる。
「まったく……まあ、いい。時間も無いことだし単刀直入に言う」
「神崎、紀伊國。Aクラスに対して試召戦争を仕掛ける。協力してくれ」
紀伊國友康……白髪が入り混じっています。顔は整っており、運動神経も良いですが、体力は姫路さん並です。