side 明久
Dクラス戦が始まって一時間が経過した。最初の30分は特に激しい戦闘も無く、様子を見る程度のモノだった。流れが変わったのは後半、雄二が渡り廊下制圧の為に一気に20人規模の部隊を流し込んでからだ。もう少し様子見が続くだろうと思っていた敵は勿論、僕たちも寝耳に水の事で一気に状況が動いた、かのように見えた。
「敵の対処が適切だな」
呟く紀伊國君の表情は苦々しい。
「Dクラス戦……思ったより荒れそうだ」
今現在、僕と紀伊國君率いる部隊は渡り廊下で完全に足止めを食らっていた。と言うより、押されていた。
「これだけの戦力を投入すれば、基本力技で押し切れる筈だが……」
そう、雄二もそれを狙っていた。Fクラスは、その勢いだけなら他の追従を許さない。短期戦なら、点数の有利不利をある程度は無視できる。けど、言い換えればそれ以外の利点は殆ど無い。ムッツリーニのように、一つの科目に特化した結果、他の科目の点数が疎かになったという殊勝な人は皆無だ。島田さんの数学も、他の科目の言い訳に使える程は良くない。
「明久、撤退するぞ。この作戦は失敗だ」
「少し諦めるのが速すぎない?」
まだ全面衝突してそう時間は経っていない。幸い戦死者も出てない以上、もう少し粘っていいんじゃないかな?
「深刻な被害が出ていないからこそ引き上げる。……俺も坂本もDの戦力を過小評価し過ぎたようだ。各方面に伝えてくれ。点数が60以上ある奴らは紀伊國友康と殿につけと。」
「いいの?今の時点で60以上ある奴なんて4人くらいしか居ないよ」
「戦死は覚悟の上だ。最悪俺たちの中で一人か二人生き残ればいい。ただし、撤退の仕方は俺の指示通りにしろ。『4:6程度のグループを編成。少ない方のグループを先に撤退。一分後第二グループを撤退』いいな」
「?……ああ、そういう事。解った、そう伝えるよ」
恐らく撤退途中の弱った部隊への奇襲を警戒しての事だろう。
「見たところ敵の数は10人程度だが……堤下が弱すぎる。5分以上は持たない。出来るだけ早く救援を頼む」
そう、最後にそんな一言を震えながら付け足した。
初めて聞いた。紀伊國君の、こんなにも不安そうな声を。
「……解った。任せろ、友康。絶対に援軍を連れてくる。だから、それまで……」
Side 紀伊國
向こうに走り去る明久の背中を見送った後、一番戦闘が激しそうな戦闘域に足を踏み入れる。状況は、一言で言って最悪だった。戦死していないだけで、殆ど全員の点数が一ケタになっている。後、一分遅ければ全滅していたな。
「全員第二区画まで下がれ。その後は明久の指示に従い撤退しろ」
務めて冷静に、しかし急いで指示を下す。
「ただし、点数が二ケタある奴は一旦待て。少しだけ時間を稼ぐ」
『応!!』
流石にこの場面で過去の遺恨を持ち出すほどは、FFF団も愚かではなかったらしい。次々と撤退組と殿組に分かれ始めた。残るのは二人か……
「逃すか!御手洗先生、三崎裕が紀伊國友康に挑みます!」
「諏訪内慎太郎も!」「私も!」「俺も!」
「承認します。」
『試験獣召喚!』
瞬間、床に独特の召喚陣が生み出され三多種多様な召喚獣が現れる。
物理 三崎裕 126点(トンファー)
諏訪内慎太郎 157点(槍)
桃井裕子 78点(槍)
郷田正平 143点(剣)
「点数的には全員文系。装備は槍二人に剣に斧か」
リーチの差を考えると、槍は厄介を通り越して致命的。加えてDクラス4人に科目は物理……多少厳しいか。
「応じよう。『試験獣召喚』」
キーワードを叫ぶと同時に、床に独特の召喚陣が現れる。
物理 紀伊國友康 284点(刀)
「「「な!?」」」
現れたのは、俺をデフォルメ化したような、白い髪に尖った耳、刃のように鋭い眼をした召喚獣。装備は、ダークコートに多少長めの刀。加えて、Fクラスではまず見ることのかなわないハイスコア。驚くのは無理もない。案の定あからさまな動揺を見せ始めた。が、そう簡単にはいかなかった。一瞬にして精神的アドヴァンテージは消された。
「怯むな!Fにしては点数が高いだけだ」
内藤隆 321点(弓)
「ちっ、ここで来るか、Dの次席」
土屋が調べたデータに合った通りの点数だ。こいつは文系科目が壊滅的な代わりに理系科目は平均的なAクラスの点数を得点できると。
「お前はFクラスにしては危険過ぎる。ここで戦死しろ!」
一瞬にして陣形が組まれる。前衛は三崎裕と郷田正平。後ろに槍の二人が控え、ジョーカーの内藤が弓で狙う。
「須川!武井と連携で桃井裕子を抑えろ!」
そこからは喋る余裕が無かった。明久ほど召喚獣の扱いに長けていれば問題は無かったろうが、俺の操作経験はゼロに等しい。召喚獣に居合の構えを取らせ、郷田の刀を迎え撃つ。
「そら!」
唸りをあげ振りぬかれる刃。それを何とか紙一重で避け、真横に大きく召喚獣をのけ反らせた。ビュンと、尻餅をついた召喚獣の頭の上を矢が駆け抜ける。点数的に負けている現状、内藤の存在はフェイタル。
「紀伊國、助けてくれ!もう十三点しか残ってないんだ」
「戯け!元が十五点だから当然だ!文句言って無いでっ!?」
槍襖の連撃をバックステップで躱したところ、背後に回った召喚獣から一撃を貰った。トンファーが召喚獣の脇腹を穿つ。が、
「なめるなあああああああああ!」
点数に補正が入る、その前に手近な召喚獣に切り付けた。
諏訪内慎太郎 DEAD
紀伊國友康 221点
「戦死者は補習!」
「い、嫌だ!鬼の補習は――」
どこからともなく現れた西村教諭が目の上の瘤だった槍使いを指導室に連れていく。が、頬を冷たい汗が伝う。点数に130以上の差が在った故か、俺の攻撃の一撃で諏訪内慎太郎は戦死した。今、俺と内藤の得点差は100。限りなく死に近い。だが、そろそろ5分経つ。
明久はやると言ったら、必ずやる。なら、俺はアイツを信じるまでだ。
「避けきれ!そろそろ救援が来るはずだ!」
柄にもなく、本当に柄にもなく味方を鼓舞する。
「おいおい、お得意の毒舌はどうした?言う余裕も無いか」
……。俺は挑発には挑発で報いるぞ?
「喋るな、ホモが感染する」
「お、俺はホモじゃねえ!近藤達が勝手に――」
「全員地面に伏せて口を布で覆え!ホモがウツるぞ!」
「だから俺は違う…って何でお前らまで真に受けているんだ!?」
俺に倣って須川達は勿論、Dクラスの奴らも俯せになった。
「え、えと……私は?」
「洩れなく腐女子になる」
「なんねえよ!『い、いや!!』だから俺はホモじゃねえ―!!」
なんてことは無いお遊びだが、多少はこちらのストレスも解消された。須川達の表情も多少穏やかに……なっていなかった。
「……すまん。お前は実害を被っていたな」
コイツは本当に真に受けて、地面に顔を地面に擦り付けて呼吸を止めていた。
………。よし。
「「「いや、良しじゃないでしょ!!」」」
味方だけでなく、敵からもクレームが入る。が、取るに足らない妄言だ。
「低能共め。お粗末な時間稼ぎに本気で付き合うとは、つくづくお人好しだな」
「し、しまった!討て、絶対に紀伊國だけは逃がすな!」
遅い。
『紀伊國君!』
声が聞こえた。友の声が。
もう一度、召喚獣に居合の構えを取らせる。そして、一息で内藤の召喚獣の前に移動する。
「なっ」
「消えろ」
召喚獣の肩を矢が掠める。が、それを無視して振りぬかれる刃。得点補正が入る前の刀を真正面から受け、肩が切り落とされた内藤の召喚獣。
内藤隆 DEAD
紀伊國友康 118
「戦死者は補習!!」
「に、逃げろ!早くしないと敵の援軍が来るぞ!」
頭が消えたために統率を失い、蜘蛛の子を散らすように撤退するDクラス。
「無事か、紀伊國!」
この声は……
「坂本か……無事とは言い難いが、何とか生きている」
恐らくやつれているだろう顔を向ける。あったのは完全に憔悴しきった坂本の顔だった。明久と秀吉の顔もある。
「すまない。敵の戦力を見誤った俺の責任だ」
「いや、俺も油断していた。正直、こちらの動きに即座に対応されるとは思っていなかった。まるで………………ように行動されるとは思っていなかった、とまあ無駄話はここまでだ。一旦教室に戻ろう。話はそれからだ」
「で、戦況はどうなった?」
教室に戻るや否や、改めて作戦会議をやり直す。敵の戦力を、今度は過小も過大も評価せず、検討しなければならない。幸いなことに神崎ゆずはの回復試験は終わっている。圧倒的な火力を前提にした作戦も、今なら立てられる。が、まずはこちらの被害状況を知らなければ話にならない。
「……良い情報と悪い情報、どっちが先に聞きたい?」
「好きにしろ。結果は変わらん」
「そうか……。先ずは良い情報だ。殿組は全員戦死を免れた。どうやらお前が敵の7割がたを引き受けたのが功を奏したようだ」
思わず、目を見開く。あの状況で一人も戦死者がでなかった?にわかには信じがたかった。あまりの朗報に胸が高鳴った。故に、
「悪い情報は?」
このどんでん返しには、正直心が萎えた。
「撤退組の奴らは、
ほぼ全滅した。
生還者は三名。このクラスの戦力の5割が消滅した」
多少、Dを強化しすぎたかな?