Side 明久
「全、滅……?馬鹿な、そんな馬鹿な!?」
紀伊國君の取り乱し切った絶叫が教室に響く。
「あれは俺とお前で考えた、考え得る限り最良の一手だぞ!?情報の漏洩も避けるために全員には知らせなかった、そう簡単に対応出来る訳が……!」
「対応されたんだよ!完璧に!……完全に見透かされていた」
それとは対照に、雄二の体からは覇気が完全に消えていた。
雄二と紀伊國君が考えたのは、二つのグループに撤退する人を分けて、『第一グループ』を囮に本命の『第二グループ』が敵を掃討する攻撃的な撤退策。仮に上手くいかなくても、撤退人数に多くの人員を割いて乱戦に持ち込み、半数は必ず帰還させる堅実的な一手でもあった。
でも、
30分前
「急いで!紀伊國君達もそう長くは持たない!」
全員に響き渡るように指示をとばす。第一グループ撤退から既に一分が撤退した。目指すは三階のF クラス。普通に走れば30秒もかからない距離だけど、今日に限っては酷く長い時間に感じられた。息を切らして、階段を駆け上がる。
「多分敵の奇襲隊は先行した人たちが引き付けている!戦闘体形を整えて!」
『了解!!』
階段を整えながら陣が組まれていく。弓矢を装備した人を前面に出し、槍を装備した人をその後ろに置く。普段なら絶対にやらない布陣だけど、点数が減っている今、フレンドリーファイアーだけは避けたい。
階段を上り切った先に居たのは、案の定、敵の奇襲に足止めを食らっているFクラスの面々だった。第一グループには撤退組20人の内、比較的点数が高く持久力がある8人が割り当てられている。その中には島田さんもいる。科目が数学だからか、Dクラス相手にも正面から立ち向かっている。
相手の状況は……敵はざっと⒑人といったところか。その全員が此方に背を向けている為、今なら相手を包囲しながら戦える。完全に雄二の読み通りだ。『弱った兵を狩るのは敵も味方も同じことだ。なら、その裏をかかない手は無い』
「いくぞ!Fクラス吉井明久が――」
雄二の読みが外れたのはそこからだ。
「その勝負、俺が受けよう」
数学ⅠA F クラス 吉井 明久 78
近藤 光男 54
菅原 啓太 63
上林 雄吾 67
雪山 圭 48
片平 純也 73
・
・
・
Dクラス 村上 正樹 212
鮫島 陽 178
嵐山 道山 165
・
・
・
いきなり横からD クラスのメンバーが現れた。
「馬鹿な!?一体何処から……」
その答えは、向かって右手の方にあった。
見ると、続々とトイレの入り口からDクラスの人たちが現れている。全員、Dクラスの中でも理系で中間層以上の精鋭のようだ。数は15。
『よ、吉井隊長』
メンバーから動揺の声が聞こえる。
(まずい…完全に囲まれちゃった)
一瞬でも足を止めたのはまずかった。その隙に、僕たちを囲む完全な檻が完成していた。
「陣を放棄して!近接武器の人を前面へ!」
必死に召喚獣を操作しながら、足りない頭で最善の策を考える。僕には紀伊國君や、まして雄二のような頭脳は無い。それでも考える。この場を生き延びる最良の一手を。
考えろ、分析しろ、今の状況を!科目が変わったため、点数に問題は無い。でも精神面は最悪だ。完全に予想外の奇襲。動揺が動揺を呼び、士気に大きく影響をしている。どうする?
雄二ならどうする?僕には雄二のような才能は無い。秀吉ならどうした?僕に秀吉のような演技力も人徳も無い。ムッツリーニならどうした?……僕もムッツリーニも科目によってはどうしようもない。
「詰み、なのかな……」
知らず知らずの内に弱音が洩れる。一人、また一人と仲間がやられていく……
「吉井隊長!前衛がもうもたない……!」
雪山君が必死に刃の切っ先を逸らそうとする。が、持っていた刀がトンファーに打ち砕かれそのまま召喚獣の頭を抉った。
「戦死者は補習!」
「く、吉井……隊長」
無念の怨嗟を残して、周りに居る人たちが消えて逝く。
何か策は無いのか?何か?
『戦死は覚悟のうえだ』
はっと、何故か紀伊國君の声が頭に蘇った。瞬間、全身を雷のような激痛が襲った。見ると、僕の召喚獣の点数が減っていた。
吉井 明久 34
掠めた程度だったみたいだけど、一気に半分以上の点数が持っていかれた。でも、
「丁度いい……」
反撃の嚆矢には丁度いい。さっきまでの腑抜けた自分から目を覚ますには、この上ない劇薬だ。Dクラスという各上の相手をすると最初に決めたんだ。戦死することは、最初に持っていないといけない覚悟……!ならば、そのことを踏まえて出す指示は一つ。
「殿は僕が引き受ける!全員持ち場を離れ、Fクラスを目指して走れ!」
試召戦争のルール、戦闘行為を引き受ける者が居れば交戦中であっても逃走が許される。そして、戦闘を引き受ける側の人に制限は無い。一度戦闘に入ってしまえば新たに戦闘行為を引き受けることは出来ないが、戦闘に入る前なら一度に何人でも半径五メートル以内の相手を引き受けることが出来る。一度、向井君に戦闘を任せて一度戦闘を離脱し、新たに宣戦布告する。
「Fクラス吉井明久がこの場に居るDクラス全員に試召戦争を挑む」
「「「なっ!!」」」
もっとも、こんな行為は自殺以外の何物でもない。思いついても誰も実行しない。だからこんなザル法が修正されずにいた。しかし、今回に限っては都合が良かった。
『承認します』
「『試験獣召喚』!!」
床に召喚陣が現れ、僕とそっくりな召喚獣が現れる。獲物は木刀、防具は学ラン。Dクラスの精鋭を相手にするには全てが敵わない。装備も、点数も。いくら操作技術が高くても持ち堪えるには限界が ある。でも……
「走れ!全員Fクラスに急げ!」
仲間を逃すには十分過ぎるほどの点数だ。
「吉井……必ず、援軍を連れてくる!」
「絶対に死ぬな!」
全員脱兎のごとく駆け出す。幸い、第一グループは崩れていない。今なら、まだ間に合う。
「くっ、駄目!もうもたない!横山、後は任せた!」
「へっ?あ、ちょっと待て島田!」
ん?何かおかしい。さっき有ってはならない会話が……
「吉井!盾になりなさい!」
「グェッ!?」
いきなり襟首が物凄い力で引っ張られた。って、島田さん、何で!?今、君が逃げたら――
「戦死者は補習!」
退路が無くなる!
『み、道が……』
まずい!残されたメンバーも完全に包囲された。警戒されている以上、さっきのような奥の手はもう使えない。
「美春!あんたの相手はコイツよ!」
「……私とお姉さまの阻むーー死、あるのみ」
「し、島田さん?今は、そんな場合じゃ……」
「黙りなさい!とにかく美春の相手だけは嫌なの!」
駄目だ……話にならない。例の如く関節技を掛けられる。
「グウ……!」
「もう諦めて、大人しく補習室に行け!」
Dクラスの面々が迫ってくる。
「これは、完全にチェックメイトだね……」
唯一可能性のあった策もつぶされた。味方によって。もうどうしようもない。さっきまであった唯一の希望である退路も断たれた。恐らく、他のメンバーも士気が――
「……全員、吉井を援護しろ!!」
『任務了解!!』
墜ちていなかった?
「み、みんな……?」
残ったメンバーは島田さんを除いて僅か6人、その全員がそれぞれ一斉に敵に宣戦していく。いくら警戒していたとはいえ、一斉に突っ込んでくるとは思わなかったのか一瞬Dクラスの動きが完全に止まる。
「馬鹿か、お前達!」
「死ぬ気か!?」
『ああ、そうだ!!』
「「「な!?」」」
「吉井、先に行け!」
梶浦君の声が胸に刺さる。解らない。彼はFFF団の中でも特に僕に絡んできた。それが、何故、僕を助ける?解らない。解らない。解らない……けど、
……っ
「ごめん!」
彼らは僕を先に行かせるため、戦ってくれた。なら、その想いに答えないといけない。
「ま、待ちなさい、吉井!」
「お姉さま――!!」
「いやああああああああああ!来ないで、美春!」
「ちっ、一人逃したか……まあいい。お前らを全員打ち取れば吉井如き取るに足りないからな」
ケタケタと吉井を笑う声が聞こえる。
「全くだ。あんな馬鹿の為になにムキになってんだ……」
「誰がいいだしたんだよ……って、俺か」
思わず失笑が漏れる。Fクラスに配属された時点で薄々感づいていたが、俺達完全に阿保じゃないのか。
「……いったい何を余裕ぶってんだ?今の自分たちの状況も理解できないほどFクラスは馬鹿なのか?」
「知るか。……多分、俺にもお前にも一生判んねーよ」
本当に解らなかった。きっかけは、吉井が俺達を逃がそうとしたこと。それで間違いない。だが、理由が解らない。別に感謝の念を抱いたわけでなければ、今までの吉井への仕打ちを悔いての事でもない。
だが、解らないなら解らないでいい。なんせ、今の俺はFFF団に所属していた頃よりも満ち足りている……!他の奴らも表情を見れば、同じ心境だという事が解った。
「やるぞ!せめて一人は補習室まで付き合って貰うぞ!」
「後は、僕が雄二達を連れて戻ってきて、弱ったDクラスを10人ほど倒してそのまま援軍にきたんだ」
文章にすれば気が長くなるほど長いストーリー、でもこれは全部たった5分間の出来事なんだ。
「それで、その中で生存したのは明久、水野、島田の3人というわけか……」
確認する紀伊國君の声は冷たいを通り越して、真冬の海のようにいっそ冷徹だった。でも、それもいつものニヒルな笑いに消されてしまった。
「それで坂本。何か案は無いか?」
「そうじゃ、まだ戦いは終わっとらん。直ぐに対策を……」
何と無く沈んでしまった空気を変えようと無理やりに話題を作る。しかし、その必要は無くなった。
「いや、その必要は無い。もう敗北は動かない。……負けたんだよ、俺達は」
雄二の敗北宣言によって。
「どういう意味だ、坂本?」
鉄のように無機質な声があった。ハッとして、紀伊國君の方を見る。
「どうもこうも無い。戦力の半数が失われたんだ。どうやって戦えっていうんだ!?」
関を切ったように、雄二の悲鳴が、嘆きが、怒りがあふれ出す。
「俺と友康の二人でも裏をかかれた相手だ……今更何を考えたって無駄だ」
ポツリポツリと泣き言が溢れてくる。
「出来ることと言ったら、精々防御に徹して遅延して……痺れを切らした相手と和平交渉に漕ぎ着けるのが限界だ」
「本気で言っているの、雄二?」
自分でもびっくりする位冷めた声が出せた。
「……本気だ。今、ムッツリーニを敵情視察に向かわせているが、俺の見立てでは敵の戦力は今だ7割強はいると考えた方がいい。ただでさえ質で劣っているのに、数でも負けたら勝機が完全に消えちまう」
違う、これは雄二じゃない。僕の知る雄二はこんな簡単に勝負を諦めたりする奴じゃない。それを言おうとして、言えなかった。
いきなり紀伊國君が雄二を殴り飛ばしたからだ。胸倉を掴み、ビンタが5発、雄二の顔に叩き込まれる。しかし、雄二は一切抵抗することなく、それら全てを受け入れた。
「敗戦の責任なら取る。気が済むまで殴れや……」
「……俺がお前に語り掛ける言葉なんて、もう一遍も残っていない」
それから荒々しく雄二の体を放り棄てると、それっきり紀伊國君は教室を出て行ってしまった。
Side D class
「俺がお前に語り掛ける言葉なんて、もう一遍も残っていない」
クラスの至る所から爆笑が起きる。
『アイツら、自分達が盗聴されていることに最後まで気づいて無いぞ』
『流石Fだな』
『バカはどこまで行っても所詮はバカの集まりだな』
『その挙句が仲間割れとは……』
全くだ。彼我の実力も弁えず、上位のクラスに試召戦争を挑むなんて、サルでももう少しはIQが高いだろう。情報が漏れないよう?既に洩れている策にしがみ付くとは滑稽ここに極まりだ。しかしまあ、まだ戦争は終わっていない。
「さあみんな、適当に肩の力を抜いて行こう。聞いての通り、相手は穴熊を決め込むつもりだ。だったらこっちから出向いてあげようじゃないか」
「代表~、F如きに積極すぎやしませんか?まあ、いいですけど」
失笑か……まあそれもいい。もう昼休憩終了の鐘が鳴って5分が経った。試召戦争は一応授業の内に入るし、そろそろ試召戦争の続きを始めるか。そんな事を考えていた矢先のことだった。
ガラガラと扉を開く音が聞こえた。そして、ついさっきまで盗聴器越しに会話を伺っていた奴らの声が聞こえたのは。
「Fクラス坂本雄二」
「同じく紀伊國友康だ。薄汚い盗聴狂共に告ぐ。」
一瞬で教室が静まり返る。
「「Dクラス代表に勝負を挑む」」
漸く自分達が奇襲されたのだという事実に気付いた時には、既に「かかれええええええええ!!」と坂本の指示が響いていた。
一斉にFクラスの連中がDクラスに流れ込んできた。