まあ、何はともあれ少しお目汚しを……
「神崎、明久と一緒ではなかったのか」
「い、いえ。さっきまでは居たのですが」
「そうか……済まない。邪魔をした」
坂本からアイツらの複雑な人間関係を簡潔に聞いた後、急いで明久捜索チームが作られた。が、結果は芳しくは無かった。
(くそっ、捜索範囲に対して人員が少なすぎる……)
時折入ってくる土屋の情報からも、「ここには居なかった」という簡潔なものばかりだった。
「あの、何かあったの?」
「……いや、何でもない。少し西村先生に明久を呼んでくるよう頼まれてな。逢引の邪魔をして悪かったな」
「あ、逢引!?」
一瞬迷ったが、結局神崎には事情を話さないことにした。コイツには余り余計な心配をさせたくなかった、と言うのは建前だ。本音はもっと単純で下らないものだった。今回の件は俺が招いた不祥事だ。なら、誰の手によって幕が落とされるべきかは語るまでも無い。要は、責任の話だ。自己満足と言っても良い。どちらにせよ、体が丈夫と言い難い神崎を関わらせる気は無かった。
「まあいい。見かけたら連絡をくれ」
返事を待たずに、疾くその場を後にする。そして神崎の姿が見えなくなったのを確認した後、携帯のアドレス帳から土屋のアドレスを開いた。
「土屋。探索状況は?」
「……いや、まだ見つかっていない」
「残り捜索範囲は?」
「……第一会館から第八学館、まだ三分の一も探し切れていない」
「了解した。引き続き捜索を行う。状況は追って連絡する」
思わずたてそうになってしまった歯ぎしりを押し殺し携帯を切った。が、さっきから身を切り刻むような罪悪感と焦燥感までは殺しきれなかった。遂に耐え切れず「俺の、責任か……」と勝手に口が動いていた。
「いや、俺の責任なら尚更――」
そんな矢先だった。
「何の話かね?」
「っ!?竹原教頭……」
俺の、戦うべき敵が現れたのは。
「なぜ、ここに」
「ただの散歩だよ。それより君は少し反省したかね。試験中に試験官と口論など、学園始まって以来の不祥事だよ」
「……残念ながら教頭の有難いお話を聞いている暇は無いので。もう失礼します」
時間稼ぎにこいつが現れたというのは、邪推が過ぎるだろうか。とにかく邪魔で仕方が無かった。が、結局この瞬間を以て俺達の捜索は無駄に終わった。
「そう急ぐものではない。君の探し人ならここに居るのだから」
「あ、明久!」
「どうしたの、紀伊國君?そんなに血相を変えて……」
竹原教頭の陰から出てきたのは、いつもの平和そうな顔をした明久だった。
「怪我は、無いのか……」
「怪我?竹原教頭に会っていただけだから問題ないよ」
「明久君はここ最近学業の成績が上がっていたからね。教師として褒めるのは当然だろ」
お前がそれを言うか、という叫びを心の中で吐き出す。
「……教頭ご自身が?」
「教頭だからこそだよ。それが教育だ」
適当な嫌味を言って時間を稼ぐが、頭の中を猜疑と言う名の疑念が忙しく渦巻いていた。コイツは俺が明久を探していることを知っている口ぶりだった。いや、そう断定した上でやって来たのだ。しかし、何故だ。何故知っていた。ここで問い詰めるのは簡単だ。だが、今ここで必要以上の警戒を持たせては尻尾が掴みにくくなる。まだ、情報が致命的に足りない……
そんな時、俺のポケットから携帯の音が鳴り響いた。教頭に断りをいれて携帯にでる。
「坂本か……」
「友康!明久は見つかったか?」
「……ああ。無事だった」
簡単に事の顛末を話す。流石に長くなりそうだったので、教頭と明久にはお暇を告げさせて貰った。その際、神崎が待っていることを教えてやると面白いように明久の顔が真っ赤に染まった。
「そう、だったのか……すまん。俺の考え過ぎだったか」
「いや、構わない。土屋の方には俺から連絡を入れておくから木下の方は頼む」
「解った」
通話を切り、一旦深呼吸をして改めて十分前に開いた土屋のアドレスを再度開いた。案の定最初は呆れた声が聞こえたが、事情を話すといつもの声に戻った。
「……兎に角無事で良かった。もう各自解散という形でいいな?」
「ああ。迷惑を、かけたな」
「……あまり責任を感じるな。事情を知らなければ想像もつかない」
「そうか。……いや、そうだな」
責任を感じるな。言い換えれば独り善がりに過ぎるなという警鐘を含んでいる。康太なりにオブラートに包んだ表現を選んだのだろうが、胸に突き刺さる。
結局、その日は一人で家に帰った。遊び疲れて帰って来た妹を風呂に入れ、その間に夕食の準備を終わらせる。
「……ちゃん!お兄ちゃんてば!」
そこで、漸く自分が学校での出来事について、ぼやっと反芻していることに気付いた
「……耳元で叫ぶな。聞こえている」
「嘘ばっかし!さっきから私が何言っても上の空だったじゃない」
「愚妹が何か言っている程度には聞いていた」
「愚妹言うな。後、それを世間一般では聞いていないと言うんだよ」
言うようになったな。少し前までは「お兄ちゃんの意地悪!」で議論が済んでいたのだが。
「当たり前じゃない。毎日お兄ちゃんの現代文講義を受けているんだよ」
エッヘンと、無い胸を張る妹。うむ、無いな。
「……今、失礼な事考えなかった?」
「いや。お前のオツムにしか栄養を行かす事の出来ない経済状況について嘆いていただけだ」
「だ・か・ら!それを世間一般では失礼な事と言うんだよ!」
「馬鹿な。俺は貧乳派だ。決してお前の胸を見て日々涙を流している訳ないだろう?」
ムキーと奇声を上げると我が愛するべき愚妹「紀伊國真冬」はショートした。相変わらず感情的なところは変わらないか……
「あまり嘆くな。それと怒るのは勝手だが、俺が言った意味を裏からとってみろ」
「裏?ええと……」
「『毎日しっかり勉強して偉いぞ』と言ったんだ。言わせるな、恥ずかしい」
一応言っておくが、こいつの頭は良い。才能という面で見れば俺など及びつかない程に。ややもすればAクラス主席の霧島翔子も一歩譲るかもしれない程に。最も、今のところは経験と言う面で、まだ俺のアドバンテージは消えていないが。
「……お兄ちゃんの意地悪。だったらはっきり言ってよ」
「舐めるな。俺はヘタレだ。どれ程美辞麗句で飾り立てても奥手以上にはなれまい。兄にそれほどの行為を要求するな」
「自分からヘタレとか言っちゃうんだ」
「自覚のないハーレム系主人公の道を歩む程には勇気が無いのでな。いや、どちらにしろハーレムは無理か」
取り立てて興味は無いが、俺の知り合いにそのハーレム系主人公がいるのでどうしても考えてしまう。……断っておくが、考えるだけで興味は無い。断じて。
「それと、お前の発育に関しては冗談だが、経済事情については割と本気で泣いている」
「え。私達、そんなにマズいの?」
お世辞にも潤沢とは言えない経済状況。バイトを増やそうにも、家庭教師のバイトは大学生に優先的に割り当てられてしまう。唯一の救いが、近くに理科大学しかないので文系科目に関しては仕事が比較的回ってきやすい。と言っても、現代文や世界史のニーズはそこまで高くないのも事実。今ここで妹と夕餉を食べている事から察してほしい。
「安心しろ。生きていくだけなら実際の所、問題は無いんだ。ただ、お前の進学資金を考えるとな。どうしても資金に恵まれているとは言えん」
親の遺産はあまりない、という言葉は麦茶と一緒に腹の中に流し込んだ。
「取り敢えず。今日は学校からの課題はあるか。ないなら『お兄ちゃん特製 数学問題集(狂)』をやろう」
妹の綺麗な顔に浮かんだ絶望的な顔が印象的だった。
「どういう事ですか、竹原教頭?なんで止めたのですか?」
「落ち着き給え、美波くん。君には別の仕事をやって貰う。君が明久君を如何こうするのはそれからだ」
「約束は、守ってもらいますからね……」
「ああ、私にとって紀伊國友康は有害だ」
「必ず、この学園から排除する!」
翌日、少し遅刻気味でFクラスの教室を開けてみた所、坂本達の姿は見えなかった。教室に居たのは須川一人だった。他の連中は、まあ考えるべくもないか。大方FFF団の仕事で大忙しなのだろう。
「須川。坂本達はもう交渉に向かったのか」
「ああ。と言っても今さっきの話だから、まだ十分間に合うぞ」
「そうか。……それより今日は黒服を着ないのか」
珍しい事に、今日の須川はいつもの制服姿だった。FFF団のリーダ格には、はっきり言って似つかわしくない行為だった。
「……今日は、カップルは見えないからな」
「嘘つけ。見えないなら探す、お前のキャッチフレーズだろうが」
「い、良いだろ。別に……」
ああ、寧ろ喜ばしい限りだ。とは口が裂けても言えない。代わりに彼の肩を軽くたたく程度に留めておいた。ハッとしたように、須川が顔を上げた。
「じゃあ、俺は行く。口が裂けても応援は出来んが、礼は言っておく」
「な、なあ紀伊國!」
「……何だ?」
「俺は、間違っていたんだな……」
その言葉にはっきり『ノー』と言えるほど、俺は正しい人間では無い。だが……
「FFF団。最底辺のクラスの名をとって名付られた団体。当初の理念は、『自分がモテないと自覚した上で、仲間たちと高めあおう』だったな。」
「……ああ。もう覚えている奴なんていないだろうが……いや、俺も昨日まで忘れていた」
そう。FFF団も最初は健全な、多少女子からは引かれる部分はあるだろうが、それでも問題ない集団だった。初期の活動は学校のモテる人間を観察してそれに倣うというもの。観察対象のプライバシーを尊重し、まかり間違っても相手に危害を加えることは無かった。
「解っているとは思うが、俺にはお前を否定できるほどの正義を奉じている訳では無い。俺に問いを投げかけた所で、無駄なところだ」
そう言っても、須川は独白に似た問いを発する事は止めなかった。
「……何時からだろうな。俺が、いや、俺達が間違え始めたのは」
FFF団の悲劇は、須川だ。FFF団の規範倫理は須川によって統制されていた。相手に危害を加えないも、その一つだ。だが、一時期こいつが交通事故に会って休学してから変わってしまった。FFF団に入った島田が、須川が作った倫理を破壊してしまった。己の本能に忠実に。そのワンフレーズを絶対の心情に置き換えた結果、嘗て須川が作ったFFF団の面影は消えてしまった。今ではただの暴力集団だ。
「……俺は、お前たちの行動は好ましく思っていた。観察される方には迷惑極まりない話だが、事前に許可を貰い、相手を傷つけるような真似を一切しないお前を。ある種の尊敬すら覚えたほどだ」
結局、戻った須川が見たのは秩序の崩壊したFFF団だった。始めはそれを止めようとした須川だったが、もう一個人ではどうしようもならないほど崩壊は進んでいた。後は簡単だ。FFF団の中でもう一度影響力を取り戻すために取った行為は、自分もその中に入る事だった。もう一度影響力を取り戻せば、或は、と考えたのだろう。だが……
「付けたペルソナに本体を乗っ取られたか」
「目的のために手段を択ばないうちに、俺は目的を忘れてしまった」
「よく気付けたな。催眠状態のなか自我を取り戻したのなら驚愕に値するぞ?」
「……忘れていたんだ。暴力の持つ恐ろしさを。昨日、Dクラスのホモに襲われた時、本当に怖かったんだ……それで思い出したよ。FFF団の初志を。非暴力の原則を」
関を切ったように、須川の嗚咽が教室に落ちた。水に映る月に嘆いて、でもどうしようもなくて絶望したように。
「なあ紀伊國。俺はどうすれば良かったのかな?俺は……どこで間違ったんだろうな?」
「何度言えば解る?……俺はお前を否定する言葉は持ち合わせていない。俺に、お前の行為は否定できない」
いや、違うか。
「お前は、戦ったんだろ?忌み嫌う暴力すら、FFF団を戻すために受け入れて」
「ああ……」
「なら、言おう。お前は間違ったかもしれない。悪と、余人は下げずむかもしれない。だが――」
お前は誰よりも正しくあろうとした。それだけは否定させない。俺が、否定させない。
「今は泣け。辛い思いも、泣けば幾らかは薄まる。だから泣け。気が済むまで泣け。……良く頑張ったな」
場所は変わってとある空き教室。坂本達は終戦後の条約を結ぶために空き教室に集っていた。
「済まない。遅れた」
「いや、遅れたのはDクラスの連中も同じだ。代表の平賀も来たばかりだから問題ねえよ」
晴れやかなFクラスの面々とは対照的にDクラスの目は憎しみに満ちていた。そしてその視線は遅れて教室に入って来た俺の方に向いた。
(当然か……あれ程の条件を叩きつけたのだから)
「では、ここにFクラスとDクラスの条約を結びます。宜しいですね、坂本代表、平賀代表」
「ああ。俺は問題ない」
「……問題ありません」
二人の声が教室に木霊する。
(のう、紀伊國。お主は本当に良かったのか、こんな結末で)
教師の立ち合いの下、一つ一つの終戦条件が確認されていく中、秀吉が小声で話しかけてきた。
(『こんな結末』とは、『相手を徹底的に搾取するだけの結末』という意味か)
(そんなもの、お主は本当に望んでおったのか?)
秀吉の顔は悲しみで歪んでいた。友人を信じたいという願望と、その友人の選択の狭間で。
(不正の対価は高く付く。世の理だ)
「っ!」
「それにだ!」
一瞬で悲痛に歪んだ秀吉の肩を掴み、言い聞かせるように告げる。
(そんな結末だったら、まだマシだ。)
(……?お主は何を言って……)
そう。この締結が穏便に済めば、まだマシなのだ。最悪のケースは竹原教頭が介入するシナリオだ。
「少し宜しいかな」
判子が押されたと同時に教室に威風堂々とした声が響いた。待っていたかのように竹原教頭が入って来た。やはり、出るか。
「この『DクラスがFクラスに対して一貫して支援を行う』という文章だが、何故こんな条件を呑んだのかね?」
「それは……」
「答える義理は在りません」
言いよどむ平賀を無視して俺が代わりに答える。
「ただ我々がその条件を提示し、Dクラスが要求を呑んだ。それだけの事です」
「そう言う訳にもいかんよ。この要求は大きな意義を持つ。簡単に了承するとは思えなくてね。……そう、DクラスがFクラスを盗聴していた事を脅迫材料にしたのではないかと思われるほどに」
瞬間、教師陣に動揺が広がった。
「Dクラス代表!どういう事ですか!?」
慌てふためく平賀だが、この状況を推測できないとはお粗末に過ぎる。
「私から説明しよう。これはとあるFクラスの生徒から聞いたのだがね。どうやら今回の試召戦争、DクラスはFクラスを盗聴していたとのこと。これは明らかな不正だ。私は提案する。今回の件で盗聴したDクラス生は勿論の事、それを材料に脅迫したFクラスも同罪。関与した全ての者の処罰を求める」
処罰。恐らく退学の事だろう。しかしやり過ぎだろう。明らかに教師も狼狽えている。竹原は俺の方を見やると、嫌らしい笑いを浮かべてきた。反吐が出る。が、今回は俺の勝ちだ。
「いえ。今回の件、もう貴方に口出しする権利はありませんよ」
凍り付いたように全員が押し黙る。さっきまで騒いでいたのが嘘のようだ。
「……どういう事かね?」
「彼らは既に反省の意を示し、我々に協力する事で罪を贖おうとしているのですよ」
「だから、私はそれを脅迫と……」
そう言ってくると思っていた。だからこそ教師の立ち合いの下行った調印に効力がある。
「残念ながら、この事実は学園長には伝えてあります」
最も、知らせたのは今日の今日だが。
「その上でここにおられない。つまり判断は教師に委ねた訳だ。そして、教師の方々は今回の調印を認められた。どういう事か、解りますか」
「……まさか」
「この一件には教師の了解の下、手打ちになったのですよ」
意訳すると、終わったことに一々いちゃもんつけんなボケ、だ。
「そう言う認識で宜しいですよね」
確認するまでも無い。先に竹原が通りにくい要求を提示したのだ。そこで俺が精神的に負担の少ない要求を提案すれば、通る……!
「やってくれたな」
条約の締結が終わって、周りに誰も居なくなった後、案の定竹原が絡んできた。
「何のことやら……」
「とぼける気かね。君が付けたあの条件、Dクラス生を守るための物だったのだろう?」
「いえ?私はただ貴方の吠え面を拝むためにやっただけですから」
「だとしたら幸運じゃないか。望み通り私の無様な醜態を見れたのだから。しっかり脳裏に刻んでおきたまえ。これで見納めなのだから」
相変わらずだな。この程度の挑発ではピクリとも動かないか。
「では、私はこれで失礼するよ。君と喋っていると一々癇に障る」
それだけ言うと、竹原は去って行った。
さて、さっさと教室に戻って補充試験を受けるか。気分が悪くなったのは何も俺だけでは無いのだから。
side明久
「えっと、ここの問題が解らないのだけど」
今現在、僕は数学の問題を神崎さんに教えて貰っていた。どうも数学だけは解らない。
「えっと、ここは連続三整数の考え方を使って」
そこへ行くと神崎さんの教え方は本当に解り易かった。基礎から応用へ、その原則を徹底していて解りやすい。一度紀伊國君に教えて貰ったことがあったけど、『俺には無理だ』と言われた切だ。
まあ最も、嫉妬に猛り狂うFFF団の連中を考慮しなければの話だけど。
『異教徒は!』
『死刑!』
ああ、始まったか。やれやれと雄二達が肩を竦めているが、これも毎度の事だ。いい加減うんざりする。でも、ここから先は一つの変化だった。
「おい、それより第二学館で逢引しているとの情報が入ったぞ!」
あれは……須川君か?黒い布で顔を覆っているから解らないけど、声からして須川君で間違いないだろう。
「し、しかし……吉井が」
「勉強を教えて貰うなら、未だ我々にも可能性がある。が、デートは――」
『許すまじ!』
天秤が揺れ動いたのだろう。教室を出ると、怒涛の勢いで第二学館にFFF団は向かっていった。後に残ったのは僕と雄二、秀吉にムッツリーニ。後は……
「須川君……何で」
須川君だった。
「……今更、許してくれとは言わない」
「須川、お前……」
「だが、俺は……」
陸に上がった魚が息を吸うように何かを言おうとしたけど、結局彼は何も言わず教室を出て行った。
「何だったのじゃ……今のは?」
秀吉が呟くのも無理は無かった。FFF団である彼が、僕を助けた?
「変化だよ」
「紀伊國、いつの間に……」
いつの間にか、憂鬱気に壁にもたれ掛る紀伊國がいた。憂鬱気に、でも嬉しそうに。
「小さな、だけど確実な変化だ」
小さく、いつもの皮肉気な笑いが消えた彼の微笑みは、本当に綺麗だった。