ONE PIECE《エピソード・オブ・アンカー》   作:蛇騎 珀磨

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決別

 

 

「ニュ~......ジンベエ親ぶ──船長~。アンカーの奴が......」

「分かっておる。......また、船の底か」

「どうしましょう...」

「放っておけ。混乱しておるんじゃ。今は、そっとしておいてやるのが一番じゃろうて」

 

 タイガーが死に、アーロンが捕まり、ジンベエはタイヨウの海賊団の船長となった。

 意識を取り戻した時にそのことを知ったアンカーは、あまりのことに頭がついて行けず、あの時のように船の底で頭の中の整理に勤しんでいた。

 

 アンカーの頭の中には、ずっと『何故』が付きまとった。

 『何故』タイガーは死んだ?

 『何故』自分は生きている?

 『何故』タイガーは“死”を選んだ?

 『何故』自分が生かされた?

 

 いくら考えても、何も答えは出てこない。

 

「アンカー!」

「うわっ!? びっくりした...」

「海賊が襲撃して来た。手を貸してくれ。あ、殺すなよ!」

 

 奴隷解放の英雄フィッシャー・タイガーが死んだというニュースは瞬く間に知れ渡り、近海にいる海賊たちの襲撃はしだいに多くなっていった。

 中には海賊同士で手を組み、力の差を数で埋めようとする者たちもいた。今回の襲撃もそれである。

 

「一際でけえ魚人が2匹もいなくなったんだ!俺らにも勝機はある! 野郎共、かかれーーーっ!!」

「ウオォーッ!!!」

 

 海賊たちの主な狙いはジンベエただ1人。

 それなりに名を上げ、手配書まで出回り、この間の海軍との争いで更に金額が上がった。そんな奴を倒したという事実と、願望と、名声が欲しいだけだ。大抵の人間なら、少し力を入れて拳を突き出すだけで事は済む。ただ、それだけで済まないからこそ厄介なのだ。まず、数が多過ぎた。

 殺さないように手加減して、大勢の相手をするのは意外に骨が折れる作業なのだ。誰かが、注意を引き付けてくれたら...という考えが浮かんだのとほぼ同時に、敵の海賊たちから「ぎゃあ!」だの「ぐほぁっ」と声が上がり始めた。

 

「調子に乗るなよ、人間共っ!」

「ア、アンカー!」

「僕が出来るだけ注意を引き付ける。...出来るだけだからね」

「充分じゃわい」

 

 海賊たちから、どよめきの声が上がる。

 魚人に協力する人間の姿に驚いているようだった。その隙を突いて数人を海へ投げ落とす。更に動揺した海賊たちを海へ投げ落とす。さすがに気を引き締めだした海賊たちは、それぞれの武器を、悪魔の実の能力を発動させて襲いかかる。しかし、悪魔の実の能力はアンカーの武器の前では意味は無い。

 

「んなっ!? ぬ、抜けられねェ!」

「はああっ? おま、自然系(ロギア)だろーが!早く抜け出せって!」

「で、出来ねぇンだよ!! てか......ち、力が...」

 

 もがけばもがくほど、大量の海賊たちを絡め取った鎖が更に体に喰い込む。

 

「ジンベエ!!」

「おおっ! 魚人空手“三千枚瓦正拳”!!」

 

 一まとめになった海賊たちがもろに喰らう。自然系の能力者も、血反吐を吐き白目を剥いた。

 それからは、ひたすらに海へ投げ落とす行為を繰り返した。いくら泳ぎが達者な人間がいたとしても、魚人には敵わない。あとは、海に待機した仲間たちがどうにかするだろう。

 やがて、周りから海賊たちの船は去って行った。

 海に待機していた仲間たちも、しだいに甲板に戻って来る。その全員がアンカーに対して「助かった」「よくやった」と声をかけたり、頭を撫でた。

 

「......」

「...どうしたんじゃ。どこか痛むか?」

「いや...そうじゃなくて。皆、優しいなって...」

 

 皆が慕っていたフィッシャー・タイガーの意思とはいえ、彼の死の原因と言ってもいいくらいの者に対しての態度とは思えない、とアンカーが話すと、ジンベエの拳が彼女の脳天に振り落とされた。

 

「いったぁ!!」

「──フンッ。いつまでも、そんなことをウダウダと...。ええ加減にせんかぃ。わしらは、お前さんを恨んだりせんわい。お頭の...フィッシャー・タイガーの最期の船長命令に従っただけじゃ」

 

 ジンベエは呆れた様子でそう言う。「でも...」と声を漏らすと、それ以上言うなと言わんばかりにギロリと睨みつける。さすがにそれ以上は口を噤んだ。

 アンカーが、誰にも聞こえないように「やっぱり、優しいな...」と呟いたことは秘密である。

 

 

 

 

─海軍本部─

 

 

 ジンベエの正拳突きが直撃したために長い間療養していた海兵...ストロベリー少将は、病み上がりの痛々しい姿であの時の闘いの報告を行っていた。

 新聞記事では語られなかった事実。当人しか知らない情報を明らかにするのは、大きな組織にいる以上避けられない事項でもある。

 そのストロベリー少将が語るのは、自分を含む多くの海兵たちを戦闘不能に追い込んだ魚人の存在であった。

 

「特に凶暴なのはジンベエです。アレの強さは尋常ではなかった...!」

「このまま、のさばらせておくには危険すぎるか...」

「ああ、それともう1つ報告が......。例の、人間の件です。アレは、人間ではありません。...魚人です」

「なに...?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃこりゃ!?」

 

 普段通り飛来して来たニュース・クーによってばら撒かれた新聞の内の1つを拾ったアンカーの声が上がった。その声色は驚愕を表している。

 原因となるのは、その手に握られた新聞...の間から落ちた手配書。足元に無造作に拡がった手配書には、見知った顔が2つ。1つはジンベエ。もう1つはアンカー。

 

「はあッ!? な、何で僕が!?」

 

 金額が上がったことにより新しく印刷されたのであろうジンベエの手配書は理解出来た。しかし、自分の手配書は理解不能だった。

 

 “海峡のジンベエ” 2億5千万ベリー。

 “多節鎌のアンカー” 1500万ベリー。

 

 驚くな、と言う方が無理だろう。

 

「ほう。お前さんが賞金首とはな...」

「嘘でしょ...。なんで...?」

「この間のことが原因と考える他無いじゃろう」

 

 手配書のアンカーの顔は怒りに満ちていた。「僕は魚人だ!」と叫んだあの時の表情である。あの時の反撃を“危険”と感じた海軍たちの判断だろう。

 ニュース・クーが運んでいるということは、世界中の人間や魚人や人魚が1度は目の当たりにするということだ。もはや、絶望的......。少なくとも、アンカーにとっては。

 

「僕は、賞金首になりたかったわけじゃないのに...」

「ほれ落ち込んどる暇はないようじゃ」

 

 近くにいた船にはドクロのマーク。

 それと反対側にはカモメのマーク。

 海賊と海軍に挟まれた。狙いはもちろん、ジンベエとアンカーである。

 

「分かったよ。どうせ、やることは変わらないんだ」

 

 アンカーは武器を手に取る。いつもは2節、3節で戦っているのだが、今回は最大の7節。

 周りの仲間に当たらないように注意を促すと、それを頭上で振り回したまま船尾で敵を待つ。ジンベエはアンカーの周りに数人残し、自分は甲板で敵を待った。

 海軍は船尾から。海賊は甲板へ。

 先に船に着いたのは海軍。遠くから放たれる弾丸を多節鎌で防ぐ。節が普段より多くなっているお陰か、振り回せば振り回すほど鎖が伸びて威力が増す。長くなった鎌の先を、身を乗り出している奴らに向かって投げ付けると、その内の何人かは負傷して数が減った。

 

「今から大立ち回りするから、皆は海から奴らを狙って!」

「おう!」

「僕の攻撃も避ける自信がある奴は残って、援護を!」

「おっしゃあ!!」

 

 次々と海へ飛び込む仲間たちを見送り、乗り込んで来た海兵に向かって攻撃をする。海兵の中には能力者もちらほら見られたが、アンカーの武器に触れた者は全て刃を受けて倒れた。物理攻撃が効かないはずの自然系の能力者も全てである。

 

「くそっ! あの小さい奴、妙な武器を...!」

「あの鎖に触れると力が抜ける...。まさか、海楼石か!?」

「遠距離から攻撃するんだ! あの鎖が当たらない場所からの攻撃に集中しろ!!」

 

 船に乗り込んでいた者も1度引き上げ、船からの攻撃に移る。だが、その船の底には、船に穴を空けるべくその場を漂う魚人が多数。全ての海兵が引き上げた瞬間、船が真っ二つに割れ、あっという間に海に沈んで行った。

 アンカーに気を取られたのが仇となり、海に飛び込んだ魚人の存在を軽視した結果である。

 海軍側の掃討が予想より早く終わり、ジンベエの加勢に向かったがそちらもちょうど同じく掃討を終わらせていた。ジンベエは驚いた様子で「もう終わらせたのか」「殺してないだろうな」と声を上げた。

 

「毎度のことだけど、僕そんなに信用無い?」

「お前さんは分からんからな」

「大丈夫。殺してないよ、今回は...」

 

「今回“は”!?」

「そんな暇なかったし、冷静だったから大丈夫!」

 

 自信満々に胸を張って言い切ったアンカーの脳天に、ジンベエの拳が振り落とされたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

「......ん?」

 

 とある沖合いで、昼間だというのに元気に飛び回るコウモリ。それに疑問を抱いたアンカーは咄嗟にその生き物を鷲掴みにした。小さな足に括り付けられた手紙に気付き、それがジンベエ宛てであると分かるとコウモリを鷲掴みにしたまま手紙を届けた。

 ジンベエは鷲掴みにされたコウモリを放すように促すと、アンカーから自分宛だという手紙を受け取り、その場で開いて見せた。

 

「何て書いてあるの?」

「世界政府からのようじゃ。わしを、王下七武海に加盟させたいらしい」

「お...おうか、し......?」

「王下七武海。世界政府が認めた7人の海賊の集団のことじゃ。大抵のことは何をしても海軍に捕まりはせんし、それに、己に賭けられた賞金を無かったことに出来る。仲間に恩赦を受けることも出来る」

「へー」

 

 アンカーはよく分からないままそう言った。

 それを注意するのも忘れた様子で、受け取った手紙をジッと見つめる。「うーん...」と唸り声を上げたかと思うと、意を決したように顔を上げた。

 

「──この話...わしゃあ、受けようと思う......!」

「はあ!?」

 

「何言ってんの、ジンベエ!? よく分からないけど、人間の仲間になるってことでしょ? 僕は嫌だ!!」

「七武海に入るのはわしだけじゃ。それだけで恩赦を受けられる。戦いたくない者や、家に帰りたい者の願いを叶えられる。──それに、捕まったアーロンも釈放させることが出来る」

 

 タイヨウの海賊団は、元奴隷だった者が殆どである。中には戦いたくない者もいるし、家族に会えない者もいる。何を言われても言い返すつもりでいたアンカーの口を閉ざしたのは、アーロンの釈放という言葉だった。釈放されたアーロンが感謝するとは思えなかったが、大勢の仲間を救う手立てとなるのなら......と考えた結論だった。

 

「お前さんも嫌いな海賊を続けなくて済む──」

「っ!!!」

 

 アンカーは武器を手に取った。そのままジンベエに振り落とす。

 

「な!何のつもりじゃ!?」

 

 急な攻撃に反応し防御に使った腕の痺れを感じながら、アンカーを見つめる。

 

「アンタを人間の仲間になんかさせない!」

「何故分からんのだ! わしが七武海に入れば、多くの仲間が助かるんじゃ!!」

「そんなやり方はイヤだ! 僕は、人間なんかの仲間にはならない!!」

「この......っ、分からず屋があ!!」

 

 拳を振るえば、それを腹部に受けたアンカーが後方に飛ばされる。かなり加減された拳だったが、体の軽いアンカーを吹っ飛ばすには充分な威力だった。その場にいた他の船員を巻き込みながら着地し、それが衝撃を和らげるクッションになったのか、アンカーはすぐに攻撃の構えを取った。

 アンカーの黄緑色の眼光が鋭くなる。戦闘中によく見られる、アンカーが本気になった時の表情である。節を2つに割り、片方をジンベエ目掛けて投げ付ける。それを避け、止めを刺すべく、再び拳を振るった。目標を失った鎌はマストに突き刺さる。

 

「これで終わりじゃ!」

「まだまだァ!!」

 

 アンカーの体がマストに引き寄せられる。突き刺さった鎌を引き寄せず、自分の体の軽さを利用してジンベエの拳を回避したのである。空中で器用に鎌を戻し、もう1度片方の鎌を投げ付ける。

 

「撃水っ!」

「撃水返しっ!」

「何ぃ!?」

 

 長く伸びた鎖で撃水を受け、その衝撃を崩さず、威力を殺さず方向転換だけを行う。鎖が海楼石で出来ていることと、長年に渡り相手の力を借りて戦ってきたアンカーだから出来る芸当である。

 ジンベエが放った威力のまま、今度はジンベエ本人に向かって行く。このままでは、船に大穴が空いてしまう。もう1度撃水を放ち、互いを相殺させた。

 

「ええ加減にせい! わしは、七武海に入る!!」

「そっちこそ、いい加減にしろ! 人間なんかの仲間になる必要無いだろ!」

「多くの仲間を助けるためじゃ!」

 

 ジンベエは飛んで来た鎌を避け鎖を掴まえた。

 

「!!」

 

 鎖を勢いよく手繰り、アンカーは問答無用にジンベエに向かって引き寄せられる。それと同時に拳を構える。

 

「五千枚瓦......正拳んんっ!!!」

「くっ......らうかぁぁああ!!」

 

 突き出される拳の軌道は直線。アンカーは必死に体を捻る。目で見えていても、体が言うことを聞かないのだ。ジンベエの正拳突きがアンカーの頬を掠め、勢いを利用したアンカーによる鎌の一振りが繰り出される。

 

「むんッ!!」

「なっ!? がはッ、ぁ...!」

 

 ジンベエは攻撃を避けず受けきる。一瞬動揺したアンカーを突き出した方とは逆の手で、彼女の体を掴む。攻撃をしてこれないように、両腕ごと抑え込んだ。

 

「くそっ! 離せっ!!」

「何故分からん!? お前さんだって、魚人島で......街で暮らせるようになるんじゃぞ! 嫌いな海賊を続けることもなく、平和な暮らしが出来ぶへっ!」

 

 自由に動く足でジンベエの顎を蹴り上げる。

 

「勝手に決めるな! 海賊は嫌いだ。でも、自分が仲間だと思っている奴らを嫌うわけないだろ!」

「......」

「人間の仲間なんかになる必要無い! 僕はイヤだ!」

「我儘を言うな!お前さんがなんと言おうと、わしはがべッ! ええい!しばらく、じっとせい!!」

 

 ジンベエの正拳突きがアンカーの顔面に直撃する。衝撃で吹き飛んだアンカーに、たくさんの船員が駆け付けた。「やりすぎだ」と声が上がったが、ジンベエは返答しなかった。やりすぎなのは本人が一番よく分かっている。

 それでも、アンカーを黙らせるにはこの方法しか思い浮かばなかったのだ。

 

「アンカーを拘束しておけ。武器も取り上げろ。......わしは、これから魚人島へ向かう」

 

 ジンベエは、ぐったりして動かないアンカーを遠目で見つめ、心の中で数え切れないほど謝罪を繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海の上の監獄、インペルダウン。

 その入口には囚人服を身に纏った1人の魚人がいた。ジンベエの七武海加入により、恩赦で自由の身となったのだ。タイヨウの海賊団の船員の中で海軍に捕らえられたのは1人。アーロンである。

 

 アーロンの表情は暗く、とても喜んでいるとは思えない。しまいには、船長となったジンベエに『人間の狗』と蔑んだ。

 彼にとって、人間は敵であり下等な生き物である。七武海に入ったということは、その下等な生き物の仲間......いや、下に付いたということ。それが許せなかった。

 アンカーとの1件を聞き、彼女の顔の傷を目の当たりにして怒りが増した。ジンベエの正拳突きを顔面に喰らい吹き飛ばされたアンカーの傷は深く、右の眼窩がんかを骨折。それに伴って右目の視力は低下し、ほとんど見えない状態になっていた。光が当たると痛みが生じるため、右目は大きめの眼帯で覆われていた。

 様々な怒りの要素から、アーロンが船を降りるのは目に見えていた。感謝などするはずもない。むしろ、憎んでさえいた。

 

「アンタの部下になりゃ“安全圏”なんだろうが、俺はごめんだぜ。フィッシャー・タイガーは死んだんだ! 俺は元の“アーロン一味”に戻る!!同胞たちも連れていく。文句は言わせねエ!!」

「アーロン!!」

「兄貴。アンカーを傷付けたこと、許さねえからな......ッ!」

「ぐっ......」

 

 それ以上は何も語らず、アーロンは船に乗り込んだ。甲板で待っていたアンカーの肩を抱き、船尾へと場所を移す。アンカーを見つめる表情は穏やかで、先程までジンベエに向かって啖呵を切っていたとは思えないほどだ。

 

「おかえり、アーロン」

「ああ。...傷は痛まねェか?」

「平気」

「...そうか」

 

 久しぶりに見たアーロンの穏やかな表情に疑問を抱き、アンカーは不思議そうに首を傾げた。彼女がその表情を見たのは片手で数える程度しか無いが、全体的に違和感があると気付いたためだ。アーロンに「どうした」と声を掛けられ、アンカーは違和感を声に出す。

 

「なんか...優しい...?」

「ああ?」

「違うな...あ、緊張してる?」

「──ッああ!?」

 

 アーロンの想像していなかった反応に、アンカーは思わずケラケラと笑い出した。その笑顔に怒る気も失せた様子で、振りかぶった手でワシャワシャと頭を掻きまくった。実のところ、緊張していたのは本当で、本人も久しぶり過ぎて気付いてはいなかったのだ。しだいに2人で笑い合い、ぽつりぽつりと話を弾ませた。

 話はタイヨウの海賊団を抜けた後の予定まで広がったが、アンカーが急に黙り込む。具合を悪くしたのかとアーロンが顔を覗き込むが、顔色は悪くない。

 

「アーロン。僕も、緊張してたみたい...」

 

 そう話すアンカーの小さな手が小刻みに震える。

 アンカー自身も気付いておらず、無意識に緊張していることを押し隠していた。笑い合い、話が弾むにつれて緊張は解け、それを押さえていたものもなくなったために起きたのが手の震えだった。震えを止めるために何度も指を折り曲げる。震えが治まったのと同時に、何かを思い出したようにアーロンの顔を見つめた。アーロンは小声で驚愕の声を上げながらも、彼女の言葉を待つ。

 

「──った......会いたかったよ、アーロン」

「──ッ!」

 

 長い間触れられなかった肌。さらりと風に映える髪。宝石のような黄緑色の瞳。彼は瞬間的に、それら全てを手に入れたいと思った。胸の中で苦しそうに「アーロン」と聞こえて、ようやく自分がアンカーを抱きしめていたことに気付く。

 慌てて体を離し、その場に座り込んで顔を隠す。頭の中では、自身を叱咤する言葉が繰り返し響き、溢れる気持ちを必死に抑え込んだ。

 

「悪ぃ」

「うん、大丈夫」

 

 アンカーの特別な感情を微塵も感じさせない笑顔に、アーロンは落胆しつつ苦笑する。アーロンは再び、アンカーとの温度差を実感したのだった。

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