ONE PIECE《エピソード・オブ・アンカー》   作:蛇騎 珀磨

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代償

 とある沖合い。

 

 帆に描かれたノコギリザメと同じ刺青を施した者たちがいた。近くの島に行っては略奪を行い、彼らが嫌う人間たちを襲撃した。船長アーロンが率いるアーロン一味は、名の知れた魚人海賊団として人間たちの恐怖となりつつあった。

 

「アーロン船長! 大変だ、ジンベエ親分の船だ!」

「チッ...! ヤロー共、ずらかるぞ!」

 

 つい先日、王下七武海に加盟したジンベエと縁を切り船を離れたのだが、弟分のアーロンの騒動を耳にすると邪魔をして来るようになった。

 偉大なる航路グランドラインに、もう逃げ場は無い。

 

 

 

 

 

 

 

「東の海イーストブルー?」

 

「ああ、そうだ。俺たちはこれから東の海へ向かう」

 

 満月の夜。

 甲板には、月を見上げながら酒を酌み交わすアーロンとアンカーの姿があった。見張り番が回ってきたアンカーのもとに、アーロンが酒を持って来たのだ。見張り番という役割があるためアンカーは少ししか飲めないが、アーロンは構わず酒瓶をどんどん空けていった。そんな中で、今後の予定に話が移った際に、アーロンの口から出たのが“東の海へ行く”というものだ。

 

「こんな所で暴れたところで、ジンベエのアニキにすぐ知らせが行きやがる。俺たちに逃げ場は無いのも同然だからな」

「ふーん。それで東の海なのか...」

 

 アンカーは簡単に納得する。

 

 新世界を抜け、偉大なる航路グランドラインからも離れた島ならば、そこに住む者も、配属されている海軍も、うろつく海賊も大したことはないだろうと踏んだのだ。実際、アーロンの考えも似たようなものだった。

 

「すぐ出発する?」

「いや。長旅になる。近くの島で調達をしてからだ」

「“調達”...ねぇ」

 

 翌日。──夜明けと共に近くの島での“調達”が行われた。調達とは名ばかりの、ただの略奪である。アーロンを筆頭に、抵抗する者、気に入らない者は無差別に殺した。それが、女だろうと子どもだろうと、全く関係無い。

 

「この家の食料と、金品を寄越せ。素直に応じれば、命は助けてやる」

 

 アンカーは必ずこう言う。

 

 そして、律儀にそれを守った。

 その行為は褒められたものではない。生き残った者を、復讐者としてこの世に遺すのと同じ行為だからだ。「問答無用に殺せ」といくら言っても、アンカーはそれに応じようとはしなかった。

 それは今回も同じで、貧しそうな民家へ踏み入り、同じ問答をする。大抵の人間は、命が助かるのだからと少ない食料と金品を差し出してくる。それが全財産でなくても、アンカーは良しとしていた。

 

「お前らにやれる物は何も無い!」

「じゃあ、死ね」

 

 人間を殺すのを躊躇しているからではない。わざ『助けてやる』と言っているのに、それを断るというのなら、生かしておく意味は失くなる。目の前の人間の男もそうだ。男の首と胴体が二つに分かれ、隠れて見ていたのであろう子どもと女性の悲鳴が響いた。テーブルとイスだけで作られたバリケードを退かし、小さく蹲っている人間に、アンカーは同じ問答をした。

 

「食料か金品を寄越せ。命は助けてやる」

「あたしは関係ないわ!」

「ん?」

「そのガキが持ってるわよ!あたしは関係無い!」

 

 “ガキ”と言われた少年が持っているのは、お小遣い程度のベリーが数枚と、食べかけのチョコレートだった。海賊にとっては何の価値も無い物だが、アンカーはそれでも良しとする海賊である。ただ、アンカーにはどうしても許せないものがある。それが、あの母親だ。少年からチョコレートだけを受け取り、去ろうと背を向けたのと同時に、母親は家から飛び出して逃げて行ってしまう。

 

「殺せ」

 

 アンカーの傍らにいた仲間が、逃げた母親の頭を撃ち抜いた。動かなくなった死体の衣服からは、安物のアクセサリーが数個出てきた。この元母親は、自分の子どもより金品を選んだのだ。アンカーには、それが許せなかった。甘い。そう言われるのは重々承知の上である。

 

「げほっげほっ」

「大丈夫か?」

「ん......平気」

「痩せ我慢すんな、顔色が悪い。...帰るぞ」

 

 胸の痛みを覚えながら、アンカーは船がある方へと踵を返す。後方で子どもがなにやら叫んで怒鳴っているが、内容までは耳に届かない。今のアンカーにそんな余裕は無かった。足を踏み出した瞬間、ぐらり、と視界が揺れたかと思うと、アンカーは膝をついていた。胸の痛みが激しくなる。呼吸が、止まりそうになる。アンカー自身も、己に何が起こっているのか理解出来ないでいた。

 

「ハッ...ハッ...ハッ──!」

「アンカー!? おい、しっかりしろ!」

「──ッハ...ッハ...」

 

 上手く、呼吸が出来ない。呼吸の仕方を忘れてしまっているようだった。アンカーも仲間も、混乱を隠せずに慌てふためく。とにかく船に戻らねば!と仲間がアンカーと武器を担ぎ、荒れ果てた村の中を走り抜けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お頭!」

 

 金品や食料を袋いっぱいに詰め込んで、意気揚々と船に戻って来たアーロン達を迎えた部下の次の一言に、アーロンは言葉を失った。

 

「早く、こちらです!」

 

 出迎えた部下の後を追い、アンカーの自室へと向かう。中には、今の船員の中で数少ない船医と、自身のベッドの上で横たわるアンカーの姿があった。

 

「アンカー!」

「大丈夫です、船長。今、落ち着いて眠ったところですよ」

「......そうか」

 

 アンカーが無事であると聞き、力が抜けてその場に座り込んでしまうが、誰も何も言わない。アーロンがアンカーに対して特別な感情を抱いているのは、船員全員が気付いていた。気付いていないのはアンカーだけだ。それも無知だから仕方がない。

 

「船長......少し、いいでしょうか?」

 

 船医の神妙な面持ちに察し、短い返事の後、アンカーの部屋を後にし船長室へと赴いた。

 その場には既にハチやクロオビなど、アーロンと昔からつるんでいる面々が揃っていた。彼らも船医からアンカーの急変を聞き、その容態を説明してもらうために集められていたのである。

 

「船長。医者として、命を賭けて申します」

「──聞いてやる」

「アンカーを、船から降ろすべきです!」

 

 空気が張り詰めた。

 その発言がどういう意味を持つのか...。分かっているからこそ、船医は“命を賭けて”と最初に言ったのだ。それがあったからこそ、アーロンは怒りを我慢出来ているのである。しかし、それが顔に出ていない訳もなく、ブチギレ寸前の表情から目を逸らさない船医の覚悟は本物と見て取れた。

 

「──理由はなんだ」

「アンカーを殺したくないからですよ」

「なに....?」

「このまま海賊を続けていれば、アンカーは確実に死にます。船長はお忘れですか? 彼女は、本人は認めておらずとも半分は人間なのです。いくら体が丈夫でも、人間の心臓では限界値を超えてしまう!」

 

 度重なる戦闘でアンカーの心臓は悲鳴を上げていた。体が丈夫過ぎるが故に、それに気付いた時にはもう手遅れだったのだ。これ以上戦闘が続けば、体力は消耗され続け1人で歩くのも出来なくなる。歩くだけで心拍数が上がり、息切れを起こし、今回のように過呼吸を引き起こす可能性もある。最悪、死ぬ場合も考えられると船医は言い切った。

 

「......」

「船長!彼女を死なせたくないのなら、ここで船から降ろすべきです! 船長!船長!!」

「──ッ」

 

 何も言い出せないでいた。

 アンカーを側に置いておきたい己と、アンカーを死なせたくない己とが激しい口論を繰り返す。アーロンは顔を手で覆って、周りに表情を悟られないように隠した。1人で考えても結論は出せない。そう思ったアーロンは、再びアンカーのもとへと赴くのだった。

 

 

 

 

 

 アーロンが部屋を覗くと、未だ寝息をたてているアンカーがいた。

 昨夜の月明かりに照らされた綺麗な顔を思い浮かべながら、酷くやつれたアンカーの頬に触れる。どちらも綺麗だと思ってしまうのは、アーロンが彼女を特別視しているからだろう。何度か髪を撫で、頬を撫で、声を掛ける。その内、アンカーが眠りから目が覚めたのか「んぅ...」と声を漏らした。

 

「ん......あれ、アーロン...?」

「ああ、起こしちまったか」

「んーん、大丈夫。どうしたの? 具合悪い?」

「そりゃ、オメェだろうが」

 

 アンカーが力なく笑うと、アーロンもつられて苦笑した。

 

「......アーロン、僕のワガママ聞いてくれる?」

「ああ」

 

 そっとアーロンの手に触れ、胸の前まで引き寄せて祈るように目を閉じる。そのまま声を出し、

 

「僕を、東の海に連れて行って」

 

 ──微笑んだ。

 

「今までみたいには戦えないのは分かる。この船にとって、僕は迷惑なお荷物だ。...でも、船から降りたくないんだ。仲間と、アーロンと一緒にいたいんだ」

 

 自分の事だもの。アンカーはそう話した。

 アーロンの返事を聞く間も無く、アンカーは再び眠りに落ちた。ただ手は握られたままで、アーロンは悲しく笑いながら「ああ」とだけ言葉にした。

 

 

 

 数週間後。

 

 

「アンカー、着いたぞ。東の海だ」

 

 アーロンに抱えられて甲板に出たアンカーは、久々の太陽と空を見上げた。眼帯の奥が疼くような痛みを発するが、それも生きている証拠だ、と笑みを浮かべる。

 

「この近くの島を拠点にしよう。お前が闘わなくていい、俺達だけの国を作ろう」

「ふふ。いいね、魚人だけの国か...」

「そのためにも、この辺りを管轄にしている海軍を買収しねえとな」

「ジンベエにバレないように?」

「当然!」

 

 二人揃って悪ガキのように笑った。

 その後、運良く海軍を見つけ、買収に成功。東の海というだけあって、なかなか手頃な値段で買収することが出来た。その海軍から聞いた小さな島が目的地となった。

 

 そして、彼らはココヤシ村に上陸したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 彼らは島の住人達の支配を始めた。

 アンカーのために作り上げる国なのだから、と金を寄越せば殺さないという条件を付けた。その金額はアーロンが決めたものだったが、仲間達の中で異論を挙げる者はいなかった。

 永く外にいられないアンカーは常に建物内で待機させられ、袋いっぱいに金品やベリーを持って帰って来る仲間達の出迎えが主な仕事となっていた。故に、彼女は知らなかった。2人の娘の命を救うために、自身の命を投げ出した人間がいた事を...。

 それから間もなくして、『アーロンパーク』と名付けられた建物が出来上がった。彼ら魚人が住まう家のような物だ。アンカーはその建物の奥に移され、小さな天窓から射し込む太陽や月明かりが唯一の灯りとなった。

 アンカーの部屋には誰かしらいた。船医はもちろん、近くに来た他の海賊達を返り討ちにして帰って来た仲間や、これからソレに出掛ける仲間。特に、アーロンは多くの時間をアンカーと過ごした。

 

 時折起こる発作には皆が固唾を呑んだ。船医が付きっきりで看病するが、止まらない時は2日間も胸の痛みに苦しんだ。もう死んでしまうのではないか?と誰もが思ったが、誰もその事を声に出したりはしなかった。その間、当事者であるアンカーから「助けて」や「苦しい」などの声は全くなかった。

 しかし、忘れた頃にもう一つの発作が顔を出した。この時ばかりは火がついたように暴れ、呪いの言葉のように「ごめんなさい」と繰り返す。普段は決して言わない「助けて」を必死に叫び求めた。──が、船医はおろか船員達でさえ敵に見えてしまうアンカーに手出し出来る者はたった1人だけ。アーロンの腕に抱かれ、死んだように眠るまで、アンカーは泣き叫び続けた。

 

 ──もう、限界かもなぁ......。

 と、まるで他人事のように、アンカーは呟くようになった。

 

「アーロン。外に行きたい」

「分かった」

 

 太陽の光が少ない曇りの日は、よく外に出て鉛色の空とくすんだ青色の海を眺めた。「僕の体、軽くてよかっただろ?」と微笑むアンカーに適当な返事を返す。元々小さな体だが、日に日に痩せ細って行く姿を直視出来なかった、というのが正直なところだ。

 

「アーロン」

「ん?」

「僕が死んだら......」

 

 最初は「何を馬鹿な事を!」とよく怒鳴っていたものだが、腕の中の軽さと真っ直ぐ見つめてくる目に薄らと膜が張る液体に気付き、冗談ではないのだとアーロンは悟った。それからは、海を眺めては「僕が死んだら」と切り出すアンカーの話を聞き入れるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギィ......

 

 

 

「誰?」

 

 ドアをノックもせずに開いたのは誰だろう? 特に深く考えずに声をかけると、小さく短い悲鳴が聞こえた。アンカーがもう一度訊ねると、怯えたような震える声で「オバケ?」と返事が返ってきた。

 

「まだ、生きてるよ」

「じゃあ、誰?」

「僕はアンカー」

 

 天窓に射し込む月明かりに照らされた人間の少女に向かって、アンカーは自身でも驚くくらい優しく声をかけた。人間を見ただけで吐き気を催すというのに、その人間の少女にはそれを感じなかった。

 こんな所までどうしたの?と訊ねれば、少女は俯いたまま服の端を持って弄っていた。

 

「道に迷ったの?」

「......うん」

 

 その少女はナミと名乗った。腕に彫られた刺青はアーロン一味の証。少し前に聞いた“海図の天才”とはこの子のことだろうと、簡単に推測出来た。アンカーは時間を確認する。もうすぐ巡回の時間だ。その時にでもこの子を引き渡せばいい。ナミにその旨を告げると、一瞬青ざめたようにも見えたがアンカーは見て見ぬフリをした。

 

「それまで、話相手になってくれる?」

 

 アンカーの最後の一言に、目を輝かせて元気よく「うん」と答えた。

 

 

 

 

 

 

「──航海地図?」

「そう! いつか自分で旅をしながら、それを完成させるの!」

「気の遠くなる話だね」

 

 アーロンパークにいる理由を訊ねてから数分で互いの夢について語り合うとは思いもしなかったが、ナミの純粋に「航海士になりたい」という夢を微笑ましく思った。「おねえさんは?」と訊ねられ、アンカーは目を細めて考える。今まで考えたこともなかった。今もそう。

 

「──無いね」

「えー」

「僕の夢は、もう叶ってしまったからね」

 

 そういうことにしておこう。

 ナミは不貞腐れていたが、諦めたように違う話題を語り始めた。幼いといえどもナミも女なのだと思い知る。“それ”が許された環境下にいたからこそ出来るものだとアンカーは羨ましくも思った。

 

「アンカー、変わりないか?」

 

 どうやら時間がきてしまったらしい。

 自身の体に変化が無いことを告げて、迷い込んでしまったナミを送ってやってほしいと頼む。巡回に来た船員の1人が怒り狂ったように武器を振り上げる。それが落とされる瞬間、アンカーの「──おい」という低い声が響いた。

 

「僕は“送ってやって”と頼んだんだ。その子は僕とアーロンのお気に入りだ。勝手なことは許さない。───返事は?」

「は、はいぃ!!」

 

 戸惑うナミに手を振って、またね、と言えばナミも手を振り返した。

 扉が閉まると部屋の中は暗くなった。普段ならどうとも思わなかったのに、1人に戻ってしまった部屋を暗いと感じる。天窓から差し込む月明かりが、伏せ目になったアンカーの顔を照らしていた。

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