とある少年と奉仕部 Our Teen Rom Com SNAFU   作:TOAST

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1. こうして4人は巡り合う

 

 

「少年、何故呼ばれたか分かっているな?」

夕刻の職員室。

妙齢の女教師に呼び出されたとある男子生徒は、デスクの前に立たされていた。

「何のことでしょうか?」

「しらばっくれても無駄だ。深夜10時以降のアルバイトは禁止のはずだが…先日、コンビニで君が働いているのを目撃したと、タレ込みがあってな」

「見間違いですよ」

どうせ証拠はない。

そう考えたその生徒は端的に教師の言葉を否定した。

「教師を謀ろうとはいい度胸だな…まったく君という奴は。去年、アルバイトのし過ぎで親御さんの扶養控除から外れて痛い目を見たというのに、まだ懲りないのかね」

少年はその教師の言葉に顔を歪めた。

昨年12月の年末調整。

年間課税所得が扶養控除枠の103万円を大幅に超過し、深夜アルバイト等の不法就労が"父親"に発覚。彼の昨年の所得金額を高校生の平均時給で除した所、未成年就労規則で定められる1日8時間、週40時間の労働時間上限を大幅に上回る悪質なものであったことも判明し、1週間の停学処分を受けたのは記憶に新しい。

「…ハァ、また停学ですか?」

彼は溜息を吐き、そう呟いた。

「学校に来るなと言えば、君はまた平気な顔をしてバイトするだろう?だから今回は罰として君の自由時間を制限することにする。具体的には私が顧問する部活に入ってもらう」

「それは勘弁してください…すみませんでした。深夜バイトはもう止めます」

突然の平塚教諭の申し渡しに対し、彼は態度を一変し、深々と頭を下げた。

「未成年のバイトは法令で週40時間、進学校の総武高校では校則でその半分の20時間までしか許可していないだろう。平日に部活動に参加した所で労働時間が減るとは思えんな。何をそんなに慌てている?」

「…色々と入用なんですよ。高級外車を乗り回してる先生なら、ご理解いただけると思いますけど?」

「私は大人だ。君と一緒にするな…私も君の生立ちが複雑であることは理解しているつもりだが…生活費は親御さんからもちゃんと仕送りされているんだろう?」

平塚教諭が若干言い難そうにそう触れた通り、彼は高校生になってから親元を離れて独立した生活を送っている。

昨年の騒動の際はその親が激怒し、県外の親元へ呼び戻されかけた。その親を何とか宥め、彼が一人暮らしを維持することができたのは、他でもない平塚教諭の必死の説得によるものだった。

「…」

平塚教諭の質問に対し、少年は押し黙った。

「…歳に似合わず頑固な奴だな、君も。金の事ばかり考えていないで、学校で人並みの青春を送ってみてはどうだ?」

「同学年の連中に併せてなきゃ高校生活は青春とは認められませんか?…なら、俺はやっぱり青春とは無縁なんですよ」

少年は一変し、すまし顔でそう答える。

「比企谷と同じような事を抜かしおって…まぁいい。ついて来たまえ」

―――比企谷?

平塚教諭が口にした聞き覚えのない人物の名前を反芻しながら、彼は特別棟の一教室へと連行されていった。

☆ ☆ ☆

「その不景気な顔をした人は?」

平塚教諭に案内されて入った部屋。そこには艶やかな黒髪を靡かせる美少女が椅子に腰をかけていた。

その男子生徒は彼女の美しい容貌に一瞬だけ目を引かれるが、彼女から放たれた言葉が自分を形容するものであることに気が付くと、それに反応するように開いていた口をへの字に閉じた。

―――態度のでかい女だ。どいつもこいつもくだらない

それが少年の、雪ノ下雪乃という少女に対する第一印象だった。

「雪ノ下、私から追加で依頼をさせてもう。比企谷の更生のついでに、このバイト漬けの男子生徒に人並みの青春を送らせて欲しい…それが依頼の内容だ」

「…余計なお世話だ」

誰にも聞こえない位小さな声でそう呟き、少年は雪ノ下と呼ばれた女子生徒から視線を外す。

すると、そこには腐った魚のような目をした男子生徒が一名、背中を丸くして座っているのが目に入った。

平塚教諭は彼の背中を軽く叩くと、無言で自己紹介するように促した。

彼は二人に軽めに会釈をし、自らの名を述べる。

「…2年A組の―――です」

「ここは奉仕部だ。悩める生徒の問題解決に力を貸すことを主な活動内容としている」

平塚教諭は彼に対し、この部の活動内容を手短に説明した。

「…じゃ、部員の補充も完了したということで、俺はお役御免ですね」

平塚教諭に比企谷と呼ばれたその男子生徒は、そう言うとおもむろに鞄を手に取って立ち上がった。

「どこへ行くつもりだ、比企谷?…そうだ。依頼ついでに、君たちには奉仕部員として、誰が最も他者に対して奉仕できるかを競ってもらおう。負けた者は勝ったものの言うことを何でも聞く、というのはどうだろう?」

平塚教諭は彼の首根っこを片手で乱暴に掴みながらそう言った。

「お断りします。男子2名の下卑た目を見ると、貞操の危機を感じます」

―――何なんだこの女、ふざけやがって

少年は雪ノ下雪乃の発言を耳にして、露骨に嫌悪の表情を浮かべ、舌打ちした。

「偏見だ!高2男子が卑猥な事ばかり考えてるワケじゃないぞ…世界平和とか」

「…俺も自意識過剰な人間に、冤罪かぶせられるリスクは負いたくないです」

後半、消えかかったような声を発した比企谷に便乗するかのように、彼は抗議の声を上げる。

そんな彼の言葉に雪ノ下雪乃はピクリと反応を示した。

「ふむ、さしもの雪ノ下雪乃とも言えど、恐れるものがあるか…そんなに勝自身がないかね?」

「!…いいでしょう。その安い挑発に乗るのは少しばかり癪ですが、受けて立ちます。ついでにこの二人のことも処理してあげましょう」

彼女は椅子から勢い良く立ち上がってそう言った。

「…処理、ね」

少年は彼女を、つまらないモノでも見るかのような視線で見つめ、冷たい声でそう呟いた。そして再びその口を開く。

「…まぁ、活動内容は理解しました。どうしても抜けられないシフトがある時は、部活を休ませてもらえるんであれば僕は何でも構いません」

「決まりだな。勝負の裁定は独断と偏見で私が下す。あまり意識せず、適当に頑張りたまえ」

平塚教諭は満足げな表情を浮かべてそう述べた。

「…俺の意思は?」

比企谷八幡の言葉だけが教室に虚しく響いた。

「…机、使っていいの?」

平塚教諭が去った後、少年は二人に問いかけた。

「好きにすれば」

それに対し、雪ノ下雪乃は手にしていた文庫本から視線を外すことなく、そっけない返事を返す。

「…比企谷、だっけ?ちょっと手伝ってくれ」

「あ?何で俺が?」

「椅子だけじゃ不便だろ?さっさと出すぞ…」

少年は比企谷と呼ばれた生徒に手伝わせながら、教室の奥に山積みになっていた学習机と椅子を3人分並べて行く。

適当な位置に机を並び終えると、おもむろに鞄から参考書を取り出して勉強を開始した。

「あら?自習とは殊勝な心掛けね。部活動中にあまり褒められたモノではないけれど」

「…雪ノ下さんも読書してんだろ?時間は公平に有限だ…」

「公平に有限?」

どこか含みのある彼の言葉を、雪ノ下雪乃は小声で反芻するように呟いた。

「…」

彼はその言葉に何も返すことなく、テキストに視線を落とした。比企谷はそんなやり取りを、つまらなそうな目で眺めている。

その日、彼らは互いに一言も口をきくことはなかった。

☆ ☆ ☆ 

翌日の授業後

「ハイ、もしもし?あ、店長…いえ、無理言ってすみません。今日は19時から入ります。すみません、ちょっと事情があって…はい。本当にすみません。はい。では失礼します…ハァ」

少年は電話を切ると深いため息を吐いた。

急遽強制的に入部させられた意味の分からない部活のせいで貴重な時間を削られることとなったことを、彼は深く恨んでいた。

「…なんか、お互い大変だな」

「うぉっ!びっくりした!…比企谷か」

「そんなに驚くか…」

幽霊のように覇気のない突然の呟きに対し、彼はやや過剰な反応を見せる。

それに対して声をかけた側の生徒、比企谷八幡は少しだけ悲しそうな声でそう言った。

「いや、悪い。部活、行くか?」

「気は進まんけどな…」

二人は同じタイミングで、部室で待っているであろう嫌味な女子生徒の顔を思い浮かべた。

「こんにちは。もう来ないかと思ったわ」

二人が部室の扉を開くと、案の定、雪ノ下雪乃はそんな台詞を口にした。わざとらしく満面の笑みを浮かべている点が、実に憎らしい。

少年がふと一緒にやって来た相方の方を見ると、顔を引きつらせているのが見えた。

「別に好きできた訳じゃねぇよ」

比企谷八幡は不貞腐れた顔でそう言った。

「…比企谷君。私の考えでは、あなたが集団行動できないのはその腐った目と根性にあると思うの」

早速彼女による攻撃が始まる。どうやら比企谷だけがターゲットとされているようだ。

少年は何も聞かなかったフリをし、手元に置いた参考書の問題を解き始めた。

「それ、お前が言う?てゆーか目は関係ねぇだろ」

「最も、貴方という共通の敵を得て、集団が一致団結すると言うことは有るかも知れないわ」

「ヒデェな…」

比企谷八幡は、容赦のない雪ノ下雪乃の言葉の暴力にささやかな抵抗を示しながら、会話を成立させていった。

「けれどそれは排除するための努力であって、自身の向上に向けられることはないの。ソースは私」

「…排除のための努力?」

ここへ来て、黙っていた少年が雪ノ下雪乃の言葉に反応を示した。

「ええ。私中学の時に海外からこっちへ戻って来たの。当然転入という形になるのだけれど、クラスの女子、いえ、学校の女子は私を排除しようと躍起になったわ。誰一人として私に負けないように自分を高める努力なんてしなかった…あの低能共」

最後に呟かれた不穏な言葉に、比企谷八幡は背中に嫌な汗をかいた。

「…いや、排除されたのはその不遜で高圧的な性格のせいでしょ?正直、俺には比企谷より雪ノ下さんの方がよっぽど社会性に問題がるように見えるけど?」

少年の言葉に雪ノ下雪乃は眉を顰めて、明らさまに不機嫌そうな表情を浮かべる。

「…相手の格に相応しい対応をしているまでよ。あなた達がマトモな人間であれば、私も言葉くらい選ぶわ」

雪ノ下雪乃は苛立ち混じりにそう口にした。険悪な雰囲気が漂い出した空間で、比企谷八幡は一人、居心地の悪さを感じていた。

比企ヶ谷八幡には、彼女が開口一番、自身に辛辣な言葉をぶつけてきた原因について心当たりがあった。それはこの少年が平塚先生に連れられて来る前にした、ちょっとした口論だ。人は高みを目指して変わるべきか、それとも自らを肯定して踏み留まるべきか、そんな歯車の噛み合わないような言い争いだった。

「成る程ね。そうやって格下扱いした人間に排除されてきた訳だ。それとも逆に排除された経験から自己防衛本能でそういう人格が形成されたのか?傷付けられる前に傷付ける…だとすりゃ笑えるくらい臆病だね、雪ノ下さんは」

そんな背景を知らない少年は、比企谷への嫌味に端を発した言葉の応酬を、自分に対する明確な攻撃と認識し、真っ向からの反撃に打って出る。

「…言いたいことはそれだけかしら?平塚先生に話は聞いているのよ。貴方のように校則も法令も守らないような人間に、私の人格についてとやかく言われる筋合いはないわ」

雪ノ下雪乃は少年を睨みつけながらそう言い放つ。

「おい、喧嘩なら他所でやってくれ…ひょっとして、この部は問題児の隔離施設なんじゃないのか?」

比企谷八幡はウンザリした顔で、そう口にした。

「そういう訳にはいかないわ。貴方達二人の監視は平塚先生の依頼の範疇だもの」

少女は歯牙にもかけずに、そう言い返す。彼女の言葉には比企谷八幡の問いかけに対する答えは含まれていなかった。

「「あ、そ」」

男子2名が呆れ顔でそう呟たタイミングで、室内にノックの音が響いた。

「…どうぞ」

雪ノ下雪乃がノックの主に返事をすると、扉がガラガラと開かれた。

「し、失礼しまーす。ほ、奉仕部ってここ、だよね?」

そこには制服をラフに着こなした、派手目の女子の姿があった。全員の視線が彼女に集まる。

「な…なんでヒッキーがここにいんの!?」

「…いや、俺ここの部員…。ってゆーか、ヒッキーって俺の事?」

入室時にオドオドしていた少女は比企谷八幡の姿を目にすると、慌てた面持で彼を指さして騒ぎ出す。

「由比ヶ浜結衣さん、ね?」

「あ、あたしの事知ってるんだ」

「まぁとにかく座って…ほら、お客さんに椅子を」

「ハイハイ」

雪ノ下雪乃に促された少年は、部室の奥から適当に座椅子を引っ張り出してきた。

彼女の知るところ、由比ヶ浜結衣はどうやら比企谷八幡と同じ2年F組の生徒であった。

比企谷八幡がよく知っていたな、と感嘆の声を漏らすと、雪ノ下雪乃は、彼女を知っていたのは偶然と口にした。丁寧にも、同じ部に所属する少年2名の事など当然知らなかったと付け加えて。

「もしかして、比企谷は同じクラスなのに知らなかったのか?」

「え、いや、その…」

比企谷は少年の問いかけに目を泳がせながら反応した。

「そんなんだからヒッキー、クラスに友達いないんじゃないの?そのキョドリ方、キモイし」

「…ビッチめ!」

陰口は良くない。だから目の前で堂々と言ってやるのだ。

そんな安っぽい心情を元に、比企谷は強めの口調で由比ヶ浜と呼ばれた少女を罵った。

「はぁ!?ビッチって何だし!?これでも私はまだ処…ってうわぁぁあ!!今の無し!」

「別に恥ずかしいことではないでしょう、この年でバージ…」

「ちょっと何言ってんの!? 高二でまだとか恥ずかしいよ!雪ノ下さん、女子力足んないんじゃないの!?」

「くだらない価値観ね」

女子二名のやり取りを聞いていた少年は、突如、不快感を露わにした表情を浮かべる。

「…そういうの、せめて経済的に自立してからにしたら?由比ヶ浜さん、だっけ?万が一身籠ったら、君、ちゃんと母親やる覚悟あんの?」

彼は低い声でそう呟いた。

「「重っ!!!」」

由比ヶ浜結衣と、比企谷八幡は声を重ねて少年の言葉に反応した。

雪ノ下雪乃は突拍子もない発言をした彼を観察するような目で見据えた。

「…平塚先生から聞いたんだけど、ここって生徒のお願いを叶えてくれる部活なんだよね?」

会話が途切れてしまった気まずさに耐えかねた由比ヶ浜が3人に質問する。

「少し違うわ。奉仕部はあくまで手助けをするだけ。願いが叶うかどうかは貴女次第よ」

「ど、どう違うの?」

「飢えた人に魚を与えるか、魚の獲り方を教えるかの違いよ。ボランティアは本来、方法論を与えるもので、結果のみを与えるものではないわ。生徒の自立支援が私達の本当の活動内容よ」

雪ノ下雪乃はやや誇らしげに奉仕部の活動意義を説明した。

「自立支援?プッ…ハハハ」

それを聞いていた少年は、あからさまに彼女を挑発するような態度で反応を示した。

「何か不服かしら?」

「いや、ごめん…いいんじゃない?がんばろうか」

彼は謝罪とともに自分の言葉を訂正する。

だがその目は、やれるものならやって見ろ、そう言わんばかりだった。

「…で、由比ヶ浜の依頼って結局何なの?」

比企谷は、先ほどから妙な態度を取る少年を若干訝しみつつも、下手に口を挟んで面倒に巻き込まれるのは御免こうむりたいと考え、由比ヶ浜の依頼内容を確認した。

由比ヶ浜はそれに答えるべく、遠慮がちに口を開いた。

「じ、実は―――」

☆ ☆ ☆ 

由比ヶ浜結衣の依頼内容、それはある男子生徒へお礼のため、手作りクッキーを焼いてプレゼントしたい、そのために、その作り方を教えてほしいというものであった。

依頼を承諾した雪ノ下雪乃は早速教師から家庭科室の使用許可を取り付けた。

雪ノ下は見本として自らクッキー作りを実演しながら、由比ヶ浜の指導に当たっていた。

男子2名は味見係として、その様子を立ったまま黙って眺めている。

放課後の家庭科室に香ばしい臭いが立ち込める。

程なくして、調理台の上に、二人が焼いたクッキーが並べられた。

「おい、冗談だろ?ホムセンで売ってる木炭みてぇだ…」

比企谷八幡は、由比ヶ浜が焼いたクッキーを忌々しげに眺めながら、そう表現した。

「見た目はアレだけど…食べてみないと分からないよね」

由比ヶ浜は、僅かな希望にすがりながら、祈るようにそう呟く。

「そうね…ちょうど毒…コホン、味見係もいることだし」

雪ノ下は毒見と言いかけた言葉を訂正し、二人の男子生徒へと視線をやった。

「…俺たちに拒否する権利はないのか?」

比企谷はそう言って僅かながらの抵抗を示す。

「貴方達に人権はないわ。さっさとしなさい」

その言葉を聞いた少年は、ギリッと音を立てて歯噛みし、ほんの一瞬だけ、雪ノ下雪乃を憎悪の目で見る。が、横に立っていた由比ヶ浜結衣が泣き出しそうな表情をしているのが目に入ると、刹那の瞬きの後に視線をクッキーへと移し、それを手に取った。

「って、おいお前!?」

黒焦げのクッキーを口にする勇気がなさそうな比企谷を尻目に、少年は無言のままそれを口にした。

「…別に…普通、だな?」

「そ、そうなのか…じゃあ俺も」

先行して毒見した同級生の姿を見て若干の安堵を覚えた比企谷八幡は、彼に習うように一枚を手に取ると口に放り込んだ。

その一瞬の後、舌先に感じた強い苦味に思わず顔を歪める。

「お、お前、味覚おかしいんじゃないか?…これ、残りどうすんだよ?」

「ん?捨てるなら全部もらってくけど。櫃底の焦げ飯に通じるものがあるし…雪ノ下さん、悪いけど醤油もらえる?」

「いや、クッキーだから!」

「…ないわよ」

少年の言葉に由比ヶ浜結衣は一瞬だけ希望を膨らませるも、その後の唐突なリクエストに大きく落胆した。

雪ノ下雪乃は呆れ顔でそれを却下する。

「やっぱりあたし、向いてないのかなぁ。才能ってゆーの?雪ノ下さんみたいにそう言うのないし…それにみんな最近こういうのやんないって言うし…やっぱりこういうの向いてないんだよ…」

言い訳は口にすればするほど悲しく、虚しくなる。

由比ヶ浜結衣は頭でそう理解しつつも、泣き言を漏らす自分を止めることが出来なかった。

「そっか、それなら仕方ないな。プレゼントは別のものにしたらいいんじゃないか?手作りじゃなくても、要は気持ちが伝わればいいんでしょ?依頼はいったん取り下げかな…片付けようぜ」

少年は由比ヶ浜の呟きに対し、優しげな口調でそんな言葉を投げ掛ける。

だが、その表情には侮蔑に満ちた嘲笑が混じっていた。雪ノ下雪乃はその内に住む悪意を敏感に感じ取った。

「待ちなさい。勝手に依頼を打切るような真似は許さないわ…由比ヶ浜さん、貴女、悔しくないの?自分の無様さの遠因を他人に求めて、周囲に合わせて、本当にそれで満足?」

「…か…かっこいい…雪ノ下さんって、建前とか全然言わないんだ。あたし、人に合わせてばっかだったから、こういうの初めてで…ゴメン、次はちゃんとする」

由比ヶ浜結衣は3人の予想を裏切ってそう口にした。

目には若干涙を溜めているが、その表情には失われていた力強さが伺われた。

―――へぇ

少年はそのやり取りを見て、2人の少女に関する評価を若干上方修正する。そして突然何か名案でも思いついたかのように、嬉しそうな表情を浮かべた。

そんな彼の姿を、雪ノ下雪乃は睨む様な目で見ていた。

「あのさ…さっきからお前ら、何で美味しいクッキー作ろうとしてんの?」

不意に、一連のやり取りを眺めていた比企谷が口を挟む。

「どういうことかしら?」

雪ノ下は彼に尋ねた。

「これは俺の友達の友達の話なんだがな…中二の新学期、そいつは運悪く委員長に選ばれてしまう。そこへ、副委員長にとある女子が立候補した。それから何くれとなく話しかけてくれたし、"この子絶対俺が好きだよ!"、と奴が確信するのには時間はかからなかった。大体1週間くらいだ」

「早!」

突然の独白を始めた比企谷に全員の注目が集まる。

由比ヶ浜はそれに合いの手を入れる様に反応する。比企谷の話は続いた。

「そしてとある放課後、プリントの回収をしていた時、そいつは意を決して告白する…そして俺は夕陽を見ながら涙を流した。しかも翌日登校してみるとその話はクラスの皆が知っていたんだ」

「…長い上に救いようがないな。しかも比企谷の話か」

少年は呆れたような顔でそう呟く。

「ちょ、バカお前、友達の友達っつってるだろうが!」

「貴方、友達いないじゃない。その時点でダウトよ。ナルヶ谷君」

「貴様!何故そのあだ名を!?」

ショートコメディのような会話が繰り広げられ、先ほどの重たい雰囲気が嘘の様に吹き飛んだ。だが、比企谷の話には何か真意がある。雪ノ下雪乃はそれを尋ねた。

「それで、結局何が言いたいのかしら?」

「まぁなんだ。男ってのは、悲しいくらい単純な生き物でな。男子高校生の心はお前らが考えるよりよっぽど簡単に揺れるんだよ」

「…なるほど、そういうことか」

依然釈然としないといった表情を浮かべる女子二名を尻目に、少年は一人納得した表情を浮かべる。

「だから、それに何の関係があるというの?」

雪ノ下は若干イラついた表情を浮かべてそう聞いた。

「それは実際に見た方が早いな…由比ヶ浜さん、そのクッキー、本番をイメージしながら比企谷に渡してみろよ」

「え!?…う、うん」

「お、おい!?何で俺なんだ!?」

突然の少年の提案に、由比ヶ浜結衣は顔を若干紅く染めて頷いた。

比企谷八幡は予想外の展開に早くも動揺の色を浮かべている。

そうこうする間に、少年は小さめの皿に、由比ヶ浜結衣が焼いたクッキーを2-3枚乗せて、皿ごと彼女に手渡した。

それを受け取った彼女は比企谷に対面し、深呼吸する。

「…あ、あの。これ…あまり上手にできなかったんだけど…よかったら、食べて欲しいかな…なんて…ごめん、やっぱりこんなクッキーじゃ迷惑、だよね?」

「うっ、お、おう…いや、食うから。さ、サンキューな」

比企谷はそう言いながら、皿の上のクッキーをすべて手にとって、思い切り口に放り込んだ。

その恥ずかしいやり取りを目の当たりにした雪ノ下雪乃は、手で額を覆うようなしぐさを取りながら長い溜息を吐く。

少年はそんな二人をにやけながら眺めていた。

「ハイ揺れた。震度5強ってとこか。それにしても比企谷は耐震性なさすぎだろ。ちょっとの揺れが大惨事に繋がる訳だ…さっきよりよっぽど美味そうに食ってるし」

「うるせぇ!」

比企谷はお世辞にも美味しいとは言えないクッキーを咀嚼しながら、少年が入れた茶々に対して反発した。

「まぁ、これで二人とも男子の性ってヤツが分かっただろ?…由比ヶ浜さんも、練習しながら何回か渡せば、その人のために頑張って上達してることが伝えられるんじゃない?」

「う、うん…今日はありがとね、みんな…後は自分で練習してくるよ。また明日ね!バイバイ、雪ノ下さん!」

由比ヶ浜はそう言い残して、家庭科室を後にした。

「…本当にこれでよかったのかしら?」

「さぁな」

「自立支援なんだろ?なら一発目のこの依頼は比企谷の一人勝ちだ…しかし、雪ノ下さんの作った方、見た目以上に美味いね。由比ヶ浜さんのクッキー、持って帰るって言ったけど、やっぱ比企谷に譲るよ。俺、やっぱりこっちもらっていい?」

少年はいつの間にか、もう片方のプレートに置かれた雪ノ下のクッキーをつまみながら、モシャモシャと口を動かしていた。その言葉を聞いた比企谷は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「貴方、最低ね…そう言えばあの子、エプロン姿のまま帰ったわ」

「あ、そう?じゃあ回収してくるわ」

少年は由比ヶ浜を追って、フラフラと家庭科室を出て行った。

残された二人の間に沈黙が流れる。

それを先に破ったのは雪ノ下雪乃だった。

「…彼、どういうつもりなのかしら?」

「何が?」

「貴方、何も疑問に思わなかったの?あの男、奉仕部の活動方針を鼻で笑った上に、諦めかけた由比ヶ浜さんに即座に見切りをつけたわ。なのに、貴方の話を聞いて突然饒舌になって…一体、何を考えていたのかしら」

それは比企谷八幡も感じた疑問だった。

知り合って間もない人間に対し辛辣な言葉をかけ続ける雪ノ下雪乃も大概だが、それに牙を剥くように噛み付いたあの男も普通ではない。しかし、そんな男が今日の活動中に態度を突然軟化させたしたキッカケは何だったのだろうか。

比企谷は、今日の家庭科室でのやり取りを頭の中で振り返ろうとして、それを中断した。

「…興味ねぇよ」

ただ一言だけ、そう呟いた。

「由比ヶ浜さん!エプロン!」

「え!?…あ、ゴメン、ありがと」

由比ヶ浜結衣は下駄箱へ向かって廊下を歩いていたところ、突然後ろから呼び止められる。

そして、自分が家庭科室の備品であるエプロンをつけたままであったことに気がついた。

「これは俺が持ってくよ…次のクッキー、早く比企谷に渡せるといいな」

「え!?何言って…え!?」

エプロンを受け取った突然の少年の言葉に、彼女は顔を真っ赤にして慌て出した。

「いや、モロバレもいいとこでしょ。クッキー作りの最中、比企谷の方をチラチラ見てたし、さっきの手渡しの実演じゃ由比ヶ浜さんも比企谷と同じくらいの勢いで揺れまくってたから。本人と雪ノ下さんは多分なんも気付いてないけどな」

「ちょ、ちょっとストップ!ストップ!!」

由比ヶ浜は丁寧に観察結果を述べる少年の口を塞ぎ、大声でその停止を求めた。

「俺も比企谷も、まだ奉仕部には入ったばかりでお互い全然知らないんだけど、あいつ、結構面白い奴だと思うよ。それから、由比ヶ浜さんのことも見直した…意外に、強い芯を持ってるっていうか」

「芯?あ、あたしが?」

一転して、突然褒められたことに関し彼女は動揺した。

そんな心の隙を彼は見逃さず、彼はここぞとばかりに提案を持ちかける。

「由比ヶ浜さんさ、よかったら奉仕部に入らないか?雪ノ下さんも口は悪いけど、根は真面目そうだし。何より、比企谷のこと、良く知るチャンスじゃない?応援するからさ」

「う、うん!」

由比ヶ浜結衣は嬉しそうな顔でその誘いを受けた。

「じゃあこれからよろしく」

少年は満面の笑みでそう言った。

そしてその裏で、彼は今日の活動内容を振り返りながら思考する。

どうやら比企谷八幡という男には、問題の本質を見抜く力がある。

雪ノ下雪乃は性格は嫌味だが、愚直な努力を是とする根性だけはあるのだろう。

そして由比ヶ浜結衣には、世間一般の高校生とはややズレた価値観を有する二人を受け入れる器がある。

この3人が上手い具合に力を合わせれば、高校生の悩み相談などという、上から目線のくだらない ”ごっこ遊び” で成果を出すには十分だろう。

平塚先生には個人的に恩義があるが、自分の貴重な時間や労力をこんな馬鹿げた部活に捧げている余裕はない。少年はそう考えた。

彼にとって、由比ヶ浜結衣の恋心も、正直知ったことではなかった。自分は精々、色恋が原因で3人が関係を拗らせない様に、適当に調整してやればいい。それが彼の微笑みの裏側にある考えだった。

由比ヶ浜結衣は気付かない。

目の前の親切な少年が自分を利用しようと目論んでいることなど、彼女には想像することも出来なかった。

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