さて、頑張って月一更新。
ヒロインどうしよう。
レミヴァ・フォン・クローラー――元、只見ほつれにとってその日は人生を変える大事件が起きた。それは両親が殺されたことではなく――そんな些細なことは彼女にとってはどうでもいいことで――彼女は初めて転生後同じく転生した日本人に出会うことができたのであった。
レミヴァとして転生する前、つまり日本人のほつれという名の女性であった頃、彼女はごくごく一般的な人間であった。小中高ともに地元の無難な公立学校に通い、地方の無難な国立大学に進学し資格を取り、その資格をもとに無難な職業に就職。取り立てて大きな夢や光るような才能を持たず、平々凡々とした波風立たないような人生を歩み、無難な人と結婚をして行くのだろう。彼女はそういう生き方をしてきた。ただ二十代の若さで交通事故によりその障害に幕を下ろしたことは彼女にとって唯一とも言える最初で最後の不幸な大事件であった。
そして彼女は転生した。
神様に出会ったわけでも白い猫に導かれたわけでもなく転生した。気がついたときには既に転生しており、いつの間にか自分が転生していたと気がついた。産まれたときから前世の記憶があったわけではないが、ある日突然思い出すように記憶が蘇ったわけでもなく、自然に自身の前世を認識しすんなりと自分が転生者だと自覚していた。彼女は前世で只見ほつれであったわけだが現世においてはあくまでもレミヴァ・フォン・クローラーであり、前世の記憶はオマケ程度のもので、そんなこともあったぐらいの認識しかない。
彼女の転生した先は裕福な家の娘だった。特に不自由することなく育てられ、気がつけば父親が男爵位を得て華族と成り、華族の娘として生きることになった。華族は昔の日本にあったそれとは違い、ヨーロッパの貴族に近い。つまるところ貴族の令嬢で良家のお嬢様だった。
自分で何かしなくても誰かがやってくれるような生活を送った。不満や不便は感じなかった。強いて言うならば日本との食や礼儀の文化の違いに戸惑った程度だが、それもときとともに慣れていった。
転生したとしては幸福な部類だろう。
寒村の子供や貧民街の子供に転生するよりはずっと。
父親が男爵となったあとから家にあまり帰らなくなったことや、実は自分が父親の子ではなく母親とその愛人の間にできた子供という程度の小さな不幸――レミヴァにとってはだが――はあったが、前世よりもずっと楽に暮らしてこれた。
幼少期のころのレミヴァの生活は苦のない恵まれた生活であった。
裕福な暮らしの中ですくすくと成長した彼女は学院と呼ばれる教育施設に入学することになる。
華族の子息たちがこぞって入学するその学院は彼女にとって地獄であった。
「気持ち悪い」
彼女が学院において覚えた感情はその一言に集約される。
彼女は別に勉学ができなかったわけではない。寧ろ前世の教養も合わさって天才という程ではないが優等生であった。
全く魔術が使えない『プレーン』だからいじめられた、というわけでもない。魔術が使えないというのは精々運動が苦手程度の欠点でしかなく、華族の子息は適性を持っていても使えない子供が多く馬鹿にされるほどのことではない。
ではなぜ彼女が地獄と思う程に気持ち悪いと感じることとなったのか。
それは偏に彼女があまりにもこの世界の人間とそりが合わなかったからに過ぎない。
そう、人間関係の構築に失敗したのだ。
学院デビュー失敗といえば俗っぽくなるが、女子高の中に一人男子生徒がいるといえばその辛さが表せるかもしれない。
いや、宇宙人の中に自分が一人――それは自分が宇宙人と呼べてしまうのかもしれないが――とほぼ同じ状況だ。
言葉は通じる。外見の差異もない。荒くれものだとか美醜のセンスが反対だとかそういうわけではない。
性格が合わない。気質が呑み込めない。価値観が受け入れられない。
留学してもその現地に適応できずにいる状況に近い。
自分が異世界からの転生者であることの弊害。
それでも人間である分ましなのだが、しかし、人間であるからこそ自分と周囲のずれが際立つ。
彼女は浮いてしまった。
努力はした。
相違点を見ぬふりをして人に合わせ表面上は和を保とうとしたのである。
慣れてしまえば、染まってしまえば、そう言い聞かせて日々を送ってきたものの終ぞ馴染めず、見た目だけの友好関係は築いたがその誰とも仲良くはないという精神的孤立状態に彼女は陥ってしまった。
「気持ち悪い気持ち悪いきもちわるいきもちわるいきもちわるいキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワル……」
日に日に溜まっていく嫌悪感は彼女の精神を壊していく。
笑顔を装い、心にもない事を嘯き、空気を読んで、目立たず、埋もれず。
彼女はあくまでも一般人であり、転生したからと言ってメンタルが強くなったなどというわけではなく、凡人で普通の人間だった。
故にどんどん追い詰められ、耐えられなくなっていく。
助けが救いが欲しかった。
無間地獄を抜け出す、蜘蛛の糸のような。
自分と同じ境遇の、同郷の人間がいれば。
私と同じ考えの人間がいれば。
分かり合え分かち合えるような。
高望みはしないがそれでも求められずにはいられない。
学院を行って帰ってを繰り返す日々の中、ようやく訪れた冬期休暇。
引き籠るようにして自室で学院の課題を終わらせていた三日目のことであった。
ガタガタと部屋の外から物音が聞こえてくる。
いつも静かな家庭にしてはやけに騒がしい。
家族の間に会話などなく、団欒とは程遠い。
レミヴァとしては下手に干渉されないので寧ろ好ましかった。
女中が掃除でも始めたのだろうか?
と、何かがずり落ちたような音を聞いてからいい加減うっとおしくなった彼女は、音を出している奴に文句でも言ってこようと席を立ったところで、
『魔術は厄介だが欠点も多い。連続で同じ系統の魔術を使うと干渉し消滅するし、何よりも術者の精神的な影響をモロに受ける。――ショックを受ければ、発動すら困難になる』
聞き覚えのある言葉を聞いた。
それは紛れもなく前世の母国語であった日本語。
「え、あ、…………ふひっ!」
漏らしたのは言葉にもならぬ音。
覚えたのは驚愕とそれを塗り潰すような歓喜。
これは天恵だと感じた。
前世も現世も神や仏を信じず運命に興味のない彼女だがこのまたとない機会に歌えもしない賛美歌を歌いたくなるほどに感謝した。
ハレルヤ!
これが運命か!
ツイている。
壁越しに聞こえるのはトウ皇国の共通語ではなく、間違いなく慣れ親しんだ日本語である。
外にいるのは転生者だ、私と同じ!!
考えつくのが先か、行動が先かどちらかはわからないが、気がついたときには部屋のドアを開けて廊下に出ていた。
何故ここに転生者がいるのか。
そもそも聞いたことのない声の人がいることに対する疑問。
普通ならば不審がり、危機感を募らせるような状況であるのに彼女は全くそんなことは頭になかった。
ドアを開けて廊下に出て見たのは黒いコートの少年だった。
少女であるレミヴァよりは年をとってるが若い。
二十はいってないだろう。
しかしそんなことはどうでもいい。
目を引かれるのは手に握られているナイフでもなく、その少年の後ろで倒れている両親でもなく、その黒髪黒目だった。
トウ皇国では黒髪黒目の人間は少ない。
少なくともレミヴァは見たことがなかった。
この人が転生者だと確信を深めるには十分な証拠。
転生してからの髪や目の色などに因果があるのかどうかなど彼女は知らないので、なんの証拠にもなっていないのだがそんなのはお構いなしだった。
そうして、思わずかけつけようとした思考を止めたのは、彼女の前世と現世の教養と気質。
状況からしてその少年がまずまともな人ではなく、異常な状況だと感じた彼女は駆け寄ってしまうのは場違いだと感じた。
ナイフや血溜まりに倒れ伏す両親のことに恐怖は感じないが、この少年に殺されるのは嫌だった。
否、正確には殺されてもいいのだが、どうせ二度目の人生だし、良い事などなかったし、しかしこの少年という千載一遇のチャンスは捨てたくなかった――棄てられたくなかった。
見捨てられたくない。
せめてこの少年と日本語でお喋りしてから死にたい。
あわよくば一緒に暮らしたい。
こんな頭がおかしくなる世界に独りぼっちは嫌だった。
だから彼女は空気を読んだ。
彼女の前世からの才能。
常識も人間性も違う世界でボロを出さずに済んだ彼女の処世術。
「お兄ちゃん、だれ?」
できるだけ可愛く、無垢に、何も考えていない、何も知らない、お嬢ちゃんのような子供を装う。
果たしてそれが効果があったのかどうかは人殺しの彼のみぞ知る話だが、結果として彼女の目論見は成功した。
逃げることも逆らうこともできない枷を付けられ。
彼女は転生者とのコンタクトに成功したのである。
世間では、華族一家を皆殺しにされた凄惨極まる事件であり、その華族の娘は拉致されたとして悲劇の少女として扱われることとなるのだが、そんなことはレミヴァにはお構いなしだった。
結局、この一連の事件は犯人も娘も見つからない未解決事件となるのだが、その行方不明の少女が実は最も得をした事件だとは世に知れ渡ることはなかった。
またこの少女が『07』と呼ばれ世の中を騒がせるのはまだしばらくあとの話である。
「はあ、大分大変だったんですね」
そう言って目の前でコーヒーを啜るのは、殺人事件の犯人で拉致監禁調教の実行犯の少年、或いはレミヴァと同じ転生者の元日本人、シャイニード・レイン――もと鬼怒陽真。
「大変でした。ほんと気が狂いそうで、ありがとうございます、私を拉致ってくれて」
レミヴァも同じくコーヒーを啜るが子供の味覚ではまだまだ苦いらしく、顔をしかめた。
「コーヒーではなくお茶にすればよかったかな?」
「いえ、お気遣いなく。向こうじゃよく飲んだんですけど。こっちだと飲めなくて。子供って色々不便ですね」
それでもコーヒー飲むレミヴァは懐かしさもあるのか、楽しんでいるようではある。
「さて、身の上はわかったがこれからどうする?」
「どうするといわれても……私に選択権はあるのでしょうか?」
レミヴァはコーヒーからシャイニード――シャイへと目線を移した。栗色の瞳が烏の羽のような黒目に映り込む。
困惑と見捨てられたくないという不安がないまぜになった感情がレミヴァには湧き上がっているのだが、実際のところ無表情にしか見えず、彼女自身が思っているよりも彼女は面に感情が現れないタイプである。
「別に俺はあなたを奴隷にしようというわけではない。自分の身の保全のために枷をつけさせてもらったけど、何もかも自由を奪うわけではない。今のところ提案できる選択肢は二つ、ここでメイド見習いとして働くかここじゃないところで別の仕事をするか、どちらにしてもまずは訓練からだけど」
その言葉にとりあえず見捨てられることはないと安堵しつつ、その黒い瞳を綺麗だなと、レミヴァは場違いなことを思った。
碧眼ばかりで飽き飽きしていたところでもある。
トウ皇国における黒目の比率はかなり少ない。
基本は移民か或いは因子持ちの人しか持ち得ない。
栗色、茶色は割といるが黒目は見たことがない。
只見ほつれであったときも栗色の目と髪だったから、もしかしたら引き継いでいるのかもしれないが、どうなのだろう?
そんなことを考えながら選択肢を吟味する。
メイドの仕事は悪くない。家事は一通りできるし、何よりも人と出会わなくて済む。精々この家のメイド吸血鬼ぐらいだ。
しかし、この小さい体では家事もままならないかもしれないとも思う。
では、もう一つの仕事とはなんだろうか。
情報がほしい。
「別の仕事とはなんですか?」
「孤児院の経営とかその辺り」
「それってもしかしなくても人がたくさんいますよね」
「そんな多くはないが十人前後かな?」
「メイドします、やらせてくださいお願いします」
レミヴァは人と付き合うなどゴメンだった。
転生者ならばいいが、そうそう転生者などいないだろう。
「そうか。じゃあ後でメイド服を作らねばならないな。どうせ成長するから、安いのでいいか。二着ぐらい作っておこう」
もちろん、作るのはシャイではない。
どこぞの服屋の仕事が増えるだけ。
しかも割りと面倒な。
金払いが良いため受けてはいるが本来なら断りたい仕事であるとは服屋の談である。
「それに一つ言っておかなければならないことがある。俺の仕事について――気づいているとは思うがあなたの両親を殺したように、殺人、拉致、尋問、強盗、破壊工作、盗聴、その他諸々の汚れ役が俺の仕事だ。スパイとか諜報員とかだと思ってかまわない。だからあなたにも危害が及ぶ。死の危険が。もちろん可能な限り対処はするけど、ここに残るということはまあつまりそういうこと。給料はいいから、衣食住は困らないと思うけど、常に身の周りは警戒しといてね」
「はあ、まあ、わかりました」
現実感が湧かないような表情を見せてレミヴァは頷いた。
「じゃあ。まあ、よろしく。レミヴァ」
「はい!よろしくお願いします、レインさん」
そうして、見た目は10歳程度の幼い少女は自分の両親を殺した人殺しと実に嬉しそうにお喋りをしたのだった。
時折少女の栗色の瞳は紅く変色し、少年の真っ黒な瞳を映す。
深淵を覗き込んでいるのは果たして少女か少年か。
それは誰にもわからない。
要約すると、類友。