「私はまだ万全の状態で100%自分の力を制御できないの。だからあの装甲腕を使って『火野咲耶』として制御できる能力を使っていたんだよねぇ。だけど、それはもう無理。あなた達がこうしたから 」
巨大な火球はもはや見上げるほどの大きさになっている。
「私が....『火野咲耶』が消えて中に宿りし者が目覚めてしまうの。咲耶姫が 」
その言葉が合図になったかのように大きく膨れ上がった火球が猛烈な閃光と共に炸裂する。
凄まじい衝撃に高杉もクリスもセルティもそれぞれの力を使う間もなく問答無用で研究所の外まで吹き飛ばされた。
「がはっ!?......いったい? 」
口から血の塊を吐き出し、せき込んだ高杉が見た先には神々しい光に包まれる少女がいた。
外見はそれほど変わっているわけではない。ロングヘアーはそのままだしその髪、および瞳の色も深紅のままだ。
だが来ているのは先ほどまで装着していたプロテクターで所々補強されたスーツではなく、高校で習う歴史の授業の教科書の最初の方、飛鳥時代や平安時代の女の人が着ていそうな服装になっている。その服もやはり深紅。
「これが私の第三段階.....咲耶姫としての意思が体を操っている状態です。分かりますか? 」
先ほどまでとはまた口調が変った咲耶......いや咲耶姫の言葉に高杉はけげんな表情を浮かべる。
「第三段階だって? 」
「はい、性格には3つめの人格とでもいいましょうか。一つはあなた方が最初に会話した人格、もう一つは先ほどまであなた方が戦っていた人格、そして最後に私、咲耶姫としての人格です 」
「そいつは多重人格者ってことか? 」
「正確には、あなた方と戦った好戦的な人格はそうです。ただ私はそうではありません 」
「じゃあなんだっていうんだ! 」
「科学の力で創り出された人工的なオカルトとでも言いましょうか.....吉沢大学付属研究所が生み出した存在ですよ 」
「? じゃあ、なんだ。吉沢大学付属研究所はこの科学の街でアレイスターに見とがめられることもなく魔術やら魔術師やらに関係するようなオカルトを研究していたって言うのかよ! 」
「アレイスター......この街のトップである人間は気付いていたのだと思います。だからこそ、あれだけの騒動のなか私を宿した『彼女』に追ってが、かからなかったのだと思いますよ。それとあなたは知っておいでか知りませんが、遠い昔、超能力と魔術は明確に区別なされていなかったのを知っていますか? 今や魔術の一種とされる錬金術が元は今の科学者が行う研究学科のようなものだったことと同じで科学とオカルトの境界線はあいまいだったのです。『彼女』をいじりまわした者たちはその原則に従っただけとも言えるでしょう 」
「じゃあなぜ、彼女はそのすでに壊滅した吉沢大学付属研究所に来たんだ? 」
「彼女が来た理由は本人が言ったと思いますが過去に蹴りをつけるためですよ。付属研究所が壊滅したことでなりを潜めたはずの吉沢大学......いえ、それを内包する巨大な組織が再び動き出したからです。その組織が配下に持つ三沢塾と呼ばれる存在を使って 」
咲耶姫の言葉に高杉は思い当たることがあった。
アウレオルス=イザ―トと言う名の魔術師 (正確には錬金術師というらしいが)が学園都市内の進学塾である『三沢塾』と呼ばれる進学校に潜伏しているという情報は護からの通達により耳にしていた。
だがその『三沢塾』がオカルトじみた存在の配下に入っているなどと言うことは聞いたこともない。
「そして現在、その組織の計画は外部から三沢塾を乗っとった第3者の手により一時停止状態にあるという情報を掴んだ『彼女』はもう一人の『彼女』と私の承諾を得たうえでこの街に来ました。この廃墟に来たのは慌てた組織の人間がここに残っている『残骸』や『資料』を回収しに来る前に処分を行う為です 」
「それで、あんたはこの街全てを、暗部を相手にしてでもその計画を止めようとしてるのか?だったらなぜその組織とやらをダイレクトに攻撃しない? 」
「攻撃したくてもいきなりは無理なのですよ。私もこの街の暗部全てを敵に回して勝てるとは思っていません。潰すべくは『彼女』が敵とする組織だけ。しかしその組織が厄介なのです。その組織を率いているのがこの街の上層部を占める人間の可能性があるのです 」
「学園都市の上層部の人間がその『組織』を率いているとでもいうつもりか!」
「各種情報から考えるとそのようになってくるのですよ。この街の上層部、統括理事会でしたね? そこを構成する人物の名のすべてを知っているわけではありませんが.....その主義主張は一人ひとり違うはずです。そして上に立つ者の中には意外に『善人』は少ないです 」
「だいたい他の国と比較して30年は技術が進んでいると言われる学園都市の上層部の人間がそんなオカルトじみたことに手を出す必要があるか!? 」
「他と比較して30年も進んでいるのはあくまで科学技術ですよね? その一方でこの科学の街で魔術や魔導は下手をしたら他の国以上に軽んじられています。それが意味するのはこの街がオカルトに関係した外部勢力の攻撃に対しての備えが薄い、防備がもろいということになりませんか? そしてそれを危惧する者たちが対抗するためにオカルトに手を出す......というのは考えられないことではないとは思いませんか? 」
「じゃあ、お前が直接組織を潰しにかからないのは....... 」
「はい、もしその組織の行動や計画が学園都市の上層部の意思によるものだとすれば下手をすれば科学サイドそのものである『学園都市』をまるごと相手にしなければならなくなるからですよ 」
「だから俺たちとも容赦なく戦ったのか。俺達が上層部の名で動く暗部組織、それも外部勢力の工作員や組織そのものを掃討、討伐する役目を持つ組織『ウォール』だから 」
「それもありますけど、あなた方『ウォール』がこの学園都市が抱える暗部組織の中で唯一、『組織』としてのまとまりで『魔術サイド』の一組織との戦闘を繰り広げ『オカルトへの対処』を行う実力を持つ可能性があるからでもあります 」
咲耶姫はことばをつづけた。
「もしあなた達が奴らを傘下に収めているこの街の上層部の誰か、あるいは上層部全体の指示のもとに動いているのだとしたら非常に厄介ですからね。なにしろイギリス清教の特殊部隊『必要悪教会(ネセサリウス)』、あの国の3大派閥の1つ『騎士派』と互角にやりあい、アイルランドを本拠地として長年イギリスと互角にやりあっていた魔術結社『タラニス』を他の組織の支援があったとはいえ打ち破り、その時に協力した世界最大の魔術結社『救民の杖』とは良好な協力関係を結び、一度は対立したイギリス清教とも比較的穏健な関係を結んでいる。これだけのことをしてしまう組織に警戒しないわけはないですよね? 」
「なぜそれを知っている? 」
「あなた達の名はもはや『魔術サイド』では有名になっていますよ? 特に十字教の裏側で活動する者たちにとっては 」
「同時に科学サイドからも重宝されているのかもしれませんよ?あなた達『ウォール』は 」
咲耶姫の言葉を否定しようとする高杉だったが、言葉を口から出すことはできなかった。
高杉は元々『ウォール』に属していたわけではない。元はクリス共に別の暗部組織として活動していた。そこを引きぬかれる.....というより自分達の組織にいきなりリーダーとして護が配置され、同時に美希と哀歌が加入し『ウォール』となったのだ。
そしてその『ウォール』は確かに例外的な暗部組織ではあった。
かつてクリスと共に暗部組織にいたころは上に『司令塔』のような指示役がいてその人物からの指示や命令に基づいて裏側の仕事を行なってきた。
だが『ウォール』の場合、その活動の大半が『統括理事長』からの依頼であり、その他はリーダーである護の判断によるものである。それ自体がまずおかしい。
それに暗部組織が独自の判断で動くことはご法度のはずなのだが、あまつさえ『外部組織及び工作員の掃討』を役目の一つとしているにも関わらず外部魔術組織と連携したりしている『ウォール』に制裁が下されたことは一度もない。
咲耶姫の言うように確かに『ウォール』は学園都市から優遇されているようにも思える。
高杉の心の揺れを感じたのか、咲耶姫は薄くほほ笑んだ。
「思い当たる節があるのではないですか?そうなればあなた方が十分私たちの目指すものの障害になるとは思いませんか? 」
「俺達『ウォール』は統括理事長(アレイスター)の指示に従ってはいるが完全な駒になどなるつもりはない。俺たちはリーダーが言った『闇の中にあっても自らの信念を貫ける組織 』になるために行動しているだけだ 」
「だとしてもアレイスターの命令に従っているところは事実ですよね? そうであれば私たちと敵対してもおかしくはない。実際にあなた方がここにきたということはアレイスターからの指示が出たのではないですか? それともこれはあなた方のリーダーの指示ですか? 」
咲耶姫の言葉に詰まる高杉。
「その様子を見ると図星のようですね。アレイスターからどんな指示を受けたのかは分かりませんが、ここでアレイスターがトップに立つ学園都市上層部と関わるわけにはいかないのです。ですからここであなた方を倒して、アレイスターとのつながりを絶ちます 」
火野咲耶、いや『咲耶姫』がそう言った瞬間だった。
「火龍の怒りは大地を焦がす! 」
聞き覚えのある声が響いた。『ウォール』の仲間であり、唯一対魔術戦闘に特化している少女の声が。
哀歌が声と共に放った龍の姿をとった紅蓮の炎は、咲耶姫を上から飲み込む形で地面に激突した。
「のわあ!? 」
本日3度目の爆風に吹き飛ばされ空中に舞い上がった高杉を哀歌がキャッチし地上に降りる。
「お前、哀歌? なんでここに? リーダーは見つかったのか? 」
高杉の言葉に哀歌は首を振る。
「まだ見つかってはいない......でも魔術に近いなにかの存在を感知して......その質の異常さを感じて、捜査を美希に任せて私だけきたの..... 」
「質の異常だって? 」
「高杉が戦っていた敵は......多分魔術師でも超能力者でもない....これは予想ではあるけど力の質から考えてアイルランドの時に戦った......人ならざる者かもしれない 」
「なんだって......? あいつが、咲耶姫が人ならざる者?」
驚愕する高杉に哀歌はことばをつづける。
「この敵相手には高杉達では分が悪い.......私がなんとか戦ってみる.....敵わないまでも足止めくらいにはなるから.....早く逃げて 」
「馬鹿野郎! そんなことできるか! 仲間を置いて.....」
「じゃあ、高杉に……..あいつと互角にやりあえるの!? 今『魔術サイド』の人ならざる者と戦うすべを知っていて……実際に戦うことができるのは私か護かクリスの妹のセルティしかない......
でも護は行方不明、セルティの力では及ばなかった.....なら私がやるしかないわ 」
ぐっと詰まる高杉、確かにいまの自分では『咲耶姫』には敵わない。それは分かっているのだ。だがそれでも納得できないのだ。アイルランドの時でも哀歌は常に強大な敵を相手にしんがりになって戦っていた。
そんな哀歌を今回も足止めに使おうと思えるほど高杉は非情になりきれないのだ。
「リーダーを、護を見つけ出して! あの人なら.....きっとなんとかできる!セルティはもうみんなのもとに向ってる。クリスもなんとか説得した....あとは高杉だけなのよ.....早く行って! 」
高杉は哀歌を見、咲耶姫を飲み込み燃える炎を見、再び哀歌を見てから苦々しげに溜息をつき一言いった。
「必ず戻ってこいよ 」
そう言い残し高杉は、無限移動で仲間の待つ場所に瞬間移動する。