「来たアルね、リーダーからの指令が 」
学園都市の一角で、禍島率いる人造神たちの集団『神裔隊』のメンバー、アレプーリコスは携帯に来たメッセージを確認して口元に笑みを浮かべた。
アレプーリコスは人造神である。とはいっても彼女自体の戦闘能力は、人造神たちに例外なく備わっている、通常の人間を凌駕する身体能力を除けばそう高いものではない。それは高杉との戦闘においてあれだけの火球を操り攻撃を仕掛けながら、彼の身体に直接的なダメージを与えることができなかったことからも明らかだ。
それはアレプーリコス自身重々承知している。そして今回彼女に与えられた役割はウォールの主力とぶつかることではない。
ウォールの動きをけん制するための阻害活動である。
「さて、じゃあまずはここから行くアルね 」
アレプーリコスが立ち止ったのは、とある施設の前。
その前に止まっている車両をその筋の人間ならすぐに分かったはずである。それは警備員(アンチスキル)の車両だった。
躊躇も躊躇いもなくアレプーリコスはその施設内に正面から足を踏み入れる。
「ん?なんだ君は……… 」
入り口付近にいた警備員の男、突然の訪問者に対して彼が詰問の言葉を述べるのも待たず、レプーリコスは容赦なく男の身体を殴り飛ばした。
大の男が小柄で別段筋肉質でもない少女に一気に3メートルほど吹き飛ばされるという、非日常の光景にあっけにとられる施設内の警備員たちにアレプーリコスは口元に微笑を浮かべながら、予定されたセリフを呟いた。
「了解、片づけるアルよ、超重力砲(グラビティマスター) 」
その一言に唖然とする警備員たちに向けて狐の面を顔につけた少女は、両手に炎を宿しながら襲い掛かった。
同時刻、護たちウォールとは違う闇から産まれたとある組織に属する男は、とある個室の中に置かれた安楽椅子に座りこみ、目の前の液晶画面に映しだされている隠しカメラが映し出した警備員詰所の映像を見つめていた。
彼には、常人を超えた身体能力で次々と警備員たちを吹き飛ばす少女についても、彼女が両手から次々と放つ爆発する火の玉のことも、気を向ける対象ではない。
かれが気をひかれる事柄はただ1つ。彼女が発した一言だ。
「これがわれらに対するお前の最終行動だというなら……感謝するぞ、古門護 」
男はそのハイテクじみた義手と義足から機械音を発しながら、椅子から立ち上がり、腰元から、学園都市性の小型通信機を取り出した。
「これでわれらが戦う大義名分は与えられた 」
学園都市のとある詰所で起きた事件は、それ自体は1つの小さな襲撃事件にすぎなくても、水面の一か所に発生した小さな波紋が徐々に広がっていくように、確実に護たちウォールの周辺に脅威として迫ってくる。
その第一陣を向かわせる連絡が詰め所から学園都市全域に展開する警備員(アンチスキル)に通達される。
『警備員詰め所に対する能力者による傷害事案が発生。不確定情報ながら襲撃者へ実行の指示を出したのは、超能力者(レベル5)第4位 『超重力砲』との情報があり。各員は最大級の警戒行動を実施せよ』
その一報は、それだけで流れを作り出す。護たちを狙う流れに。
「さて、そろそろ行くぞ……..神裔隊総員、攻撃開始 」
神裔隊リーダー、剣夜の言葉を合図に、護の指示によって、禍島捜索のために各所に展開していた下部工作員たちの前に、それぞれの人造神たちに率いられた部隊が姿を現す。
「!?敵を発見、至急応援を…….! 」
下部構成員の男が事前に護から下部工作員たちに伝えられていた、敵部隊リーダーの特徴とピタリと一致する少年を前に慌てて、腰のホルスターから拳銃を引き抜くより早く、右手を刃に変えた剣夜の一太刀が彼の頭部を切り飛ばした。
仲間が一撃で命を奪われ、顔からみるみる血の気を引かせていく下部構成員たちに目線を向けつつ剣夜は冷酷極まりない一言を吐き掛ける。
「レベル5による奇跡でも信じてろ。絶望の中死ぬよりも、希望を信じたまま死んでいったほうがまだ救いがあるだろう 」
その言葉に恐怖の許容量の針が振り切り、絶叫と共に下部構成員たちが放つ拳銃弾の射撃をものともせず、かつて一人で一つの研究施設を壊滅させた人造神は一切の容赦なく、男たちに刃を向けた。
その異能の刃が容赦なく工作員たちの命を奪う。そうなるかに思われた。
だが、剣夜が振るった刃は工作員たちに届く前に、その前に展開された鋭く輝く黒髪によって防がれた。
「こんなところで、遭遇するとはね、贖罪のために探し回っていたけど 」
「君も、ウォールか? 」
「ほんの数日前までは敵として戦っていたけどね 」
学園都市でもほんの一握りしか存在しない、自然発生的な能力者、『原石』と呼ばれるものの一人、剣山鞘はその刃と化した長髪を宙に浮かせて展開させながら、目の前の敵、神裔隊総隊長、建雷剣夜をにらみつける。
剣夜はその視線を特に気にする素振りも見せず、正面からその視線を受けとめ、見つめ返した。
「君が誰であれ、僕たちは目的を果たすだけだ。ウォールを初めとするアレイスターの力を殲滅し、学園都市を引っくり返す 」
「そうはさせない……といったら? 」
鞘の言葉に剣夜は薄く笑みを浮かべながら応えた。
「斬り飛ばす 」
その一言が合図となった。
両腕を剣へと変化させた剣夜とすでに展開している髪刀を振るう鞘。互いに異能より生み出されし刃が凄まじい勢いで激突した。
剣夜は目にもとまらぬ速度で次から次へと斬撃を仕掛けるが、明らかに手数において上の鞘の髪刀にそのことごとくを防がれている。
だが一方の鞘も優勢というわけではない。剣夜の斬撃の数と速度が速すぎて複数の髪刀で防ぐのが精一杯で、反撃を行う、つまりこちらから攻撃を仕掛ける余裕がないのである。
「(ここで、すこしは反撃できないと埒があかないけど!)」
心の中で呟きながら、鞘はその対抗手段を頭の中で構想しようとする。
「どうした!手詰まりかな原石! 」
「用語で呼ぶとか常識外だけど! 」
剣夜の高速の斬撃は多方向から斬りこまれる。それらを片っ端から防ぎ続ける鞘は、刹那一瞬で髪を集約し、1つの巨大な杭となす。
「! 」
「吹っ飛びなってことなんだけど! 」
勢いよく突き入れられられた鋭い髪杭の一撃を剣夜はその両腕の剣で受け止めたが、当然ながらその勢いを止めることはできない。そのまま後方に吹き飛ばされ、建物の壁を2つ3つぶち抜いて吹き飛んだ。
「念には念をだから! 」
粉じんで視界が定まらない中で、鞘が某妖怪漫画の主人公よろしく放った髪の毛1本1本が変化した鋭い針が機関銃と同等の発射速度で吹き飛んだであろう剣夜のいる方向に向けて連射される。
「どう? 」
粉じんの向こうを目を細めて注視する鞘。だが、彼女が警戒すべき攻撃は、正面からではなく真上から襲い掛かった。
「! 」
第6感というか動物的な本能というやつか、直感で危険を感じてその場を鞘が飛びのいた瞬間、先ほどまで彼女がいた場所を落雷が直撃した。
「へえ、さすがは原石の一人ってとこか。こちらの攻撃を察知するなんて 」
先ほど、鞘の髪杭による痛烈な一撃を受けたはずの剣夜の姿が粉じんの中から現れる。その身体には目立った傷などなく、またその立ち姿には大したダメージも感じられない。
「あなた人間?って愚痴りたくなるほどなんだけど 」
「僕は人間じゃないさ。聞いているんだろ? 」
「まあ、話としては聞いていたけど…….普通は信じられないから。『人造神』なんて 」
鞘の言葉に剣夜は口元を緩める。
「神の力と、人の力、どちらが上か試してみる?」
その言葉に鞘が答えるより早く、2人がいる場所一帯に無数の落雷による閃光と衝撃音が覆い尽くした。
同時刻、学園都市内第4学区の『ウォール』の隠れ家の一つの前に一人の女性の姿があった。その姿は着込んでいる装備からして明らかに警備員(アンチスキル)
のものである。眼鏡をかけており、染めているのかグリーンの長髪をしている。年齢は20代前半というところだろうか。
「ここが、『ウォール』の拠点の一つ…….ねえ 」
ふんふんと何やら頷いた女性は、おそらく1人で乗ってきたのであろう警備員の巡察車両からおもむろにハイテク機器、いや対戦車誘導弾発射器、ジャベリンを取り出して『ウォール』の拠点である2階建てビルに向けて構える。
「先生、悪い人たちは許しません! 」
目の前の建物まで1メートルもないような超至近距離で勢いよく放たれた対戦車弾は、盛大な爆発音と火花を上げて建物の1階部分を破壊しつくす。だが刹那、その壊滅状態の1階の中から勢いよく飛び出してきた人影があった。
「警備員がなにすんのよ!」
女性の前に現れたのはウォールへの協力者の一人、仏教系魔術結社所属の『聖人』にして『仏』の性質を持つ魔術師、大山希である。
「あら?よくあの状況から生還できましたね?先生、感心しちゃうわ 」
「あなたみたいのが先生だとしたら、私は日本の公教育というやつに絶望しちゃうわよ 」
希はその手に握る数珠丸の柄に手をかけながら女性を睨んだ。
「あなたはいったい誰?あなたが護さんが言う『人造神』なの? 」
「いいえ。先生はあなたのいうそんなやつじゃないわ。私の名は井坂久美子。さっきから何度も言ってるけど、教師よ。笹川中学の教師。そして警備員(アンチスキル)でもあるのよ 」
「警備員……..?なんで警備員がウォールを襲うのよ? 」
「あら、理由が分からないの?もしかして護っていう子から聞いてないの?先生困っちゃうな 」
本当にこまったとでも言いたげに、肩をすくめて首を振った井坂は、次の瞬間、その表情を歪めながら叫んだ。
「お前ら『ウォール』が私たちの敵だからに決まってンだろォがァ! 」
突然の井坂の態度の豹変に戸惑う、希に向けてほぼ一挙動で懐から取り出された、2丁の学園都市製の小型短機関銃(サブマシンガン)の銃口が向けられ、その銃口から凄まじい速度で銃弾が放たれる。
発射された無数の弾丸を、その至近距離で人に躱せる道理はない。しかし、希は『聖人』であり『仏』。人ではあるものの人を超える力をもつ存在である。
迫る弾丸に対して希は避けるという行動はとらなかった。彼女がとったのは、それとはまったく逆の方法。すなわち迫る弾丸を全て斬るという行動である。
「邪を祓え、数珠丸!」
「あらあら…..? 」
迫る弾丸をその到達前に、全て空中で斬り捨てた希に不思議そうに首を傾げて見せる井坂。その表情に先ほど一瞬現れた狂気に彩られた怒りの感情はまるで幻覚だったかのように感じられない。
「それはいったいどういう仕掛けかしら?身体強化系? 」
「生憎さま……..あなたなんかに教える道理はないわ! 」
希は言葉と共に、その人間離れした『聖人』の脚力でほぼ一瞬で、井坂までの距離を詰める。
「邪を祓え、数珠丸! 」
叫びと共に彼女の鞘を縛る数珠玉がはじけ飛び、同時に神速と言っても差し支えない速度の斬撃が、井坂に向けて放たれる。
警備員とはいえ、彼女とてあくまで人間。通常ならその斬撃を防ぐことなど絶対に不可能である。そう、通常ならば。
「え? 」
希は思わずわが目を疑った。
「あら、そんなにおかしなことかしらね? 」
希が放った斬撃、その刀、数珠丸の刀身を喉元に突きつけられている状態にも関わらず、柔らかな笑みを浮かべている井坂は、希に対して口を開く。
「私に対してあなたが振るう攻撃が、その一歩手前で止まったことが 」
そうなのである。希が放った数珠丸による斬撃は井坂の一歩手前、喉元付近でぴたりと止まってしまったのである。唐突に、そしてあまりにも突然に斬撃はその威力を損失してしまったのである。
「私は警備員、そしてこの街で学び、この街で生徒を教育する中学教師よ。ここまで言えばさすがに分かるわよね? 」
「まさか……..! 」
それに気づいた希が、慌てて後方に飛びのくのを待たず、井坂は彼女の右腕を掴んだ。
「そう……..私ももともとこの街に属する、能力者ってことだよ三下ァ! 」
刹那、彼女に掴まれた希の右腕が真っ赤に染まってはじけ飛んだ。
同時刻、学園都市、第6学区の人気のない裏路地で停止している中型バスの中で一人の少女がその手に持つスマートフォンを眺めながらため息をついていた。
「あらあらリーダー。今度はどんな指令が来たんですか?そんなため息なんてついちゃって 」
そんな彼女に声をかけたのは、中学生くらいの青のショートヘアーの少女。特徴的なのはその身に纏う軍隊で使われるような防弾ベストと、その側面に無数に付けられている様々な種類のペットボトルである。
「碧、今回もいつもと内容は変わらないわ。私たち『ボックス』の果たすべきいつも通りの指令よ 」
そう言ってスマートフォンに届いたメールの文面を見せるのは、艶のある黒のロングヘアーの高校生くらいの容姿の少女。特徴的なのはその瞳で両目とも深い緑である。
「でも、今回は叩き潰す相手の数がいつもと違うのよ 」
「へ?それはどういうことですか愛華リーダー? 」
首を傾げる碧に、彼女に愛華と呼ばれた少女は指を一度2本立て、すぐにそのうち1本を折りたたんだ。
「今回私たちが潰す相手は、いつもと違って片方だけってことよ 」
「ああ……….なるほど……….それは愛華リーダーがため息をつくわけですね。前代未聞ですし 」
「ええ、学園都市統括理事長(あのひと)がいったいなにを考えてるのか分からないけど、『暗部組織間の抗争鎮圧』を目的とする私たちにこの命令は異常だわ……..まあ、ともかく、今いない2人に連絡を取って碧。連絡が取れ次第、すぐ動くから私は準備を整える 」
「了解! 」
小型の無線機らしきもので、連絡を取り始める碧を横目に見ながら愛華はもう一度メールの文面を眺めた。
「学園都市の『外』の鎮圧を司る統括理事長直轄機関…………」
そのメールに添付されている顔写真付きのデータを開きつつ愛華はポツリと呟いた。
「暗部組織『ウォール』の援護を行え………ね 」
「危なすぎるんだけど! 」
建雷剣夜が無造作に叩き落とす落雷による攻撃を、髪の毛が変化した巨大な杭を地面に叩き付けて棒高跳びのように空中高く跳躍することでに危うく躱した鞘は、空中に滞空する状態で再び髪の毛を変化させ、高速連射する。
それに対して地面に立つ剣夜はもはや斬り捨てる行動にすら出なかった。
剣夜の右手が変化した青銅色の剣、その刀身の先に光が奔り、次の瞬間その切っ先から雷が真っ直ぐに空中の鞘に向けて放たれた。
大蛇のようにうねりながら突き進む雷は、一瞬で迫りつつあった髪針を全て消し去り、鞘を仕留めるべく空を駆ける。
空中に滞空する状態の鞘に避けるすべはない。空中では先ほどのような能力を使った、つまり髪の毛を変化させての緊急退避技の使用は不可能だ。
「くそ……..ふざけるなってとこなんだけど! 」
唇を噛みながら、迫りくる雷を睨み付ける鞘だが、もはや事態は避けようがない。
真っ直ぐ突き進む雷は的確なほど的確に鞘を捉え、刹那、直撃した。
轟音と衝撃が周りに響き渡り、煙に覆われた空中の一角から黒く焦げた物体が地面に向けて落下する。
あっけなく地面に転がったそれは、先ほどまで戦っていた少女のなれの果ての姿。遠目でしか見えないがもはや、それは人の形をしていなかった。
「これで、一人……..か 」
剣夜はその腕を通常に戻しながら、後方で遠巻きに待機している部下たちのほうに振り返った。
「一人は片づけた。次に移動する。次は第4学区付近の……….. 」
剣夜の言葉はそれ以上、続かなかった、なぜなら、その続きを述べるために絶対に必要な、というより人間なら必ず必要になるであろう発声器官である声帯、それを後方から伸びてきた漆黒の剣が貫いたからである。
「…….が……..は? 」
貫かれた状態で眼球のみを動かして後ろを覗った剣夜はそこに、あるはずのないものを見た。
「死んだと思った?残念生きてるけど? 」
先ほど剣夜の雷の直撃を確かに受けたはずの鞘の姿がそこにはあった。さすがにその着ている服はところどころ焦げたり破れたりしており、部分的に見える肌にも火傷らしき跡があるものの、それでも五体満足なうえに喋るだけの余力もある。雷の直撃を受けたにしては、あまりにも軽微といえる被害でしかない。
「なんでだって思ってる?簡単、私がやったのは能力を利用した避雷針のまねごとだから 」
つまりはこういうことである。鞘の能力は『髪の毛を鋼鉄のように変化させる』というものである。
彼女はその能力を応用して、髪の毛を刃物へと変化させて攻撃手段としているわけだが、能力の使い方は、それだけに限定されるわけではない。
彼女が行ったのは実に単純なことだった。伸縮自在、変化千万の髪の毛を自らの身体を包む方で周囲に展開させることで、即席の鋼鉄のドームを作りあげたのである。
正面から迫ってきた雷は、そのドームの外側を凄まじい速度で流れたものの内部にある鞘体にはほとんどダメージを与えることはできなかったのだ。
とはいえ隙間なく全身を覆えたわけではなかったために、完全に防ぎきることはできず、その見た目以上に身体にダメージは来ていたものの、彼女は絶命を免れていたのである。
地面に落ちた黒焦げの物体。それは髪の毛に包まれた状態の鞘だったわけである。
「これで……一人って言うのは、こっちのセリフだから人造神 」
「ぐ………..あァァァァァァァ!! 」
対戦車弾の直撃による火災の光に照らし出される裏路地に、少女の絶叫が迸った。
警備員を名乗る女性、井坂によって掴まれた希の右腕が鮮血をまき散らしながら吹き飛んだ。
その事態に、なぜそれが起きたのかを考える暇もなく、右腕を走る激痛に希は絶叫を上げた。
「この程度で、ぎゃあぎゃわめくンじゃねエよ! 」
再びあの狂気に満ちた表情を浮かべながら、伊坂はその両手に構えたままの短機関銃を再び希に突きつける。
「右手なしじゃあ自慢の斬撃も振るえないよなァ! 」
至近距離から躱しようのない銃弾の嵐が希に向けて放たれる。
当然ながら、道理として、今の希にそれを躱すすべはなかった。
放たれた銃弾はそのすべてが希の身体に向かって進み、直撃した。
その衝撃に押され、希の身体が後方に吹き飛び、あおむけに地面に倒れる。
その吹き飛んだ右手からは鮮血が噴出している。すぐに止血処理をしなければ手遅れになるのは火を見るより明らかである。
もちろん希にその終幕を避ける手段がなわけではない。彼女は魔術師である。当然ながら治癒専門の魔術術式も彼女は扱う、すぐに傷口を塞ぎ、生命力を補充するような大魔術の行使は不可能でも、応急措置程度の魔術なら使用可能だ。だが、そんな余裕を井坂が与えるはずがなかった。
倒れた希に無遠慮に近づいた井坂は、その腹に躊躇いなく蹴りを入れる。
「がは!?」
「がは?じゃないわよ。この程度でくたばるんじゃないわよ 」
まあいつの間にか、普通の、穏やかな笑みを浮かべる表情に戻っている井坂は、希の腹をその警備員専用の特殊ブーツでグりグリと蹴り入れながら、言葉を続ける。
「私たち『カウンター』の復讐はこんな簡単に終わったら困るのよ 」
「カウン…….ター…….? 」
激痛と激しい出血で朦朧とする意識の中、なんとか希は声をひねり出した。
「そうよ。警備員による警備員のための報復組織、それが『カウンター』。そして私たちの今の敵はあなたたち、暗部組織『ウォール』というわけ 」
井坂は 、その右手の短機関銃を希の頭に突きつけた。
「さっきから、あなたに当てていたのは左手の短機関銃から放った、対暴徒鎮圧用の特殊衝撃弾だんだったけど、こちらは実弾よ。どうするの?このままじゃあ、失血死を待たずに頭部を失う無残な死体となって終幕よ?頑張って先生に一矢報いてみなさいよ 」
「く..........! 」
そう言われてもすでに瀕死状態にある希にそんな余裕などあるはずがない。痛みに呻きながら睨むのが精一杯であった。
「そう......あなたは終わることを選ぶのね。先生残念だわ。でも選んだならその意思は尊重してあげる 」
井坂は、機関銃の引き金に力を込める。
「せいぜい、あの世で古門護を恨みながら眺めていなさい。『ウォール』が滅びるさまを 」
井坂の右手の今度こそ実弾装填済みの軽機関銃、それが火を噴こうとしたまさにその瞬間だった。
「警備員のくせになんてやつ!少しは勤務に励んだら?」
幼さを感じさせる女声が響き渡った。
突然の声に井坂の指先の動きが止まる。
「あらあら?どうやってここには入れたのかしら?周辺道路は部隊によって封鎖されているはずだけど? 」
「学生殺そうとしている人間をどう見ればまともな警備員に見えるっていうの? 」
吐き捨てるように呟いたのは青髪ショートヘアーの少女。学園都市暗部組織の一つ『ボックス』の構成員の一人、水無月碧である。
「バンクで調べたわ。井坂久美子。元学園都市内常盤台中学出身、中学時には風紀委員を務める。中学卒業後霧ヶ丘女学院に進学、事後高山大学に進学して教員免許を取得し、柵川中学に国語教師として就職。その後警備員となることを希望し、試験には一発で合格。中学時代からレベル4の強度の能力持ち、能力名は『滑空停止(スリップストップ)』。その効果は『肌から10〜20cmの範囲の摩擦を操る』というもの 」
「良く調べているわね? 」
「そりゃあ調べるわよ。だってこれから戦わなきゃならない相手だもん 」
「私と戦うつもりかしらお嬢ちゃん?先生悲しいわ 」
「私はお嬢ちゃんじゃない! 」
刹那、碧はその着込んでいる防弾ベストの各所につけられているペットボトルの内の一つ120ml用を取り外し、一挙動で井坂に向けて投げつけた。
「あら、ごみを投げつけるとかどこまで........」
その井坂の声は最後まで続かなかった、なぜなら碧が放ったペットボトルが突徐空中で爆発したからである。
凄まじい破裂音と爆発音、そして水しぶきに井坂の姿がかき消される。
「.........今のうちに逃げるぞ..........ウォールメンバー? 」
地面に倒れたままの希の耳元で、少女の声が囁いた。
すでに息も絶え絶えながらそちらに目をやった希は、一瞬痛みすら忘れ目を見開いた。
なぜなら、すぐそばで彼女の耳元に言葉を囁いたのは、地面から顔と右手だけ出してこちらを見つめる高校生くらいの少女だったからである。
「理屈は後で説明する.....とにかく今は現場を離れねばならぬ。故にそなたを下から逃がす 」
そう言うや否や、少女は希の襟首をつかむと同時に、地中に向けて頭から潜った。そう、文字通り、言葉通り潜ったのである。希を伴った状態で地面の中へとまるで海中に潜水を行うかのような滑らかさで彼女の身体は地中に飲み込まれていった。
「こんな程度......効くわけ........!」
「効くわけないことは調査済みよ!これは足止め!一発ぶちかますから後は頼むわよ! 」
理屈不明のペットボトルの爆発による攻撃を受けても、傷どころか、そもそも爆発の衝撃を受けながら吹き飛んでもいない井坂にそう叫びながら、碧は、後方に向けて声をあげながら、その肩にかけていたなにやら大きな機材を肩に構えた。
「RPG7?いや、それは? 」
「そのどれとも違うわ! 」
その旧ソ連製の傑作対戦車ロケット砲に形を似せたそれは、しかしその先端に火薬を詰めてはいなかった。
「ただの水鉄砲よ! 」
刹那、内蔵されている強力なバネにより弾かれた水ロケット砲の弾頭が、勢いよく井坂に向けて飛ぶ。
「無駄だと.......! 」
飛んでくる弾頭に余裕の表情を崩さない井坂だが、そんな彼女に対して碧はその右手を力強く握りしめると同時に叫んだ。
「吹っ飛べ! 」
次の瞬間、空中で突如分解した弾頭からあふれ出した水が井坂に向けて降りかかり、同時にその降りかかった水が、唐突に爆発した。
「っつ! 」
その凄まじい衝撃波により巻き起こった噴煙と、爆炎に視界を塞がれ、井坂の眼前から碧の姿がかき消される。
「今のうちに!鹿角! 」
「はい! 」
新たな少女の声に井坂が疑問を覚えるより早く、その視界は新たな純白の閃光に閉ざされた。
「相変わらず派手になっちゃうわね鹿角の攻撃は...... 」
純白のエネルギー波によって完全に消滅した第4学区の一角を、双眼鏡で確認しながら
『ボックス』のリーダーである愛華は、真上から襲い掛かってきた両腕から鎌を生やして、長い尾を備えた男を、空中で形作られた巨大な窒素の杭で串刺しにして地面に縫い付けたうえで、その頭に容赦なく拳銃を突きつけ、引き金を引いた。
銃声と共にその命を刈り取られ、正体を無くして痙攣する男にもはや目もくれず、愛華はその着ている服のポケットから取り出したスマートフォンを操作し、次いで耳に当てる。
電話のかけ先である相手が声を出すのを待たず愛華は言葉を放った。
「始めまして古門護くん。私は、暗部組織『ボックス』のリーダーの立花愛華。今からあなたに会いに行くから待っていて。私たち『ボックス』はこれより『ウォール』と共同して外部勢力と内部勢力の殲滅に当たる。拒否はなしね、だってこれは..... 」
そこで一度言葉を切り、愛華は電話の向こうの相手の心情に思いを馳せながらつづけた。
「学園都市統括理事長の指令なんだから 」