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放たれた爆裂と爆音が、意識を吹き飛ばした。
一瞬、全てが真っ白になりそして―――…… 閉ざされた。
ぐわんぐわんと、揺れる視界/平衡感覚。
気持ち悪さを押して、なんとか手を伸ばす。そしてぺたりと、何かに触った。
なんだコレ、床か……。それにしては少し柔らかい気がする。コンクリートではなくカーペットマットでもなく、布っぽい感触だ。でも平らなのでたぶん……床だ。
まだ視界は歪んでる、でも上下はわかった。今は一秒だって無駄にできない。早く早く絶対に、あいつを捕まえないと、必ず報いを……。
無理矢理にも一気に、全身を起こそうとすると―――
「―――どこ触ってんだよ、変態ッ!」
「いちぃ!?」
どかり―――。思い切り、殴られた。
思わず変な声が出てしまった。
急な殴打にまた混乱するも、逆に感覚はハッキリしてきた。少々星がチラついているも、視界も聴覚も焦点が合わせられた。
殴られた後頭部をさすりながら、それをしたであろう相手を仰ぎ見た。
そこにいたのは、先ほど銃弾を刀で切ったとんでも少女。俺よりも小さく華奢なのに、どこにそんな力があったのか……。
憤然と、胸を押さえ俺にジト目を向けていた。まるで変質者に遭遇したかのような嫌悪感/すこし年上ぶってもいるような。ただし、生来の朗らかさからか、妙な愛らしさが残っている。
肩を貸してもらっている現状、どうやったかは謎だが、あの爆発から助けてもらったのはわかった。でも、なぜ今、そんなに嫌われているのか……
「……お兄ぃさん正気? 死にたいの、ていうか死ぬの?」
「へ……?」
「『へ?』じゃないよ『へ?』じゃ。
せっかく助けてあげたのに、どさくさに紛れてこんな―――乙女の胸をわしづかんでくるなんて!」
「……乙女? 胸―――」
言われてもう一度、ソレを見た。
必死でガードしているので詳しくは見えないが、先ほどの感触を重ねて分析。それとつい先ほど飛び出した奇妙な単語、『乙女』『胸』―――
結果、盛大な疑問符が浮かんだ。
「…………君本当に、女の子だったの?」
ピキ―――。何かがブチギレた音が、彼女から聞こえた。
嫌悪感丸出しだったのに急に、可愛らしいまでの微笑みを浮かべてきた。
「お兄ぃさん―――さぁ、お前の罪を数えろ」
かちり―――。腰のベルトに指していた刀。そのこい口が切られた音。
言い訳の言葉は全て、飲み込まされた。
息を飲まされ冷や汗を流しているのと、
『―――二人とも、返事をしろ! 無事か!?』
榊さんの声。背後から/遠くから―――うず高く積まれた瓦礫の向こうから聞こえてきた。
爆発の跡……。天井近くで炸裂したのか、俺達と榊さんを分断するように瓦礫が落ちていた。火の手と煙は巻き上がるほどではないが、スプリンクラーが作動したのか、パラパラ水しぶきが舞い落ちている。
俺が居た場所には、大きなコンクリートの塊が落ちて積まれていた。彼女が助けてくれなかったのなら、大怪我どころでは済まなかったはず。まして、アイツを追いかけるなど……できなくなっていたはずだ。
「大丈夫だよ、オジさん! お兄ぃさんの方も元気……だよね?」
先までの凄みを急に切り替えて、尋ねてきた。
まだ頭は混乱し体の各所に鈍い痛みがあったが、無理を押すことにした。
「何とかまだ生きてます!」
『そうか! よかった……』
安堵の吐息に、こちらも人心地ついた。現状は混沌として最悪なれど、とりあえず今だけは大丈夫だ。
これからどうするかと、アイツが逃げたであろう非常扉を睨みつけていると、
『瓦礫に塞がれて通れそうにない。遠回りするが、俺と合流するまでそこで待ってろ』
「いいよ、先に追いかけとくから」
気軽に彼女が、返事した。
これでいいよね……。榊さんが呆然と言葉を失っている中、目配せで俺に告げてきた、あるいは煽るようにして。
なぜなのかは……考えなかった。必要も感じなかった。
ただ頷いた、協力感謝すると。
『バカ言うな、危険だ! いいから二人とも―――』
「榊さんは、母さんの方を頼みます! アイツ等は俺たちが―――捕まえる」
有無も言わせず、わがままを押し付けた。
チャンスにしか見えなかった。これを逃せば、もう二度と捕まえられない気もした。どこにも逃がすつもりはなかった。
必ず、俺の手で報いを与える。誰にも邪魔されたくない―――
『冷静になれ桐ヶ谷! 君まで失うわけにはいかないんだ。すぐに行くから待ってろ』
「平気へいき! そのための訓練だったんでしょ?
それにお兄ぃさんも【サバイバー】なんだし、何より―――やる気は充分だから」
行こう―――。
そう言うと、踏みとどまらせようと焦る榊さんを無視して、壊れかけた非常扉へと向かった。
「ありがとう。もう自分で歩ける」
「そう? 無理しなくていいんだよ」
「大丈夫。……君の方こそ何ともないのか?」
「うん、全然へっちゃらだよ。ちゃんと爆発の非殺傷圏内に入れたし」
事もなげにそう言うも、彼女の片腕/右腕には大きな切り傷があった。そこから染み出した血が服を真っ赤にし、ポタポタと垂れ落ちている。
俺を助ける際に……。刀を帯びた位置から、右手が利き腕だろう。なのでもう、まともに振るえるのかすらあやしい。
「―――このくらいなら大丈夫。まだ戦えるから」
俺の心を読んだのか、静かに釘を刺してきた。
まだよく知らない彼女を、巻き込むわけにはいかない……。そうは思うも、やせ我慢とは違う何かがあった。言葉通り何とも無いような有様に、出そうとした制止が飲み込まされた。
彼女に対して、色々と疑問が噴き出してくるも/聞き出したい気持ちがせり出してくるも、今は急がなくてはならない。捕まえる方が先だ。
なので、一つだけ―――
「そう言えばまだ、名前聞いてなかったな。教えてくれ」
「【ユウキ】」
すぐに返してくれた答えに、目を丸くしてしまった。
「本名とはちょっと違うけど、僕の名前。今じゃコレの方がしっくり来るから、呼ぶならコレで。
よろしくね【キリト】さん」
ニコリと、少女らしい笑みとともに出てきた名前にようやく、彼女が何者なのか……わかった気がした。
◆ ◆ ◆
非常扉から、焼け出されるように転がり/飛び出してきた。
そして安全圏、噴煙と崩壊が起きている建物を見て、思わず毒づいた。
「く……そッ! あのバカが……」
【ダイン】の仕業だ……。一瞬だけ見えたその顔は、確かに彼だった。作戦失敗で自暴自棄になったのか、私たちごと自滅しようとした。
(せっかくの計画が全て、水の泡になった……か)
あまりの想定外のアホさ加減に、怒りを通り越して虚脱させられた。もうどうにでもなれと、やけっぱちな気分だ。これがVRゲームならリセットボタンを押していただろう。
ただ『このゲーム』は、癇癪を起こしたとしても終わらない。冷静さを失った奴から敗退していく。
なので、すぐさま切り替えた。苛立ちの全てを放下して、次の手を考える―――
「はっは……。まさか、ロケットランチャー持ってきたバカがいたとはな……」
近くから、同じくギリギリで難を逃れていたヴァサゴが、乾いた笑いを漏らしていた。
すぐに立ち上がれた私とは違って、地面に手を付いたまま。ターゲットの少年につけられた足の傷に呻いている……。
近寄ると無造作に、肩を貸した。そのままこの場から離れる。
「―――おぉっと! 何の真似だい、俺に惚れたか?」
「逃げるのに手を貸すから、アナタ達も手を貸して」
「なんだ、そんなことか……。こっちは初めからそのつもりだったぜ」
傷を負ってるのに/私の肩を貸りてやっとまともに歩けてる足でまといなのに、軽薄な態度を崩さなかった。……ウインクまでされた。
普段なら苛立つも、今は『まぁちょっとは根性あるんじゃない』程度には見直せた。泣き叫んで弱音でも吐かれたら、速攻で置き去りにするつもりだった。
「あそこまで運んでくれ、バイクが隠してある」
指さされた先を見ると、そこには―――確かにバイクがあった。
逃走手段……。やはり用意していたとは思うも、不満が顔に出てしまった。
「……なんで車じゃないの?」
「こんな狭い場所じゃ、小回り効くほうがいいと思ってな」
それに、一人だと思ってな……。私は想定外の『客』だったらしいも、便乗させるだけの余裕はあるとも含ませて言った。
隠していたバイクの場所まで連れていくと、またしても顔をしかめた。
「……悪いけど私、マニュアルのバイク運転したことないわ」
「俺がやるから安心しろよ。こんな足でもそのぐらいは余裕だ。
お前には―――こいつだ」
そう言ってカーゴから取り出したのは―――アサルトライフルだった。
ネットやゲームではよく見かけて有名なれど、現代日本の都市部には似つかわしくない殺傷武器。ソレを、事も無げに取り出し手渡してきた。
私も当然とばかりに、受け取った。そしてカチカチと一通り、動作と使い心地をチェックする。
「追っ手はないとは思うが……万が一きたら、そいつをお見舞いしてやれ」
「……弾はどのぐらいある?」
「そこに入ってるのと、これだけだ―――」
渡されたカートリッジは……三つだった。
一国の公権力と対決するには、いささか以上に心許なさすぎる。敵地真っ只中で援軍なし、しかも相方は足でまといとくると……笑いがこみ上げてくる。
スナイパーの腕の見せどろこだな……。ヴァサゴの皮肉にも返す力がない。本当にそうせざるを得ないらしい、こんな銃で一発一殺以上を求められるとは……。
無い無い尽くしで逆にやる気が沸いてくると、煽り立てるように出発を告げてきた。
「さぁ、いくぞシノン!」
「どこまで?」
「米軍駐屯地まで」
その単語に一瞬、言葉を失った。
薄々わかっていたことだったが、改めて聞くと驚かされる。『このゲーム』は、それだけの規模で/力のあるゲームマスター達によって実行されているのだと……。
呑まれないよう、お腹に力を込め直していると、
「―――の、予定だったが……。あいにく行き先が変わっちまった。
なぁ、スカイツリーとレインボーブリッジ、どっちがいい?」
俺的にはレインボーブリッジがおすすめだ。これ以上悪目立ちはしたくないからな……。拍子抜けするような/意図不明な質問をしてきた。
肩透かしを食らった気分で、訝しむ前に首をかしげた。
「……なんの話?」
「次の目的地だよ、電波環境と高度的にちょうどその二つがベストなんだ。
高度だけなら、東京タワーもいいんだが……アレはもう枯れてるしな。都庁じゃ警戒抜けんのは面倒そうだし、虎ノ門も六本木ヒルズも趣味じゃないし、他もなぁ……。どっちかしかない」
尋ねるも、さらにわけのわからない答えが返された。
スカイツリーとレインボーブリッジ……。わかるのは、逆方向にあるというだけ。一応逃げるためなら/追っ手に囲まれるかもしれないので、どちらか一つを選ぶしかない。
でも―――
「意味わかんないわ。いったい何するつもり?」
「このままログインするんだよ。あの電子の、鋼鉄の浮遊城にな。
こっちの、現実世界から全身丸ごとでの―――フルダイブさ」
帰ってきた答えはやはり……わけがわからない。
話に乗ったのは失敗したかと思うも、いまさら手は引けない。それに、今はこいつが唯一の/ゲームマスターに至る伝手だ。離すわけにはいかない。
盛大にため息をこぼしながら、意気揚々とバイクを唸らせるヴァサゴに従った。
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長々とご視聴、ありがとうございました。
キリトはたぶん、直葉サイズに目が慣れてしまっている。アレが標準の女子だと。ので、それ以下のサイズを捉えるのが困難に……なってるのかもしれない。
感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。