魔法少女育成計画routeS&S~もしものそうちゃんルート~    作:どるふべるぐ

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今回のスイムスイムはほぼコミカライズ版のスイムスイムぽん。
そして作者はバトルに何故かおエロ要素を絡ませなければ気が済まないという歪んだ性癖を持ってるぽん。ぶっちゃけ今回のバトルはそうちゃんとスイムスイムのエロメタファーぽん。それでもいいという読者以外は回れ右するぽん。


朧月夜の魔法少女達(後編)

 ◇スイムスイム

 

 

 私が初めてラ・ピュセルという魔法少女と出逢った時、抱いた第一印象は『思っていたのと違う』だった。

 

 自分達の縄張りに勝手に入った無礼者に説教するというルーラについてく時には、ちょっとだけワクワクしていた。絵本では知っていたけれど、本物の『騎士』に会うのが初めてだったから。でも、実際会ってみれば絵本のように堂々とも凛々しくもしていなくて、プンプン怒るルーラのありがたい話を上の空で聴いているばかりか、何故か横目で私の方ばかりをぽーっと見ていた。そのくせ目が合うと顔を真っ赤にして目を逸らすのだ。訳が分からなかった。

 そんなだから、ラ・ピュセルが解放され別れた後、その存在は記憶から早々に忘れられた。せいぜい期待外れのどうでもいいその他大勢になった。

 

 だからこそ、再び会った時――ルーラと共にスノーホワイトを襲撃したあの鉄塔での戦いで、足止めしていたはずのラ・ピュセルが現れたのを見た時は驚いた。

 けして戦闘向きと言えないとはいえ三人もの魔法少女を退け、スノーホワイトのために駆け付けたその姿は――絵本で見たお姫様を救う騎士そのものだったから。

 目を奪われた。ああ、やっぱりラ・ピュセルは騎士だったんだと思い、そして――欲しくなった。

 きっとこの人なら、自分というお姫様に仕える最高の騎士になってくれるだろうから。

 

 だから、この組手でラ・ピュセルが戦えなくなったのだと知った時、がっかりした。

 お母さんに読んでもらった絵本では、騎士はお姫様のために悪い魔女や怪物と戦っていた。なのに弱かったらお姫様の敵を倒せない。役に立たない騎士なんていても無駄だ。

 だから、もう殺そうかと思った。……けど、

 

「いくぞおおおおおお!」

 

 今は、違う。

 ラ・ピュセルは今、その竜の瞳に闘志を燃やし咆哮してその拳を振るってくる。

 その姿は、本当にさっきまで子供のように震えていた人物と同じとは思えないほど。

 そうだ。そうでなくちゃならない。自分の騎士になるのだからお姫様の為ならどんな敵でも恐れてはならない。躊躇ってはならない。斃す事のみを考えなければならない。

 かつての自分がそうだったように。

 

 私がルーラになるから、あなたが私にならなきゃいけないんだから。

 

 

 ◇たま

 

 

 その光景は、人の領域を超えていた。

 

「すごい……」

 

 眼前で繰り広げられる戦いに、たまは感嘆の声を漏らし、

 

「いやいやなにあれ……」

「マジでガチヤバじゃん」

 

 普段はおちゃらけたピーキーエンジェルズですらその大きな瞳を丸くして、見入り息をのむ。

 無理も無いとたまは思う。だって、恐るべき二人の魔法少女の戦いは、それほどのものなのだから。

 

「おおおおおおおおお!」

 

 まさに竜の如く咆哮しながら拳を振るうは、騎士の鎧を纏う魔法少女――ラ・ピュセル。

 一振り事に轟と大気を呻らせ拳風巻き起こすその拳は正に剛拳。

 

「凄い力……。けど、何度やっても無駄。私の魔法なら、ラ・ピュセルの攻撃は全部無効化できる」

 

 対して、茫洋として捉え所のない表情を美貌に浮かべそれを受けるは悪魔の黒き翼を背負う白スクの魔法少女――スイムスイム。

 ラ・ピュセルの咆哮と闘気を一身に浴びながらその凪いだ瞳は揺らぐことなく、不気味なほどに平然と受け止める。並みの人間ならば掠めただけで肉が抉れ、まともに受ければ大穴が空く必殺の拳は、しかし己に対しては必殺たりえないからだ。

 凄まじい速度で放たれる拳は、だがその全てが『どんなものでも水のように潜る』魔法によって水飛沫を上げて身体をすり抜けていく。肉を穿ち骨をも砕くはずの拳は、スイムスイムの身体に届くとも決して傷つけること敵わない。

 

 故に、スイムスイムは容赦無くかつ一方的に攻めたてる。

 放たれる掌底はラ・ピュセルの気合と剛力の拳とは対照的な、鋭く精確に急所を狙う精密射撃の如き一撃。それがガードの隙間をぬい、あるいは小さな隙をついて幾度もラ・ピュセルに叩きつけられる。

 

 ヒュッ!!

 

「く……ッ!?」

 

 くわえて、スイムスイムの攻撃は打撃だけではない。掌底の構え、その開いた掌が鉄槌ならば曲げた指は猛禽の鉤爪。鋭い爪は絹の様な柔肌を引き裂き、黒いマニキュアを血に染めた。

 掌と爪を巧みに使い時に引き裂き時に殴る。刻まれた爪痕から流れる血の赤が殴られた痣の青黒さと混じり合い白磁の肌に痛ましい色を添え、その猛撃を浴びるラ・ピュセルに激しい痛みと傷跡を刻んでいく。

 だが、それでもラ・ピュセルは止まらない。何度殴られようと何処を引き裂かれようとも拳を振るい、その唇から血と咆哮を吐いてなお殴り続ける。

 

「うッああああああッ!」

 

 傷つき、震えながら、たとえその拳では痛みも傷も与えられず虚しく水飛沫を上げるだけだとしても、殴る。殴る殴る殴る!

 凛々しい美貌を獣の如く歪め、角が飛び出た亜麻色の髪を振り乱して血と汗を飛び散らせながら拳を振るうその姿、

 

「――――ッ」

 

 あまりにも凄絶で、そして痛々しい恩人の姿にたまの胸が引き絞られるように痛んだ。

 彼を止めたい。もう止めてと言いたい。もういいんだよと言ってあげたい。

 でも、それは駄目だ。どんなに止めたくても、止めちゃ駄目なんだ。

 だって――ラ・ピュセルの目は、諦めていないから。どんなに痛くてもどんなに傷だらけになっても、それでも前を見て、戦っているから。

 だから、自分も見守ろう。どんなに辛くて目を背けたくとも、決して目を逸らさず、彼の戦いを見届けよう。――それがきっと、自分が今しなくちゃいけない事だから。

 

 たまは小さな胸の前で祈るように組んだ手をぎゅっと握り、見つめる。

 己が慕う二人の魔法少女の荒々しく壮絶で――そして美しい戦いを。

 

 

 ◇クラムベリー

 

 

 森の音楽家は王結寺を囲むように生えた五番目の木の枝に腰かけて、眼下の戦いを眺めていた。その薔薇色の唇に笑みを浮かべながら優雅に鑑賞する様は、そこがまるでオペラ座のボックス席であるかのように思えてしまう。

 飛び散る血と汗を眺め、肉を打つ音と咆哮を聴き、放たれる闘気を肌で感じ、五感の全てを以て二人の戦いを味わい楽しむクラムベリー。

 そのエルフ耳が不意に、自らの管理者用端末が鳴らした無粋な音を聴いた。

 

「随分とお楽しみのようだなぽん」

 

 その画面からリンプンを散らしながら現れた電子妖精のファブは、開口一番不機嫌さを隠そうともせず

 

「まったくファブに尻拭いを押し付けて自分は優雅に高みの見物とは良い身分ぽん」

「おや、仕事とやらはもう終わったのですか?」

「や・っ・と・終ったところぽん! そんでこんな面倒な事をするハメになった原因を作ったマスターがどうしてるのか見に来てみれば暢気に戦見物とかブラック上司にもほどがあるぽん! ふざけんなぽん! だいたい電子妖精タイプのマスコットキャラのマスターってのは何でこうどいつもこいつも人使いが荒く――」

「少し黙ってくれませんかファブ。ショーの観賞中は静かにするのがマナーですよ」

「…………」

 

 全力の抗議を素気無く切り捨てられ押し黙るファブ。

 いや、いいさ分かっていた……。

 このマスターはどうにもやりたいこと以外はやろうとせず面倒事は大抵他人に押し付けてくる。そのくせ無理に自分でやらせようものなら絶対にへそを曲げるのだ。それはもう長くとんでもなく面倒に。それを長い付き合いの中で嫌というほど体験してきたファブは盛大に溜息をつき、諦念と一緒に文句と不満を飲み込んだ。

 ここは自分が大人なろう。真に出来るマスコットキャラクターは大人の忍耐と処世術を身に付けているのだ。

 

 やれやれと無い肩をすくめ、ファブはちらと眼下の戦いに円らな黒目を向ける。

 ラ・ピュセルとスイムスイムの殴り合いだ。

 実戦経験そのものが少ないからだろう技術や駆け引きは拙いが、激しさはある。

 感情そのものを拳に乗せて打ち込む様は、それなりに見ごたえがあるとも言えよう。

 

「まあファブとしてはもう少し血とか臓物がド派手に飛び散っている方が好みだけど」

 

 そもそも命のかかっていない戦いではどうにも刺激に欠ける。

 やはり互いの血と臓物と命をブチまける華やかな殺し合いこそが真の見世物だろう。

 

「マスターはどっちが勝つと思うぽん?」

「力はラ・ピュセルが。技はスイムスイムが上回っていますね」

 

 問い掛けると、クラムベリーは冷徹な試験官の眼差しで見つめながら

 

「ラ・ピュセルが猛攻に耐えていられるのも、彼自身の頑丈さはもとよりスイムスイムの非力さあってのものでしょうね。ですが……」

 

 解説しつつ、その瞳を細めた。

 

「スイムスイムの成長速度には目を見張るものがあります。今も敏捷性の低さを無駄な動きを抑え効率化することよってカバーしているように、このままでは技術が性能差を覆し手が付けられなくなるでしょう。つまりはその前に倒すしかないのですけど……」

「そもそも物理攻撃しかできないんじゃスイムスイムの魔法にはお手上げぽん」

「そういうことですね」

 

 優雅に微笑みつつ、勝ち目はないと断言した。

 

「でも、マスターはそれでいいぽん?」

「それでいいとは……?」

「ラ・ピュセルはマスターのお気に入りだよね。このままじゃ負けちゃうぽんよ?」

「そうですね……。もし、ラ・ピュセルが敗北するようならば――」

 

 そしてクラムベリーは答えた。さらりとごく自然に、それこそ夕食は何を食べるかと聞かれた子供のように無邪気な声音で

 

 

 

「殺しましょう」

 

 

 

「え? 殺すぽん?」

 

 ラ・ピュセルを随分と気にいっていた風だったマスターの意外な返答に思わず聞き返すファブ。

 

「負けるのならば所詮その程度の弱者だったという事。ならば生かしておく価値もありません。当初の予定通りに殺害するまでです」

「うわぁ……。知ってたけどマジ外道ぽん」

「殺人ゲームを楽しむ悪趣味な誰かさんの相棒ですので」

 

 悪びれもせずにそう返して、クラムベリーは眼下で激闘を繰り広げるラ・ピュセルに美しくもおぞましい瞳を向ける。

 

「なので、頑張ってくださいよ颯太さん。くれぐれも私を楽しませて、決して期待を裏切らないでくださいね。――もしそうなったら、私は思わずあなたを殺してしまいますから」 

 

 

 ◇スイムスイム

 

 

 唸るラ・ピュセルの拳が幾度も私を殴りつける。

 私の掌底なんかよりずっと力強く、破壊力が桁違いのそれを魔法で透過し続け、たまに生まれる小さな隙をついて私は掌底を放つ。

 亜麻色の髪を振り乱すラ・ピュセルの顔面を狙った掌底は、だけど最小限の動きで避けられ、逆にその拳が私の顔面に叩きつけられた。

 

「隙ありだ!」

「………っ」

 

 魔法を発動し、頭部を水に変化させる。その甲斐あって拳は水飛沫と共にすり抜けたが、一瞬視界が奪われてしまった。不味い。危険を感じ咄嗟に全身を水化させた瞬間、逆の拳が鳩尾を抉った。

 

 バシャッ。

 

 ……なんとか間一髪で透過できた。危なかった。

 この特訓はあくまで実戦経験の無い自分が正面から相手を倒せるようになるためだけの物。故に防御など必要無く、まして全ての物理攻撃を無効化できる自分が倒されるはずなど無いと思っていた。

 だが、それは間違っていた。

 忘れもしないラ・ピュセルが放った最初の一撃。完全に不意を打たれたあの奇襲は、あとほんの一瞬でも対応が遅れていたら防げなかった。今も一振り事に豪と大気を呻らす剛拳をまともに受けたらと考えると、背筋が冷たくなる。

 

 ルーラは言っていた。『追いつめられたネズミは猫をも咬む。たとえどんなに格下の相手でも勝つまでは油断してはならない』と。

 なのに、自分は油断してしまった。魔法の絶対性を過信し慢心して、あげくその油断を突かれやられる所だった。ルーラならきっとこんな事にはならなかっただろうに。

 ごめんなさい、ルーラ。いつの間にか尊敬するお姫様の言葉を忘れてしまっていた事を心の中で深く謝罪し、スイムスイムはより一層その瞳でラ・ピュセルを見詰める。

 その一挙手一投足を見逃さぬために。その拳の動きを把握しきるために。

 

「はっ! ふっ! はああッ!!」

 

 隙を探り、ガードを潜り抜けて打ち込むため、神経と精神を冷徹に研ぎ澄ませるその間も、ラ・ピュセルの拳は間断なく己を殴り続けている。

 それは頭や鳩尾といった急所だけでなく、胸や太ももといったあらゆる箇所を。たとえその全てが虚しく水飛沫を散らして透過されてもなお、あらゆる角度からタイミングすら変えて入念に。今や、スイムスイムの肢体で彼が触れていない箇所はほとんど無い。柔らかな頬も靡く髪も揺れる乳房も太ももにも、全てに彼の拳が降り注いだ。

 それは一見、絶対的なスイムスイムの魔法の前に自棄になり滅茶苦茶に暴れているようにしか見えないだろう。

 

 でも、違う。私にだけは分かる。

 ラ・ピュセルは探っているんだ。魔法で透過できない場所やタイミングが無いかどうかを。

 

 たとえ無理に攻めたせいで隙が生まれ、掌底を食らい痛みを味わってもなお、耐え忍んでひたすらあるかどうかもわからない可能性に賭けて拳を振るっている。

 それは例えるなら、嵐の海に呑まれながらも一本の藁を掴もうとするかのような足掻き。

 

「凄いね。ラ・ピュセルは」

「なに?」

「そんなに傷だらけで今にも倒れそうなのに、まだ勝負を諦めてないんだ」

 

 称賛半分呆れ半分で言うと、ラ・ピュセルはフッとその唇を吊り上げた。

 

「当たり前だろう。逆に聞くが――勝機が見つからないからといって戦いを諦める奴がお前の求める騎士なのか?」

「…………」

「前にも言ったはずだぞ。私は魔法少女で、そして《騎士》だと。たとえどれほどの強敵が相手でも、どんなに絶望的な戦いでも、一片の勝機を探して足掻き続ける!」

 

 凛々しくも獰猛な笑みで語られたそれは、あまりに無謀で現実感の無い戯言めいた叫び。

 だが、スイムスイムにそれを嘲う事など出来なかった。

 見てしまったから。例えどれ程に小さく塵芥の如き可能性でも、必ず掴んでみせるという――熱く燃えるその瞳を。

 

「……ッ」

 

 その眼差しに宿る熱を感じて、スイムスイムは小さく息を呑み、僅かに気圧される。

 たしかに、今だスイムスイムは自分が負けるとは思っていない。けど、その瞳を前にしては――絶対に勝てるとも思えなかった。

 

 

 

『真のリーダーたるもの常に勝ち続けなければならない。そしてそれはお前たちもだ。部下ならば全身全霊をもってリーダーに勝利を捧げろ』

 

 

 

「――――ッ!!」

 

 だめ。勝てないかもなんて思っちゃいけない。

 ルーラなら、お姫様ならどんな相手にも絶対に勝つ。私はルーラと同じお姫様になるんだ。なら、負けないんじゃない――勝たなくちゃ、いけないんだ……ッ。

 赤紫の瞳の凪いだ水面が、さざめき揺れる。

 静かに湧き上がるのは、初めて生まれた勝利への渇望。己が憧れの人になりたいという『夢』のために、スイムスイムは渾身の掌底を放つ。

 だがラ・ピュセルとて負けられないのは同じ事。気合の叫びと共にその拳を振り上げる。

 

「ふっ――!」

「はあああああ!」

 

 そして始まる、互いに打ち合う拳と掌底の猛ラッシュ。

 荒れ狂う拳と突き刺すような掌底が無数に交差し、激しく乱舞する。

 人域を超えたその苛烈さたるや、衝撃が大気を揺らし、踏みしめた地面がひび割れるほど。

 

「そこ……っ!」

「ぐッ……!?  なるほど手数だけは大したものだ。だが、威力そのものはどうってことない!」

「それでも平気なわけはない。素直に倒れて」

「断る!」

 

 パワーのラ・ピュセルに対して、筋力で劣るスイムスイムはスピードと手数で攻める。いくら殴られようともその全てを透過し掌底で攻め続け、たとえ一撃一撃は軽くとも確実にダメージを蓄積させていく。

 

 大丈夫。私は負けない。

 私の魔法なら、集中は必要だけど発動自体には何の動作もいらない。集中さえ切らさなければ防御は全て魔法に任せて身体は攻撃だけに専念できる。

 対してラ・ピュセルは違う。私の攻撃は全て防御するか無理なら回避しなければならない。だからこそ意識や動作の何割かは常に防御に割かなければならないはず。私は全霊を攻撃に使えるのに、ラ・ピュセルはできない。それがラ・ピュセルと私の差だ。私の最大のアドバンテージだ。

 だからラ・ピュセル。

 

「あなたは、私には勝てない……!」

 

 渾身の掌底が拳の嵐をかいくぐりラ・ピュセルを直撃した。

 

「ぐっ……!」

 

 今までで最も強い一撃をまともに受けたラ・ピュセルはよろめき、二、三歩後ずさるも倒れることなく持ちこたえる。

 スイムスイムは、追い打ちを掛けなかった。

 

「なに……これ……」

 

 ラ・ピュセルに全力の一撃を与えた時に生じた、痺れるような感覚。それがぞくぞくと掌から伝わり、その全身を駆け巡っていた。

 初めて味わうその感覚は、スイムスイムの中の何かを揺らした。

 それは例えるなら水面に生まれた小さな波紋のように、彼女の奥底から少しづつ広がって大きくなっていく。

 

 何だろう。身体の奥が、熱くなってくる。

 胸が、とくん……とくん……て鳴って止まらない。

 何、これ。よく分からないけど……嫌じゃない。いや、むしろ

 

「気持ち……いい?」

 

 こんなこと初めてだ。

 首を傾げて動きを止めたスイムスイムに、ラ・ピュセルも怪訝気に眉を寄せて攻撃の手をいったん止める。

 何らかの策を警戒しているのだろう。構えはそのままにこちらを見ている彼に、スイムスイムは問いかけた。

 

「ラ・ピュセル。気持ちいいのは何で?」

「……何?」

「今、すごく気持ちいい。こんなのは初めて……どうして、私は気持ちいいの?」

 

 そう語る唇から漏れる吐息は、どこか甘く火照っていて。

 とろんと蕩けたその瞳に見詰められ、ラ・ピュセルの頬がドキッと朱に染まる。しかし一瞬後、ハッと我に返ると何かを振り払うかのように慌てて頭をブンブン横に振った。

 

「――ッ。そ、そんなの私にわかるわけないだろ……っ」

 

 何故か微妙にスイムスイムの薄く上気した美貌から目線を逸らしつつ答えたその言葉に、スイムスイムは落胆する。

 そうか。ラ・ピュセルでも分からないのか。

 ……まあ、いい。この正体が何であれ、こんなにも心地よいのなら

 

「もっと、気持ちよくなりたい」

 

 感じたい。味わいたい。

 だからお願い、ラ・ピュセル。この快感を教えてくれたあなたなら、きっともっと感じさせてくれるよね。だから、ねえ――

 

「私を……気持ちよくして……」

 

 蕩けるように呟き、ラ・ピュセルの胸に向かって飛び込む。

 その両手を掌底に構えて。更なるこの未知の快楽を得るべく。

 繰り出した一撃と共に、掌底と拳の打ち合いが再び始まった。

 更に激しく、更に苛烈に。求めせがむスイムスイムの掌がラ・ピュセルを打ち、ラ・ピュセルの拳は返礼するかの如くスイムスイムを打つ。

 常人ならば触れただけで絶命する一撃が暴雨の如く降り注ぐ肉弾戦に、だがスイムスイムは高揚していく己を感じる。

 

 すごい。

 

 こうして向かい合うだけで胸の奥がぞくぞくする。掌底を振るうたびに気分が高揚していく。そしてラ・ピュセルの拳が水化した肌に触れるだけで水飛沫と一緒に快感が弾けて止まらない。

 

 すごいすごいすごい!

 

 初めての感覚に新しい悦びに、無垢で幼い心が無邪気に弾む。

 もっともっとと心が逸ってしかたない。

 

 例えるなら、スイムスイムは未熟な雛鳥だった。

 いくら金の卵から生まれようと、己が糧となる餌を得ること無く成長できなかった幼き凰雛。

 だが今、彼女はラ・ピュセルという最高の餌を得た。燃えるような彼の闘志に刺激され、張り巡らされた策謀が慢心を削ぎ落とし、彼との殴り合いが己の武技を磨いていく。

 一秒ごとに強くなっていく感覚がする。戦うほどに成長しているという実感が湧く。それは初めての――自分の《夢》が叶っていくという快感。

 

 ああ……ようやく分かった。

 こんなにも気持ちいいのは、近づいているからだ……。

 私の夢に。憧れ続けたあの人に。

 

 ――私は今、ルーラに近づいている……っ!

 

 もっと近づきたい。もっともっと戦って――ラ・ピュセルを倒して強くなりたい。

 

 そのためにはどうすればいいのか、スイムスイムには分かっていた。

 

 このままじゃだめだ。今までのように腕の力だけで打ち込んでも、ラ・ピュセルには効かない。倒せない。

 だったら、もっと強くするんだ。まずは地面をしっかりと踏みしめよう。脚のばねと腰の捻り腕の伸び、体全部を使って大きな力を生もう。

 

 知識ではなく経験でもなく純粋な感覚――センスのみで新たなる必殺の技を練り上げていく。

 

 そして生み出した全部の力を掌に集めて、身体ごとぶつければ――!

 

 スイムスイムには分かっていた。

 誰に教わるまでも無く、覚えるわけでもなく、この世に生れ出たその時から何となく分かっていたのだ。

 どうすれば――上手く生き物を殺せるのかを。

 

 キュドンッッッッッ!

 

 全身の関節そして筋肉全てを用いた最大威力の掌底がラ・ピュセルの胸元に炸裂した瞬間、凄まじい衝撃音が轟いた。それは衝突音というよりもはや爆発音に近く、実際二人を中心に衝撃波が生じ周囲に吹き荒れた。

 そしてその掌に集束させた破壊の運動エネルギーは、そのままラ・ピュセルの体内を蹂躙し背中から突き抜ける。

 

「がッ――ハッッッ!?」

 

 凄まじいその威力にラ・ピュセルの身体は吹き飛び、その唇から吐いた血で夜闇に赤の軌跡を描き地に激突した。

 ラ・ピュセルは、なんとかガクガクと震える体で立ち上がろうとするも、再び血を吐いて顔面から倒れる。

 

「ーーーーーっ!」

 

 その無残な姿にたまが声にならない悲鳴を上げた。

 一方、それを成したスイムスイムは今だ掌底を構えた残心のまま、会心の吐息を漏らす。

 

 ああ、うまくいった……。

 

 そこには、全く経験の無い武技を誰に教わるまでも無く、感覚のみで自ら瞬時に編み出した己の異常性への自覚は無い。

 魚が泳ぐように、鳥が羽ばたくように、考えるまでも無く出来て当たり前。ただ感覚に従っていれば何となくでやれるもの。むしろ何で他の人が分からないのかが理解できない。スイムスイムにとっての『殺し』とは、そういう物だった。

 こことは異なる可能性を辿ったある世界線において、その血塗られた生涯の中で無数の殺人者を目にしてきたある電子妖精ですら認めざる負えなかった殺しの才能。

 それはいかなる神の悪戯か、この世界が産み落としてしまった純粋なる奇形の魂。生まれながらの《無垢なる殺人鬼(てんさい)》。それこそがこの――スイムスイムという魔法少女だった。

 

 彼女はしばし乏しい表情ながら陶然と戦いの余韻に浸っていたが、やがてふと一抹の寂しさを覚える。

 ああ、終わっちゃった……。残念だ。ラ・ピュセルといればもっと成長できる気がしたのに。この戦いでもっともっと強くなれて、ルーラに近づけたのに。ああ、できればもっとラ・ピュセルと――

 

 ドンッッッ!!!!

 

 夜気を震わせ轟く突然の破砕音と叩きつけられた闘気に、スイムスイムはハッと振り向き

 

「うそ……」

 

 信じがたいその光景に、赤紫の瞳を見開いた。

 

 

 

「何を終わった気でいる……スイムスイム……?」

 

 

 

 そこには、一匹の竜が居た。

 地面に掌を叩きつけ、粉砕するその勢いで立ち上がったそいつは総身に傷を負い、罅の走る鎧を纏っている。それでいてなお、血まみれの美貌に猛々しい笑みを浮かべ

 

「私は――まだ戦えるぞ」

 

 戦意を燃やしたその瞳と目が合った。瞬間、スイムスイムの全身に甘い痺れが駆け巡る。それは身も心もその総てがゾクゾクと震えて、鳥肌が立つほどの小さな恐怖と大きな興奮。そして――はち切れんばかりの歓喜!

 

 凄い。ああラ・ピュセルは凄い。

 倒したと思ったのに、もう起き上がれないだろうと確信していたのに、私が残念に思った途端に立ち上がってくれる。

 嬉しい。もっとしよう。もっと戦ってもっと私を強くして。

 あ、でも……。

 

 ふと、スイムスイムは思う。

 

 力を加減してすらラ・ピュセルは私をここまで高めてくれた。

 なら、全力のラ・ピュセルを倒せば、もっとルーラに近づける……?

 

 ふっと生じたその魅力的な思考は、彼女の中で徐々に強く大きくなり、抗いがたく誘惑するそれが遂には、そのための手段――ラ・ピュセルの本気を引き出せるだろう最も確実な誘惑――が孕むリスクをも忘れさせる。もしその手段を用いて負けてしまえば自分は大切な物を失うことになるだろう。だが、それでも……っ。

 常に冷徹かつ合理的に思考してきたはずのスイムスイムは今や、経験したことのない感情の熱に完全に呑まれてしまっていた。

 

「ラ・ピュセル……」

 

 期待と興奮でほんの微かに上ずった声で、対峙する彼の名を呼ぶ。

 そして首から下げた水中眼鏡を軽く横にずらしてから、スクール水着の胸元を指で抓んで引っ張った。するとそれまで押さえ込んでいた布地が緩んだことで、スイムスイムの白く豊満な乳房が半ば露わになる。たゆんと音が聞こえてきそうなほどに揺れる、今にも零れ落ちんばかりのたわわな果実に

 

「ッッッッッ!?!?!?!?」

 

 ラ・ピュセルの眼が肉体の限界まで開かれた。

 視線に物理的圧力があれば間違いなく巨大な穴が開くだろう強すぎる視線を浴びながら、スイムスイムは自らの胸の谷間にその指先をつう……ともっていき。

 ずぶり……と、挿し入れる。

 

「……もし、私に勝てたら」

 

 たおやかな指を深くくわえ込む、少女の乳肉。

 ごくり……と、顔を真っ赤にしたラ・ピュセルの喉が唾を飲む音が響き

 

「勝てた……ら……?」

 

 かすれた声で問いかけられたスイムスイムは、火照った吐息を漏らす淡い唇を開き、答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラ・ピュセルのマジカルフォン――返してあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――え?」

 

 何故かポカンとするラ・ピュセル。

 驚きすぎて頭が真っ白になったのかな?

 予想外のリアクションに、『本当に大切な物は肌身離さず身に着けておけ』というルーラの教えに従い胸の谷間に隠していた、翠色のマジカルフォンを指でつまみながらスイムスイムはきょとんと首を傾げた。

 そうしてしばし間の抜けた沈黙が下りた後、ラ・ピュセルがハッと我に返った。

 

「え……と……もし勝てたらって……それを返してくれるってことか……?」

「うん」

「そ、そっか………うん……そう、だよな………」

「? ラ・ピュセル」

 

 何やらほっとしたような残念がるような何とも言えない複雑な表情で呟く姿にますます困惑するスイムスイムの前で突然、

 

「ふんッ!!」

 

 ラ・ピュセルが自分の顔面に再び拳を叩き込んだ。まるでその心に沸き上がってしまった邪な何かを退散させるかのようにそれはもう強く。

 

「……今度はどうしたの?」

「何でもない。ただの心の弱い自分への罰と戒めだから気にしないでくれ。……それよりも」

 

 真っ赤になった鼻からぼとぼとと鼻血を垂らし、だが正常に戻った顔色で問いかけてくる。

 

「さっきの言葉は、本当なのか?」

 

 静かに問う瞳に、マジカルフォンを再び胸の間に戻してから頷く。と、

 

 

 

 ――豪ッ!!

 

 

 

 闘気が、爆発した。

 ラ・ピュセルの総身からまさに爆ぜるが如き勢いで噴き上がったそれは、余波に触れただけで肌がひりつくほどの高密度。遠巻きにしていただけのたまとピーキーエンジェルズですらビクッと震えて息を飲み、対峙するスイムスイムに至ってはラ・ピュセルから立ち昇る凄まじい炎を幻視した。

 その威容を前に、だが胸を満たすのは歓喜の念。

 

 ああ、よかった。本気にできた。

 これなら、きっと………この、ラ・ピュセルを倒せたなら私は――

 

「いくよ。ラ・ピュセル」

 

 ルーラに、なれる。

 

 その夢の成就を確信しながら、スイムスイムは地を蹴った。

 地面がひび割れるほどの足跡を刻んで朧月の空へと跳躍する。

 高く、高く、その背に黒き悪魔の翼を背負いながら、白き少女は竜の騎士へと跳びかかった。

 

 

 ◇ラ・ピュセル

 

 

 それは突如訪れた思わぬチャンス。

 探し求めたマジカルフォンを取り戻すための、最大の機会。

 

 だが、僕の身体はすでに限界に近付いていた。

 全身に重くのしかかる疲労と痛み。肌についた傷もそうだが、何よりも本当にキツイのは体の中だ。

 スイムスイムから受けたあの強烈過ぎる一撃は、肌や骨を通り越して内臓そのものを直接殴られたかのような感覚だった。ぐちゃぐちゃにかき混ぜられ弾ける様なその衝撃で、僕の体の中が今どうなっているのかは想像もしたくない。だが息を吸うだけで胸に痛みが走り喉の奥から血が溢れてくるあたり、いっそ死んでしまった方が楽なくらいか。

 

 だが、それでもやらなければならない。

 

 満身創痍の己が身体を文字通り気力のみで支えながら、宙を舞い刻一刻と迫るスイムスイムを前に思考する。自身を生存させるべく思考を加速させた脳が生み出したであろうスローモーションの世界の中で。

 

 でも、どうすればいい?

 ここまでその魔法の隙を探るため、あらゆる箇所に数え切れないほど拳を打ち込んできたが、その全ての攻撃は透過され防がれた。

 

 つまり――あいつに透過できない場所は無い。

 

 どこに打ち込もうともその全てを無効化できるなら、それは無敵だ。

 剣だろうと拳だろうとも関係ない。魔法が発動し続けている限り、僕は……かすり傷をつける事すらもできな――いや駄目だ諦めるな!

 考えろ考えろ可能性を探せ。活路を見いだせ。

 ここがきっとマジカルフォンを取り戻す最大にして唯一のチャンスだ。だから絶対に勝つ。勝つんだ! 

 スノーホワイトの隣に帰るために、考えろ。たとえ脳が焼き切れてもいいから勝つための何かを――……ッ!?

 

「痛ぅ……ッ!?」

 

 ああ、くそ……痛みで集中できない!

 思考に没頭したいのに、無数に刻まれた傷の痛みがそれを妨げる。スイムスイムの爪で引っ掻かれ、掌底で何度も殴られた……痛み、が…………――――いや待て。

 

「―――――っ!!!!」

 

 僕の瞳に映る絶望の夜闇に、一筋の光明が見えた。

 

 

 ◇スイムスイム

 

 スイムスイムは中空にあり、激突の瞬間に備えていた。大きく振りかぶった掌底を猛禽の爪の如く構えて。

 

 今度は失敗しない。落下速度と重力を乗せて威力を増したこの一撃、狙うはラ・ピュセルの頭部。そこに全力で叩きこめば、衝撃で確実に意識を奪えるはずだ。

 

 その冷徹な思考は、熱に浮かされてなお勝利への方程式を導き出す。

 

 仮に万が一避けられても問題無い。全身を水化すればどんな反撃も防げるから、着地後すぐさま体勢を立て直して攻めたてれば見るからに限界間近のラ・ピュセルは長くはもたない。大丈夫、今度こそ倒せる。倒して見せる。

 

 静かに燃える赤紫の瞳に宿るは勝利への渇望。己が夢を叶えんとする確かな意思。

 

 勝って、そして私はルーラにもっと近づくんだ!

 

 願い、祈り、スイムスイムはその腕に総ての想いと力を籠め、ラ・ピュセルを狙い定める。

 彼は果たして激突までのこの一瞬の間に何をするのだろうか。回避かあるいは防御か。まあどちらでも構わない。いずれにしても己が魔法さえあれば――対処できる。

 その動きをじっと観察する瞳の前で、ラ・ピュセルが動いた。

 ただしそれは回避でも防御でもなく、彼はその足を動かし――僅かに助走をつけてその場で軽く跳躍したのだ。

 

「?」

 

 予想外の動きに、真意が分からず困惑するスイムスイム。

 だが、すぐに落ち着きを取り戻す。

 たとえ何らかの策があっての動きだろうと、やることは変わらない。

 念のために全身を水化させた絶対の防御状態で、スイムスイムは中空で何故か上半身を背中側へと軽く逸らせたラ・ピュセルの顔面へと――必殺の一撃を放った。

 

 

 ――この時、彼女がある事を知っていたのならば、スイムスイムは絶対にその一撃を放たなかっただろう。

 

 それは、ラ・ピュセル──岸辺颯太には『夢』が『二つ』あるということ。

 魔法少女とは別に彼にはなりたいものがもう一つあり、そのために努力し己を鍛えてきた事を。

 炎天下の太陽の下でその練習に励み、冷たい雨の降る中でも技を磨き、仲間たちと共に幾度もの戦いに挑んできた事を。

 

 だが、彼女はそれを知らず、結果としてラ・ピュセルが空中でとったのが何の体勢であるかもわからずその顔面へと掌底を放ったのだ。

 

 かつて、そのスポーツ競技のボールは本物の皮を使っていた。

 牛や豚の膀胱を膨らませて作ったそれは、雨が降り水を吸い込もうものならばとてつもない重さとなり、半ば凶器となる。

 だからこそ、当時において試合でそのテクニックを行うことは命がけだった。もし失敗して下手にボールを受けようものなら頭部が挫傷するか首を折りかねない危険な行為。

 だからこそそれを行う者は、しっかりとボールを直視した。恐怖に負けて僅かでも目を逸らせば、それが死を招くと知っていたから。

 

 ゆえにそれは、恐怖に立ち向かい打ち克った者だけが出来る最高のプレイ。

 それは魔法少女ラ・ピュセルとは別に岸辺颯太が見た――もう一つの夢が生み出した逆転への一手。

 サッカー選手を夢見た少年が鍛え磨き上げた全力の頭突き(ヘディング)が、スイムスイムの掌底に『直撃』した。

 そして、

 

「――ッ痛ああああああああ!?」

 

 手首から先が爆ぜたような『痛みと衝撃』に、スイムスイムの思考は吹き飛んだ。

 

 

 ◇ラ・ピュセル

 

 

『痛み』が、最初の手がかりだった。

 

 何故痛い? 傷が痛むからだ。

 何故傷が出来た? スイムスイムの掌底に付けられたからだ。

 何故付けられた? スイムスイムが僕の肌に触れたからだ。

 

 ――では、なぜスイムスイムは僕に『触れ』られた?

 

 スイムスイムの魔法は無敵だ。

 その魔法が発動している間は、何人も彼女に触れる事は出来ない。

 だが、同時に――彼女も何人にも触れられない。

 

 ならば、そんな彼女が僕を攻撃するためには――その魔法を解くしかない!

 

 それは推測に推測を重ねただけの思考。だがようやく見つけた勝利への微かな可能性。

 だったら僕は、そこに総てを賭けるだけだ!

 

 そしてスイムスイムが放った掌底――絶対に魔法を解かざるをえないだろう攻撃の瞬間の接触面にカウンターでぶつけたヘディングは、肉にめり込み骨を軋ませる確かな手ごたえを僕に感じさせた。

 

 よしッッッ!

 内心歓声を上げるも、掌底をまともに額に受けた凄まじい衝撃に意識が……遠のい、て……――まだだぁッッ!!!。

 僕は全力で頬の内側を噛み、その激痛で遠のく意識を覚醒させる。咥内に血が溢れたが構うものか。何としてもこの唯一の勝機を逃がすな。

 僕は中空で初めての痛みに悲鳴を上げるスイムスイムの傷ついた右腕に手を伸ばし――掴む。掴めた。集中が途切れたことで魔法も解除されている!

 

「うおおおおりゃッ!!」

 

 そのまま全力で腰を捻りスイムスイムを地面へ叩きつけた。

 

「かっ…は…ぁ…っ!?」

 

 地面を粉砕し背中から衝突したスイムスイムは口から血の混じった悲鳴を漏らす。

 そんな彼女の身体にすかさず馬乗りになり、その両手首を頭上でまとめて左手で抑えつけた。

 それは奇しくも、いつか僕がスイムスイムにやられた時の体勢。だがその時の立場を全く逆にして、今度は僕がスイムスイムを追い詰めている。

 その事に何とも言い難いゾクリとする感覚を覚えつつも、僕は拳を固く握り振り上げ、組み敷くスイムスイムの顔面にッ――

 

 目が、合った。

 苦痛に歪むその儚げな美貌の中で、僕の拳を映し見開かれた、怯える幼子のような瞳と。

 

「――――ッ!?」

 

 僕の拳が、止まった。

 スイムスイムを殴りつけるその寸前、その無垢な肌を傷つけるその瞬間に。

 いや何をしている。なぜ止めたんだこの僕は? いけない。早く動かさなければ!

 我に返りそう思った瞬間――ぐらりと、視界が揺らいだ。

 

「ぁ……」

 

 四肢から力が抜け、感覚が消え失せていく。呆然と僕を見上げるスイムスイムの顔も、揺らぎ霞んで……だ、めだ……ぼくは……かた、な……きゃ……

 

 

 視界と感覚を意思で何とか繋ぎ止めようととしても虚しく遠ざかり……――そして、全てが闇に途切れた。

 

 

 ◇スイムスイム

 

 

 ラ・ピュセルがぐらりと揺らいで、変身が解ける。

 蓄積し過ぎたダメージについに力尽きたのだろう。意識を失い力無く倒れ込む岸辺颯太の身体を、スイムスイムは呆然と受け止めた。

 のしかかってくる、今だあどけなさが残るも硬くたくましい男の身体を感じながら、彼女の心臓は熱く鼓動を鳴らしていた。

 

「すご……かったぁ……」

 

 呆然と、呟く。

 息は乱れ白い柔肌は血と汗に濡れて、頭突きを食らった右手と地に打ちつけた背中がジンジンと痛む。その心にはラ・ピュセルに拳を向けられた時の恐怖が今だ残っているけど、それを上回る充足感が在った。

 

「ラ・ピュセル……」

 

 唇がふれあいそうなほど近くにある颯太の顔を熱に浮かされたような瞳で見つめ、その名を愛おし気に呟く。

 

 あなたがいれば、きっと私の夢は叶う。

 自身の今までにない成長を、確かに感じる。

 夢に近づいているという実感がこんなに在る。

 

 いま、確信した。あなたがいれば――私は、ルーラになれる。

 

 そしてスイムスイムは颯太の身体に触れて。ぎゅっと、その柔らかな胸の中に抱きしめた。

 

 その姿はまるで、愛しい王子を抱きしめる人魚姫のようであり。

 同時に、恋した男を昏き水の底に引きずり込む水底の妖女(ルサールカ)のようでもあった。

 

 

 ◇クラムベリー

 

 戦いは終わった。その全てを見届けて、クラムベリーは枝の上ですっと立ち上がる。

 

 「で、殺すぽん?」

 

 問いかけるファブに、クラムベリーはふっと微笑を返した。

 

 「いえ。やめておきましょう」

 「え? いやさっきは負けたら殺すって言ってなかったっけ」

 「たしかに負けは負けですが……彼は勝てなかったのではなく、勝たなかったのです。ゆえにギリギリですが引き分けのようなものでしょう」

 「とんだ屁理屈ぽん」

 「それに――」

 

 そしてスイムスイムにもたれかかる颯太に、ほほえましげな称賛の眼差しを向けて

 

 「期待通りに楽しませてもらいましたからね」

 

 森の音楽家は、ぱちぱちと小さな拍手を送った。 

 

 

 ◇スノーホワイト

 

 

「本当にありがとうございました!」

「お礼なんていいですよ。それよりも早く彼氏さんの所に行ってあげてください。デート、楽しんできてくださいね」

 

 自分に向かって深々と頭を下げる若い女性に、スノーホワイトはそう優しげに言ってほほ笑んだ。

 彼氏とのデートの待ち合わせに遅れそうになって困っていた心の声を聴き、そんな彼女を背負って待ち合わせ場所に送り届けたスノーホワイト。何度も礼を言った後でソワソワと待つ彼の下へと駆け寄るその姿を、彼女は優しい眼差しで眺めていた。

 

 やっぱり人助けをしている時は、心が安らぐ。この一歩間違えれば死に至る殺伐とした状況の中でも、かつての正しい魔法少女としての日常を感じる事が出来る『人助け』はスノーホワイトにとって数少ない心の支えの一つとなっていた。

 そんな彼女の瞳が見守る先では、ようやく出会えたカップルが仲睦まじく肩を寄せ合い幸せそうに笑っている。

 約束の時間ギリギリに来た事を涙目で謝る彼女を笑って許した優しそうな彼氏の姿を見ていると、不意に脳裏にラ・ピュセルではなく岸辺颯太の顔が浮かんだ。

 

『小雪』

 

「~~~~っ!?」

 

 優しく微笑みかける幼馴染のイメージに小さな胸がドキッとして、慌ててブンブン頭を振って振り払おうとする。けど、むしろイメージは加速し、消えるどころか彼に背中から抱きしめられた時の感触まで蘇ってきて、雪のように白いその頬は真っ赤になってしまった。

 

「あぅ……まただ……」

 

 颯太と別れたあの夜以来、ずっとこんな感じだ。

 ふとした時に彼との記憶がよみがえり、その度にどうしようもなく胸がドキドキしてしまうのだ。思い出す颯太の表情に、その声に、そのぬくもりに、心乱され頬が熱くなってしまう。おかげで昨日はほとんど眠れず、寝不足のまま受けた授業でうっかり居眠りをしてしまい先生に怒られクラスメイトに笑われた。

 あげく今もこうして高鳴る胸の鼓動に悩まされている。

 

「うぅ……全部そうちゃんのせいだよぉ……」

 

 ラ・ピュセルのためにキャンディー集めを頑張っているというのにこれでは碌に集中できないではないか。ここにはいない相棒に、スノーホワイトが恨みがましく呟いていると、

 

「おっ! スノーホワイトじゃねーか」

 

 頭上から降って来た人懐っこそうな声に驚いて顔を上げると、トレードマークである魔法の箒にまたがったトップスピードとリップルのコンビの姿が目に入った。

 

「あ……」

 

 自分以外の魔法少女――生き残りをかけてキャンディーを巡り争い合う存在の登場に、一瞬硬直するスノーホワイト。

 だがそんな彼女の緊張とは裏腹に、トップスピードはやんちゃな猫を思わせる笑顔を浮かべ降下し、目の前に降り立つ。穏やかなその瞳には、一片の敵意も邪念も無かった。

 

「珍しい所で会ったな。お前が担当地区の外に出るなんて珍しいじゃねえか」

 

 言われ、ここがトップスピード達の担当地区であることに気づく。どうやら女性を送り届けているうちにいつの間にか入ってしまったようだ。青くなったスノーホワイトが事情を話し謝ると

 

「あっはっはっ! 人助けでうっかり入っちまったとかスノーホワイトらしいな」

 

 トップスピードは侵入を怒るどころかそう快活に笑って許してくれた。

 その気持ちのいい態度に、スノーホワイトはこんな人を一瞬でも疑ってしまったことを深く恥じる。

 

「あの、ごめんなさい……っ」

「へ? いや別に気にしちゃいねえよ」

「そうじゃなくて、私、最初にあなた達を見て怯えちゃったんです。……その、もしかしたらキャンディーを奪うために襲ってくるんじゃないかって……」

 

 自分で言っていて死にたくなった。なんて失礼な話だろう。こんな優しい人を疑ってしまうなんて、自分の臆病さが嫌になる。

 嫌われ怒られるのを覚悟でした告白に、だがトップスピードはむしろ幼げな美貌に同情を浮かべた。

 

「あー……。まあこんな状況だから仕方ねえよ。だからそんなに自分を責めんな。まず警戒したお前の判断は正しいさ」

 

 そして小さくて。でも温かな手で頭を撫でられた。

 自分の髪に優しく触れて、よしよしと慰めてくれる優しい感触はまるでお母さんのようで

 

「ありがとう……ございます……」

 

 少し潤んでしまった声で礼を言うと、トップスピードはにかっと太陽のような笑みで

 

「よしっ。じゃあこの話はこれで終いだ。つーわけでスノーホワイトは気を取り直して笑え。せっかくかわいい顔をしてるんだから笑わないともったいないぜ」

「えっ!? ……そ、そんな可愛いって……」

「ほら真っ赤になって可愛いじゃねえか~。リップルもそう思うだろ?」

「……チッ。セクハラ親父みたいな台詞は恥ずかしいからやめて」

 

 傍らで我関せずとばかりに一人腕を組んで立っていた相棒のつれない発言に「え? これってセクハラなの?」と大きな目を丸くしていたトップスピードだったが、ふと「はて?」とその首を傾げた。

 

「そういえばラ・ピュセルはどうした? なんか違和感があるなーと思ったらスノーホワイトといつも一緒のあいつがいないからか」

 

 その疑問に、スノーホワイトはラ・ピュセルの事情をその正体などを秘密にしたうえで話した。

 本当なら相棒の不調などおいそれと他の魔法少女に話してはいけないのだろうが、この人ならば信用できると思えたから。

 案の定、一通りそれを聞き終えたトップスピードは心配そうにラ・ピュセルとスノーホワイトの身を案じてくれた。

 

「そっか……。ダチのために頑張るってのはいいけど、くれぐれも無理はすんなよ。――いいか。もし危ない事に巻き込まれそうになったら遠慮せず俺に連絡してくれ。いつでもどこでもすぐに飛んでくからよ」

「えっ……あの、いいんですか?」

「あったりまえだろ。同じ人助けをする魔法少女同士じゃねえか。それにダチのピンチに駆けつけられないようじゃ名深市最速の名が廃るってもんよ」

「……っ。ありがとうございます!」

 

 胸が熱くなり心からの感謝をするスノーホワイト。トップスピードはそんな彼女の様子に微笑んで――一方、リップルは考え込むように顎に手を当て眉を寄せていた。

 

「リップル……?」

 

 相棒のただならぬ様子に、トップスピードは怪訝気に眉を寄せる。。

 リップルは、ぽつりと呟いた。

 

「ラ・ピュセルなら今夜、トップスピードとキャンディー集めに向かう途中で見た」

「え?」

 

 その言葉に、スノーホワイトは思わず声を漏らす。

 そんな馬鹿な。だってそうちゃんは体調が悪くて今夜も家で休んでいるはずだ。

 

「んな馬鹿な。見間違いとかじゃねえのか?」

 

 困惑するスノーホワイトの内心を代弁するかのように問いかけるトップスピードに、しかしリップルは意志の強さを感じさせるその澄んだ声で、はっきりと言った。

 

「遠目からだけど間違いない。あれはたしかにラ・ピュセルだった」

 

 確信を込めたその言葉が嘘であると、スノーホワイトには思えなかった。

 たとえそう思いたくとも、思うことが出来なかった。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
水曜日に上げるとかほざきつつ翌週の月曜日に投稿するクソとは作者の事です。あとがきを書き終えたらちょっとクビヲハネヨされてきますので許してください。

スイムとのバトル後編いかがでしたでしょう?
基本この作品では敵キャラ全てを強化する敵TUEEEEでお送りするので彼女には天才属性が付きました。うん敵キャラの中で一番強化度合いが生易しいわ。でもシスターナナは強化しないよ。あの魔法を強化したら物理殺傷力最強過ぎて一対一じゃ誰も倒せないからね。個人的にシスターナナの魔法が強化部位の調整が出来るように成長して強化上限も上昇したら、まほいく物理的殺傷力最強魔法になると思うのです。
そしてバトルそのものも作者の趣味爆発で「このキャラは絶対こんな事をしない」とは分かっていても「でもこんな事をさせたいよね」という欲望の下にバトルスタイルや技をノリノリで捏造しますので、原作を遵守しなきゃ許さないという方は引き返すのなら今のうちですよ。次のバトルからは作者本気出しますからね。

おまけ

『スイム乳がプルンプルンしていた時の音楽家ァ』

「胸で誘惑するとは何とも下品なことです。私にはとても真似できませんね」
「したくとも出来ないの間違いだろぽん」
「やる気になれば造作も無いですが趣味ではないというだけです」
「冗談はバストサイズだけにするぽん」
「(プルルルル)……もしもし。スタイラー美々ですか? 緊急の依頼です。今すぐ名深市に『ヒャッハー!』え? これから戦闘バカとの仕事がある? そんなものより私に胸が大きく見えるボディメイクを……」
「まったく貧乳はバッドステータスぽん」
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