魔法少女育成計画routeS&S~もしものそうちゃんルート~ 作:どるふべるぐ
あとはここ最近碌な目にあってないそうちゃんへのご褒美回も兼ねているのでお色気十割増しでお送りするぽん。
原作ですら性的描写で断トツの原稿修正数を誇るそうちゃんで二次創作ラブコメするならエロくならないわけがない!……と言うわけで勘弁してほしいぽん。
※前話にクラムベリー視点を加筆したぽん
◇岸辺颯太
それは忘れられない遠い昔。
僕が無邪気で何も知らなかった、とてもとても小さな子供だった頃。
「うそだ!」
泣きわめく僕を困ったように見つめる小雪の顔を、僕はよく覚えていない。
止まらない涙で、ほとんど見えなかったから。
「うそじゃないんだよ。そうちゃん……」
ぐしゃぐしゃに歪んだ
やめて。そんな目で僕を見ないで。
世界がぐらぐらと揺れる。足下が崩れ落ちて、奈落の底へと墜ちていくような感覚に目の前が暗くなっていく。
ぼろぼろと泣きながら、絶望に声を震わせて、僕はそれでも彼女の語った言葉を受け入れなかった。……いや、受け入れたくなかったんだ。
「やだよ……」
僕は子供だった。
「そんなの……やだよぉ……」
僕は何も知らなかった。
「いやだよ。こゆきぃ……ぼくは……」
大人になれば何にでもなれて、頑張ればどんな夢でも叶うと信じていた。
「わたしだってやだよ。そうちゃんといっしょに魔法少女になりたいよ。でもね、そうちゃん……――」
だからこそ、その真実は、その
「男の子は、魔法少女にはなれないんだよ」
僕の《夢》は、けして叶わないのだと。
◇◇◇
ほの暗い水の底から浮かび上がるように、僕の意識は覚醒した。
何だろう。頭の下がなんだかすごく柔らかくて、ほんのり温かい。
それにいい匂いもする。微かに甘くて不思議と脳の奥が痺れてくるような、そんな香りが。
「ぁ……」
ゆっくりと、瞼を開く。そこから一粒の涙が、頬を流れた。
ぼやけた視界は、白で満ちていた。
白くて、丸く大きな何かが、目の前で視界のほとんどを覆っている。
「おもち……?」
それが何かわからなくて、ぼうっとする頭で手を伸ばす。
ふにゅんっ
「おぉぅ………っ」
沈み込む指先が感じたえも言われぬ柔らかさに、思わず声が漏れた。
え、なに? なんだこれ……っ!
純白の生地の滑らかな肌触り。その弾力は柔らかくも、指を沈めればしっかりと押し返してくる。吸い付くような感触はまるで極上の水饅頭のよう。そしてほんのりと温かくて柔らかいのに、掌で下から支えるように持ってみればずっしりと重い。
ああ、いいなぁ……これ。なんだかわからないけど………ずっと触っていたいなぁ……。
今まで味わった事の無いほど心地良い柔らかさに、何だかとても幸せな気分になりながら、僕はまだ半分夢の中にいる様な状態で目の前のおもち(?)を揉み続けて
「――ラ・ピュセル。何で私のおっぱいを触ってるの?」
全身から血の気が引く音と衝撃に絶叫した。
「くぁwせdrftgyふじこlpッッッ!?!?!?」
言語すらも吹っ飛んだ悲鳴を上げて僕は寝転がった状態から跳ね起きて
「ふぁむっ!?」
結果、頭上のおもちに思いっきり顔面を激突させた。痛みはないけどずっしりとした重さととんでもない柔らかさ、そして得も言われぬ甘い香りが顔全体を包み込んで
「っ~~~~~~!?」
今度の悲鳴は声すら出せなかった。もうこのままでは脳髄を侵す女の子の香りと感触にどうにかなりそうだったから、僕を膝枕しているスイムスイムから慌てて離れようとして、
「ごっ、ごめっこれは何というかそのわざとじゃ――うわっ!?」
今まで寝転がっていたらしいベッドから転がり落ちた。
その拍子に床にしたたかに頭をぶつけ、その痛みと衝撃で完全に目が覚める。
「痛っ~~~……!!」
涙の滲んだ視界に映るのは、見覚えのある天井やポスターの張られた壁――僕の自室だ。
あれ、なんで?僕は確か……王結寺にいたはずじゃ……?
状況が呑み込めず混乱する僕に、ベッドの上から落ち着いた声が掛けられた。
「大丈夫? ラ・ピュセル」
窓から降り注ぐ月光の中に、スイムスイムはいた。
夜闇に浮かび上がる純白の肢体。月の光を浴びた肌は白く透き通り、その上を淡い桃色の髪が艶やかに流れて色を添える。穢れ無き無垢な肢体はだが豊満すぎる胸元やたっぷりと脂肪の乗った太ももがとてつもなく淫靡で、どこか背徳的な美があった。
「うぁ……」
思わず、ため息が漏れた。それはまるで、御伽話の中から現れた水の妖精の様な少女。その茫洋とした赤紫の瞳は静かに、床で呆然としている僕を見下ろす。
「スイムスイム……?」
「うん」
「えっと……僕は、何で……」
最後に覚えているのは、スイムスイムと戦いあと一歩まで追い詰めたこと。だがそこから記憶はぷっつりと途切れている。あれからどうなったのか。なぜスイムスイムが僕の部屋にいるのか。聴きたいことは沢山あるはずなのに、起き抜けの衝撃と、向かい合う少女の美しさに呑まれて頭がうまく回らない。
そんな僕を見かねてか、スイムスイムは淡々と答えた。
「ラ・ピュセルは私にとどめを刺す前に気を失った。だから気絶したあなたを私がここまで運んだ」
「えっと……じゃ、じゃあ膝枕されていたのは?」
「うなされていたから。こうすれば落ち着くと思って」
「そ、そうなんだ……。ありがとう」
平然と言われ、対して自分は今も心臓が興奮でバクバクと鳴っている事に気恥ずかしさ覚えつつも礼を言うと、
「別にいい。ルーラが言っていた『部下の体調を管理するのもリーダーの務め』って」
「あ、なるほど……」
安定の『ルーラが言っていた』に納得。……でも、確かにほっとしたけど何となく残念なような……。
そんな内心で複雑な思いを抱く僕に、スイムスイムは続けて言った。
その吸い込まれるような底の見えない赤紫の瞳で、見詰めながら。
「それに、私もラ・ピュセルが死んじゃったら困るから」
「え……」
淡い唇が紡いだその声は、静かながらも狂おしい熱の様なものを孕んでいるかのように思えて。
機械の如く冷徹な彼女にはおよそ似つかわしくないそれに、思わずスイムスイムの捉えどころのない表情を見るも、そこにからかいや冗談の色は無かった。
どうやら彼女は、ただごく当たり前にその本心を語っているらしい。
ただしそれは、思いやりや優しさなどと言った物とはまた違うように思えた。そんな生ぬるい感情とは比べ物にならないもっと狂的で妄執にも似た色が、その澄んではいるが底知れぬ瞳の深淵に在ったから。
「……ッ」
それに言い様の無い怖気を感じて、僕はその深淵から目を逸し
「も、もう大丈夫だから。わざわざ運んでもらって悪かったな……っ!」
一刻も早くスイムスイムと別れるべく、少し早口にそう語る。
感謝はある。一応ここまで運んでくれた人に対しては無礼な態度だとも分かっている。けどそれ以上に、その瞳を見続けるのは危険だと本能が叫んでいた。
「ほんとにありがと。じゃあもうこんな時間だし、お前もそろそろ帰――」
だから立ち上がり、退室を促すべく廊下への扉に手を掛けようとして――よろけてしまう。
今だ起き抜けであるのと、おそらくはスイムスイムとの戦闘で極度の緊張状態を長く続けた事による精神的な疲労が重なって気が付けば、ふらついた体を支えきれず僕は床へ倒れ込もうとしていた。
「危ない」
咄嗟に何かを掴もうと伸ばした腕が華奢な手に握られ、引っ張られる。
間一髪、僕はそのままベッドに正座するスイムスイムに抱きとめられ事なきを得た。
「無理しては駄目」
と、再び頭を行儀よく正座した彼女の膝に乗せられる。
「い、いいってば別に!? 今のはちょっとそのふらっと来ただけで大したことは――」
「嘘。顔が真っ赤になってこんなに熱いのに大丈夫なはずない。ラ・ピュセルが落ち着くまではこうしている」
顔から火が出そうなくらい赤面してるのは確かだけどそれは主にお前のせいだから!
……何てことが言える筈も無く、かといってこのままでは視界を埋め尽くす巨大なおもちが目の毒すぎてむしろ精神的に色々とヤバイ。
と言うかスイムスイムは何でこんなに無防備なんだ。
僕なんてこうしてるだけでむっちりした滑らかな太ももの柔らかさと女の子の臭いで脳の奥がクラクラしてきて――だめだ僕!
「ってええええい!!」
恐るべき女体の脅威に理性が壊れる寸前、僕は全力で体を動かし寝返りの要領でスイムスイムの膝枕から脱出した。そしてスイムスイムに背中を向けるよう横向きにベッドに寝転がる。
あ、危なかった……ッ! だが何とか膝枕から逃れられたぞ。……でも、もう少しだけしててもよかったかも――いやいや未練なんて無い! 無いったら無いんだ!
「ラ・ピュセル?」
「ご、ごめん驚かせちゃったな。でも実は膝枕ってそんなに落ち着けなくてさ。リラックスするならこっちの体勢のほうがいいんだよ」
「そうなの? ユナエルとミナエルは膝枕をすればどんな男でも元気になるって言ってたのに?」
よしあいつら後でシメよう。
とはいえこれでピンチからは逃れられた。後はスイムスイムを帰らせれば万事解決だ。
「だからもう大丈夫だから。スイムスイムはかえふおおおおおおおおおおおお!?」
むにゅん!!
とてつもなく柔らかくて弾力があってそして丸い大きな感触が背中に! 背中に!
「すすすすすすすすスイムさん!?」
突然の事態に仰天する僕の首筋に彼女の生温かい吐息がかかる。つまりそれは、それほど近くに彼女がいるという事で
「こうすれば、もっとリラックスできる。私が夜眠れない時にお母さんがこうしてくれたから、私もしてみた」
おそらくは僕の背中にぴったりと身体を寄せて添い寝しているスイムスイム。その言葉にはそれ以上の意味は無くて、でもその行動には膝枕以上の物理的刺激があった。
具体的には、今も背中に当たっている果てしなく柔らかくてかつ弾力のあるむむむむ胸っ!!
「? おかしい。息が荒くなってもっと顔が赤くなった。なんで?」
度重なる刺激に翻弄されまくる僕に対して、スイムスイムのその相も変わらず平坦な声に恥じらいの色は無い。
も、もしかしてこういう……その、男と女が密着するような行為に慣れているのか?
一瞬そう思ったが、その割には男女の手練手管を知る女のいやらしさは感じられない。ただ純粋に良かれと思ってしたことが裏目に出ていることに困惑している様子だ。
「もっとくっつけばいいのかな……?」
「え、いやこれはもうすでにじゅうぶ――ひゃあっ!?」
ならこれはつまり単なる医療行為でありつまりは何らいやらしい物ではないので心乱される方がむしろ間違いって無理だよこんなの! こんな胸部装甲は中学生男子にとって凶器以外の何物でもないよ! ていうかちょっとマジで動かないで。お前が少しでも動くたびに背中で白いおもちがふにゅんふにゅんするから!
「ラ・ピュセルの鼓動、凄くドキドキしてる。こんなにプルプル震えて……寒いの? ならぎゅってする」
「ぁわわわわわっ!?」
背中から腕を回され、豊満すぎる感触が更に押し付けられる。こんなに女の子と密着するのはたま以来だ。けど、その刺激たるやたまとは比べものにならない。
たまのあどけなさの残る肢体は華奢で胸もそれほど大きくはなかった。だがスイムスイムは違う。
彼女の肢体は豊満な胸や尻を除けば一見すらっとして余分な贅肉など無いように見えて、だが触れてみれば柔肌にはむっちりと脂肪がのっているのが分かる。だというのにそれはけしてそのスタイルを崩すことなく、芸術的なバランスを保ちながら彼女にグラマラスな艶やかさを与えているのだ。
「どう? 気持ちいい?」
「………ッ。……ッ!!」
触ればほどよく指が沈む肌はどこまでも瑞々しく吸い付くよう。そしてなにより、僕の――ラ・ピュセルの胸はたとえ外気に曝しても形が崩れること無く、体を動かしても少ししか揺れないが、スイムスイムのそれはほんの少し身じろぎするだけでもたぷんと揺れて、今もこうして僕の背中でむにゅんむにゅんと躍るように形を変えているのだ。
それに、匂いも危険だ。淡い唇から吐息が漏れるたび、ウェーブのかかった髪がさらりと流れるそのたびに甘ったるい女の香りが鼻を刺激して、思考すら蕩けてしまいそうだ。
「気持ちよくないの?」
とにかくスイムスイムは何もかもが甘く柔らかで、暴力的なまでに色っぽい。
そんな少女が、いま、僕のベッドに寝そべって、その肢体の全てを僕に密着させている!
やばい。もうなんかいろいろとマズい。ぶっちゃけこのままじゃ、ただでさえ性に関してはチリ紙程度に薄っぺらい中学二年生の理性が持たない。
かといって下手に振り解こうと動けばスイムスイムはますます体を当ててくるかもしれず、結果、僕は真っ赤になりながら身を硬くして、ブチブチと音をたてて今にも千切れそうな理性の糸を必死に繋ぎ止るので精いっぱいだった。
「どうしよう。思いついたことは全部やったはずなのに……。こんな時、ルーラならどうするのかな?」
かつてこれほどに追い詰められた戦いはあったろうか。いや無い。クラムベリーとは比べ物にならない胸部装甲の強敵。ギリギリの攻防だった組手をも上回る危機感。まさにかつてない程の窮地。これは武力でも知力でもない、理性と煩悩がせめぎ合う精神の戦いッ!
だが僕には心に決めた人がいるんだ。おっぱいなんかには負けない!
落ち着けー落ち着けー心を無にして煩悩を捨てろっ。色即是空空即是色母さん母さん母さん母さん……!
「ラ・ピュセル」
「なっ、なに?」
悲愴な決意を胸に孤独な戦いを始めた僕の背中で、ふとスイムスイムが動きを止めた。
「頑張ってみたけど、駄目だった。だから教えてほしい。……ラ・ピュセルは、私にどうしてほしいの?」
問いかけるその声が、僕の耳に入り込む。
「教えて。ラ・ピュセルが気持ちよくなることを。私は何でもするから」
え……。
思わず後ろを振り向くと、赤紫の瞳と目が合う。
無表情ながら、その瞳はどこまでも真剣に困惑する僕を見詰めていた。
「なん……で……も……?」
「うん。何でもする。ラ・ピュセルが気持ちよくなってリラックスできるなら」
あどけなく無機質な瞳が、息を呑む僕を捕らえる。
白い水着に包まれたはちきれんばかりの乳房が、誘う様に揺れて。その流れる髪から、漏れる吐息から、漂う甘い少女の香りが僕を包み込む。
手を伸ばせば、すぐに届く。言葉を掛ければ何でもすると語る――極上の女が、そこにいた。
目が、離せない。下腹部が熱を持ち、今にも猛ろうとしている。ごくりと唾を飲み込む僕へと、濡れた唇が囁いた。
「ラ・ピュセル………」
僕の名を呼ぶ、その声に、僕は――
「~~~~~~ッ」
バッと再び背を向けて、
「なっ、何か話をしよっか!」
一度墜ちればどこまでも墜ちていきそうな色欲を全力で振り払った。
あ、危なかった……ッ。僕には小雪という心に決めた人がいるのに、一時の感情に惑わされてとんでもない裏切りをする所だった。べ、別にまだ付き合ている訳じゃないけど、初めてはやっぱり好きな人とじゃなきゃ駄目だしねっ!
「はなしを……?」
「う、うん。その……気がまぎれてリラックスできるかもしれないし」
これは半分本当だ。少なくともこれ以上、圧倒的すぎる肉感に苛まれ続けるよりはよほど精神的に負担がかからないから。
ではとりあえず何を話そうかと考え、ふと戦う僕を心配そうに見つめていたたまの姿が思い浮かぶ。
「そういえば、たま達はどうしてるんだ?」
「たまは大変だった。ラ・ピュセルが気を失った後すぐに真っ青な顔で駆けつけてきた」
ビックリさせてしまったか。でもそんなに慌てて大丈夫だったのだろうか。
「途中で三回転んでた」
やっぱり。
「そして縋り付いたはいいけど、意識が無い事を知ると気が動転して慌てて人工呼吸をしようとしてた」
「ぶっ!?」
えっ、じゃ、じゃあまさか僕のファーストキスはたたたたたたまにっ!?
い、いやでもあくまで人工呼吸でいわば医療行為だしノーカンだよね! そうだよね!?
「でもいざ唇を付けようとしたら、今度はたまが緊張しすぎて過呼吸になってダウンした」
「そ、そうなんだ……(ほっ……)」
「それを見たピーキーエンジェルズはお腹を抱えて笑ってた」
「……へーなるほど」
天使殺すべし慈悲は無い。
青みがかった闇の中、ゆらゆらと朧な月明かりが夜闇に揺れるここは、まるで海の底だ。僕ら以外には誰もいない、二人きりの闇の世界。暗く、静かで、ただ寄り添う二人の息遣いと声だけが流れていく。
僕たちは、色々な事を話した。
だいたいは僕が話を振り、けど時折スイムスイムが問い掛けて。
「体はもう大丈夫?」
「え?」
「痛みとか残ってない?」
「あ、ああ……。別に致命傷じゃなかったから僕の――人間の方の身体に傷は無いよ。ちょっと体はだるいけど、それはむしろ精神的に疲れたからかな」
「そう。ラ・ピュセルを手加減しないでいっぱい叩いたから、やり過ぎたかと思って少し心配した」
「…………」
「ラ・ピュセル?」
「ごめん。ちょっと自分が情けなくなってさ……。負けるつもりはないって言ったけど、結局負けて……格好悪いなって」
「ううん。そんなことない」
「いいよ。気を使わなくて」
「気を使ってなんて無い。私も絶対に勝てると思っていた。けど、実際はラ・ピュセルが気絶するのが後少しでも遅れていたら私はやられていた。あの戦いは本当に紙一重だった。ラ・ピュセルはすごかった。――だから、格好悪いなんて思ってない」
「……そっか」
「うん。そう」
スイムスイムは相変わらず無表情で感情に乏しく、僕は未だ緊張しなからだったから会話が弾むということは無かったけど、不思議と途切れることも無く。ゆっくり、ぽつりぽつりと、背中越しに言葉を交わし合う。
「そういえば……」
「なに?」
「スイムスイムのコスチュームってゲームの初期アバターのままだよな。なんで他のコスチュームにしなかったんだ?」
「これが一番『白』が多かったから」
「白が?」
「うん。だから他のコスチュームには興味なかった。けど、今は後悔している」
「似合ってると思うけど……」
「でも、ルーラのコスチュームの方が白くてフリフリだった。もっと頑張って他の物も手に入れるべきだった」
「ああ……あれは凄いよな。全身激レアコスチュームで固めてるから初めて見た時は驚いたよ」
「うん。ルーラは凄い。この白いスクール水着が一番お姫様に相応しいコスチュームだと思ったけど、本物のお姫様には敵わなかった」
「お姫様が好きなのか?」
「うん。お姫様は可愛くて賢くてかっこいいから。ルーラは誰よりもお姫様だった」
静かに流れる清流の様なスイムスイムの声は、それでもルーラの事を語るその時だけは冷たい水面に熱が宿る。
誇らしげに、憧れと崇敬を込めて。慕うアイドルの魅力を語るファンのように、あるいは神の偉大さを説く狂信者の様に。
なんで、そう言えるんだ?
なんで、そんなに声を弾ませられるんだ?
――ルーラを殺したのは、
「ルーラが好きなんだな……」
その真意がわからずに、問い掛ける。
白い逆徒は、答えた。
「うん。好き」
迷いの無い声に、曇り無き愛を込めて。
「…………」
スイムスイムのルーラへの想いは、本物だ。
思い返せば確かに、彼女がルーラを見るたび、ルーラの隣にいる時だけは、常なら感情の浮かばぬその瞳の中にはっきりとした歓喜と敬慕が在ったのだから。
そのルーラを殺したのは、きっとただの野心や生き残るためだけの裏切りなんかじゃない。こいつの中でもっと大きな意味と理由が在ったはずだ。慕い尊敬した者を犠牲にしてでも求めた何か、それがきっと――スイムスイムの真の目的。
思えば、僕はこいつの事をほとんど知らない。
その感情の見えない無表情の下で、何を考え、何を願い、そして何を成そうとしているのかを。何一つ、僕は知らなかった。
その瞳の昏き深淵を覗く事を、躊躇っていたから。
怖かった。恐ろしかったのだ。彼女の内に在るものに足を踏み込んだら最後、その狂える深淵にどこまでも引きずり込まれそうで。
見てはいけない。知らない方がいい。たがきっとそれは、この恐るべき魔法少女の手の中から逃れるためには知らなければならないことなのだ。
戦いとは――打ち勝つべき敵と対峙し、その総てと向かい合うということだから。
いいさやってやる。僕は誓ったんだ。二度と恐怖からは逃げないと。
それにもし、説得できるものならばしなければならない。スイムスイムが何を目的にしているのであれ、それを諦めさせマジカルフォンを返してもらう。それが戦いでは敵わなかった僕の、最後の勝機だ。
決意を胸に僕は、寝返りをうつように体を背後の少女に向け、スイムスイムの瞳――その赤紫の深淵を覗く。その果てを見極めるべく。
さあスイムスイム、聞かせてくれ。お前のその深淵の底に在る――根源を。
「――お前は、何でルーラを殺したんだ?」
合わさる、二人の眼差し。互いの瞳が、互いを映し合う。
同じベッドの上で、向かい合うスイムスイムは静かに僕を見詰めて、その唇を開いた。
「お姫様になりたかったから」
そう語る彼女の瞳は僕を映しているようで、だが同時に過ぎ去った思い出、遠い日々を見ていた。
「ずっと、お姫様が好きだった……お姫様はかわいくて賢くてかっこよくて、私はそんなお姫様になるのが夢だった」
淡々とした声は懐かしそうに、幼い日の夢を語る。
「大きくなったらどんなお姫様になろうかといつも考えた。どんなドレスを着ようか、どんなティアラを被ろうか。お姫様になる自分を想像するのが楽しくて……幸せだった」
本当に心の底から満たされていたのだろう。冷たく無機質な氷像を思わせるその無表情がふっと和らぎ、そして――凍り付いた。
「けど、私は知ってしまった」
そこに在ったのは、失意と絶望。
抱いた夢を喪った者の、虚ろながらんどうの瞳。
その目を……僕は知っている。
かつて僕も、同じ目をしていたから。
「お母さんから、言われたの……」
――綾名。お姫様は生まれつきなのよ。王様と女王様から生まれた子だけがお姫様なの。……だから綾名、あなたは、お姫様にはなれないのよ。
「ショックだった。辛くて悲しくて、胸がギュってして頭の中がぐちゃぐちゃになって、涙が止まらなくなって……」
ああそうだ。僕が初めてそれを知った時、哀しくて、悔しくて、でもどうしようもなくて涙が止まらなかった。
「こんなに好きなのに、こんなに願っているのに、私はお姫様になれない」
どんなに祈っても、どれほど願っても、こんなにこんなに愛して憧れているのに、それになる事はできないから。
「嫌だ。嘘だ。何でってずっと泣いて泣いて泣き続けて……」
つぶらな目が真っ赤になって、細い喉が張り裂けんばかりに痛むほど訴え懇願し切望し問いかけ縋っても――何一つ変わらなかった。願いはかなわず、奇跡は起きず、世界はただ真実を告げる。
伸ばしたこの手は届かない。抱いた夢は――叶わず潰える。無邪気で幼く、夢を見る子供が向き合うにはあまりにも冷たく無慈悲なそれこそが――現実なのだと。
そして打ちのめされ、泣きはらして、挫折し絶望し涙が枯れる程に哭き叫び尽したその果てに――
「そして私は……諦めた。お姫様になるのを」
ついに僕は……諦めた。魔法少女になるのを。
「でも、絶対になれなくても、たとえ憧れる事しかできないのだとしても、それでも……やっぱり、私はお姫様が好きだった」
この手が届かないと知った。この夢が叶うことは無いのだと分かった。だがそれでも、僕は、僕が、《魔法少女》が好きだというその想いだけはどうしても潰える事は無かった。失意と絶望の奈落の底で、小さく輝く『想い』だけは、最後まで残っていた。
「だからせめて、お姫様に仕える人になろうと思った」
だからせめて、愛し続けようと思った。
それが他人から見てどれだけ滑稽でも、幼稚でも、侮蔑されるものだとしても、僕は魔法少女を愛すのをやめないと、誓った。
「そして私は、魔法少女になってルーラに出逢った」
そして僕は、『魔法少女育成計画』に出会った。
「ルーラは賢くて可愛くて綺麗で――私の理想のお姫様。そんなルーラに仕えるのは楽しかった。ルーラに怒られたり褒められたりするのは嬉しかった。傍にいられるだけで誇らしかった。ルーラは本当にお姫様。私が憧れて、夢を見て、なりたいと思ったけど……なれなかった、わたしの理想のお姫様」
理想の魔法少女を作ることができるというそのゲームに、僕は夢中になった。
悩みに悩んでぴったりの名前を考えて、騎士のコスチュームを集めるため片っ端からクエストに挑んで寝る間を惜しんでイベントを走った。学校と部活以外の殆どの時間を注ぎ込んでのそれは大変だったけど、楽しかった。自分のアバターがどんとん理想の魔法少女の姿に近づいていくの見るだけで、心が満たされていった。
「でも、ある日」
でも、やっぱり
「私でも、なれると知ってしまった。そうしたら、物足りなくなった」
どこか、物足りなかった。かつてなりたかった理想の魔法少女はけして手の届かぬ画面の向こう側で、現実の僕はそれを眺めているだけ。
「命令を聞くだけじゃ我慢できない。傍にいるだけじゃもう駄目。ルーラの様になりたい。ううん、私は――ルーラになりたい」
理想を形にしていくたびに浮き彫りになる、現実との埋められぬ隔絶。
このゲームをしていると本物の魔法少女になれるなんて噂話は知っていたけれど、別に本当に魔法少女になりたいわけじゃない。僕はあくまで純粋にゲームとして楽しんでいるだけだ。だいたい男がなったってそれは魔法少女ならぬ魔法少年だ。僕みたいなのがフリフリのコスチュームを着ているだなんておぞましいだけだ。だいいち――男の子は、魔法少女になれないんだから。
そう、思っていた。いや、今思えばそう己に言い聞かせていただけなのかもしれない。
ずっと昔に諦めた叶わぬ望み。完全に捨てたと思っていたけど……僕は、やっぱりまだ魔法少女になりたかったのに。
「お姫様はルーラ。私がなりたいお姫様はルーラだけ。でもルーラがいたんじゃ、ルーラになれない。それでも、私はルーラになりたいから――」
そして僕は、奇跡の様な偶然から本物の魔法少女になれた。
諦めたはずのものに。なれないと思っていたものに、なれてしまった。
そしてスイムスイムは、彼女がなりたいものになるために
「私は、ルーラを殺したの。私が
そうしてスイムスイムは、自らの
何を目指し、何を成して、何を犠牲にしたのかを。
揺ぎ無い声と、曇り無き無垢なる狂気の眼で。
それを前に、僕は言葉を発せず、呆然と理解する。
ようやく、分かった……。彼女が、何なのかを。
スイムスイムは狂っている。
その夢はどうしても、どうしようもなく狂い壊れていて――でも、どこまでも純粋だ。
その『想い』を、僕は否定できない。そのやり方を拒絶することは出来ても、その『
だって、僕は知っているから。残酷な現実に押し潰され、どれほど絶望し、諦めたとしても、いや、だからこそ――
けして叶わないと思っていた夢に手が届くと知った時、人はその手を伸ばさずにはいられないのだと。
もしかしたら説得できるかもしれないと思っていた。そんな事は間違っている。今すぐ止めるんだと言えば、何とかできるのではないかと……あまりにも無知に愚かに考えていた。
けど、たとえどんな言葉を連ねようとスイムスイムの考えは曲げられない。どんなに倫理を説こうとも無為に終わる。
きっと誰にも、その心をその想いを止める事など出来はしない。
たとえその行動を拒絶できても、その夢を否定する事は、僕には、出来ない……。
「どうして……」
その絶望的な渇望を前に、ただ敗北感に打ちのめされるしかない僕は――問いかけた。
「どうして、わざわざ僕に三日待つなんて猶予を与えたんだ……?」
それほどに願うのなら。必ず叶えると誓ったのなら。
僕のマジカルフォンを奪ったあの夜に、その場で無理矢理に従わせればいいだろうに。
何故、選ばせる。僕がこうしているこの時間は何なんだ……?
「何かを選ぶということは、選ばなかった方を棄てること。たとえ必要な代償なのだとしても、何かを選ぶために大切な何かを喪うのは……とても辛いから……。その苦しみに耐えて乗り越えるまでには時間がかかる」
ギュッと、スイムスイムはその豊満な胸に添えた白く細い手を握る。
その奥に残る、喪う事の苦しみに耐える様に。
「私が、そうだった」
それでも真っ直ぐに僕を見つめ、伝える。
今は、選びそして切り捨てた物を喪う苦しみに耐えるための時間なのだと。
「それでも、選ぶ事の苦しみも、犠牲にする痛みも、受け止めなくちゃならない。それが、その苦しみこそが私が『選んだ』という証だから」
朗々と、そして決断的に紡がれるそれは『誓い』だ。そうして『選んだ』からこそ、己が総てを懸けて成し遂げるという魂の宣誓。
「私は、選んだ。ラ・ピュセルも、選んで」
その言葉を最後に、二人きりの闇の中に沈黙が下りる。
語られた狂おしいまでの願いと決意に圧倒され、何もできないと悟った僕は語るべき言葉を持たず、震える唇の奥で敗北感を噛みしめる。そんな僕を、
深海の底の如き世界で、時だけが静かに流れていく。
やがて、スイムスイムはすっとその身を起こした。
「もうそろそろ、家に戻らなきゃ……」
さらりと流れる艶やかな髪を揺らして、問いかける。
「私は帰るけど、大丈夫?」
その問いに、僕は重い唇を動かしかろうじて「大丈夫だ」と答える。
……そんなはずはない。でも、そうでもしなければ耐えられそうにない。これ以上スイムスイムと一緒に居たら、彼女に対して何も出来なかったという敗北感にどうにかなってしまいそうなんだ。
さあ、行ってくれ。打ちひしがれながらスイムスイムが去るのを待つ僕に対して、だがスイムスイムは動かず、氷の彫像の如く佇みじっと僕を見つめていた。
何故動かない? 困惑し顔を上げた僕の両頬に、そっと彼女の白くひやりとした二つの手が包み込むように添えられて……
◇スイムスイム
ラ・ピュセルは、まだ元気になっていない。
さっきまでは林檎みたいに真っ赤だった顏は今や血の気が引いて青白く、その瞳は打ちひしがれている。
思いつくことは全部やったのに、駄目だった。
やっぱり、このままじゃ帰れない。帰ってはいけない。ルーラなら、何事も失敗したままでなんて終わらせないから。
でも、どうしよう……。
スイムスイムは考えた。今まで覚えた知識と見た記憶の中から、誰かを元気にするためのその方法を探して――そして、朝に見た光景を思い出した。
◇岸辺颯太
「――んっ…ちゅ……」
柔らかで、温かいものが、震える唇を塞いだ。
目の前には、そう、本当に目の前にスイムスイムの瞳が在る。吸い込まれ、何処までも沈んでいきそうなその深淵に、驚きに見開かれた僕の瞳が映っていて。
呆然とした頭で、触れ合う唇から流れ込んでくる彼女の熱と甘い吐息を感じていた。
どれほどそうしていたのだろうか。一瞬にも、永遠にも思えたその時はやがて終わり、淡い蕾の様な唇が静かに離れた。
「元気が出る魔法らしい……。元気になった?」
そう問いかけるスイムスイムの美貌には羞恥や色情の色は無く、平静のままの冷たい美しさを保っている。でも、僕は……。
「………ぅ、ぁ……」
頭の中が真っ白になって、それどころではなかった。
いま、なに……された……?
あまりにも突然で衝撃的で、まるで現実感が無いのに……唇には、まだはっきりと彼女の感触が残っていて、これがまぎれもない現実なのだと認識させる。
答えられず、ただ体を起こした体勢のまま呆然とする。そんな僕をスイムスイムはしばらく眺めていたが、やがてベッドから下りて窓際に立つと、それを静かに開いた。
降り注ぐおぼろな月光の中で、白く佇む彼女は
「明日の夜に、あなたの答えを聞かせて。――おやすみ、ラ・ピュセル」
僕の選択を待っていると告げて、開け放たれた窓から夜闇の向こうへと去っていった。
その後ろ姿を、僕は呆然と見送って……ぼふっと、背中からベッドへと倒れ込む。
初めての口づけ。奪われた唇。夜闇の中に、僕の鼓動がうるさいくらいに鳴り響いている。
混乱と衝撃に千々にかき乱される思考そして感情。脳裏を埋め尽くすのは、もちろんスイムスイムの事だ。
なんだ……なんなんだ……あいつは……。
今夜、スイムスイムは最後まで僕を翻弄した。
戦いでもその後でも、僕は結局、あいつには何も出来なかった……。
分からない。なんなんだ……。
読めない。理解できない。何を考えている……。
今日、僕はあいつについて、多くの事を知れたのだと思う。
その根源に触れ、何を願い夢見るのかを肯定はできずとも理解することはできたはずだ。
でも、それはスイムスイムという底知れぬ深淵のほんの一端に過ぎなくて……ますます、分からくなった。
スイムスイム。お前は、なんなんだ……。
クラムベリーの様に強者を求めるわけでも、カラミティ・メアリのようにただ暴力を振るいたいわけでもない。あいつはそんな分かりやすいものとは異なる存在だ。
どこまでも無垢で純粋な壊れた夢見人。
教義の為なら教祖をも殺す狂信者。
あどけなさと淫靡さを併せ持つ魔性の美少女。
そして僕と同じ絶望を知り、憧れる理想の存在になろうと夢見る――僕の同類。
「スイム……スイム……」
戦闘も説得も、マジカルフォンを取り戻す全てのチャンスを失ってしまった以上、生き残るために残された手はただ一つ。明日の夜に、どうにかするしかない。
スイムスイムとスノーホワイト、正しい魔法少女としてどちらと共にいるべきかは決まっている。僕が選び望むのは――スノーホワイトの隣にいる未来だ。
でも、そのためには、あいつを、スイムスイムにうち勝たなければならないのだ。
今さら戦う事への躊躇いは無い。けど、それでも……虚ろなる白い魔法少女の記憶に慄く胸のざわめきは、止められなかった。
そして、もうすぐ明日が来る。選択が問われる明日が。
僕の選択によって犠牲になるのは、スイムスイムかそれとも僕か。
総ては明日――決まるのだ。
◇マジカロイド44
マジカロイド44――
人を見る目はあるし世渡りも上手いので要領が悪いわけではない。だが、やはり決定的なタイミングで不運が訪れるという難儀な星の下に生まれたとしか思えない人生だった。
まず、ただ家賃代わりにと友人のお願いを軽い気持ちで引き受けたゲームをしていたら魔法少女になった。しかも自分の趣味とは全く完全にこれっぽっちも異なる奇妙奇天烈なロボットとして。
そして自分の意思でなったわけでもないのにあれよあれよという間に殺し合いに巻き込まれた。ついでに他の連中と組もうにも、平和ボケのシスターやら目がやばすぎる白スクやら正義の騎士気取りに弱っちい真っ白いのなど碌な奴がおらず、さらに相性や戦闘力なども考えた結果、ほぼ消去法で組める相手が殺人狂のガンマンしかいなかった。というわけで今やそいつにヘコヘコしながらウイスキーなんぞを酌してご機嫌をとっているわけだが……正直、生き残るためとはいえやりたくもないことをやらされているのは最悪の気分だ。
ゆえにいつか殺しの道具を手に入れた暁には真っ先に寝首を掻いてやるとは思っているものの……問題はその入手手段である。
彼女の魔法は『未来の便利な道具を毎日ひとつ使うことができる』と言うものだが、腰の給食袋型のウェポンラックから何が出るのかは完全にランダムの上、一度取り出せば日付が変わるまで引き直せない。
ゆえにもしハズレとしか思えないガラクタを引いたなら、次のチャンスである午前0時をひたすら待たなければならないのだ。
というわけで今、マジカロイド44は本日の
その赤い硝子の瞳が眺めるタブレット型の機械の画面には、遥か未来の時間軸上のとあるサラリーマン漫画が映し出されている。
今の時代では社長だが未来では銀河皇帝に出世した主人公が浮気の末の痴情のもつれで壮絶な最期を遂げた後のページに載っていた、死後の世界で下級神として働くという新章の予告にまだこいつ出世する気かと思いつつ読み終えた時には、ちょうど日付が変わる頃だった。
「さてさて、少しはマシな物が出てくれるといいのデスが……」
なんて呟きつつ、いつものようにウェポンラックに手を突っ込んではみるものの、今まで碌な物が出たことはない。少なくとも彼女が期待するような金のなる木とか鉄を黄金に変えるとかそんな莫大な金を稼げるものは無かった。せめてそこそこ役に立つくらいのものであってくれよと期待半分に取り出した道具は――
「じじゃーん!『コピー弁当』デス」
様式美として未来ロボっぽく名前を言う。それは青い弁当箱だった。
手に持った瞬間、いつものように頭の中に浮かんだ情報によれば『食べれば他の魔法少女一人の魔法を使えるようになるよ。誰の魔法になるかは食べてからのお楽しみだよ』らしい。ガチャで出たのが更なるガチャだった。なんぞそれ。
結局ハズレかと落胆しつつ、一応食べてみるかと蓋を開ける。
《コピー弁当》
やたらと渋い声のシステム音が鳴った。どんな仕様だ。
その中身は赤い竜田揚げから始まり蝙蝠の姿焼きに牛肉のステーキやらサイの角など無駄にバラエティー豊かな13種類(隠し味の鮫のエキスを含めると14)の具がこれでもかと詰め込まれている。栄養バランスも糞も無いなとげんなりしつつもマジカロイドはそれらを口に運び、最後に不死鳥のから揚げを呑み込んで完食した。
「さて、一体どんな魔法が手に入るのやら……」
引きの弱い自分の事、どうせ使えないものだろうと呟いた彼女が手にした魔法は、
「おや、これは……!?」
マジカロイド44に、驚愕の声を漏らさせた。
己が手に入れた新たな魔法。条理を捻じ曲げ定めを無視し、運命ですらも変えるその奇跡の如き能力にただただ驚きそして、それによって得られるだろう絶対的な『力』に――この殺し合いにおける己の勝利を確信した。
「やっと、ワタシにも運が向いてきたという事デスか」
かくて、16人の魔法少女が命を賭け合う死の遊戯の盤上に新たなるカードが出された。
この出来の悪いゲームを更なる混沌と狂乱に導き、騎士と彼の想い人の運命を大いに狂わせる――
お読みいただきありがとうございます。好きな魔法少女は『うるる』好きな魔法使いは『マナ』好きなカップリングは『うるマナ』だけど巨乳好きの作者です。
データ保存したUSBメモリの消失事件×2に遭遇したおかげで更新が大変遅くなりました。申し訳ございません。次に同じ事があった時は名探偵ベルっちに依頼したいと思いますので誰か連絡先を教えてください。
それにしても他の作者様方のSSを読んでるとやっぱり皆さまスイムちゃんのブチ殺しっぷりに力が入ってますね。もう恨みつらみ怨念がこれでもか込められた描写の数々には感嘆します。
で、そんなキャラをなにをトチ狂ったか原作でもほぼ一切絡まないそうちゃんとからませたあげく嬉し恥ずかしさせるのって需要的に大丈夫なのかしらん(笑)
ま、まあこの小説はたぶん全SSの中で一番まほいくらしくない小説なので今更だけど……。
ちなみにプロットの段階ではそうちゃんは大人の階段を上る予定でしたが、そうなったら某スノーさんが修羅雪姫化して業務用消火器でピーする地獄未来しか思い浮かばなかったのでやめました。
感想でも言われたけどそうちゃんが話が進むにつれ伊〇誠化してきてるような気がするようなしないような。あとスノーホワイトの寝取られ主人公化も(ただし恋人が寝取られる方ですが)。いや実際はスノホワ一筋だから大丈夫ですよ。安心してください。これから先は知らんけど。
それはそうとぽち先生のrestart復活祈願イラスト見ました?
あれすごいよね。ヤバいよね。
というわけで今回のおまけは衝撃を受けてその衝動のままに書いたので独自解釈過去捏造ありありなうえ文字数がアホな事になりました。そしてエロいです。だってあのイラストまじやばいもの。まだ見てないという方はTwitterでぜひご覧になって下さい。
なおおまけにはリスタートおよび『オフの日の騎士』のネタバレがあります。
おまけ
『江戸屋ぽち先生のイラストが素晴らしすぎてかっとなってやった。後悔はしていない』
深夜。岸辺颯太が眠りについた後、朧な月から降る明かりが照らす部屋の壁――その一部が、すうっと動いた。
否、動いたのは壁ではない。まるで一部の動物がする擬態の如く体色を変え、その壁紙の色と同化した何者かが、この部屋の主が意識を失ったのを確認して動き出したのだ。
一歩、見えざる足を踏み出してベッドへと近づく。修めた無音の移動術は、一切の足音を生み出さない。進むごとに、彼女が自らにかけた魔法を解き、その優美な姿が鮮やかに夜闇に現れた。
その滑らかな肌は大海にて幾人もの船乗りを狩ったという大鯨のごとき白。豊かな胸元や形の良い臍を大胆にさらすコスチュームは、だが身体の動きをけして邪魔する事の無い狩人装束だ。引き締まり張りのあるカモシカのような足を踏み出すたびに、月明かりにきらめき揺れる二つに括った柿色の髪には紫の薔薇が絡み、美しさと同時に鋭い棘を彼女に与えている。
そして彼女――魔法少女《メルヴィル》は一切の音を立てることなくベッドへと辿りつき、そこに横たわる颯太の顔を切れ長の瞳で覗き込んだ。
彼に会うのは初めてではない。いや、厳密には互いに『この姿』で顔を合わせるのは初めてだが……。ともあれ、眠る少年の顔にはかつて見た魔法少女ラ・ピュセルの面影が確かにあった。
メルヴィルがここに来た切っ掛けは、クラムベリーとのある遣り取りだった。
敬愛する師であり、いつか必ず超えようと目指す森の音楽家クラムベリーにちょっとした用事を頼まれたメルヴィルは、それが完了したという報告のために現在クラムベリーがいる名深市へと赴いた。するとなぜかクラムベリーは報告もそこそこに「そういえば、貴女は以前、颯太さんと会った事があるのでしたね」と聞いてきた。はて颯太とはいったい誰の事かと首を傾げればなんと以前とある場所で顔を合わせたラ・ピュセルだという。その後は何故だかその時のことを根掘り葉掘り聞かれ、途中でファブから何やら連絡を受けたクラムベリーが「では、これからとっておきの見世物が始まるそうなので失礼しますね」と言って何処かに出かけて行った頃には日がすっかり暮れていた。
それから話し疲れてげっそりとした疲労感を感じつつ市内で夕食をとった後、そのまま帰ろうかと思ったが……なんとなくモヤモヤする。
優雅な足取りだが浮き浮きと出かけていくクラムベリーの後ろ姿が頭から離れず、ラ・ピュセルの話を楽し気に聞くその表情を思い出すたびに胸のあたりがこうモヤモヤして落ち着かないのだ。
これはどうした事だろう? 自身の不可解な感情に戸惑い、でも答えが出ずにますます内心で首を捻っているうちに、だんだん腹が立ってきた。
そもそもなぜ自分がこうも悩まなければならないのか。それもこれもラ・ピュセルのせいだ。ラ・ピュセルの話をずっとしていたせいでこんなに疲れて、ラ・ピュセルを意識するクラムベリーを見たおかげでこんなにもやもやするのだ。全部ラ・ピュセルが悪いんじゃないか。
このまま何もせずに帰るのは気が済まない。むしろ仕返しの一つをしても罰はあたらないだろう。八つ当たりのような気もしないでもないがきっと気のせいだ。
かくてモヤモヤをムカムカに変えてメルヴィルはマジカルフォンを開きファブに連絡し、ラ・ピュセルの自宅を聞き出すと早速そこに向かった。
そしてたどり着いた一軒家にはあいにくと誰もおらず、仕方が無いので彼の自室に潜んで待つことしばらく、ようやく待ち人はやって来た――女にお姫様抱っこされて。
更にムカムカが増した。
スイムスイムが颯太の頭をむっちりした膝に乗せて、目覚めた颯太が何をとち狂ったのかその巨乳を揉みしだいた。
やばいムカムカが止まらない。
それからスイムスイムと密着した颯太が真っ赤になってどぎまぎする様子をこれでもかと見せつけられた。
脳内でこいつらを万回殺して何とか気を静めた。
そんな果てなき忍耐の時間が終わったのは、スイムスイムが出て行った後で颯太が眠りについてようやくだった。彼が完全に眠ったのを確認してから、メルヴィルは魔法を解き接近した。
◇◇◇
魔法少女《メルヴィル》こと久慈真白が岸辺颯太――ラ・ピュセルと出逢ったのは、とある魔法少女愛好サイトのオフ会だった。
崇拝する師であるクラムベリーに、参加者の中から魔法少女の才能を持つ者を見つけスカウトしてくるようにと命じられ、基本無表情ながら内心ではその期待に応えるべく都内のファミレスで開かれるそれに意気揚々と参加した真白であるが、今、彼女は最大の問題に直面していた。
「好きな魔法少女アニメは何ですか?」
「……………」
「(え? 無視?)えっと………じゃあ、好きなシーンは……?」
「……………」
「(いやいやなんでそんなに無視するのこの娘? 俺嫌われてる? 嫌われちゃってる?)………えっと、気を悪くさせたかな? ごめんね馴れ馴れしく話しかけちゃって……
俺は他の席に移動するよ。それじゃ」
「……………(ガックリ)」
真白は、コミュニケーション能力が絶望的だったのである。
例えるのならば五段階中の一。不愛想忍者や不死身ゾンビやサイコ白スクと肩を並べる最低クラスなのだ。
東北各地の方言が混ざった彼女本来の独特の口調は、通訳無しでは会話がほぼ不可能。しかし一応使える東京弁(きょうつうご)もどうにも訛って気恥ずかしい。ゆえに結果として誰とも話すことができず、他の参加者が同好の士たちと会話に花を咲かせる和気藹々としたオフ会の中、隅っこのテーブルで一人黙して彫像と化しているのである。
始めの頃こそ何人かが話しかけてきてくれたが何を言っても黙したままの真白に困惑して他のテーブルに去っていくため、真白はぽつんと一人、黙々と料理を食べて無為な時間を過ごしていた。
真白は孤高の女である。元来あまり他人に興味を持つことが無く、唯一の例外がクラムベリーであり彼女以外の人間など心底どうでもよかった。馴合いなんていらない。自分より弱い奴なんて価値が無い。強い自分は山の中一人で生きていける。ゆえに他者との会話も生活に必要なほぼ最低限ですませてきたし、それでいいと思っていた。
そうしてコミュニケーションの機会を蔑ろにしてきたその結果が……これだ。
誰にも話しかけてもらえない。ならば自分から話しかけようかと思っても、訛った東京弁が恥ずかしくて口が動かない。
何もできない。恥ずかしい。……情けない。
山で野犬の群れに囲まれた時の方がまだ気楽だった。野犬は腕っぷしでぶち殺せばいいが、今この現状は言葉によるコミュニケーションでしか打開できない。
このままでは任せてくれたクラムベリーの期待を裏切ってしまう。失望されてしまう。そんなのは嫌だ。自分が唯一関心を持った彼女は真白にとっての世界の中心で、いつかその強さを超える事は人生の目標だ。だからこそ、クラムベリーのためならばどんなことでもしようと思う。諜報だろうが暗殺だろうが言葉に出来ぬほどの汚れ仕事だろうが全て完遂するのだ。しなくては駄目なのだ。なのに……。
はぁ。
重いため息が漏れる。
自分は、こんなにも情けなかったのだろうか。無力だっただろうか。
野犬だろうが猪だろうがなんなら熊だって倒してみせるのに、人ひとりとすらまともに話すこともできないなんて……。
再び、その淡い唇から失意のため息が漏れそうになった時――
「はじめまして。『魔法少女な子』です」
真白は、『彼』と出逢った。
美しい少女だった。
凛とした切れ長の瞳。麗しくもどこか中性的な顔立ち。艶めく髪の美しい頭には全体的にストンとしたクロッシェという帽子を深くかぶり、腰にはふんわりとしたフレアが入る淡い桃色のマキシスカート。
全体的に量販店でそろえたかのような安っぽい服装だが、だからこそ彼女の美貌をより引き立たせている。靴だけは何故かアンバランスにスニーカーだったが、活動的なそれは彼女に妙にしっくりきていた。
爽やかな笑顔で声をかけて隣に座る彼女に真白もペコリと頭を下げ
「ええっと……」
何か頭の中に引っかかる物を感じて、まじまじと彼女を見た。
そしてそれがなんであるかに思い至った瞬間、思わず漏れそうになった驚愕の声を慌てて呑み込んだ。
思い出した。以前クラムベリーから、今担当している試験でもし何か手伝ってもらう時があるかもしれないから目を通しておいてくださいと渡された候補生達のリストの中で見た顔だ。名前は確か……――ラ・ピュセル。
何故ここに……? というかなんで変身している?
突然の事態に頭は疑問符で埋め尽くされる。意地で鉄面皮こそ保っているが、その内側はもう真っ白だ。そんな混乱し慌てる真白の内心など知る事無く、ラ・ピュセルは微笑を浮かべつつ丁寧な口調で話しかけてきた。
「あなたは……?」
名前を聞かれている。
真白は答えようとして、口ごもった。どうやらこのオフ会では皆がネット上のハンドルネームとやらで呼び合っているらしい。そんな場で本名を名乗るのもおかしいし、かといって適当な偽名を言って見知らぬハンドルネームが参加していると怪しまれ追い出されでもしたら台無しだ。もちろん魔法少女名はもってのほか。なので真白は名乗れる名を持たず
「………」
黙り込むしかなかった。
ラ・ピュセルの微笑が困惑に変わる。
……やってしまった。
これでは今までと同じだ。今まで話しかけてきた人は皆こんな自分に困惑して去ってしまった。きっとラ・ピュセルも呆れて去ってしまうのだろう。そして自分は、そんな背中を情けなく見送るだけで
「今日は晴れて良かったですね」
……え?
俯いていた顔を上げて隣を見ると、ラ・ピュセルは変わらずそこにいて、穏やかな瞳を向けていた。
今までの相手とは違うその態度に戸惑いつつも、とりあえず頷いておく。
それからもラ・ピュセルは話しかけてきた。
さっきの天気の事のようなたわいもない話から、真白にはよく分からない魔法少女アニメの話題などを色々と。相も変わらず真白は黙したままで、せいぜい頷くか首を傾げるかくらいしかしないというのに。ラ・ピュセルは飽きもせずに語り掛けてくる。
まるで話の接ぎ穂を探しているかのようだが、まさかそんなことはないだろう。こんな碌に返事もしないような相手よりも、同じ話題で盛り上がれる同好の士ならそこら中にいるはずだ。それをほうっておいて、わざわざ好き好んでこんな自分と話をしようとなんて思わない……はずだ。
なら、なんでこの人は自分に話しかけてくれるのだろう……?
「魔法少女っていいですよねぇ」
分からない。分からない……けど、一人ぼっちでいた時よりは、楽な気分だった。
「……んだな」
それを意識した時、自然と、それこそあっけないくらいに簡単に――返事ができた。
その事に内心驚きつつラ・ピュセルの反応を見ると、
「はいっ」
訛りまくったぶっきらぼうな一言だというのに、嬉しそうに笑っていた。
やっと聞けた言葉に喜んでいるその瞳に見つめられているのがなんだか気恥ずかしくなって、真白はぷいっと俯いた。――ほんのりと色付いた頬を隠すように。
それからしばらく経ってから、ラ・ピュセルは席を立ち別のテーブルへと向かって行った。去り際に「それでは」と礼儀正しく頭を下げて去っていく背中を、不思議な物を見る様な目で真白は見送る。
結局、気恥ずかしくなってまた自分は黙り込んでしまい、そのまま一言もしゃべることも無く終わってしまった。なのに、ラ・ピュセルは最後まで気を悪くすることは無かった。
いや、本当はあきれ果てているのを笑顔で隠していただけではないのか。話しかけたのも単に独りでいた自分を憐れんだだけで、それも付き合いきれなくなったから離れていった。……ありうる。というかそっちの方がよほど自然だ。
そう思い至り納得するも、そうすると何故だが胸の奥がキリリと痛む。
「……?」
不可解なそれに首を傾げつつ、モヤモヤとした気持ちを抱えているうちに時は過ぎてオフ会はお開きになった。
笑顔で別れの挨拶を交わし、あるいは再会を約束しつつ去っていく参加者たち。その中にラ・ピュセルの姿もある。なんとなく、目が離せなかった。遠くから見てしまった。
すると、ラ・ピュセルの瞳がふとこちらを向いて、目が合う。たまたまではなく、はっきりと真白を探して捉えたその瞳に――悪意は無かった。自分が考えていたような呆れも失望も無く、ただ穏やかに真白を見つめるラ・ピュセルの瞳に、真白は己の考えが単なる杞憂であった事を知る。
胸の痛みが消えた。モヤモヤとしていたものが無くなった胸には、代わりに温かな気持ちが溢れてきて
ふっと、笑みが零れた。
それを見て、ラ・ピュセルも嬉しそうに微笑み返してくれた。それが別れの挨拶だった。
去っていくその姿を見送りつつ、真白は自分の唇にそっと触れる。
ほんの小さくではあるが、確かに微笑んでいる。果たして今までクラムベリー以外の他人に笑みを向けたことなどあっただろうか。……覚えている限りでは、無い。
そもそも他人には興味がわかなかったし、どうでもよかった。
でも、なんでだろう。ラ・ピュセルは違う。……気になる。
遠のいていくその背中から何故だか目が離せなくて――気が付けば真白は、ラ・ピュセルを追いかけていた。
◇◇◇
それからちょっとしたハプニングもあって、結局、何故ラ・ピュセルは自分に話しかけてくれたのか分からなかった。
眠る岸辺颯太の顔を眺めつつ、メルヴィルは心の中で問いかける。
ラ・ピュセル、お前は何で………と。
その時、
「…ぅ……ん………」
呻き、颯太の瞼が小さく開いた。
起こしてしまったかと思ったが、僅かに覗く瞳はぼうっとして焦点が合っていない。夢うつつで寝惚けているだけのようだ。
その唇が、かすかに動く。
「……ゅ……き……」
紡がれたそれは聞き取る間もなく夜気に溶けて、
「……?」
メルヴィルは首を傾げ、何を言っているのかもっとよく聞こうと颯太に体を寄せて――その腕を不意に持ちあがった颯太の手に掴まれた。
突然の行動に驚くメルヴィル。抵抗する間もなくそのままぐいっと引っ張られ、ベッドの中へと引きずり込まれたその身体は、二つの腕で包み込まれるように抱きしめられた。
「―――ッッッ!?」
かつてない程に感じる男の臭い、感触、そして熱。それらに頭が真っ白になって、颯太の胸板に当たって形を変える豊かな胸の奥で鼓動が跳ね上がり四肢が痺れて硬直する。
それでも動こうと力を籠めようとすれば、それを察したのか颯太の腕がますます力強くその身を掻き抱いた。
「……ゆ……きぃ……っ」
背中に回した右手に上半身を抑えつけられ、乳房がさらに胸板に押し付けられて柔らかに歪む。くびれた腰に回された左手はマントの内側――普段はマントに隠れているが実は臀部が半ば露わになっている――コスチュームの隙間に入り込み、たっぷりとした尻肉に直接その指を埋めていた。
颯太に触れられた場所から生じる、痺れるような刺激。何だかわからない未知の感覚に思考かかき乱されて、頬がぼっと熱くなる。力が抜け、肌が火照って止まらない。
異性に抱きしめられたのはこれが初めてではない。だが以前、山の中で突然襲い掛かられこうされた時は、すぐさま振り解いて殴り殺し夕餉の熊鍋にした。
いくら男とはいえ、颯太はあの時のヒグマよりははるかに脆弱で力も弱い。はずなのに――なぜか振り解けない。
腕にも足にも力が入らず、人間を超えている筈の魔法少女の身体は今やなすがままにされていた。
お、おれをいじくりこんにゃくする気か!?
貞操の危機を感じ、しかしどうする事もできなくて、メルヴィルはギュッと目を閉じた。
一体どうされるのだろう。瞼の裏の闇の中でその時を待つメルヴィルの尖った耳に
「こ……ゆきぃ……」
見知らぬ女の名前が、聞こえた。
「……?」
怪訝に思い恐る恐る目を開ける。
視界に映った颯太の顔は、苦悶に歪んでいた。
瞼をきつく閉じ唇を震わせるその表情は、
「こゆき……やだよ……離れないでよぉ……」
怯え、怖がり、恐れながらも
「ぜったいに……かえるから………きみの……となりに……」
それでもかけがえのない誰かを守ろうとする、胸が締め付けられるほどに悲壮な表情だった。
「守るから、ぼくが……きみを……」
眠りながら想いを紡ぐその身体は、嵐の中で雨に濡れる子犬のように震えている。
「…………」
しばしその様を静かに眺めていたメルヴィルは、そっと腕を動かして、颯太を抱きしめた。
母親が泣く幼子にするように、震えるその背中をぎこちなくも優しく撫でる。
何度も。何度も。
見るからに慣れていない手つきだったが、その掌の温もりが伝わったのかやがて颯太の表情から苦悶の色が消え、呻きは穏やかな寝息に変わった。
それを見て、メルヴィルは思う。
こいつは、死ぬ。きっとクラムベリーの試験を生き残れない。
メルヴィルは試験の生存者であり、その後もクラムベリーの協力者として多くの試験に関わってきた。そして数え切れないほどの魔法少女の生き死にを目にしてきて、ゆえに知っている。
こういう目をした奴は、ほとんどが死ぬ。
誰かを守ろうとして戦う奴は、誰かを守ろうとしたために死ぬのだ。
クラムベリーの試験は、半端者を生かさない。
ただ戦うにせよひたすら逃げるにせよ、己が全力を尽くし全霊をかけた者だけが生き残る。
迷い悩む中途半端な覚悟と力では、真に覚悟を決めた者には勝てず殺されるだけだ。
己の無力を嘆き死ぬかもしれない。絶望して死ぬかもしれない。何の意味も無く何も成せずに死ぬのかもしれない。
いずれにせよ、魔法少女ラ・ピュセルの行く先は地獄でしかない。
ならば、今は眠れ。
穏やかに、つかの間の安息を味わわせるくらいなら……せめてもの手向けとしても丁度いいだろう。
明日にはこの街から離れるから、これが今生の別れか。
……結局、最期までこいつの考えは分からなかったな。
訳も無く胸の奥が鈍く痛むのを感じながら、メルヴィルは颯太を抱き続け
「こゆき……」
まだ見知らぬ女の名前を呟くその唇に、眉をしかめる。
「……おれは小雪でね」
むすっと呟き、なんとなく……。
なんとなく、他の女の名前を言われるのが気に入らなくて。
なんとなく、その呟きを止めたくなって。
でも両手は颯太の身体を抱きしめているので動かせなかったから――メルヴィルは別のもので彼の唇を塞いだ。
fin
※『いじくりこんにゃく』
意味その1
こんにゃくを作る際にこねすぎると失敗することから転じて、良かれと思ってやったことが裏目に出て物事を駄目にすること。
用例
『諸君らの愛したルーラは死んだ。何故だ!』『ねむりんがスイムスイムをいじくりこんにゃくしたからさ』
意味その2
愛情表現として激しく触りまくること。もしくは激しい愛撫。