魔法少女育成計画routeS&S~もしものそうちゃんルート~ 作:どるふべるぐ
◇霊幻導師
採石場跡から遠く離れた港の倉庫街にもまた、音楽が鳴り響いていた。
だがそれはクラムベリーの流れるような音色とは異なる、荒々しい獣の咆哮の如き轟音。金の髪を翻して撃ちまくるカラミティ・メアリがかき鳴らす銃声のシャウトだ。
闇を焼くマズルフラッシュと共に吐き出された幾つもの弾丸は、標的であるキョンシー達に殺到し肉を骨を容赦なく撃ち抜いていく。
「ぎっ……ッ――」「がぁッ……――」
断末魔すらも銃声に掻き消され、着弾の衝撃に身を捩りあるいは仰け反りながらもがく様はまるで奇怪なダンスを踊っているかのよう。
無論、キョンシー達とてただ無抵抗に蹂躙されているわけでは無い。生者に有らざる頑強さで銃撃に耐え踏み止まり、あるいは同胞を盾にしてでも弾幕を掻い潜りカラミティ・メアリに接近しようとするも――
「はっ、温いねえ」
いずれの者達も一矢報いる前に、嘲笑うかのように放たれた弾丸に脳天を吹き飛ばされた。
そして脳髄を失った身体は、血と骨と脳漿の欠片を撒き散らす肉袋と化してバタバタと倒れていく。
あり得ない。あってはならないその光景に、霊幻導師は老いた顔を蒼白にさせ慄いた。
「馬鹿な……ッ」
あまりにも一方的で絶望的な戦い――否、殺し合いですらないワンサイドゲームなど戦いとすら呼べぬだろう。
これは災害だ。
霊幻導師とキョンシー達は今、カラミティ・メアリという災害に襲われていた。
◇ラ・ピュセル
大剣が躍り、魔法の刃が虚空を裂く。
しなやかな手足から放たれる拳と蹴りが、肉を鎧を打ち据える。
薔薇の冠を戴く金の髪と、一対の竜角が生えた亜麻色の髪が夜闇に靡いて、森の音楽家と竜の騎士による戦いの音色が採石場跡に響き渡っていた。
港での戦いがダンスパーティーならば、こちらはさながらオーケストラか。
二人が奏でる打撃の音が、空気の唸りが、混じり合い激突し血沸き肉躍る調べを奏でている。
「ああ。良い音色です」
僕が放った斬撃を軽やかに躱しながら、心地良さげに呟くクラムベリー。
「刃が鳴らすこの風切り音。強く、真っ直ぐで、荒々しくも迷いの無い殺意ゆえの音色です。――ただ、もう少し余裕があってもいいと思いますが」
「ちっ……。挑発のつもりかっ!」
「指導者としての指摘ですよ。これは貴方へのレクチャアなのですから」
艶やかな唇を綻ばせて優雅に語る美貌を、首ごと刈り飛ばしてやろうと大剣を振るう。
「僕にとっては殺し合いだッ!」
「私にとっては逢瀬ですよ」
刃を二倍近くも伸ばした事でリーチと威力を増した横薙ぎは周囲の岩を断ち切りながら虚空を奔り、だがその首を切り落とす寸前にクラムベリーがひらりと跳び上がった事で回避され、どころか宙で一回転したクラムベリーが放ったカウンターの踵落としが僕の肩を直撃した。
「ッぐあっ!?」
装甲で守られていない箇所に受けた一撃による激痛に、堪らず声を上げる。
苦悶に歪む僕の顔を、クラムベリーは愉し気に眺めて
「動きのリズムが少し乱れていましたよ。焦りで少々力を込め過ぎましたか」
「うる……さいッ!」
クスリと笑う声を怒号で掻き消して、再び振るう刃は――やはり届かない。
今度こそ、次こそはと念じて、夜闇に幾重もの銀の軌跡を描きながら刃を走らせるも、クラムベリーはその全てを避け、あるいは掌で刃に触れて捌き、容易くいなしていく。
「なぜだ……ッ!」
焦燥が戦慄に変わり、声が震える。
技術、経験、そしておそらくは才能に至るまで、こいつが何もかも格上の相手だというのはこれまでの戦いからとうに分かっていた。
だが、これほどまでなのか……ッ。
殺意を隠して戦わなければならなかった先刻とは違って、今は刃だけではなく尻尾による殴打や角での突きをも織り交ぜ全力で攻め立てているのに――読まれている。
完全に。どうしようもなく。でなければ、この状況は説明が付かない。
経験による予測か。それとも魔法か。クラムベリーは僕の攻撃の全てを察知し読み切っているのだ……ッ。
「何もそう驚く事ではありませんよ。私は『森の音楽家』なのですから」
「どういう――うあッ!?」
焦りからくる一瞬の隙を突かれ、組みつかれる。振り解かなければと思う間もなく、そのまま華奢な見た目からは想像もできないほどの力で地面に押し倒された。
硬い地面に背中を打ちつける衝撃と、重く、だが柔らかな物が圧し掛かる感触が僕を襲う。呻きながら目を向ければ、仰向けになった僕の腰の上に跨り、夜天に白く浮かぶ月を背に僕を見下ろすクラムベリーの赤い瞳と目が合った。
「ふふ――今度は私が捕まえました」
やられた。完全なマウントポジションをとられた。
動きをほとんど封じられた、文字通りに手も足も出ない状況。何とか逃れようとするも、馬乗りになった音楽家の柔らかくも強靭な太腿と臀部が僕の腰にぎゅっと密着して押さえ付け、捉えた獲物を逃がさない。
「ぐぁっ!? ……離せ……ッ」
「つれない事を言わないでください颯太さん。それにこれから特に大切なポイントを説明するのですから、大人しく聞いてくださらないと」
抵抗への罰か、張りのある太腿に万力のような力で締められる痛みに呻く僕を嗜虐的な笑みで眺めながら、クラムベリーは口を開いた。まるで未熟な生徒に教え聴かせる先生のように、耳にすうっと流れ込むような淀みない口調で
「多くの場合、魔法少女の外見には何らかのモチーフがあります。そしてその魔法もまた、己がモチーフに関係している場合が多い。これは外見と固有魔法が共に本人の個性が影響しているからです。そして――魔法とは別に持つ特性もまた然り」
「特性……?」
「はい。これはむしろモチーフの影響が強いですが、つまりは魔法少女それぞれに元々備わっている特技――いわばスキルの事です。例えばそうですね……分かりやすい所では、カラミティ・メアリでしょうか」
◇霊幻導師
降り注ぐ弾丸は大気を貫き、死の豪雨となってキョンシー達を屠っていく。
たとえどれほど抵抗し防ごうとしても、哄笑と共に暴れ狂う災害の化身は止まらない。
獲物の精一杯の足掻きすら愉しむかのように撃ちまくる。
「ぐっ……ッ。糞ッ!」
忌々し気に悪態をつき、霊幻導師は己の前方に数体のキョンシーを立たせ肉の壁とする事で何とか弾丸から身を守っていた。
だが恐るべき弾丸の嵐は、盾であるキョンシーの肉を穿ち骨を削り、血飛沫と共に徐々にその身を破壊していく。生者ならざるゆえの耐久力で耐えているねのの、いずれ完全に肉塊とされるのも時間の問題だ。
「ちいぃ…ッ!」
焦りと恐怖が冷たい汗となってふき出し、老人の幽鬼の如き顔を濡らす。
ともすれば全身が震え出しそうになるのを、たかが小娘一人――それも忌々しい魔法少女に追いつめられているという屈辱と怒りで抑えながら、老人は配下へと一つの命を下した。
「「「知道了!」」」
瞬間、メアリの近くにいた十数体のキョンシー達が了解の声を上げ、一斉にメアリへと跳びかかる。
もはや回避も防御も無く、一部の隙も無い肉の波となって全方位から殺到する屍の群れ。
一か八か。こうなれば少々の犠牲など構わず、数の暴力によって文字通りに圧し潰す!
「はンっ」
漏れる嘲笑。カラミティ・メアリは腰に吊った袋に左手を突っ込み新たな拳銃を引き抜くと、そのまま勢い良く地を蹴りスピン。ブレイクダンスさながらに横回転しつつ、迫るキョンシー達へ二丁拳銃の引き金を引いた。
鳴り響く銃声のデュエット。弾ける頭部。飛び散る鮮血。
血と脳漿を撒き散らす切れ目無い銃撃音が止んだ時には、カラミティ・メアリに突撃したキョンシーらは残らず頭部を撃ち抜かれ地に斃れていた。
「だから温いっていうんだよ。あたしを殺りたきゃ全員纏めて来な」
まさに死屍累々。折り重なる屍の山の中心で、銃口から硝煙を立ち昇らせながら不遜に嘲笑う魔法少女の姿に、霊幻導師は目を疑う。
「馬鹿な……ッ!?」
全方位から迫る、それも十を超える人数を過たず撃ち抜く。何だそれは。いくら魔法少女の身体能力は秀でているとはいえ、それだけでは説明出来ない。圧倒的な、それこそ人間離れした技術がなければ到底不可能なはず。
何故、そんな真似ができるというのだ……ッ。
その問いの答えを、同時刻、遠く離れた採石場で、カラミティ・メアリの師である森の音楽家が語る。
――魔法少女となる前の彼女は、ごく一般的な女性でした。素行こそ悪かったようですが、それでも暴力団などとの関わりはなく、ましてや銃など握ったことすらありません。
二丁拳銃が咆哮する。
それは軍人のように合理と効率性を追求した射撃姿勢ではなく、マカロニウェスタンめいたド派手で滅茶苦茶な
――ですが、魔法少女となった瞬間、彼女は凄まじい射撃技術を手に入れた。なんの経験も鍛練も無く。
もし只人がこれほどの技量を身に付けようとするならば果たしてどれ程の時間と鍛練が必要なのだろうか。いや、たとえ生涯をかけてすら到達できるかどうかだろう。
だが彼女は魔法少女。条理の外、理不尽そのもの。
――当然です。鳥が空を飛ぶように。魚が海を泳ぐように。ガンマンは銃を撃つもの。そうあるべきというのなら、魔法少女はそういう力を備えて誕生するのです。
◇ラピュセル
「貴方にも、そういった点があるのではないですか?」
朗々と語るクラムベリーの問いに、僕は確かに思い当たる点があった。
僕――魔法少女ラ・ピュセルの武器である魔法の剣。身の丈ほどもあるその剣身は見るからに重厚で、そして長大。普通ならたとえ握れてもまともに振り回すことすら苦労するだろう、まさに鉄の塊と言って良い代物だ。
だが、僕は最初から──文字通り初めて握ったその瞬間から──これを使いこなせた。
確かにずっとサッカーに打ち込んでいるから運動神経はそう悪くないとは思うけれど、今まで真剣はおろか剣道の竹刀すら触ったことがないというのに。
なるほど。つまりそれが、僕の魔法少女としてのスキルだったというわけか。
「っ――!!」
なるほど。ああなるほど、そういうことか……っ。
そこまで考えて、僕はようやく理解する。
魔法少女がそれぞれに特技を持つのならば、このクラムベリーにもあるはずだ。
そしてそれこそが、僕の攻撃が全て先読みされる原因。
クラムベリーの外見にヒントはある。
人間とは明らかに異なる長く尖った耳。妙齢の美女と言うその見た目からは
あり得ないほどにつつましい胸。おそらくは多くのファンタジーに登場する種族『エルフ』がモチーフだろう。
『エルフ』は森に棲み、狩猟が得意で――音楽にも秀でている。
そして戦っている間の台詞にいくつかあった『音』という言葉、『森の音楽家』という名も含めて導き出せる答えは――
「僕が出す『音』を聴いて、動きを読んでいるのか……ッ」
「はい。正解です」
おそらくは心音すらも聴き取るほどの超聴力。それがこいつのスキル。
看破されたにもかかわらずクラムベリーは狼狽えることも無く、涼し気な表情で種を明かす。
「私の耳はエルフの耳。そして世界に溢れる音を一つでも聞き逃すようでは音楽家など名乗れません。筋肉の収縮、血流の流れ、骨の軋み、貴方の身体が鳴らす音楽を聴けば、どのように動くのかは読めますよ」
ヒントはいたる所にあった。いや、むしろ隠すどころか気付くのを待っていたように思う。その美貌が浮かべるのは、出題にした問いに答えられた生徒を誉める教師の微笑だったのだから。
「そしてそれが、貴方が今行った一連の考察こそが魔法少女の戦いにおいて最も大事な事の一つです。魔法少女とはあらゆる理に縛られず常識の通じない理不尽そのもの。ゆえに――」
覗けば魂ごと呑み込まれそうな赤い深淵が、僕を見る。艶やかに濡れた唇が、囁いた。
「
その言葉と共に彼女の手が躍るように動き、僕の左手を掴む。決して離さぬとばかりに重ねられたその掌は誘うように僕の手を動かして――自らの太腿に押し当てた。
「……っ!?」
触れた掌から伝わる、棘の付いた蔓の模様をあしらったストッキングに包まれた柔肉の感触。むっちりと脂肪の乗ったスイムスイムのものとはまた違う、掌を押し返すほど張りのある感触は、おそらくは脂肪の下に強靭な筋肉が隠されているからだろうか。
「なにを……っ!?」
咄嗟に引き剥がそうとするも、重ねられた掌は逃れようとする僕の手を押さえつけ、むしろ更に柔肉の中へと指を沈み込ませた。
「抗わないで、今はただ私の
困惑する僕の掌は、続いて太腿からくびれた腰へ、ゆっくり、丹念に、成熟した肢体を味わわせるように、さらにその上へと重なったクラムベリーの掌によって這わされていく。
「私が纏う服がどのような造りで、その意匠には何のモチーフが籠められているのかを見抜き……」
胸元を飾るフリルが、汗ばむ掌をふわりと撫でる。純白の生地のくすぐったくも心地良い感触は、戸惑う僕をまるでからかっているかのよう。そしてその下にある柔肌の熱と弾力が触れる指先から神経を伝わり、僕の脳髄を痺れさせていく。
「何を好み何を嫌い何を望み何を成そうとしているのか、身も心も何もかもを知って……」
美しい女の熟れた肢体に囚われ、漂う蠱惑的な薔薇の香りに包まれて、まるで自分が食虫植物に捕らえられた羽虫にでもなったかのような感覚に陥る僕へと、クラムベリーは命じた。
「暴いてください。――私の殺し方を」
そう、愛を語る乙女のような声音で、悪魔のようにおぞましく。
その真摯な響きには一片の嘘も偽りも何も無い。だからこそ、背筋に怖気が走った。
「お前は……殺されたいのか……?」
慄然としながら問うと、赤と青の混じる異形の薔薇が揺れ、人ならざる魔法少女の肢体がしなだれかかってきた。互いの胸が当たり、鼓動すらも感じられるほど近くで、ともすれば触れ合いそうなクラムベリーの唇が――歪に吊り上がる。
「殺し合いたいのです」
それは生を望み、天寿を全うする事を是とする人の道とは絶望的に外れた笑み。死を望み、殺戮を是とする修羅の凶相。
「一方だけが殺せるのではただの蹂躙――それではだめです。私が望むのは互いに命を懸ける戦い。そしてそれは、より深くより激しく生と死のギリギリで凌き合うものであればなお素晴らしい。だから貴方にはもっと強く、恐ろしく、私が挑むに値する強者となってもらいたいのですよ」
赤い瞳が、僕を見る。
この瞳が、僕は恐ろしい。
いくら頬を緩め、唇を吊り上げ笑みの形を浮かべても、その瞳だけはこの戦いが始まった時から変わらないのだ。たとえ何らかの感情を映そうともそれはあくまで表層のみで、その奥は――異様なまでに凪いでいる。
それは感情に乏しいゆえの《虚無》ではなく、何も感じないという《不感》。
スイムスイムと似ているようで、だがこれは異なる
これ以上見てはならないと本能的恐怖が叫ぶのに、目を逸らせない。壊れ、狂い、破綻しきったその寒々しい赤は、抗えぬ強制力で僕の瞳を捕らえている。
「拳を交わし殺意を語り命を奪い合い、どうかその最期の断末魔まで堪能させてください――颯太さん」
深淵がこちらを覗く時、こちらもまた深淵を覗かされるのだ。
ぞわりと、背筋が凍る。かつてこいつに刻まれた恐怖が、再び蘇ろうとしている。茨のように僕の全身に絡みつき、心すらも覆い尽くさんとして――
「――ごめんだッ!!」
完全に呑みこまれる寸前、僕は全力で尻尾を地面に叩きつけ、その反動で身を捩った。そのまま圧し掛かる身体を撥ね退けようとするも、クラムベリーは地面に振り落とされる前に自ら飛び退き、ふわりと着地。
僕もまた素早く立ち上がり、拾い上げた剣を向ける。
「はぁ…はぁ……お前の望みなど知ったことか……ッ」
荒い息を吐き、震える肌に汗を浮かべ、
「僕はあの子を――スノーホワイトを守るためにお前を殺す。それだけだ!」
叫んだ誓いに、音楽家の笑みがより剣呑に深まった。
嬉し気に、愉し気に、己に向けられる殺意が心地良くてたまらないのだというように。
濃密な戦意がその肢体から溢れ出、戦闘の再開を告げる
「ここからはテンポを上げますよ。ついてこれますか?」
「当り前だ……ッ。全力で縋り付いて、喰らい付いてやる……!」
「素晴らしい返事です。殿方にそこまで想われているのならば、応えなければ女が廃ると言うもの。なので――」
ガン!
響く拳と金属の衝突音。台詞の途中で放たれたクラムベリーの拳が、咄嗟に盾にした大剣の腹を直撃した。
「全力は無理ですが、敬意を込めて少し本気でいきますよ」
握る柄から掌に伝わる凄まじい衝撃。受け止めた剛力に刃がビリビリと震え、強く握らねば剣が弾き飛ばされそうなほど。
「くぅ……ッ!」
これが、あの白くたおやかな腕が生んだ力なのか……ッ!?
歯を食いしばり、骨にまで響く衝撃に硬直しそうな身体を無理やりに動かす。そうしなければ、間髪入れずに放たれた蹴りにこめかみを打抜かれてしまうから。
咄嗟に上体を反らすと間一髪、ハイヒールの爪先が額を掠め、千切れた数本の前髪と引き換えに回避に成功――から今度はこっちが剣を振るうッ。
夜気を裂き振り下ろした刃は、だがクラムベリーに余裕をもって避けられ、お返しにと拳が突き出された。豪と音を鳴らすそれを何とか躱すも、クラムベリーは新たな攻撃を繰り出し、蹴りが、拳が、次々と襲いかかる。
それは受けに徹していた先程までとは明らかに異なる――攻勢の連撃。
「――ッ……負けるかあああああああああ!」
ここで、この戦いでケリを付けるんだ。
こいつは強く、恐ろしい。だからこそ、その魔の手がスノーホワイトに向けられるその前に、これまで鍛えた力を、培った技を、僕の全部をぶつけて――お前を斃す!
迫る拳ごと両断すべく僕もまた斬撃を放ち――戦いは刃と拳の打ち合いとなった。
刃が奔り拳が唸る。互いが生む剣風と拳圧がぶつかり合い、石と土塊の舞台に吹き荒れる。
幾度も剣を振るいそれ以上の拳を防ぐ攻防の中、プリマドンナを思わせる躍動的な動きで放たれた蹴りを何とか躱し、攻撃直後のクラムベリーに袈裟斬りを放つも、やはり軽やかに避けられる。
大剣と素手。リーチの差は歴然であるにもかかわらず、両断せんと振り下ろした刃を容易く避け、横薙ぎを掻い潜り、突き出した切っ先を掌で軽やかに逸らして、拳を蹴りを打ち込んでくるクラムベリー。対して僕は剣どころか角も尻尾もフルに使って攻めているというのに今だ有効打は無く、どころかテンポを上げるという言葉通りに威力と速度を増した拳の猛攻に徐々に圧されつつあった。
やはり……『音』か。
僕の出す『音』を聞かれる限り、こいつにはどうしても察知されてしまう。だが音を出さずに攻撃できるような手段なんて無い。とはいえこのままでは埒が明かないのは事実。ならば、僕ができるのは……――
「そうです。考えなさい」
考え、打開策を見出さんとする僕を鑑賞するのは、音楽家の血色の瞳。そこに危機感は無く、ただただ愉し気な眼差しで
「激情のまま我武者羅に挑むのも嫌いではありませんが、それで勝てるのは格下かせいぜい同格。格上を倒したければ、戦いの中で血沸き肉踊らせながらも思考は冷静に、あくまで冷徹な倫理を以って最適解を見つけ、勝利の方程式を導き出すのです」
――せめて『音』を最小限に抑える事!
そのためには余計な動きを極力減らせ。無駄な力が入ればそれだけ筋肉の収縮音が増し、いらぬ動作は服や鎧を更に擦れさせ、それら全てから生じる雑音が音楽家の耳に攻撃の始まりを知らせるのだから。
「ハッ――!」
ゆえに新たに繰り出した斬撃は、先ほどよりも小さな動きで、しかしより研ぎ澄まされ鋭さを増して。
「もっと鋭く……もっと滑らかに……もっと……もっとだ……ッ!」
最適最良の動作を思い描き、最大の効率で実行しろ。
どれだけ血潮が猛ろうと、決して押し流されるな。焦る気持ちを押さえつけ、ただ冷静に対処するんだ。――斃すべきこの魔法少女が、そう言っていたように!
「動きが良くなりましたね。一撃ごとに雑音が減っています。そして次第に筋肉の関節の血流の全ての音色が集束し、澄んだメロディとなっていく……。そうやって己が肉体と言う楽器を上手く調律してください。貴方の思い描く音楽(つよさ)を奏でられるように」
もっとも――。語る赤い唇が嗤う。
「たとえどれほど音を小さく、少なくしようとも私の
どれほど動きを研ぎ澄まし、音を少なくしようとも、やはり所詮は付け焼刃。僕の出す『音』は今だ音楽家の超人的な聴力に捉えられ、振るう刃は届かない。
「なら――ッ」
届く刃へと変えるだけだ!
剣の大きさを変える魔法はなにも全体のサイズではなく一部分のみに絞る事が可能だ。実際、僕が魔法を使う時は柄はそのままに刀身のみを大きくしている。
だったらできるはずだ。今この場で振るうべき、もっと相応しい刃に――ッ。
ヒュ――ウォンッ!
突如、剣戟の音が変わった。音程が変化した風切り音と共に、一枚の花弁が宙を舞う。
クラムベリーの金の髪を彩る薔薇の冠からそれを断ち切ったのは、大剣の刃――ではない。
「……今のは、少し危なかったですね。ですがなるほど、そう来ますか」
僕が今握るのは、重量の代わりにより細く鋭さを増した両手剣(ツーハンデットソード)。いつもとは逆に、刀身を細く短くした事によって格段に扱いやすくなった刃の斬撃はクラムベリーといえど避けきれず、薔薇の花弁の一枚を散らしたのだ。
音で動きを察知できようが、攻撃の最中に変化する武器の軌道は流石に予測しきれないか。きっとこれが僕とクラムベリーの間に
「いくぞ!」
叫び、僕は文字通りに変幻自在の剣を振るう。振り回す際はより素早い両手剣で、薙ぎ払い振り下ろすのは重さで断ち切る大剣に、牽制には短剣、突きでは先端を極限まで細めてレイピアに。その攻撃における最も適した剣の形で攻めかかる。
一太刀ごとに変化するトリッキーな剣筋。複雑さを増した刃を捌くためか、徐々にクラムベリーの動きから回避が減り、防御が主となっていく。もちろん隙あらばその拳は僕の身体に降り注ぐが、それでも一時は押し切られるかと思われた攻防は一進一退にまでは持ち直せた。
「そう、それでいいのです。戦いの中で考え工夫し技を磨き己を修羅へと鍛える事が真の強者へと至るただ一つの道。とはいえ――まだ足りません」
……だが、やはりそれ以上は押し返せない。
一歩。あと一歩できっと僕の刃はこいつに届く。だが――その一歩がどうしようもなく遠いのだ。
「あと少し、もう一段階進めなければ私には届かない」
何かが足りない。実力の差という遠い一歩を埋めるための、もう一段階上の何かが……ッ。
それが分からない以上、僕は新たな戦法を取るしかなかった。
攻防の間に生じた一瞬の隙に僕は全力で飛び退き十数メートル離れた位置に着地、距離をとる。
そして大剣を足元に突き刺し、魔法で刃を拡大。
「これなら――どうだッ!」
脚を踏みしめ力を込めて、地面をスコップで掘り返すように剣を振り上げた。
土が、砂が、一抱えほどもある岩が、巨大な刃によって地中から弾き出されクラムベリーへと降り注ぐ。
「なるほど。察知しようとも防げない物量をぶつけてきますか。確かに、これは拳では捌けません」
もちろん、こんなものでこいつが倒せるとは僕も思っていない。だが、一瞬でも隙を作れたなら、そこを突いて叩き斬る。
姑息だろうが、これが今できる唯一の──
「──起死回生の策。などと思っているのなら、教えてあげましょう。確かに相手が私でなければ悪くない手です。ですが」
クラムベリーはスッと片手を伸ばし、視界を覆うほどの土砂と、その向こう側に立つ僕へ白い掌を向けて
「相手が私ならば、これは最低の悪手ですよ」
苦笑とも嘲笑ともつかない笑みを浮かべた瞬間──破壊の『音』が全てを粉砕した。
それはまさに荒れ狂う音の激流。先刻の音の爆発とは違い確かな指向性を持つがゆえに、より凄まじく振動する空気が衝撃波となって石礫を割り、岩を砕き、無数の土塊すら容易く吹き飛ばす破壊音波に僕は呑み込まれた。
人よりはるかに強靭なはずの魔法少女の肌がビリビリと震え、血を噴き出し裂けていく。纏う甲冑も形無き音は防げず成す術も無く罅割れ、臓腑を揺さぶり骨の髄まで響く激痛に堪らず上げた悲鳴すらも怒涛の『音』に掻き消された。
「私は確かに教えたはずですよ。『推測せよ』と。私の魔法が音を操るという事は知っていたでしょう。ならば、『音』は他にどのように使えるのかを更に考えるべきだったのです。音を『鳴らす』ことが出来るのならば、それを『ぶつける』事も出来るのではと」
今にも意識ごと身体を吹き飛ばされそうなほど凄まじい痛みと衝撃に耐える僕の耳に届くは、呆れ交じりの音楽家の苦言。
「思考停止――いえ、この場合は発想の自縛ですね」
全てを掻き消す音の暴威の中で、その声だけがはっきりと聴こえるのは、彼女の魔法によるものか。
攻撃と通信を同時に行う。たいした操作と、そして応用力だ。まさしく己が魔法の全てを把握し、完全に使いこなせているからこその芸当。
「『この魔法は
「…ッ…僕の魔法の…可能性……ッ?」
「かつて貴方は己が魔法の限界を超えて見せた。なら次はその可能性を解き放ちなさい」
何を言っているのか分からない。
可能性と言われても、僕は自分の魔法で出来る事は全てやり尽している。
そのはずだ。なのにこいつは、何でそんな残念そうな瞳で僕を見る……ッ。
「それが出来なければ、貴方はこれからの戦いには勝てません。いずれ強者に無様に斃され屍を曝し――スノーホワイトも殺されるでしょうね」
「――――ッッッ!!!!」
――先輩…っ…ごめん……なさい。………スノーホワイトは……もう…っ…――手遅れ、です……
――そぅ……ちゃ………
――昏睡状態、だそうです。
「ッ黙れえええええええええ!!!!」
こいつへの、そして何よりも己への怒りが、スノーホワイトへの想いが、胸の中心で爆ぜ上あたりる。それは血と傷に塗れ満身創痍の身体を突き動かし――限界を再び破壊した。
音波の激流に曝されながら僕は大剣を振り上げ、天へと突き立った刀身に魔法を発動。
蘇るは昨夜の感覚。あの時と同じように、膨れ上がる想いが爆発し己の中の見えざる壁を吹き飛ばした瞬間、凄まじい勢いで刃が巨大化する。
「目にするのは二度目ですが、やはり見事なものですね。ただ剣を大きくしただけと言えばシンプルですが、この刃の悲壮な輝きには覚悟の美しさがあります」
天へと伸び、胸を焼く激情と共に膨れ上がる刃。
踏みしめた地面に亀裂が走る。ブーツが沈み、足首まで埋まっていく。刻々と増大し続ける重量を支える骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げて激痛に襲われようとも、圧しかかるその重みに耐えながら、僕は魔法を発動し続ける。
もっと大きく。もっと重く。防御も回避も許さず、この砕石場ごとあいつを圧し潰すために!
「ぐぅっ、うおおおおおおおおおおおおッ!」
ゴガンッ!!
咆哮を打ち消す、鈍く重い殴打の音。
全ての魔力と激情を込めた僕の叫びは――鳩尾に拳がめり込む衝撃に断ち切られた。
腹部を守る装甲を砕き、抉り込むように打ち込まれた拳の衝撃は、皮膚を貫通して体内で炸裂し五臓六腑に襲いかかった。
「が――ッはァ!?」
悲鳴と共に喉奥から込み上げた鮮血を吐く僕の耳元で、咎める様な声が囁く。
「それは確かに強力無比ですが――遅い。遅すぎです」
全てを圧し潰す刃に対して回避でも防御でもなく、自ら相手の懐に飛び込み拳で止めたクラムベリー。僕が吐いた血を浴びて赤く彩られた美貌が、失望を浮かべて唇を開く。
「剣を構え、伸ばしきるまでの時間が長すぎます。多人数の乱戦や不意打ちならまだしも、一対一で正面からならばこの発動時間は致命的ですよ。まして発動中は剣を支えるために隙だらけというのならば――それを突かない理由などありません」
どう……っ――と、集中が途切れた事で魔法が解除され、元の大きさに戻った剣が手から零れ音を立てて地に落ちた。
拳のダメージによって動けず今だ立ち尽くす僕は、それを拾うことすらもできず、ただ音楽家の声を聞くのみ。
「激情に流され、やるべき事を間違えましたね」
僕の目を見つめる、血色の瞳。凪いだ赤の奥底が、僅かに揺れた気がした。
「颯太さん。貴方は私が見染めた、私と殺し合える強者です。貴方ならばきっと、私の飢えを満たしてくれる。そう――」
くるりと、クラムベリーが踊る様に身を翻した。同時に振り上げられる爪先。
憶えがある。この死神が鎌を振るうような軌道は、クラムベリーと初めて戦った時に受けた、あの――ッ。
避ける事など出来はしない。軽やかで、だが凄まじく重い回し蹴りが直撃し僕の身体は弾き飛ばされた。
拳以上の剛力で蹴り飛ばされた僕は凄まじい勢いで岩壁に激突。硬い岩に全身を叩きつける痛みにもはや悲鳴すら出せず崩れ落ちる。
ぼたぼたと、全身の傷から垂落る鮮血。痛みに明滅する視界に、暗い闇の中に独り佇む、音楽家の姿が映った。
「――私は、信じていますよ」
呟く声は、まるで乞い祈るような響きで。
なぜだかひどく寂しげに思えるそれを聴きながら、僕は激突の衝撃で砕け崩壊する岩壁に呑まれた。
◇霊幻導師
魔法の国の陰謀によって権力の座を奪われ都を追われた魔術師達。魔法の国の目が届かぬだろう中華の辺境へと逃げ延びた彼らが復讐を誓い、臥薪嘗胆の日々を送り幾星霜。ついに対魔法の国の戦力が整った。
血と汗と財の全てを注いで造り上げた千を超えるキョンシーの軍勢。これで怨敵共に目にもの見せてやれる。待ちに待った反撃の時が来たことに昂る魔術師達の前に――『魔法少女』が現れた。
手駒であるキョンシーを製造するために近隣の町や村から生きた人間を
初めて見る魔法少女と言う存在を魔術師らは恐れなかった。
身体能力こそ高いようだが、使える魔法がたったの一つとは笑うしかない。そんな弱者に幾百もの術を修めた我らが負ける物かよと嘲笑った者達は――圧倒的暴力によって己が無知の報いを受ける。
魔法少女が使う魔法は凄まじく、想像を絶していた。
詠唱すら無いにもかかわらず発動される高位魔術クラスの一撃が、自分達が張った結界を容易く壊し防御魔術が施された衣装ごとその身体を破壊する。人ならざるゆえに人を超えた怪力を持つはずのキョンシーは更なる剛力によって捻じ伏せられ、赤子の手をひねる様に肉塊に変えられた。自分達とは比べ物にならない膨大な魔力。そして力。
戦慄し、恐れおののく魔術師達は成す術も無く蹂躙され、奇跡的にその場から逃れる事の出来た一人を除いてキョンシーの軍ごと魔法少女に殲滅された。
ゆえに、その最後の生き残りである老人は改めて誓った。
必ずや、再び力を蓄え魔法の国に、そして魔法少女共に復讐する。己と同胞たちが味わった者と同じ、否、比べる事すらできぬ苦痛と絶望を与え皆殺しにするのだと。
それがただ一人生き残ってしまった己の……死んでいった同胞達へと捧げられる唯一の手向けなのだから。
だというのに
「化物ってのはいいもんだねえ。ただの人間は脆すぎてちょっと撃っただけで楽しむ間もなく死んじまうからさあ。こっちはしぶとい分壊し甲斐があるよ」
なぜだ。何故だ何故だ何故だ!?
かつてより更に性能を強化させたはずのキョンシー達が、目の前で撃ち抜かれていく。
まるで玩具を力任せに壊すのを愉しむ悪童のような笑みで弾丸を撒き散らすカラミティ・メアリによって次々と殺され――いや、遊ばれている。
それだけではない。
「姐さんに続けえええええ!」
鉄輪会の組員達もまた、それぞれのエモノを握って暴れている。つい先程まで未知の存在に恐怖し怯え心折れかけていたというのに、今やメアリの狂喜が燃え移ったかのように吹っ切れた顔でキョンシー達へと突っ込んでいく。
無論、身体能力に圧倒的な差があるのは今だ変わらず多くは返り討ちにされるが、それでもある者は自らの頭を握り潰されながらも相手の眉間を撃ち抜き、またある物は心臓を抜き手で貫かれるのと引き換えに相手の心臓に日本刀を突き刺し、文字通り己が命を鉄砲玉としてキョンシーを道連れにして逝くのだ。
その誰も彼もが『してやった』という笑みを浮かべて。
なんだそれは。
血の滲む思いで作り上げたキョンシー達が魔法少女どころかただの人間に倒されるだと?
そんなふざけた事があってたまるものか!。
屈辱に噛み締めた唇が破れ、血が溢れる。幽鬼の如き青白い面は耐えがたい憤怒に赤く染まり――苦悶に歪んだ。
「ぐっ……くうぅ…ッ」
それは急激な体内魔力の消耗による苦しみ。老いさらばえた身体にはもはや、若き日に在った溢れる様な魔力は無い。僅かに残った魔力を振り絞ってキョンシーの群れを操る負荷は、すぐに片が付くと思っていた戦いが思わぬ長期戦になった事により危険な域に達していた。
もし奴らを倒せずこれ以上に長引けば……先に己の方が力尽きるやもしれぬ。
馬鹿な。
大陸から逃れ、ほうぼうの体でこの島国へと渡り、新たなキョンシーを製造するための資金と材料を得るためにゴロツキ共の用心棒などになるという屈辱を味わい、寝食すらも惜しんで戦力を増やし、この身を削りながら今日まで生きてきたのだ。
その結果が、その末路がこんなものだというのか……ッ!
「認めん……ッ。認めんぞぉ……!」
もはや目の前の総てが、亡き同胞達への、そして老人の人生にそのものに対する冒涜だった。
魔術師ならざる只人の分際で刃向かい笑って死ぬ極道も。そしてなにより――
「良い目だねえ。怒りと殺意でグチャググチャに歪んだ、そういう顔は大好きさ。――その心を力尽くでへし折って絶望させた時の面が最高だからねえ!」
我が血と汗と誇りと同胞らへの誓いの結晶たるキョンシーを
「認めるものかあああああ!!」
こいつへの、そして何よりも醜態をさらす己への怒りが、老いた胸の中心で爆ぜる。それは長年の苦難でボロボロとなった身体を突き動かし――禁断の魔術を発動させた。
「グゥっ!?――オオオオオオオアアアアッッッ!!」
突如もがき苦しむキョンシー達。目を見開き悍ましい叫び声を上げる様子に何事かと驚く組員達の前で、その額に張られた呪符が怪し気な輝きを放ち、死せる身体が膨れ上がった。ありえないほど膨張する筋肉に服が弾けるように裂け、骨格がメキメキと音を立てて変形していく。
同時に、老人は己が血肉を無理やり搾り取られるような痛みを感じ呻いた。だが、もとより覚悟の上。これぞ術者の命その物を魔力へと変えて行う禁術。霊幻導師たちがいざという時は己と引き換えに魔法の国を道連れにすべく編み出した最終手段なのだから。
「舐めるなあ! 魔法少女おおおおおお!!」
怒りに燃える瞳から血を噴きだしながら叫ぶ霊幻導師。
もはや己は魔力が枯れ果て、まもなく死ぬだろう。
だが命と引き換えに彼奴等だけは必ず道連れにせんとする決死の命を受け、全てのキョンシーが地を蹴った。
怒号を上げて突撃し、狙うはただ一人――こちらを舐め切った瞳で眺め、嘲笑う災厄の魔法少女!
戦法こそは二度目なれど、最初の突撃とは比べ物にならぬ殺意と勢いで迫る屍の群れを前に、カラミティ・メアリは
「いいねえ。こういうのを待ってたんだよ」
艶めく唇を吊り上げ、血に飢えたケダモノの笑みで
「一匹ずつちまちま潰すのにも飽きてきてたんだ。纏めて歓迎してやるよチャイニーズ。――とっておきのエモノでねえ!」
言うと同時に腰に下げた袋から札束を引き抜き、投げた。かなりの勢いで投じられたそれをキャッチしたのは――それまで戦いに参加せずちゃっかり安全圏から呑気に見物していた武器商人の魔法少女。
「オーダーだ。とびきりイカす奴を出しな!」
「オーケー姉御まいどありぃ。確かに受けたまわったゼェ」
守銭奴丸出しの笑顔を浮かべ軽快な手つきで諭吉の数を数えた武器商人は、抱えていたアタッシュケースを足元に置き蓋を開く。そこに在ったのは――闇。ケースのサイズから奥行きは30センチも無いだろうというのに、そこにはまるで奈落の如く底知れぬ暗黒が在った。
武器商人が札束にチュッとキスをした後そこに投げ入ると、札束を呑み込んだ闇が七色の光を放ち、武器商人は続いて己の手を突っ込む。
「さァて……お代に吊り合う商品の中でもナンバーワンなのはっと……オウ、見つけたゼェ」
ニヤリと猫のような笑みを浮かべて、彼女は七色の光の中に入れた手を引き抜いた。その指が握るは黒鉄の銃身の一部。姿を現したそれは、奇妙な事に明らかにアタッシュケースよりも大きい到底収まりようがないはずのサイズにも関わらず、一切つっかえる事無く引き出され、カラミティ・メアリへと投げ渡された。
「ご注文の品はコイツでいいかい姐御ォ?」
受け止めただけでズシンと地面が揺れるほどの大重量。だが返って来たのは満足げな口笛。
「ははっオーケイ注文通りさバッチリだよ。こいつなら――あたしもアイツらも気持ちよくイケる」
新しい玩具を手にした子供のような表情で構えたそれは――まさに死の鉄塊。
円形に連なる六本もの銃身と、モーターに電力を送るためのバッテリーを納めた巨大な弾倉。重厚にして無骨だが、ただ標的を蜂の巣にする事のみに特化したゆえに一種の機能的な美を感じさせるフォルム。100㎏を超える総重量もさることながら、毎分2.000~4.000発もの弾丸を撃つ際の強力な反動ゆえに生身では絶対に扱えないとされるその兵器の名は――
「《M134ミニガン》――の、試作携行版だ。宇宙から来たハンターだろうが未来ロボとだろうが殺り合えるシロモノだゼェ。最後の晩餐にたっぷり鉛玉を味わいナ」
「楽しませてくれた礼さ。全員仲良く逝(イ)っちまいなあ!」
かくて引き金は引かれ、鋼鉄の死が起動する。
被弾すれば痛みを感じる前に肉塊と化すがゆえに《無痛ガン(Paineless gun)》の異名を持つ
◇クラムベリー
激しく鳴り響いた戦いの音も今は消えて、静寂に包まれた闇の中で、音楽家は物憂げな吐息を漏らす。
乾いた大地の上で独り佇み、ラ・ピュセルが埋まっているだろう土砂の山を血色の瞳で見つめながら。
うず高く積もった石と土は常人ならばまず圧死するほどの量だが、魔法少女ならば大丈夫だろう。蹴り飛ばした際の手応えからして骨に罅くらいは入っているかもしれないが、その程度でくたばる程やわでもあるまい。じきに脱出し、再び立ち向かってくるだろう。
問題は……。
「はたして彼は、成長できているのでしょうか……」
相手の特徴を見抜き、その魔法を分析し可能性を考察せよ。
ラ・ピュセルに語ったその教えは、クラムベリー自身も実践している事である。
ゆえに、彼女はラ・ピュセルの魔法が持つ可能性について、本人よりも更に深く理解していた。魔法とは無限の可能性。固定観念に囚われなければ、発想の数だけ用途がある。それを知り、だからこそ多種多様な魔法を相手に勝利を収めてきたクラムベリーにとってラ・ピュセルの戦い方はたまらなくもどかしい物だった。
違う。そうではない。貴方の魔法の可能性はもっと幅広く、もっと自由度があるはずだと。
気付いてほしい。そして更なる境地へと至った刃に挑ませてほしい。
そうすればもっと愉しく、素敵で、身も心も解け合い一つとなれるような殺し合いが出来るのに……ッ。
「思えば、私がこれほど肩入れするのは貴方が初めてですね……颯太さん」
幾度も繰り返した殺し合いと言う試験の中で、目を掛けた魔法少女は何人かはいた。
だが、自ら特訓を施すほど肩入れした――そう、肩入れだ。アドバイスくらいならばともかく、これは明らかに試験官としての公平さを逸脱している――のは、記憶にある限りラ・ピュセルだけだった。
それは彼が今まで見てきたどの候補生よりも有望だから――ではない。
彼よりも強い魔法を持つ魔法少女は何人もいた。
例えば視界に入る総てを剣を触れずに断ち斬る者。指からあらゆる物質を分解するビームを放つ者。はたまた完全無敵の防御力を持つボディスーツを纏う者。
より優れた身体能力を備える者もまた同様に。技術、知能、そして精神力、どれをとっても彼を上回る者はごまんといたはずだ。
事実、この名深市における試験にもヴェス・ウィンタープリズンという己と互角に殴り合えるかつてない強者がいる。他に飢えを満たせる相手がいる。
ならば何故ラ・ピュセルにこれ程執着しているのか。……実の所、クラムベリー自身にもよく分からなかった。
彼に抱くこの想いは、ウィンタープリズンに感じた全力で戦える者に対する脳の奥が光り輝くような喜び、まるで自分が恋する乙女にでもなったかのような感覚とも似て非なる物。
幼い胸の奥の昏く寂しいがらんどうがどうしようもなく彼を求めている。何故、どうしてと思っても、理性すらも超えた狂おしい何かが彼と■■合いたいと叫んでいる。
あの忘れ難き夜。夜天を貫く剣を目にし、かつてなくこの胸が震えたあの時から、ずっと――森の音楽家の魂(こころ)は、竜の騎士に惹きつけられているのだ。
「本当に、なぜなのでしょうね……。どうして、私は……」
分からない。それを知るには、その心はあまりにも幼くて、どうしようもなく狂い壊れ果てて、もう戦いでしか■■と■がれなかったから。
だから――崩壊した岩壁が内側から吹き飛び刃の切っ先が飛び出した時、その心の戸惑いは一瞬にして戦闘狂の闘志に塗り潰された。
◇ラ・ピュセル
人はどうしようもない危機が迫った時、生きなければと願う脳が自身の奥底に眠っていた記憶を再生させ、助かる術を探そうとするらしい。だからきっと、今僕が見ている物もそういう物なんだろう……。
「どうして、あなたはそんなに強いんですか……?」
過ぎ去ったいつか。もう二度と戻れない穏やかな日常。僕のスノーホワイトと再会する前の記憶。
地面に大の字で寝そべり、泥のように重く圧し掛かる疲労と幾度も拳を受けた鈍い痛みに荒い息を吐きながら、僕はあの人に――組手で僕を叩きのめしたヴェス・ウィンタープリズンにそう問いかけた。
自分の方が早く魔法少女になり、それなりに鍛錬もしてきたつもりだったのに、妹弟子にあたるウィンタープリズンとの手合わせでは手も足も出なかった。本来のスタイルとは違う徒手空拳だとしても、こうも一方的にやられては情けない。
魔法少女としての経験的にはこちらが上だというのに、なぜこうまで差が付くのか。
やはり元々の資質や才能の差なのだろうか。
憧憬と僅かな嫉妬を込めた問いに返って来たのは、どちらとも違う答えだった。
「ナナのおかげかな」
「シスターナナの?」
シスターナナ。修道女をモチーフにした魔法少女。優し気な雰囲気で慈愛に満ちた笑顔を浮かべ常に他者を気遣う僕達共通の指導者で、そしてヴェス・ウィンタープリズンの相棒にして――恋人。
「『ナナの為に』そう思っているだけで、どんどん力が湧いて来るんだ。ナナの望みを叶えるために、ナナの笑顔を守るために、私はもっと強くなる。強くならなくては駄目なんだ、とね」
ぎゅっとコートの胸元で拳を握り、己が強さの理由を語る怜悧な美貌に、嘘は無かった。心の底からそう思い、そう在らんとする決意が瞳の中で静かに燃えている。
「それで、そこまで強くなれるものなんですか……?」
それでもどこか納得しきれずにいる僕に、彼女は
「愛しい人のためなら、魔法少女はどこまでも強くなれるのさ。ラ・ピュセル。君にも分かる日が来るよ。いつか――」
閉じ込められた闇の中で、体の奥から湧き上がる『思い』を感じた。
かつてあの人から言われた言葉が――傷付き徹底的に叩きのめされたこの身体を内から衝き動かす。
何をしていると。こんな所で倒れている場合ではないだろうと。
ああ、分かっているよウィンタープリズン。今なら、あなたの言葉の意味が分かるから。
――いつか君にも、守りたい大切な誰かが出来たらね。
圧し掛かる無数の岩と土を撥ね退けるように、力を込めて立ち上がる。
そして咆哮と共に剣を握り、突き出した。前へ、前へ――立ちはだかる見えざる壁を貫くがごとく。
◇クラムベリー
土砂を吹き飛ばすかのようにして再び立ち上がったラ・ピュセル。その手元から放たれた刃の煌めきが一条の光となって闇を裂く。
凄まじい速度で迫るそれを、だが音楽家は美しくも剣呑で、そしてどこか子供のような笑みで迎えた。
「嗚呼……」
漏れる吐息が、熱くどうしようもない程に昂っている。
『音』が聞こえるから。
あの日あの時あの夜に、愛しい魔法少女が限界を壊したあの音に勝るとも劣らぬほど胸の高鳴る――己を縛る型を破った音が!
「そうです。この音色を聴きたかったんですッ」
沸き上がる歓喜とともに右腕を振り上げ、掌から音の波を放った。
それは先程土砂を一蹴した時よりも更に凄まじき大音波。地面を抉り岩すらも吹き飛ばしながら刃にぶつかり、その進攻を阻み破壊せんとする。
だが、魔法の刃は止まらない。
音波の激流を切り裂くべく刀身はより細く平たく縮む事で鋭さを増して、それを伸び続ける柄が押し出し荒れ狂う大気を突き進んでいく。
穿ち貫くことに特化したその形は、もはや剣ではない。
それは《槍》。愛しき者を守らんとする誓いを貫き、突き進む――騎士の槍だ。
その穂先は襲いかかる音波によって表面が砕けようとも、破砕面の大きさを瞬時に変える事で元通りに成形し直し音楽家へと迫る。
全体ではなくパーツごとにサイズを操作する事で遂に『剣』の形からすらも脱却したそれは、まさに『剣の大きさを変える』という魔法の真骨頂。限界を壊して
「素晴らしい……ッ」
感じる。
槍の穂先が纏う、全てを貫かんとする魔力の迸りを。
この身を魂ごと熱く焦がすような彼の『殺意』を。
嗚呼、来る来る来る!
近づいて来る!
私の下へ。強者の高みへ。奈落の底へ!
彼が昇り、そして堕ちてくる!
想い人がその激情を以って強者への階段を駆け上がる――あるいは天から堕ちる――音を昂ぶる胸で感じながら、歓喜するクラムベリーは破壊音波の出力を更に上げ、魔法の槍も負けじとその突撃速度を増す。
◇ラ・ピュセル
刃を砕き、音を斬り裂き、せめぎ合う二つの魔法。
ここまであらゆる罠は食い破られ、小細工は容易く捻じ伏せられた。故にもはやここに至っては策など無い。
だが、感情だけで斃せる相手では断じてない。
だから激情を燃やしつつも決して呑まれるな。我を忘れるのではなく理性を保ちながら己が魔法を制御するのだ。
慎重に、だが全力で、更なる
僕が望み求める、スノーホワイトのための『力』へと――ここで成長させるのだ!
「おおおおおおおおおおおお!!」
叫べ。そして突き出し続けろ。スノーホワイトのために、あの森の音楽家へと!
荒れ狂う魔力の余波に、地面が震え、岩壁に亀裂が走り、そして――
刃の砕ける澄んだ悲鳴が鳴り響く。
パッと赤い血の雫が、薔薇の花びらのように夜闇に散った。
その赤と共に舞う小さな無数の光は、月光に煌めく穂先だった物の破片。
全ての思いと力を込めて放った僕の槍は、クラムベリーを貫く寸前に砕け散ったのだ。
霞む視界でその事を確認した時、辛うじて槍を握っていた身体からプツリと見えざる糸が切れるように力が抜け、僕は呻きを漏らし片膝をつく。
全ての力を、絞り出した。半ば無理やり動かしてきたこの身体はもはや限界。全身に圧し掛かる疲労感に荒い息を吐く度に、震える肌から血と汗が滴り落ちて地を濡らすほどに。
「はぁ……はぁ…っ…くそっ…仕留められなかったか……ッ」
全力を出した。思いを込めた。僕が今出来る全てを以ってしてもなお、届かなかった……ッ。
己の不甲斐なさに怒りすら込み上げて、噛み締めた歯を悔し気に軋ませる。と
「顔を上げてください」
かけられた澄んだ声に俯いていた顔を上げれば、暗い空の下、妖しく光る月を背に愉し気に僕を見下ろすクラムベリーの瞳と目が合った。
「そう悔しがることもありませんよ。たしかに貴方の槍は私を貫くに至らなかった、ですが……」
そして、気付く。
その本来ならば白いはずの頬は、だが今、己が瞳と同じように赤く染まっている。――そこに刻まれた傷口から溢れる鮮血によって。
僕の槍は、確かにその身体を貫けなかった。だが、刃は砕け散りながらもその破片によってクラムベリーに傷を付けたのだと。
「良くできました。満点とはいきませんが、それでも及第点です」
「……ッ。どこがだ……。ほんの掠り傷だろ」
「ええ確かに。
己が死の可能性を語るその声は微かに震えている。
だがそれは恐れでも死を逃れた安堵でも無く、生と死の狭間でしか得られぬ戦いの愉悦にゾクゾクと昂る声で
「ほんの僅かであっても確かに死に至る可能性があった、紛れも無く私を殺せる一撃だったということです。ならばそれを認めず何が強者でしょうか」
僕の両頬に、そっと添えられる二つの手。ふわりと撫でる様な力加減のはずなのに、けして逃がさぬと絡みつく薔薇の蔦のようにも感じるそれに顔を強張らせる僕へと、クラムベリーはまるで口づけをするように顔を寄せ、
「誇ってください。摘み取るには至らずとも、貴方は私の命に確かに指を掛けたのですよ。颯太さん」
そう、血に塗れた美貌で微笑みかけてきたのだった。
「……………」
言祝がれ、僕はこの手に握る槍に目を落とす。刃が砕け、鍔と柄だけになってもなお迫力のあるそれは、以前までならば決して手に出来なかった武器(ちから)。
戦っている時は無我夢中だったが、大きさをより細かく操作する事で事で剣そのもののタイプを変えるなんて、今まで考えもしなかった。騎士と言えば『剣』を振るう者と言う僕の
あるいは完全に棄てたつもりでも、無邪気に騎士に
いずれにせよ、あれは戦いの中、先入観も固定観念も捨てて、ただ勝つための手段のみを追求したからこそ出来た事。そうでなければおそらくは一生至る事の無かっただろう境地に、僕は目覚めたのだ。
『私ができるのは、こうして拳を交え、貴方が戦いの中で己が魔法を更に知り、可能性に気付き、新たな境地に至る、その手助けをする事だけです』
クラムベリーの言葉が、あの時は無かった確かな実感と共に脳裏に蘇る。
そしてこれは、この力は魔法少女達による殺し合いに勝ち残りスノーホワイトを救うために必要な力なのだとも確信した。
たとえそれを手に出来たのが仇敵の手によるものだとしても、新たな力を得た高揚と僅かな達成感を感じていると
「ああ……ですが……これは少々まずいですね……ッ」
笑みを浮かべていたクラムベリーの唇が不意に歪み、苦し気な――いや、何かを堪える様な声を漏らした。同時に僕の両頬に触れる掌から伝わる温度が徐々に上がっていく。熱く、熱く、内なる炎に熱せられるように
「痛い……痛いですよ……ッ。裂かれた頬が……熱く、鋭く痛んで……血がこんなにも……ッ」
震える声は熱情に濡れて、血に染まった頬は上気して赤みを増し、纏う薔薇の香りが一層濃くなっていく。
「いけませんよ颯太さん。私は今夜は本当にレクチャアだけで終わらせるつもりだったのに……殺さないつもりだったのに……ッ貴方がこんなにも激しく責めるせいで……――私はこんなにも昂ってしまったではないですか……!」
熱に浮かされた様に語るクラムベリー。その瞳を見た瞬間、僕の全身の血が凍りついた。
今までずっと凪いでいた彼女の瞳が――赤い深淵の奥に広がる暗い森が、騒めいている。
そこにはもはや墓所を思わせる静寂は無い。ざあざあと葉を揺らし、無数の枝をぎしぎしと鳴らして、身の内から巻き起こる激情の嵐に森が狂喜の唸りを上げているのだ。
「………ッ」
殺意に染まったその笑顔に、かつての恐怖が甦る。
この殺意は、この怖気は、あの時と同じだ。
初めてこいつと戦い、そして成すすべもなく打ちのめされた時、痛みと恐怖に戦意を失った僕を嬉々として殺そうとした──あの狂喜の笑みだ。
「飢えて疼いて止まらないのですよ。
叩きつけられる圧倒的な強者の戦意。迸る殺気に曝された生存本能が絶叫する。ぞわっと総毛立った肌がひりつき、甦る恐怖に身体が震えだして──その総てを奥歯を噛み締め捩じ伏せて、僕は震える足に力を込め立ち上がった。
「……ああ、いいだろう」
互いの額が触れ合いそうなほどに顔を近づけ、殺意に昂る瞳を睨み、はっきりと言う。
「殺し合いたいのなら。元より僕はそのつもりだ」
「本当に、いいのですか……? 貴方は酷い有様ですよ。血と傷に塗れ、魔力の消耗も激しく、それで本気の私に勝てるとでも?」
「そんな目をして白々しい事を言うな。たとえ僕が断ったとしても、お前は僕を逃がす気なんて無いだろう?」
答えを聞くまでも無い。艶めく唇を悍ましく吊り上げたその笑みは、獲物を絶対に逃がさぬと猛る狩猟者の顔なのだから。
ゆえに逃げられぬ。戦うしか選択肢はない。
だが、それで絶望するつもりなど毛頭無い。希望など無くとも、ただ無為に死ぬなんて僕自身が許しはしない。
僕はスノーホワイトを守り切れなかった。
彼女は今も、いつ目覚めるともしれない眠りについている。
結局今も僕は弱いままで、夢を棄ててて大切な物を犠牲にしても望む結果すら得られなかった愚か者だ。でも、それでも――僕はスノーホワイトを守ると誓った騎士なんだ。
相討ち上等。刺し違えて共に地獄へ逝けるならああ本望だとも。
「それに、勝てないとしても無意味に死んでやるつもりは無いさ。たとえ僕が殺されようと、次にお前と戦う魔法少女がお前を殺せるように、手足の一・二本は貰っていく。出来ないとは思うなよ。――大切な人のためなら、魔法少女はどこまでも強くなれるんだ」
そうだろう? ウィンタープリズン……――。
「愛しい人のためなら……ですか」
勝利などいらない。あの子のためならばこの命すら棄ててみせる。僕の覚悟を聞いたクラムベリーの瞳の奥がその時――ぐにゃり、と歪んだ。
「ええ……ええ知っていますよ。誰よりもそう、
静かに呟く声に、不気味な熱が籠る。じわりと、純粋な闘志と殺意に満たされていた瞳の奥底から、それらとは異なる思い(ナニカ)が滲み出る。
優雅な微笑を浮かべていた唇は吊り上がり、亀裂のような笑みとなった。
悪寒が走り、鳥肌が立つ。様子の変わったクラムベリーから、これまでとは明らかに違う異質な恐怖――あるいは危うさを感じてしまう。
「交わした笑顔。育んだ絆。心から繋がりあった仲間達を守るために戦う時に体の奥から湧き出る力を、熱く燃える胸の
勇気と友情を語っているというのに、その声音はどうしようもなく歪みひび割れていて。
懐かしさと喜びと愛おしさと悲しみと苦しみとそして痛み、そんないくつもの感情(おもい)がグチャグチャに混ざり合い狂い壊れた声は、まるで地獄の底から響いてくるかのよう。
胸が苦しい。目の前の狂気に、冷たい汗が止まらない。
僕はきっと、触れてはならないナニカに触れてしまったのだ……ッ。
「先ほどの不粋な質問をお許し下さい。私達が戦うのに実力差など些細なものでしたね。そんなものは己の思いでどうとでも覆すのが魔法少女」
……だが、それがどうした。
そんなものに屈するほど、僕の誓いは脆くないッ。
震えそうになる歯を怖気ごと全力で噛みしめ、僕は瞳に力を籠める。クラムベリーの狂気に、己が闘志を叩き付ける。
「ゆえに喜んでお相手しましょう。ええ油断などしませんとも。――大切な人のためなら、魔法少女は悪魔をも斃せるのですから!!」
そして互いの闘志と狂気がぶつかり合い、大気すらも震わせながら膨れ上がり、爆発するその刹那―
「「――ッ!?」」
僕たちは同じ方向へと弾かれたように顔を向けた。
見開いた眼を向けたその先――ちょうど僕とクラムベリーが初めて戦った倉庫街のある方向から、魔法少女の鋭敏な第六感が凄まじい殺意の爆発を感じたのだ。
それはクラムベリーやスイムスイムのように冷徹な理性と計算のもとに研ぎ澄まされたものとも、あるいは僕のように何かを守るために己が手を汚すことも厭わぬ悲壮なそれとも異なる、ただ荒れ狂い衝動のままにあらゆる物を破壊する、まさに獣のごとき殺意……ッ!!
「なんだ……ッ。いや、誰だ……!?」
この凄まじい、あるいは危険度ならばクラムベリーをも上回るかもしれない殺意を誰が放てるというんだ!
「これは……。ああ、成程……この殺意を感じるのは戦場を共したあの時以来ですね」
訳も分からず戦慄する僕とは違い、クラムベリーにはその発生源が何者かを直ぐに悟ったようだ。
懐かしそうに切れ長の目を細め、同時にその総身から禍々しく噴き出ていた
肌がひりつくほどの殺気が唐突に納まった事に、目を向ければ――
「ああ、いけませんね……。私はどうにも我慢が苦手です。危うく貴方が育ち切る前だというのに勿体無い事をするところでした」
艶やかな唇が描くのは、先刻までの狂笑ではなく苦笑の笑みで、その美貌にもはや殺意の色は無かった。
それでも僕は警戒を緩めず、切っ先を向けながら問う。
「……その顔は、もう戦うつもりは無いという事か」
「ええ。名残惜しいですが今宵はここまでです。……もちろん貴方とは心ゆくまで殺し合うつもりですが、まだその時ではない。いずれその命を摘み取るにもっと相応しい舞台――血沸き肉躍り歓声と絶叫鳴り響く最高の戦場が開幕した時にこそ、私たちの身も心も蕩けて一つになるような殺し合いを愉しみましょう」
その時を夢想しているのか。白い頬を微かに薔薇の色に染め、意中の男を寝所へと誘う妖婦の如き笑みで
「そう遠くはないはずです……――彼女が動くというのなら、きっと『そう』なるでしょうから」
くすりと呟くと、そのまま優雅に身を翻し、背中を向けた。
「ではおやすみなさい颯太さん。今夜はとても楽しめました。私も――よく眠れそうです」
穏やかな声で別れを告げ、そのまま夜の闇の奥へ歩き去ろうとするクラムベリーを――僕は呼び止めていた。
「待って」
声をかけて、そんな自分の行動に戸惑う。
考えての行動ではない。気が付けば、口が動いていたのだ。
あるいは今だ僕の脳裏に残るあの時の彼女の顔が、崩れ落ちる岩壁に飲まれる寸前に目にした
『――私は、信じていますよ』
そう語りかけるクラムベリーの小さな姿がどうしてか――小雪に似ていると、そう思ってしまったからかもしれない。
「……なにか?」
「えっ……と……」
とはいえ、呼び止めてしまった以上は何か話しかけねばならない。
足を止め顔を向けるクラムベリーへと、暫し逡巡した後、僕が口にしたのはこんな問いだった。
「殺し合うのってさ、そんなに楽しいのか……?」
「――はい?」
うわっ。あのクラムベリーがきょとんとしている。
赤い瞳をちょっと丸く した初めて見るその表情は、成熟した外見に反してまるで子供のようで。けど素っ頓狂な質問をしてしまった僕にはそれを眺めている余裕なんてある筈もなく、微妙にあたふたしながら
「えっとさ……その、なんていうか僕も戦うこと自体は嫌いじゃないし……っていうかちょっと前までは魔法少女の力を思う存分に揮って強い奴と戦いたいってずっと思ってたし。……ホントは今日お前と戦ったのもちょっとだけ楽しかった。けどさっ、だからって殺したいとは思わない。――っていや、違う。もちろんスノーホワイトのために絶対に生かしておけないんだけど、それを楽しもうとは思えないんだ。というか殺し合いなんて生き残ったとしても後味悪いしっ……僕はそういうんじゃなくて勝っても負けてもお互い生きて健闘を称え合うとかそういうのがしたいから……だからそのっ、クラムベリーはどんな気持ちで殺し合いを楽しんでるのかって気になったというか……そのっ……まあそんな感じっ!」
うああああっ自分でも何を言ってるのかよく分からない……っ。
もうこれは絶対に馬鹿だと思われてるっ。だってこれって食いしん坊に「食べるのって楽しいの?」って聞くようなものだし。どうせクラムベリーだって、ただ感覚的に楽しいからやってるだけで理由とか無い戦闘狂だろうから「楽しいものは楽しいからですよ。当たり前じゃないですか」としか答えられないのは目に見えてるっていうのに僕ってやつはぁ……っ
「ぷっ」
思わず頭を抱えて悶絶しそうになっていた僕の耳が、小さく吹き出す音を聞いた。
ぎょっと見れば、クラムベリーが口元に手を当てて面白そうに僕を見ている。
「ふっ、ふふっ……失礼しました。そんな事を聞かれたのは初めででしたので、つい……」
「そ、そうか……っ」
「それに貴方の態度が必死すぎて、先ほどまでの凛としながらも悲壮な姿とのギップが……っふふ」
「笑うなよっ!」
「ああ申し訳ありません。私を殺したければ私の総てを知りなさいと言いましたから、ええお答えしますよ。……そうですね。殺し合いの魅力というのは様々ですが、私にとっては何よりも――満たされるからです」
「満た……される?」
その唇が語った答えは、だが僕の思っていたそれとは違っていた。
「強い者へと挑み、全身全霊を以てぶつかり合う興奮。傷つけ傷つけられる刺激。そして戦いの果てに強者を打倒した時の快感は、あらゆる痛みも苦しみも飢えも……何もかもを忘れさせてくれます。それだけで、後は何もいらないと思えるほど……」
語る思いは血に飢え戦に狂った修羅のそれだというのに、静かに言葉を紡ぐ唇に笑みは無く、その瞳は愁いを帯びて、
「どれだけ飢えて乾いて堪らなくとも、誰かと命を奪い合う、殺し殺されるその時だけは、私は……」
この時だけは、目の前の誰よりも恐ろしいはずの魔法少女が、ひどく小さく、今にも暗い闇の中に独り消えてしまいそうなほど儚く思えた。
なんでだろう……。
顔立ちは全然違うのに、誰かを救うことを願うスノーホワイトと誰かを殺す事を望むクラムベリーは正反対の魔法少女のはずなのに、やっぱり……どこかが重なる。
けどそれは、亜子ちゃんのように他人を思う優しさでも、いつかのオフ会で会った名前も知らないあの娘のように似た雰囲気を感じるという訳ではなく――もっと、そう、もっと別の……二人の心が共に抱く何かが……――
「だから颯太さん」
澄んだ声で名を呼ばれ、ハッと我に返る。
戸惑い、思考の渦に沈み込んでいた僕の瞳を、クラムベリーが覗き込んでいた。けして逸らせず、けして逃さず、何処までも僕を捉えて離さない飢えた瞳で。
「私が貴方を殺したいと求めるように、あなたもまた私を殺したいと求めるならば、間もなく『彼女』が引き起こす災禍の中でその身を鍛え技を磨き、屍の山を登って更なる強者の高みへと至ってください。夢も理想すらも贄として、ただ一心に私を求め続ければ――いずれその剣は私を倒し、あるいは魔王にすらも届くやもしれませんよ」
やはりどこかあの子と重なるその瞳の、けれど何が共に通じているのか……この時の僕には分からなかった。
――分かっておくべきだったのだと後に悔いる事になることも、まだ、この時は。
◇◇◇
その後、クラムベリーはいつかのように夜闇の向こうへと去り、残された僕はスイムチームが集まっているだろう王結寺へと戻ることにした。
今後の方針を伝えるから必ず来るようにとスイムスイムから厳命されていたため、遅れるわけにはいかない。今だ痛みの残る身体を動かし何とか遅刻ギリギリで間に合ったものの、傷だらけで現れた僕に皆は何事かと驚いた。
特にたまは軽くパニックを起こして「どっどどどどうどどどうどどどうっ……!?」と涙目で風の又三郎みたいな呪文を唱えながら(たぶん「どうしたの」と言おうとしたんだと思う)僕の体をペタペタと触り、しまいには傷をペロペロと舐めようとしてきたので(たぶん動物的本能だと思う)慌てて引きはがすという場面はあったものの、頭を撫でて「大丈夫だよ」と言うとようやく安心して落ち着きを取り戻してくれた。
そしてスイムスイムは、
「その傷はどうしたの?」
「クラムベリーと戦ったよ」
そう答えると、赤紫の瞳をほんの少しだけ見開いて沈黙した後、
「勝った?」
「……いや、負けた。生きてるのは見逃されただけさ」
「そう」
相変わらずの落胆や安堵などといった感情のほとんど読み取れない凪いだ声で呟き、ポツリと言った。
「無事でよかった」
「えっ!?」
思いがけない台詞に反射的にミナエルの隣を見ると、そこにはちゃんとユナエルがいて、二人そろって信じられない物を見る目でスイムスイムを凝視している。ということはこのスイムスイムは本物か。
「これからの戦いに必要な戦力を失わなくてよかった」
よかったいつものスイムスイムだ。
単なる戦力扱いでホッとするのも変な話だが僕は内心安堵し――スイムスイムが語った不穏な言葉について、顔を引き締め問いかける。
「『これからの戦い』ということは、決まったのか?」
問う声が僅かに固くなったのは、その言葉が示す悍ましい事実を悟ったから。
スイムスイムはゆっくりと頷き、言った。
「ラ・ピュセル。次に殺す魔法少女が決まった」
瞬間、空気が張り詰め、緊張が走る。
まるで氷の海にいるかのように、空気が重く、冷えていく感覚。ピーキーエンジェルズすらいつものおちゃらけた笑みを消し、緊張に顔を強張らせたたまがごくりと唾を飲む音が沈黙の場に響いた。
そんな魔法少女達の視線を一身に受けながら、スイムスイムは告げる。
彼女の夢を叶えるために捧げられる――次なる生贄の名を。
「シスターナナとヴェス・ウィンタープリズンを殺す」
告げられたその名に、たまたちが小さく息をのむ。
肉弾戦最強とも噂されるヴェス・ウィンタープリズンの強さは、パートナーであるシスターナナ自身が広めたカラミティ・メアリとの大立ち回りの武勇伝で皆が知っている。
そして、師弟関係にある僕が彼女らと親しくしていることも。
「作戦はもう考えた。それにはラ・ピュセルの力が絶対に必要。――できる?」
シスターナナは優しい魔法少女だ。
魔法少女になったばかりで右も左もわからなかった僕を優しく丁寧に指導してくれて、魔法少女として一人立ちした後も何かと目をかけてくれた。
そんな慈しみに満ちた暖かな彼女が指導してくれたからこそ、僕は魔法少女としてやってこれたのだと思う。
そしてヴェス・ウィンタープリズンは、僕に色々な事を教えてくれた。
もっと強くなりたいと思う僕に、快く組み手で付き合ってくれた。休日には一緒にA級からZ級までたくさんの映画も見た。初めのうちはいまいち良さが分からなかったけど、最近では通な感想を語り合って盛り上がれるくらいになれた。
そしてなにより、魔法少女として大事なことを教えてくれた。
今夜の戦いで自分を奮い立たせることができたのも、ウィンタープリズンのおかげだ。あの日のウィンタープリズンの言葉がなければ、僕はクラムベリーに対して一矢報いる事すらもできず無様に地に伏していたままだったかもしれない。
二人とも僕のかけがえのない仲間で、師弟で、友達で、そんな彼女たちを――
「――ああ、もちろんだとも」
殺す覚悟なら、とうにできている。
「僕は君の騎士だ。誓いの下、立ちはだかる全ての者にこの剣を振るおう。たとえそれが誰であろうとも――斬る覚悟なら、とっくに決めている」
夢を捨てたあの時に。正しい魔法少女であることを辞めたその時に。
何の罪もない者でも、たとえ笑いあった仲間達すらもこの手にかける地獄に墜ちると。
「我が姫スイムスイム。その命確かに承った。シスターナナとヴェス・ウィンタープリズンは、僕が殺す」
◇カラミティ・メアリ
永遠に続くかと思えるほどの銃声が止んだのは、獲物達の断末魔すらも潰えてからだった。
敵と味方の入り混じった死体の山と撒き散らされた鉛玉から漂う血と硝煙の香りに包まれて、カラミティ・メアリは殺戮の余韻に浸る。
「じゃあね爺さん。そこそこ楽しめたよ」
笑みを浮かべた唇が呟くも、それを言われた当の本人はガドリングによってキョンシー達ごと無数の肉片となって飛び散り、原型すら留めることなく血の海に浮かぶ骸の一つとなっている。
それを路傍の石に向けるような目で眺めるカラミティ・メアリ。その背後で、何かがもぞりと動いた。
それは奇跡的な偶然か、あるいは無残に散った老人の最後の執念か、辛うじて破壊を免れた唯一のキョンシーが立ち上がり、憎き魔法少女へと襲い掛かる。
しぶとく生き残った何人かの組員達が慌てて『姐さん』と叫ぶ中、鬼火のごとき瞳を血走らせ眼前の細首に喰らい付かんとしたキョンシーの顔面は――振り返りもせずひょいと向けられたリボルバーの銃口が放った弾丸によって粉砕された。
どさり、ではなくぐちゃりと崩れ落ちる音が鳴ってから後ろを振り返ったカラミティ・メアリは、正真正銘の死体となったキョンシーの姿に、おっと小さく声を漏らす。
「はっ、こいつは驚いた。こんな有様で動いたのかい」
辛うじて人の形は留めているものの、肉は抉れ、折れた骨が肌を突き破り、破れた腹から腸をこぼすその様は、半ば肉塊と言ったほうが相応しい状態だった。
意思の無い傀儡人形のごとき存在だからこその頑丈さに呆れ交じりに感心していたカラミティ・メアリだったが、やがてその唇の端がにやりと不穏に吊り上がる。
「追加注文だ。今から言うもんを用意しな」
傍らにいた武器商人に声をかけ、あるものを注文した後、続いて自分のマジカルフォンを操作しファブを呼び出すカラミティ・メアリ。
光るリンプンを散らしながら現れた電子妖精に、言った。
血と暴力に飢え、次なる獲物を求めるケダモノの瞳で
「――マジカロイドを殺った奴を教えな」
あけましておめでとうごいます。たとえお正月はとっくに過ぎようとも新年一発目なら年明けの挨拶をする作者です。
前回の投稿からはやウンヶ月、大変お待たせしました作者は死ねばいいのに(レイプ目)
ともあれ何とかかんとかどうにかこうにか投稿できた今話ですが、何が苦労したかって音楽家ァの描写に苦労しました。
自分がクラムベリーに感じる魅力は戦闘力的強さと内包する弱さのアンバランスさなので、本作では彼女の弱い部分をこれでもかと描こうと思ってます。なので本作の音楽家ァはメンタルくそ雑魚ベリーさんです。もちろん解釈違いはあるとは思いますが、あくまで作者の独自解釈なので生暖かい目で許してください。
おまけ1
武器商人の魔法少女の魔法
『いろんな武器を売るよ』
魔法のポテンシャル❤❤❤❤❤
お代に応じて魔法のアタッシュケースから過去及び現代の全ての実在していた武器を出せる。武器は全てコピーであるため、性能はオリジナルと同一。魔法の武器も出せる。
お代は購入希望者の価値観が基準。つまりは希望する商品に価値を見出していればいるほど要求されるお代もまた吊り上がる。今回の場合はメアリが渡した札束に見出す価値に釣り合う商品までがリストアップされた(なお登場したガトリングガンは米軍が次代の主力装備となる軍用パワードスーツ用装備の一つとして秘密裏に開発していた物。……というインチキ設定をぶっこんでまで作者が出したかった妄想武器。だって手持ちガトリングは男のロマンだもの)。
なおお代はアタッシュケースの中に文字通り『消えて』しまうので、魔法を使用する前にその何割かを手数料として頂いている。
おまけ2
短編『ナブカ・ラプソディ』
※クラムベリーの設定およびねむりんの解説は、ほぼ全て設定捏造というか独自解釈というか要するに適当ぶっこいてるぽん。公式と違ってても生ぬるい目でスルーしてほしいぽん。
※『このラノ文庫』繋がりでちょっとしたクロスオーバーがあるけどストーリーにがっつり絡ませるわけではないので許してぽん。
※なおねむりんの扱いがほぼフレディぽん。
◇■■■■■
暗い暗い森の中。
夜 闇にぽつんと佇むうち捨てられた廃墟の軋む扉を開き、中に入ったクラムベリーは、念のため周囲に超音波を放ち誰もいないことを確認して、ようやく変身を解いた。
「……っ」
途端、羽のように軽く感じていた身体に自重の負荷がずしりと圧し掛かる。葉のこすれる音さえも鮮明に聴こえるほどに鳴り響いていた無数の音が遠のく。月明りを頼るまでもなく果てまで見通せたはずの暗闇は途端にその濃さを増し、視界を夜のヴェールで覆い尽くした。
魔法少女からただの人間に切り替わるこの瞬間だけは、何度経験しようとも不快なものだ。
全能感すらも感じるほどの力が消えて、心身共に脆弱な状態になるこの喪失感と不快感に耐え切れず、中にはずっと魔法少女に変身し続けている依存症じみた者達もいるというのも納得できるというもの。
かくいう自分もまた似たようなものか。
人間に戻った時から苛まれる猛烈な空腹感と眠気に小さく舌打ちしつつ、■■■■■は幾日かぶりの食事の準備に取り掛かった。
一般的に魔法少女には寝食が不要というのはよく言われる事であるが、それは正確ではない。より正しく言うのならば『魔法少女の体』は確かに寝食はいらないが『人間の方の体』には必要である、だ。
魔法少女の体に切り替わっている間、本来の人間の体は休眠状態となる。なお代謝速度も低下し老化が遅くなるため一部では魔法少女アンチエイジングなどとも呼ばれているが、それでも時間が止まっているわけではない以上、睡眠と食事を摂らなければいずれは餓死してしまう。
なので魔法少女は特殊な例を除いて全員が定期的に人間の体で寝食を摂らねばならず、あの魔王パムですらその仕組みからは逃れられない。
そしてそれは、魔法少女が最も無防備となる瞬間である。たとえどれほど強大な力を持とうとも、ただの人間の状態であるならば容易く屠ることができる。ゆえに自分のような誰に狙われるかの心当たりが多すぎる魔法少女は、完全に安全が確認できるような場所と時間に変身を解き寝食を摂るのだが、今回は少々事情が違った。
『ねむりん』がいたからだ。
いつもチャットルームにいて、ほわほわとした表情と雰囲気で場を和やかにする――夢の世界を支配する魔法少女ねむりん。
そんな彼女が有するのは、数ある魔法の中でも最上級の一つである『空間支配』タイプの魔法だ。その中でも特に、ねむりんのそれは規模と支配力――そして脅威度においては規格外だった。
自分の意のままになる空間を持つこのタイプの魔法を相手にするのに、最も有効かつ唯一の選択肢はその空間に入らないことである。地形どころか物理法則すらも意のままになるフィールドでは、相手から受ける魔法そのものを完全にシャットアウトでもしないかぎりどうやっても勝負になるはずもなく、ゆえにいかに相手の空間に引きずり込まれることなく戦えるかが鍵となるのだが、ねむりんが支配するのは『夢』。
この世に生きるあらゆる生き物が絶対に逃れられぬ『睡眠』という行為をすれば必ず入らざるおえない空間なのだ。かといって生物である以上、眠らなければ死んでしまう。
夢の中で戦えば死。戦いを避けても睡眠不足による衰弱死。
仮にねむりんが敵に回った場合、彼女は自ら手を下す事すらも必要ないだろう。どこか絶対に安全な場所にでも閉じこもっていれば、相手は勝手に死ぬのだから。
こちらが眠る前に、ねむりんの精神が籠城生活に耐え切れず外に出る事を期待しての我慢比べも現実的ではない。
何故なら、ねむりんは暖かいベッドと美味しいおやつとネット環境さえあればこの世の終わりまで閉鎖空間に引きこもれる反社会的種族ヒキニートなのだ。
ゆえにねむりんが生きている間、■■■■■は決して眠らず、ねむりんが死亡し死後にも魔法の影響が残っていないか確認できる今日まで寝食を摂らなかったのだ。
そしてようやく久方ぶりの食事を味わい、だが舌鼓を打つこともなく単なる栄養補給でしかないとばかりに事務的に終わらせた後、■■■■■■はベッドに寝転がった。
そうして訪れるのは、静かで、何もない空虚な時間。いつもならば夜が明けるまで一つだけ置かれたピアノでも弾いて無聊を慰めるのだが、魔法少女時とは指の長さも聴力も異なるこの体ではそんな気にもならない。かといって唯一の話し相手となるファブには、魔法の国へ提出する試験の中間報告書作成を押し付けているので今は電子空間内でデスクワークにかかりきりだ。
小さく息を吐き、■■■■■は枕元に置いてあった、表紙に『大詩人柏木の大詩集』と書かれた文庫本サイズのノートを手に取ると、仰向けに寝転がったまま気だるげに開いた。
何も語ることなく、安っぽいノートに書かれたいくつもの詩に目を通していく。
そうしてしばらく、ページをめくる音だけが廃墟の静寂に響き、やがて最後のページを読み終えた■■■■■は、詩集を再び置いてから明かりを消し、瞼を閉じた。
『ねえねえクラムベリー。今度夢の中に遊びに行っていい?』
『何ですかいきなり』
『ほらねむりんって大体の魔法少女の夢に入ったことはあるけど、クラムベリーはまだだからさあ。名深市で唯一の夢の中担当魔法少女としては一度くらいはお邪魔したいなーって』
『夢とはいえプライベートな空間に立ち入られるのは遠慮してほしいのですが』
『もちろんただでとは言わないよ。ねむりんの力でとっても楽しい夢を見せてあげるよ』
『結構です』
『やったーありがとう』
『NOという意味の結構です』
『ぶーケチー』
『貴女が気安過ぎるんですよ』
『つれないなあ。でも気が変わったらいつでも声をかけてね。怖い夢を見た時はねむりんを呼べばいつでも参上して最高の夢にしてあげるよ』
瞼の裏の闇の中で、ふと、いつかの記憶が浮かんでくる。
たしか、ねむりんとチャットルームで二人きりだった時、交わされたやり取りの一つだったか。
『楽しい夢を見せてあげる』とねむりんは言っていたけれど、結局一度も招くこともなく夢の魔法少女は脱落した。
それをもったいないとは思わない。
楽しい夢を見ることなどとうの昔に――あの時から諦めているのだから。
夢に見るのはいつも同じ。何度眠ろうとも、どれほど時が経とうとも
「私が見る夢など、決まっています……」
夜の闇が、彼女を包む。
押し寄せる静寂が、セカイを満たしていく。
意識がだんだん、深い底に沈みこんでいく。
ああ、ここはとても静かで、誰もいなくて……なにもみえない……ほんとうに、くらく……くらい……。
ぞわりと、闇の中で何かが蠢いた気が、した。
「――――っ!?」
違う。気のせいだ。
ここには誰もいない何もいないいるはずがないんだ!
乱れる鼓動と震えだそうとする体を自ら抑えつけるようににかき抱いて、胸の奥底から溢れようとしているものに耐える。
ああ……寒い。
夜はこんなにも、肌寒かっただろうか。
こんなにもくらくて、しずかで、■■しいところで、わたしは……。
「そうた、さん………」
気が付けば小さな唇が、彼の名を呼んでいた。
自らの片頬――今夜、彼の刃を受けた場所に――そっと触れる。
傷つけられたのは魔法少女の体であり、人間の方のそこには何の痕も無い。しかし、そこに触れていると、あの時の刃の感触が、肉を裂かれる熱い痛みが、触れる指先から蘇ってくる。
己を全力で殺しにくる相手と対峙する緊張感と、血が沸き立つような興奮。蘇る戦いの愉悦が、耐えがたい寒さを身の内から温めてくれる。怯える鼓動を悦びのリズムにしてくれる。
独りきりの闇の中で、小さく名を呼び続ける声は……やがて、微かな寝息へと変わった。
Fin
※なお詩集は異世界の小樽で購入。