魔法少女育成計画routeS&S~もしものそうちゃんルート~    作:どるふべるぐ

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◐<今回の話はスノラピュでありラピュスノでもあるぽん。どっちかのみしか認めないという方は見ないでほしいぽん。あと小雪のキャラがおかしいかもしれないけど生暖かい目で許してほしいぽん。でもどうしても気になるときは指摘してもらえたら直すぽん。


岸辺颯太の孤独な戦い

 ◇岸辺颯太

 

 その時、僕の脳裏には、ある記憶が蘇っていた。

 僕がクラムベリーに初めて敗北し、そしてスイムスイムに身も心も打ちのめされた、あの最悪の夜。その終わりが。

 あの時、憔悴しきった僕を自宅まで送り届けたスイムスイムは、別れ際にこんな言葉を残した。

 

『この事は私たち以外の誰にも教えないで。助けを求めるのも、知られても駄目』

 

 そう告げたスイムスイムの底冷えのする瞳は、決してそれが脅しではない事を示していて

 

『もし知られたら、あなたのマジカルフォンを破壊する。そして――』

 

 たとえそれが倫理に反していようが、人の道に背く鬼畜の所業だろうが――必要ならば、()る。そんな狂的な信仰心にも似た確固たる意思が、そこに在った。

 その眼差しに貫かれ、僕は恐怖と共に理解した。こいつは危険だ。狂っている。そして、どこまでも本気だと。

 だから、けして知られてはならない。

 他の誰にも。特にスノーホワイト――小雪には。

『困っている人の心の声が聞こえる』彼女にだけは、会う事すらも駄目なんだ。

 魔法少女に変身している時の彼女に会えば、僕の心の声を聞かれてしまう。僕のこの痛みも、苦しみも、絶対に隠さなければならない秘密も、何もかもを暴かれてしまう。

 だから、駄目なんだ。

 どれだけ恋しくても、どんなに会いたくても、彼女にだけは、小雪にだけは、絶対に……。

 会ってはいけない。ああなのに――

 

「こゆ、き……」

 

 なんで君が、姫川小雪が、ここにいるんだ……。

 呆然とする僕の目の前に、優しい野の花の様な笑顔を浮かべて。

 

「なんで……?」

 

 それはありえない、いや、今この時だけはあってはならない光景のはずで。

 真っ白になった思考で、僕はそれでも何とか唇を動かし問い掛けた。

 

「そうちゃんのメールに体調が悪いって書いてあったから……心配だからお見舞いに来たの」

「そう、なんだ……」

 

 そうだ。小雪はこういう子だった。

 僕は馬鹿か。相棒が魔法少女活動もできない程に弱っていると知れば、小雪が何もしないはずないじゃないか!

 あまりの迂闊さに、湧き上がる苦い後悔。同時に幼馴染の優しさにこんな感情を抱いてしまう事に自己嫌悪する。

 

「そうちゃん顔色悪いよ。大丈夫?」

「だっ、大丈夫だよ!?」

 

 慌てて誤魔化そうとするけど、小雪は僕の顔を心配そうにのぞき込んで

 

「私驚いちゃったよ。体調が悪いっていうから休んでると思ったのに、学校が終わってから来てみたら誰もいないんだもん」

「いや、その、体調が悪いって言っても立てない程じゃないから……」

 

 なるべく何でもないように言って、なんとか安心させようとした。けれど、むしろ小雪は形の良い眉をむーっと寄せて

 

「油断しちゃだめだよそうちゃんっ。体調がよけい悪化したらどうするの!」

「ご、ごめん……」

 

 一転、澄んだ声で怒られてしまった。

 普段は大人しい幼馴染の剣幕に、おもわず謝る僕。

 

「もお、そういう無理しちゃうとこ、そうちゃんは昔から変わらないんだから」

「昔から……?」

「覚えてないの? 昔、そうちゃんが風邪をひいちゃった時のこと」

 

 ……そういえば、昔似たような事があった。

 まだ僕たちが幼稚園児だったころ、僕は軽い風邪をひいてしまった。本当は風邪をひいた時は大人しく休んでいたほうがいいというのは知っていたけれど、その日は小雪と遊ぶ約束があって小雪もすごく楽しみにしていたから、僕は親にも小雪にも風邪気味である事は内緒にして、一緒に日が暮れるまで遊んだのだ。

 かくれんぼをしたり、追いかけっこをしたり、おままごとをしたり……。

 

『そうちゃん。はい、あーん』

『あーん……ぱくっ』

『おいしい?』

『うん。おいしいよ。こゆき』

『えへへ……♪』

 

 風邪をひいていたから、だるくて、熱でぼーっとしてたけど、それでも大事な友達と過ごす時間は楽しかった。

 いっぱい遊んで、笑い合って……そして帰った後案の定、僕は風邪が悪化してダウンした。

 しかも小雪にもうつしてしまったらしく、小雪が風邪で寝込んでしまったと知らされて母さんからめちゃくちゃ怒られた。僕のせいで、小雪に風邪をひかせてしまった。それを知って、悲しくて、申し訳なくて、布団の中でひたすら後悔した。だから僕は、風邪が治って起き上がれるようになってから真っ先に小雪に謝りに行った。

 そして顔を合わせたその瞬間、怒られた。ただしそれは、うつしてしまった事ではなく、風邪をひいていたのに『約束』のために無理して来たことを。

 

『そうちゃんがかぜひいてるなら、わたしとのやくそくなんてやぶっていいんだよっ! だってわたし、そうちゃんとあそべないよりそうちゃんがたおれちゃうほうがかなしいもん!』

 

 うるんだ瞳から涙をぼろぼろ零し、真っ赤な顔でそう言う小雪を前に、僕も謝りながら涙がこみ上げてきて、最後は二人でわんわん大泣きしてしまった。

 思えばその時から、小雪は僕の体調について人一倍心配するようになったんだっけ……。

 

「そうちゃんは今からゆっくり休むこと。分かった?」

「あ、ああ。分かったよ……小雪」

 

 懐かしい思い出から意識を戻し頷くと、小雪は「約束だよ」と念を押してから、ふと小首を傾げた。

 

「……そういえば、おばさんたちは? 出かけてるの?」

「父さんと母さんなら今旅行に行ってるよ」

「旅行?」

「今週、結婚記念日だから夫婦水入らずで過ごしたいんだってさ」

 

 説明すると、怪訝そうに眉を寄せていた小雪の表情がぱっと華やいだ。

 

「わぁ、素敵……っ」

 

 声を弾ませ、羨ましそうに呟く。

 やっぱり女の子だから、そういうのに憧れるのだろうか。

 

「あたりまえだよー。二人っきりで旅をしながら愛を確かめ合うなんてロマンチックだよねー。ねえそうちゃん、それって毎年してるの?」

「いや、いつもはちょっとした記念品だけなんだけど、今年は結婚してから丁度節目の年だからって父さんがサプライズで母さんにプレゼントしたんだよ」

 

 再び説明すると、小雪は「きゃーー❤」と頬を染めてひとしきり興奮してから、うっとりと呟いた。

 

「いいなぁ……私もそういう人と結婚したいなぁ」

 

 ……いつか、僕と小雪が結婚したのなら記念日には絶対に旅行しよう。うんそうしよう。

 

「あれ? じゃあそうちゃんはこれから何を食べるの? 自炊できたっけ?」

 

 そういえば考えていなかった。

 これでも僕は最低限の自炊くらいなら出来る。とはいえ、昨夜のショックを今だ引き摺る身としてはどうにも料理を作る気分にはなれない。

 

「たしか……カップ麺がいくつかあったからそれを食べるよ」

「だ、だめだよそうちゃん! いい? 体が弱っている時こそ、ちゃんとした物を食べて栄養を摂らないと駄目なんだよ!」

 

 うっ、確かに……。

 まったくもってその通りだ。

 でも、やっぱり何かを作るって気分じゃないし……。

 どうしたものかと身体の健康と心の倦怠感の狭間で悩んでいると、見かねた小雪が口を開いた。

 

「……分かった。じゃあ私が何とかする」

「え?」

 

 何かを決意したような、強い意志を感じさせる幼馴染の声音。嫌な予感がした。

 なにやら雲行きが怪しくなってきた事に不安を感じて――ふと我に返る。

 ……いやまて、そもそもこんなことをしている場合じゃないだろう。

 いくら隠していても何処でボロを出すか分からないし、幼馴染だからふとした違和感でも何かを気づかれるかもしれない。だから小雪とはなるべく会っちゃいけないんだ。

 だからここは、なんとしてでも断らなくては……ッ。

 

「いや、気持ちは嬉しいけど、小雪に迷惑はかけられないし……」

「迷惑なんかじゃないよ。だってそうちゃんのためだもん!」

「――っ!?」

 

 叫ぶ小雪の顔を見た瞬間、僕の胸がドクンと高鳴った。

 僕のためと語る小雪の表情は真剣そのもので、どこか幼い頃の泣き顔とも重なって……。それが恋愛感情では無い、幼馴染への純粋な親愛の情でしかないとは分かっていても――僕の好きな子が、僕をこんなにも想ってくれていると感じた時には、もう駄目だった。

 拒絶の言葉も、決意も、驚きと、高鳴る鼓動にかき消されて、なによりも嬉しくて――僕は、言うべき言葉を失っていた。

 

「そうちゃんの夕食は、私が作るから!」

 

 絶対に止めなきゃいけないのに……その想いを、止める事が出来なかったんだ。

 

 

◇◇◇

 

 

「じゃ、入れよ……」

「うん。おじゃまします」

 

 玄関の扉を開け、僅かに緊張しながら招き入れると、小雪は礼儀正しくちょこんとお辞儀して入ってきた。

 

「さっき母さんに電話してみたけど、キッチンにある物は好きに使っていいってさ」

 

 なおその際、『いいそうちゃん? くれぐれも小雪ちゃんに強引に迫っちゃ駄目よ。女の子にはムードってものが大事で――』などとおせっかい極まる戯言を言われたのですぐさま通話を切ったのは内緒だ。

 

「じゃあ私はさっそく夕ご飯を作るから。あ、エプロン借りるね」

「僕も何か手伝おっか?」

 

 さっそくリビングからキッチンへ向かおうとする小雪に、そう問い掛けると、

 

「これは体調の悪いそうちゃんのためなんだから、そうちゃんは楽にしてていいんだよ」

「そっか……。じゃ、僕はちょっと部屋に戻って着替えてくるよ」

「うん。出来上がるまでゆっくり待っててね」

 

 そう語る小雪の笑顔に促され、僕は廊下に出て階段を上り、二階の自室に入った。

 そして扉を閉め、夕闇に沈む薄暗い部屋で一人になった時……思わず、口から重いため息が漏れてしまった。

 

「なにしてんだよ。僕……」

 

 断れなかった。断らなくちゃいけないと思っていたのに、出来なかった。

 そんな後悔が湧き上がる胸の中を、どうしようもない自責の念が満たしていく。

 なのに、でも同時に……嬉しいと思う自分がいる。身も心も傷つき、心が弱った今、小雪が傍にいてくれることに、喜んでしまう想いがある。

 

「女々しいにも、程があるだろ……」

 

 もうこうなれば、おとなしく夕食を食べてから小雪にはなるべく早く帰ってもらうしかないだろう。……夜には、僕は彼女をおいて、行かなければならない場所があるのだから。

 暗い気持ちに苛まれる僕の脳裏に、スイムスイムから言われたある言葉――否、命令が蘇る。

 

『ラ・ピュセル。これから毎日、夜は王結寺に来て私達と一緒に行動して』

 

 逃げる事など許されない。逃げ道など、元から用意されていない。

 僕の全身には、悪意という見えない鎖が幾重にも絡み付いている。それがどれだけ苦しく、嫌な物だったとしても、弱く、無力で、悪意と暴力の前に何もできなかった僕はもう……流されるまま、従うしかないんだ。

 

 ◇姫河小雪

 

 

 二階にある自室へと向かう岸辺颯太の背中を見送った後、姫河小雪はさっそく颯太の母のエプロンを借りて、夕飯の準備に取り掛かった。

 

「大丈夫かな……そうちゃん」

 

 

 心配げな呟きと共に思い出すのは、見るからに悪かった颯太の顔色。それでも心配を掛けまいとしているのか苦しそうな表情こそ出さなかったが、いつもの快活さはなりを潜め、去りゆく背中には覇気が無かった。

 

 小雪にとって、颯太は幼稚園からの幼馴染であるとともに、最大の理解者だった。

 幼いころから魔法少女に憧れてきた小雪。成長するにつれ友人たちが子供っぽいと『魔法少女』への夢を捨てていく中、颯太だけは同じ夢を見て傍にいてくれた。

 もし、彼がいなければ自分も夢を捨てていたかもしれないとすら思う。一人では諦めていた。理解者のいない孤独に押し潰されていた。でも同じ夢を語り合い、分かち合えた存在がいたからこそ、自分はずっと夢を抱き続けられたのだと。

 

 幼い時は傍にいるのが当たり前で、それが幸せな事だと分からなかった。だからこそ年を経るにつれ別々の友達が出来、自然と疎遠になっていった時はそれほど辛くはなかった。だが、中学が別々になり、周りに魔法少女への夢を抱く者が誰もいなくなった時、小雪は初めて『一人になってしまった』と気付いた。気付いてしまった時には、もう遅かった。二人の友達との色々な会話。好きなドラマ、新発売のスイーツ、流行の服、でも、そこに魔法少女の話は無い。たとえ言ったとしても子供っぽいと思われ、笑われて、誰とも語り合えぬまま一人胸の奥にしまい込む。寂しくても。辛くても。

 

 そんな一人ぼっちの寂しさを感じる日々を過ごすうち、奇跡のような出来事から本物の魔法少女になれた。そして、颯太と再会できた。それも同じ魔法少女として。嬉しかった。なによりも、一人じゃなくなったことが。『二人』になれたことが、魔法少女になれた事と同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に嬉しかったかもしれない。

 あの時、自分は確かに彼に救われたのだ。だから――今度は自分が彼を救ってあげる番だ。

 

「そうちゃん。私、頑張るから……っ」

 

 元気が無いのなら、元気付けてあげたい。またいつものように笑ってほしい。

 彼と共にいるだけで心が温まる。いつまでも一緒に居たいと思う。

 そんな誰よりも大切な、たった一人の相棒で――かけがえのない友達のために、小雪は包丁を握った。

 

 

 ◇岸辺颯太

 

 

 制服から私服であるオレンジ色のパーカーへと着替えた後、部屋を出て再び一階のリビングへと戻った僕を迎えたのは――キッチンから漂う暖かな空気だった。

 ぐつぐつと煮える小ぶりの鍋から上る食欲をそそる香りと、コンロで燃える火のぬくもり。それらがふわりと漂い、僕を優しく包む。穏やかで優しい、そんな香りの中で――キッチンに立つ小雪の姿に、僕は目を奪われた。

 華奢な体を包む制服の上にエプロンを着けて、穏やかな表情で料理を作る彼女は、素朴だけど見ているだけで癒されるような、そんな雰囲気があって

 

「あ、そうちゃん。もうちょっとかかるからリビングで休んでて」

「――っ! あ、ああ。わかった」

 

 振り返った小雪に、思わず見惚れてしまったのを咄嗟に顔を逸らして誤魔化しつつソファーに座る。柔らかな生地に身を沈め一息つくも、きっと僕の顔は少し赤くなっているだろう。幸い小雪は僕の内心には気付くことなく、手元のまな板の上に向き直った。

 僕と小雪、二人だけの空間に、たおやかな手が握る包丁が野菜を切る、軽やかな音が流れていく。

 

「なんか悪いな。僕のためにわざわざ……」

「何言ってるのそうちゃん。私達は幼馴染で同じ魔法少女仲間でしょ。だったら困った時は助け合わなくちゃ」

 

 申し訳なくて声をかけると、小雪はこちらに背中を向けたままでそう答える。顔は見えなくとも、その優し気な声の調子で彼女が微笑を浮かべたことは感じ取れた。

 

「それに、私はちょっぴり嬉しいんだよ。普段は私がそうちゃんに助けてもらってばっかりだから、こうしてそうちゃんを助けてあげられるのが」

 

 それはまぎれもない本心なのだろう。

 皮肉でも偽善でもなく、本心から僕の身を案じてここまでしてくれる事が嬉しくて――

 

「って、ごめん。これじゃまるで、そうちゃんが調子悪いの喜んでるみたいだね。……気を、悪くしちゃったかな?」

「いや、そんなことないよ。……ありがとな。小雪」

 

 気が付けば僕も、同じ微笑みを浮かべていた。

 そうして、しばらく穏やかな時間が流れた後――

 

「はい。そうちゃん」

 

 待ちわびた料理が出来上がった。

 優しい笑顔で小雪が運んできたのは、鍋に入った温かな湯気を上げるおじやだった。

 熱くとろりした米は勿論の事、肉と野菜もしっかりとあり、食欲をそそるその香りだけでごくりと喉が鳴る。

 それを目の前のテーブルに置いて、小雪は僕の隣に腰かけた。

 

「お肉とお野菜のおじやだよ。体の調子が悪い時は消化に良いものが一番だから。――どうぞめしあがれ」

「いただきます」

 

 手渡されたレンゲを持ち、おじやを掬って口に運ぶ。

 

「――っ美味い……!」

 

 瞬間、口の中に広がるその味わいに思わず声が漏れた。

 

「美味しくできたかな?」

「ああ。美味いよこれ。今まで食べたおじやの中で一番美味いかも」

「あはは。大げさだよそうちゃん」

「大げさなんかじゃないって」

 

 軟らかく煮た肉と野菜の旨みが染み込んだスープ。それをたっぷり吸った熱々の米は口の中でとろけて、喉を通って胃の中から全身を温めてくれる。一口食べるごとに、身体もそうだか心までぽかぽかとしてくる。作った人の優しさが染み渡るような――そんなあったかい味だ。

 

「小雪、いつのまにこんなに料理が上手くなったんだ?」

「えへへ……実はお母さんが色々教えてくれるの。将来好きな人の胃袋を掴めるようにって」

「ぶふっ!?」

 

 それはいきなり過ぎる爆弾発言。

 

「す、好きな人って――うっ!?  げほっ、ごほっ………!?」

 

 そそそそそれはまさかほぼぼぼ僕のこッッッッッ―――!?

 驚きのあまり具が喉に詰まり盛大にむせてしまった僕に、小雪は目を丸くして

 

「どっ、どうしたのそうちゃん!? ――って、あっ……!?」

 

 そこで自分が言った事の意味に気付いたのか、その頬が赤く染まった。

 

「ち、違うよそうちゃん!  お母さんたぶん冗談で言っただけだから、別に変な意味は無いんだよっ! だから落ち着いて! ね!」

「――……。だ、だよな……」

「うん。だからこの料理もそういう意味じゃなくって……えっと……とにかく違うから!」

「だよな~…は……はははは……」

 

 いや、うん……分かってたよ? ……小雪は純粋に体調の悪い友達を心配してくれただけだっていうのはだから全然ショックなんかじゃ……くすん。

 

「ごめんねそうちゃん。びっくりさせちゃって。……あの、大丈夫?」

「うんあたりまえだろ」

 

 そうあたりまえさ。だから気を取り直して食事を続けようそうしよう。

 愛情ならぬ友情たっぷりの手料理が僕の心を癒してくれるさ……ははは……。

 

 気を取り直し、僕は再びおじやを口に運ぶ。

 うん……やっぱり美味しい。口の中で熱く蕩ける優しい味わいに、食べ進めていくうちに自然と頬が緩んでいく。最初はおろおろと見守っていた小雪もほっとしたように微笑んで、ぎこちなかった空気も次第に和らいでいった。

 

「ふふっ……」

 

 ふと、小雪の唇から小さな笑い声が漏れる。

 

「? 何だよいきなり?」

「何かこうしていると、昔遊んだおままごとみたいだなって……。そうちゃん覚えてる?」

「もちろん。幼稚園の頃はよく二人でやってたよな」

「そうそう。私とそうちゃんが夫婦で」

「たしか僕がサラリーマンで、小雪が普段は主婦をしているけど実は魔法少女で、正体を隠しながら人助けをしているって設定だったっけ。小雪はあの頃から魔法少女が好きだったけど、今思えば無茶な設定だなあ」

 

 おかげで他の子はついていけなくて、いつもおままごとの相手は僕だけだった。思い出しつつ苦笑していると、小雪はむっと頬を膨らませて

 

「そんなことないよ。素敵な設定だよ。それに実際に魔法少女はいたんだし、きっとどこかにそんな魔法少女もいると思うよ」

「うーん。それはどうかな」

「いるよきっと。だって、そのほうが素敵じゃない」

「ははっ。小雪はやっぱり夢見がちだなあ」

「もう笑わないでよ~」

 

 

「ぶぇっくしょん!!」

「っ!? びっくりした。トップスピード……風邪?」

「まさか。そんなやわな体してねえよ。ちょっとくしゃみが出ただけだって。なんだよリップル、心配してくれんのか?」

「別に……。ただうつされたら嫌だから」

「ははっ照れんなよ~」

「チッ」

 

 

「――でも、懐かしいなぁ……。あの頃はいつも、二人で遅くなるまで遊んでたよね。私とそうちゃんでおままごとして……楽しかったなあ。あ、そうだ」

 

 目を細め、幼いころの思い出に想いを馳せる小雪だったが、ふと、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「そうちゃん。ちょっとあの頃の気分に戻ってみない?」

「え、戻るって……?」

 

 突然の不可解な提案に困惑する僕が持つレンゲをひょいと手に取った小雪は、おじやを一掬いして、僕の口元にそれを持っていき、

 

「そうちゃん。はい、あーん」

 

「――――――――――――」

 

 クラっとした。

 幼馴染のいたずらっぽい笑顔に、その愛らしさに、頭が真っ白になって意識が飛びかけた。

 けどドキッと跳ね上がる胸の鼓動で我に返り、かああっと全身が熱くなるのを感じる。

 頬が熱い、胸がドキドキする。これ以上小雪を見ていたらどうにかなってしまいそうで咄嗟に顔を逸らしたけど、僕の顔はきっと隠しようがないほど真っ赤になっている。

 

 やばい。可愛すぎだろ小雪ぃ……っ!

 

 ひどい不意打ちだ。ドキドキし過ぎてまともに顔を見れない。

 けど、いつまでもこうしている訳にもいけない。つばを飲み込み覚悟を決めて、僕は今も「あーん」をしている小雪へと逸らしていた顔を向け――ぽかんとしてしまった。

 

「あ……ふぁ……っ」

 

 小雪もまた、その顔を真っ赤にしていたから。

 

 

 ◇姫河小雪

 

 

 ちょっとした悪戯だった。

 笑われたお返しに、からかってやろうと思っただけだった。

 なのに、何故だろう。

 

(な、なんで……っ。何でこんなにドキドキするのぉ……!?)

 

 あの頃と同じ事をしているだけ。だから何でもない、そのはずなのに――気が付けば、胸の鼓動が止まらない。

 頬が熱くなる。思考までぽーっとして、まるで頭の中が沸騰しているようだ。

 訳が分からない。なんで、どうしてと考えても、答えは浮かばず。助けを求めて幼馴染の顔を見た瞬間――鼓動が更に高鳴った。

 

(ど、どうしちゃったの私ぃ……!?)

 

 恥ずかしい。ドキドキする。

 けどそれは、間抜けな事をしてしまったという恥ずかしさというよりも、もっと別の……そう、昨日のバスの中で、ふと颯太の顔を思い起こした時のドキドキと同じような――

 

(ふえっ!?)

 

 ぼっと音が出そうなほど、顔が熱くなった。

 

(そ、そうちゃんん~~っっっ)

 

 甘く痺れるような混乱と恥ずかしさの中で、小雪にはもう、どうしていいのか分からなくなっていた。

 

 

 ◇岸辺颯太

 

 

「…………」

「…………」

 

 二人、固まって見つめ合う。

 揃って顔を赤くして、でも、目を逸らせずに。

 小雪の瞳に映る、赤く染まった僕の顏。そして僕の瞳には、同じような小雪の顔が映っているのだろう。

 まるで時が止まったかのようなリビングに、僕と小雪の上擦った息遣いだけが響く。

 

「…え…と……」

「――っ!?」

 

 どうしていいのかわからず漏れた呟きに、ビクッと震える小雪。

 小雪も同じ気持ちなのだろうか。心細そうなその瞳が揺れて、じわりと潤む。それを見た瞬間――僕の身体は勝手に動いていた。

 考えるより先に口を開き、差し出されたレンゲを口に含む。

 

「そうちゃん……っ!」

 

 そして驚きの声を上げる小雪に見守られながら、僕はおじやを飲み込んだ。

 恥ずかしさと照れくささで心臓が痛いくらいに暴れているけど、後悔は無い。

 好きな人の涙を止めることができた。それだけで満足だった……はずなのに、

 

「(は、恥ずかしいいいいいい!)」

 

 うんやっぱり無理だ恥ずかしすぎる恋愛経験の無い中学生男子に「あーん」はやっぱり刺激が強すぎるんだよぉ!

 

 内心で悶絶する僕に小雪は、顔を赤らめたまま、いまにも消え入りそうな声で

 

「……おいしい……?」

 

 幼かった、まだ僕たちが恋を知らなかった子供だった頃のように問い掛けてきた。

 僕は、

 

「……うん。美味しいよ。小雪」

 

 そう、答えた。あの時と同じように。でも、あの時とは違う胸の高鳴りを聞きながら……。

 

 

 ―――――――――――。

 ――――――――――。

 ―――――――――。

 

 

「じゃあ、私はそろそろ帰るね」

「うん。今日はありがとうな」

 

 気恥ずかしさと何とも言えないもどかしさの漂う夕食が終わってからしばらくたち、気が付けば時計の針は八時を回っていた。

 もう家に帰らなければならない時間だという事で、僕と小雪は玄関で別れの挨拶を交わす。

 

「だいぶ暗くなっちゃったけど、一人で帰れる?」

「そうちゃん。私だってもう中学生なんだから大丈夫だよ」

 

 頬を小さく膨らませる小雪。それが可愛らしかったから僕はついからかいたくなって、

 

「ホントかな。小雪って結構うっかりしてるからなぁ」

「ほんとに大丈夫だってば。いいからそうちゃんは、今夜はぐっすり眠って体調を回復させておくこと、いい?」

「……うん。そうだね」

「それにわたしは魔法少女なんだから、何があっても大丈夫だよ」

 

 そう言って微笑む小雪。でも、僕は笑い返せなかった。

 

「…………」

「そうちゃん?」

「キャンディー集め、やっぱり一人でもするのか?」

「う、うん……」

「その、しばらくは休めないかな……。ほら、この前みたいに他の魔法少女に襲われたら危ないし」

 

 正直、小雪には危ない事をしてほしくない。今の僕に、小雪を守ることはできないから。もし一人になった彼女に何かがあったらと考えるだけで、不安で胸が張り裂けそうになる。

 だけど小雪は、顔を曇らせながらも、はっきりと首を横に振った。

 

「それは……駄目だよ。もしキャンディーの数が少なかったら、私達死んじゃうかもしれないんだよ」

「だけど……っ」

「担当地区からは出ないし、危ないと思ったらすぐに逃げるから……だから――」

 

 唇から洩れるのは、不安と恐怖を押し殺した弱弱しい声。ルーラ達に襲われた時の事を思い出したのだろう、その華奢な肩は、小さく震えている。

 でもその瞳には、たしかな決意が宿っていた。

 

「――私にそうちゃんの分までキャンディー集めをさせて。私とそうちゃん、二人で生きるために」

 

 困っている誰かを助けるために、危険を顧みず頑張ろうとする小雪の顔は、正しく『魔法少女』の顔だ。

 それは幼い日に共に見たテレビで、一緒に楽しんだアニメで、僕たちが憧れ続けた姿。

 だから、分かった。分かってしまった。

 誰よりもそれに憧れて、そう在ろうとする彼女の決意を、止めることは出来ないのだと。――そんな君の姿を僕は、誰よりも近くで見てきたから。

 

「小雪……君は、本当に……。…………ッ」

 

 その瞳に、覚悟に、なによりも清く正しく美しい『魔法少女』で在ろうとする彼女の姿に、恐怖に侵され無力感に苛まれ絶望に沈もうとしていた僕の中の何かが――打ち震えた。

 

「……わかった」

「……っ。ありがとう。そうちゃん」

「でも、一つだけ約束してくれ」

「え……?」

 

 訝し気に眉を寄せる小雪に、僕は伝える。

 昨日の夜に味わった恐怖を、痛みを、あの狂った赤い瞳を思い出しながら

 

「クラムベリー……。あいつには近づかないでほしい」

「えっ……?」

「あいつは危険だ。何をするかわからない。それこそ――何のためらいも無く人を殺せる奴だ」

「そんな……。クラムベリーが……本当なの?」

 

 にわかには信じられないだろう。実際、チャットルームに居ても一人静かに音楽を奏でているだけだったクラムベリーと小雪の接点はほとんどない。

 けど、僕は知っている。あいつがどれほど危険で、そして恐ろしいのかを。

 

 

『より強い者をこの手で殺したいだけなんですよ』

 

 

「…………ッ」

 

 脳裏に蘇る美しくもおぞましい笑みに、背筋が震える。

 

「そうちゃん……?」

「あ、いや、なんでもないよ。……とにかく、クラムベリーにだけは近づかないでくれ」

「……うん。わかった。約束するよ」

 

 小雪は、頷いてくれた。

 まだ半ば半信半疑という感じだったけど、それでも僕の言葉を信じてくれて

 

「ありがとう小雪。……じゃあ、気を付けて」

 

 礼を言うと、小雪は小さく笑みを返して、それから玄関の扉に手を掛け、開いた。

 

「うん、そうちゃんもお大事に。じゃあ、またね」

 

 そして、背中を向けて足を踏み出す。外の暗闇、光の無い夜の中へと。

 遠ざかるその背中、闇に消えていく彼女の姿を見送る僕の胸に、その時、どうしようもない愛しさと、切なさと、抑えきれない想いが込み上げてきて、僕は――その背中を抱きしめていた。

 

「そう、ちゃん……っ!?」

 

 背中から腕を回し、抱きしめた小雪の身体が、驚きに震える。

 上擦った声を漏らし、固まった肢体を僕は抱きしめ続ける。その華奢で柔らな感触を、その温もりを、もっと感じていたいから。

 小雪が今、どんな顔をしているのかはわからない。驚いているかもしれない。嫌がっているのかもしれない。……でも、今だけは許してほしい。

 

 これから何があっても――どんな苦しみと絶望の中でも、この温もりを、思い出せるように。

 

 そうして僕は、大切な女の子の存在そのものを僕自身に刻みつけるように、ぎゅっと抱きしめ続けて……、名残惜しさを感じつつ、腕を離した。

 

「ごめん。ちょっと立ちくらみがして……驚かせちゃったな」

「そ、そう……なんだ。なら……仕方ないよね……うん」

 

 我ながら苦しい誤魔化しだ。けど、突然の出来事に動揺し、衝撃から立ち直っていないらしい小雪は問いただす事無く真っ赤な顔で頷いてくれた。

 そして今度こそ、僕は立ち去る小雪を見送る。

 フラフラとした足取りで進むその背中が遠ざかり、曲がり角の向こうに消えていったのを見届けた時、

 

「ほんと、ありがとうな。小雪……」

 

 優しくて、誰よりも愛おしい幼馴染への感謝を呟き、拳を握る。

 ぎりぎりと、音が鳴るほどに。強く、強く。

 

「君のおかげで、僕は――」

 

 

 ――僕は、覚悟を決めた。

 

 

 ◇姫河小雪

 

 

 颯太の家を出てからしばらく歩いた後で、小雪はまるで全身の骨が蕩けてしまったかのようにへなへなと崩れ落ちた。

 顔が赤い。肌が火照ってたまらない。緊張が解けた反動で膝から力が抜け落ちて、それからはもうだめだった。

 

「そう……ちゃん……」

 

 今、その頭の中を占める彼の名を呟いた唇から、火照った吐息が漏れる。

 颯太はすぐに自分を離してくれた。けど、その感触は今でも覚えている。背中から回された腕の力強さも、背中に感じた胸板の逞しさも、首筋に当たる熱い息遣いも何もかも、小雪の心と体に熱く深く刻みつけられていて――

 

「~~~~~~ッッッ!!」

 

 ぼふっと、真っ赤な顔から湯気が上がった。気がした。

 今鳴り響く甘く激しい胸の高鳴りが、恥ずかしさによるものか、それとも別のものなのか……小雪には、まだ分からなかった。

 

 

 ◇ラ・ピュセル

 

 

 王結寺。

 今は亡きルーラの城だったその場所に今、四人の魔法少女がいる。

 

「ねえねえ。ラ・ピュセル来ると思う~?」

「どうかな~。昨日とか相当メンタルやられてたっぽいし、案外来なかったりして~」

 

 可憐で性悪な片翼の双子天使。

 

「く、来るのかな……来ちゃうのかなぁ……」

 

 怯える、臆病な犬耳フードの少女。

 そして

 

「来なければ、死ぬだけ」

 

 無垢にして無慈悲な白を纏う、水着の少女。

 冷たく澄んだ月光の下、集う彼女たちは皆全てが恐るべき者達だ。

 目的のため、己が生き残るためならば他者を蹴落とし、殺す事すらも躊躇わないだろう魔法少女にあるまじき破綻者共。

 

 けど、もう僕は恐れてばかりではいられない。

 例えどれほど悪辣で、圧倒的な力を前にしても、絶望なんて許されないんだ。

 だって……あの子が。小雪が。怖くても、心細くても、僕のために一人で頑張ろうとしてくれるのに、その相棒である僕が

 

 

 

「――見くびられたものだな」

 

 

 

 いつまでも怖気付いていていい、はずがない。

 だって、僕は――いや、私は

 

 

「私はラ・ピュセル。スノーホワイトの盟友にして、誇り高き魔法騎士だ」

 

 

 四人の前に立ち、高らかに、誇りと決意を込めて名乗り上げる。

 

 絶望するのはもうやめだ。無力を嘆いている場合じゃない。

 たとえ正面からでは無理でも、隙をつけばマジカルフォンを奪えるかもしれない。たとえそれが出来なかったとしても、絶対に諦めない。そのためなら、奴隷のように従ってでもチャンスを待ち、何としても生き延びてみせる。

 あの子の隣に、帰るために。

 

「私は逃げも隠れもしない。さあ――」

 

 僕の孤独な戦いを、始めよう。

 

 

 




大変お待たせしました最新話。
今回の話は小雪が上手く動かせなくてとてつもなく苦労しました。原因は作者のスノーホワイト像が「スノホワちゃん」ではなく「スノホワさん」だからです。表情筋が仕事をしていたころのスノホワを思い出すために原作無印を読み返したりBlu-ray見まくったりドラマCD垂れ流して作業してなんとか書き上げる事が出来ました。それはそうとCD版『女騎士の孤独な戦い』の小雪と颯太の『お前らもう結婚しちゃえよ感』は異常だと思う。あと颯太ママのエロボイスっぷりも。

お詫びついでのおまけ『トプリプその後』

「あ、でも風邪はうつせば治るって聞くな……。って、いきなりあからさまに距離をとるなよリップル」
「風邪が治るまで近づかないで」
「だから風邪じゃないって……。ていうか本当に俺が風邪ひいてたなら、いつも近くにいるリップルはとっくにうつってると思うぜ」
「チッッッッ!!!!」
「すげえ舌打ちだな!?」
「帰る。二度と近づかないで」
「いやちょっとした冗談だって。悪かったよ。……うん、じゃあこうしようっ(ぎゅっ❤)」
「なっ!? なに抱き着いてっ……ちょっ、頬を擦り付けるな!?」
「リップルに風邪がうつったのなら、俺にうつし返せばいいんだよ! うりうり~❤ 大人しく俺にうつさせろ~!」
「~~~~~~ッッッ!!」

その後、トップスピードは顔を真っ赤にしたリップルから三日間口をきいてもらえませんでした(ちゃんちゃん♪)。

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