アガルタで公式爆撃を喰らいましたがそのまま突き進みます。
少し修正しました
Ⅴ 神の国
照りつけるような太陽、しかし温暖湿潤気候のじめっとした暑さとは違った乾燥した熱量が、小型飛行機のタラップを降りる凛を襲った。
「……なんていうか……すっごく日焼けしそうな太陽ね……」
日差しはもちろんのこと、空港のアスファルトの照り返しもきつい。暑いのはあまり得意ではない凛は、にわかに顔をしかめる。
が、文句を言っている暇もあまりない。
「お待ちしておりました、トオサカ様」
この暑さだというのに黒スーツに身を包んだサングラスの黒人男性が、渋い声でお辞儀した。
「この度は飛行機が遅れました事、誠に申し訳ございませんでした。この季節エジプトでは、“ハムシーン”と呼ばれる砂嵐が絶えないものでして」
「大丈夫よ。天候なんだもの、仕方ないじゃない。いくらこのあたしでも、お天道様には逆らえないわよ」
「……失礼、“オテントウサマ”とは、いかなる意味で……」
「あー、ごめんなさいね。日本語で、主には『太陽』を表す言葉よ。雲の上の人……神様みたいなものね」
「そうでしたか。ご教授、ありがとうございます」
再び黒人は凛に一礼する。
にしても、下っ端のくせにフレンドリーな奴だ。ここは英語圏ではなかったと思うが……ま、英語が話せる以上、地元はヨーロッパ圏なのかもしれない。
「こちらです」
顔を上げた黒人は、凛の先に立って、空港の建物へと歩きはじめる。
凛が降り立ったのは首都・カイロの地である。が、特にここからアトラス院に行かされるわけではないらしく、この先の予定は、まずはここでアトラス院の人間とコンタクトが取れてから追って伝えられるそうだ。もしかすると、この場で。
入国審査は、機密保持のため先に院が済ませたそうだ。おかげで凛は特に待たされることもなく、というより裏口から、非常階段を下りて地下駐車場へとたどり着いた。
「こちらの車で、お待ちになっておられます」
非常口の少し錆びた扉が男の手によって開けられると、そのすぐ前に黒いリムジンが止まっていた。
凛が近寄ると、後部座席の扉が自動的に開く。少し警戒しながら乗り込んだ先に乗っていたのは、凛と同じくらいの年齢……30代前半くらいの、浅黒い肌をした美女だった。
「トオサカ・リン様ですね。ごきげんよう」
「……ごきげんよう」
物腰柔らかな雰囲気の内に、何かを隠し持っているような眼差し。凛の苦手なタイプだ。
「わたくし、アトラス院対外管理局局長のヤーマ・ラライカと申します。この度は突然お呼び立てして、誠に申し訳ございません」
「まったくよ。常識外れにも程があるわ」
凛の横柄な態度に、ヤーマは一瞬眉間に皺を寄せた。しかし、何事もなく会話は進む。
「今回お呼びいたしましたのはですね……いえ、第五次聖杯戦争に参加なされたあなたさまならもう気づいておられることでしょう」
「当然よ。これはまぎれもなく令呪。――要するに、
「はい。本来極秘中の極秘であるこの儀式を知っているのは、そして参加したいと願うのは、一度聖杯戦争に参加して敗れた者以外にありえません」
「……口の効き方に気をつけなさい。あたしを誰だと思ってるの?」
「いえ? わたくしは特に含みのある言い方をしたつもりはございませんが……誤解を与えたようでしたら、お詫び申し上げますわ」
……どうやら先方も一筋縄ではいかないらしい。あたしに切り返す程度のガッツは持っている、ということか。
「それはそれとして。今回お呼び立ていたしましたのは、聖杯戦争に参加していただくトオサカ様のために、少し解説をしておきたいと思いまして」
「経験者にわざわざ解説が必要ということは、冬木の聖杯戦争とは違う点があるということね?」
「そのとおりでございます。
――冬木における聖杯戦争とは、7騎のサーヴァントのマスターが、万能の願望器である聖杯をめぐって争うもの……ですね?」
「ええ、そうよ」
「聖杯をめぐり、サーヴァントを使って戦うという点では、この地の聖杯戦争もそれに相違ございません。しかし、それ以外の点では大きく異なる部分が多々あるのです。
そもそも、この地における聖杯戦争は、人間の魔術師同士の争いではありません。神々の頂点を決める争いなのです」
「……待って、それはあり得ないわ。神代でもあるまいし、この時代で神々同士が争いでもしたら、
「もちろんです。さすがに神々同士が争うというわけではありません。英雄王が神と袂を分かち、西暦に入ってより、神がその姿をこの世に現したことはない。
ですが、『神官』は別です」
「……どういう意味かしら?」
「この地の聖杯戦争は、元より神々の直接の対決などではありません。神によってその権能の一部を譲渡された、8人の神官たちの争いなのです」
「はぁ⁉」
凛は人目もはばからず大声をあげた。
「神の権能の一部を譲渡、ですって⁉」
「ええ。魔法レベルのものがほとんどです。戦争の行われる範囲が決まっており、また反則級の概念付与などは使えない以上、アラヤに消されることもないギリギリのラインを走ってどうにか続けているそうですが」
「ちょっと待ってよ……」
凛は頭を抱えた。
要するに、凛は今から、最大で7人の魔法使いの戦いに巻き込まれていくわけなのだ。いくら凛が五大元素を支配する天才で、加えて相手が非公式であるとはいえ、魔法使いと戦うなど自殺行為に等しい。
「っていうかあんたら、魔法使いの存在すら隠蔽してたの!? どういうつもりよ!」
「それがアトラス院の原則でございましょう。『ここで生み出したものは、決して外に持ち出してはならない』のですから。
それに本来、神官は魔術協会とは関係のない勢力です。この聖杯戦争……『
「当然でしょ……
「ええ……冬木の記録にある、英雄王ギルガメッシュですね。それと同じく、神官たちの権能は、文字通り魔術世界の認識を超えたものです。そんな人外に、
「?」
ヤーマが、ニヤリと口の端を歪める。
「これは聖杯戦争です。マスターの魔術の才能に全てが左右されるわけではない。そう……たとえマスターの実力が足りなくとも、サーヴァントが強ければそれでいいのです」
「……にしても、魔法使いクラスの奴らにだって、サーヴァントはついているんでしょ? あまり変わらないようにも思えるけれど。それこそ、英雄王でも呼んで来ない限りはね」
呆れたように、凛は眉根を寄せる。だが……少し間を置いて、彼女は眼を見開いた。
「まさか……ホントに英雄王の触媒があるっていうの!? いや、にしてもあいつだけは勘弁してほしいんだけど」
「ある……と言いたかったのですが、残念ながらそういうわけではありません」
「あー……よかった……いや、よくないの?」
よくわからない気持ちで、凛はヤーマに問うた。ヤーマは、少し意地の悪い頬笑みを崩さない。
「ご安心ください。英雄王には劣りますが、それの少し型落ちする程度の性能の英霊を用意してあります。
英霊の真名は、シェヘラザード。かの有名な、千夜一夜物語の語り手でございます」
「……へえ。触媒まで、用意してくれていたのね」
「お詫びの意味も込めてです。『本来ならばこの戦いに参戦するはずだったマスター』のために用意されていたものですが……差し上げますわ」
「そう……ありがと」
いやに強いヤーマの口調が気になったが……まあいい、ありがたく受け取ることとしよう。聖杯戦争があると分かり、凛も一応、「使い古しの触媒」を持ってきてはいたのだが、ここは相手を立てざるを得まい。
少し間が空いて。
「シェヘラザード……っていえば、聡明で利発な女性として有名ね。私と気が合いそうで助かるわ。……それで? 他に、冬木の聖杯戦争と違う点は?」
「はい……戦闘の上ではこの程度ですが、学術的な面において、あと、何点か。
まず、冬木には『大聖杯』と『小聖杯』のふたつの聖杯が存在していますが、この地に存在するのは大聖杯のみとなっております」
「待った! 小聖杯がないなら、どうやって英霊を呼び寄せるのよ。『聖杯は万能の願望器』っていう前提が崩れるじゃないの」
「ええ。もとよりこの地の聖杯は、『万能の願望器』などではありません。『
はるか4700年の昔、エジプト第三王朝の頃、イムホテプという宰相がいました。彼は優れた建築家でありながら、また優秀な神官でもあり、当時の文明と魔術世界に大きな革命をもたらした天才でした。のちに神格化もされたほどです。彼が、冬の聖女ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンと同等の魔術回路を持った巫女を、そのまま
彼の生きた時代は神代……つまり、まだ人と神との接触があった時代です。そんな中、神々は、嗜好を凝らした娯楽を求めていました。単なる力比べとは違ったものです。そこでイムホテプが開発したのがこの『
『
「ふうん……だいたい理解したわ。でも……なぜ、マスターは8人なのかしら? 冬の聖女と同等の魔術回路を持った巫女が依代となっているなら、聖杯の性能は、冬木とさして変わらないはずよね? となれば、理論上は、サーヴァント7体ぶんの霊基さえあれば、魂の物質化は可能なはずよ」
「それは……あくまでも、これが娯楽的バトルロワイヤルだということですわ。勝者は必ず存在しなくてはならない」
「なるほど……そういうわけね。ちなみに、質問なのだけれど」
「? 何でしょうか」
大体の理屈は分かった。だが、凛には、魔術師として、どうしても聞いておかなくてはならない質問がひとつある。
「この方法で……魂の物質化は、成功したの?」
そう。始まりの御三家が、ほぼ同じ方法で、二百年かかって達成できなかった悲願。それを彼らは、4700年のうちに成功させたのだろうか。いや、おそらく成功例はあるのだろう。問題は……それが、何回ほどかということ。
その問いの真意を察したらしく、ヤーマは、再び口の端を釣り上げる。……気味の悪い笑い方だ、と、凛はそろそろ嫌悪感を抱いてきた。
だが……その苛立ちも、次のヤーマの言葉で、一瞬にして吹き飛ぶこととなる。
「もちろんですわ。これまでに行われた45回の『
「っ!?」
「しかも、その5回は、何も初期のころというわけではありません。これまでに優勝商品が授与されなかったのは、第10回、第23回、第29回、第34回、そして第39回。むしろ時代が進むにつれて成功率は下がっていると言えます」
バカな……あり得ない。神代とはいえ、黎明期であったはずの最初の9回まで失敗がなく、しかもその後もたったの5回。神秘が薄れている近年1500年も、一度の失敗もない。
「っ……。そう……」
少し、心にくるものがある。自分の一族が二百年かかって達成できなかった悲願を、その半分の年月で成功させ、九倍の試行回数があるにもかかわらず失敗の割合は45分の5と5分の5。自分の先祖がしてきたことが、全て無駄に感じられるような徒労感。
だが……それが全てではない。
「それだけ、イムホテプという人物が優能であったということです。まさに神域の天才。魔術世界の歴史を見渡しても、これほどの偉人はそういないでしょう」
「まったくよ。世界は広いということは時計塔に来て多少思い知ったつもりでいたけど、私もまだまだ未熟者ね」
世界の広がりとは地平面的な横の広がりだけではない。人類史という『縦』の広がりを含めて、この世界は『この世界』と定義しうるのだ。この世には、私の知らないことがまだまだあるのだ。
「質問は、以上でよろしいでしょうか?」
「ええ。もうけっこうよ」
凛が、もうたくさんだ、という顔をすると、ヤーマの黒い瞳が光り輝く。……人を困らせる事を愉悦とするのか、この女は? どこかのエセ神父じゃあるまいし……。
「では、これを」
何かを堪能したらしく、満足げな表情のヤーマは、物々しいシルバーのアタッシュケースと、小さな封筒を取り出した。
「これは?」
「こちらのアタッシュケースには、英霊シェヘラザードの触媒が入っております。私からのささやかなお詫びのしるしとして、お受け取りください。こちらの封筒には、ホテルへの経路が書いてあります。ホテルは院の所有物ですので、おひとりさまぶんの部屋であれば、『
「……えらく待遇がいいのね」
「生々しいことを申し上げれば、口止め料のようなものですよ。……言い忘れましたが、『
「わかったわよ」
ケースと封筒をひったくり、凛はリムジンを降りた。
「それじゃ、ごきげんよう」
「ええ。またご縁がありましたら」
ヤーマは、終始笑顔のまま、凛を見送った。
凛が元来た非常階段に消えると、運転手がヤーマに声をかける。
「ずいぶんと、頼もしいお方でしたな。お嬢様」
「そうね。私のものになるはずだった令章を、奪っていっただけのことはあるわ」
瞬間、ヤーマは白いスカートの太もものあたりを握りつぶした。
「絶対に勝たないと、承知しませんことよ? うふふふ」
いつもの如く、意図せずに運転手の背筋に寒気を走らせるヤーマなのだった。
✡
「ふう……」
今度こそは午前二時。魔法陣を描き終わった、古いホテルの一室で、凛は息をついた。
中心には金の腕輪。あの女から手渡された触媒だ。
本当なら、このペンダントを使いたかったのだが……。
(残念だけどもう機会はなさそうね、アーチャー)
きっとこれで最後だ。もうこれ以後、英霊召喚などすることもないだろう。ならば最後に共に闘うのはあいつだ……と思っていたのだけれど。大人になってしまった以上、通す筋は通さないといけないわけで。
「よしっ!」
しんみりしていても仕方ない。パンパン、と頬を叩いて気合を入れ直し。
背筋を伸ばして、令呪の宿る右手を、魔法陣にかざす。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公――」
詠唱の呪文に以前と変わりはない。令呪と聖遺物で座にパスが通っている以上、『呼ぶ』ことさえできればそれでいいのだそうだ。
「祖には我が大師シュバインオーグ――
降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する
――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
一陣の風が舞う。魔力の風だ。――懐かしい、風だ。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――!」
閃光。
「――――」
うっすらと、見える人影。だんだんと、煙は晴れて。
「――――!」
ついに、彼女は全貌を
身の丈は凛より少し高い……160cm後半だろう。透き通るように白い肌が、露出度の高い踊り子の衣装でさらに強調されている。
全身にジャラジャラとアクセサリー。一際の逸品であることが見て取れる、カチューシャのような髪飾りに彩られる、少し緑の混じった、艶やかな黒髪。
目は少し細く、これまた深い
上品な色気を放つ唇が、最初の言葉を発する。
「問いましょう――」
それは、凛にとって、二度目の問いかけ。
「あなたが、わたくしのマスターでしょうか」
「ええ。私は、遠坂凛よ」
「サーヴァント・アーチャー、
遠坂凛の『第二次』聖杯戦争が、今、始まる。