黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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近界(ネイバーフッド)蹂躙編





第十二話

 

 

 太陽の国、アクティナ。

 ここは落ちることのない陽の光を糧に生活を営む白夜の国。母体(マザートリガー)はこの太陽そのものであり、人々が住む大地は天体と化した母体の『外殻』にすぎない。そのため他国であれば()が管理すべき昼夜がなく、常時その光をそそぎ続けている。

 

 そういった背景もあり、この国は近界(ネイバーフッド)では珍しく動力となるエネルギーがトリオンだけではない。玄界(ミデン)とは少し仕組みが異なるが太陽光発電のようなシステムを確立しトリガーと組み合わせることで独自の発展を遂げているのである。

 

 科学国家とも称されるこの国は街のそこかしこにソーラーパネルに似たエネルギー精製装置が設置されており、それらから作られるエネルギーは生活の他に、国家防衛をするトリガー使いやトリオン兵に送られる。そうした潤沢な動力を得られる国内での戦闘に限っては、アクティナの戦力は他国に侵略を躊躇させるほどのものを有する。

 

 規模から言えば小国に分類される彼らの誇りは、国土は狭くも他にはないビルや巨大な防壁、それらが織り成す美しい景観が如実に物語っている。追い求めた効率が機能美へと昇華されたこの眺めは近界でもこの国でしか味わえないだろう。

 

 ――そんな近未来然とした街並みはいま、木端微塵に粉砕されて瓦礫の山と化していた。

 

「科学国家っつってもなあ。簡易トリオン銃がちょっと高性能になっただけじゃね、これ?」

 

 無人の荒野となった場所でため息とともにそう言い捨てる大河の足元には、原型を留めていないトリオン兵の残骸。これらは中型の人型トリオン兵が隊列を組んで襲ってきた成れの果てである。

 

《弱いなら弱いでいいよ別に。それより次来るよ》

「早いとこトリガー使いが来てくれりゃいいんだけど」

 

 壮絶な破壊の後ではあるが、大河はまだ近界民(ネイバー)を殺してはいない。それというのも、この国が特殊な形状をしていて簡単には攻め込めないためだった。

 アクティナの国土は(実際のところ方角名は違うかもしれないが)東西に長く伸び、高いビルが軒を連ねる中枢部が真ん中に鎮座し、防壁を挟んで市街地、そしてまた防壁を挟み無人の発電区域といった防衛形態をとり、中枢を核に分かれる形となっている。

 大地が細く伸びきった場所は荒野になっており、東西の端に三門市の(ゲート)誘導装置のようなものが設置されているのか、木場兄妹の遠征艇は侵入する際に強制的に東の荒野に降り立つことになった。

 

 そしてそこで、まずは挨拶代わりにと叩き込んだメテオラが一枚目の防壁にぶち当たり、それが崩壊するとまるで蜂の巣を突いたようにトリオン兵の軍団が大河に向かって殺到してきたのである。いきなり攻撃されれば近界民(ネイバー)側もそういう対応をするのは当たり前だが。

 玄界(ミデン)での戦闘と違い、遠慮も何もない彼の武装は派手に戦火を撒き散らしつつ荒野を越え、無人の発電区域を更地にしていまに至るというわけだ。

 

《まあトリオン兵とか、他の国よりはマシな動きしてるんじゃないの?》

「隊列とか組んでるし、たしかに動きはいいけどよ……トリオン兵とかどうでもいいし。トリガー使いの反応はないのか?」

《たぶんぜんぜん来てない》

 

 遠距離から砲撃してくるバンダーの改造版みたいなトリオン兵に撃ち返して粉微塵にしつつそう尋ねても、ミサキから返ってくる言葉にはまったく希望が見出せない。

 

「チッ、頭でっかちはこれだから……。んじゃこっちから行きますかね」

 

 右肩のハイドラが圧縮されたアステロイド(カノン)を掃射して、波のようなトリオン兵の群れを薙ぎ払っていく。動くものが何もなくなった荒野に足を踏み出した大河は、蜂の巣の深部に向かって歩を進め始めた。

 すなわち、市街地への侵攻。

 巣を叩いただけでは木端(こっぱ)の働き蜂しか出てこない。だが巣に入って根幹に被害が及べば精鋭部隊が出てくることだろう。

 大国相手なら控えるべき手法だが、ここは国力的には弱小国家。完全な殲滅はそれなりに骨が折れるものの、別にそこまでせずとも引けばいいし、その場合も潮時さえ見誤らなければ問題はない。何より仕込み(ヽヽヽ)は既に済ませてきた。

 玄界出身であることを隠すためエンブレムも何もつけていない隊服を翻して、大河は大地を蹴った。

 

《グラスホッパー起動》

「サンキュ、っと」

 

 大股に過ぎる二歩目に合わせるように、大河の思考をトレースしたミサキがトリガーを操作してグラスホッパーを足元に展開した。これも大河が自分でやると制御を誤って、下手をすると中枢を飛び越えて反対側にまで行ってしまう可能性があるため、こうしてミサキが手ずから起動しているのである。

 一辺が四メートルはあろうかという半透明の板に足を乗せると、その場から瞬間移動(テレポート)でもしたかのように大河の姿が消え失せる。

 もちろんグラスホッパーにそのような機能はない。単純に跳ねる強さが異常なだけだ。

 

「《んぎぎ……、これやっぱ慣れねえな……》」

 

 音速を越えた速度で(くう)を裂きながら大河が通信でこぼす。

 あまりの加速度にさすがの強化戦闘体でも圧がかかり、口を開きたくないのだろう。別に開いたところで問題はないのだが、このグラスホッパーの加速にかかるGは生半可なものではない。もし生身の人間があれを踏んだら細切れなんてレベルではなく消し飛んでしまうに違いない。

 数十秒の音速飛行ののち、大河は先ほど自分で吹き飛ばした防壁の無事な部分に着弾(ヽヽ)した。

 

()った~……くはないけど、毎回着地が締まんねーな……」

《この前なんて何メートルも埋まったもんね。あれはウケた》

「ウケんなよ……、割とマジで焦ったぞアレ」

 

 妹と軽口を叩き合いながら防壁に爪を食いこませて登りつめ、無人の発電区域とは違って生きた人の匂いが充満したそこを眺める。

 まだ中枢に見える防壁より高いビルのような建造物は少ないものの、そこではたしかに近界民……いや人間が生活しているだろう空気(におい)が漂っていた。深呼吸した大河は満足そうに牙を覗かせる。

 

「くく……」

《前から思ってたけど兄貴の笑い方悪者っぽくて引く》

「え、マジか。今度から気をつけよ」

 

 くつくつと喉を鳴らした大河は一瞬にしてそれを引っこめた。さすがの大河も妹には嫌われたくないのだった。

 口は悪くともミサキの存在は間違いなく彼の心の支え。この遠征においては命綱を持つ役目でもある彼女の言葉は無視できない。

 

 しかし彼がこれから行うのは悪者どころの話ではない。そもそもこんな旅に付き合わせるなという話でもあるのだがそれは過ぎたこととして、無辜の人々が暮らす街を破壊し尽くすのだ。悪も悪、それも極悪非道の頂点にすら至る悪行である。

 

 だがその点に関してはミサキは口を挟まない。既に何度も繰り返してきたという慣れを除いても、彼女は大河のやることになんら歯止めをかけようとは思わなかった。

 『思考追跡(トレース)』でも大河(あに)の求める"匂い"とやらはわからなかったが、求める気持ちは理解してしまった。それに至るまでの苦悩も知る彼女は、むしろいまの状況を好ましいとすら感じている。

 

「そんじゃあまあ、駆けつけ一発!」

 

 大河の気合を込めた声に呼応するようにハイドラが唸りを上げた。左肩、メテオラが装填された砲塔が眼下の市街地の中心に向けられ、次の瞬間に巨大な砲弾が撃ち放たれる。

 この一発にはミサキは干渉していない。なぜなら外部干渉は威力を抑えるために行うもの。隠密や秘匿の必要がない場合、『枷』が外れた猛獣はその真価を発揮する。

 大河の杜撰なコントロールによって炸薬(トリオン)を注ぎ込まれた極大の咆哮は、ただの一撃で市街地の一画を消し飛ばした。

 

「――――――!!」

 

 数キロは離れた着弾箇所からも吹きすさぶ爆風に乗って近界民たちの断末魔が大河の耳に届けられる。そしてその声よりも濃厚な死の匂いを、彼のサイドエフェクトは敏感に嗅ぎ取った。

 

 

「あ――――~…………!! っは!! っはっはっは!! はははははは!!!」

 

 

 笑う。笑う。げらげらと、いやらしく、凶悪に、純粋に。

 釣り上がる頬を戻せない。大口を開けた大河は呼吸の必要性が薄い戦闘体なのをいいことに息継ぎもせずに笑い転げ続けた。

 ――脳髄に染み渡るこの匂い。これだ、これこそ求めていたもの。

 惑星国家を強襲するのは幾多も繰り返してきたことだが、何度味わってもたまらない。むしろより欲求が強まっている気さえする。

 生に満ち溢れた街から漂う濃密な死の匂い。だが足りない。まだ、足りていない。

 

 さあ殺そう――もっと殺そう! 次はどうしようか。直接心臓を引きずり出すのがいいかもしれない。それとももう一発ブチ込んでもいいか。

 

 蜂の巣を半壊させた熊――否、虎は舌なめずりして獲物を求め続ける。

 通信で大河の哄笑を聞いていたミサキはただ「楽しそうだなぁ」と狂喜に満ちた兄の思考を読み取っていた。

 

 よし決めた。次は直接手で()ろう。

 残酷な決断を夕飯のメニューを決めるような気軽さで選択した大河は立っていた防壁からその身を投げ出した。ボーダー本部基地並、百数十メートルはあろう壁だが、戦闘体にそんな高さはなんの意味もない。

 通常の戦闘体ですら大気圏から突入しても無傷で着地することができるのだ。その場合どれだけ深く埋まるかは定かではないが。

 

「――っとお!」

「……!?」

「なんだ、こいつは……」

 

 地面を蜘蛛の巣状に割って着地した大河は、突然の大爆撃に混乱する近界民たちの凝然とした視線に晒された。先ほど防壁が半壊した上に、今度は市街地の中心部が消滅したのだからその恐慌ぶりはさもありなんと言ったところか。

 注がれる視線も当然のこと。このタイミングで現れた異邦人、騒ぎの原因でないと思う人間の方が少ないだろう。

 

「止まれ、何者だ!」

 

 数人の男たちが人混みをかき分けやってきて、銃型のトリガーを大河に突き付け叫ぶ。

 国の軍人か街の自警団か。生活感に満ちた匂い(ヽヽ)からして後者だろう。サイドエフェクトであたりをつけた大河は見る者を戦慄させるような笑みを浮かべた。

 ――さすがは科学国家、こんな"下っ端"にもトリガーが行きわたっているとは。

 

 ボーダーにおける鬼怒田の『ノーマルトリガー量産』という功績は、玄界に物量的な防衛システムを構築させた画期的な発明だった。しかしトリガー技術が文明の根幹を築いている近界がその程度のことをできないはずもない。

 それでも近界では『トリガー使い』が貴重な戦力として扱われ、機があれば玄界に攻め込んでさえ奪おうとしてくる。それはなぜか。

 

 単純に、優秀なトリオン能力者が少ないためだ。

 

 文明の全てにトリオンが関わる近界では、たとえ街の防衛を任される自警団だろうと日々の生活にトリオンを割り振らざるをえないため、トリガーを起動させて戦闘に回るほどの余力がないのだ。

 玄界が当たり前に使っている資源エネルギーは近界には少なく、もしくは存在しない。石油・石炭・天然ガスなどといった枯渇性エネルギーの全てをトリオンで賄う近界民たちにとって、「戦闘を行えるほどのトリオン能力者」という基準がボーダーよりもさらに厳しいのである。

 事実大河がこれまでに渡ってきた国ではもっと上の『軍人』からしかトリガーの使用を許可されていないところのほうが多かった。

 市民から徴収したトリオンを組織の運営に使用し、トリオン兵の生産やトリガーの開発といった兵装充実を図ると同時に戦闘に回す人員のトリオンを温存する。それが近界の主だった兵の運用法だ。

 

 だが、ここは特殊なエネルギー精製法を確立させた太陽の国。

 潤沢なそれを生活に回すことで兵力を上げた近界でも類を見ない科学国家。

 いち自警団程度がトリガーを持つのは珍しい。しかし、そのトリガーを奪取するために遠征に来た大河たちにとっては、鴨が葱を背負って来たようなものであった。

 

「ようやく来たな、トリガー使い」

「黙れ。もうすぐ軍の部隊も到着する、抵抗は無駄――――」

 

 ぞろぞろと取り囲んで勇ましく叫ぶ近界民だったが、それは蛮勇でしかなかった。

 大河が目にも留まらぬ速さで爪を閃かせる。投降を促そうとした一人の男がトリオン体を微塵にされ、何が起きたかわからぬまま爆発してトリガーが強制解除された。

 

「な――!?」

「まずは一匹(ヽヽ)

 

 同じ人間扱いすらせず、まるで羽虫を払うかのように生身(ヽヽ)に対して追撃する。

 哀れな男はへたり込んでいた場所ごと縦に分割されて、大地を朱に染めた。

 

「こっ、こいつ!?」

「撃て! 撃ちまくれ!」

 

 怯んだ自警団の団員たちが手に持った銃型トリガーを乱射し始める。

 トリガー使いは希少。ゆえに攻め込んできた敵ですら本音で言えば捕らえて駒にしたい。それが叶わなくとも『燃料(ヽヽ)』にはなる。

 しかし目の前の凶悪な男は危険だ。有しているトリオン能力は喉から手が出るほど欲しいくらいに強大だが、やつは仲間を殺した。殺しすぎた。

 説得は不可能。そう判断して一斉に引き金を引いた。

 

「――――――ぎゃは」

 

 だが、遅すぎた。

 判断も、行動も、その弾丸すらも。

 

「うわあっ!?」

「ぐあぁッ!」

 

 その場から消えたような錯覚すら与える大河の初動は、己に狙いを定めた攻撃の全てを置き去りにしてその身を獲物の眼前に運ぶ。

 一番近くにいた者を撫で切りにし、その隣の男を抉り、身体に突き刺したままの爪を振り払うと隊列を組んでいた自警団の一団が雑草のように千々(ちぢ)に吹き飛んだ。

 揃って換装を解除された彼らの恐怖は続く。

 無力化しても大河の蛮行は止まることなく、むしろ加速度的に加虐性を増していく。

 

「はははっ、あハはははははは!!」

「やばい、こいつ……!」

「にっ、逃げろ!!」

 

 血が霧のように舞う壮絶な戦場。そこで高らかに笑う大河は、生き残った者たちに戦慄しか与えなかった。慄いた近界民たちが身を翻し、我先にと走り出す。

 

「逃げんなよお! もっとブチ撒けて逝けや!」

「ひっ、ぎゃ――――」

 

 ガシャン、と砲塔が無機質な音を立てて作動し、無慈悲にも吼え立てる。

 放たれた光弾はもはや人に向けるような威力ではなく、その苛烈さは直撃を免れた者さえ肉片と化す破壊の権化。

 阿鼻叫喚の地獄絵図となった市街地で、滅びをもたらす悪魔のような虎は欣喜(きんき)の咆哮を上げ続けた。

 

 

 

 

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