黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第十五話

 

 

 

 無限の太陽が照らすアクティナの大地。今日設定(ヽヽ)された天気は無風のようである。

 大河は実在する神に感謝しつつ、改めて辺りを見回した。

 

 死屍累々としか言いようがない醜穢(しゅうわい)極まる光景。凪いでいるせいで血の海の匂いは消えず、今も殺された者の怨念のように立ち込めている。

 しかし大河にとって瑞々しい死の匂いが広がるさまは、まるで桃源郷のような眺めにすら見えていた。彼の前世は悪魔か何かだったのかもしれない。

 

 しかし彼とて長居をするつもりはなかった。

 大河が求めているのは生きている(ヽヽヽヽヽ)トリオンの香り。血の匂いも好きだが、酸化し始めた鉄臭いものには興味がない。ゆえに悪魔のようなこの男は「殺し続けること」が真の目的といえよう。

 

 死の沐浴を終えた彼はさらに奥のアクティナ中枢部へ向けて歩き始める。

 そこにはこの国の支配階級の家々や門外不出のトリガー研究施設などが軒を連ねているのだろう。もし大河が侵入すれば、この国の行く末はもはや破滅以外の運命を辿ることはなくなるに等しい。

 

「ミサキ、もうそろそろか?」

《んー。あ、もうすぐ来るっぽい》

「了解」

 

 妹からの通信を切ると、突如として雷鳴が轟いた。

 青く燦々と透き通った天空を裂いて閃光が迸り、激しい轟音とともに間近に落雷が発生する。

 次の瞬間には金に輝く衣装を身に纏った黒髪の少年が立っていて、興味深そうに辺りを見回していた。

 

「うっひゃ~、ほんとに死んでるや」

「誰だ、おまえ?」

 

 文字通りの青天の霹靂として現れた少年に大河が胡乱な目を向ける。

 いま、どこから現れたのか。周辺には何も見えなかったし、レーダーにも反応はなかった。

 そうした言葉が頭を巡ったが、一つだけわかったことがある。

 

 ――こいつ、(ブラック)トリガーか。

 

 そう。突然現れた少年の匂いは二つあった。彼自身のものと、そうでないもの。通常(ノーマル)トリガーではないと判断したのは、他の人間(ヽヽ)の匂いがしたからだ。

 

「あは。ボクはね、シベリウスっていうんだ。シヴィって呼んでいいよ!」

「…………」

 

 テノールボイスを発する少年のテンションに鼻白んだ大河が眉根を寄せた。

 見た目は十代の中盤あたりか、押し並べた少年といったところだ。金色に煌めくローブを身に纏い、ミドルショートの黒髪が飛び跳ねるたびにふわふわと揺れている。それを眺めて大河は「天羽が元気溌剌になったみたいなやつだな」と勝手に評していた。

 しかし外見がふつうでも、状況はそうではない。少年の周りには今も死体が原型も留めずに散らばっているのだ。しかもそれらは同じ国の人間のはず。どうしてこの惨劇を目にして笑っていられるのか。

 

「何(モン)だ、おまえ」

 

 大河にとって愉快な景観でも、他人にとってはそうでないと彼でさえわかっている。警戒度を上げ再三問いただすと、シベリウスと名乗った少年はぶうと口を尖らせた。

 

「自己紹介もしないなんて育ちが悪いね。さすがラフォーレの野蛮人だ」

「……はっ」

 

 なるほど所属はたしかにこの国らしい。

 先の殲滅戦開始時に吐いた嘘がきちんと広まっているのを知って、口角を上げた大河は煽るように嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「アクティナも堕ちたもんだな。この国は雑魚ばっかかよ?」

 

 国を冒涜する暴言に対し、少年は欠片も怒りを見せることなくへらへらと笑うのみ。

 

「そりゃ銀色(プシフロ)のやつらじゃこの程度でしょ」

「プシフロ?」

 

 聞きなれない表現に聞き返すと、シベリウスが得意顔になって大きく頷いた。

 

「あれ、知らない? そっかラフォーレには上下なんてないんだっけね。じゃあ教えてあげるよ。

 この国は真ん中から金色(ゼスト)銀色(プシフロ)の二つに分かれてるんだ。キミが弱い者(ヽヽヽ)イジメしてた相手が銀のほう。金のボクたちの真似してこそこそ頑張ってたみたいだけど、所詮は銀色だったみたいだね」

「ふうん……」

 

 外交に関して閉鎖的なはずのアクティナの情報をぺらぺら喋る少年に、「こいつは使えそうだ」と心の中であくどい顔をする大河。聞くだけ聞いて、あとはとっとととんずらしてしまえばいい。

 

 こと黒トリガー相手では、大河も真正面から相手をすることはない。

 というのも、遠征に課された条件の一つに『黒トリガーとの交戦は控えること』という項目があるからだ。なるべく危険を回避したい城戸派幹部の計策、これからも遠征に漕ぎつけるために大河も従わざるを得ない。

 

「真似、ねえ。そういうからには、『金色(ゼスト)』とやらのおまえは少しはマシなんだろうな?」

「あはは! 当たり前じゃん。なんてったって金が金たる理由は……」

 

 瞬間、シベリウスの姿が掻き消えた。

 

「――このボクの存在なんだから」

「っ!?」

 

 背後から首を狙った一撃を紙一重で躱す。

 バヂッと嫌な音を立てて通り過ぎていった手刀。大河はあの試作型トリガーと同じ焦げたような匂いを感じ取っていた。

 

「――なるほど、たしかに真似だな」

「よく避けたね。まぁ、銀のやつらとはいえ全滅させるだけのことはあるみたい」

 

 現れてからずっと変わらない飄々とした態度の黒トリガー使いに内心舌を打つ。

 ――こいつは、『雷』そのものだ。

 しかも全身が、である。

 自発的に生み出した電気とトリオンを混ぜ合わせて射出する『光輝の針(スコーニィ)』と違って、これは元から「雷でできている」に近い驚異的な黒トリガーらしい。レーダーの範囲外から突然現れたことから察するに、移動速度までもがその域にあると見た方がいいだろう。

 

「ボクの『金の霹靂(イヴジェニス)』を羨ましがって作ったのがあのオモチャ。一割も再現できてるか怪しいけどさ」

「オイオイいくらなんでも喋りすぎだろ」

 

 おそらく国の最重要機密であろう黒トリガーの名称まで口にするシベリウスに、さしもの大河も突っ込みを入れた。だが、その意味はわかる。どうせ――

 

「いいんだよ別に。アクティナの外に、この名前を知って生きてる人間なんていないんだから、さぁっ!」

「だろうな、このガキ……!」

 

 想像通りの理由に納得はすれども、その通りに死んでやることなどできるわけもない。

 真っ直ぐ突っ込んでくるシベリウスをシールドで防ぎ、地面を蹴りつけて距離を取る。強化戦闘体の膂力は一歩で元いた場所を彼方にまで遠ざけた。二歩三歩と続けて一気に中枢を目指す。

 だが機動力は敵が上。一瞬で回り込まれて蹴りを受け、大河は激しく地面に叩きつけられた。

 

「わお。ラフォーレの野性味もここまでくると大したもんだ。猫みたいにすばしっこいね、お兄さん」

「言ってろガキ。こちとらおまえに用はない、ここまで来れば充分だ」

 

 埋もれた身体に倒れかかってくる瓦礫を蹴り飛ばし、戦闘体の調子を確かめて起き上がる。

 痺れはあるが、問題ない。確認した大河はアクティナの中枢都市を背に立ち上がった。そして目の前にいる余裕をみせたままの生意気な少年へ向け悪辣な表情を浮かべる。

 

「たしかに厄介な能力だが、守るもんがなけりゃ意味がない」

「うん? 何を……ってまさか」

 

 瞬時に展開されたハイドラが大河の肩にのしかかるように方向を変える。斟酌なしのトリオンを注ぎ込まれたメテオラが装填され、真後ろ、中枢を守護する防壁に向け極大の咆哮を放った。

 ――が、それは超高速で滑空していたにも関わらず途中で撃墜され、巨大な爆風を巻き上げるに終わる。

 

「すっごい威力。もしかしてお兄さん、黒トリガー使い?」

 

 一歩も動いていないシベリウスがへらへらと笑って尋ねてくる。

 

(やっべえな、こりゃ)

 

 今期の遠征で大河は初めての冷や汗を額に浮かべた。

 軽々とした少年は大河の砲撃に対し、精神的にも物理的にも全く動じず、すっと持ちあげたその腕から金色(こんじき)の雷を放った。それが音を超えるスピードの弾頭を正確に捕捉し、撃ち落としたのである。

 射程・威力・精密性。どれをとっても、あの試作トリガーとは比べ物にならない。彼の「オモチャ」という表現はまさしく的を得ていたようだった。

 全遠征を含めれば黒トリガーと相対するのはこれが初めてではない。しかしこの相手はそれらの中でも一等の危険度を誇っているらしい。

 

「まぁまぁ落ち着いてよ。ボクは交渉に来たんだからさ」

「ああ? 交渉だと?」

 

 少年は邪気のない笑みを湛え、大河へ手を伸ばす。

 それはただ見れば友好の握手でも求めているかのような気安さであったが、先の雷撃がそこから放たれたのを見てしまえば銃を突きつけられるよりなお性質(たち)が悪い。

 シベリウスが手を差し出したまま、人が良さそうな顔で語りかける。

 

「お兄さん、アクティナ(うち)においでよ。ラフォーレなんかよりずっと快適な生活が送れるよ? キミのトリオン能力ならマザートリガーに捧げるより、もっと上手い使い方をしたほうがいい。銀の連中はどうせ報復のために『礎になれー』とか言ってきたんでしょ?」

「まあ、たしかに言ってたな」

「やっぱり。でもボクたちは違うよ。銀の連中がどれだけ死んでも気にしてないし、恨んでもない。むしろあいつらの中から生贄を選んで、広げた国でキミに活躍してもらった方がいいからね」

「……、……なるほどな」

 

 門外不出の黒トリガーの名を知った敵も、味方に引き入れてしまえば問題ない。

 つまり、断れば殺す、という交渉の名を騙った脅し文句。

 とはいえ大河を優遇するつもりなのは本音なのだろう。彼の能力は近界民であれば誰もが垂涎(すいぜん)する規格外のものだ。

 少年の言い分には頷きつつ、手は取らずに大河はタイミング(ヽヽヽヽヽ)を推し量る。

 

「《ミサキ、まだか?》」

《もうちょい。こっちの準備はいいんだけど》

「《……了解。どうせだ、こいつと遊んでもいいよな》」

《ちょっと、禁止事項……まあいいか。あんまり早く落ちないでよ?》

「《わーってるよ》」

 

 努めて無表情で通信を終えた彼は解放された頬を、まるで目の前の少年へ唾を吐きかけるような底意地の悪いものへと変えさせた。

 

「断る。この国はどこもかしこも鉄くせえんだよ。どうせ鉄くさいんなら、血で染めた方がまだマシってもんだ」

「……ふーん、そう」

 

 ぱた、と音を立てて戻される細い腕。

 無邪気な笑顔だったシベリウスは、邪気のないまま残虐な顔つきに変わっていく。

 

「じゃあ、しょうがないね。銀色(プシフロ)と同じなんて芸がなくて嫌だけど、マザートリガーの燃料になってもらうよ。トリオン器官さえあればいいから、もう――死んでいいよ」

 

 ふわりと髪が浮き上がり、次第に激しく逆立ち、シベリウスを金色(こんじき)の閃光が取巻いていく。『金の霹靂(イヴジェニス)』が彼の心の内を表現するかのようにその身を神の怒りそのものへと変貌させていった。

 

「悪いが鞍替えはしない主義だ。ま、せいぜい楽しませてくれよ」

「あは。死ぬのが楽しいなんて、変な人だね」

「死ぬのはおまえだけだ、クソガキ」

「育ちの悪い野蛮人はこれだから。来世では直るといいね、お兄さん」

 

 両者ともに壮絶な笑みで視線を交わす。

 シベリウスの黒トリガーのせいで本物の火花が飛ぶ舌戦は、大河の突進で開戦へと移行した。

 

「――っら!」

 

 直立の状態から瞬時に最高速度に達する突撃。先攻を許された彼はしかし、不意を突く背後からの金の槍を防ぐために後手に回った。

 雷を物質化させたような巨大な突撃槍(ランス)。触れるだけで何もかもが蒸発しそうな電熱を纏って襲い来る。

 

「遅い遅い!」

「言ってろ!」

 

 シールドを展開し、閃光とともに千鳥がさんざめくような耳障りな音を撒き散らすそれを受け止め、左肩のハイドラをミサキに調律(チューニング)させた最低威力(ヽヽヽヽ)で放つ。それでもあり余る威力は巨大なクレーターを作り上げ、二人を爆炎と粉塵が包み込んだ。

 あの速度は目で捉えられない。ならば視覚を潰し、嗅覚で捉えればよい。

 向こうは黒トリガー。特殊性の代わりに普遍性を失った一点特化の武器。ゆえに盾もない。

 たとえ全身が雷であろうと、トリオン体であれば必ず存在する伝達脳と供給機関さえ破壊すれば倒せる相手だ。そしてハイドラは掠めるだけでそれを消し飛ばせる。イヴジェニスとやらは黒トリガーの名に恥じない規格外性能だが、相性自体は悪くない。

 

「――死ね」

 

 匂いで居場所を特定した大河は短く呟いてハイドラに火を吹かせた。

 濃い煙幕が虫に食われたように穿たれ、そこに存在していた全てを薙ぎ払っていく。如何な雷の速度で動こうが、音より早く飛来するハイドラの一撃は気付かせぬままに敵を噛み殺す。

 見えていれば察知もできよう。しかし粉塵に包まれた状態では下手に動けば自ら巨大な牙に身を晒すことになる。

 

「遅いって言ってるじゃん」

「……てめえ」

 

 だがハイドラが吼え猛ったアステロイド(カノン)は地面の他に空気しか抉ることはなかった。

 死んだ視界でそれをどうやって感知したのか、瞬身が如き速さで回避したシベリウスの姿は大河の真後ろで輝きを放っていた。

 

「チッ!」

「逃がさないよ!」

 

 薙いでくる腕をシールドで止め、次の瞬間また背後から現れて繰り出してくる蹴りを爪を食いこませた急制動で避ける。

 どうにもこの少年の攻撃方法は肉弾戦がメインのようだ。だが当たれば電撃が身体を襲い、行動不能に陥いることになるだろう。先ほど既に一発もらっている。あの時は本気ではなかったのか一時的な軽い痺れのみだったが、今纏っている雷光を見れば余裕を保っていることはできない。

 

「逃げてんのはテメエだろ!」

「あはっ! どこ引っ掻いてんのさ。爪とぎはもう充分したんでしょ?」

 

 虎爪を払うも敵の姿は捉えられない。

 これは骨が折れるな、と大河は内心で独りごちた。

 さすがは黒トリガー。同じ規格外でも違う天秤に乗るそれらは、一分野においては計測不能なトリオン能力を持つ大河をも凌駕する。その奇怪なまでの変則さは彼を驚かせた。

 

 

 しかし、驚愕の念はシベリウスも同様であった。

 彼は無造作に見えた一撃一撃の全てを、必殺のそれと思って放っていたのだ。

 見えない位置から、反応できるはずもない速度で繰り出す己の攻撃を敵は悉く防ぎきっている。

 ――なんだ、こいつは。

 たしかに『金の霹靂(イヴジェニス)』も万能ではない。雷の速度で動けようとも、それに思考が追いつけるわけがない。移動の度に位置設定を繰り返すこれは直線に飛ぶ砲弾を叩き落とすことはできても、思慮外の動きには弱いのだ。

 それでも、とシベリウスは戦慄する。

 移動が事前設定されたものだろうと、攻撃速度は雷のそれ。本来ならば不可避の一撃のはずだ。

 まるで野生の勘で動いているのではないかと思わせる奇抜な体捌きに、能力差でどうにか取りついて対応していく。

 圧倒的な速度の差。そして手数の多さは(はた)から見ればシベリウスが圧倒しているように思えるだろう。

 

「おッら!」

(こいつは……!)

 

 それでも油断はできない。

 大砲の一撃はまともにくらえばコアごと全身が吹き飛ぶだろうし、爪もその大きさから攻撃範囲が広く身体で受け止めたくない。焦れた少年は全方位から雷をぶつけてみたが、翡翠石に閉じこもるような強固な盾で弾き返されてしまった。

 

「――この!」

「っぬ、ぐ……!?」

 

 長期戦闘はまずい。

 そう判断したシベリウスはあえて大河を中枢を守る防壁まで追い込むことにした。

 トリオン消費を度外視した全身から雷を放っての突撃、盾で防がれてもそれごと押し包む大規模放電を撒き散らし、焦げ付いた轍を描いて押し込んでいく。

 『金の霹靂(イヴジェニス)』は強力な能力と引き換えにひどく効率が悪い。アクティナのエネルギー供給を受けられればその弱点は解消されるのだが、ここは派閥の違う銀色(プシフロ)の土地。それを受けるための信号(ヽヽ)が異なっている。

 しかし中枢は違う。この防壁までは中立地帯として彼もその恩恵に与れるのである。

 

「あは。終わりだね」

 

 黒トリガーを全力解放したことが功を奏したのか、焦げ付き煙を上げつつ壁にもたれかかった大河の腕が片方失われている。抉ったような傷は大砲ごと右肩から戦闘体を喪失させ、そこから蒸気のようにトリオンが噴出していた。

 

「……終わりか」

 

 傷を押さえた大河がため息とともに吐き捨てる。

 シベリウスは勝ち誇ったような顔をしているが、そういう意味で言ったのではない。仕込み(ヽヽヽ)が発動する時が来たのだ。

 

「野蛮なラフォーレの尖兵ごときが、随分と面倒かけさせてくれたね。まぁ、所詮は通常(ノーマル)トリガー。『金の霹靂(イヴジェニス)』の敵じゃなかったかな」

「残念だがここまでみたいだな」

「そ。キミの人生はここでしゅーりょー。でもだいじょうぶ、マザートリガーの中に入ればみんなキミに感謝してくれるだろうからさ。何百年、いや何千年だろうね。キミがもたらす繁栄を思えば、あれだけのことをしてもみんなキミを神様って呼ぶよ。だから――安心して死んで?」

 

 勝利を確信したシベリウスが饒舌になるのを、大河は鼻で笑って一蹴した。

 

「ハッ、ごちゃごちゃうっせえよ」

「――は?」

「俺の仕事はもう終わりだ。そろそろ援軍(ヽヽ)が来るからな」

《来たよ》

 

 通信で届いたミサキの言葉と同時、アクティナの空が急速に暗くなっていく。

 

「――な、これは……!?」

「そら来た。ご到着だ」

 

 大河が待っていたのはラフォーレの侵攻部隊。

 根っからの戦闘民族のような彼らの国をさんざっぱら破壊し、蹂躙し、煽りに煽った大河は、アクティナへ逃げ込めば必ず追撃してくるだろうと確信していた。そのためにわざわざ所属を騙り、獲物を敢えて逃がすことまでしたのだ。

 

「おまえも言ってたろーが。俺は尖兵。先駆けに全力出してどうする」

 

 未だ大河の所属を見誤っているシベリウスが挑発され、しかし黒トリガー使いの少年はそれでも泰然とした態度を崩さない。

 

「……ふん。関係ないね。ラフォーレの連中がいくらやって来ようが、この国で戦う限りボクに敗北はない」

「そうか、そりゃけっこうなことで。俺は先にお暇させてもらうぜ」

「逃がすわけないでしょ? 全部終わらせたらキミは――、!?」

 

 大河は最後まで聞かずに残った左腕の爪先をこめかみにあてがい、躊躇なくそれを突き刺した。

 突然の行動にシベリウスが言葉もなく瞠目する。

 

『トリオン伝達脳破損。ジャガーノート起動』

 

 無機質な機械音声が大河にのみ響く。

 

「言ったろ。もう終わりだ、残念なことにな」

「な、にを」

 

 敵は自ら伝達脳を破壊した。ただそれだけのことなのに、シベリウスの背筋に冷たい何かが走り抜けていく。

 ――何か、まずいことが起きる。

 そう直感した少年はしかし、どうすればいいのかは全く思いつかない。

 敵なら倒せばいいのに、その敵は自殺とも言える行動を起こした。その先に起こるのは、いったいなんだ?

 

「おまえの中身(ヽヽ)は気になるが、これも仕事だ」

 

 ひびが広がる身体で大河は心底残念そうにそうこぼした。

 黒トリガー使いとの戦闘は避けるよう命じられているが、向こうが追ってくるならその限りではない。基本的に優れたトリオン能力者がその担い手に選ばれる"国の切り札"は、それだけ魅力的な匂いを放っているのだ。できれば抉ってみたいというのが本音。

 しかし(これ)を相手にするのは少々骨が折れる。

 そう判断した大河は早々に勝つことを諦めた。黒トリガーは獲得できれば多大な戦果となるが、そのぶんリスクが高い。ここでむきになって仕込みを無駄にする価値はないと考えたのである。

 最後の作戦を遂行するために必要なのはこの中枢まで至ることだったが、それは向こうのおかげでなんとかなった。

 

『戦闘体活動限界』

 

 無情な声が穴の開いた頭にこだまする。

 ――まあいいだろう。黒トリガー使いの匂いは、いずれ必ず。

 

「何を――キミは何を言っている?」

「じゃあな、クソガキ」

 

 問いに答えず、その牙がぎちりと音を立てるほど唇を裂いて笑う大河の顔はシベリウスにようやく恐怖を与えた。

 ――だが、もう遅い。

 

緊急脱出(ベイルアウト)

「待――――」

 

 瞬間、アクティナ中枢都市のおよそ一割を消滅させる大爆発が巻き起こった。

 太陽の国に生まれた新たな火輪(かりん)。半径二キロに及ぶ巨大な焦熱の火球はその爆風と衝撃波をもってさらなる広範囲へ被害を拡大していく。緊急脱出(ベイルアウト)の軌跡すらかき消して、大河の最後の一撃はアクティナに打撃以外の何物も与えない。

 

 『ジャガーノート』。それが大河の戦闘体に搭載された最終兵器。

 「止めることのできない巨大な力」、「圧倒的破壊力」という意味の名を冠するこの自爆機構は、強化戦闘体に莫大なトリオンを許容値を越えて強制的に吸い上げさせ、その名の通りの大爆発を引き起こす。大河が捕縛や打倒されるといった危機的状況に陥った際、彼の姿や武器などの情報を持った敵を全て排除して脱出させる危険極まりない最終手段である。

 その徹底ぶりは遠征艇から三キロしか届かない緊急脱出(ベイルアウト)システムの範囲ギリギリまで調整するほどのもの。玄界(ミデン)と違い大地が浮遊している惑星国家にとっては致命的なダメージにすらなりかねない。

 これを作動させるためにはミサキがアンテナの届く位置にまで遠征艇を運ばなければならず、彼女との言葉も要らないコンビネーションがなければ成り立たない本当の奥の手だ。

 

 大河を収容した専用の遠征艇が、すぐさま(ゲート)を開いて撤退していく。

 その下ではラフォーレの軍勢が弱ったアクティナに襲い掛かっているのだ。巻き込まれてはここまでした意味がなくなってしまう。

 

 

「っだはあー! くそ、黒トリガーつええなーもー」

「おつかれー。まぁ元々想定外だったんだしいいじゃん」

 

 送還されたベッドの上でもぎゃああと喚く兄に、ミサキはコンソールを向いたままてきとうな慰めの言葉を投げかけた。

 アクティナの防衛軍を殲滅している最中に黒トリガーが生まれる(ヽヽヽヽ)可能性も考慮していた彼女にとっても、あの雷神のような使い手の登場は予想外のものだった。

 「生まれたて」はその場に起動できる人間がいるかもわからず、かつ起動できたとしても秘めた能力がその本人にさえ未知数なため奪取できる可能性もあるのだが、能力を十全に使いこなせる黒トリガー使いはやはり脅威だ。早々に勝利を見切った大河の選択は正しいものと言える。

 

「もうトリガーもいっぱい手に入ったしさ、そろそろ帰ろうよ」

「んー、そだなー。どうせ戦闘体が復活するのに時間かかるし……」

 

 ミサキの提案に頷きを返して、大河はそのままベッドに倒れ込んだ。

 彼の超高コストな戦闘体はそのぶんだけ構築するのに時間を要する。その期間はゆうに七日。言うまでもなくボーダーに所属する隊員の誰よりも長い。

 トリオンは無尽蔵が如くあっても、それだけはどうしようもない。だからこそ高性能・高耐久の強化戦闘でもあるのだが。

 構築に時間がかかるのなら、破壊できないほど強靭な戦闘体を作ればよい。そうやってシステムの根本から見直して新規開発されたものがこれだ。

 もともと生半な戦闘体では起動した瞬間に破裂するため鬼怒田やチーフエンジニアが頭を捻って生み出した、大河にしか扱えない専用の強化戦闘体である。

 

「今回の遠征ももう半年くらいか。早いもんだな」

 

 腕を枕にして息をつく。

 通常のものは長くても一か月程度。学生が多く所属するボーダーではこれ以上の期間を要する遠征は難しい。

 ちなみに木場兄妹は大学、高校ともに休学扱いである。二人ともボーダーに根を下ろすつもりなため進学する気は全くなかったが、世間体を気にしたボーダー陣営によって休学に留められている。

 

「はー、やっとお風呂に入れる……」

「この(ふね)にもあるだろ」

「水がいっぱい手に入った時だけでしょ! あたしはもっとゆっくりしたいの!」

「はいはい、基地に戻ったら好きなだけ浸かれよ」

 

 本部基地に作り上げた己の城を思い浮かべて、ほふぅ、とミサキも息を吐く。

 大河はそれより、今回も大量に得られたトリガーから引き出す技術を鬼怒田たちがどう料理してくれるかの方が楽しみだった。

 

「早く帰りたいなあ」

「どうせもうトリオン使わねーんだからブーストダッシュしろ、ブースト」

「もうしてる」

「あ、そう……」

 

 その言葉通りモニターに映る惑星国家が急速に小さくなっていくのを見て、大河は独りにやけた。

 総じて、今回も楽しかった。真正面からあれだけ暴れ回ったのは久しぶりだ。雨のように舞う血飛沫、濃厚な生とそれに寄り添う死の匂い。最後の女から抉り出した心臓は特に馥郁たる芳香を放っていた。珍しい新技術も手に入ったし、言うことはない。

 

 彼が蹂躙した国では今も戦闘が繰り広げられている。だがアクティナが存続しようがラフォーレに占領されようが、もはやそれは彼の知るところではない。

 その禁断の欲求(サイドエフェクト)は既に次の獲物を探しているのだ。

 

 

 

 




 


ネイバーフッド蹂躙編、ひとまず終了。

黒トリガー金の霹靂(イヴジェニス)、ギリシャ語で「高貴」。光輝の針はこれを真似したという言葉遊びです。正確に発音すると「エブギェニス」らしいですよ。唇噛みそう。

全身雷。うん、アレです。雷天大壮。カッコよくて好きなんです。殺しましたけど。

ちなみにアクティナが大河をマザートリガーに放り込むと太陽が巨大化しすぎて逆に滅ぶという意味のない設定。ついでに玄界よりでかい太陽が軌道上の国を燃やし尽くすとかいう死んでも近界民殺すマンと化す。
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