黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第二十五話

 

 

 

 勝てる。

 油断はしない。けれどもそんな確信めいたものが三輪の心に生まれつつあった。

 C級を基地まで送り届けた彼は再度出撃の時になってようやく人型近界民(ネイバー)との交戦に漕ぎつけた。三輪隊の総員が健在で隣には米屋、基地屋上には奈良坂と古寺が控えてくれている。

 すでに南部で別の人型と交戦し、それを撃退した出水・緑川もこちらに合流。そして基地にいたNo.1(ナンバーワン)狙撃手(スナイパー)の当真勇と、一仕事を終えた(ヽヽヽヽヽヽヽ)兄貴分であるS級の木場大河も。

 

 勝てないはずがない。

 心の中の二言目は、どこか言い聞かせるようなものになった。

 近界民(ネイバー)。暗黒の海を無数に漂う星の住人。

 危険な相手。恐るべき敵。

 青い髪の男と紅い髪の女、どちらも使っているのは(ブラック)トリガーだ。いかなA級とはいえ一部隊には荷が重い使い手。だが――その身は独りではない。心強い味方に支えられ、かつて「怖い」と評したやつらに向かって三輪は恐れを断ち切るように剣を振るう。

 

「み、三輪先輩! 千佳を、」

「黙れ。おまえはとっとと基地へ向かえ。こいつは俺が殺す」

 

 背後で喚く三雲を振り返りもせず一蹴して人型近界民に向き合い続ける。

 迅の助言も今は無視だ。確信があろうと余裕を残して勝てる相手ではない。

 

「陽介、出水のフォローを」

「しゃーねーな、っと」

 

 三雲たちを護衛し、その際足にキューブ化を食らったため動きが取れない出水を強引に引き下がらせる。機動力は削がれたが弾幕の厚さはまだ健在、ここで失うよりは固定砲台としてでも使った方がいいだろう。

 

「てめっ槍バカ! もっと丁重に扱いやがれ!」

「うっせ弾バカ。助けてやってんだからありがたく思え」

 

 口やかましく言い合いながらも出水の射手(シューター)用トリガーは敵の鳥型の弾を撃ち落とし、米屋は死角から忍び寄る蜥蜴型の弾を回避して跳び退る。

 なかなかの連携ぶりだ。襟首を掴まれた出水の足が凧の尻尾のように靡いている、という間抜けな絵面に目を瞑れば見事と手を打ってやってもいい。

 前線の人数が減り、無理をしないよう三輪も距離を取ると屋上からの援護射撃が敵に突き刺さる。魚を纏って防御を固める青髪の近界民だったが、それごと吹き飛ばすような広範囲爆撃も飛んできて舌打ちをして跳び退っていった。

 

 さすが、頼りになる。

 狙撃組も隙間を縫うような精密な射撃は舌を巻くほどだ。そこへさらに大砲まで加わるとより凶悪なコンビネーションと化して敵の進行を堅固に防いでくれる。

 メテオラを直撃させると三輪たちも危険に晒されるため敵近界民の真上辺りで炸裂させているようだが、その爆発はトリオンによるもの。触れた生物弾のことごとくがキューブとなって足元に散らばる。

 

 この分ならノーマルトリガーを解除し、風刃で遠距離攻撃に参加した方が己も役に立つかもしれない。業腹だが迅の予知はあっていたということか。

 そう判断した三輪は一度大きく下がって換装を解いた。

 

「風刃、起動」

 

 静かに宣言すると黒い短刀の柄から薄い緑黄(りょくおう)のブレードが伸び、そして揺らめく風の刃がその周りを漂い始める。

 

「お、秀次。風刃(それ)使うのか」

 

 どこか羨むような、からかうような米屋の声が聞こえる。それを無視して戦況からみた作戦を周囲に飛ばした。

 

「《陽介、おまえは玉狛の烏丸(やつ)と一緒にC級を基地に連れていけ。射撃手段がないと邪魔になる》」

「《ちぇー、わーったよ》」

「《屋上の援護射撃と合わせて抑え込む。出水、残ったトリオンを全て絞りだしてもらうぞ》」

「《はいはい、了解》」

 

 そして動きを止めたところで風刃で切り刻む。

 あのキューブ化の弾はトリオンにしか作用しない。メインに使っている鳥型と魚型も「宙に浮いている」ことから、足元は完全にノーマークという可能性が高い。地面を這いずる蜥蜴型には気を付けなければならないが、物体に斬撃を伝播させる風刃であれば足を止めた近界民を両断することは容易いはずだ。

 生き残った新型トリオン兵を抑えている緑川も遠距離の攻撃手段を持っていない。そっちはそっちで終わり次第援護に向かわせた方がいいだろう。

 

「すみません三輪先輩、後ろ、お願いします!」

『ガイスト起動(オン)白兵戦特化(ブレードシフト)

 

 玉狛の烏丸が新型の一体を両断して三雲の背後に陣取った。烏丸が持つ本部未承認のトリガーは時間制限付きの強力なもの。殿にはちょうどいい。

 道路を駆けていく彼らを尻目に三輪が風刃を構える。近界民との距離はおよそ十五メートルといったところか。近すぎず、かといって遠すぎることもなく、敵の意表を突くにはいい距離だ。

 いつでも撃てる(ヽヽヽ)状態のまま三輪は屋上の仲間に通信を送った。

 

「奈良坂、古寺。人型近界民を仕留める。制圧射撃だ。大河さんにも伝えてくれ」

《奈良坂了解》

《古寺了解》

 

 狙撃銃といえど奈良坂たちが扱うそれらはトリガーであり、それなりに連射が利く。高い威力と長い射程ゆえ一発一発に多量のトリオンを消費してしまうものの、この場面で敵の動きを止めることができれば戦いは終わる。

 当てなくてもいい。敵が防御に徹しさえすれば。

 同じく屋上にいるであろう当真はそういった狙撃の使い方が好みじゃないため相変わらず一発必中を狙うだろうが、この際撃ってくれさえすれば構わない。

 

《攻撃を開始する》

 

 奈良坂の静かな声とともに、遠距離からの刺突が敵の近界民に降り注いだ。

 

「アステロイド!!」

 

 出水も残存トリオンを全て使い切るような両攻撃(フルアタック)を発動し、防ぐことはできても回避を諦めさせる面制圧攻撃が展開される。

 

「――――何?」

 

 が、突如開いた大穴に呑み込まれ、敵の姿は跡形もなく消え去ってしまった。

 あれは別の敵が持つ黒トリガーの能力――ワープか。

 構えたまま瞠目した三輪の耳に兄貴分からの通信が届く。

 

《秀次、後ろだ》

 

 咄嗟に振り向くと、そこには玉狛の連中に襲い掛かる人型近界民。米屋たちも気付いて斬りかかるが生物弾に邪魔をされて刃が届いていない。

 どういうわけか近界民どもは三雲の持っているキューブ、C級隊員を狙っているらしい。痺れを切らしていきなり王手をかけに行ったのか。残った新型トリオン兵も三雲たちに集中している。

 

(逃がすか……!)

 

 沸騰しかける頭を落ち着かせて風刃を握り込む。

 問題ない。まだ距離は近く、目算で風刃の刃を展開させることは可能。上空から俯瞰している鳥型トリオン兵の支援情報もある。

 何より敵はがむしゃらに突っ込んでおり、こちらに気を配る余裕はないように見えた。

 

「――くたばれ、近界民!」

 

 裂帛の気合とともに風刃を振り抜く。続けざま二発、三発――全弾計六発の斬撃。

 地面を削るような下段の剣閃はそのままラインを刻んで人型へと伸びていく。

 

「――――!」

 

 そして見事、敵の手足を切り飛ばすことに成功した。

 身体を真っ二つにするはずの初撃は運悪く生物弾に当たってしまい仕留めることは叶わなかったものの、右手と左足を削れたのは大きい。機動力を削いでしまえばあとは屋上からの砲撃だけでも殺し潰すことはできるはずだ。

 近界民を殺すのは何も自分でなくともいい。

 憎悪より効率を取るようになった三輪は冷静に判断を下していた。

 そう、殺せるのならなんだっていいのだ。すっぱりと首を落としても、長引く消耗戦に入っても、敵が死ぬのなら手段は問わない。

 この場面で言えばもはや敵の命は風前の灯。難しく考える必要はないのである。

 

「……またか」

 

 しかしやはり厄介なのは黒トリガー。追い詰めたと思った矢先またしても姿を消し、そのままなんの反応もなくなってしまった。

 

《三輪くん、お疲れさま。どうやら他の人型近界民も撤退を始めたみたい》

「それは一時的なもの、でしょうか」

《おそらくは、ね》

 

 三輪隊オペレーターの月見蓮によると、他の区域で戦闘していた人型は先の生物弾を使う近界民が引き上げた直後に撤退していったらしい。

 この大規模侵攻、こちらの損害もそれなりにあったが終始ボーダーが優勢だったと見ていい。しかし敵は未だ健在である。

 仕留められたのは大河が殺した一匹(ヽヽ)のみで、向こうの目的はおそらくC級の捕獲であり戦果は少ない。トリオン兵など戦力の大部分は削れても、また仕掛けてくる可能性は高いと思われる。

 

《残ったトリオン兵の掃討が終わり次第幹部たちとの作戦会議があるだろうから、三輪隊はもう引き上げていいわ》

「了解、帰投します」

 

 敵に深手を負わせることはできた。だが、仕留めることはできなかった。

 ――まあ、いいか。また来るのなら次で殺せばいい。

 新たな決意とともに小さく息を吐いて、三輪は基地屋上を見上げた。

 そこでは同じ部隊の仲間たちと大河が軽く手を振ってくれている。それに返しながら、三輪は味気のない勝利を噛みしめたのだった。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 このままでは確実に失敗に終わる。

 予感が確信に変わったのは『金の雛鳥』を目前に追いつめた時分だった。

 アフトクラトルの遠征部隊、その隊長を務めるハイレインは玄界(ミデン)の敵兵の足止めを逆に利用するつもりでいたが、臙脂色の部隊が到着してから前提が崩され、頭の中で組み立てていた作戦がどうあがいても成功に到達しないことを冷静に受け止めていた。

 

(ランバネイン、エネドラは敗北。ヒュースとヴィザは依然戦闘中、……ヒュースは置いておくとしてもヴィザの相手は黒トリガー、窓を開く余裕があるかどうか。ミラの能力があれば『金の雛鳥』には追いつくが、まだ距離が近い上に敵勢力も健在)

 

 ()が足りない。どう考えても王手(チェック)をかけるのにはもう数手必要になる。そしてその時間があまりにも足りなさすぎた。

 

(トリオン兵はほぼ壊滅状態。敵兵の主力の大部分は引きはがせたが、雛鳥の護衛もまだ追加があるだろう)

 

 そして何より。

 

「……ぐっ!」

 

 この大砲……!

 顔を歪めたハイレインが忌々しそうに玄界の砦を見上げた。

 『黄金の虎』が陣取った狙撃位置は今のこの戦場をくまなく見渡せる。そして爆風だけで纏った生物弾を軒並みキューブ化させてしまうような強烈な砲撃を放ってくるのだ。

 さすがのハイレインもトリオンは無限ではない。キューブ化した敵弾を吸収して疑似的に回復することも可能ではあるのだが、この爆風はそのキューブさえ広範囲に吹き散らしてしまうのである。

 さらに追撃に狙撃と近接戦闘を得意とする兵士が向かってきては、じっくりと回復する余裕もない。

 

「チッ……!」

 

 最後のあがきとして『金の雛鳥』へ強引に詰めたハイレインだったが、やはり上手くはいかなかった。謎の遠隔斬撃に手足を落とされ、トリオンが漏出していく。

 

(……ダメだな)

 

 ハイレインは脳裏に過った言葉をそのまま掬い上げた。

 その身は武官ではない。どちらかというと文官に近い彼は作戦の失敗を素直に受け止め、この時点で任務遂行に見切りをつけた。

 

「《ミラ、一時撤退する。窓を繋げてくれ》」

《了解致しました》

 

 従順な声が返ってきて、即座に背後に気配が生まれる。

 大窓が遠征艇に直接繋げられ、ハイレインは追い縋る玄界の兵に生物弾をけしかけながらそこに飛び込んだ。

 

「ヴィザとヒュースも戻してくれ」

「はい」

 

 命令を言いつけ、戦場から一変して静かな遠征艇の中、腰を下ろし頭に手をやってため息を吐く。ランバネインの姿は見当たらない。しかしハイレインにはそれを気にする余裕もなかった。

 

 敵の戦力はしっかりと測ったつもりだった。だが、足りなかった。

 何が足りていなかった?

 あの『黄金の虎』だ。おそらくやつの莫大なトリオン能力に飽かせて砦は強固に、そして守りが堅ければ攻撃にも余裕が生まれてくる。

 

 なぜ偵察時にそれがわからなかったのか。玄界の全兵士が動員されたと思っていたラッドの駆逐時にもあの男は姿を見せていなかった。では厳重に管理されているのかと思いきや、戦場では奔放にすら思える神出鬼没さでかき回されている。

 

「はあ……」

 

 思わず二つ目のため息が大きくなる。さらに問題は重なっている。

 アレがエネドラを単騎で撃破したことはまだいい。あの頭の足りていない男は油断が過ぎる。だが『泥の王(ボルボロス)』を奪われたのは痛すぎる展開だ。

 アフトクラトルに現存する黒トリガーは両手の指よりさらに多い。しかし四大領主の一角としてハイレインが管理するのは国宝『星の杖(オルガノン)』をはじめとする五本に過ぎない。さすがに全てを持ちだすことはできないため、本国に一つを置き、残る全てをこの遠征につぎ込んでいるのである。

 それを失うとなれば……その事実は管理者たる彼の指が失われるも同義だ。

 本格的に玄界と戦争になるのならば領主全員が戦力を総動員して、この星を占領することも可能だろう。されどもそれでは意味がない。『アフトクラトル』で覇権を握れなければ、玄界を占領したところでハイレインの立場が変わるわけでもないのだから。

 

「ただいま帰投致しました」

「どうにもお疲れのご様子ですな」

「……ああ」

 

 ミラが回収してくれたヒュースとヴィザが遠征艇に姿を現す。二人ともそれなりに手傷を負わされていて、あのまま考えなしに作戦を続行していたらと思うとまた頭が痛くなる。ハイレインは撤退の見極めが間違っていなかったと確信した。

 

「エネドラが敗北し、『泥の王(ボルボロス)』が奪われた」

「なっ……!?」

「おやおや……」

 

 額に手をやりながら現状を通達する。

 ヒュースはその言葉に息を飲み、ヴィザは柔らかな表情ではあるものの、その意味はわかっているらしく二の句を告げないでいる。

 

「兄……いや隊長どの、お戻りか」

「ランバネイン……」

 

 どこにいたのかランバネインが大きな身体をのそりと動かして現れた。

 エネドラに次いで敗北した弟に向け、ハイレインは無意識ながらも細くなった目を差し向ける。

 

「そう怖い顔をするな。――と、負けた俺が言えることではないか」

「……いや、いい。俺の分析が甘かっただけのことだ」

 

 ゆるく頭を振ったハイレインは、集まった己の部下たちに眇めたままの視線を流した。

 

「玄界の戦力の底は深く、長きに渡った偵察もその全てを探ることはできていなかった。

 ――だがまだ敗北したわけではない。もう一度作戦を練り直し、今度こそ目的を達成する」

 

 ゆっくりと言い聞かせるように放った言葉に、ヒュースがぴくりと反応した。

 

「……それは、『雛鳥』の確保を続行するということでしょうか」

 

 敵兵、そのひよっ子を捕らえるという目的で赴いたこの遠征。当初の目標であった数には満たないものの、何人か捕らえることには成功している。しかし黒トリガーである『泥の王(ボルボロス)』が奪われたとあってはどれだけの『雛鳥』を捕まえたとしても補填できるものではない。

 そして捕獲するためのトリオン兵すらほとんど使い切ってしまったのだ。いかな最新鋭トリガーと黒トリガーを擁していても、玄界の戦力が侮れないのは今隊長自身が言ったとおり。

 疑念の混じった声色に、ハイレインはもう一度頭を振った。

 

「この遠征の目的を変更する。主目的は『泥の王(ボルボロス)』の奪還、それが叶わなければ……『黄金の虎』を、少なくとも『金の雛鳥』は確実に捕らえる。

 ――――例え、この地を更地にしてでも」

 

 ハイレインを当主とするベルティストン家の権力拡大。そのための玄界遠征。なのに権力を象徴する黒トリガーの一角を奪われてはなんのためにここまでの戦力をつぎ込んだのかわからなくなってしまう。

 『泥の王(ボルボロス)』の奪還を。できなければそれ以上の戦果を。手ぶらで帰れば神の選別を間近に控えたアフトクラトルでの地位さえ危ぶまれるこの事態に、ハイレインはもともと鋭かった目をさらに眇めて冷酷さを露わにした。

 隊長の宣誓のような命令に、アフトクラトルの遠征部隊は全員が無言で頷いた。

 

 

 

 




 




ハイレイン管理の黒トリガーの本数は独自設定であります。
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