黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第二十六話

 

 

 

 見事に敵を退けたボーダーはしかし重苦しい空気を漂わせた会議室で幹部、そして主要な防衛隊員が顔を突き合わせていた。

 人型近界民(ネイバー)が去り、市街地へ進撃していたトリオン兵の全てを撃破した彼らは、それでも唐突に過ぎる近界民の撤退を不可解に思いこうして会議を開いているのである。

 

「……敵は、どうなった。迅」

 

 その中心で城戸が低い声で問うと、迅悠一が頬を掻きながら曖昧に答える。

 

「んー、諦めてなさそうだね」

「一時的な撤退か。これを好機と見るか、厄介と捉えるべきか」

 

 忍田が難しい顔をしてそうこぼした。

 敵がまた襲来するのであれば、さらわれたC級隊員を取り戻すチャンスがまだあるとも見れる。が、戦禍がさらに広がることも考えられるのだ。危機が去っていないとあれば市民にも不安が広がるため、どちらにせよ大手を振って喜ぶことはできない。

 

「あのワープ使いの(ブラック)トリガーは厄介だのぅ。向こうのタイミングで戦力を好きなように移動させられると後手に回るしかない」

 

 鬼怒田がうんざり顔で腕を組む。

 あの黒トリガーの存在は少数での遠征にこれ以上ないほど向いている。言うなれば、将棋の盤上でどの駒も好きな位置に配置できるようなものだ。それはもはや卑怯という言葉にすら収まりきらない反則レベルの能力。

 ボーダーも決められた地点へのワープができる程度の技術は持ち合わせているが、それでも自由度という点でかなりの差を開けられている。

 

「敵の狙いはC級隊員の捕獲で間違いないようですねぇ。……これはまいりましたよ」

 

 そう言って頭を抱えたのは根付だ。

 本部基地で収容したC級隊員の点呼を取った結果、行方がわからないのは十八名。その全員がトリガーの反応すら追えないため、まず間違いなく近界民に連れ去られたとみていいだろう。

 

「隊員が連れ去られたとあっては、市民からの追及は免れませんよ」

「まだ終わったわけではないだろう」

 

 根付のため息交じりの言葉に忍田が反駁する。しかし鉤鼻のメディア対策室長は逆に肩をすくめて視線を送り返した。

 

「終わっていないから頭が痛いんですよ。トリオン兵の侵攻は最小限に留められましたが、市民の被害はまだ確認していない。もしそちらでも死者や行方不明者が出ていたら……。そこにまた近界民が襲ってくるとなると、私としては不安を覚えざるを得ません」

「それはそうかもしれないが……」

「その話は全てが終わった後にしてもらおう」

 

 逸れ始めた議論を、城戸が即座に修正する。

 

「今は、次の襲撃にどう備えるかを話し合うべきだ」

「……その通りです」

「ええ、私も異存はありませんとも」

 

 頷いた幹部たちに城戸もまたそれを返して、今度は忍田へ質問を飛ばす。

 

「現在出撃が不可能な隊員は?」

「A級からは出水、風間、木虎……あとは玉狛の木崎と烏丸が戦闘体を失っています。B級も多数。荒船隊、茶野隊、鈴鳴第一がほぼ無力化され、個人ではさらに数が増えます」

「じゃが合流を優先させた部隊はほとんど無傷だろう」

「ええ。B級の二宮・影浦隊をはじめとする上位部隊、A級も現着が間に合わなかった加古隊が。県外に出ていた草壁隊と片桐隊は交通規制のせいで遅れていますが、遅くとも今晩には帰還する予定です」

 

 忍田が手元の報告書を読み上げると、会議室の淀んだ空気が少しだけ軽くなったような雰囲気に包まれた。

 

「それだけいればもはや勝ったも同然だろう。敵のトリオン兵はほぼ壊滅、黒トリガー使いの能力もだいたい把握できた今ならば――」

「いや、それがそうでもないみたいだよ鬼怒田さん」

「なんだと? そりゃどういう意味だ、迅」

 

 せっかくの希望に水をさされた気分になった鬼怒田は口を挟んだ迅に胡乱な視線を向けた。

 困ったように笑った迅は視えた未来の一端を、どうにか言語化して報告する。

 

「おれはアフトクラトルの連中のうち、二人の顔を見た。でも、次の襲撃で街を襲ってるのはやつらじゃない。『視えない相手』だ」

「それは……、敵の増援か?」

「たぶんね」

 

 忍田の問いに迅はやはり曖昧に答えた。

 迅のサイドエフェクトは顔を見た人間ならばその人物が未来で「何をするか」が視える。しかし次の襲撃でアフトクラトルの戦力はボーダーに向いているのに、それでも街の人々の「襲われる」という未来が消えない。

 トリオン兵は粗方始末し、残された戦力が僅かにも関わらず、だ。

 それは敵の増援を示しているのかもしれない。もしくは、別の国が混乱に乗じて攻めてくるかのどちらかだ。

 

「ここへきて未知の敵の出現はまずいな」

「ただでさえアフトクラトルはまだ黒トリガーを三つも持っとるというのに……!」

 

 また不安が覆い始めた会議室の中で城戸の声が響く。

 

「奪取した敵の黒トリガーの解析は?」

「解析は進めとりますが、いかんせんキューブ化された隊員の解放を優先させとりましてな、終わり次第といったところです」

「戦力として数えるには時間が足りない、か」

 

 黒トリガーは多大な戦力となりうる。それはたとえ敵が持っていたものだとしてもだ。

 しかしそれを起動させられる人員を探すのと、使いこなせるまでにさせる時間が足りそうにない。城戸は直属隊員として列席している大河に視線を送った。

 

「木場、おまえのサイドエフェクトで使い手を選別できるか?」

「いやー、やっぱ時間がかかりますかね。黒トリガーを起動できるかどうかってのは、けっこう曖昧なもんで。例えば風刃で言えば『人が好くて他人のために力を発揮するやつっぽい匂い』みたいな感じで、似たような匂いの隊員が起動できる……"かもしれない"ってだけっすもん。迅の方が早いんじゃないですかね」

 

 なるほど曖昧すぎて理解できそうにない。瞬時に悟った城戸は迅にも同様の問いを投げた。

 

「……迅」

「うーん、起動するだけなら、ってやつはいるかもしれないけど、たぶんノーマルトリガーのままの方が慣れてるし戦力になると思うかな」

「……そうか」

 

 せっかく奪った黒トリガーだが、これはこの戦争には使えそうにないようだ。

 それに関しては見切りをつけた城戸は続けざまに迅へもう一つ尋ねた。

 

「敵が襲来する時間はどうだ?」

「明日か明後日の夜、かな。それまで散発的に来るかはわかんないけど、決戦が夜だってのは確定してる」

 

 迅の答えに鬼怒田が「ならば」と口にした。

 

「ほぼ全戦力で迎え撃てるということか。丸一日あれば戦闘体の再構築もだいたい終わっとろう」

「そうだな。では、それまでの防衛は現状の隊員でシフトを組み、他の隊員は基地にて待機、トリオンと体力の回復を図るということでよろしいか」

 

 幹部が頷きかけたが、隊員から出席している風間がひとり手を挙げた。

 

「たしかに防衛任務は怠ってはなりませんが、通常の人数では不安が残ります。敵はゲートを使わずに空間を繋げる黒トリガーを持っている。生半可な数ではただの餌にしかなりません」

「む……そうだな」

 

 渋い顔で腕を組む忍田。

 風間の言うことももっともである。ラービットですら単騎では持て余すというのに、数人で回している防衛任務中に黒トリガー使いなんぞが現れたら為すすべもなくやられるか、捕獲されてしまうだろう。

 正隊員は緊急脱出(ベイルアウト)のおかげで捕獲自体はされにくいが、今は戦力を削られるのはまずい。

 頭を捻った会議メンバーは無言になり、重苦しい空気が再びのしかかる。

 

「あー、じゃあこうしましょう」

 

 すっと手を挙げたのは防衛隊員でももっとも年上の冬島慎次。オペレーターを除けば二人しかいない部隊でA級二位の座に君臨する冬島隊の隊長だ。

 

「バッグワームを装備した護衛をつけて、俺が各地にスイッチボックスを設置してきます。警戒区域内にはもういくつかありますけど、その数を増やして、ついでに外にもつけておけばトリオン兵の出現と同時に出撃できるでしょう」

「ほう!」

 

 特殊工作兵(トラッパー)である冬島の提案に、鬼怒田は手を打って賛同した。

 各地にワープポイントを設置しておけば敵の黒トリガー並とまではいかないが、それでも瞬時に出撃・脱出が可能だ。距離があるためそれなりにトリオンの消費は激しいものの、冬島個人ではなく本部の装置と繋げれば大河のトリオンの恩恵にも与れる。

 出現したのがトリオン兵ならば防衛部隊を、人型近界民であれば主力部隊を。状況に合わせて戦力を送り込むことができる。なかなかいい案かもしれない。冬島が寝ずの番をすることになるが。

 忍田もその案に頷く。

 

「なるほどな。護衛に迅をつけておけば設置も安全に行えるか」

「任せてくださいー。やっぱ実力派エリートはどこでも引っ張りだこだねー」

 

 片手で後頭部を掻いた迅の肩を叩きつつ、冬島は苦笑した。

 

「はいはい、期待してるぞ」

 

 そうして冬島の案が可決された。護衛部隊と防衛シフトについては隊員の意見も聞いて合同部隊をいくつか見繕っておけばいいだろう。

 

 会議はまだまだ続く。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 厳粛な空気の中、ハイレインが口を開く。

 

「ミラ、残存戦力はどの程度だ?」

「……トリオン兵はプレーン体のラービットが二体。モッド体は五体を回収しましたが、うち三体は損傷が激しく運用は難しいかと思われます。

 他、イルガー二体、モールモッド、バンダー六体、バムスター七体、バド十体、ラッドは二十一体となっております」

 

 部下の報告に隊長の顔が険しくなる。

 

「これはまた随分とやられたなぁ――っと失礼」

 

 ランバネインが磊落(らいらく)に笑いながら言い、周りの全員から視線を集めて大きな肩をすくめた。

 だが実際のところ、彼が言った通りだと誰もが思っている。アフトクラトルが持ちこんだトリオン兵団は下手な弱小国家であればそのまま占領できるかもしれないほどの大戦力だったのだ。

 特にイルガーと改造ラッド、そしてラービットの組み合わせは殲滅するだけなら敵の本陣にいきなり主戦力を叩き込むことができる凶悪な連携。生半なトリガー使いではそのまま捕獲されるほどの強力なものである。

 が、玄界(ミデン)侵攻においてはそのほとんどが失われている。モールモッドはまだしも、木端のバムスターは囮にすら使えるかも怪しいほどだ。やはりラービットが削られたのはでかい。

 

「増援を待つのはどうでしょうか。リーベリーに送った部隊と合流すれば戦力としては充分立て直しが利くと思われますが」

 

 アフトクラトルは周辺の国々にも同様の規模で侵攻を始めている。それだけ『神選び』はこの国にとっての最重要課題であった。

 キオンはその国力から、レオフォリオは単に手が足りなかったため他の領主が主戦力を送り込んでいるが、リーベリーはハイレインの直属部隊が担当している。向こうが今どうなっているかはわからないがよもや完璧に撃退されているとは考えにくい。合流させればそれなりに役には立つはずだ。

 そうヒュースが意見を述べると、ハイレインはしばし考えてから首を振った。

 

「リーベリーから合流するとなると、少なくとも四日はかかるだろう。あまり時間をかけると玄界の戦力が整ってしまう恐れがある。この惑星(ほし)は広大だ。あの戦場にいた兵士が全てとは考えない方がいい。もしかするとラッドを駆逐した兵でさえ一部でしかない可能性もある」

 

 国を攻め落とせる戦力を跳ねのけた玄界。しかしそれでもあの砦と兵には余裕(ヽヽ)があった。市街地を攻撃し、敵兵をほとんど誘引したと思いきや防衛に傾きつつも黒トリガーを相手にできる戦力を回してきたのだ。

 数も質も、その底はまだわからない。そして時間をかければかけるほど全戦力が整った状態に近づいていってしまう。それはあまりいい手ではない。

 

「だが増援は必要不可欠か」

 

 ハイレインが顎に手をやると、ヴィザが首を傾ける。

 

「では、あの国の?」

 

 ああ、と頷いて、ハイレインが手元の機器を操作した。

 映し出されたのはこの侵攻の後詰に回すはずだった従属の国々の者たち。

 

「ガロプラ、ロドクルーンの後詰部隊。玄界の追手を阻むために用意していたが、この際致し方ない」

 

 玄界の砦が強固と判明してから念のために国よりも(ヽヽヽヽ)先行させておいた部隊。

 連携はしにくいが、戦力としてはハイレインも一目置くくらいのものを持っている。しかしヒュースは眉根を寄せて難色を示した。

 

「たしかに短時間で合流できますが……やつらは信用に値するのですか?」

 

 この二国はアフトクラトルとは主従関係にある。

 だがアフトクラトルにマザートリガーを抑えられた状態で管理され、星そのもの(ヽヽヽヽヽ)を人質に取られているような彼らは命令には従うものの、信頼しあっているわけではないのである。そのような連中が、連携が必要な戦場で充分な働きを見せるとは思えない。仮に囮にするとしても、適当なところで勝手に撤退されてはなんの意味もないのだ。

 そんな心配をしていたヒュースだったが、ハイレインは瞳を冷酷なものに変えて否定した。

 

「いや、やつらは猟犬代わりにする」

「猟犬……?」

 

 首を傾げるヒュースにさらに説明を加える。

 

「やつらも国の戦力は欲しいはずだ。『雛鳥』は砦に引きこもってしまったが、街の住人はいくらでもいる。ガロプラ、ロドクルーンにはそちらで暴れてもらう」

 

 なるほど、とヒュースは得心した。

 玄界の戦力は強大だが、トリガー技術はごく狭い範囲にしか普及していない。そして無力な市民を守るための防衛機関があの砦らしい。

 属国の部隊もアフトクラトルではなく、己の国のためとなればそれなりに本腰を入れて侵攻するに違いない。すなわち涎を垂らした猟犬が『市民(エサ)』に群がっているとなれば、玄界も戦力を分散することになってもそれを防ごうとするはず。

 アフトクラトル(われわれ)はそこを叩く。全員が主旨を理解して頷いた。

 

「残ったイルガーにラッドを搭載し、市街地二方向に特攻させる。自爆先でラッドを撒き、得た座標を元に二国の部隊を送り込み、我々は『窓の影(スピラスキア)』で降り立ち玄界の砦に攻撃を加える」

 

 ハイレインが語った作戦に(みな)もう一度頷く。『泥の王(ボルボロス)』、『金の雛鳥』、そして『黄金の虎』。目的の全ては玄界の砦にある。まずは攻め込まねば何も始まらない。

 

「ヴィザ、砦の外壁は斬り崩せるか?」

「どうでしょうなぁ。数値だけで見ても異常なトリオン密度です。実際にやってみなければなんとも……」

 

 ヴィザが柔和な笑みのままやんわりと答える。

 アフトクラトルの国宝、『星の杖(オルガノン)』。斬れぬものなしと謳われた強力無比な剣ではあるが、玄界の砦は嘘のようなトリオン密度をしている。イルガーの特攻に傷一つつかなかった強度を見れば軽々(けいけい)に頷くことはできないようだ。

 

「そうか。強度が薄いのは正面の大門だが、さすがになんの構えもないとは思えん。できれば新たな入口(ヽヽ)を作りたいところだな」

 

 トリオンでできた外壁は『卵の冠(アレクトール)』でも穴は開けられるだろうが、やはり時間がかかる。敵が態勢を整える前に攻め込みたいこちら側としては侵入は速やかに行いたいところ。

 こういった潜入には『泥の王(ボルボロス)』がもっとも適しているものの、それは敵の手の中だ。ミラの『窓の影(スピラスキア)』もマーカーなしでは転移先を目視する必要があるため壁に阻まれた本陣に乗り込むことはできない。 

 

「まぁ、それも含めて詰めていくとしよう」

 

 ハイレインの言葉にランバネインが胸を叩いて応えた。

 

「おう。明日には俺の『雷の羽(ケリードーン)』も復活する。殲滅戦も大歓迎だ」

「私とヒュース殿のトリオン体も、増援が来るまでに回復を終えるでしょう」

 

 アフトクラトルのトリオン体はトリガーと一体化している。ゆえにトリオンさえ供給すれば時間とともに傷も癒える。一度全て破棄してから再構築する必要がある他国のものよりも優れたトリオン体は、夜の海に浮かぶ国々でも最大級の軍事国家であるアフトクラトルの技術の粋と言えよう。

 頼もしい部下を見やり、ハイレインも今一度大きく首を動かした。

 

 

 

 

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