黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第三十一話

 

 

 

 ボーダー本部基地南部。基地からさほど離れていない場所で激しい戦闘が繰り広げられている。

 敵は一人、(ブラック)トリガーを使う老人。

 対してボーダー側は十人を超える合同部隊だ。屋上の狙撃班を加えればさらに多い。ばら撒かれたトリオン兵も叩き潰したいま、戦力では完全に上回っているはずである。

 

 なのに、戦局は拮抗……いや、ボーダー側が押されていた。

 

「《なんだ、こいつは……》」

 

 努めて無表情のまま、二宮隊隊長・二宮匡貴が眼前の敵の脅威に舌を巻いた。

 一人の老人に合同部隊が押されている。自らに(たの)むところ(すこぶ)る厚い彼であっても、この現状はいささか非現実的に映っていた。

 まず、弾が当たらない。

 No.1(ナンバーワン)射手(シューター)である己の両攻撃(フルアタック)や、加古隊隊長・加古望の『追尾弾(ハウンド)・改』でさえ敵に攻撃が届いていない。避けられているのではない。全てかき消されているのである。

 伸ばした円の軌道上をブレードが走る仕組みの黒トリガー。聞かされてはいたが数百に至る弾幕を一つも取りこぼすことなく斬り潰すとは、いったいどんなトリガー制御技術を持っていれば叶うのか。

 

「《オイオイ、全然近づけねーぞ》」

 

 影浦隊隊長の影浦雅人もブレードの範囲外に退避しながら唇を噛んでいた。

 『感情受信体質』のサイドエフェクトを持つ彼はその性質上狙撃や奇襲にめっぽう強い。逆に敵の意識の外から奇襲することも得意分野である。が、目の前の敵からは異質なものを感じ取っていた。

 敵はこちらを見ていない。なのに、意識を向けられている(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)

 射手(シューター)銃手(ガンナー)組の全力攻撃(フルアタック)を全て斬り潰しながら、である。

 防御で手一杯かと思いきや、その展開領域に一歩でも踏み込んだら間違いなく切り刻まれるという確信めいた予感。影浦はほんの一瞬の隙さえ見せない敵の気迫に圧されていた。

 

「《俺が崩します》」

 

 三輪がハンドガンを携えて通信に声を乗せた。

 音すら切って殺せそうな超高速のブレード。まずはあれを止めねばどうしようもない。

 敵は弾を全て撃ち落とす技術の持ち主。ならば『鉛弾(レッドバレット)』は有効なはずだ。

 

「《手を貸せ、白チビ》」

「《ふむ、了解した》」

 

 鉛弾を持っているのはこのメンバーでは三輪だけ。だが同じ能力を持っている人物ならもう一人いる。三輪からその能力をコピーした空閑遊真だ。

 ――まさかこいつと協力するとはな。

 二人は同時にそう思っていた。最悪の出会いと最悪の相性。そんな彼らがまともに協力しあえるのか。……今の二人なら大丈夫だろう。「敵を倒す」――その目標が同じ限り、私情より効率を取る彼らは、今だけは因縁も忘れてコンビネーションを発揮する。

 

「《タイミングはそっちに合わせる。準備ができ次第撃て》」

「《OK。……『射』印( ボルト )(プラス)『錨』印( アンカー )四重(クアドラ)!》」

 

 夜の闇に溶け込むような黒い弾が射出される。援護するように二宮や加古から放たれた弾丸にも紛れ、漆黒の魔弾の必中は確実と思われた。

 しかし弾が殺到した瞬間、敵の姿が掻き消える。

 

「重石のトリガーはもう見ました」

「――――!?」

「やば――」

 

 不可視の移動。囲むように撃たれた追尾弾(ハウンド)すら掻い潜って三輪と空閑の前に老兵が肉薄していた。どうやって、などと考えている暇はない。敵は手持ち(ヽヽヽ)の剣で彼らを斬るつもりのようだ。

 反撃、は間に合わない。防御、も意味がない。太刀を防いだとて周囲のブレードが通過するだけでその身は寸断される。

 

「む?」

 

 剣を振るう直前、何かを察知したのか老人は高く飛び退った。

 寸前まで立っていた場所に薄緑色の斬撃が突き立つ。迅が放った風刃のブレードだ。

 

「跳んだな」

 

 そして虎視眈々と狙いを定めていた大河の、低く獰猛な声が宵闇に響いた。

 直後地を震わせる極大の咆哮が放たれる。しかも一発や二発どころではなく、目を瞠る威力のそれを何十と撃ち続けていく。

 初めて大河の攻撃を見た合同部隊の隊員たちは一瞬敵のことすら忘れてそのさまに気を取られた。見ないでもわかるほどの高トリオンの砲弾をあれだけ撃つとは、いったいどんなトリオン量をしているのか、と。

 半ば呆然とした隊員たちの視線には見向きもしなかった大河だったが、砲撃を終えたあとは己も目を見開く事態になっていた。

 

「……これはまた、恐るべき威力ですな」

「マジか、こいつ……」

 

 杖剣を携えた老人が何事もなかったかのように着地したのである。目に見える傷はひとつすらなく、初対面からずっと変わらない柔和な顔をして地に足をつけている。

 

(やばいな、こいつ(ヽヽヽ)は)

 

 大河は見た。己の砲弾は寸分違わず全て敵近界民に殺到していた。眩しいほどの極光の塊は残響すら置き去りに敵を消し飛ばすはずだったのだ。

 しかし敵の展開するブレードにより、斬り飛ばされたのではなく、弾き飛ばされた。真正面から受けず、超高速のそれにそっと添えるような柔らかさで弾道を逸らされた。

 これはやばい――近界(ネイバーフッド)を渡り歩いた大河はかつて出会った黒トリガー使いにも同様の脅威を覚えたことが数多くある。しかしトリガーの能力ではなく、使い手(ヽヽヽ)にその念を抱いたのはこれが初めてだった。

 

 敵の黒トリガーの能力は円の軌道上にブレードを走らせるもの。

 端的に言えば無数の剣を同時に振るえるだけ(ヽヽ)。もちろんその速度や範囲は驚異的ではあったが、所詮は中距離武装、ハイドラで粉微塵にすればいいと考えていた。

 だがあの使い手は防御も、反応すらも間に合うはずのない超威力・超高速の砲撃を、撫でるような柔らかさで逸らしてしまった。並ではないどころの話じゃない、異常に過ぎる。

 

「《おまえら、いったん基地の壁まで下がれ》」

 

 目前に立つ敵の、嗅覚では探ることすらできない脅威に対し、大河は認識を改めた。

 これは中身(ヽヽ)が気になるなどとは言っていられない。速やかに、確実に始末せねばならない難敵だ。もとより換装が解かれた生身ごと消し去るような威力の砲撃を行ったが、まだ足りないらしい。

 殺すことは単なる手段、目的はその中身。そういう嗜好の大河をして、この老兵は危険すぎた。元より敵を軽んじるようなことはせずとも、その危険度は想像すら超えていたのだ。

 

 数ではダメだ。点の攻撃は弾かれる。ならば面で押し潰す。

 シンプルに考えた大河は味方を退避させ、跳びあがって左肩のハイドラを作動させた。老兵の脅威を計算に入れ、他への被害など考えない超威力の炸裂砲弾(メテオラ)を装填する。

 

「――――くったばれや!」

 

 轟と吼え、基地からほど近い場所で基地より大きな赤熱の火球を生み出した。

 防御など許さない。回避など認めない。大河の仮借なさがそのまま顕現したような爆炎は大地を蒸発させ、いくつかの地下通路をも圧し潰して辺りの地形を変えながら燃え盛った。

 

「《うわ、めちゃくちゃするなぁ木場さん》」

「《やばいな、タイガー先輩》」

 

 迅や空閑の呑気な声が通信に乗るが、二人と三輪を除く他の隊員たちはたまったものではない。

 なんの心の準備もしていなかった彼らは爆風で基地外壁に叩きつけられ、身動きすら取れない状態なのである。

 

「《ふざけた威力だな……》」

「《……マジかよ》」

 

 二宮や影浦ですらその威力に驚かされている。

 しかし大河はそれらに返す余裕がなかった。彼のサイドエフェクトは今も敵の存在を感じ取り続けている。

 

「チッ……!」

 

 円が伸ばされたことを察知した大河は咄嗟に両肩を抱きしめるように腕を交差させ、身体全体を覆うほどの爪で防御に徹した。

 直後に響く鋭い音。何発分もの音が繰り返しこだまし、空中でピンボールが如く弾きまわされてから今も赤く融解している地面に叩きつけられる。

 

「……硬い」

 

 遠くで老兵が評するのが聞こえる。しかし強がりを言う余裕すらない。

 

《避けた? アレを?》

 

 ミサキの驚く声も聞こえてくる。

 埋まりかけた身体を地面から引きはがした大河はすぐさま地を蹴って距離を取った。半球状に大きく窪んだそこに相変わらずの無傷で降り立った近界民に忌々し気な視線を送りながら。

 

「ブレードに、自分を弾かせたのか」

 

 大河が虎のような警戒姿勢をしたまま呟く。

 今さっき自分が食らった連続斬撃、敵はブレードの()で同じように自身を弾き飛ばしてハイドラの火球を回避したようだ。目に見えない高速移動、空閑と三輪に襲い掛かった時も同様の手法で迫ったのだろう。

 自分を弾いて移動する。言うだけならば簡単だ。ボーダーにもグラスホッパーを利用する似たような技もある。だがこれは鋭さも範囲も桁違いである。察知も難しい高速斬撃と同等の速度で向かってくるとは。

 無数の剣を同時に振るえるだけ――そんな評価は間違いも甚だしかった。角つきではないはずのこの近界民は真の意味でトリガーと一体となっている。どれだけの修練を重ねればその域に達するというのか。単純な仕組みのはずの黒トリガーをしかし、(おの)が指先より遥かに自在に使いこなしている。

 

「……まずいな」

 

 初めてだ。絶対に勝てないと思ったのは。

 大河は数多の黒トリガー使いと対峙して、その能力に驚かされ、そして奥の手の緊急脱出(ジャガーノート)を使ったことも多々あった。だが当時、大河はそれらの近界民相手でもやりようによっては勝ち筋はあるとどこかで思っていたのだ。

 彼は手段を問わない。消耗戦、一撃離脱。果ては脅迫、人質だって使って近界(ネイバーフッド)を蹂躙してきた。

 しかし目の前の敵はそのどれもが通じないだろう。無論、戦場の違いもある。ここが玄界(ミデン)の地でなければ戦い方は大きく変わる。けれども現実としていまここは玄界であり、ボーダー基地近くの最終防衛ラインである。

 

 この状況、唯一勝ち筋が見えるのがトリオンのスタミナ勝負だが、勝敗が決するまでに自分以外の全てが切り刻まれる方が早いと断言できる。あの黒トリガーはシンプルがゆえに消耗が少なく、本人の総量は高い。

 油断でもしてくれていれば殺し切れた可能性もあった。この強化戦闘体の性能を知らず、この侵攻においてアフトクラトルが優位な状態で出くわしたなら意識の外から首ごと刈り取れたかもしれない。

 しかしいま、現在においては。

 老兵は一欠けらの隙も見せていない。ブレードを展開する領域に踏み込んだものは、砂の一粒すら斬り分かつ気迫が感じられる。

 

「大河さん、下がってください!」

 

 聞こえた声に大河の身体が動かされた。無意識の内に跳び退った彼を、しかし示し合わせたように庇う援護射撃の弾幕が形成される。

 

「わり、助かった」

「いえ。敵の攻撃を受けたようですが、ダメージは?」

「なんとかガードできたわ。たぶん次は無理だろうけどな」

 

 ハンドガンを打ち続ける三輪の近くまで下がり、態勢を整える。

 

「おれがやった時とはレベルが違うな。あんにゃろう、まだ手の内隠してたのか」

 

 空閑も弾を射出しながら唇を尖らせていた。

 先日、全力で臨んでいた戦闘。追い詰められてはいたものの、反撃手段を、勝ち筋を構築した矢先にあの老兵は去っていった。だがその時思いついた戦法は今実行したところで一瞬にして斬り捨てられるのがオチだろう。

 あの時の敵は余力を残していた。そこが隙となり一筋の光明となっていたのだ。

 それが今はない。どれだけ鋭く切り込もうとも、踏み出した瞬間に微塵にされる。

 己の強さから戦闘中に油断をする。それはいい、そこを突いて勝てるのなら文句はない。けれどもどこかで見下されているというのはやはり腹立たしい。

 

「さすがに木場さんでもありゃキツイみたいだね」

「うっせ迅」

 

 迅がこぼした言葉、大河はからかうような声音だったそれに短く言い返す。

 業腹だが、アレは一人では手に負えない。迅が予知したのはこれだったか。

 悔しさに歯噛みしてからしかし、大河はその感情を己で意外に思って眉根を寄せた。

 その身は戦闘狂ではない。そのトリオン能力を自らがもつ目的のために費やして行動する彼は、特別な改造を施された破格のトリガーさえ一つの道具としか思っていない。

 ならばこの感情はなんだ? ささくれ立った心の内を覗き見て、大河は思う。

 ……驕っていたのだ。莫大なトリオンによって実現した圧倒的破壊力に、最終的に何もかもを力で叩き伏せてきた己にいつしか酔っていた。小細工など通用しないとたかをくくっていた。たとえ、黒トリガー相手だろうと。

 だが、今の敵はどうだ。

 此度の敵もまた黒トリガー。しかしその能力はシンプルなもの。己との間に分厚くそびえ立っている壁は、純粋な技量の差。

 

(まあ、反省は後だな)

 

 感情を押し込め冷静に考える。ここで勝たなければ反省などなんの役にも立たない。

 幸い()はある。それは自分自身も含めて。

 手段を選ばない彼は素直に現状を振り返った。使えるものはなんでも使う。それが大河の主義。

 

「《慣れねーが、一手ずつ詰めてくしかねーな、ありゃ》」

「《そのようですね》」

 

 大河の言葉に三輪も頷く。高く、厚い壁を切り崩すには、この場にいる全員が奮起せねば叶わない。今だけは嗜好も、感情も、全てを無にして戦いに没頭する必要がある。

 

「《誰か指揮(シキ)れるやついるか?》」

 

 全体に向けた通信でそう問うと、意外そうな声音が返ってきた。二宮の声だ。

 

「《たしかあんたが一番年上だったろ。素直に年下の言うことを聞くのか?》」

「《役に立つなら歳なんざ関係ねえ。俺あずっと個人(ソロ)だったから連携とかわかんねーんだよ》」

 

 そう言い返すと納得したような様子を見せる。

 

「《迅さんは? サイドエフェクトであのジイさんの弱点とかわかんないの?》」

 

 続けて空閑が迅の名を推薦した。

 しかし「うーん」と唸った迅は指揮官の地位を辞退した。

 

「《あのお爺さん、隙とか弱点とかなさそうなんだよなぁ。攻撃が速すぎて予知しても間に合うのおれだけだし》」

 

 何より、と続けて言う。

 

「《ここはみんなに任せた方がいいって、おれのサイドエフェクトは言ってるよ》」

 

 そう言っておきながらも迅はこの展開を意外に思っていた。

 大河の人柄は訓練相手をしていた頃から知っているつもりだった。このような場面になった時、あの凶暴な特S級隊員はがむしゃらに突っ込むものだと考えていたのだ。

 そしてあえなく負けてしまう。だからこそブレーキ役たる彼の妹に釘を刺しておいた。一人で戦えば敗北するかもしれない、と。

 

 迅の予知は選択肢による分岐、それぞれの"可能性の高さ"を推し量ることができない。疑似的に行う「こうなる確率が高い」という推測はその人物の行動原理と、己が及ぼせる影響範囲での類推にすぎないのである。

 だから意外であった。大河が「他人を頼る」という選択を迷わずとったことが。

 望み薄だと思っていた未来へのレールが今、はまり込む。

 ――これを死守せねば。

 どうすればいい? その答えこそが先の回答。「みんなに任せた方がいい」とサイドエフェクトははじき出した。

 

「《ふむ》」

 

 空閑の頷く声を最後に、しばらくの間が空く。

 敵は強力無比。そしてここは最終防衛ライン。基地の中でも未だ戦闘は行われており、さらにA級の主力たちは市街地を防衛中である。

 そんな責任の重さからか誰もが名乗りを上げずに黙り込んだ。

 

「《二宮さん、どうですか》」

「《……俺か》」

 

 三輪が問うと、二宮の静かな声が聞こえ、そして反駁する声も二つ響く。

 

「《あら、二宮くんなの》」

「《ケッ、おまえかよ》」

「《……何か不服か?》」

 

 加古と影浦の不満たらたらの声音はしかし、文面だけはすでに認めているようなものだった。

 この場にいる人間で、二宮の指揮能力がもっとも高いと二人も認識しているのだ。

 

「《ヘマこいたら一生笑ってやるよ》」

「《あら、それいいわね。二宮くん、気負わずやっちゃいなさい。私も笑ってあげるわ》」

「《……ふん。決めたぞ、おまえらは囮役だ。とっとと突っ込んで死ね》」

 

 軽口を言い合いながらもそれぞれがもっとも得意な距離で陣形を立て直していった。

 加古隊の黒江双葉が加古のそばへ、喜多川真衣は特殊工作兵(トラッパー)として姿を消す。

 影浦隊の北添尋は基地の壁まで下がり、狙撃手の絵馬ユズルは屋上から狙いを定める。

 三輪隊、大河、玉狛組、そして基地から送り返された(ヽヽヽヽヽヽ)中で唯一生存していた村上もカバーしあえる範囲で広がり、不意打ちにも対応できる距離を保つ。

 

「《全員、距離を取りながら武装を教えろ。特にS級の二人と玉狛のチビ、何を持っているかわからないのでは話にならん》」

「《それもそうだね》」

「《OK》」

 

 二宮の要請に迅と空閑は頷いたが、大河だけはそれに待ったをかけた。

 

「《あんまゆっくりしてらんねーぞ。向こうの気まぐれで何人減るかわかりゃしねえ。そんなんじゃ作戦の立てようもないだろ。

 俺のトリガーの情報はオペレーター経由で渡しておくから五分以内に決めろ、その間はどうにか押さえる》」

 

 彼が言い出たのは時間稼ぎだった。

 とはいえ単独で押さえきれる相手でもないだろう。ちら、と周囲に視線をやると、一人の隊員がその意を汲み取った。

 

「《オレが囮になります。この中じゃ一番浮いてる(ヽヽヽヽ)駒だ》」

 

 剣と盾をそれぞれ両手に携えた村上が申し出る。

 狙撃訓練場からここに弾きだされた彼は隊長と同僚をすでに討たれ、鈴鳴第一としての役割はもう果たせそうになかった。その状態では複合部隊での作戦にはあまり役に立てないだろう。近接攻撃をしかけるだけでも至難の相手ならなおさらだ。

 そういう判断を下した村上であったが、影浦からひそやかな通信が届いた。

 

「《鋼、いいのか?》」

「《ああ。オレたち(ヽヽヽヽ)が勝てるんなら何も文句はないさ。だから後は頼むぞ、カゲ》」

 

 ふだんは無骨なくせにこういうところで気にしいな部分を見せる友人に、村上は苦笑したくなるのをどうにか堪えた。ここで笑ったらせっかくの気遣いが暴言に変わることだろう。

 

《おい鋼、一人だけかっこつけてんじゃねーぞ》

 

 通信に紛れ込んできた新たな声とともに基地の屋上から近界民めがけて狙撃が降り注ぐ。それに守られるようにして一人の隊員が地上部隊に合流した。

 狙撃班の中で唯一近接武器を持つ荒船隊隊長、荒船哲次が弧月を抜き放って村上に並び立つ。

 

「《あのジイさんには狙撃も効果が薄いっぽいしな、囮でも役に立てるんならこっちのほうがいいだろ》」

「《悪いな荒船、助かる》」

「《おう。カゲ、ここは俺たちに任せな》」

「《……おめーはそれ言いたいだけだろ》」

 

 アクション派スナイパーの趣味を知っている影浦がぼそっとこぼすと、荒船は気さくそうに笑った。

 

「《バレたか。まぁ、それでもタダでやられるつもりはないけどな》」

 

 荒船が振り返った先で、大河が頷く。

 

「《五分だ。俺が取りつく、おまえらは可能な限り死なねえように敵の気を引け。最悪俺ごと攻撃しても文句は言わん》」

「《わかりました》」

「《了解した》」

 

 各自が自分の役割を理解して駆けだした。

 おそらく負けることになる。大河はまだしも、他二人は間違いなく落とされると確信していた。

 だが、()に繋げられるなら本望。ボーダーの訓練はそうやって積み重ねていくのだ。そして訓練は来たる実戦に向けて行うもの。

 今こそその本懐を遂げる時――

 

 

 

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