黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第三十五話

* * * 

 

 

 

 外の決戦が佳境に入ったころ、内部での戦闘もまた激化の一途を辿っていた。

 

 磁力を纏う千変万化の強化トリガーは攻撃の予測すら難しい。近界民が生成した車輪が空気を切り裂き、冷ややかな旋律が通路に反響する。

 対する玉狛、木崎のガトリングガンも負けじと高速回転して怒号を張り上げた。耳をつんざく射撃音とともに、線状にすら見える光弾の鞭が敵を舐めまわすように叩き込まれていく。

 多くは車輪に弾き飛ばされたが木崎はそれでも構わなかった。

 敵が自分を意識すればそれでいい。いまのところ例の反射盾は形成されていない、おそらくはこちらの手を読んでいる――彼はそれを承知で烏丸を促した。

 

「京介!」

「了解」

 

 烏丸の突撃銃(アサルトライフル)からバイパーが吐き出される。盾として浮遊している車輪を避け、規定弾道を描く弾丸が殺到。敵の注意を散らしにかかる。

 

「ふん……」

 

 近界民は尾のように身体に纏わりつく磁力片でもってそれを叩き落とした。そして愚直ともいえる特攻、掲げた車輪とともに真正面から突っ込んでくる。

 どうにも以前とは違う。木崎はこの近界民の戦い方が緒戦で見せたものから一変していることに違和感を覚えていた。

 『磁力』と『反発』。たったそれだけながら無数の欠けらによって生み出される戦術は膨大かつ奥が深い。この近界民もそれを熟知しておりクレバーな戦法に徹するように見えたがしかし。

 いまは、多少強引なまでの戦いぶりを見せつけている。

 レールガンのような射撃、エスクードを真っ二つにする斬撃。どちらも第一次強襲時にはなかった威力だった。戦いに手を抜くような者にも見えなかったのだが。

 

(シールドモード!)

 

 振りかざされた車輪をレイガストで横へ弾くように逸らす。エスクードすら切り崩すこれを真正面から受けることはできないが、防ぐという観点でならやりようもある。

 

(スラスターON(オン)!)

 

 そして盾を変形させ、二つの突起で敵を挟んで壁に縫い付ける。トドメはいつものように。

 

接続器(コネクター)ON(オン)

「はああっ!!」

 

 小南が大斧を思い切り振りかぶる。当たれば勝ち、そう言い切れる威力の攻撃。双月を繋ぎ合わせたこの大斧は破壊力だけで言えばボーダー随一だ。一部例外を除いて。

 

「舐めるな!!」

「こっの……っ!」

 

 けれども不定形の尾に柄部分を押さえられてそれは止められた。火力重視の斧による一撃は全て刃部分に込められた多量のトリオンによるもの。柄にはなんの効果もない。

 これは弧月なども同様だが、とりわけ双月はその制約が大きい。なんせ『斧』である。形状からしてブレードは先端部に集中している。それがゆえの高威力と、使いこなせるからこそ評価される小南の力量であるが、それなり以上の実力者相手になると防がれることもままある。

 

「舐めてんのは、そっちでしょ!」

「く、っ!」

 

 斧を受け止められ、レイガストを薙ぎ払って自由を取り戻した近界民にしかし、小南は瞬時に接続を解除して二振りの小斧で連続切りを見舞った。魚群のように破片が飛び交う中で的確に斬撃を繰り出すさまは一種の舞のようにすら見える。

 

「メテオラ!」

 

 近界民の両腕に浅い傷を残して最後に小規模なメテオラを撃ち出す。その爆風にのってくるくると回った小南が木崎たちの後ろに着地して、すぐさま敵を封殺する弾幕が再形成される。

 

 

 

(やっぱ強い……ムカつくけど)

 

 この一連の攻防を通路の角に隠れながら見ていた香取は、玉狛第一の実力をしかと目に焼き付けていた。特に攻撃手(アタッカー)役を担う小南の動きに注意して。

 香取隊の面々とはそれぞれポジションが違う玉狛第一のメンバーであるが、戦術自体は似たようなものだ。二人が崩し、エースが獲る。この場合でいえば小南の立ち位置に香取がくる。しかし彼女にいまの動きができるかというと否だった。

 扱う武器の違いもあるだろう。けれども香取が歯噛みして悔しがっているのはそこではなく、単にあの破片の嵐を無傷でやり過ごし、なおかつ攻撃を加えることができるような技術を持ち合わせていないという点である。

 単純に、地力が違う。

 部隊単位でのコンビネーションもまた同様だ。ほとんど言葉も交わさずに動く完璧な連携。敵のリアクションも含めた行動予測は強固な信頼関係があってこそのもの。

 香取隊にここまでの絆はない。場当たり的な行動をとる香取を他の二人がどうにか援護するというのが香取隊の主な戦法なのである。最終的な形が似ていても、そこには信頼より妥協の割合のほうが大きいのが事実。

 

(アタシにも、力があれば……)

 

 力があれば、たった一人の敵にいいようにやられなくてすんだのだろうか。そんな疑問が香取の胸にわいた。

 いや、あの近界民は玉狛の三人を相手取ってなお渡り合っている。ただ一人強くなったところで自分の手に負えるとはどうしても思えなかった。

 であれば、部隊(チーム)で強くなれば? それもどうだろう、と香取は思案する。

 彼女が真に信頼しているのは親友の染井だけだ。その従兄という繋がりの三浦雄太、兄の友人である若村麓郎などは、はっきり言って打算的に部隊を組んだに過ぎない。……かといって、追い出す気にもなれないのだが。

 

(まだ、間に合うのかな)

 

 いまになって自分の幼稚さが嫌になる。香取はいままでやりたいことだけをやってきた。それが許されるくらいには素質があったし、実際にほぼ彼女の活躍によるところでB級の上位までは来れた。が、結局はそこまでだ。個人の強さで測る天井なんて、あまりにも低い。

 

 まだ間に合う。アフトクラトルとかいう侵略者を追い返せばきっと。

 そうすればまた始められるのだ。あの退屈で、騒々しくて、でも嫌いになれない訓練の日々が。

 全ては玉狛第一の奮闘にかかっている。これ以上敵の好きにさせてはいけない。

 香取は小南たちの鮮やかな連携に目を丸くしながら、彼女らの勝利を心から願った。

 

 

 

(こいつら……!)

 

 一方で目を丸くしていたのはヒュースも同様であった。

 相手が最精鋭の兵であると判明した時点で彼はフルスロットルで踏み込んだのだ。

 出力でいえば前回の戦闘時のおよそ四倍。『蝶の楯(ランビリス)』の鱗片の数に至っては六倍近くにも跳ね上がっている。

 なのに崩せない。力の差は歴然なはずであるというのに。

 その原因についてはヒュースも気づいていた。まだ少年と形容できる彼とて軍人だ、戦闘における連携の重要性くらいは理解している。相手どった部隊が精鋭である以上、個々の戦力が連携によって何倍にも引き上げられているのは自明の理。

 

 とはいえ彼の目算ではそれごと捻り潰すことが可能であるはずだった。

 そうできるだけの能力は持っていたし、そうするための武器さえも彼には与えられた。そして何よりも彼には義があった。

 祖国で噂に聞いた新たな神の選出候補。まことしやかに囁かれていた中にあった主君の名。ヒュースの主はアフトクラトルでも有数のトリオン能力者だ。

 もしここで手ぶらで帰れば……。それを思うだけで彼の身体は突き動かされる。

 

「この……! とっとと――」

 

 ――落ちろ! 怨嗟のような念を込めて車輪を撃ち出す。数は五、通路を埋め尽くさんばかりの範囲攻撃ながら、防御を許さない必殺の高威力斬撃。

 

「エスクード!」

「ちぃっ!」

 

 だが、その攻撃はまたも防がれた。

 床から生える障壁のトリガー。たやすく斬り裂けるはずの防御用トリガーにしかし、生成時の突き上げをくらって撃墜される。あの大男が盾で弾いたのを真似したのか。

 同時に視界が遮られてしまう。連なる車輪の群れは障壁を貫いていくだろうが、このままではまた曖昧な操作になって躱される可能性が高い。

 

「ならば――」

 

 撃ち出した車輪全ての結合を解除して通路に破片をばら撒く。そしてそれらで両側の壁を真っ黒に塗りつぶして次善の策とした。

 磁場を形成する鱗片、トリガーからそれを強化する電荷を放出する。

 これは『レール』だ。本来であれば腕に装着・変形させる銃身の規模を上げ、通路自体を巨大な砲塔に見立てた必殺の兵装。

 出力は最大限に、砲弾を最大級に。残った欠けらの全てを武器としてレールに乗せる。

 

「『蝶の楯(ランビリス)』ッッ!!」

「伏せろ!!」

 

 敵の注意を促す声に対し、ヒュースは強化トリガーの名を叫びながら無駄だと嘲笑った。

 

(馬鹿め――!)

 

 超巨大な弾を撃ち出す――ように見せかけて、これは鱗片を集めただけの散弾(ヽヽ)だ。貴様らがとるべきは回避ではなく防御。

 心のうちでそう嘯く。障壁によって攻撃が中断された次の手に、よもや障壁が有効な手法をとるとは思うまい。そんな心理的な計算と、偽りの巨大砲弾による視覚的な威圧。合わせて正面から不意を打つ必殺ならぬ必勝の一撃だ。

 敵に磁力片を埋め込めれば一気に優位に立てる。まあ、この精鋭たちであれば手足の一本や二本は躊躇なく斬り落とすかもしれないが、それが有利に働くことに違いはない。

 

 『蝶の楯(ランビリス)』の電荷量が上がり、耳を刺す高音が限界にまで高まった刹那、漆黒の砲弾は礫の群れに姿を変えて通路を埋め尽くした。

 

「しまっ――!?」

 

 後悔の念よりも速く殺到する鋭い鱗片たちは、敵の言葉を遮り、防御すら許さずに降り注いだ。伝達脳か供給機関を貫ければこの一発で事は済むが、まともに狙いをつけられない散弾であることが祟って撃破には至らなかった。

 けれども結局は同じことだ。全身に『蝶の楯(ランビリス)』の破片を浴びた玄界の兵はもはやヒュースの操り人形も同然。彼は磁力を操作して三人の兵を壁に叩きつけ、そのまま磔にした。

 

「ふん、随分と手こずらせてくれたな」

「くっ……!」

 

 悔しそうな目で睨みを利かせる玄界の精鋭部隊。しかし彼らにできることはそれしかなかった。

 

 

 

 

「まずい、レイジさんたちが……!」

「ウソでしょ……!?」

 

 戦闘が行われている通路の角から三雲と香取が顔を半分覗かせて呆然と呟く。

 名高きボーダー最強部隊がたった一人の近界民にやられてしまうなんて、彼らには容易に信じられるものではなかった。たとえ、それが目の前で繰り広げられたものであろうと。こんな事態は、もう悪夢としか言いようがない。

 

「どうすんのよ、もう……」

「……っ!」

 

 頭を抱えた香取が誰に向けるでもなくこぼす。その隣で三雲が覚悟を決めたように手を握り込んだ。

 ――『おまえは雨取を守れ。死ぬ気で――』『今度こそ、だ』

 三雲が託された命令、いや使命を脳裏にリフレインさせる。そして後ろで怯える雨取に視線をやった。

 彼女を危機から遠ざけねば――

 緊急脱出(ベイルアウト)があっても安心はできない。敵はトリオン兵に黒トリガーの能力を持たせる技術を有しているのだ。もしかしたら隊員捕獲用のトリガーか何かを所持している可能性もある。

 

「千佳、おまえは逃げろ。あの部屋に戻れば時間稼ぎくらいはできるはずだ」

 

 あの魔改造された会議室ならば最悪ここで全員がやられたとしても雨取を守ることができる。最強部隊である玉狛第一がやられたとなれば、本部最強の『個人』が出張るはず。

 忍田真史。もしものときは彼を頼れと迅にも言いつけられていた。ここへは間に合わずとも、あの部屋であれば瞬時に駆け付けられる。専用の転移トリガーがあそこにも繋がっているのだ。

 

「で、でも……」

 

 自らの代わりに危険に晒される三雲に対して、雨取はすぐに頷くことができずにいた。

 三雲だけではない、玉狛の先輩たちも危機に瀕している。……自らの我がままのせいで。

 押し寄せる後悔と自責の念。打ちひしがれた雨取は目の端に涙を浮かべて戸惑った。

 

「っざいわね、とっとと行きなさいよ。どうせアンタがいたってなんもできないでしょ」

「……っ」

 

 さらに香取から心を貫くようなことを言われて、雨取は完全に言葉に窮した。

 

「華から聞いたけど、アンタを守るために烏丸くんたちが戦ってるんでしょ? いいご身分よね、C級のくせに」

「香取先輩、それは……!」

「アンタは黙ってて」

 

 庇うように立った三雲を強引にどかせて、香取は小柄な少女に詰め寄る。

 

「ヒロイン気取りならどっか見えないとこでやってくれる? トリオンがすごいんだかなんだか知らないけどさぁ、ほんとムカつくから、そういうの」

「わ、わたし、は……」

「逃げるんなら逃げる、戦うんなら戦いなさいよ。後ろでずっとびくびくおどおどしやがって……アンタなんのためにボーダー入ったわけ?」

 

 言いながら、香取はこれが八つ当たりだと自覚していた。

 そう、全部八つ当たりだ。全部自分に言っているのだ。玉狛の戦いを目の当たりにして生まれた無力感、何もできない自分への失望。その苛立ちを同じ無力な少女に叩きつけただけ。

 場当たり的な作戦をとって、どっちつかずのポジションにいて、自分が主人公のように振舞う。そんな自身はなんのためにボーダーに入った? ついに訪れた本番に右往左往して……。少なくともこんな無様を晒すために入ったんじゃない。

 

「アタシは戦う。アンタのためじゃなくてアタシのためにあの近界民をブッ飛ばす。まだグズグズすんならとっととどっか行って、邪魔だから」

「…………!」

 

 ぎろりと睨まれた雨取はしかし、その言葉を真っ向から受け止めた。

 彼女は何をするためにボーダーに入ったのか。それは、戦うためだ。戦えるようになるためにここへきた。そして、

 

 ――友達を守りたいから。仲間を助けたいから。

 

 全ては、そのために。

 庇護されにきたのではない。ただ守られる存在であっていいはずがない、断じて。だから――

 

「わたしも、戦います。戦わせてください!」

「千佳!?」

 

 雨取の覚悟に三雲が困惑する。いまは正隊員用トリガーを起動しているとはいえ彼女はC級隊員だ。どれだけの覚悟をもって奮起したとて守られる立場にあることに変わりない。

 結果的に唆すことになった香取もまた目を丸くした。八つ当たりで意地の悪いことを言った彼女も、雨取がC級である以上何もできないのは当然であると理解していたし、この少女を逃がすよう命令も下された。尻尾を巻いて逃げるべき、そうして当たり前。しかし小柄な少女は驚くべき闘志の輝きを目に宿して頑然と踏みとどまっていた。

 

「……あ、そ。じゃあせいぜい足を引っ張らないようにしてよね」

「は、はいっ!」

 

 意外ではあった。けれども香取は少女の覚悟をよしとした。まったくもって似ていない、なのにどこか自分と重なった雨取の思いを無為にしたくなかったのだ。この階層には香取隊作戦室もある。あの近界民を自由にすると仲間が危険に晒される可能性が存在する。

 守るために戦う。それは香取や雨取だけでなく、ボーダーに入隊する多くの者が原初に宿す志。

 

「ダメだ、千佳! おまえは……」

「修くん、わたしなら大丈夫だから」

「アンタも腹くくりなさい。女の覚悟無駄にしてんじゃないわよ」

 

 納得のいかない様子の三雲を強引に説き伏せて通路の先をうかがう。まだ近界民は玉狛第一に手を下していないようだ。何やら言葉を交わしているようだがここまでは聞こえてこない。

 振り返った香取は雨取の装備を尋ねた。

 

「アンタ……チカとか言ったわね。トリガーは何があるの?」

「えっと……」

 

 緊急措置として雨取に渡された正隊員用トリガー。本来狙撃手(スナイパー)である彼女だが、戦闘を考慮されていなかったため中身は渡されたときのままだ。その内訳を雨取が努めて短く答えていく。

 

「アステロイド、ハウンド、シールド、バッグワーム……サブトリガーは全部フリーになってます」

「ふーん、射手(シューター)用のスタンダードね」

「で、でもどれも使ったことなくて……たぶん分割とかはできない、です」

 

 C級を射手(シューター)用トリガーで通過した隊員に与えられる基本的なチップ構成のトリガーホルダー。とくに適正を考えず渡されたそれは、彼女にとってほぼ全ての武装が未知のもの。

 不安げに目を伏せた雨取に、香取は気にせず続けて三雲を促した。

 

「最悪撃てればなんでもいいわよ。メガネ、アンタは?」

「ぼくは、レイガストとスラスターをメインに、アステロイド、シールド、バッグワームがサブに入ってます。……ですが、本当に戦うんですか? ぼくたちじゃあの近界民には、」

「……ブッ飛ばすとは言ったけど、勝てるなんて思ってないわよ。

 いい? あの近界民の欠けらを撃ちこまれると磁力で動きを邪魔される。けど、ずっと操れるわけじゃない。攻め続ければこっちに集中せざるを得なくなって、玉狛の拘束も外れる。そしたら全員で一気に叩くのよ」

「……レイジさんたちの解放を軸に、なるほど」

「玉狛が落とされたら終わりよ。そん時は全員で近界民を引きつけて本部長に任せましょ」

「わかりました。……宇佐美先輩」

《了解、レイジさんたちにも伝えとくね》

 

 存外に前がかり的ではない作戦に、三雲もついに頷いた。宇佐美を通して木崎たちとも連携を密にする。

 

「よし……行くわよ」

 

 

 

 

 敵を封殺することに成功したヒュースは、最後のあがき(ヽヽヽ)に注意しつつ玄界の兵から反応している『泥の王(ボルボロス)』の所在を探っていた。

 

「我々の黒トリガーは誰が持っている? 貴様らの誰かが所持しているのはわかっている、おとなしく渡せ」

「…………」

 

 何も答えない玄界の兵。叩き潰してやりたいところだったが、ヒュースには彼らの持つ脱出機能の性能が未知数な以上、『泥の王(ボルボロス)』を回収してから排除するのが最善であった。

 可能性としては低いが、もし……仮に所持する黒トリガーごと脱出されると面倒なことになる。先ほどの一撃は撃破するつもりで放ったし、もしそうなれば『金の雛鳥』に注力できると目論んでもいたが、こうして首尾よく捕縛できたなら回収しないわけにもいかない。

 

「……チッ」

 

 いまのうちに手足を落としておくか。いやトリオン切れでも脱出するかもしれない。拘束していてもあまり近づくのは危険だが……。

 ヒュースが隊長と思しき大男の懐に手を伸ばそうとした刹那、彼が黒トリガーよりも重要視していた存在が目の端に映った。

 

「『金の雛鳥』……!」

 

 アフトクラトル繁栄の要。主君を救う唯一の手。遠征部隊ではなくヒュースにとっての最重要目標が現れて、彼はそちらに目を奪われた。

 

(どうする……『泥の王(ボルボロス)』は回収しなければならないが『金の雛鳥』が……。こいつらを落としてそちらを優先するか? 雛鳥には脱出機能がないはず。しかし――)

 

 一瞬の硬直。刹那の隙であったが精鋭たる玄界の兵がそれを見逃すはずがなかった。

 

「スラスターON!」

「ぐっ……!?」

 

 磔にしていた腕を強引に引きはがして、隊長格の男が殴りつけてくる。

 盾に付加した噴進力をそのまま打撃力に変えた殴打。磁力による推力低下と『打撃』という点であまりダメージがある攻撃ではなかったものの、刹那であった隙が数瞬にまで引き延ばされた。

 

 

 

(……!)

 

 木崎が作ったチャンス。無駄にするわけにはいかない。

 『人』に対して武器を向けるのが初めてだった雨取は、この瞬間までためらいを捨てきれずにいた。戦うと決め、戦いたいと申し出た彼女であっても、人を撃つという行為には忌避感が拭いきれない。

 その嫌厭(けんえん)には空閑と三輪隊による戦闘が深く根付いている。戦闘体のことを知らずにいたころに目の当たりにした激しい戦闘。空閑の首から噴き出る血のようなトリオンと、吹き飛ばされた腕。十四歳の少女に恐怖を植え付けるには充分すぎる情景だった。

 でも、それでも。

 

(……友達は、仲間は……わたしが、助ける!!)

 

 この作戦の成否は友人である夏目や玉狛の仲間、それだけでなくボーダー全体から見ても重要な分水嶺である。

 逃げるのもいいだろう。敵の目標である己が逃げ切れば広義に見て勝利と言えないこともない。

 守りに徹するのもいいだろう。ここで戦闘が行われている限り他の戦力は他に向けられる。

 けれど、「助ける」ならば。

 もし夏目がすでに……いや、隊員が攫われているのはもう確定している。彼らを助けるというのならこの近界民の撃破は必須だ。何がなんでも捕縛し、黒トリガーと合わせてでも交渉しなければならないのだ。

 迷っている時間はない。この迷いが友人を殺すかもしれない。

 そんな重責をエールに変えて、雨取は仮初に与えられた己の力を声の限りに叫んだ。

 

「――あ、アステロイドッ!!」

「な……っ!?」

「でかっ!?」

 

 近界民だけでなく、後ろで香取も驚愕していた。

 射手(シューター)用トリガーはトリオン能力の優劣がはっきりと表れる。有する能力が高ければ高いほど、生み出されるトリオンキューブもまた大きくなっていく。

 とりわけ雨取のそれは群を抜いていた。通路を塞がんばかりのトリオンキューブ。これだけで敵がなぜ彼女を狙うのか、浅く聞いていた香取にもはっきりと見て取れた。

 

「え、と、どうすれば……」

 

 弾を生成したはいいが、それをどうすればいいのか雨取にはよくわからなかった。

 初めて使ったアステロイド。三雲が使っているところは何度か見ていたが、どうやって分割するのかはいまいち理解していない。ましてや通路を埋め尽くすようなサイズ、初心者の彼女に扱えるようなものではないうえに、このまま射出すれば作戦の要である木崎たちごとすり潰しかねない。

 

「宇佐美、通路の隔壁を閉鎖しろ!」

《了解!》

 

 磔にされたまま木崎が毅然と叫ぶ。

 宇佐美の操作によって射線上に伸びる通路が封鎖されていった。これで無駄な被害は抑えられる。あとはもう、思いっきり撃てばいい。

 

「そのまま撃て、雨取!!」

「は、はいっ……!」

 

 力強い言葉に押されて、雨取がアステロイドを解き放った。何も調整しないままに撃ち出されたそれは威力や射程の全てが平均値であったにも関わらず、圧倒的な破壊力でもって近界民と木崎たちに押し寄せる。

 

「京介、小南!」

両防御(フルガード)!!」

 

 間髪入れずに玉狛第一の全員がシールドを展開した。揃って壁に張り付けられていた彼らを守るように盾が何重にも浮き上がる。その数は五、表層の一枚は跡形もなく消し飛び、残る全てにもひびを入れられながら、なんとか巨大な弾丸をやり過ごす。

 

「ぐぅっ!!」

 

 しかし近界民はそうもいかない。盾にも転用できる磁力の鱗片は緒戦に見せたときの数倍はあろう数を誇っており、耐久性も大幅に上がっているだろうが、そこにも限界というものがあるだろう。単純な仕組みの通常弾(アステロイド)といっても、こんな規格外なものは弾き返すことができず、また耐えることも難しいはずだ。

 しかしさすがは強化トリガーというべきか、はたまた彼の判断とトリガー操作技術を褒めるべきか。

 近界民は防ぎきれないと見た直後に自身を()で包み込んだ。そしてそのまま毬のように吹き飛ばされたのだ。受け止めずに身を任せる。そうすることによって被害を最小限に食い止めた。

 

「くそ……!」

 

 が、それでも無傷とはいかなかったようだ。殻から姿を現した近界民は炸裂したアステロイドの一端を受けたらしく、至るところに傷が浮き出ていた。殻に入ったわずかな亀裂からでもダメージを与えるとは、まだトリガーの仕様も理解していないというのに雨取の潜在能力が垣間見える。

 そして、即席のチームといえど、彼女たちはしっかりと連携していた。

 

「くらえっ!」

 

 グラスホッパーにより瞬間的な加速を得た香取が、巨大なアステロイドの影に隠れて接近を果たした。敵は全力の防御を行い、周辺に欠けらは浮いていない。割れた殻を再び武器か盾にするよりも先に、このスコーピオンが確実に首を落とすだろう。

 ――獲った!

 確信した香取の口角が上がる。

 

 

 

「舐めるな」

 

 対するヒュースの声音は静かなものだった。

 暴力的なまでの攻撃をしのぐことに成功した矢先の奇襲。眼前に迫る少女兵。けれども慌てることはない。狼狽えてはいけない。

 ――焦りが剣を鈍らせる。

 かつて教えを受けていたころ、師によって与えられた訓戒。

 数々の戦場を潜り抜けてきた老練の古兵(ふるつわもの)に鍛えられたヒュースにとって、師に倣い物事を冷静に見れることこそが己の最大の武器であると自覚していた。それが長じて『蝶の楯(ランビリス)』のような奥妙なるトリガーへの適性を見せたのだ。

 この場面でいえば、焦っているのは敵、使っているのは剣――ならば。

 

「な――ガッ!?」

 

 振り抜かれた刃を紙一重で躱し、凝然とした横っ面を容赦なく殴り飛ばす。その一瞬で『蝶の楯(ランビリス)』を再び全身に纏って走り出した。

 

(この女は放置、精鋭の三人も無視だ。この場で最も厄介なのは――『金の雛鳥』!)

 

 追撃もせずに突進する。

 精鋭部隊はまだ『蝶の楯(ランビリス)』の欠けらが埋め込まれている。また壁にでも叩きつけておけばいい。この戦闘において最も厄介かつ重要なのは『金の雛鳥』。あの少女さえ潰せば戦いは終わるはず。脱出機能がないのであれば、そのまま人質にでもしてしまえばことは済む。

 

「行かせ――ッ!?」

「邪魔だ!」

 

 やはり行く手を塞ぐ玄界の兵を封殺。出現する障壁も炸裂弾ももろともに切り裂いて疾走を続ける。無理矢理すぎて左腕が飛んだが、多少のダメージも無視していいとヒュースは開き直った。接近さえ果たせばあの大火力も思うようには扱えまい。

 

「千佳、手を!」

「う、うんっ!」

 

(何をする気だ――)

 

 雛鳥と眼鏡をかけた少年が向かいくるヒュースを前に手を取り合う。よもやふざけているわけでもなかろうが、その動作は彼に訝しさを与えた。

 

「いくぞ――」

「「アステロイド!!」」

 

「なっ!?」

 

 二人が息を合わせ、再び顕現させた巨大弾。

 先と同じ威力、いやこれは違う。あの眼鏡のほうが調整したのか、さらに威力が高められた射撃だ。射程を捨て、その全てを火力に特化させた破壊の権化が、二発分。

 

(まずい――)

 

 慌てるな! 自身にそう言い聞かせつつ磁力片を展開する。迫る巨大なトリオン塊を前にヒュースはなおも冷静であろうと努めた。

 避けるのは……不可能だ。先ほどと同じようにこの弾丸は通路を埋め尽くすような大きさをしている。ならば切り払うか、弾くかするしかない。

 できるだろうか――、――無理だ、と心の中で浮かんだ問いに即答する。あれを防ぐには少しだけ(ヽヽヽヽ)足りない。

 『蝶の楯(ランビリス)』の耐久力を計算した結果、一発だけならやり過ごすことができるとヒュースは弾きだした。先の()による防御を応用すれば、なんとか。

 けれどもう一発はどうしても無理だ。ギリギリのところで『蝶の楯(ランビリス)』の限界がくる。分割した鱗片では到底防ぎきれるものではない。どうにかしてその帳尻を合わせなければ。

 

 致し方ない――

 

「――『蝶の楯(ランビリス)』ッ!!」

「うっ!?」

「な、烏丸先輩!?」

 

 ヒュースは冷酷な判断を下し、それを実行に移した。敵精鋭部隊のうち誰が『泥の王(ボルボロス)』を持っているかはまだ判明していなかったが、その中でも最も可能性の薄い隊員を盾に選んだのだ。埋め込んだ磁力片で浮遊させ、向かってくる弾丸に突っ込ませる。

 

「かまうな、修!」

「は……はい!」

 

 思いのほか潔い男が盾も使わず光弾の中に姿を消していく。弾殻を破ることは叶わず、見た目もたいして変化はなかったが、たしかに弾体が反応して僅かながら威力が低減したはずだ。

 ヒュースは人ひとりぶんのトリオン質量をぶつけることにより、弾丸の威力を強引に『蝶の楯(ランビリス)』の耐久許容圏内に収めた。あとは、全力で防ぐだけ。

 

「ぐう……ぉおおおお!!」

 

 ギリギリまで身を伏せ、『蝶の楯(ランビリス)』を板状にして斜めに構える。着弾面積をできるだけ小さくして受け流すためだ。後ろにも敵がいる以上、また吹き飛ばされるのはまずい。

 分厚い盾を削る衝撃がヒュースを圧し潰さんばかりに迸る。大丈夫だ、耐えられる――!

 

「そんな……!」

 

 呆然とした眼鏡の少年がこぼした声に、ヒュースは勝利を確信した。

 凌いだ。凌ぎきった。この距離からであれば『金の雛鳥』を確保するのに一秒もかからない。もし追撃を企てていようと次弾が生成されるよりも先んじて仕留められるだろう。後ろからは他の兵が迫ってきているが、もはや無意味だ。残った右腕で撫ぜればそれで雛鳥のトリガーなぞ解除させられる。

 

 しかしヒュースがその手で栄光を掴む直前に、予想だにしないものが彼の動きを止めた。

 

《ヴィザ翁!?》

《――しわけありません、突破されました》

 

「――ッ!?」

 

 耳に飛び込んできた音声。ヴィザの敗北。

 

(そんな、バカな!?)

 

 ついに彼の冷静な思考が、ここに完全に打ち砕かれた。

 ヒュースにとってヴィザの存在、その戦力は絶対のものであった。

 泰然自若の古兵――比肩する者なしと謳われた剣術、(よわい)六十五にして未だ衰えないトリオン能力、経験に裏打ちされた戦闘勘。

 そのヴィザに国宝たる黒トリガー『星の杖(オルガノン)』を持たせた結果が単体で城を落とす化け物だ。幼少より師として仰いできたヒュースがヴィザに向ける信頼は、ハイレインが注ぐそれよりなお深く、強い。

 そのような存在が敗北を喫したという事実は、ヒュースに大きすぎるショックを与えた。勝利の確信から陥落の衝撃、その落差がより大きく彼を揺るがし呆然自失とさせる。――なんとも、最悪のタイミングで。

 

「うおおおお!!」

「チィッ!」

 

 眼鏡の少年が剣を振りかぶる。いまさらそんなものにやられはしないヒュースであるが、彼の平常心は崩れに崩れていた。

 目の前の雑兵にムキになり、周囲への注意がおろそかになる。

 

「こん、のぉ!」

「っぐ!?」

 

 背後からの大斧。それをギリギリのタイミングで防ぐ。

 トリガー(ホーン)の制御能力に支えられた『蝶の楯(ランビリス)』はどうにかヒュースのトリオン体を守ったが、この一撃はあの巨大弾頭に勝るとも劣らない脅威の威力。全ての鱗片をもってしても彼の眼前に刃が迫る。

 だが止めた。いまこそ落ち着いてこの少女兵を磁力で――

 

「――――っ」

「今度こそ獲ったわよ、この野郎」

 

 大斧を持った兵の腹を突き破り、まっすぐに伸びてきた剣がヒュースの胸を貫いた。磁力で浮かしかけた精鋭の後ろに、これまでほぼ無傷でいた少女兵が詰めていたのだ。

 どんなに強力な磁場を形成しても『蝶の楯(ランビリス)』の影響下にない彼女の体勢を崩すことはできず、その光刃は違うことなくトリオン供給機関を突き穿った。

 供給機関を失ったトリオン体にひびが入り、ついには爆散する。

 

「く、……!」

 

 敗北に呆然としかけて、ヒュースは己を奮起させた。

 まだ、終わっていない。この命ある限り己の全ては主君に捧げるのだ。

 ――為すべきことを、為さねば――

 

 

 

 

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